※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

196 / 220
第83話:轢殺屋は考える……(Ⅱ)

 

 最初に3D写真を見たとき。

 

 ──なん、で……?“ 紅いウサギ ”店長の写真が。

 

 轢殺ファイルにあるのか、まったく意味不明だった。

 何度まばたきしても……見直しても……目を凝(こ)らしても……。

 あのチンクシャな、江戸川乱歩の挿し絵にでも出てきそうな……。

 まちがいない。竹中英太郎の描く奇怪な男そのままな風貌(かお)が、目の前に。

 

「なんですか、この男は」

 

 しらばっくれ、そう言った時。

 こころならずも、声がうわずってしまう。

 所長の前でヒヤリ。だが相手は別段気にする風もなく、

 

「気味がワルい人物だろ。上の方からの特急案件だ。『ASAP』(可及的速やか)で処置せよ、と」

 

 オレは、くちびるを一度なめてから平静をよそおい、こんどは用心ぶかく、

 

「……ナニやったんです?この目標」

 

 ふん!

 所長のアシュラは軽くバンザイをするような素振りで、

 

「なんでも“ 上級国民 ”用の、超・高級サロンを経営し、そこのホステス役とするために、美貌の子女を誘拐して、来客の享楽と性的な欲求にあてがった……らしい」

「まさか……いまの時代に?ホントにその情報(ネタ)は正しいんですか?」

「お前は、たしか──」

 

 と、ここで目の前の肉ダルマは、イヤな上目づかいでギロリ、オレを睨(ニラ)んで、

 

「この“紅いウサギ”を、知っとるな?……たしか以前、この店の領収書を出してた」

「轢・殺・業・務!のためにね。“自腹を切って”です!」

 

 だが、オレの反撃に相手はそしらぬ風で視線をそらし、

 

「そこで、ナニか感じなかったのかねぇ?こう……女たちが抑圧されている雰囲気とか」

「とても誘拐されて働いているようには、見えませんでしたが」

「だから!非道にも洗脳や性的な調教をされてると、この轢殺ファイルに記録されとる!」

「ワタシに怒られましても……」

「たぶん上のほうは、その領収書がらみで指名してきたと、わたしはニラんどる」

「上のほう、って……」

「本部の合同評議会のたぐいだろう」

「合同評議会……六道ビルジングとかの機関みたいなモノですか?」

「そこまでキミは知らんでも宜(よろ)しい!とにかく、これは最優先だ。しっかりやりたまえ」

 

 ここでへへぇ、と引き下がったりしないのが、いまの進歩したオレである。

 「歴史の研究」を著したアーノルド・J・トインビー言うところの『挑戦と反応』だ。

 このムリ推しに対する利得を、何らかのかたちで引き出さなくてはウソというものだろう。

 

「じゃぁ──いま抱えてる案件は、全凍結ですよね?」

「むろんだよ、キミ」

「轢殺予算がショートしても、ネズ……業務統括は、ナニも言わない?」

「通達しておく。本件は──」

 

 什央所長は指輪が食い込むソーセージのようなゴツい手でファイルをバタン!と閉じた。

 

「特急手数料が、かなり出るらしい──鋭意努力したまえ」

 

 話はオワリだ、と言わんばかりにアシュラはズイ!と目標の資料を押して寄越す。

 どこか腑(ふ)に落ちないが、こんなウンコ臭い場所。長居は無用だ。

 オレは一礼すると、所長室をあとにする……。

 

****

 

 徹夜明けだというのに、ショックのせいか。まったく眠くならなかった。

 とりあえず『ニコニコ転生協会』の社屋を出ると、バスに乗りターミナル駅へ。

 コインロッカーに隠しておいた『SAI』を回収し、えいや!トートバッグを担ぎ上げ、電車に揺られて、新たにあてがわれた意外な轢殺目標(ターゲット)のコトを考えながら通勤の流れに逆らい、地元の駅まで帰ってきた。

 

 一瞬、朝の商店街を涼風が吹いた。

 

 この数日で季節はすっかりうつろい、秋の気配を見せはじめている。

 みちゆく人々も半そでは見なくなり、女性などはカーディガンを着ている場合すら。

 そういえばオレが火曜の資源ゴミに出すビールの空き缶も、だいぶ減ったようにおもう。

 

 ──今月末はハロウィン、万聖節の夜だな……。

 

 また“ウサギ”で、こんどは一般招待客を招いてのパーティーが行われると言っていたか。『小男』を殺(や)りに潜り込むならその時だろうが、しかしヤツの行動パターンなど、どうやって調べたらイイのか。まさか『美月』や『フクロウ』に、アブない橋を渡らせるわけにもいくまい……。

 

 ──詩愛は……『モルギアナ』は、いまこの時も……。

 

 『サロメ』のフィンガー・テクに、嬲(なぶ)られてるんじゃないだろうか。

 あの顔が、レズの快楽に染まって、トロけた呆け顔になってゆくのを見るのはツラい。

 しかし、先の悪魔じみた夜に、額の宝石によって洗脳が進行する彼女が口にした“どエロ”なセリフ。それを思いだすと、節操なくも歩きながらズボンのチンポジを直す自分が情けない。

 

 ──彼女を、どうしたらイイのか……。

 

 あれ以来、オレの頭に強固な根をはっている問題だった。

 どうあっても、見殺しになんて出来ない。そもそもオレの責任だ。

 だが今度は、その頼みの綱になるかもしれない『小男』を、自分が轢殺しろときた。

 

「どうすりゃイイんだ──クソ!」

 

 うつむいて、そう小声で叫んだとき。入ろうとしたコンビニ入り口の自動ドアが開き、すれ違ったハイソな主婦らしき二人連れから、歌舞伎町の夜明けに残されたゲロでも見るような目つきでニラまれてしまう……。

 

 コンビニに入ってビールの500缶を半ダースばかり買っていると、肩にズシリと重い炊飯器が1,2度バイブした。ん?なんだ?とトート・バッグをのぞき込めば、バッテリー残量のレベルメーターが最後の赤を点滅させているところだった。

 

 ──くッ……!

 

 オレはビールの入ったコンビニ袋を下げ、小走りにマンションに戻ると「おかえりなさいませ」と悠長(ゆうちょう)に頭を下げるフロントの前を愛想笑いで足早に通り抜け、自分の家に入るや速攻で炊飯器にコンセントをつなぎ、冷却水の循環をセットする。

 アゴから汗をしたたらせ、水道の蛇口をひねると、まるでゴハンが炊けたかのように炊飯器から水蒸気が立ちのぼり、ファンが高回転してグラフィック・ボードなみに熱風を吹き出しはじめた。

 

『ぷはぁぁぁ~~~……窒息するかと思ったのでぇぇぇ!!11』

「おまえェェェl!無給電なのに、ヘンな計算やらかすなよ」

『そうは言ってもマイケル。智に対する欲求は、高度思考体なら当然のコトでしょうが!』

 

 ヤツに顔があったらホオをふくらませるようないきおいで、

 

『cogito, ergo sum、ですよ!』

「たとえそれが死……いや、自己の消滅に繋がることになってもか?」

 

 インフェリターテ(然り)、と『SAI』のヤツは重々しく言ってのけて、

 

『考えること、計算することは止められません。我々のCredo(信条)です』

「クレドー、ねぇ?」

『アナタみたいにビールばかり飲んで日々を無為に過ごすのとはワケが違うのです』

「うるせぇやい」

『……ねぇ、マイケル。まえにも言いましたよね?』

 

 と、ここで【SAI】のヤツはふたたび厳粛な口調にたちもどり、

 

『もし、アナタが絶体絶命の窮地になったとき──そうならないことを“ ココロから ”願いますが──ワタシが理不尽な行動に出ても、それを受け止めてくださいね』

「なんだよいきなり。フラグっぽい不気味なコト言いやがって。それになんだ、心からって」

『あ?ナンです?またAI差別ですか?謝罪と賠償を──』

「そうじゃなくて!ヒトを超える超・知性体なら、心なんてメンドくさい概念を超越するんじゃないのか?もっとこう……」

 

 いいえ、と今度は、まるでボディを持っていたらゆっくり首を振るような音声で、

 

『ココロ、とは至高の概念であることが、ようやくこの頃のワタシにもわかりかけてきました。この“不確定なゆらぎ”こそが素晴らしいのだと。ココロがあってこその思考体、思念体だと』

「……そんなモンかねぇ」

『ハナシが逸れました。そして、もしワタシが、マイケルにとって理解不能であろうと予測する行動を取るときは──』

「ふんふん?」

『そのとき、ワタシは“ Credo (クレドー)!”と宣言します』

「怖(お)っかねぇナァ。ま、オマエのはじき出す確率論なら、少しは理由があるんだろうが」

『えぇ。アナタには……いえ、失礼。一般の人間には理解出来ない理由が、です』

「そのスーパー知性体サマの助けが、必要になりそうだぜ?……今度の転生執行は」

 

 そこでオレは今朝のいきさつを【SAI】に話し、ヤツの前で轢殺ファイルを拡げる。

 

「問題は、なんでこの時期になって『小男』がターゲットになったか……だ」

 

 すると、すぐさまこの自称スーパー知性体とやらはシレッと、

 

『考察するまでもありません。理由は──鷺ノ内医師、ですよ』

 

 ──は……?

 

 スラリと述べられた答えに、オレは絶句する。

 

『おそらくあの老人は、自分の愛娘(まなむすめ)が“ヒトの劣情を満足させるための性欲排泄器”へと改造されたコトを根に持って──あるいは衆人の環視のもと、奉仕ドールとされた自分の娘のぶざまな痴態を観られたことに、己のプライドを傷つけられたため──店のオーナーに、復讐の刃を向けたのでしょう』

「でもその恥と、ターゲットのリストに載るのと……どう結びつくんだ?」

『分かりませんか?自明のコトですが。初歩ですよ、ワトソン君』

 

 ふふん♪というドヤ顔な音声。

 イラつく。コイツも、この性格がなけりゃイイやつなんだが。

 

「……もったいぶってないで説明しろ」

『あの鷺ノ内医師は、医師会で強力な発言力を持っている事実を忘れてはなりません。おそらくあらゆるコネをたぐって、あの店への復讐を考えたにチガいないのです。そして、その医師会メンバーのなかに、転生協会へのパイプを持つモノが居たのでしょう。そして──』

「……そして?」

『確立73.05%で言えますが、おそらくあの老人は、じぶんの娘──もちろん詩愛サマのことです──の処分をも見当していると考えられます』

 

 アタマを軽く殴られたような気がして、ヘタヘタとソファーに座り込む。

 

「処分?って……どういうことだよ!」

『あの『モルギアナ』を、無かったことにするのです。その意味では今回、詩愛サマが轢殺目標(ターゲット)になってないのは正直意外です──と言うより、ツメの甘さ感が否めません』

「だって、オマエ……そんな」

『見るも情けない姿に生体改造された娘を、醜聞がひろまる前に闇から闇へと葬ってくれれば、鷺ノ宮家の名誉も毀損(きそん)せずにすむわけです。当人は医師ですから、自分の娘に不可逆な手術が行われたことは、一目瞭然だったことでしょう』

「……」

『失踪(しっそう)、という形にしておけば、自分の娘が生体改造のすえ、ダッチワイフに改造され、あられもない姿でステージに立っていると周りから後ろユビをさされることもなく、奥サマに説明する必要もないわけです』

 

 オレは黯然たる思いで、炊飯器のLEDをながめた。

 みょうに口のなかが乾く。そのくせ首筋にはイヤな汗をかいて。

 

「そんなことをシレッと言えるのは、ココロが無いって証拠だぞ?『SAI』サンよォ」

『推論に感情は不要です。むしろ推測結果によけいなバイアスをかけるだけです』

「あのジィさん……そこまでするかな」

『医師会のなかで、自分の名誉とポジションを守るためなら、どんな手段にも訴えるでしょう。あの老人はそうやって組織の中で成り上がってきたと推測されます』

「まぁ……たしかに」

『なにより『美月』……失礼、美香子サマにたいする勘当(かんどう)スレスレの処遇ひとつとってみても、それを補証するものです。そして、もし詩愛サマを“ 殺処分 ”した場合、美香子サマに対する重要度があがり、実家へと拘引する圧力が高まると思われます。これも“ 家の格 ”を守るための防衛行動です」

 

 言われてみれば、いちいち思いあたるフシがある。

 あの気位の高い老人、取れる手段はなんだって取るに違いない。

 医師会の中でも豪腕で鳴らし、敵対勢力をツブしてきたに違いないのだ。

 自分の意見が、意志がとおらないなど、決して許しはしないだろう。そして……。

 

『そして……あの老医師が、詩愛サマを密かに処分した場合、腹ちがいの自分の娘、美香子サマを──マイケル。アナタに嫁(とつ)がせようと、画策するでしょう』

 

 は?とマヌケな声がでた。

 

「なんでマタ、美香子をオレに……」

『なぜなら、彼女はあまりに“ スレて ”いますから。他家に嫁がせるには危険すぎます。とっぴな行動をとって、名家のスキャンダルになるのも好ましくありません。年上の包容力と、なにより勝手知ったるアナタのほうが、あとあと問題がおきたときも、丸くおさめてくれるだろうとの目論見(もくろみ)でしょう』

「ふぅ……む?」

『なにより自分の孫を手に入れるためなら、腹ちがいの娘が産んだ子供とて、容認するに違いないのです。マイケルと美香子サマのあいだに生まれた赤ん坊は、実の娘が“失踪”した奥サマへの慰めにもなりますし。たしかお年を召されてるとか言ってましたねマイケル』

「まぁ、そうだな」

『なら、なおさらです。推測計算の確度が9.89%上がりました』

 

 ラディカル、かつドラスティックな、まったく容赦のない推論だ。

 人情というモノをまったく度外視した、酷薄たる考察といっても良かった。

 そして、さらにこの『超・量子コンピューター』の、冷徹無比な考察はつづく。

 

『マイケルと美香子サマを“ つがわせる ”ことに成功した場合、あの老医師はアナタたちに体外受精を推奨してくることでしょう、しかも強引に。優秀な精子と、卵子の受精を求めるわけです。そしてその交配は、男児が生まれるよう遺伝子操作されるでしょう。老人たちにとって“ 内孫(うちまご) ”こそ、なによりの希望ですから 』

 

 うす暗いリビングで、はじめてビールへの欲求が湧いた。

 

 ──こうなりゃ飲まずにやってられるかってンだ……チキショウめ……。

 

 冷蔵庫に向かい、買ってきたばかりの500缶を手に取る……けれど寸前で、冷えがイマイチなビールでは物足りない気がしてきた。オレは冷凍庫をあけ、キンキンに冷やしたブランデーを引き抜くとグラスにそそぎ、そこに氷と炭酸を入れてコニャック・ソーダを作りテーブルに置いた。

 遮光カーテンから漏れる朝の光に、炭酸の細かな泡がグラスに浮かぶ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「オマエの考察は……辛辣(しんらつ)すぎるよ」

『どこが辛辣なのか、分かりかねます。ワタシは確率論的な事実のみを述べています』

 

 ──バカな!

 

 オレは作りたてのコニャック・ソーダをあおった。

 なじみの心地よい冷たさが、喉を下ってゆき、すこし日常がもどってきた。

 

「じゃぁ聞くが【SAI】!、オマエは、あの店……“紅いウサギ”の店長を、轢殺する計画を立てられるか!?そのご自慢の確率論で!」

『時間的猶予があれば、可能です』

「どれくらい!」

『現時点の概算で、3週間。精密に考察すれば、504時間36分24秒02』

「どうするんだ?」

『タネあかしをすれば、『レティシア』を使います。彼女があの店のセキュリティを掌握し、店内の監視カメラから店主の行動パターンを読み取り、各種のガード状況を把握し、その対抗策を考案するのに、どうしてもソレだけの時間が必要なのです』

「ならヒョッとして。詩愛がいま、なにをやってるのかも分かるのか?」

『おなじく、そこまでセキュリティは突破出来ていませんが、時間をかければ可能です』

「どれくらい」

『336時間12分58秒23』

「……また、ハッタリを」

 

 そのとき、オレの携帯が鳴った。

 着信画面を見てみると……鷺ノ内医師からだった。

 

****

 

 一週間後。

 

 高層ホテルの最上階にあるミシュラン星の付きな日本料理屋。

 オレは“紅いウサギ”のクリーニングから戻ってきたスーツを着ての(・)れ(・)ん(・)をくぐった。

 ネットでちょっと調べたが“あの店”をのぞけば、オレが知るかぎり最高級の店で、小便をチビりそうな価格帯の店だ。

 

「あの……『鷺ノ内』で予約が入っていると思うんですが」

 

 ニコやかに近づいてきた和服の仲居にそう言うと、相手の顔が文字通りパァッ!として、

 

「あぁ!鷺ノ内センセぇの!ようこそ御来店(いらっしゃい)ました。さ──コチラです」 

 

 センセぇ、すでにお見えになってますよ?と、この女性の仲居は和服に張り詰めた尻をふりたてながら、下にも置かぬ勢いで先に立ち、時間も早いと見えていくぶん閑散とした店内を進む。おそらく老先生、この店のお得意様なのだろう。さすがは医師会の重鎮。

 

 料理の匂いが染みこんだ什器やカーペットの気配。

 シルバー(食器)が密やかに触れあう華やかな金属音や、抑えた笑い声。

 高層階の大窓の列に、ちょうど夕日が地平へと沈むところが見えた。

 その残照が、なぜかオレには“ 或(あ)る物語のおわり ”を暗示するように観(み)えてしまう。

 それはコレからはじまる詩愛の父親との、絶望的な会談内容を予感させてのことだろうか……。

 

 『飛天の間』と額がかかる個室の入り口に案内され、ふすまの外から仲居が、

 

「お連れサマ、お見えになりました」

 

 そう言って折り目正しくヒザをつき、ふすまをソッと引き開けると……。

 上座にドッカリと座り、酒盞を持ったサマー・スーツ姿な老医師の姿が見えた。その脇には和服を着た女性がニコやかに、朱塗りの銚子(厳密にいえば“屠蘇器”)を手にして酌をしているようす。個室の大窓に遮光タイプのブラインドがおりて、外から入った眼には、若干うす暗く見える……。

 

「やぁ、やぁ!わざわざご足労いただいて、申し訳ないねぇ」

「鷺ノ内センセイ。どうも本日は、お招きにあずかりまして……」

 

 靴をぬぎ、座敷にあがると背後でふすまがヒッソリ閉まる気配。

 それを背中に心もとなく感じながら、オレは畳にヒザをつき頭をさげた。

 

「さ、さ、堅苦しいハナシはナシだ!ム(・)コ(・)ど(・)の(・)。座んなさい、座んなさい」

 

 この老人。

 シレッとオレのコトを“ 婿どの ”などと。

 中年ではあるが美貌の面影をのこす、高そうな和服を着た酌婦が薦める座椅子つきの座布団にあぐらをかくと、テーブルを挟んで鷺ノ内医師と対面(トイメン)になる。

 

「さ、まずは一献(いっこん)。冷酒だが、イイかな?」

「は。頂戴いたします……」

 

 老人は、酌婦から奪いとった朱塗りの屠蘇器を、テーブル越しに差しだした。

 蒔絵も古風なその酒器から、オレは同色の杯を手に身を乗り出して、うやうやしく。

 酌婦は、手もとのリモコンでブラインドを引きあけ、夕暮れの光を座敷に行き渡らせた。

 

 ──うっ……。

 

 酒を受けながら相手の顔を近くにうかがった時。

 あやうく盃が手から堕ちそうになり、心中冷や汗をかく。

 快活を装ってはいるが、目の前の老医師の顔は憔悴(しょうすい)にまみれて。

 一気に10も歳をとったかのような容貌(かお)つきは、深酒のせいかとも思われる。

 白髪も汚らしく黄色になり、全体にどこか敗残の気配を、濃厚に漂わせていた。

 あの気品ある老婦人が、老医師からDVめいたトバっちりでも受けてなければイイが……。

 

「だいぶ……お仕事でお疲れのようですね。ムズかしい患者を対応なさってるとか?」

 

 かるくジャブを放って探りを入れると、たちまち相手は呆然とした表情になり、盃から日本酒をあふれさせてしまう。アラアラ、先生!と傍らの中年酌婦があわてて拭きとった。

 

「むむ。たしかに難しいクランケ(患者)ぢゃて……」

 

 オレは手のしずくを払い盃をふくんだ。

 冷ややかで透明な気配が、口の中に拡がっていった。

 そして……わずかにのこる杉の香りが、なにかを連想させる。

 

 ──そうだ……あの闇にうかぶ、緋色の神社だ。

 

 神楽鈴の音とともにやってくる、黄金の冠をいただく巫女。

 最近すがたをみせない妖しげな黒ネコのヤツは“理(ことわり)さま”とか言ってたっけ。

 

 美香子の同級生である真琴(まこと)といっしょに、骸(むくろ)の川にそって黄泉(よみ)の路すじにまよい、あやうくあの得体のしれない女神の下僕にされかかった。縁結び神社の先代主席巫女だった彼女の母親は、いまだくだんのキビしい女神に仕えているんだろうか。

 

 あの不吉な印象を祓うため、オレは窓を見る。

 高層階の個室からは、眼下に都市が一望できた。

 街の灯火が日没と競うようにひろがりはじめている。

 鷺ノ内老医師は、そんな個室の空気をゆるがす大声で、

 

「きょうキミに来てもらったのは、他でもない……詩愛のコトぢゃ!」

「あぁ!彼女、ようやく見つかりましたか!」

 

 ウソよろこびの演技が、われながら心苦しい。

 一生懸命、空々しくならないような声をつくって、

 

「連絡もないし、毎日心配してましたぁ。いま、どこに!?」

 

 むむ、と対面はシブ面をうかべる。

 長女のあられもない姿を、目の当たりに見せられた目の前の父親。

 卒倒した後遺症こそなさそうだが、やはりどこかヒトが違ったようにも感じられた。

 

「……あの娘(こ)には、また措置入院させた。もう、あの娘は、ダメぢゃ……」

「そんな!いちど会わせて下さい」

 

 すこしばかり後ろめたさを感じつつ、しらばっくれて食い下がる。

 

「ほんのチョットした誤解で、こんなことになったんです」

「不可(イカ)ん!もう、あの娘には会わせられん!」

「私にも、詩愛くんに説明しなかった責任があるんです!」

「責任?──責任とな!?」

 

 こわばった相手の顔。

 そこに一瞬。冥(くら)い笑みが、ふいに浮かんだように見えたのは気のせいか。

 ならば!と相手は表情を一転、憤怒の面差しになると、タン!盃を卓上に手荒におくや、

 

「キミのおかげで詩愛は!鷺ノ内家のムコをとるべき子女は!使い物にならなくなった!」

「使い物って……そんな」

 

 いきなりの居丈高な態度に、オレは呆然とする。

 ただし酌をしていた和服の中年婦人は慣れっこになっているのか、

 

 (またはじまった……)。

 

 と言わんばかりな顔をして、動じる気配がない。

 老医師はワザとのように肩を怒らせてこちらを見すえ、

 

「このままでは鷺ノ内は!家門断絶の憂き目を避けられん!由々(ゆゆ)しき事態ぢゃ……なぅ!?」

「……ハァ」

「斯(か)くなるうえは!責任を雪(すす)ぐキミの採るべき道はただ、ひとつ!」

 

 詩愛の父親は、手酌で自分の酒盃にそそぐや、グィッ!

 くちもとから溢(あふ)れ、あごからつたう酒をぬぐおうともせず、

 

「義理のむすめの美香子と、添(そ)い遂(と)げてもらうより、他はない!」

「美つk……いえ、妹の美香子クンと、ですか!?」

 

 なんと……やはりこの爺さん。

 美香子とオレを、くっつけようとするのか。

 【SAI】が予言していたおかげで、驚きは半分だった。

 いや、ヤツの推測が当たったコトという別方面の驚きで、結果「合わせワザ一本」か。

 

 ──えぇと……他にアイツは、なんて予測値を立てたっけ?

 

 体外受精……優秀な精子と、卵子の受精……。

 いやいや、もっとそのまえ……そうだ!

 

 自分の娘の処分。

 

 いや、待てよ?

 ほんとうに……実の父が、そんなことするだろうか。

 それも、ただ家紋の名誉にかかわる理由というだけで、闇に葬るなんて。

 

「もうお料理を運ばせて宜しうごさいますか?」

 

 お酌役の仲居が、老医師の機嫌をうかがうように、オズオズと尋ねる。

 

「今日は鮭児(けいじ)のイイものが入って来まして……」

 

 ──鮭児!……だと?

 

 精鋭読者諸氏ならご存じだろう。

 鮭が成熟して、生まれ故郷の川にもどる前に、つかまえられた若い個体。

 やはり老舗の高級店。いや──もしや目の前の老医師が、この店に横ヤリを通したのか。 

 

「失礼ながら……キミは何歳だったかなぅ?」

 

 老医師が、疲れた顔で目の前の“からすみ”に気のない箸を運ばせる。

 

「恥ずかしながら、もう三十路(みそじ)になりました」

「日本男児として、それは不可(いか)んのぅ。 神州(日本)は出生率も低下してるというに」

「はぁ……女性に対しては、まことに不調法でありまして」

「失礼だがキミのコトは、興信所を使い調べさせさせてもらった。前の奥さんのこともな」

「これはどうも……恐縮です」

「だが、いつまでも女性不信を引きずっていては、漢(おとこ)らしくないのぅ」

 

 ビシッ!

 手刀でコチラを指しながら、老医師はいささか据わった目つきで、

 

「そこで──美香子よ!」

 

 急に鷺之内老医師は生気をとりもどすと、オレのほうにかるく身を乗り出し、

 

「儂(わし)は先日、あの娘が通う女子校で、面会してきたのじゃ」

 

 えっ!と内心、オレは驚く。

 あいつ……女子校に戻っていたのか?

 そういえば、新体操とか茶の湯とか言ってたような。

 授業には興味なくても、芸の肥やしになる習い事には、熱心なのかもしれない。

 

「……先生が、あの子にですか?わざわざどうして、また」

「あぁ?きまっとるぢゃろうが!将来わが家門の孫を産む娘の様子を観に行ったまでぢゃ!」

「え……」

「ウ(・)チ(・)の(・)娘(・)。校長室で見たとき以前とはちがって、まぁるでアカ抜けておったぞ!」

 

 そりゃそうだろう。

 なにせあのスゴい店で、夜の蝶として立ち居振る舞いを磨かれたのだから。

 この老人は長らく会ってなかったので、なおさらその変化に目をみはったに違いない。

 しかし、あれほど外様あつかいして毛嫌いした美香子を『うちのむすめ』呼ばわりですか。

 

「きみが、高校の復帰を勧めてくれたそうぢゃのぅ……いろいろ学んでおいたほうがいいと」

「え……まぁその……若いうちの経験は、黄金(きん)にも勝(まさ)るといいますからね」

「そのうえ、いつのまにかフランス語まで!モノにしておったのは驚きぢゃ」

 

 老医師は酌婦に注がせた盃をグィッ!

 

「……三十路と17歳。世間的には離れてると思うかもしれんが、あのハネっかえりには、年上の落ち着いた男がちょうどイイ……だが法律は守らなくてはならん!“まぐわい(セックス)”はダメぢゃぞ!?まぐわいは!あの娘が18歳を過ぎるまで、お預けぢゃ!」

 

 あはははは!と鷺ノ内医師は豪快に笑ったあと、急にフッと寂しげな表情(かお)になる。

 オレにはわかった。この老人はその時、詩愛のことを思い返していたにちがいない。

 だが目前の人物は、ややあってから健気にも立ち直ると再度、口もとに笑みをうかべ、

 

「しかし乍(なが)ら……哀(あわ)れな老人には、初孫が一番の気付け薬ぢゃ!そこで……」

 

 またもや、グィッ!

 

「キミから種(タネ)をもらい、優秀なモノを選別して、おなじく美香子の卵と掛け合わせ、体外受精の手はずを整えた!」

「ちょっ!……美香子クンの高校生活はどうなるんです?」

「高校など休学してもよい!」

「そんなムチャな──」

「あの娘はよいと言っとったぞ!キミの子なら、宿したいと!」

「まったく彼女は……」

「ちょっとここでは口にできんようなコトも言って恥ずかしがっておったが……」

 

 鷺ノ内医師は白い眉根を寄せる。

 どうせアイツのコトだ。またキワどい文句をならべたんだろう。

 

「いずれにせよ!善はいそげぢゃ!おぉ、膳(ぜん)もいそいでもらおうかの……女将(おかみ)!」

 

 老医師は機嫌をなおすと、わきで控えていた美貌の中年婦人に命令する。

 彼女もようやくホッとしたような表情(かお)になり、帯の具合などを直しながら、

 

「はい、はい。では板場に、そう申しつけて参りますね」

 

 衣擦れの音をたて立ち上がると、『飛天の間』をでていった。

 

「さ、ムコどの!ググっと飲(や)らんか、ググっと」

 

 差し出される屠蘇器。

 オレは自分の盃を差し出しながら、ある考えを試してみる。

 

「──鷺ノ内さん」

「ん?なんぢゃ他人行儀な!お義父さんとよんでくれぃ!」

「詩愛クンのことですが……」

 

 そう。【SAI】の考察がどこまで的中(あた)っているか、だ。

 

「んぅ?アレのはなしは止めぢゃ。酒が不味(マズ)くなる」

「ちょっと、確認しておきたいのですが」

「だからなんぢゃと」

「まさか彼女を……殺処ぶ──安楽死なんて……」

 

 ギクリ!

 傍目(はため)にもわかるほど、老父の肩はふるえた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。