※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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さぁ!難しい章の始まりDEATH!!


第78話:“紅いウサギ”の遥夜(ようや)Ⅱー1

 

 その書状を手にしたのは──徹夜の偵察勤務が明けた、朝の7時だった。

 

 まず今回の轢殺目標(ターゲット)は、高級ホスト・クラブで女をハメて風俗嬢に落とし、海外にトバすのをシノギとしている20代の売り出し中な有名ホスト?──らしい。まァ“今時”っちゃ今時のガキだ。

 

 面白いのは、手荒くカネを稼いでいるワリに、高級外車に乗るでもなければ、仮想通貨で荒稼ぎした勘違いヤローのごとくタワー・マンションに住むでもない。なんと昔懐かしい安普請の2階建てアパートで、仕事が帰ったら寝に帰るだけの生活ときたモンだ。腕に巻くロレックスも先輩ホストからの借り物で、それさえも中国製のパチものだとか。

 

 なんでココまで詳しいのかって?……それは、目標の勤め先が入るビルの向かいにある空きテナントから、道をはさんでレーザー盗聴をしたおかげなんだ。ここのところ天気もよかったンで、雨の日のようにレーザーの軌跡も目立たず、遠隔でトラックの車内にDATAを飛ばせるということもあって、駐禁ジジィのペアに気をつけてさえいれば、ラクな張りこみだったと言える。

 

 ──決まり切った仕事……。

 ──大きな変化のない人脈交流……。

 ──必要最低限の消費活動と生活行動……。

 

 そんな目標の現状が、だんだんと見えてくる。

 盗聴や張り込み。静音監視ドローンを使っての予備調査。

 対象の行動DATAを集めつつ、いまのガキは、こんな人生で満足かね?とオレは首をひねる。

 若いウチから、もう年金や「リタイヤ」のことを考えているとは。自分に投資もせず、ひたすら濡れ手に粟ァめざして“金持ちの死人”になることを望んでやがンのか?まぁ、それも時代ってヤツかもしれん。住宅ローンを払うために生きる人生や、晩酌もせず、セコくカネをためるだけの日常。そりゃ結婚なんか、しなくなるワケだぜ。おっと、こんなグチを垂れたくなるのも、オレが中年の域に入ってる証拠かも。昔のネタや自慢話をしないよう、気をつけなくちゃ……。

 

 と──コチラをのけモノにして、この物語がエロパートに突入している最中、そんなコンナで一週間も経たずに目標の行動パターンを掴(つか)んだオレである。目標は、どうやら今のうちにできるだけ金を貯め、店に警察などの“ガサ入れ”がはいるより早く足を洗い、海外にでも移住してサッサFireを(早期リタイア)キメ込むようだが……自殺した娘もいるんだ!お天道サマがゆるしても、このマイケルさまの居るかぎり、そうは問屋が卸さねぇ!てめェのようなヤツは──叩っ斬(き)ってやる!」

 

 ……などと時代劇っぽくなったのは、ここのところの張り込み中【SAI】に奨められ、時代劇の専門チャンネルで、いままで手をつけてなかった勧善懲悪モノを見たせいだ。見終わったあとは熱い感想戦になり、コレがヤツにとっては人間とその行動心理を学ぶ上での、このうえもない資料になるらしい。

 

 ──今回は、楽勝かもしれんな……。

 

 コレは『執行処置・短期手当』をイタダキだぜ♪……と、ほくそ笑んでいた時。

 

 「あぁ──ちょっと、**さん?」

 

 例によって炊飯器(SAI)をいれたトートバッグをズッシリと肩に。そしてビールを入れたコンビニ袋を反対側の手にブラ下げて、ひとり寂しくマンションの部屋に帰ろうと、大理石敷きのダダっ広いエントランスをコツコツ──靴音を反響させて歩いていると、フロントから例のオバさんコンシェルジュに呼び止められたのだ。

 

 フロントのデスク越しに渡された書状は、みょうに持ち重りのする白い長封筒。

 なんと仰々しいことに、今どき黒い封蝋が綴じ目に使われている。

 紋章は──押し方が不完全だったのか、読めない。

 

「どんなヤツが……持ってきました?」

「ごく普通の方でしたよ?昨日のコトでしたが」

 

 そこまで言って、オレの(バカか?コイツは)という視線に気がついたのだろう。

 この中年女は制服のエリをただし、背筋をのばして“常務上のスイッチ”を入れると、

 

「男性で──年は50ぐらい。メガネをかけた中肉中背のスーツ姿。あぁスーツは、いい生地を使ってましたよ?カラダにピタリとなじんで、仕立ても最高……ふりこめ詐欺の受け子みたいな、ブ格好なモノではありませんでした……ホら、この方です」

 

 再生された防犯カメラの映像を見せられると──なるほど。

 ドコといって特徴のない、あまりサエない風体をした壮年の男。

 普通(なみ)の足取りでフロントに近づき、このオバさんに封筒を渡すのが見えた。

 

 なぁ~る。一応、超高級マンションのコンシェルジェだけあって、さすがに観察眼は確からしい。そういえば少し前に詩愛が、このオバサン、もとは東京にある外資系ホテルのチーフ・コンシェルジュだったと夕飯の時に言ってた気がする。たしかその晩はメインの献立が『サバの味噌煮』だったな……美香子が『敬老メニュ~だ~』イヤがっていたので余計に覚えている。『ならば食べなくてケッコウ!』と詩愛がキレたコトも。そう……彼女たちや『フクロウ』を交えた暖かい団欒の記憶も、なにやらずいぶんと昔のような……。

 

 映像は、壮年男がフロントに黙礼し、何気ない足取りでフレームアウトするまで続いた。

 だが──その動き。あまりにフツーすぎて、なんとなくクサい。

 

「そのほかに……コ(・)イ(・)ツ(・)、なにか言ってませんでしたか?」

「いえ、とくには。ただ『間違いなく渡してくれ』と、しつこいぐらい念を……今日明日中に渡せなかったら、連絡してくれと電話番号まで渡されました。もちろん、番号は守秘義務にあたりますので、お教えすることは出来ません」

「市外局番の番号だけでも?」

「それも、残念ですが。お教えするワケには……」

 

 そして──いま。

 部屋に帰ったオレはソファーにふんぞり返り、無記名の書状を疑いの目で眺めている。

 

「おぃ、【SAI】──爆発物とかの、反応は?」

『光学的な検査・および臭気反応で既存に類するモノの検出ナシ。ただし──』

「──ただし?」

『ロシアの工作機関が使う『ノビチョク(新参者)』類の毒物だとしたら、保証の限りではありません』※1

「こんな一介のトラック運転手に、そんな大層なモノが使われるとも思えんが?」

『一介のトラック運転手は、ヒトを異世界にトバしたりはしませんよマイケル。転生処分を受けた関係者の恨みを買ってるでしょうし、あるいは先般のように、マイケルを快く思わない転生協会の“陰の部隊”が、狙ってないとも限りません』

 

 ──ちぇっ、驚(オド)かすなよ……。

 

「そういやフィヨードルの動静とか、どっかに情報落ちてないよな?」

『不明。あの夜のトラック戦は、協会内部で“無かったこと”にされているようです。あまり深く探りはできませんでしたが』

 

 不吉さ、ここに極まれり、だ。

 黒いトラックからの“”

 意を決し、詩愛の残した電動レター・オープナーで封筒の端を水平にカットする。

 

 意外にスンナリ中身が出てきてひょ~しぬけ。

 封筒からは、折りたたんだ書状と、妙に重たく、黒い平板が。

 サイズ的には、長財布をひと回り小さくしたくらいの大きさだろうか。

 紙は手漉きの仰々しいもので、なかにはカリグラフィー書体を使った手書きの文字。

 

「ンんだよこりゃ。なになに?……前(プレ)・万聖節祭のお知らせ?……来る拾月拾漆日。当店『la lapin rouge(紅いウサギ)』に於きましては、季節恒例の特設夜会を21時より開催致します。つきましては、ささやかな酒肴を──ってなんだコレ、美香子の店の招待状かよ!?」

 

 思わぬ結末に拍子抜けする。

 てっきりもっとヤバめなモノと身構えてしまった。

 脱力──黒いトラックがらみだったら、ドウしようかと考えていたのだ。

 

「クソが!おどかしやがッて。でもこんなモノわざわざ出す位だから、よっぽど特別なパーティー(晩餐会)なんだろうな?……ご常連の皆様方におかれましては、万障お繰り合わせの上、何卒ご来臨を賜りたくうんぬん……か」

 

 入っていた重い板は、夜会が開催されている最中、必ず身につけなければダメなモノらしい……終わった後は、回収されるとも書いてある。こんな大きな夜会を開催するとなると、『小男』のヤツも店に戻ってきてるに違いない。『美月』──いや、美香子のヤツめ、気が利かない……メールかSNSにでも、情報(ネタ)を入れといてくれりゃイイのに……。

 

「【SAI】──分析」

 

 オレは仏頂面のまま、炊飯器のプローブ(検査端子)上に封筒に入っていた板をのせ、冷蔵庫にビールを取りに行った。『一番絞り』にするか──瓶の『ハイネケン』※0にしようか、迷っている背後から、

 

『特段のモノでもありませんね。鉛を何パーセントか含入した合成樹脂の長板です。位置情報の発信も、簡易型回路の内包も確認されません』

「──推論」

『──不明』

「ンだよ、ツレないな」

『だって──それしか答えようがありませんよマイケル』

 

 口をとがらさんばかりの【SAI】だった。こう話していると、つい相手がAIだということを忘れてしまう。

 

 ──ぬぅ……。

 

 オレは結局『黒ラベル』のタブを引きあけ、重たいプラ板めくその板をながめた。

 見通しのよい十字路を、随伴歩兵もつれず装甲車で通りったときのコトを思い出す。

 あるいは細長い列にならざるを得ない狭い渓谷を、騎馬の列で進んでいた時の苦い失敗。

 

 ──ワナの(アンブッシュ)臭いがするなぁ……。

 

 アフリカ傭兵の、あるいは──あの老いぼれ特殊騎士団長の気配。

 頸(クビ)の動脈に、サビたカミソリを当てられでもしたような──そんな、感覚。

 もともと一歩間違えば、この自分だってあのゾッとするような『性奉仕人形』とやらに改造され、金持ちな変態ババァ用の“ダッチワイフ”(……いやダッチ・ハズバンドか?)に、されかねなかったのだ。辛うじてそれをクリアした最初の夜、あの店から出ると地獄の口を切り抜けたような、夜空からおびただしい疲労が降ってくる気がしたのを、当時の心象そのままに思い出すことができる。

 

 ──ふん……。

 

 オレはビールを味わいながら、黙然(ジッ)と考えた。

 

 ──まぁ昨今は……轢殺業務“すら”ルーチン化してきた感があり(人間は何にでも慣れるのだ、と言ったのはドストエフスキーだったか?)、離婚のショックと慰謝料の重圧も、いつのまにやら遠いモノになった現在(いま)、こんな豪勢なマンションでひとり、ヌクヌク惰性で生きている自分だ。そんな心も体もナマりまくった昨今、久々にヒリついた“一六勝負”をするのも気味がいい、かもしれない……。

 

「一発、あの『小男』の醜面(つら)ァ拝みにいくかぁ……」

 

 いつまたドレッドが現れないとも限らない。アフリカ傭兵時代に使っていた俺(・)の拳銃(ワルサー)も催促したかった。手に馴染んだアレがあったら、この前のジーミの店でも不覚は取らずに済んだのに──クソっ!

 

 ベコリ!

 

 オレはカラになった500缶をにぎりつぶすとバルコニーに出る。

 先日までの暑さはウソのように引き、もう秋の気配どころか、季節をジャンプして空気は肌寒くなってやがる。目前に広がる動き出した朝の街並みを眺めつつ、俺は傭兵時代、夜間作戦明けに見たコンゴの市場(バザール)を思い描いていた……。

 

 * * *

 

「いいかね?今夜は大事なお客様がご来臨される日だ。くれぐれも間違いの無いように」

 

「……この房飾り……本当にお股につけなければイケないのですか?」

 

「ナニを言うんだね。キミ用にティファニーで特注したシロモノだよ」

 

「そうよ?乳首ピアスから下がる房飾りも、ほんとうにステキ……ワタシとおそろい」

 

「キミらは“一対のダンサー”として売り出すんだからね?ほんとは、キミの歌唱力も捨てがたいのだが、今回はボイトレが間に合わないので、舞踊(おどり)のほうに専念してもらう。ダンサー用のシースルー・ドレスもいい感じだよ?ボディ・ジュエリー用の全身ピアスは、炎症もなく定着したようだね……」

 

「アタシは金の細クサリ……アナタは真珠の細ビーズ……美しいわ……面紗(ヴェール)も、腰のコインベルトも、腰にはいた透けハーレム・パンツも、みんなイイ感じ」

「そのアラビアン・ナイト風の踊り子衣装(ダンサー・コス)に5000万以上かかったんだからね?今晩は、気張ってくれたまえ──あぁ、店長。どうされました?」

 

「──ふたりとも……重要なハナシがありマス……」

 

 

 * * *

 

 招待状の夜がやってきた。 

 

 一度協会の地下大車庫に行き『ターゲットの偵察』名目で轢殺トラックを借りだしたオレは21時を軽く回った頃合いに“紅いウサギ”へと向かう。

 いつぞやの夜の再現だ。そしてこれは、今夜いくらイイ酒が出ても飲まないぞという、意思の表示でもある。酔っ払っていっても【SAI】の自動運転で問題はないし、車内(キャビン)ログもコイツが隠蔽(いんぺい)してくれるが、あの店のクソ稀少かつバカ高価(たか)い酒をのむとなると相当にカネがいるし、またタダ酒でいいと言われても、あの店で借りをつくると、アトがコワすぎる。

 

 まさか盛装して出勤するわけにも行かないので、コインロッカーに隠しておいた礼装用スーツを走行中、【SAI】にハンドルを任せ、狭いキャビンでモゾモゾと着替える。

 

『携帯のメインストレージに、最優先の連絡ソフトを入れておきましたからね?』

 

 ドレスシャツの襟を立て、ネクタイを巻いている時、シレッと【SAI】が、

 

『携帯画面に新しく作っておいたアイコンをタップすれば、すぐつながります』

「コイツぅ……いつのまに……」

『この前、黒い轢殺トラックとの一戦で喪失した【ボニー】の代用AIが来ないので仕方ありません。ま、ワタシはその方が処理スピード的にラクですが』

 

 たしかに。

 

 この前の一戦で喪失した【ボニー】の代わりとなるAIは、なかなか来なかった。

 代わりに自動運転など、必要最小限の機能がついた簡易型ドライビングAIがインストールされただけだ。もしや……これも黒いトラック部隊からのイヤがらせかもしれない。

 

「いくら呼んだからッて、ナンだ。“破れ奉行”みたいな登場の仕方はヤメてくれよ」※3

『……』

「……【SAI】?ヤメろよ?」

『……』

「【SAI】?……お返事は?」

『……チェェェ……ッ』

 

 すねたような声

 コwイwツwわwww。

 オレが釘をささなきゃ、店の壁を突き破って登場するつもりだったのでないか。

 だんだんAIの域をハズれてくるようで、どうもオチオチ気が抜けない。

 そして、そのアホっぷりに目眩(めまい)がしたワケでもあるまいが……。

 

 ──あれ……なんだ?

 

 監視モニター型の電子ルーム・ミラーを自撮りモードに切り替え、ネクタイと髪型をなおしおえて、ふと視線を外に向けたとき──オレは妙な違和感に気づいた。

 

 フロントグラスごしに見る今夜の光景。

 勝手知ったる街が、まるで知らない都市のように見える。

 おり悪しく、ポツポツと雨がフロントグラスにハジけはじめた。

 みるまにそれは大粒のものにかわり、視界は煙ったように一気に悪くなる。

 ワイパーを動かす油膜の先。そこに一瞬、かつて見たことのある夜景が浮かんだ──ような。

 

 ──えっ……?

 

 どんな光線の加減が、記憶のイメージを運んだのだろうか。

 それは豪雨のなか、仲間の下士官たちとともに酒場を目指して疾走するジープの、ギクシャクするワイパー先に見たコンゴの首都ブラザビル、その町並みそのものに見えた。

 アフリカ語(アフリカーンス)のネオン。木材を運ぶ三輪トラック。道ばたにはシートをかぶる浮浪者の群れ……。

 

 小隊長である部下のジャンやエグモント。

 片目のコフィン准尉や、女ったらしの狙撃屋(ティラユール)・ラルゴ中尉。

 それらかつての仲間たちの歌声が、Barの喧噪を通した不明瞭さで聞こえてくる、ような。

 

 ♪だァかァらァ、よォ~!

   グラスを、用意しておけよ。

     この世は、ウソの世界だからな。

       死んだ者には正餐杯を!

         つぎに死ぬ者に、万歳ァい、をォ~~♪

 

 ──バカな!……畜生。

 

 俺(・)は思わず頭を強くふった。

 とたんに幻影は破れ、トラックは雨に煙る21世紀の日本の夜道を走っている。

 

『どうしました?マイケル』

 

 エンジンの音を圧して、ドクドクと耳もとで心音がしていた。

 イヤな汗と動悸がなかなか去らない。それどころか視野がケイレンさえする。

 なにより『次に死ぬモノに万歳を!』というフレーズ。頭に染みついて離れない。

 

『マイケル?大丈夫ですか』

「なにがだ──【SAI】」

 

 不覚にも幻影を見ていたことに気づかれたくなくて、俺はぶっきりぼうに返事する。

 轢殺トラック運転不適格と判断されて、ハンドルの支配権を奪われたくなかった。

 

『心拍数上昇と異常発汗を検知。だいたい今夜向かう先は、業務と関係があるんですか?』

「執行上、必要な“資材”を回収しに行くだけだ。ヨケーな詮索は、するな」

『しかし──今夜のマイケルは、どこかオカしい気がします』

「……運転に異常があるとか?バカぁ言えよ。フツーだろうが」

『いえ、ナニかその。何となくいつものマイケルじゃないような』

 

 ギクリ。

 やはり長年の相棒は、ごまかしきれないのか。

 それでも、俺はことさら声を大きくして、

 

「貴様らしくもねェ!どう違うんだァ?」

『まるで別人のような。率直に言えば、存在(キャラ)が安定しません』

「ハ!手前ェらしくもない抽象表現だな、クソが。俺は──俺さ。他のダレでもねェ」※2

 

 どことなく後ろめたい思い。そのため口調は乱暴になる。

 いや……それは果たして、後ろめたい感情だけだったのだろうか。

 自分の内を精査しようにも、重量級のトラックを雨の中コロがすという不安定な状況では、どうにもならない。かといってオート(自動運転)に代わってくれと【SAI】に頼み、モヤモヤした胸のウチを見透かされるのも業腹だった。

 

「…………」

『…………』

 

 お(・)れ(・)たち“ふたり”は、それから何となく黙(もだ)したまま。

 目当ての“ウサギ”まで、交通量の多い雨の夜を走り続けた。

 

 

 

 前回使った店近くの駐車スペースは幸いなコトに開いており、そこにオ(・)レ(・)はトラックをヨッコラセとばかり、何度も切り返しをして車体を押しこんだ。

 

 ──初めて来た時は、いつだったか……。

 

 もうずいぶん前に思われるが、考えれてみれば季節を跨(また)いですらいない。

 各種の轢殺モードを解除して、二次駆動用のエンジンを切った。

 キャビンは、耳になじんだ電子機器の高周波音のみになる。

 手動ブレーキを引いたときの音が、今夜は妙に耳障りだ。

 戦地にむかうという現実が、いやおうなくヒシヒシと。

 それが、さきほどのあいまいな幻影を吹ッ飛ばす。

 

「じゃぁ──留守番タノんだぞ【SAI】?周囲の監視を、オコたるな」

『お土産を忘れないでくださいよ?マイケル──ワタシも酒が飲めましたらネェ』

「前にも言ったろ?酔っ払い運転のAIなんて、存在価値がない」

『マエにも言いましたよね?それは高性能AIに対する侮辱と権利侵害だと』

 

 ──ちえッ。前にもまして、口がヘらなくなってやがる……。

 

 こきやがれ!とばかりオレはドアをあけ、運転席から飛び降りた。

 夜会用に履いてきたチャーチの硬い革靴のおかげで、カカトがズキン!ヨロけて。

 

『おまえサン!気をつけてくださいよぅ──』

 

 女声を装った【SAI】がキンキン!背後で火打ち石をうつ音。

 

「よせやい──縁起でもねェ」

 

 まるで横町の人目を避けながら長屋を出るように、オレは背をまるめ、スーツの襟とネクタイの具合を直すと、びっこを引き引き、人目につかない駐車場所から横道を通って“ウサギ”の店の前に出た。

 

 ──おぉう……。

 

 思わず声が出る。

 何ということか……まるで前世紀の夜会絵巻だ。

 【Le Lapin Rouge 】という、暖色系のLEDで照らされる小さく品のいいい看板。

 その周辺は、まるで今夜が特別な晩であることを証すように、店を囲む重厚な鐡柵(てつさく)で出来た門の両脇で篝火が盛大に焚かれ、炎の両サイドには一人ずつ、テール・コートを着た黒服が立っている。

 そのほかにも、入り口付近には警備と見える者たちが詰めており、ゲートそばの一人が店の敷地に踏み入れる者に、慇懃な手つきで金属探知機を這わせていた。

 

 さすがに今回はチンピラ然とした者はみえず、みなホテルの従業員を思わせる折り目正しさだった。

 そのうちの一人に見覚えがある。

 革のフォルダーに挟んだタブレットを小脇に抱え、耳にインカムをつけた中年男。最初の夜、オレを案内してくれた人物だ。眉をひそめ、手もとの手ブレットをしきりに確認しつつ、ナニやら首をかしげている。

 

 様子を窺(うかが)ううちにも、タクシー、黒塗り(ハイヤー)、あるいは個人所有のリモ(リムジン)で。

 盛装した老若男女な人々が、単独で、あるいはペアで。時として三々五々連れ立って、豪勢な敷地内に入ってゆく。フツーに飲食街目当てな通りがかりの人々は、おそらく有力者がらみな結婚式の二次会でもあるのかと勘ぐったことだろう。カメラマンたちのフラッシュが無いことが不釣り合いなほど、今宵“紅いウサギ”の入り口は、芸能界めいた華やかさを呈している。通りすがりの通行人も携帯のカメラをむけようとするが、気づいたハシから黒服に制止されていた。

 

 ──さぁて……。

 

 久々に引っ張り出した三針仕様の18金ドレスウォッチで時間を確認すればすでに21時半をだいぶ回ったところである。

 オレは再度スーツの具合を直して身震いしたあと、悠然(ゆうぜん)をよそおった足取で威風堂々(いふうどうどう)、篝火が照らす店の門に近づいていった。

 

「あぁ──ようこそ!お待ちいたしておりました」

 

 困り顔をしていたタブレットの黒服が、愁眉をひらいたようにオレを迎えた。

 

「なかなかおいでにならないものですから、どうしたのかと心配しておりました」

「待っていた……私を?」

「えぇ、お客様を。当店の店主から、とくに礼を尽くして御案内せよと命を受けております」

「店主さん、戻ってきているらしいね」

「えぇ、お待ちですよ?お連れ様も、とうにご到着です」

 

 こんどはオレの方が首を傾げる番だった。

 

「チョイと待った──“お連れサマ”だって?」

 

 ささ、こちらへ──と黒服の長とみえるこの中年男は、それ以上の質問をオレに許さず、金属探知機すらもパスして広い前庭へと誘導し、緋色のカーペットが敷かれた正規の道らしき通路を外れる。そして、建物の側面に備わる小さな扉を開け、オレを中に招き入れた……。

 

 * * *

 

「ようやくお出ましのようですね──来て頂いて、アタシはホッとしました」

 

「まぁ、来なければ来ぬで、この賭けは“ご破算”になるのだが」

 

「そうなればアタシはどんな責めをうけるやら。そうでしょう──殿(・)下(・)?」

 

「フフ……その察しの佳さ。苦しゅうない」

 

「勘弁してくださいよ、モウ。これ以上アタシをいぢめないで下さい」

 

 * * *

 

「いらっしゃいませぇ~~~~♪」

 

 小扉の向こうでは、うって変わった世界が拡がっていた。

 どうやら、早くも“紅いウサギマジック”が始まったらしい。

 

「ようこそ!我が“紅いウサギ”へ!」

「お待ちいたしておりましたわぁ」

「やった!フォトで見るよりもイイ男よ?」

「この男、わたしンだからね!?」

 

 毛足の長い緋色の絨毯が敷かれた廊下。

 そこには、発情の気配を露骨にさらしたバニー姿の女たち。

 化粧や制汗剤、日焼けオイルやシャンプーの香りと共に押し寄せてきた。

 

 ──ナイスバディな褐色ギャル。

 ──お下げ髪の地味メガネっ娘。

 ──管理職風な、30代半ばの熟女。

 ──耳のトガったコスプレ金髪エルフ娘。

 ──みょうに大人びた顔をしたロリっ子。

 ──まさに8の時体型をした、アニメ・ボディな黒人。

 

 そして……どうやら“男の娘(コ)”らしき者まで含んだ上記のキャラ。

 

「うゎっ!ちょっと……なに、コレ」

 

 奇妙なコトに、このバニーたちは“ロゼッタ(名札)”を腰につけていない。

 ひょっとして全員が“ウラ”のスタッフかもしれない。ならば要注意だ。

 そのまま、彼・彼女たちは、こちらをズイズイと廊下の奥へ連れてゆく。

 

「おいおい、ドコ行こうってンだ?」

「はァぃ、気にしない、気にしない──」

「イイとこだぜ?そんなのキまってンじゃん♪」

「そう……イイ床ですわ?そんなに御警戒なさらずに」

 

 連れこまれた部屋は古代ローマか、最盛期オスマン朝の寝室もかくやな光景。

 豪勢な4本の支柱が天蓋をささえる、キング・サイズを2倍にしたようなベッド。

 銀地に金の筋が象眼された調度品、あるいは高価(たか)そうな什器や美術品、骨董(こっとう)の数々。

 広間といっていい寝室に満ちる薄暗い、艶(なま)めいた空気には香が焚かれ、ある種玄妙な雰囲気が。

 

「お待ちしてたんだヨォ?マイケル様!」

 

 イケイケ(死語)風味のキツめな褐色ギャルが、シルクの大海原といってもいいベッドにポスリ!一番乗りに両腕を後ろにして腰掛けると、挑発的な上目づかいで、

 

「アタシたち“ウサギ(この店)”でジャンル別にトップを張るエスで(エスコート)なんだゼェ?」

「今夜はぁ、アタシたちのうち、ダレでも好きにしてイイんだよ!」

 

 OL風なキツめの美人が「コノこのこのっ!」とばかりヒジでオレを小突いて。

 続いてバニー・コートを着るには貧乳気味な地味メガネっ娘も、足もとにひざまづくとこちらのふくらはぎをサワサワと撫でつつ、

 

「あの……もしご希望でしたら……全員とでも……」

 

 のっけからコレかよ、とオレは脱力する思いだった。

 待ち伏せを警戒し、随伴歩兵つきの装甲車で進んでいたら、いきなり空爆くらった感覚。

 次いで、普段なら到底アリ得ない状況にピン!ときたオレは、

 

「店主(ジェンチュ)に……店長に、そうやれと言われてるのか?」

「これは──アタシたちの自由意志ですわ!」

 

 OLの管理職風な熟女が、尖りメガネをキラリ!光らせ決然たる調子で、

 

「決して“特別手当”などを期待しているのではありません!」

 

 次いで、他のバニーたちも、まるで自分の牝臭(ニオイ)をコスりうつし、マーキングでもするかのようない勢いで、腕や太ももをすりよせ、口々に、

 

「もし……アタシたちが気に入らないンなら、奥の院のお姉サマか……」

「ア(・)ッ(・)チ(・)専(・)用(・)の“高級奴隷人形(ラブ・ドール)”を御用意致しますケド……」

「アタシたちで十分よねェ?ウサギの中でも、ジャンル別に一番人気なのよ……?」

「どんなご要望にも、お望みどおり♪精一杯お応えいたしますわ……」

 

 オレはうんざり気味に「気持ちだけで十分だよ」と、ため息をついてしまう。

 艶めいた女の匂い。興奮した肌から立ちのぼる化粧やコロンの香り。

 すると今度は横合いから○学生とも見える子が、

 

「ねーねー。おにぃサぁン、ヒョッとして……女(メス)がダメなんないじゃないの?」

 

 股間をプックリ膨らませ、意味深な笑みをうかべた紫のエナメル・バニー。

 

「ボクだったら、ご主人サマの思うままだよ?オシリだって、ココの誰より巧(ウマ)いんだから」

「ちょっと!聞き捨てならないわね!?」

 

 横合いから、キツめなOL風のバニーが待ったをかけた。

 

「アヌスで咥(くわ)えこむのが一番巧(ウマ)いのァ──アタシだよ!」

 

 その女の叫びにショタも負けじと、

 

「へっ、ウソ言ってらァ!こないだ騎乗位でお客のチンポ壊死させかかったの、ダレさ?」

「なっ!それだけシ(・)マ(・)リ(・)がイイってことじゃないの。アンタみたいなガバ尻(けつ)とは違うわよ」

「お兄さま?こんな下品な者たちは、ほおっておいて、妾(ワタシ)のちいさな蕾(つぼみ)を、ご賞味ください」

 

 ロリバニーが、オレの肩に背中からプニプニした頬をのせ、しなだれかかった。

 

「初心(ウブ)な肉襞を、たっぷり堪能してくださいね?」

「ナニがウブな肉ヒダだぃ!ウチの部族の成長抑制剤つかってるクセに、この“ロリ婆(ババ)ァ”が!」

 

 トガり耳なエルフのコスプレをした金髪の娘が、そんなロリっ娘に息巻いて。

 

「サ・ァ、マイケルサマ──ハヤ・クコチラ、ニ、イラシテ♪」

 

 今度はヌビア人の黒檀(こくたん)像めく女が、銀色のシルクたゆたうベッドのうえに、その豊かな肢体(カラダ)を悠々(ゆうゆう)と投げだし、完爾(ニッコリ)とオレを誘う。

 

「ワレハ黒シ──サレド美シ」※4

 

 またもや女たちの紛糾(イザコザ)が始まりそうになるのをマァマァと辛うじて押しとどめ、オレは天井のどこかにあるであろう隠しカメラに向けて、

 

「オィ、店長!……『店主(ジェンチュ)』!見てるんだろ?一体ドウいうワケだコレ?」

 

 そう叫んでいる間にも、スーツは何本もの腕によってもみくちゃにされ、ワイシャツのボタンも外されて。気がつけば、ショタっ娘の華奢な手が、ダンヒルのベルトを解き、ズボンのチャックを下げている。そうかと思えば、ニンマリとした幼い笑みが、コチラを見上げて。

 

「こっ、コラァ!──やめなさい!センセーは怒るぞ?ホンキで!!」

「キャハハ、なにソレ!」

「あらぁ……男も、女もお嫌いなの?」

「わかった、もっとガチムチの短髪兄ィがお好みなのね?」

「あるいは“セクシー・デブ”がストライク・ゾーンとか?」

「そっかぁ『ホモの性癖に捨てるとこナシ』って言うモンねぇ……」

「うっわ、サイアク──じゃぁ、特別割り増し手当ダメじゃん」

「グスッ……ボクじゃダメなんですかぁ……」

 

 あのなぁ、とオレは苛立たしさを通り越して脱力しながら、

 

「オレは!ホモでもないし、女に誘われてホイホイ応じる男でもナイ!むしろ、通り一遍の性的なものは、もうたくさんなんだ!」

 

 すると、ギャルがオレを露骨に指さして、

 

「あーワかった!エイセクシャル(他者に欲情しないヒト)なのね!?はじめて見たワ!」

 

 一瞬、天使が通ったような静けさ。ややあって、

 

「へぇぇ……イケメンなのに、モッタイナイわねぇ」

「こんなイイカラダしてンのに(スリスリ」

 

 どれもコレも当たっていない。

 だが、いまさらこんなアホアホなバニーどもに対して、自分は妻を“NTR(寝とら)れて”からというもの、女に対して用心深くなってしまった──などとワザワザ真面目に説明する気になれないし、そもそもするつもりもない。

 

「だそうですわよ『店主』!──いかが致しますかぁ?」

 

 ガックリと肩を落とす管理職風のOL熟女。

 巨乳の下に組んだ腕をほどいて腰に手をあて、天井を向くと、

 

「この方、性欲に疎(うと)いらしいんですけどォ!?」

 

 さほど待つ必要も無かった。このバニーの胸元から着信音。

 オッパイに挟んだライターを取り出すように取りだした小型の携帯。

 一度頭をふって髪をゆすり、耳を露わにする仕草が。彼女の香りをきわ立たせる。

 画面を確認してから受信側を耳にあてた彼女は、なにやら指示に困惑する調子だったが、

 

「はぁ……分かりました。一般のお客を4号控え室にお連れしちゃってイイんですね……?」

 

 通話機の向こうのガナリ声

 ペコペコと平身低頭なギャルバニー。

 どうやら、またどこかに連れて行かれるらしい。

 な~んだ、残念とばかりつまらなそうな顔でバニーたちは散ってゆく。

 そしてオレは最後に残ったOL熟女の案内で、この異様な寝室を出ると絨毯の敷かれたひとけのない静かな廊下を、また延々と歩かされる。

 

 やがて……。

 

 『ーNo.4ー』と扉の上部にアクリルのプレートが貼られた、“ウサギ(この店)”にしては、ヤケにそっけない鉄製にクリーム塗装とみえる扉の前に案内された。

 

「じゃ、じゃぁ──ワタクシ奴(め)は、コレにて……」

 

 そそくさっ、とOL熟女は、ウサギ尻尾のバニー・コートが食い込む豊尻を振りたてつつ、急ぎ足のモンロー・ウォークで去って行く……。

 

 なんだ……?

 

 そのとき、オレは鼻をヒクつかせた。

 廊下に、なんだか憶えのあるような臭さ……そう、黒タバコの匂いだ。

 L字型のドアノブを開けてみる。と、思った通り。中から『ゴロワーズ』のくッさい香り。

 おまけにシャキン!──シャキン!──と、間欠的に金属の鳴る音まで聞こえてきた……。

 

 ──ちょっとマテ……まさか……コレって!? 

 

 





※0 ハイネケンは瓶の方が美味いですよね。

※1 有機リン酸アセチルコリンエステラーゼ阻害剤。
   単独では無害な二つの化合物を混ぜ合わせることによって効果を発揮する猛毒。
   かつては「Q極の毒ガス」と言われたVXガスの数倍毒性があり、検出も難しい。
ちなみに神経伝達物質である「アセチルコリン」はエンドウ豆の皮などに含有多め。
  ボケないように、多めに摂取したいですネ。

※2 今さらですが、傭兵マイケルは「俺」で轢殺屋マイケルは「オレ」です。
   (感覚が混在しているときは、両方、もしくは「おれ」と) 

※3 二丁漕ぎの船にしては「船外機でも付いてるのか!」という異様な早さの船を使い
  悪代官たちが岸辺の屋敷で晩酌をする場面に“船ごと突っ込んで”登場するシーンあり。

※4 旧約聖書・ソロモン雅歌


やっぱダメですね。
エロの影響で筆がロコツに堕ちてます……。
まぁ、次回以降、再度エロ回が続くんですが。

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