試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
さて、この76話が終わったら本物語の最大の難所(かつ弩エロ回)の
始まりです。
──まさか──まさか──まさか……。
この残暑にもかかわらず、うすら寒い思いでオレはマンションに帰ってきた。
うなだれながら歩いていたので、足もとに転がる
ジタバタとアガき息絶えるそのサマが、この物語の悲惨な行く末を予兆しているような……。
よほど顔色がサエなかったのだろう。フロントの
カード・キーや指紋・顔の認証。
マンション内に
森閑とした豪華な廊下に、帰りみちで買ったオスバーガーの臭いを残しながら、ようやく自宅の大きな扉を開ける。
──……。
もちろん玄関に自分以外の靴はない。
奥のほうで轟音を立てるゲームの効果音や、詩愛の調理の気配も。
同居人が3人とも居なくなってから、いまだにこの空気には慣れなかった。
かつてわきおこった諸々の騒々しさがウソのような、祭りが終わった後の静けさ。
ファースト・フードの包みを玄関のシューズ・Box上に置くと詩愛の部屋まで行く。
そして──(認めたくはないが)
カーテンを閉め切った薄暗い10畳ほどの部屋。
いまだどこかに華やいだ香水の薫りと、
──え……。
一瞬、目をうたがってしまう。
主のいないクイーン・サイズのダブル・ベッド。
それがまるでヒトが横臥した後のように、「く」の字に
──ちっ!
ズカズカ踏み込むとカーテンを手で一気に開け、午後の日差しを部屋に招き入れた。
明るくなったことでホッとしたオレは、キチンと整頓された女性らしい部屋を見わたし、さきほど美香子と交わした国際電話の会話をたどる……。
* * *
「詩愛がいたァ?」
往来にもかかわらず、素っ頓狂な声をあげてしまった。
スポーツ・ジムの帰りらしきラケットを抱えたオバさん2人組が、ヤバいものでも見るような目つきで、ヒソヒソ、チラチラ。こちらを振りかえりつつ去ってゆく。
「そっちぁフランスだろうが?──本当に見たのか、寝ボケたとかじゃなく」
『明け方でベッドに入ってたケド、まだ寝てなかったモン!』
携帯の奥で、ムキになったような美香子の声。
作りモノの
すでに、どこか懐かしさすら感じてしまうイントネーション。
『わりバシ割ったような音して……からだ、動かなくなって……』
詩愛がフランスに?と、一瞬だけ可能性を考える。
パスポートは、どうしたんだろう?まさか、傷心旅行か?
あるいは……彼女をフェラーリに乗せた組織が、言葉巧みに誘った、とか?
次々とふくれあがる推論をかろうじて押さえ込み、あくまでオレは何気ないフリで、
「まwたwまwたw、そんなアホな。んで──どんな風だったのさ?彼女は」
『それが……
「それみろ。寝ぼけてるじゃんか、ありっこないだろ、そんなコト!」
『ちゃんと見たモン!カラダ中に、リング・ピアスつけてて……』
「……は?」
『鼻輪も──舌ピアスも──チクビにも──
「なんだ?どうした!」
美香子の大声。
オレは思わず冷や汗をかく。
ヤバい!
最近はパリでも移民が暴徒化して“マウマウ団”のようだと聞く。
もしやニュースで見るとおり、向こうで彼女の身に、何かあったのでは……。
「もしもし!──もしもし!?」
『思い出した!』
「どうした!思い出しただと……何をだ!」
『幽霊お姉ェちゃんのオッパイ──まえよりも“
ガ ッ ク リ。
オレは
先ほどまで陽を浴びていたのか、石の表面が暖かい。
それが査問会でイスに座りっぱだったシリには有り難かった。
まったく──こんなクソ小娘の寝ボケばなしに付きあっていたとは。
コッチは、さっきのやりとりで、もう忍耐が限界なのだ。付き合ってられん。
「わかったわかった。もうイイから──寝ろ!コッチも夜勤明けで眠たいんだ」
『ホントだもん!カラダに細い金のチェーン、いくつも模様みたくグルグルさせて』
「あー……ウラのエリアを担当する踊り子の『サロメ』っているだろ?あんなイメージか」
『そう、そんな感じだった!
さまざまに飾り立てられ、肉体を下品に改変されて。
そんな彼女を──オレは何となく想像する。
それは──あまりゾッとしない光景だった。
好色なヒヒ爺ィたちのあけすけな視線にさらされつつ。
痛々しく装飾された性器を薄ものごしに、ほの見せしながら。
総身に
次々に湧き出るイメージを追い払うように、オレはイライラと手をふって、
「アホかい──疲れてんだオマエは。レッスンなり──初めての海外渡航なりで」
『だって……お姉ぇチャン
「わかった、わかった」
『静かな広い部屋の中で、それがね?チリチリ・キリキリ、反響するの。それで……』
「──それで?」
しばらくのあいだ、沈黙があった。
「──もしもし?」
『それで、お姉チャンの幽霊がいうには……』
「まァた幽霊って言う。勝手にコロすな──ソイツ、しゃべったのか?」
『うん。ずいぶんと弱っちい声だったけど』
「なんて言ってた」
『……
それっきり消えちゃった──と、携帯の彼方からションボリしたような声。つづいて、
『ね?お姉チャン、いまマンションに居るんだよね?』
「う──」
さすがに一瞬、言葉をうしなって空白ができる。
本当のことは、とても言えない。美香子に言っても心配させるだけだ。
「……居るんだよね!?」
「あぁ~まだ、そのぅ──出張中だよ」
『まだぁ?だって、もう二ヶ月ぐらいになるんじゃないのォ?』
出張ってのは、そういうモンだ!とオレは声をつよめゴリ押しに、
「作者だって“1ヶ月”とか言われておきながら、4ヶ月の海外出張になったコトがあったろ?(しかも来年はドレスデンに行けだ?──冗談じゃねェや!)そういう
フッ……と一転。ムカつくことに、こんどは鼻で
『トップのアタシが不在になると売り上げ堕ちるから、そんなに留守にはデキないわ?』
「ほほぅ、言うねぇ~~」
『アイドルはツラいのよ。ね!?もし本当にプレゼントあったら……メールしてよね』
「無かったら?」
『その時もメールして!あ、演目
あいかわらず自分勝手な行動。コッチを振りまわすだけ振りまわし、彼女は身を閃かせ、日本から10,000km離れたパリのどこかに行ってしまう……。
* * *
──さて……。
時間は
ドレッサーというには、あまりに昔風味な鏡台がベッドの横にあった。
造りがいちいち
昭和を越え、はるか大正風味さえ感じるこの逸品は、おもうに母から家を出て嫁ぐ娘へ。
幸せの
──右側の、一番うえのひきだし……ねぇ?
鏡台には、たしかに左右三段ずつ引き出しがあった。
そのまえに
ふぅ、と一息。深呼吸すると、いまだ彼女の艶めかしさを感じるような。
そして右にある引き出しのうち、一番上の銀細工な取っ手を──おそる恐る。
コンパクトや口紅。マスカラやネイルの予備に交じって。
その上に、リボンをかけた『
手に取ってみると、軽い。おそらくハンカチか何かではないだろうか。
しばらく凝固したあと、どこか雲を踏むような足でプレゼントを手にオレは部屋を出た。
玄関にもどり、靴箱の上に置いてあったオスバーガーの包みを持ってキッチンへ向かう。彼女の部屋にテイクアウトの紙ぶくろを持ち込まなかったのは、ファースト・フードの脂っぽい臭いで主のいない寝室を
惰性で冷蔵庫からビールをとりだし、ダイニング・テーブルの上にファーストフードの包みと並べるが、もはやそれらに手を出す気にはなれない。“紅いウサギ”から持ち出したという古風な19世紀の英国チェアに力なく座り、“幽霊”からのプレゼントを手にボンヤリ考え込む。そういえば以前、まさにこのテーブルで、洗濯もしてないシワくちゃなタイガー・パターン迷彩のバンダナをハンカチ代わりに使い、詩愛に見とがめられた記憶が。
彼女の厚情──彼女の優しさ──そして彼女の女らしさ。
こころの込められた
いつのまにか洗濯され、畳まれていた服。
毎回の朝酒を、それとなく注意していた物言いとそぶり。
『フクロウ』や美香子に対しての行き届いた配慮も、いまにして思えば。
──つまるところ、ここの生活って……。
彼女の献身と思いやりで、このマンションの『家族ごっこ』は成り立っていたのではなかったか。別れた妻によって傷口に塩を
──まさか、詩愛が。
死んだ……とは、思いたくないマイケルだった。
それに傭兵隊長としてのカンが(アイツは
──それなら……この“抜き差しならない”胸さわぎは、何なのだ?
彼女を連れ去った、カタログに載らない赤いフェラーリ……。
血の繋がらない身内である美香子が見たという、幽霊じみた
その幻影が「事実」であることを冷酷に
──えぇくそ。こいつぁなにか、取り返しのつかないコトが、起きているような。
このことである。
などと、池波正太郎チックな煩悶を繰り返す主人公の日本をはなれ、とおく美香子が研修に赴いたパリの情景に、話を持って行ってみようか……。
……。
…………。
………………。
……………………。
「……………うぇぇぇ……いまなん時ぃ?」
ボケた目で、彼女は天蓋つきベッドから枕もとの携帯を手さぐりした。
ヒンヤリとした空気。そこには古い家具の匂いと時代を経た絵画の気配が
「げ……もう夕方の4時かぁ……」
空調をガンガンに効かせた部屋で、身が埋まるほどの柔らかい寝具にヌクヌク包まれながら彼女はモゾモゾ、男好きのするムッチリとした
シルクの上掛けのなかで目だけ動かしながら、彼女は“広間”ともいうべき寝室を見回して、われ知らずつぶやいた。
「それにしても……博物館の中みたいな、ふるクサいベッドルームねぇ……」
だが──彼女は知らなかった。
その“古くさいベッドルーム”は、時価にして優に数十億の骨董品がならぶ空間であることを。
いま、『美月』が泊まっているのは、金を出せば誰でも泊まれる「星付き」や、フランスで最上級とされる「パラス」級といったホテルのような、安手の“商業目的な施設”ではなく、かつての貴族の館をそのまま宿泊用に改装したプライベート・ハウスであり、一般人はおろか各国大臣級の権力をもってしても、めったに宿泊が出来ぬほど豪壮きわまりない場所なのである。
ことほど左様に“紅いウサギ”のコネと財力は、かつて『
「まだジンジンするわね……おマタも……」
昨夜、縄師によって美しく縛られたSMショー。その
夏のパリの“夕方”といえば高緯度のため、まだまだ明るい土地柄である。なにしろ位置的には北海道よりもはるか上、
カーテンの隙間からは、まだまだタップリとした陽がさして、部屋の中に所せましと置かれた年代物の什器たちの輪郭を、ボンヤリと浮かび上がらせていた。
大判の肖像画。
ロココ風味のある壁紙。
凝った小卓と、机上には時代を
それら古風な光景を、いまだ覚めやらぬアタマで呆然と眺めながら、
──きの~の夜は疲れたわぁ……。
休む間もなく、こんどはキワどい格好をさせられて、大きな屋敷の夜会へ。
その途中の道でみた浮浪者の群れや、飛んできたペットボトル。ウンコの入った包み。
フランスがスゴいことになってるとは聞いてたが、まさかコレほどとは……とビックリする。
──そして、そのあとの夜会……。
着飾った人々の群れ……。
著名な音楽家の演奏会……。
美術品のオークション……。
“改造施術女性”の品評会……。
館モノのエロゲかと怪しまれる、
光量を落としたシャンデリア。
豪奢な部屋に秘薬の気配が漂い、気怠い雰囲気。
イオニア風の優美な柱の陰では女性どうし“
ステージに呼び出された彼女は、持ち歌のアリアを情熱的に披露するも、反応はイマひとつ。おもったより拍手の少ない舞台を後にして、心中おだやかではなかった。舞台ウラで待っていた、今回の渡仏コンダクターでもある例のビアンなオペラ座教師に八つ当たりをして、
「あによ!アレ。せいいっぱい……歌ってやったってェのに!」
そう食ってかかったが、中年のレズ女は濃い化粧をしたキツめな顔に、めずらしく微笑をうかべ、
「Votre capacité est encore insuffisante, mon mignon chaton♪」
そう言うや、手元の翻訳機をONにする。
『──まだまだ実力不足デスよ?ワタシの仔猫チャン♪』
「みんなヤクでラリってるから、まともな鑑賞出来ないのね!きっと」
『──紳士淑女タチが、みんな耳の肥えた聴衆であることを忘れてハ、イケません。あの「
マリア・カラス」のレベルに、たどり着いたら、はじめて満足するコトでショウ』
『美月』は、泊まっている屋敷の地下にあるビデオ・ラボで見せられた、往年の伝説的ソプラノ歌手。オペラ座に残る彼女の古い映像と、生涯をつづった映画などを思い浮かべた。
https://www.youtube.com/watch?v=iZ4Jjzs54SM
──たしかに……あんなスゴいのに比べたら、アタシなんてまだまだネ。だけど!あんな恥ずかしいコトされるなんて……。
恥ずかしいコト。
すなわち彼女は持ち歌を披露したあと、楽屋裏でタキシードを着た男たちの手でイブニング・ドレスを剥かれて全裸にされ、上に薄手のシルクで作られた白い“キモノ”一枚だけをまとう姿で舞台に呼び出されると、ワケも分からないまま、恥ずかしいポーズで縄師に様々な
この
今夜もレッスンの後は、またあの夜会かぁ……とウンザリ気味に『美月』は顔をしかめる。
彼女は、チェリーニ※1が作ったとされる像がついたキングサイズ・ベッドの上で、全裸のままゴロゴロと寝返りをうった。いろいろ扇情的な衣装を着せられる反発からか、フランスに来てからというもの彼女は裸でベッドIINする裸族と化している。
──カラダ重いナァァァ……なんか、ま~たアチコチ大きくなったような。
あまりにフカフカなベッドのため、シーツの上で不安定なヒザ立ちとなった彼女は、乳首からリングの下がる胸を、下からすくい上げるように持ち上げ、乳輪を十字型に
ベッド・サイドの姿見には、スキンヘッドにされた
──髪の毛は、いつ生えてくるのかナ……。
みょうにツルツルな自分の頭をペタペタ
──いまはウィッグ着けるから仕方なくスキンヘッドだけど……。
ウサギのウラで“飼われ”てる洗脳調教された『
徹底的な躾けをうけ、さらには精神誘導のうえ、主人に絶対的服従を誓うようにされた女たち。なかにはあまりに反抗的なため、脳をいじるロボトミー手術をうけ、その施術跡に子供の手の平ほどもある大きな人造ルビーをひたいにリベット留めされている奉仕
──あの子たちはオデコに認識用のコードやお店の紋章がイレズミされてアタシとは見分けがつくけど、コッチだって、もし頭に番号入れられたら──ヒョッとして間違われて、ウワサに聞く“奴隷メス牧場”送りになっちゃうカモ……。
そう考えつつ、『美月』はベッドわきにある大きな鏡の方を向く。
なんと言っても、玩具用にされた安っぽい人形たちとは造りが格段にちがう自分の
塗り薬によってビンカンにされたキメの細かい肌を。
飾りモノがゆれる豊かな胸と、張り出したヒップを。
まるでエロゲー・キャラのように括れたウエストを。
ネットリと──『未熟』ながらも扇情的に、なでさする。
するとそ、のうち次第に
彼女は、なるべくイヤらしく見えるよう、下品な手つきで、みずからのピンク色をした秘所やアナル
「もう!ご主人サマったら……!」
姿見の金縁に囲まれた、
肉感的なくちびるをトガらし、小悪魔的な顔を、ちょっとばかりフクれてみせ、
──こんなに魅力的な、専用の“オナニー人形”が、お
だが、彼女はすぐに表情を
古色蒼然とした由緒正しい寝室を、発情したメスの淫臭が圧倒し、壁に掛かる大判な肖像画中の人物もギロリ、視線を動かして、ふって湧いた椿事に目をむくかのよう……。
淫欲むさぼる
──どぉよ!?オッパイの“張り”と“
「アッ!」
水を浴びせられたように『美月』は我に返った。
あの“幽霊”が言ってたプレゼント!あったのか、どうか?
広いベッドの上をまさぐって携帯を見つけ出すと、画面に見入る。
着信メールをかき分け“ご主人サマ”からのは──なにも入っていない。
「ナニよもう!知らせてくれたってイイのに──ばか!!」
腹立ちまぎれに彼女は大きな枕を、下のクッションごと壁に投げつけた。それが小卓の上にあった骨董モノのマントルピース・クロックに当たってひっくり返る。精緻に組まれた古い機械の調子がくるったものか、この時代を経た時計は倒れた拍子に、まるで抗議するかのごとく“捨て鐘”(※2)を鳴らすと、つづいて時鐘を打ちはじめた。だが、その鐘は4時を過ぎても鳴り止むことはなく、8回を鳴らし、12回を鳴らし、13回目にしてようやく止まる。
──やっばぁ……コワしちゃったかな?
でもしぃ~らない。メールくれないご主人サマのせいよと、例によって自分勝手な『美月』はシカトを決め込む。
だが──その調子っぱずれな時鐘を聞きつけたものか……。
ひとりの小がらな老婆が『美月』の寝室に足音もなく入ってきた。
──えっ……だれ?
スカートがひろがる、時代がかった黒のドレスをまとう姿。
頭は、農家のオバちゃんが畑作業でかぶる帽子を華美にしたような黒いボンネットでおおわれ、その後ろは、これまた黒いレースを幾重にも長く垂らして。
まるで大きなテルテル坊主ね、と『美月』は一瞬笑いかかるも、相手のふくらみ袖に黒いリボンが付けられているのを見つける。彼女とてバカではないからすぐに理解した。これは──喪服だ。
「
脳が若いだけあって、彼女の情報吸収力は、ムダにすごかった。
たかだか2週間ばかりな歌唱研修のあいだに、発声法や呼吸の
改めて『美月』がみれば、喪服の要所にほどこされたレースの細かさ、装身具の豪奢さ。
衣装全体が前々世紀のアンティークであり、チョッとした値打ちモノであることを、例のビアンな音楽教師の授業の成果から
──マズいわね……。
これは掃除のおば~ちゃんが、廊下側の扉に下げた【
相手は“単なるおばあちゃん”ではない。言ってみればカネと人脈と権力をもつ、引退した“
コレはひょっとして今夜のスポンサーさまが、様子を見に来たと考えられなくも無い。
『美月』は、自分の装飾された淫らな裸体を、失礼にならぬようシーツで隠した。
そして声もよそいきに改め、ベッドの上とはいえど
「
喪服の老女はそれには何も応えず、
そのまなざしには──どこか、懐かしさを味わうような気味があるのを『美月』は敏感に看てとった。
ややあってから闖入者は、置き時計が倒され、クッションと枕が羽毛の中身をちらしているのに表情を曇らせると(……あなたが?)と言うように、ベッドの上で乳をモミしだく姿勢のまま、突然の新キャラ登場に、作者と同じく困惑する『美月』を非難がましく見つめた。
【コレを倒したノハ、
なんと!いきなりの日本語。
黒手袋をはめた老婦人が、壁際の卓上で倒れている置き時計を指した。
いきなりのことで反応が追いつかず『美月』は「うぃ、マダム」と応えてしまう。
【……お
そういうや、老婦人はゆったりした歩みでベッドに近づくと──バッ!
女とは、ましては老女とは思えないチカラで『美月』のくるまる上掛けを引き剥がすと、彼女を一糸まとわぬ縄目文様の全裸にした。
「イヤッ!なに!?」
彼女が驚く間もなく、──カッ!
老婦人はシワで囲まれた目をいきなり見ひらく。
それはまるでタカのように底光りをはなち、彼女の心を射すくめた。
「身そなえをして……こちらに
操られたように『美月』はベッドから降りると、わきに吊してあったピンクのスケスケなベビー・ドールの肩ひもに腕を通し、赤いペディキュア裸足のまま、ゆるやかに足音も立てず歩む老婦人の後についてゆく。
と──喪服の歩みが、広間といっても良い
不思議!
いままで古びた壁に見えていた、オーク材で仕切られる一角が、ズイ!一段奥へ引っ込んだかと思うと、そのまま横にスライドして、地下へと向かう階段の入り口があらわれた。
とたん、下から硫黄を燃やすような異臭が吹き上げ、寝室は一種異様な気配に満たされる。
肖像画の貴族がニヤリ、
老婦人は『美月』に振りかえると、意味ありげな眼差しで、
【
そう言うや、先に立って階段を降りはじめる。
『美月』もまた、夢遊病者のように
※1チェリーニ(1500~1571):好色かつ精巧な作品を多く残した金銀細工師。
※2捨て鐘:時鐘を鳴らすまえに、注意を引くため何がしかの小鐘を予備的に数回鳴らす仕組み。