※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第84話:魂を刈る魂(上

 

 縁むすび神社にある自販機よこのベンチには、爽(さわ)やかな風が通っていた。

 気がつけば、シャワーのように降り注いだセミの鳴き声が、すっかり衰えている。

 ドクター・ペッパーのゲップをしながら木漏れ日を仰げば、日差しも惰性で照るような。

 

 倒壊した鳥居は代用で木造のモノが建てられていた。白木づくりで、まえの鉄製より何となく好ましい。やはり神域における結界の破れ目は、そのままに出来ぬらものらしかった。あの咒法(じゅほう)の日にみた、黒い陽炎のような人影のむれを思いだし、陽光あふれるこの真昼にもかかわらず、すこしばかりゾッとする。

 

「はぁい!──美香子のオジさま」

 

 日曜日なので家業を手伝わされてるのだろう。巫女服すがたで美香子の同級生である真琴が、竹ホウキを手に玉砂利を踏みならしてあらわれた。

 

「ワルいね、仕事中に呼び立てなんかして」

「うぅん。“おつとめ”抜けられてラッキー♪でも今日お父さん、出張でいないヨ?」

「いいんだ。キミに聞きたいコトがあったのさ。ところでケガの方は……もういいのかね」

 

 先日、境内でおこなった咒法の影響か、学校で階段から落とされた彼女だった。

 犯人は、いまだに分かっていないという。ただ本人が父親である神主に語ったところによれば、階段のとちゅうにある踏み段から、いきなり焼け焦げたような黒い手があらわれて足首を掴んだのだとか……。痛々しかった頭の包帯も、幸いにして今は取れ、一見ふつうに見える。

 

「キズ縫(ぬ)ったおかげでチョッとハゲちゃったわよ、もう!」

 

 現代風な巫女は、ほおをふくらませてシニヨンに結った頭をさわった。

 

「──ンで、ハナシってナニ?」

「いや、美つk……美香子のコトなんだけどさ?」

 

 彼女がマンションを出て以来、日々の動向が気になっていた。

 先日の鷺ノ内医師の話では、学校には来ているというが。

 

 ──健康に気をつけて、ちゃんと生活しているだろうか……。

 ──ヘンなオトコや、クスリにハマっていないだろうか……。

 ──将来のことを考え、チャンと貯金しているだろうか……。

 ──金銭感覚がクルい、馬鹿なことをていないだろうか……。

 

 などと、こんな老婆心めいたコトを考えるのも、オレが歳を食った証左と言えるが。

 

「あぁ、あの娘(コ)も、いまや校内で盗撮魔たちのお金稼ぎになってるわねェ」

「え!じゃぁやっぱり、学校に来てるの?……ソレになんだァ?盗撮魔?」

「お姉ぇサマたちのオカズや、交流している男子校のオトコどもに売れるのよ」

「学校には、どれくらいの頻度で?」

「タマに、ね。授業には、ほとんど出てこないけど。茶道部と新体操部に、チョコチョコ」

 

 やはり。自分の芸を磨くためか……と推測が当たったことに満足しながら、

 

「どぅ?アイツ、学校でクラスメイトなんかと、上手(ウマ)く溶けこめてる?」

「ワタシたち一部の女子とはね。でも男のセンセイたち、色目つかってモーたいへん」

 

 ──ふぅむ……さもありなん。

 

 女を食い飽きた海千、山千のプレイボーイや目の肥えたヒヒ爺ィすら魅了するヤツだ。

 女性経験の少ない“カタギの男”など、イチコロだろう。

 

「アンだけ派手な娘(コ)だからネェ──それよかサァ、どうなってンの?」

「どうって、なにが。彼女のボディ・スタイルが激変したコト?」

「それもそうだけど……オジさまと一緒に住んでンじゃないのね。なにあのタワマン」

「は?タワマン?」

「それも高層階のペントハウス?とかいうの……いちど招待されてビックリしちゃった。なんかオバさんのお手伝いさんまで居るし……」

「アイツ……そんなリッチなことになってるのか」

 

 まぁ“紅いウサギ”の稼ぎ頭だ。イイ部屋あてがってもらって当然だろう。一時期はストーカーらしきものも出たし、お手伝いさんどころか、ボディーガードまで常駐してても、おかしくはない。

 

「すっごい眺めがイイの。都市(まち)を一望できるのよ!?」

 

 現代風な巫女は興奮した調子で目を輝かせてしゃべりまくった。

 キッチンやお風呂のスゴさ。広いルーフバルコニー。エントランスの豪華さ、等々。

 

「なんたって、フロントに守衛さんが詰めているんだから!あと、そーだん役も!」

 

 相談役……たぶん。コンシェルジュのことだろう。

 いまの日本。時代は、変わった。

 金あまりの層と、可処分所得のすくない労働層。

 ベトナム戦争の時代によく言われたHave's(持てる者)とhave not's(持たぬ者)の差異がある。

 

「ふぅん。キミも……そんなところに住みたい、とか?」

 

 すると、意外なことに彼女は小首を傾げ、

 

「う~ん……アタシはいいや。やっぱり地面に住むほうがすき」

「奇遇だな。ワタシもだ」

 

 うむうむ。最近の若い子も、捨てたものではない。

 とりあえず。アイツは、よ(・)ろ(・)し(・)く(・)やっているらしかった。

 元・保護者として、それだけが“心残り”となっていたのだ。

 なにか胸のつかえがとれ、すこし心が晴れ晴れとするような気分。

 

 ──あとは……。

 

 『フクロウ』と“うわばみの『菜々(ナナ)』”ちゃんの同棲カップルが、キチンと生活しているか、どうか。うまくすれば『フクロウ』のヤツ、童貞すら卒業しているかもしれん……。

 

「……ナニよぅ、オジさま。ヘンな薄ワラいなんかして。イヤらしい!」

 

 うっかり想像が顔にでたらしい。

 そこには先日みた“どエロ”なSM情景を、あのふたりに当てはめてしまっている。

 まさか、あの奥手な坊やに限って、そんなコトはないと思うが。いや、それともあの店のアヤしいオモチャや合法麻薬を使って……。

 

「ゲフンゲフン……スマんスマん、アイツもけっこうな暮らしで、安心だなと思ってサ」

「あの子ン家(チ)、お医者サンでしょ──お金持ちだもんネ。それに引き換えウチは貧乏神社」

 

 そのときだった。

 

 シャァン!

 するどい小波のような金属音。

 涼やかな神楽鈴の盛大な鳴りひびき。

 それは幾重もの小鈴を、一斉にひとふりしたような。

 いきなり冷たいアセがドッとでるや目前の光景がクラクラゆれる。

 

「なになに?オジさま、どうしたの!なんかカオいろ、スッッッごくワルいよ?」

「真琴くん……境内のどこかで、神楽舞の練習でもしてる、とか?」

「え?なんでョ」

 

 現代風な巫女は、裏表のない表情(かお)で不思議そうに、

 

「『奉納(ほうのう)舞い』は、このまえの例大祭でオワったし、舞殿(まいどの)は、いまダレも使ってないし。だいいち雨戸立てちゃってる」

「いや。いまナンか、盛大な鈴の音が……」

 

 すると彼女は、キャラキャラとあけっぴろげに笑い、

 

「やだぁ!更年期障害には、まだハヤいよォ?それとも──もしかして血圧で耳鳴りとか?」

「さすがにオレは、そんなジジイじゃないぜ。会社の健康診断じゃ問題なかった」

「そうよね、ゴメンなさい。でも、ホントに顔色ワルいんですケド?」

「言われてみれば、カラダもなんだか重い……ような」

「もしかして熱中症?オジさまも、もうトシなんだし気をつけないと」

「うるさいやい」

「あ、そういえばまだまだ寄付受け付けてるよ?」

「鳥居も直したんだな」

「応急処置だけどネ~~~」

 

 その後。あたりさわりのない話をして、真琴は仕事に戻っていった。

 オレは大きく伸びをすると、ドクペの空き缶をゴミ箱にほうり投げる。

 カコン!小気味よい金属音が、木漏れ日きらめく静かな神社にひびいた。

 なんだかホントにカラダが重い。まさかあの子の言うとおり熱中症なのか。

 トラックを駐車した場所まで境内の小道をもどり、エイセ!運転台にのぼる。

 

「──お帰りなさい、まいけるサン」

 

 その声を聞いたとき。またもや胸のなかで、雲が拡がる気配がした。

 助手席に座っているモノが、オレのほうを向いて話しかけてきたのだ。

 そう、例のダッチワイフ。改造すると言って『M』が持って行ったヤツ。

 それが、いまは整備用のツナギと帽子すがたで、シートベルトをしている。

 

 ──うぅぬ……。

 

 整備班の親玉によって、哀れなSEX-TOYは大幅に改造されていた。

 まず超音波モーターつきの関節を各部位に内蔵し、遠隔(リモート)で動くように。

 フェラ用のオナホールは撤去し、発声用の高品位スピーカーに換装されている。

 車体から電源を取るボディはヒーター実装で、なんとヒト肌まで暖まる、ときた。

 (コレからの季節、抱きまくらにァ、ちょうどイイぜ?とニヤついた『M』だった)

 おまけにトラック搭載のAIと連動して、ダッチワイフと会話することができるのだ。

 

 ──そして、その声……。

 

 なんと『M』のやつ“お局サマ”の声をアテンドしやがった。

 オレとお局サマが地下書庫に行くのを、見たものが居るらしい。

 一部では、彼女とオレが“そう言う関係”と思われてるフシがある。

 ヒドいものになると『長期休暇』は名目で、オレと同棲してるウワサまで。

 

『アイツが居ないと、サビしいとおもってよ?お顔は、チッと手間ァかかるが……』

 

 そういって髪型やヘアカラーまで、お局サマによせたダッチワイフをワシワシと撫で、

 

『音声だけでもと思ってナ?監視システムのログをあさって、サルベったんだ。ケド意外だったなぁ……オマエ、ひょっとしてマゾか?いや、お局のほうに、被虐シュミがあったとか?』

 

 ──あのオヤジめ、余計なコトを……。

 

 いくらヤボったい服装をさせても、超絶に馴染めないことおびたたしい。

 なにより、あの夜に見た人形(ドール)化のお局サマが、最終的に改造された姿にも思えてくる。

 

『ま、使ってみてくれ。顔の方も──そのうちナンとかするからョ』

 

 そう言って『M』は、こちらの話も聞かずサッサと整備部のオフィスに戻ってしまったものである。若いメカニックたちのニヤつきとヒソヒソ話が、いたたまれなかった。

 そして──今。

 ダッチワイフは一丁前に一度まばたきをすると、まるでオレを心配するような声で、

 

『どうなさったの?まいけるサン……お顔の色がワルいわ?』

「いや……なんでもない【ボニー】」

 

 ──そうなのだ。

 

 EMP攻撃で“死んだ”はずの【ボニー】を、【SAI】が記憶媒体のクラスターからサルベージ。個別に予測発展させ“ 彼女 ”を復活させたのだ。そしてダッチワイフとリンクさせて、人形に生々しい動きを与えたというてんまつ。これで顔がお局サマだったら、絶対に助手席なんかに乗せたくはない……当の【SAI】は、こちらの文句など無視して、またナニやら難しい計算中らしく、熱風を吹きだしながら絶賛沈黙中というワケだった。おかげでカーエアコンは、つねに全開である。

 

「さ、発進してくれ。場所は今朝【SAI】がI/P(インプット)した地点(ポイント)」

『わかりまシタわ?』

 

 背筋がゾクゾクする。

 人形をなるべく視界に入れないようにして会話すると、まるで本当にお局サマが助手席に陣取っているみたいだ。そして、お局サマの妹のコトも思い浮かべる……。

 

 ──あ(・)の(・)姉(・)妹(・)は、どうなるのだろう……。

 

 ゆるやおとろえた夏の日差しに輝く白い街並み。

 横断歩道で行きかう日傘や子供づれ、信号無視の自転車。

 それらをボンヤリと眺めながら……ついついまた考えてしまう。

 

 学費をホスト遊びに使い込んでいた妹のほうは、完全に性奉仕ドール改造されてしまっていた……姉であるお局サマは、妹のボディ維持費を稼ぐため、紅いウサギで飼い殺し状態に働きつづけるのだろう。『美月』や、『モルギアナ』となった詩愛に、それとなく彼女の状態を聞いてみたい。

 

 そういえば。

 銭高のとっつあんと『まほと』の決着は、どうなったんだろう……あ!それとコリンズのヤツ!いまだに出社しておらず、事業所内でも大きな問題となっている。なんでも寮は生活痕をのこしたまま、本人の姿だけ見えないとか。

 

 ──さてはアイツめ……姦(や)られたかァ?

 

 つぎに、なにかの機会であの店に行くことがあったら……。

 こんどは、どんな姿に生体改造され、目の前にあらわれるのだろうか。

 やはり性奉仕ドールか……あるいはナニかの置物?ミリオネア(百万長者)用の人間家具?エロいネグリジェすがたの銀髪ロリが『マイケルさま、おひさしぶりです。コリンズです……』などと話しかけてきたら、オレはどう反応したらイイか分からない……。

 

「まったく、シャレにならないぜ」

『ナニが──洒落にならナイの?』

 

 お局サマの声が、耳ざとく聞いてきた。

 サイド・ウィンドーにヒジをつきながら、別に、とボソリ。

 

『イヤですねェ。ハッキリしないのは』

「くっそ……加速度的に声が人間味をましてきやがるな」

『当然デスわ?わたしは人間ですモノ』

 

 ヘンなイントネーションまで、かつての【ボニー】そのままだ。

 どうもあのAIは帰国子女を気取っていたようなフシがある。

 

『マイケル。転生処置業務を中断していただけますか』

 

 このとき、いきなり【SAI】が、会話に割り込んできた。

 

「んだァ?ムズかしい計算の最中じゃなかったのかよ」

『さらに一段階、難度があがりました。空冷が限界です……演算装置の水冷化を要求します』

「マンションへ、もどれってのか」

『4時間53分、いえ確実性を期すために、5時間23分ほど頂ければ』

『陽がおちて夜間走行になってしまいマスわ?【SAI】サマ』

『いまは転生業務よりも数段高度な演算をおこなっているのですよ【ボニー】。控えなさい』

 

 【SAI】のヤツ、【ボニー】をサルベージするにあたって、自分を“上位存在”に認定させたらしい。どこか口ぶりも『レティシア』に命令するような尊大さだ。

 

「……わかったよぅ。とりま、オレも帰ってシャワーでも浴びるか……しかしビールが飲めないのが残念だな」

『運転を完全オートにしていただければ、わたしがアルコール検知システムを──』

『だから考えが浅いのです【ボニー】。マイケルが警察の検問に引っかかって呼気検査をするようなことになったら、どうなりますか?』

『……申しわけありません、【SAI】サマ』

 

 AIたちは沈黙する。

 

 どことなく気まずい雰囲気のまま、オ(・)レ(・)た(・)ち(・)はマンションにもどると、搬入用の大型車スペースにトラックを停めた。炊飯器をトートバッグに入れ、エイや!と肩に抱えあげ、遮光カーテンの効いたうす暗いリビングに帰ると、電源と冷却水ホースをつないでやる。とたん、電子機器が過熱するような匂いの水蒸気を炊飯器ソックリに立ちのぼらせ、熱風を吹きはじめる【SAI】……。

 

『ふ~~~スレ立たなくて窒息するかと思ったので』

「……なんだぁ?」

『どうです。【ボニー】のサルベージ、ウマくいったでしょう』

「だいぶ手ェ加えたなぁ。すっかり従順になっちまいやがって。なんだっけ?アノ映画。妻たちに脳チップをいれて改造し、従順にさせるヤツ」

『あぁ、“ステップフォード・ワイフ”ですか。マイケルも女性を改造するのが好きに?』

「冗談ヌカせ、気味のわるい。“紅いウサギ”で、こちとら食傷気味だよ」

『音声は職場の女性らしいですが、お望みとあらば、詩愛サマに換えられますが?』

「……カンベンしてくれ」

 

 冷蔵庫からノン・アルコールビールを取りだし、ソファーに背面ダイブ。

 

「それこそ……悪夢以外の、なにものでもないぜ」」

『あの性欲処理人形が、詩愛サマの末路を連想するからですね?』

「わかってンなら聞くなって」

 

 イラつきながら缶のプルタブを引きあけ、泡立つ冷たさでイライラを鎮火する。

 

「そうだ──オマエ、店(ウサギ)の内をさぐる計画は、どうなってンだよ」

『ひそかに進行中。ただし『レティシア』に、ムリをさせたくありません』

「店主の転生処置かァ……考えてもみなかったなァ。『小男』の動向、タノむぜ?」

『美香子サマが昨晩リサイタルしたステージ映像なら、手に入りましたよ?ホラ』

 

 そう言って、【SAI】は炊飯器についていたプロジェクターで壁に映像を投影した。

 うす暗いリビングの壁に、赤いイブニング・ドレスをまとった女がマイク・スタンドに腕をかけ、気だるく歌っていた。フットライトに自身がまとう、キワどいデザインのドレスを透けさせ、ボディ・ラインのシルエットが見えそうで見えない──ニクい演出。

 若さのわりにボリューミーとなった肢体(カラダ)を扇情的にくねらせて、罪な流し目。

 それが周囲に蝟集し、ともすればステージに登らんばかりな聴衆を、チン苛(いら)させるらしい。

 

 『♪Je repars à zéro(わたしは やりなおす ゼロから)……』

 

 第一話でも出てきた、エディット・ピアフの『水に流して』だ。

   https://www.youtube.com/watch?v=hHHO3-DYh3I

 

 「ワタシはちっとも後悔しない」のルフラン(くりかえし)が、あまりに有名な曲。

 

 フランス=アルジェリア戦争のとき、反乱をおこした一部の精鋭外人部隊が、籠城をといて自軍に投降するおり、これを歌いながら整列して出ていったといういわくのあるものだ。これがためフランス外人部隊「第1」外人落下傘連隊は、永久欠番となっている。

 その歴史を、もちろん彼女は知らないだろう。だが──よく聴いていると、なにか彼女自身も『この路にすすむことを、決して後悔しない』と決意表明しているように思えるのは気のせいか。

 

 壁の映像は消える。

 だがオレの頭の中で、野卑な男たちの合唱はつづいていた。

 

 かつての傭兵の日々。

 それが──おそろしいリアルさで甦ってくる。

 FAL自動小銃の強烈なリコイル。なにより愛銃のワルサーPPが恋しかった。

 けれど、『小男』を転生処分する命が下ったいま、あの男の協力は諦めなくてはならない。

 

 いきなり認識失調が、おとずれた。

 

 ついさっきまで、熱砂と硝煙にまみれていたのに、なんで俺(・)は、こんな分不相応なリビングにいて、のうのうとフ抜けた平和に包まれているのか……。

 

 棚に飾られている高級ワインの銘柄(エチケット)にムカついた。

 あんなモン、銭亡者のブルジョワが飲むものじゃネェか!

 大の男にしては細い腕や、毛ずねすらない貧相な脚が嘆かわしい。

 こんな体格じゃ、重装備で部隊に随伴し00キロの行軍なんて出来やしねぇ!

 

「あぁ!クソ……ムカつくぜ!」

 

 東南アジアの霖雨(りんう)や中近東の熱砂。地中海の紺碧(こんぺき)やアフリカの炎暑が懐かしかった。

 少なくとも、この無菌パックじみた平和な邦(くに)は、俺のいるべき場所じゃねェ。

 ソファーから立ち上がると、遮光カーテンをおろしたままのリビングを泳ぐ。

 そして冷蔵庫を開け、ビンごと冷やしてあるウィスキーを取りだした。

 

 ──マッド・マイクが、いつも言ってたナァ。『行軍には絶対ウィスキーが必要だ』と。

 

 スクリュー・キャップを初開封する、するどい金属音。

 

 そこでオ(・)レ(・)は我にかえった。

 次いで、手の中にある冷たいボトルをみて呆然とする。

 

「ナニやってんだオレは!これから夜間走行するってのに……」

 

 アタマの中がモヤモヤする……。

 自分の周りを、なにか得体の知れないモノが……。

 まるで黒い霧のように、取りまいている。そんな感じ……。

 

 ──イカん、イカん。

 

 オレはアタマを振って、幻想を追い払った。

 胸のうちに巣くった心象風景が、ユルユルと消えてゆく。

 夏カゼで微熱でもあるのか。あるいはうつ病にでもなったのか?

 遮光カーテンを引き開けると、高層階特有の陽光が遠慮なく入ってきた。

 その強烈さが一瞬、周囲にただよう不吉な気配を祓(はら)ってくれるような気配。

 

 ──どうも、本格的に疲れてるらしいな……畜生。

 

 洗面台にいき、ビタミン錠剤を一錠振りだして水なしで飲み下すと、リビングにもどり、豪華な本革ソファーにひっくり返った。壁の時計をみれば14時過ぎ。【SAI】が計算とやらを終わるころには、夕方になっているだろう……。

 

 ──『小男』を処分するとなったら……。

 

 あの高級フェティマの『ユリ』と『ケイ』が立ち塞がるにちがいない。

 はたしてアイツらをダシ抜いて、あの男を轢殺処分することが出来るだろうか……。

 いくら【SAI】がいるとはいえ、正直まったく自信がない。なにせコッチは素手なのだ。

 

 ──やはりあの時……。

 

 『小男』からワルサー『PP』ではなく『PPK』をわたされたあの時。

 型番ちがいだと突っ返さず、受け取っておけば良かったか、と少し後悔する。

 だが、まさかこんな展開になるとは。作者自身も思ってなかったに違いないのだ……。

 

 やがて、強烈な眠気が襲ってきた

 まるでいま飲んだのがビタミン剤ではなく眠剤だったかのような……。

 

 

 

 ……。

 …………。

 ………………。

 ………………覚(さ)めよ。

 ………………………………。

 …………………いざや起(た)ちて、吾(あ)がもとへ。

 

 遠く。はるかな遠くで、そんな声が。

 クソ眠いのに、その言葉は氷のように胸に凍みとおる。

 寝不足だが、歩哨に立たねばならない時のように、無視することができない。

 

 「だれだ……?」

 

 そう答えようとしたが、本能が恐怖を感じてノドでとめた。

 自分などよりはるかに位の高い、しかも畏(オソ)ろしい存在からの呼びかけに思えたからだ。

 

 気がつけば──また、あの闇だった。

 冥府でライトアップされるかのように、巨大な朱色の社殿が浮かびあがる。

 

 ………………来(こ)。

 

 幅50mはあろうかという階(きざはし)を十段ほどのぼり、蔀戸(しとみど)をめぐらせた奥行きのある濡れ縁に立つ。

 さて、これから左右のどちらに行けば──と思っていると、すぐ近くの蔀戸が一枚、90度上にはね上げられ、内側の障子が、スゥゥ……ッ。イヤな感じでよこに引き開けられた。感覚的に、ヒトの手であけられたものではないと分かる開き方。

 

 ──えぇい……どうにでもなれ!

 

 誘われるまま足を踏み入れると、そこは板張りの廊下になっており、真っ直ぐ奥へとつづいている。

 光源のわからない明るさがボンヤリ足もとを照らし、だれも居ない大みそかの神社よろしく、どこか犯しがたい威風(いふう)をたたえる情景。

 そのまま、まっすぐ廊下をすすむと、彼方に灯りが見えてきた。

 と、同時にただよう、和ロウソクの燃える臭い。

 

「あン…っ!──あン…っ!──あン…っ!」

「*****ン……ホラ!もっと****て?」

 

 歩くにつれ、女のあえぎ声が聞こえてくる。

 それも複数。若い女の高い調子と、婦人のおちついた低い調子。

 そして、なにやら互(かた)みに話しかけ、いたわり合い、励(はげ)まし合うような……。

 

 ──あぁ……コレはいつか見た夢。その続きだ……。

 

 足音をしのばせ、声のする間へ歩み寄る。

 高い位置で障子に浮かび上がる、チラつく炎。

 おそらく背の高い燭台に載せられているのだろう。

 そのしたで蠢(うごめ)く3体の影──いや、よく見れば、もう一人。

 着物をまとい、正座する姿で。障子(しょうじ)ごしに凝然(ジッ)とこちらを窺(うかが)う風。

 その影に──オレは慄然(ゾッ)とするような、射すくめられるほどの恐怖を感じる。

 

 だが──引き返すことなど論外だった。

 その影は、完全にこちらを“ 射程圏 ”のように捕らえている。

 

 ………………来(こ)。

 

 女たちの“ よがり声 ”を圧し、こんどは明瞭(ハッキリ)と聞こえた。

 しかたなくオレは、母親に叱られる子供のように、しぶしぶその間の障子を引き開けた。

 

 とたん──ムッとする女のモノの匂いが鼻をうった。

 

 

 既視感のある部屋。

 

 うすべりに敷かれた緋色(ひいろ)のふとん。

 そこでは、ふたりの女性が後ろ手に荒縄で全裸を縛られるすがた。

 おなじポーズで膝立ちにうつ伏せとされ、バックで作務衣(さむえ)の男から嬲(なぶ)られていた。

 

「アン!アン!アン!……イヤぁっ!奥まで……奥までとどいてるゥっ!」

「真琴ちゃん……うぅっ……ごめんなさいねぇ……あふぅん!……こんなお母さんで」

「おかぁさん……おかぁさんといっしょ……にィィ!!!」

「アヒっ!ゴメんなさい、真琴ちゃん、お母さんは、ピンポンパン世代なのぉぉぉ……」

「いやっ!なにか来る……おかぁさん、来るよぉ……アタシをイカせに来るよぉぉ……」

「婢(はしため)の証明……婢の証明になっちゃう!……あァっ!おシリは……おシリは堪忍(かんにん)!」

 

 見覚えのある母娘がふたり。

 うす暗いロウソクのもと、全身をピンクにそめ、うっすら汗ばんで。

 縄酔いと発情のため上気したカラダが、うねうね、なよなよ。切なげに蠢(うごめ)いている。

 

「フフフフ……そうはいっても、おじょうさんがた、コッチは素直だぜ……」

 

 まるで手垢のついたエロ小説じみたセリフをいう作務衣の男。

 そう、前回の夢が確かなら、コイツはオレなのだ。ただ、ちょうど光線の影になっていて浅黒く、やたら無精ヒゲを生やしていること以外、表情は分からない。

 

 そして──。

 

 この三人のはげしい痴態を、かたわらで艶然(ニッコリ)。

 端正に正座しつつ見守る、十二単をまとう黄金の冠を頂いた女。

 全身から侵すべからざる霊殺の気。先にも見た、縁結び神社の主神だった。

 

 如何(いか)にぞ。

 

 女神は相変わらず完爾(かんじ)と微笑(ほほえ)みしながら、

 

 吾(あ)が奴とならば、斯(か)くのごと麻具波肥(せっくす)させようぞ。

 

 しかし──その微笑みには、寸毫(すんごう)の暖かみもなかった。

 どこまでも冽(ツメ)たく。森閑(しんかん)、超然として。寸分の妥協も覬覦(ねがい)もゆるさぬ、自然そのものの苛烈さが、その面(おもて)をみたしていた。

 

「オジさま!オジさま!オジさま!……腟(ナカ)は……腟(ナカ)はダメぇぇぇっ!」

「あぁっ!娘ばっかり!!わたくしの……私のにも!お情けを……くださぃっ!」

 

 

 




※チョベリバ:チョー・ベリー・バッドの略
       (一昔前の流行語です)

やばい……コレ今年中に終わるか?
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