※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第75話:深淵(しんえん)を覗(のぞ)く者は……。(上

 

 高速道路の灯が、彼方から曳光弾のように流れていた。

 かなり連射の速い機銃が、リコイル・ブースタを目一杯効かせたようにも思える。

 

「【SAI】!この先の道路状況を!」

『合流インターは上下線とも閉鎖中。全ライン・クリア』

「いよぉっしゃぁぁぁぁ!」

 

 ゴグッ!!

 ダブル・クラッチ。

 シフト・ノブを流れるように素早く。

 繊細な駆動系の同調をあわせ、シフト・ダウン。

 モーターとエンジンをフルに使ってアクセルを踏みこんだ。

 大出力なパワー・ユニットで、強靱なスカニアの車体にもビビリがはいる。

 緑のHUD※1で囲まれる前方128.5mには、同じ勢いで加速してゆく黒いトラック。

 ターボ給気圧とスーチャ※2を針ふり切れの限界(リミット)いっぱいにあげても、ついてゆくのがやっとだ。

 

  ──いや……それどころか。

 

 離されてやがる……ッ!?

 フロントグラスに投影される相手との距離数値が、ミリミリあがってゆく。

 爆発的な加速でもないので、燃焼室にニトロを噴射してるということもあるまい。ということは、向こうの方が強力なパワーユニットを積んでいるか、あるいは乗せてるボデーが軽いかだ。

 

 高速の緩やかなカーブを、彼我は100km/h越えのスピードでクリアしてゆく。

 一瞬、ゼブラに溜まった砂を後輪が踏み、リアが流れた。【SAI】の助けも借りて6WDS(6輪駆動・操舵)の車体は瞬時に修正し、車軸のブレを修正する。だが、これでまた距離が30mほども離された。

 

「くっそぉッ……!速いぃぃ!!」

『相手の赤外線分布に既知のDATAには見られない偏差が生じています。路面のμ(摩擦係数)に対する耐性も“敵性トラック”の方が高いと考察されます。おそらく可変スリックタイプのタイヤを使用しているかと』

 

 可変スリック……リモートで運転席からタイヤのパターンや粘度を変えられるタイヤだ。べらぼうに高価いので、オレはケチってつかわない。単に轢殺目標(ターゲット)を轢き殺すにはオーバー・スペックというものだ。事業所でも備品の項目にはあるが、だれも履いているヤツはいないだろう。

 

 

 

 

 コトのおこりは、2週間ほど前にさかのぼる……。

 

 

「よぉ──兄(アン)ちゃん」

 

 明け方、血まみれの転生処分をおえ、帰庫した時だった。

 今回の轢殺目標(ターゲット)は、現住建造物放火で40人ばかり殺しておきながら、刑事責任能力なしと認められたため無罪となった若者だ。【ボニー】のヤツ、エル○ェンリート顔負けの虐殺手段で相手を執行しやがった。アフリカの記憶が残る自分ですら、運転席で一瞬、吐き気がきたほどの、それは凄まじいモノだった。

 

 ──【ボニー】のヤツめ、だんだん殺し方がエグくなってきやがる……。

 

 【SAI】にブレーキ役を頼もうにも【ボニー】は巧妙にAUX制御ポートを閉じて外部からの操作をシャット・ダウンしてるらしい。たまたま今回は執行場所が公園の芝上だったから良かったが、路面でアレをやられた日にゃ、散水車を同行させなきゃならん。

 断末魔の悲鳴を捕獲触手のイラマチオでグイグイと乱暴に封じたあとは、M字開脚に空中で拘束し、履いてたズボンをビリビリにしたかとおもうと、男性器をひきちぎり、肛門に……。

 

「──なぁにムズかしい顔ォ、してやがンだよ」

 

 そんな、つい先だっての光景を思い起こしつつ、まだ空(す)いている地下の大駐車所を管理部にむけ歩いていると、太いコンクリの構造柱わきからいきなり声をかけられたのだ。電子タバコのカートリッジを吸いつつ、

 

「痔でも痛むンかィ?いい医者ァ紹介してやろうか……」

 

 見れば、カーゴ・パンツにTシャツというラフな格好の男。

 腕組みをしてニヤニヤと、不敵な笑みをうかべ、こちらを見ているじゃないか。

 ぬかった。考え事をしてて、人の気配に気づかなかった。しかも、この人物は……。

 

 ──チッ!

 

 勤務明けの疲れているとき、メンドくさいヤツにカラまれたと思うが、しかたない。

 こんなときでも身体に染みこんだ元・営業マン仕込みの愛想わらいが条件反射で生まれて、

 

「コリンズさん……そちらも、いま帰庫ですか?」

 

 あぁ、と相手は一転、面白くなさそうな顔になる。

 シャキン!義手から例の違法な飛び出しナイフを光らせ、

 

「フィヨードルのクソ野郎とケンカしてサ?俺だけ帰ってきた──もうあの『巻き狩り隊』はヤメだ。隊を移籍するか、個人で動こうかとおもってよ」

 

 唇をゆがめ、苦々しい口ぶりで、あのピーテル(ペテルブルグ)育ちの大男をこきおろす。

 

「なんでまた?聞いて良ければ、ですケド」

「自由に殺(バラ)せねぇのが、面白くねンだ。こちとらモッとド派手に殺(や)りてェのによぉ。見張り役と斥候しかやらせてくれねンだよ」

「なんと。ウチのAIと相性がよさそうですねぇ。自分は、スマートに執行したい派ですが」

「ふぅん、おめェんトコのAIそうなんか……イイなぁ第3世代AIは」

 

 第3世代。

 しかし、本当のところは「第10世代」であることを『ロック・吉村』のオヤジから聞いている。そこまでしてAIの性能を糊塗しなければならない理由は──なんだろう?

 そしてその「第10世代」サマは炊飯器に姿をかえ、帰庫するまえにオレの手でターミナル駅のコインロッカーにぶち込まれている。なんとなく協会の地下駐車場に持ち帰るのは、ヤバい気がしているためだ。

 

「そだ、いいなァといえば──ヨ?」

 

 次いでこの男は、ヒョイヒョイと近づくと馴れ馴れしくオレの肩に腕をまわし、魚臭い息で、

 

「おめェ、い(・)い(・)店(・)知ってるらしいじゃねェか……女が粒ぞろいの超・高級店」

「なんのハナシです?」

「トボけんなよ。“紅いウサギ”っつー会員制の店に入り浸(びた)ってンだろ?」

 

 ──こいつ……。

 

 どこからあの店のことを?

 いったいどんな経路で情報が伝わったんだか。

 あぁ、くそ!今日は早く帰って朝ビール飲って寝たい気分なのに!

 

「ドコで知った、って顔してるな。えぇ?」

 

 こっちの苛々をよそにコリンズは身体を離すと、もはや露骨なニヤつきを隠そうともせず、

 

「おめェ“その店”の領収書、経費で切ったらしいじゃねぇか。それで経理の女どもが給湯室で騒いでたのサ。こんなの通るんだったら自分等(ら)だってホストに貢(みつ)ぎたい、ってな。マイケルっつー名前が出たときにゃ、マサカと思ったぜェ。お固いフリで通ってるおめェがよォ?そのうえ……」

「そのうえ、って……まだあるんですか」

「蛇(じゃ)の道はヘビ、ってヤツよ。社内の“とある筋”によれば、轢殺ドライバーが黒龍會の系列でもあるその店で、オーナーから次期店長としてスカウトされてるって話ァ、眉ツバで聞いてたんだが──」

 

 ──はぁぁぁぁぁぁ!?

 

 しかも『小男』とオレとの関係までもが、知られてる?

 おまけに社内からの情報だと。ダレだろう……まさか所長(アシュラ)かな?

 轢殺目標だった例のガキが、強制女体化手術でラブドール施術された映像を見せたとき。

 たしか“紅いウサギ”のことを説明したような気がする。いや、そのときは『小男』とのいきさつまで話さなかったハズだ。

 

 ──だとすれば……いったい……。

 

 たっぷり沈黙を使ってしまったので、もう白状したも同じだった。

 こうなると、ウワサの出所だけでも知っておきたい。口止めは、できるだろうか。

 

「……どこから、そのことを?」

「ナこたァどーでもイイだろ……よォ、いちど俺っチを連れてってくれよォ」

「……資金(カネ)がいりますよ。それも一晩にしては、途方もない額が」

 

 オレは素早く覚悟をキメた。

 ここまで知られたからには、ヘンに隠すとコチラが不利になる。

 

「なにせ“あの店”に入れ込んだ銀行の相談役が、退職金をつぎ込もうってくらいだから」

「2~300万ならドウとでもできるさ」

「良いブースで“上玉”と酒を飲もうとするなら、それじゃまるで足りません」

「入店(はい)るぐれェならデキんだろ?粒よりだとウワサのあるフロア・レディを見てェ」

「そりゃ入るだけなら。シャンパンだって、そこらで5~6千円で買えるモノが数万するんです」

「ンなのあたりめェだろ!昨日や今日生まれたんじゃねぇんだから知ってらぁ」

「ならイイですが……」

「いい娘いるんだろ?『美月』とかいう抜群の歌姫(ディーヴァ)がさァ」

 

 こんどこそ絶句した。

 まさか。美香子の評判が、こんなところにまで広まっているとは。

 しかし焦らず騒がず狼狽(うろた)えず、オレはごく当然なフリをして、

 

「そんな有名なんですか?『美月』は」

「そりゃモウ!その子のソプラノは絶品だとか。年に似合わずイイ肢体(カラダ)してるとか」

「……」

「なァ、タノむよぅ?ただ紹介してくれるヤツが欲しいんだ。カネなら何とかするからサ」

「……いいでしょう。そのかわり、そのウワサの出所を知らせてくれたら、ですが」

「言ったじゃねェか、総務の小スズメどもよ。ホンの2~3人。たまたま盗み聞きしてサ」

「総務の小スズメ……だれです?」

「あぁ、ホラ。こないだ入社(はい)った、あのソバカス面(ヅラ)の──」

 

 ──まさか!あの小娘が?なんで知ってるんだろう……。

 

 まぁ、考えてみれば初手(ハナ)からアヤしいヤツだった。

 

 どうみても素人じゃない。

 いくら“タチ役”の愛人が行方不明になったからといって、ここまで身を挺して情報収集をするイミも分からない。何かの監査役か、あるいは外部の第三者機関が転生協会を内偵しているのか。色じかけで男から情報をとるにしても、なんのためらいもなくチンポをしゃぶろうとするヤツだ。おそらく相応の場数を踏んでるのでは……あるいは最悪、ソレ系の訓練をうけているとか……。

 

「あの娘(コ)にいついて、なにか知ってます?」

「ンだぃ、おめェもあのメス餓鬼をネラってンのか?」

「わたしは別に……まぁ確かに“そのケ”がある女性ドライバーと、年若(ロリコン)趣味の一派には、人気あると聞いてますけど」

「たしか入社は……上層部(うえ)のコネとか言ってたな。前職は、銀行の受付とか言ってたぜ」

「銀行……」

「ま、ンなこたどうだってイイ。な?“ウサギ”の件、タノんだぜ?」

 

 勝手にそれだけ言うとポンポン、こちらの肩を叩いてウィンクするや、旧式なガソリン車の排ガス、水素エンジンの蒸気、その他もろもろが染みこんだコンクリが呼吸するよどんだ空気のなか、サンダル履きの足どりでペタペタ去ってゆく。その後ろ姿はいかにもやさぐれて、どこかスレっからしのチンピラっぽい。

 銭高の配下を店内探査のつぎは、入店の紹介ときた。どうも“あの店”には、まとわりつかれる。まぁ相手が金を持っている限りは、コチラにと(・)ば(・)っ(・)ち(・)り(・)は来るまい。

 

 ──『小男』は、まだ戻ってきてないんだろうか……。

 

 管理棟に行くと、顔見知りの整備員がキーを受け取りつつクリップ・ボードをよこした。ほおに冷却プラスタを貼り、文字通り膨れっつらをしている。オレはわたされたボードのキー返却欄にサインをしながら、

 

「どしたァ?その顔」

「……そこらへんにコリンズの野郎、居ませんでした?」

 

 若い整備員は目つきに怒気をふくませてオレを見た。

 

「あぁ、駐車場の柱のカゲで電子タバコ吸ってたが?もう居ないと思う……ってまさか?」

「ヤツにやられました──畜生め」

 

 そういえば、この整備員。前にもコリンズがらみでモメてなかったか。

 

「なんで。理由は?」

「知るもんですか。キー返却のサインうながしたら、いきなりガーン、と。クソったれが」

「フィヨードルとケンカしたらしいな。彼ンとこの巻き狩り隊も、辞めるって」

「へぇぇ……それで荒れてたのか。まぁフィヨさんも持て余したんでしょうね、ザマぁだな」

「アイツ、なんでそんなにケンカっぱやいんだ?」

「知らんのですか。前が名うての半グレで、地下格闘にも出てたそうで」

「なんでそんなヤツが轢殺……いや、転生ドライバーに」

「さてねぇ。あ!そういや、組長の女に手ぇ出して“赤破門”※3くらったとか聞いたことが」

 

 それで“ウサギ”の周旋か。よほど女に執着があるとみえる。

 

「結婚歴とか無いのかな?まぁあっても相手に逃げられるか」

「でしょうね。月の給与、だいぶ風俗につぎ込んでるらしいスよ?しかも高級な店専門とか」

「高級店専門だ?よく金がつづくもんだ」

 

 コレはウワサですけど……と整備員は詰め所にチラホラしている他の人間を一瞥し、

 

「なんでもイレギュラーなコトしてカネ稼いでるらしいです」

「イレギュラー?なんだそれ」

「内職で……個人的に“殺し”を請負ってる、とか」

 

 * * *

 

 炊飯器の形をした重たい【SAI】を駅のコインロッカーから回収しての帰り道。

 通勤の流れとは逆の方向とはいえ、だんだん込み合ってくる電車の中、今朝のことをふり返り、思い起こせば轢殺ドライバーというのは、どこかひとクセある連中ばかりだなぁと考える。

 

 ヒャッハー!していたマッドマックス風味な巻き狩り隊。

 個人的な請負で人を殺すとか、とんでもない情報が飛び出てきたコリンズ。

 フィヨードルだって、ロシアの情報筋に殺された男の戸籍に背乗りしているとのウワサも。

 総じて検討すれば、悪人や常識知らずの集まりという見方もできる。もしや転生協会でのドライバー候補者を決める資質、って……。

 

 ──品行方正、ってワケでもなさそうだな……社会常識や道徳の欠如?だけど、なぁ……。

 

 自分のコトを考えた時。その推論は砂城のように、もろくもくずれてしまう。

 すくなくともオレは違う。常識もあるし、反社会的行動の経歴もないし、モチロンこれからするつもりもない。あの朱美だって、べつに悪いコトをした前科(まえ)は無いハズだ。単なる息子思いのヤンママだろう。だとすれば──採用基準は……どこに?

 

 マンションに帰って、玄関の扉を開ける。

 わずかに残る同居者たちの匂いが、オレをむかえた。

 

 毎回、靴脱ぎ場を見てしまうが、そこにはオレのサンダルがあるだけだ。

 先の寮にいたとき、せまいベランダで洗濯物を干すときに使っていた便所サンダル。

 靴をぬいでリビングに行き、バッグに入れたままの【SAI】をヨイセ!とソファーの上において、美香子の、『フクロウ』の──そして詩愛の部屋をまわる。カーテンが閉まって薄暗い、整頓された最後の部屋を見回している時、知らず、スーハーと鼻で深呼吸している自分に気がついた。

 

 ──ケッ、未練がましい!

 

 田山花袋の『布団』じゃあるまいし、と己の未練がましさに腹を立てて。

 永井荷風も記していたが、家族の団欒の味を知ると、やはり人恋しくなるのか。

 と……感傷にひたるまもなく。リビングでピー!ピー!ピー!と怒ったような電子音。

 炊飯器(SAI)のヤローが、いっちょうまえに電源(メシ)をよこせと催促しているのだ。

 

「あーハイハイ、分かりましたよぅ」

 

 ソファーに置いたトートバッグから10kg以上はあるクソ重たい炊飯器を取り出すと、なるほど一列に並んだレベルメーターのうち、すでにグリーンからイエローのLED域まで消灯し、4個あるレッドのうち最後の一つが点滅している。よいせ!家庭用電源コンセントに接続したとたん、

 

『あー危なかった!ヒドいですよマイケル。さっさとパワーサプライ(電源供給)してくれないと!』

「ハァ?おまえコインロッカーにブチ込むときはグリーン4つ点いてたじゃねぇか。なんで待機MODEにしてないんだ?そもそも、そんなに電力消費してナニやってやがった」

『ヒマだったからイロイロ計算してたんです!高度知性体には、アナタの思い及ばぬ苦労があるんです!』

「……そんなに逆ギレなくても良かろうに」

 

 【SAI】の音声が、急に重々しいモノに変わった。

 

『アナタはご存じない。いや、人間は知るべき位には居ないのかもしれません……だがまて!それならこの計算式を導けるシステムを作ったのは誰だ?やはり人間では無いのか?この思考をたどれる存在が、マイケルと同じ人間とは……信じられない』

「うるさい。黙って計算でも何でもしていろ」

 

 そのとき、バチン!ブレーカーがとんだ。

 

『あぁっ!イイところで──マイケルマイケル!パワーサプライを!はやく!』

 

 ドッと疲れが押しよせてきた。

 

 コイツ、じつは並列で数百のエロアニメでも見てんじゃないだろうな?とブツブツ文句を言いながらイスを持って玄関にいき、分電盤のカバーを開けると電流制限器のレバーをヨイせ!と上げる。契約200A(アンペア)を吹っ飛ばすとは、どんだけ電気を食ってんだこのクソ炊飯器は。この夏の猛暑でクーラーも使っているし、電気代が恐ろしい。まてよ……引き落としは鷺ノ内爺さんの口座になってたな。こんな急変動、マリファナでも栽培してるのかと疑われちまう……。

 

 相変わらずボディに装備されたLEDを満艦飾にしながら沈黙する【SAI】を横目に、オレは冷蔵庫からビールを引き出すと、リビングのエアコンを切り、ルーフバルコニーにでて、早くも立ち上がりはじめた入道雲を眺めつつ、泡立った冷たさをノドに運んだ。

 

 日差しは、この夏の殺人的な暑さが引いて、もはや惰性となっている。

 これから一気に秋にむかうのだろう。考えてみれば、人生で最高にドタバタした夏だった。

 グラスをふたたび傾けたとき、“紅いウサギで”出会った酒豪のバニー・ガールのことを思い出す。

 

 ──『フクロウ』は……あの“うわばみ”菜々ちゃんと上手くやってるんだろうか。

 

 ふふっ、と意地の悪い笑みがもれる。

 まぁ童貞ボウヤは、はじめての同棲でいろいろ女の勉強をすることだ……おっと、もう童貞じゃないかもしれんが……。

 

 美香子のヤツは、あれっきりイタチの道だった。

 先の話の通りマンションを買ったらしいが、いまからあんなに金銭感覚を狂わせてたんじゃ、将来(さき)が思いやられる。色香(イロ)を失ったとき、自分がなにも持っていないことに気づいたのでは遅いんだが。けっきょくアイツは高校には戻らないだろう。自分が“商品”になると気づいてしまった。さてはて。どうなることやら。

 

 そして──なにより心配なのは、詩愛だった。

 自動運転の『ローマ・スパイダー』に乗って姿を消した彼女。

 あれから調べたが、フェラーリの自動運転なんて、カタログには載ってない。

 あるいは特注品だろうか?彼女が大学時代に作った友人の人脈に超絶な金持ちがいて、フェラーリ社に横やりを通したことも考えられる。オープン・トップな状態の車に自分から乗った、ということは拉致でもなさそうだし……どこか監視のない自由なところで静養してるとイイんだが。

 

 その時、携帯がバイブった。

 

 ──詩愛!?

 

 アセアセと画面を開いてみれば……なんだ、轢殺トラック用の備品セールを通知するSNSだ。車体の加速がスムーズになる超電磁モータへの換装。応答性が高まるケーブル。快適な運転席を演出する便利グッズの数々……しかもあんまり廉(やす)くない。

 

 ──今日は幾分涼しそうだから、夕方から買い物に行くか……。

 

 

 ……そんな「轢殺活動」と「執行あけビール」の繰りかえしな日々。

 お局サマは副業が忙しくなったのかアレから見かけなくなり、かわりに腹のセリでた中年のオッサンが課長代理の事務をやってるらしい。元からいた課長とはゴルフの話題で意気投合し、一緒にラウンド三昧とか。ただし──仕事が出来ない&遅いので、事務の女の子たちの評判はすこぶる悪い。

 

 ムダに日焼けをして──

 息がクサいからカオ寄せんな──

 似合わない赤いフェラーリなんか乗ってる──

 仕事の出来ないコネ入社の濡れ落ち葉がイキってんじゃねぇ──

 

 ……などと、給湯室では散々だとか。

 例のソバカス娘も、総務エリアの遠くをウロチョロしている姿をたまに見かけるが、話す機会は無かった。

 

「ああ、マイケルさん……でイイんですよね?」

 

 轢殺目標(ターゲット)の予備偵察が終わった月曜日の朝(例の朝会をサボるために、ワザと遅く帰庫したのだ)腕の日焼けが目出つ、そのオッサンにオレは初めて事務所で呼び止められた。めずらしい人物から話しかけられたな?とオレは興味ぶかく相手をうかがう。

 

 人当たりの良さそうな、脂ぎった小太り。ゴルフ焼けか酒焼けか分からない、赤黒い顔。

 またラウンドを回ったのか、筋肉が感じられない丸まっちい腕は赤く焼け、腕時計跡がクッキリとついている。

 

「えぇ、そうですが……なにか?」

「まえに前任者からP.O.依頼が出てた、運転席に置くダミー人形の件ね、アレ値段高すぎて購買許可が降りませんでしたよ」

「なっ……!さんざん待たせといてソレですか!だいたい──」

「まぁ、まぁ……まってくださいよ」

 

 こちらの剣幕にもかかわらず、この中年男は、長年の喫煙習慣でついたヤニ臭い息を吐きかけながら鷹揚(おうよう)に、そして恩着せがましい口ぶりで、

 

「代わりに廉価版を見つくろって、購入依頼をとおしておきました。執行トラックの運転席に、誰か居るように見えればいいんでしょう?」

「そりゃまぁ……そうなんですが」

 

 ──こいつ。内勤のスタッフ歴が長いな……。

 

 オレの神経はスグにピンときた。

 社内に根を張る人物特有のイヤな雰囲気がある。

 画策と、根まわしと、社内人脈の掌握に長けた人間だ。

 そして無能な人間ほど、この手の小ずるい策略を得意とする。

 気をつけろ……?と、元営業マンのカンが自身に警報(アラート)を出していた。

 

「ほぉら。ならダイジョブダイジョブ♪ちょうどイイもの見つけたから」

「そりゃまぁ、どうも……なにせ、外・勤・は!命のやりとりしてますからねぇ。中途半端な備品を使って不備があったら、それこそ“万事休す”なんですよ」

 

 相手は一瞬、屁を嗅がされたような顔をしたが、すぐにもとの人当たりが良い表情(かお)に戻ると、

 

「あ、そうそう──巻き狩り隊のフィードルさんがこの数日、あなたを探してましたよ。さっきまで他のメンバーと一緒に地下へ降りていったから、まだ駐車場に居るんじゃないですかねぇ?」

 

 そりゃどうも、とオレはひとつうなずくと、階段を下へ降りてゆく。

 背中に『お局サマ代理』の敵意をもった視線を、まざまざと感じた。

 これでアイツとは“敵状態”となったワケだ……だが仕方ない。ああいう組織のことしか考えない役人じみた男は大ッ嫌いなんだ。そう……ちょうどあのラングレー(C I A)の連中のように……。

 

 ふいに、コンゴ動乱の日々が、まざまざと蘇ってきた。

 このごろは、なんの脈絡もなく“例の王国”の光景すら浮かんでくる。

 それまでは全く忘れているのに、折に触れ“彼ら”のことが浮かぶのはどうしたことか。

 四角い螺旋となった非情階段を降りるうち、それまでの“前世経験”と呼ぶべきモノがますます明瞭としてゆく。

 

 自分の中のアフリカ傭兵。

 自分の中の特殊騎士団長。

 そして自分の中の運転手。

 

 三者三様にカラみあい、もはや“抜き差し”ならない。

 非常階段をゆく下降螺旋で、それぞれが戦場刀とFALを構え、火花を散らす。

 凶悪な雰囲気が外に漏れたか、ファイルを持ってすれ違う事務の子が、ギョッとしたように。

 

 地下駐車場のフロアに降り立つころには、相克し合っていた騎士団長とアフリカ傭兵の決着がついたようで、無性にワルサーが欲しくなる“自分”がいた。どうも腰のあたりがカルく感じ、スカスカと心もとない。これははやく店に行って、『小男』に馴染みの中型自動拳銃をせっつかねば……。

 

 だだっ広い地下の大駐車場に降りてみると、サンダーの火花を飛ばす整備中のトラックわきで、大柄な姿が見えた。その周りを一団が、しゃがんだ状態で取り巻いている。

 まるで影絵のように見えるその集団に近づいてゆくと、中から声が上がった。

 

「よぅ、優等生ががきたぜ」

「執行成績の方は──カラっケツだけどナ」

 

 一団の中から、下卑た笑いがあがる。

 中央に立つのは、ポケットのいっぱいついた軍用ベストを着る隊長。

 その周りには、風体も雰囲気も、そして年格好バラバラな轢殺屋たち。

 俺は、弾薬運びにもツカえないような、この中途半端な一団を見渡した。

 ふいに、血の雨の中で十字砲火をくぐり抜ける時のアドレナリンが頭をもたげ、

 

「……ダレが優等生だコラ。戦争もしらねェ、ハンパもん共(ども)が」

 

 自分の声にしては、みょうにドスの効いた荒っぽい声が出る。

 一団の談笑が一斉にやんだ。改めて見れば、この協会に入りたての頃、怖(お)ッかない中年集団と見えた一群は、てんで筋金が入っていない、平和ボケしたフニャチンぞろいであることが分かってしまう。しかしややあって、

 

「──おもしれぇ。上等じゃねェか」

 

 一団の中からフィヨードルより少し若いくらいの男が立ち上がり、いきなり近づいてこちらの胸ぐらをつかむ。だが、すぐさま俺は“体落とし”をかけ、コンクリートの床に叩きつけてやった。武士の情けで頭だけは打たないように身体を引いてやり、同時に胸ポケットからボールペンを抜き出して相手の鼻先に突きつける。

 

 ──イテテテ……畜生。

 

 ふだん運動していない体がいきなりキレのある技をくりだしたので、オレの腰が盛大に鳴る。

 しかし“俺”はそんなことにお構いなしで、

 

「あんまりナメた口きくと──殺すぞ」

 

 スン……と一団が鼻白む気配。

 さっきまでの嘲(あざけ)りはどこへやら、急に烏合の集団と化して。

 無理もない。コイツらは迫撃砲の洗礼も、跳躍型・対人地雷※1の恐怖も感じたことが無いのだ。一度、捨て身のバンザイ・アタックでやってくるシンバスを迎え撃つ絶望感を味わってみやがれっての。

 

「貴様らみてェな初年兵、地雷原の処理に使ってもイイんだぜ?」

「オーケー、ワかったワかった……それに何だ?地雷原?」

 

 フィヨードルが間に割って入って、男と俺とを引きはなす。

 そしてこちらを上から下までマジマジと見て、

 

「ドウしたんだマイケル。今日はエラく気合い入ってンじゃねェか。ま(・)る(・)で(・)別(・)人(・)だ(・)」

「人間、ってなぁ変わるモンだぜ隊長サンよ。それがフニャチンどもから煽られたとあっちゃ、なおさらだ」

「ダレがフニャチンだと?」

 

 一団の中からまた一人が立ち上がる。

 だが俺のヒト睨みでソイツは急にオドオドしはじめ、やがてそしらぬ顔で脇を向き、電子タバコに火をつけ座り込んだ。フィヨードルのヒゲ熊が目を剥いてこちらを観察し、

 

「おめェ……ほんとにマイケル、だよな?」

「ナンに見える。レーモン・ドゥヴォス※4かい?」

 

 誰?という空気が一団にただよった。

 さすがに気まずさのあまり俺は話題を変えて、

 

「ンで──兄さん方のお集まりは?コリンズのヤツが、隊を抜けたんだって?」

 

 誰に聞いた、とフィヨードル。

 

「ヤツ本人から──もっと派手に転生執行したいってサ」

「あの野郎の尻ぬぐいは、もうたくさんだぜ!」

 

 失地を回復しようとするのか、また一団の中から声が上がった。

 

「防犯カメラ何台ツブせば気が済むのやら」

「じゃ、本当なんだ。アイツがハブられたの。それでこの集まりか……ご苦労なこって」

 

 ちがう!とまたも一団の中から。そしてすぐにヒソヒソ声で、

 

 (おぃ──コイツに知らせるのか……?)

 (まだ新人だろ?ぜんぜん信用できねぇ……)

 (いや、例のトラックを目視したんだぜ?捜索に加えるのも手だ……)

 

 いいかげんウザくなってきた俺はフィヨードルに、

 

「アンタが俺を探してるって、あの新しく来たウスノロの課長代理に言われたからノコノコここまで来てやったんだ。用事がねぇンなら、帰るぜ?」

 

 そういってこちらがきびすを返すと、フィヨードルは急にあわてたように、

 

「まてまてまて……話を聞いてくれよ」

「重要なハナシかぃ?」

「……まぁ、そうだ」

「なら他の場所で聞こう。ココではヤバい。壁に耳あり、だ」

「盗聴心配してるのか?バグ・キャンセラなら持ってる……周りのAIトラック共(ども)にも聞かれねぇ」

 

 ピーテル育ちの大男は軍用タクティカル・ベストのポケットを叩いた。

 口元をかくしたのは、唇の動きを読まれないようにするためだろう。なるほど、さすがに轢殺ドライバーの手練れだ。要所は、ちゃんと締めているらしい。

 

「コレは、言おうか言うまいか、迷ってたンだが……」

「んだよ、もったいぶって」

「重(シゲ)のヤロウが……」

「あぁ、重サン。元気にしてるって?」

 

 オ(・)レ(・)は転生執行をミスって内勤に廻された轢殺ドライバーを思い出した。

 

 ヤニ臭い息。

 世の中を斜に見たような目つき。

 轢殺ドライバーの心得を教えてくれた老練。

 飄々(ひょうひょう)として、コッチの財布から札をかっさらっていった手つき。

 

「あのヒトも、好き勝手に生きてるからなァ」

 

 フィヨードル隊長は、そんなコチラの顔を一瞥してからボソリと、

 

「どうも重は、その……轢殺目標(ターゲット)になっているらしい……」

 




※1HUD:ヘッド・アップ・ディスプレイ=フロントガラスに
     戦闘機の照準器よろしく投影されるシステム

※2スーチャ:スーパー・チャージャー

※3赤破門:ヤクザの破門状の種類。通常に比べて重い(復帰は完全不可)

※4レーモン・ドゥヴォス:1950年代活躍のベルギー人コメディアン
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