※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第75話:    〃     (中

 

 シャワシャワと蝉の鳴き声が、玉砂利(たまじゃり)敷きの境内に降り注いでいた。

 

 9月に入っても、まだまだ暑い昼下がり。

 季節は一気に秋に向かうと思ったが、今年の熱波はなかなかしぶとい。

 しかし日差しの強さは明らかにブーストを欠いていた。一時期の、肌を灼くほどな炎熱は感じられず、惰性で地上を照らしているような。まったくこの夏は“酷暑”を通り過ぎて“烈暑”“殺暑”とも言うべきものだ。

 

 いつか来た記憶がある、縁結び神社の自販機よこに据えられた錆(さ)びかけな長パイプベンチ。

 ひび割れたプラの座面に、おっかなビックリ。ミシミシ鳴らして座ると、ときおり微風がある木漏れ日のなか、無糖アイス・コーヒーの缶タブを開けて一口あおり、大きくため息をつき、肩をおとした。

 

 ──重サンが……轢殺目標(ターゲット)に、ねぇ……。

 

 あの地下駐車場の朝に聞いた不吉な情報が、ここ数日のあいだ自分の頭をはなれない。

 オレは、画家くずれな大男との会話を、アイス・コーヒーの苦さと共に反芻(はんすう)する。

 

『──どういうことです?それ。転生ドライバーが、狙われるなんて……』

『たぶん、内勤の勤め先から、正規の手続しねぇでトンズラしたのがマズかったんだろうよ。ウチの情報をヘンなところにタレこみでもしたら、大ゴトだからよォ』

『バカな。そんなことをして、なんの得が──』

『なにしろ奴ァ、カネに困ってたからナァ』

『……』

 

 たしかに。

 

 あの祭りの夜。

 広げたこちらの財布から、無造作に札をもぎ取っていったその手つき。そこには、抜き差しならぬ真剣さが、有無を言わさぬヒリつくような感情が見えたのは事実だった。

 

『TVはムリでも、週刊誌か、スポーツ新聞なら……』

『まさか。ありえない』

 

 即座に俺は否定したものだ。

 

『まずヒトを轢き殺して異世界に転生させる、なんてネタを話したら精神科を紹介されるのがオチだ。そのうえ、タレ込まれたという情報だけは、協会がらみの組織に伝わって──』

 

 そこでハッと気づいた。

 

 ──まさか……?

 

 表情を読んだか、フィヨードルが重々しくうなずく。

 本当に、カネほしさにマスコミへ情報を流そうとしたのか。

 いや、しかし。いかな重サンでも、そこまでアホじゃあるまい。

 それとも……まさか本当にワンチャン賭けて、小遣い欲しさで動いた……?

 

『アイツいま、追っ手が掛かってて。見つからねェよう地下水道で寝泊まりしてんだと』

 

 あぁ、と納得。

 

『それでか。カネせびられた時、みょうに下水臭いと思った』

『会ったのかよ!いつ!?』

『ウチの地区にある神社の例大祭。夜の屋台で』

『……何で知らせてくンねェんだよ。いろいろ渡すモノがあったのにサ』

『その時は、追われてると知らなかったモン。オマケにこっちの財布から、札(サツ)を根こそぎ奪(と)ってったぜ、ク』

『やっぱな。そうとう金に困ってるらしい。一週間後、ヤツと落ち合うんだ。そのとき、生活物資、その他もろもろを渡そうと思って。マイケル、貴様も来るか?』

『オレは!もうたんまりカネやったぞ?あ(・)の(・)野(・)郎(・)“貸してくれ”とはいってたが、カネは帰って来こないだろうな。おかげで!俺ァ知り合いの子に、あまり屋台でモノ買ってやれなかったんだ──ちくしょうめ!』

 

 まぁまぁ、と大男は苦笑しつつこちらをなだめ、

 

『ヤツも必死だったんだろ。な?一週間後の夜だ。無線のチャンネルを開けといてくれ。しかし──』

 

 そこで相手は一拍おいて俺をマジマジと見てから、

 

『お前ェ、ホントにマイケル……だよな?』

 

 ──全く……。

 

 オ(・)レ(・)はすっかりヌルくなった缶コーヒーを飲み干し、呆然と目の前の小砂利をながめた。

 

 いい感じの涼しい風が吹いてくる。

 頭上に茂る枝がサヤサヤと、葉ずれをならして。

 アリの群れが、なにかを懸命に運んでいた。どうやらセミの死骸らしい。

 

 祈祷の鐘だろうか。 

 本殿の方から澄んだ音が聞こえる。

 古びた賽銭箱に硬貨が跳ね落ちてゆく気配。

 ガラガラと騒がしく鳴らされる祈願用の本坪鈴(ほんつぼすず)。

 

 ──ん……。

 

 お札(ふだ)を“お焚き上げ”するのか、どこからか木を燃やすキナ臭さ。

 樹木をサワサワと鳴らし、ひときわ涼しい風が吹いてきて体にまとわりつく。

 シャアン!神楽鈴(かぐらすず)の音(ね)が意外な近さで、カミソリのような鋭さをもって鳴った。

 

「美香子のオジさま──こんなトコロでなにを」

 

 いきなり背後から声がかかり、ゾクリとする。

 バカな?気配に気づかなかった。いや、そもそも玉砂利を踏む音が……。

 

 振りむけば、緋袴(ひばかま)と白衣(びゃくえ)をまとう現代風な巫女が、みょうに醒めた目でこちらを見下ろしていた。

 部活の稽古でもしてたのか、大弓をたばさみ、腰には矢筒(やづつ)を提げる凜々(りり)しき容姿(すがた)。

 単なるJKに、ここまでアセらされたのが業腹なオレは、

 

「真琴クンか……驚いたな。キミこそ、どうした?」

 

 相手の冷ややかな目線を迎撃するように見上げつつ、

 

「高校は?もう夏休み終わったろ──あぁ、分かった。神社(いえ)の手伝いか」

「まぁ。それもあるんだけっど、サ」

 

 みょうに煮え切らない物言いで彼女は脇を向く。

 

「どうした」

「なんか……アタシ」

「うん?」

「アタシ、ね?」

「うん」

「精神性のストレス?があるみたい……なんだって」

 

 そう言ってポツリ、うつむいて足もとの玉砂利を蹴飛ばした。

 どうも何かあるらしい。オレは大人げない腹立たしさを引っ込める。

 

「ふぅん?精神性のストレスねぇ……と、いうと?」

「このまえ、ね?」

「……うん」

「部活で、女子部員と男子部員の間でモメごとがあって」

「……うん」

「それ自体は、ささいなコトなんだけど。そのときアタシ……」

「……うん?」

「スゴい声と迫力で、部員たちを怒ったらしいのよね」

「すごい声って?どんな」

「よく分からないんだけど……こう、女の人の声だけど……」

「……うん」

「ヤンチャしている男子すら震え上がるような」

「へぇぇ……」

「んで、そこで倒れちゃって……」

 

 ──さては……縁結び神社の神に憑(つ)かれた……か?

 

 すぐさまピンときた。

 普通なら何かの発作を疑うが、あ(・)の(・)光(・)景(・)を見た後では違う。

 おりに触れ、大なり小なりとこちらに干渉してくる、苛烈な守神。

 この神社の強烈な霊験がなくば、美香子や詩愛とも会うことがなかったろう。

 夢のなかの幻想的な女神が、荘厳な威圧をもって目の前に立ち現れるような気味が。

 

「それで──どうしたのさ?」

「保健室送りになって……神社(うち)のお手伝いサンの車で帰った。その日から休んで、もう一週間になるの」

「ふぅん。でもそんな体で部活の練習なんかして、大丈夫なのか?」

「……部活の練習?」

「だってホラ。弓と矢筒なんか持って」

 

 オレに言われ、どこか彼女はギョッとしたように自分の手にする弓を見た。

 次いで腰に提げる矢筒を指さきで触れながら、

 

「ホントだ……アタシ、いつのまにこんなの持ってきたんだろ」

 

 なんだか……どうも危うい。

 ヒョッとして女神に憑依(ひょうい)された影響が、まだ続いているのか。思えば占有欲の強そうな女神だったが。

 彼女の気分を晴らそうと、つとめて明るい方へ話題を向け、

 

「学校は──どうだ?コロナで休んでいるヤツとか、いないか?」

「べつに。もうみんなマスクとかしてないし。先生は別だけど」

「まぁ、声を出すからな。仕方あるまい」

「そう言えばサ?」

「うん」

「休んでる美香子とか、もう戻ってこないんだよね?」

「あぁ?……うんまぁ、学校には行くように言ってるんだが、コレがなかなか」

「SNS来てたよ。いまパリにいるって。オペラ座?のまえでアヘ顔ダブルピースしてた」

「……はぁぁぁぁ!?」

「なんか向こうのイケメンに囲まれて、お酒のんでたりも」

 

 ──あいつ……。

 

 もう声楽研修でフランスに居ると?

 さすが“紅いウサギ”だ。仕事の運びがハヤい。

 あのソプラノが、磨きをかけられてサロンで喝采をあびるのか。

 しかも酒だと?アホが。いよいよ救いがなくなってきた。まったく“度し難い”。

 

「いいなぁ。アタシも海外行きたいなァ」

「若いんだもの。そのうち、いくらでもチャンスあるさ。そのためには健康でなきゃ」

「……」

 

 現代風の巫女は、弓の弦をいじりながら唇をとがらせた。

 

「からだの具合に変化はないか?急に気分が悪くなるとか……」

 

 しばらく沈黙。

 

 シャワシャワと蝉の声が耳奥までよく通る。

 また本坪鈴の音。柏手(かしわで)がそれに続く。玉砂利の足音も。

 思うにこの神社、自分が考えているよりよっぽど流行(はや)ってるらしい。

 

「それは無いけど……夢を見るわ」

「夢?どんなヤツ」

「……お母さんがね……なんか、神様の奴隷になって……アタシもそのヨコで……」

 

 そう言うと、このJKは顔を真っ赤にしてうつむく。

 いまは自分も、うっすら思いあたるフシがある。というより最近は、忘れていた記憶をだんだんと思い出すような気配があった。

 

 うす暗い、息が詰まりそうな洞窟と、地下の社(やしろ)。

 あのクソ忌々しい黒猫の咒術(じゅじゅつ)によって鎖(とざ)された格子扉。

 なぜか持っていた馴染みのFAL自動小銃で、それを鍵ごとぶち壊した情景。

 彼女の母親を荒縄で淫らに縛り、玩具(オモチャ)も使って犯すのは、オレの深層願望なんだろうか。

 

「大丈夫だよ。そんなのタダの夢さ。忘れちまえ……」

 

 その時だった。

 

「うぬが誓(うけひ)をわするとは言わさぬぞえ!」

 

 いきなり!

 真琴の声が、峻厳(しゅんげん)、苛烈(かれつ)、そして酷薄なものに変わった。

 彼女の目つきも、それに準じた鋭さとなり、風体も威風を帯びる。

 まわりの温度すら数度さがる気配。あれほどうるさかった蝉の合唱も暫(しば)し、途絶えて。

 

「そのほう、もはや応(いら)えを

 

    違(たが)えたりはせぬであろうの?」

 

「え……誓約って……ナンデショウカ」

 

「うぬが身罷(みまか)りしのちは、

 

   吾(あ)が奴卑(ぬひ)となる約定よ」

 

 

 ギロリ!巫女がこちらを睨んだとき、豁然(かつぜん)!ある光景が強制的に目の前へ開けた。

 薄べりを敷いた緋色な部屋で、彼女の母親を思うさま陵辱していた自分。とオレ達3人。

 白足袋をはく女の脚が、紅い布団の上をナヨナヨと艶めかしくうごき、淫具が女陰の中で身震いし、糸をひく愛液の滴りを行灯のあかりがキラキラと照らして。

 

「此の世に在りしうちは、汝(な)がうごき礙(さまたげ)せぬが、

 

 ゆめにも他の者に追従(ついしゃぅ)することなかれ。

 

 ことに牛なき巨(おほ)いなる牛車の乗り手とは」

 

 

 牛なき巨大な牛車……トラックのことだろうか。

 乗り手、というと……轢殺ドライバー。つまり運転手どうし、つるむな、と?

 さいごに女神に憑依されたJKは、手にした弓の先をオレのアゴの下にさしいれて、

 

「九日(ここぬか)の後(のち)、くだんの遊行女婦(うかれめ)つどへる舎(や)を

 

 訪(とぶら)ふが宜(よ)い。そこで『をかし』なるもの見やうぞ」

 

 そう言うや、いきなり現代風の巫女は大弓に鏑矢をつがえ、ヒョウ!と引く。

 カン高い音をたてて山なりの軌跡を描き、倒壊した鳥居の辺りに墜ちていった。

 微風にのって、とても生き物の立てるものとは思えない悲鳴が微かに聞こえてきた。

 

「心せよ。そこで汝の命運は定(さだ)まれり」

 

 

 そう言うや真琴の身体はグラリ、揺れて前のめりに倒れ込む。

 長ベンチから立ち上がったオレは、危ういところでそれを受け止めた。

 遠くで落ち葉を掃いている中年の巫女をみつけ、手助けをもとめる。神社の境内が、年かさな巫女たちの呼び交わしで次第に騒がしくなって……。

 

 

 * * *

 

 

 フィヨードルの誘いがあった当日の夜になった。

 オレは新たに割り当てられた轢殺目標(ターゲット)の監視をするために、寂れた住宅街の一角に潜んでいる。

 30分程前に、巻き狩り隊の隊長は専用の秘匿(ひとく)回線を通じ、重サンとの落ち合い場所を【ボニー】経由で知らせてきた。

 

『どうするんです?マイケル。あの巻き狩り隊長の誘いに、乗るんですか』

 

 すると、最近は特におカタいキャリア・ウーマンじみてきた【ボニー】が、

 

『アラ。任務が第一ですわよ!ねぇ?マイケルさま』

「……ふぅむ」

 

 インパネに灯る色とりどりの透過型インジケータを眺め、オレは考えあぐねている。

 やつの指定場所に行くか。それともこのまま、現在担当中の轢殺目標(ターゲット)を監視を続けるか。

 

 『ゆめにも他の者に追従(ついしゃぅ)することなかれ。

  ことに牛なき巨(おほ)いなる牛車の乗り手とは』

 

 あの縁結び神社の主神が言ったセリフも気にかかる。

 これでノコノコ会いに行き事故でも起こした日には、あの峻厳な女神からナニいわれるか。

 

 手首に巻いた時計を見てみる。

 

 夜光の文字盤は、23時を過ぎたところだ。

 今日は、2カ国表示ができるGMT仕様のものを選んでいた。

 美香子がフランスに行ったと真琴から聞いたときから着けている腕時計だった。

 

 ──夏時間だと(-7)h。16時を回ったところ……か。

 

 高緯度のこととて、夏は22時をすぎても明るい土地柄だ。パリに行ったことはないが傭兵時代、マルセイユの並木道にあったテラス席で、焼き栗を肴(さかな)に冷えた白ワインが美味かったのを覚えている。この時期のフランスは日本と同じく猛暑だとネットのニュースには出ていたが、美香子は暑いなかレッスンに励(はげ)んでいるのだろうか。

 

 ──あいつめ……フランスに行ったンなら、連絡のひとつでも寄越せばいいのに……。

 

 いつぞやの件で、そうとう機嫌をそこねたとみえる。

 思うにチヤホヤされて、すでにかなりワガママになっているのではないか。

 いまの時期からチップも含め、一晩に何十万も稼ぐようになっては、色香(いろか)が衰えた時に……。

 

 ──まぁ……いい。破滅を思い知るその時まで。成るようになれ、だ。

 

『マイケル?どうします──会合場所に行くのですか』

「【ボニー】……目標の動きァ、どうだ?」

『監視対象の建屋部位に変化なし。電力消費量もおなじデスわ』

 

 オレは監視対象がひそむアパートの2階を眺めた。

 

 室内のサーモグラフに変化はない。ベッドの中で、20そこそこの万引き癖があるフェミ女は、タブレット画面でも見ているのだろう。

 夜中に起き出してコンビニに向かうところを襲撃するのもタルい。おまけに、この目標はそんな生活習慣を持っているか、まだ確認できていなかった。

 【ボニー】が監視ポッドを操作できるAIランクに上がってくれれば、こんな苦労はしなくてすむんだが、コレばっかりはしかたない。

 

 気がつけば、残業帰りと思われるリーマンが、路駐しているトラックを不審げに眺めて通り過ぎていった。この監視場所も使いすぎた。どうやら潮時のようだ。いずれにしても場所を変えなければ。

 

「……よぅし、状況打ち切り!──フィヨードルのトコいくぞ」

 

 オレはパワーユニットの始動ボタンをおした。

 モーターだけを起動させ、無音のままトラックを移動させる。

 轣殺トラックの印象を、周辺の住人に残したくはない。転生執行には、細心の注意が必要なのだ。

 

 【ボニー】が驚いた音声で、

 

『本当ですの?マイケルさま。いまさらリタイヤしたドライバーにお会いしても……』

『シャクですが【ボニー】の言うことに賛成です。任務を放棄してまで会いに行くだけのメリットがありません』

 

 ──なぁに、コレもまた一興だぜ。あの老獪なジジィがどんな顔するか。

 

 しかし、何があってもこれ以上金は渡さないぞと決意を新たに、オレはアクセルを踏みこんだ。

 国道に出てからエンジン駆動にきりかえ、長距離トラックが増えてきた4車線レーンの流れにのる。いまどき珍しいデコトラ※0が荒っぽい運転で車体を左右に振りつつ、道を空けろと言わんばかりのパッシング。べつに争う理由もないので、こちらは素直に車線変更をしてレーンをゆずる。と、追い抜いたデコトラはサンキュー・ハザードの代わりにしばらく車体を満艦飾に明滅させながら、消失点の彼方へと吸い込まれてゆく。遠い県のナンバープレートだ。これから夜通し走ってゆくのだろう……。

 

『マイケル。リタイヤしたドライバーに、フィヨードル運転手はナニをするつもりなんでしょう』

「……どうせヤツのコトだ。重サンの援助をしようって魂胆にちがいない。たぶん、もう会えなくなるだろう。その前に、あの狡(コス)っ辛(から)い顔を拝んどくのも悪くない」

『そんなものですかねぇ?』

『ワケが分かりませんワ?』

 

 不満タラタラなAIたち。

 かまわずアクセルを踏んで、トラックは高速に乗る。

 ETCレーンをくぐり、ゆるやかな右カーブのランプ・ウェイを駆け上っていると、背後から乾いたカン高いエンジン音が近づいてきた。

 画面が暗視モードに調整されたバック・モニターを見れば、赤いスポーツカーが追い越し車線を這い寄ってくる。研ぎ澄まされたデザイン。いかにも高性能そうなエキゾースト。

 

「またフェラーリかよ。どうもこのメーカーとは、験(ゲン)が悪いナァ」

『フェラーリ“ローマ”。そのスパイダー(オープン)・モデルデスわ』

「こいつが……」

 

 気を利かせたのか、フロント・ウィンドウの一部がワイプ画面になり、運転席の周囲をズーム画像で映し出す。

 

 詩愛を連れ去った車種だった。

 しかも左のドライビンク・シートには、長い金髪の髪をした女が乗っている。

 画に描いたような金持ち風情。空の助手席には、これまた高価(たか)そうなバッグが無造作に。

 

『これはまたラ・ドルチェ・ヴィータ(甘い生活)デスわネェ』

『すこし以前(まえ)は、マイケルだって同じような状況でしたね』

『マイケルさまが?なぜですの』

『高級マンション。ふたりの愛人──そして優秀なAI』

「どこが“愛人”だよ。単に同居してたダケだろ」

『ダメですねぇ……ニブちんは』

 

 そんなクソ生意気なAI共とコントのような会話を交わしつつ。

 トラックは照明が入り乱れる夜の高速を、ひたはしりに疾走する。

 

 指定された場所は、都市の外れにある寂れたCY(コンテナ・ヤード)だった。もくろみの甘い行政が例によって都市開発に失敗し、新しいわりにすぐ使われなくなって早くも廃墟の感を呈している。

 あちらこちらに放置された40フィートコンテナの山が、叢雲(むらくも)に明滅する月の光をうけておぼろに浮かび上がり、その胴には地政学の余波をうけ大型倒産した悲運な海運会社のロゴがはいっていた。

 

 傭兵経験からすると、面白くない場所だ。

 コンテナヤードは迷路のようで見通しがわるく、おまけに遮蔽物(しゃへいぶつ)が多すぎる。その上コンテナの中になにか潜んでいたら、それこそ目も当てられない。

 

「ちぇっ。【ボニー】!周辺をチェック」

 

 サイド・ウィンドウを下げ、オレは首を出して辺りの気配をさぐった。

 鉄のさび果てる匂いと海の香り。朽ち果てた場所のように思えるが……ナニかヘンだ。

 

「【ボニー】。監視カメラ、熱源、電子機器反応、なんでもいい、動体物をさぐれ」

『上空に小型ドローン一機を確認。IFF(敵味方識別)は転生協会のものです』

「フィヨードルのヤツが警戒して飛ばしているのか……発見されたか?」

『電磁遮蔽対策をとってないので、発見済みの可能性は89.55%』

「まぁいい。こんな夜中に入ってくるのは、肝試しかアホなユーチューバーか、はたまたヤクの取引か。それならいっそ、逆に音を立てて追いはらうのが得策というものだ』

 

【マイケル──お前ェか?】

 

 秘匿(ひとく)回路をかませた無線機から、フィヨードルの声が流れた。

 やはり。ドローンで周囲を監視していたのだろう。さすが歴戦の猛者。

 

「オレだ、フィヨードルさん。どこに居る?」

【こっちのAIが、お前ェの位置ィ把握してる。そのまま200m直進して、コンテナ山の辻を左だ】

 

 指示のとおり、エンジン走行でコンテナの谷を進み左に折れたとき、すこし先の広場となった場所で、見慣れた轢殺トラックがとまっているのが見えた。その脇には、プラ製フェンダー(ドロよけ)の折れた原チャリが横づけとなっている。

 

「【ボニー】、周囲をよく見張ってろよ?」

『分かりましたワ?マイケルさま』

『ワタシにも、監視ポートを使わせた方がよくないですか【ボニー】』

『アンタみたいな出来損ないの三流AIは、黙って見てればイイのよ!』

 

 AIたちの言い合いをよそに、オレは彼らのすぐ近くに停車させると、トラックとのコネクターを片耳につけた。パワーユニットを切り外へと出たとたん、海際特有のムわっとしたベタつく潮風が体をつつむ。速攻で空調の効いたキャビンに戻りたくなったが、ココまで来たからには仕方ない。

 行く手から、覚えのあるタバコの臭いが漂ってきた。

 

「よぅ──やっぱ来てくれたナ」

 

 そう言った大男の影で、バツが悪そうなうすらわらいを浮かべ、煙管(キセル)でタバコを吸っているのは久しぶりに見る重サンだ。なにか前にも増して小さくなってしまったような気味がある。あれほど発散していた不敵なオーラが、すべて消えてしまったような。

 

「重サン。そのスクーターは?」

「なぁに……親切なヤンキーが譲ってくれたんだ」

 

 ──どうだかな……?

 

 そこらでタバコでも吸いながらコンビニの前でタムロっていたガキ共を、得物でもチラつかせてカツアゲしたんじゃなかろうか。それにこのスクーター、どこかで見たような……。

 オレの目の前で、フィヨードルは小ぶりなリュックを重サンに渡し、

 

「じゃぁコレ。着替えやら、カネやら。それにパスポートとエア・チケットが一式はいってる」

「へぇ……海外に高飛びするのか」

「ま、先兵ってヤツだ」

 

 重サンのセリフに叱ッ!と、大男の目配せ。

 その排他的は反応に、おもわずオレは口を尖らせて、

 

「ンだよ。ココまできて、そりゃナイぜ……そういや重サン!こないだは往生(おうじょう)したぞ。札を全部カッさらわれてさァ」

 

 バツの悪そうな笑みが、ますます深まって、

 

「悪ィなマイケル──でもアレでホント助かったんだ。コッチもイロイロあってよォ」

「あとはコレだ。“タンホイザー”のアプリが入った携帯。現地ついたら、連絡くれ」

 

 大男は例の軍用ベストから、足がつかないことで有名なSNSソフト入りの携帯を渡した。 勝った相撲取りが、取り組み後に行司から祝儀袋を受け取る手つきで重サンはそれを受け取るとふところに入れ、

 

「スマねぇな。ナニからなにまで」

「──なかにプリペイドで5000$ばかり入っている」

「どこいくのサ。イイだろ?聞かせてくれたって」

 

 食い下がるオレに、二人の老練な轢殺屋は一瞬、顔を見合わせた。

 ややあって、フィヨードルの方がため息をつき、シブシブといった風に、

 

「……フィリピンさ。そこでリタイヤしたトラッカーのアジトをつくる」

「うへぇぇぇ。なんでまたフィリピンに。振り込め詐欺の基地じゃあるまいし」

「あっこが一番カネで融通がきくんだよ。お巡りにも、役人にも……そして政治家にもな」

 

 重サンは煙管をカン!スクーターのブレーキレバーでがん首を叩き、吸っていたタバコをはたき出すと、荒れたアスファルトで火だねを踏みにじりながら、

 

「まえに俺ァ言ったよな?“ヒトを殺して異世界に叩き込むのを生業(なりわい)とするような組織が、マトモな訳ァねぇ”ってよ?覚えてっか」※1

「やっぱり、そうなの?」

 

 急にこちらはガキになったような気後れを感じつつ、オレは深いシワの奥に隠された相手のまなざしを見つめる。

 相手は悠揚(ゆうよう)迫らず、腰のポーチからシガレット・ケースを出し、半分に切った両切タバコを例によって慎重な手つきで煙管に差しこんで、

 

「俺っちァ……いろいろDATA調べてみたんだ。ハンドルを手放したトラッカーの行く末をな」

「……」

「たしかに転生協会の企業年金もらって、週末はゴルフなんて悠々自適な元ドライバーのジジィもいたが、そいつァ一握りだ。残りは……」

「──残りは?」

 

 遠くで消音器(マフラー)を外したバイクがハデな排気音を立てて走ってゆく。

 それが遠ざかるまで、ある種の緊張をともなった沈黙……。

 

「残りは、確認できなかった。実は、今回協会を追われたのも、その不正アクセスがバレたのが原因ヨ。ヘンなラボ(研究所)に連れて行かれてナ?診察台に座った時、予告なく注射ァ打たれそうになったから、あわててズラかってきたんだ。それ以来、おかしなコトばかりサ……」

 

 ──ヘンなラボ……。

 

 オレは炊飯器にされた【SAI】の記憶野にあった、人形だらけのSFチックな光景を連想する。やはりアレは、協会の施設なんだろうか。

 

「おかしなコトって、なんだィ重サン」

 

 フィヨードルが、身を乗り出した。

 

「協会の、黒いトラックでも出たか?」

 

 それが……と、老いた轢殺ドライバーはしばらく口ごもってから、

 

「いや、黒いモノが……なんか、こう。陽炎のような、煙のような人影が、まわりに……」

「はぁ?」

「居るんだって!あの祭りの晩もそうだった……なぁ?マイコー。あの神社のひとけが無い境内で……俺っちァ、通行人を目ツブしするための閃光手榴弾(ブラッシュ・バン)で──」

 

 重サンの言葉は、大男のあけすけな爆笑で遮(さえぎ)られた。

 

「はっはっは!ンだよ、重サンよぉ!そりゃただの被害妄想か、栄養不足だ!そのリュックん中にも非常食が入ってる。おまけに用心のため閃光手榴弾も入れといた(空港に着いたら棄てろよ?)。とりあえず美味いものでも食って、チャンとした寝床で横になって──疲れを癒(い)やせヤ」

 

 どうかな、と老ドライバーの言葉に、オレは首をかしげざるを得ない。

 

 たしかにあの神社の周りには、何かがあった。酒酔い運転のヤンキーが乗る大型の車に鳥居がなぎ倒され“結界”が破れたとき、クネクネとゆらぐ黒煙じみた人影を、神社の敷地外に見たのも事実だ。それが四六時中周囲につきまとっているとなると、話はチガってくる。この老いた轣殺ドライバーの身に、なにか良くないことが起こるような気がしてならなかった。

 

「そうだな……そうかもな」

 

 重サンのほうは、大男のなぐさめに煙管を大きく一服吸って夜空に吐き出した。

 

「たしかに四六時中、追われているような気がしたから……神経が参ってたンかもしれねェ」

 

 オレもタバコの煙につられて、叢雲に月が明滅する光景を見上げる。

 そこへ何かがよぎった。よく見れば、警戒用のドローン。それも、何機も。

 

「そういやフィヨードルさん、ドローンは何機とばしてるんだい?」

「……ドローンだと?」

「オレの接近を察知するため、飛ばしているだろ、ホラ」

 

 また月の面を黒い影がよぎった。

 こんどの影は、妙に歪んでいる。プロペラを4つ備えた物にはとうてい見えない。

 まるでコウモリの羽根を6つ付けたような異形の形状。アレは……本当にドローンなのか?

 

「……ンなモン、飛ばしてねェぞ」

「え。IFFは転生協会のモノだったぜ?小型の──」

 

 重サンの顔色が変わった。

 渡されたリュックを一気にかつぎ、スクーターに走り寄る。

 跨ぎながらエンジンをかけようとするが、焦りのためかセルモーターが廻るだけ。

 

 ──カッ!

 

 とたん!サーチライトの帯が、何本も頭上から降り注いでオレたちを照らしだした。

 近くにあったボロボロな20フィートコンテナの一つがゴトゴト動き出し、Uターン。

 よく見れば、それはコンテナ型のボデーを背負った轢殺トラック!

 

「──ヤベェ!マイケルずらかれ!!」

 

 フィヨードルの声を待つまでも無く、オレは自分のトラックに駆けもどった。

 向こうずねをぶつけながら運転席に入るや、

 

「キサマらァ!監視、なにやってた!!」

『他車の反応はありませんでした。いきなり──』

『電界の変化を監視してれば、なにがしかの反応はあったハズですがね』

 

 フロントガラスごしに、重サンのスクーターがカッ飛んでゆくのがみえた。

 フィヨードルもガソリン・エンジンのパワーユニットを始動、あとに追随(ついじゅう)しようとする。

 そのとき【SAI】が警告音を発した。

 

『マイケル!EMP照準検知!来ます!【ボニー】!対・核シールド!』

『どれ!どれで──ひゃぐゥっっつつつつつ!』

 

 ボスッ!一瞬、インパネに青白い火花が奔(はし)った。

 樹脂のコゲ熔ける、キナくさい臭い。

 バチバチと、かるく電装品が短絡(ショート)する気配すら。

 

『マイケル、【ボニー】がやられました』

 

 ──くぅっっっsそ!

 

 ハンドルの下の非常ノブを動かし、駆動を完全マニュアルに。

 普段なら鳴る警告音が沈黙したままだ。電装品のかなりの部分が死んだらしい。

 

『EMP第二波──来ます』

 

 モーター駆動は諦めて内燃機関を始動。

 水素エンジンに換装したスーチャ付きクアッド・ターボ。906kw/2517Nの内燃機関が咆哮をあげた。※2

 六輪のタイヤが白煙をあげて回転。

 遮蔽物を目指し、その場でグルッと180度の猛然たる超信地旋回。

 慣性の法則に負けて、アクティブ・サスペンションがキシみをたてる。

 と、方向転換した先に二つ目の強力なフロントランプが灯った。

 

 ──もう一台のトラック!

 

『マイケル。彼女(ボニー)が断末魔の間に制御ポートを開放してくれました。応戦しますか』

「殺(や)れ!」

『EMP戦用意。目標・前方の未確認トラック──ファイア』

 

 とたん、前方車両が白煙を上げて沈黙。ヘッドライトが閃光を上げて消灯した。

 

『マイケル、新手です。後方に──もう一台』

 

 オレは思わずゾッとした。

 コ(・)イ(・)ツ(・)は(・)待(・)ち(・)伏(・)せ(・)だ(・)。会合情報が漏れてたに違いない。

 見ればフィヨードルのトラックは白煙をあげて擱座している。

 本人は、運転席でガックリとうなだれているのがワイプ画面で見えた。生きているのか、死んでいるのか。だが搭載AIの【ミツコ】は、ひとたまりもなかっただろう。

 

 ──敵の数が!どうなってやがるンだ!!

 

 どうやらこのワナは、入念に仕組まれたものらしい。

 となれば!いまはとにかく、このクソ忌々しいCY(コンテナ・ヤード)を脱出して、体勢を立てなおさねば。

 

「畜生!【SAI】、ズラかるぞ!脱出路を最短で示せ!」

『了解。衛星リンク起動……ダメです。妨害されました』

 

 ──ちィィィィィィ……ッッッ!!!!!!

 

 ゴグッ!シフトノブを動かし、駆動ギアをファーストへ。

 アクセルを踏みつけ、オレはEMPで仕留めたトラックの脇を通り過ぎる。

 キャビンの中からチロチロと火が出ているのがフル・スモークを通して窺える。

 運転席に人影は見えなかった。すると……コイツら、まさか完全自動で稼働してるのか?

 

 コンテナの山で出来た辻を猛然と曲がる。

 サーチライトを備えたドローンが、どこまでも追ってきた。

 時おり前をよぎって照射してくるのがうざい。目が眩(くら)み、ハンドルをミスりそうになる。

 何度目かのコーナーを曲がったとき、オレはブレーキペダルをベタ踏みし、6つの駆動輪を全輪・逆回転させ急停車。感覚的には、空母に着艦する戦闘機の感覚。シートベルトをするヒマがなかったので、派手にハンドルに胸をうちつけ、うめき声。

 

 ──重サン……!?

 

 ヘッドライトの輪の中には、プラの部品をまき散らして転がっているスクーター。

 50ccエンジンのケースからは、オイルめく黒いものが流れ出している。

 

「【SAI】!生体反応、探せ!」

『右23m前方の遮蔽物(しゃへいぶつ)に赤外反応──ゴミ捨て用バケットの下』

 

 またもフロントガラスの一部がワイプ化し、ゴミ集積用の鉄製バケットが大映しに。

 そのわきから、片方があり得ない角度でねじれた両脚がのぞいていた。

 

「重サン──重さん!」

 

 車外スピーカーで呼びかけると、二本の脚がうごき、やがてリュックを背負った人影が匍匐(ほふく)前進で這(は)い出てきた。

 

『マイケル。前方にもう一台──未確認トラックです』

 

 対面から小型の黒いトラックが現れると、こちらにEMP照準。

 そして、その状態を保ったまま、車体下面から捕捉用触手を繰り出して、重サンの胴にからみつく。片脚を膝からL字型にして、リュックを背にした身体がズルズルと引っ張り出された。

 

 地面を引きずられながら血まみれな顔で、元・転生執行ドライバーは叫んだ。

 半泣きに切迫したその声を車外マイクが拾い、スピーカーからキャビンに反響させる。

 

「マイケル!マイコー!

       ヤツらの手にかかって死ぬのはイヤだァァっ!」

 

 ウネウネと幾多の触手が、老人の小さな体をグィ!と宙に持ち上げた。

 そのうちの空いた一本が投げ槍のように真っ直ぐとなり、胴体を狙うかのように。

 

「俺っチを、殺(コロ)してくれぇぇぇッ!」

 

 触手にあらがい、身をよじらせ必死の形相で重サンは叫んだ。

 

「ヤツらに殺(や)られる前に!お前(め)ェの手で!!

       ──俺っチを殺してくれぇぇぇッッッ!!!」

 

 




 
※0:デコトラ=デコレーション・トラック/電飾などで車体を飾り立てたトラック
※1:第11話=仄暗い楽屋ウラの構造に関するエスキス(Ⅰ) 
※2:(906kw/2517N)=1230PS(馬力)/最大トルク2517N・m(ニュートン・メートル)
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