※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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第84話:  〃  (下

 

「よい晩、ですとォ?」

 

 トレード・マークのハットをズラし銭高は、うさん臭げに低い雲がおおう夜空を見上げた。

 

「氷壺玉衡(ひょうこぎょっこう)※、というワケには、いかぬようですがナァ」

 

 この猟犬、こしゃくにも意外な学をみせる。

 もしや“キャリア(エリート)”で、かなり高学歴な人物なのかもしれない。

 このナリで「ケンブリッジ卒ですがナニか」とか言われたらワラう。

 

「とにかく、降りてきてくださらんか。本官の首が痛くなってしまいますて」

「はぁっ……仕方ないですね。マ、警部補ドノの頼みとあっては、断れないかァ」

 

 声を大にしてワザとらしくそう言うと、オレはいったんサイド・ウィンドーを閉め、

 

「【ボニー】、人形のすがたを見られたくない──隠れろ」

『ワかりまシタわ?』

 

 ダッチワイフが微かなモーター音とともに動き、助手席の足もとに身を縮めようとする。

 

「チョィまて、コード!電源コード引っかかってる!──よし」

 

 バサッ!

 張り込み用の毛布をその上にかぶせ、オレは運転席のドアをあけた。

 おぼえのある黒タバコの臭いが、なま暖かい夜気に混じって流れてくる。

 長身の中年男は、轢殺トラックのフロントグリルを興味深げに撫でさすって、

 

「お仕事は……タイヘンそうですなァ」

「そちらと違い『貧乏ヒマなし』ってヤツでしてね」

「フン。このトラックも、ナニやら血の臭いがしてきそうですぞ……」

 

 ソッポを向いたまま、銭高は車道を通る車の音に負けないよう、声高に。

 今夜のコイツは、ナニか含むところがありそうだ。

 オレは話題を変えるため、

 

「その顔は?名誉の負傷ですか?」

「……ご存じのクセに」

 

 湿布薬の目立つ相手の顔にシブ面が浮かぶ。そして報復とばかり、

 

 

「おたくこそ、タイヘンでしたなァ?彼女サンを……あのように改造されて」

 

 バチバチッ!

 

 “紅いウサギ”に懇意の女をNTRれた男同士。

 口をへの字に、しばし視線を斬り結んでニラみ合った。

 そんなオレたちの顔を、パトライトの閃光が規則的に赤く染める。

 

「まぁ……ヨしましょうや、ハラの探り合いは」

 

 ややあって銭高は、咥えタバコを大きく一服。夜空に吹き出し、意外にも先に折れた。

 

「お互い“あの店”に含むところがある者同士ですからな?」

 

 そう言って、さらに一服。

 

「見方をかえれば──そうとも言えますね」

「おたくの彼女サン──あの詩愛さんが、強姦されたショックで身体を清めようとしたばかりに『モルギアナ』なんていうセックス・ドー……いや失礼、奉仕用の人造人形にされたのは……本官も痛ましく思うところであります」

「よく……ご存じですね」

「おたくと詩愛サンが花道の上と下でニラみ合っていたとき、背景の実況がイヤホンから流れましてな。あのクソいまいましい金満家の観客ども、それを聞いておおよろこびでしたぞ」

「警部補ドノも、サッチーさんが『まほと』にされて……その傷は、やはり?」

 

 エポレットのついた薄手なトレンチ・コートの肩が大きくすくめられ、

 

「本官のときも、あの調子でベラベラしゃべられたのでしょうなぁ……結婚をエサに、部下に潜入捜査を了承させ、あげくにその女性捜査官は店の手管(てくだ)にハメられて、レズビアン用の性処理人形に改造された──とか」

「彼女と……あぁ、サッチーさん、でしたっけ?ハナシはついたんですか」

「ハナシ?なんのですかな」

「その、ご結婚がドウとか、潜入捜査を引き上げさせる、とか……」

 

 ハ!と銭高は腕を一旋し、処置なしとでも言うように首をふった。

 

「彼女は、もう“魔のほと(おマンコ)”『まほと』として生きるんだそうです」

「警察官には、もどらないと?」

「カラダを改造されて、シャバに顔向けできんカラダにされてしまっては……」

 

 ガックリとうなだれる銭高。

 それを見たオレは、ある決断をする。

 

「銭高さん。アナタ、本当に──彼女と結婚するつもりだったんですか?」

「家内の介護が終わりましたからナ。こんどの女は幸せにしてやりたい、イヤ、やりたかった」

「単に、おとり捜査を引き受けさせるためのエサではなく?」

「本官は、サスガにそんな下衆(げす)な男ではありませんぞ?」

「ハ!オレをエサにして、あの売人を逮捕したクセに」

 

 一瞬、銭高は屁を嗅がされたような顔になったが、ツラの皮を厚くして、

 

「あのときは!任務遂行のため、仕方がなかったのです!」

「ではサッチーさんが『まほと』にされたのも、仕方がなかった?」

「なにを……おっしゃりたいのですかな?」

 

 銭高が、本職の目つきでスゴんできた。

 こちらも自然と狙撃兵(ティラユール)のスゴ味を復活させる。

 

「アナタが、ホンキでサッチーさんと結婚する気があるか、どうかです」

 

 ポツリ。

 

 雨が一滴。

 

 街の灯りを反射する低い雲から降ってきた。

 たちまちそれは沛然(はいぜん)たるものになり、あたりの輪郭(りんかく)をかすませる。

 俗に言う『ごりらゲイ雨』というやつだ。

 歩行者の駆け足がつづき、あちこちでびしょ濡れとなった女の悲鳴があがる。

 2台は複層する歩道橋の下に停車していたので直接雨がかかることは無かったが、それでも飛沫(シブ)くような雨脚は、夜風に乗ってミストのように流れてくる。

 

「もう過ぎたコトですなァ!」

 

 どしゃ降りの雨音に負けじと声をたかめて銭高は、

 

「アイツは……もう“それ用の人形”に改造手術されてしまいました!さもなくば──!」

「さもなくばァ!?」

 

 コッチも負けじと大声をだす。

 

「さもなくば──なんです!!」

「彼女を!力ずくでも“あの店”からうばいとったモノを!」

「あの子は、改造されてませんよ!」

 

 サァァァ……ッ……。

 

 そのとき、まるで蛇口をシメたかのように雨脚がとまった。

 あたりの夜気は水で瞬間、清められ新鮮な気配をふくんで。

 ある種の緊張感をはらんだ気配が、ふたりの間にただよう。

 銭高警部補は、ハットのふちをわずかに上げ、オレを睨む。

 

 ややあって(……信じられぬ)という疑心暗鬼な声をして、

 

「……なんですと?」

「彼女は、ただ単に調教と暗示を受けただけです。ワタシの『詩愛』と違って──」

 

 ふいに!……どうしたことだろうか。

 ここでオレの胸がツマり、ふと涙を流しそうになってしまう。

 このごろ立て続けにおこった出来事が、遅延性の感情失禁となって現れたのか。

 深呼吸を数回。強引に胸のつかえをシメ殺し、声のふるえを極力おさえながらオレは、

 

「詩愛の──彼女のように、徹底的なメス人形用の生体改造手術をうけ、性処理ドール『モルギアナ』にされたのとはワケが違います。サッチーさんは、あの店の性悪な女たちによって調教され、性的な開発と暗示をうけて、そう思い込まされてるだけです」

 

 棒を呑んだように凝然、銭高はこちらを向いて立ち尽くす。

 やがて、この長身の中年男はささやくように、

 

「……そのハナシ、本当でしょうな?」

 

 オレは情報を開示する優越感に、相変わらず胸のなかで渦巻く哀しみを中和させながら、固いブーツの音をたてて歩いて行く女の二人連れが通り過ぎるまで沈黙──やがて、ころは良しとみて、

 

「まず第1に。『まほと』サンは額に、前頭葉浸食用の宝石を埋めこまれていません」

「──そういえば、アンタんトコの詩愛サンは……」

「第2に、彼女は『小枝子(さえこ)』と『麗華(レイカ)』という、ふたりの“女・牢名主”のオモチャにされてます」

「彼女の報告書にあったチーフ・レディという役職ですな?」

「第3に──これは銭高サン」

 

 ここで、オレは思いっきり恩着せがましく、

 

「貴殿のために!当方がヤバい橋を渡って得た、さまざまな情報を検討した上での結論です」

 

 今度は彼我のあいだに、やや長めの沈黙がながれた。

 パトランプが回りつづけるおかげで傍らをゆく車が徐行し、水しぶきを浴びずにすむ。

 

 プッ!

 

 銭高は驟雨(しゅうう)のためにシケってしまったくわえタバコを吹き捨てると、ゴロワーズの青い包みから新たに一本くわえ、ポケットから出した真鍮のロンソンをジッ!と鳴らした。

 チリチリと赤い火が輝き、独特な臭さの黒タバコがただよう。

 

「それが本当だとしたら……行動計画(プラン)が変わってきますな」

「プラン?なんのです」

 

 警部補は、それには直接応えずオレからソッポをむき、

 

「ご存じかな?あの“忌まわしい店”で──また会員用のパーティーが開かれるとか」

「あぁ、この前が『プレ・万聖節の宴』通称“プレ万(バン)”でしたから、こんどのは『万聖──」

「うんにゃ。『アラーの宴(うたげ)』と言うんだそうですぞ?」

 

 なんじゃそりゃ。はじめて聞いた。

 

「はァ?キリスト教から、いきなりイスラムですか……なんでまた」

「本官が、知るもんですかね。しかし!」

 

 銭高は黒タバコ臭い顔をよせて気色ばみ、

 

「その機に乗じ──本官は、もういちど“あの店”に行こうと思うのです」

「ちょっと待って下さい!」

 

 イヤな予感。すかさずオレは予防線を張る。

 

「前回はどうにかなりましたが、もう招待状の手配なんてデキませんからね?」

「そ(・)れ(・)は(・)必(・)要(・)あ(・)り(・)ま(・)せ(・)ん(・)。ところで……アナタは、当日おいでになるので?」

「あの夜で、もう懲りました。あの店に足をふみいれる気はありませんよ」

 

 『小男』を転生処分するのは、どうしたって店の外になるだろう。

 それまで【SAI】に、おそらくあるであろう秘密の出入り口を探らせねば。

 もう入店はイヤだ。今までは何とか改造されず店の外に出たが、今度もセーフとは限らない。

 

「それは──よかった!」

 

 銭高は、急に晴れ晴れとした顔になり、

 

「その“アラーの晩”は、絶対にお出かけにならないように……」

「なんでです?」

 

 銭高がくわえタバコのまま口を開きかけた、そのとき。

 

 ドシャァァァ……ッ!!

 

 また誰かが雨雲の蛇口をひねったモノか。猛烈な土砂降りが再開した。

 おまけに別のスイッチまで入れられ、雲間に電光が一閃、二閃。

 数秒後、むし暑い夜気を揺るがして轟音がとどろきわたる。

 銭高は火の消えたタバコを道路に指でハジきトバした。

 そのまま背を向けPC(パトカー)の方に去ってゆく。

 そしてふと立ち止まると振りかえり、

 

「***に!****の***が!****!」 

 

 相手が、なにか言っていた。

 だがそれは豪雨の飛沫にかきけされ、こちらまで届かない。

 回転灯が煌めくPCまでたどり着いた銭高は、助手席のドアを開きながら、

 

「**でェ──**は**ましたぞ!」

 

 そういうや車に乗り込み、ドアを閉めた。

 クラクションが軽く鳴らされ、PCがゆるゆると去って行く。

 あとには土砂降りの中、水しぶきを上げて行き交う車の流れに、オレが取り残される。

 

 ──しまったァ!コリンズのこと、聞けば良かった……。

 

 だが──もう、あとの祭りだった。

 いや、そもそも『まほと』とのイザコザに手一杯だった銭高が知っていたか、どうか。

 あの店のうす暗い通路で、狂躁的な笑い声をあげる彼女に追いかけられた時のことを思い出し、オレはドシャ降りのなか、ブルっと身をふるわせた。

 

『マイケルさま──濡れマスよ。おカゼをひいてしまいマス』

 

 外部スピーカから、女ごころあふるれるような、お局サマの気遣う声。

 そういえば少し寒気がする。いつのまにかポロシャツがジットリ濡れていた。

 うんセ!オレは運転台によじのぼり、ブ厚いドアを閉めて外の喧噪を遮断し、ホッと一息。

 助手席を見れば、いまだダッチワイフが毛布の下で丸まっちくなって。

 

「……【ボニー】。もう出てきてもイイぞ」

 

 もぞもぞと毛布がうごき、ぷはぁ、といった感じで人形が姿勢を起こす。そしてポッカリとO型にしたチープな表情のまま、乱れた髪を女らしく丁寧(ていねい)に撫でつけるしぐさ。

 

 ──本当にお局サマの顔でなくて良かった……。

 

 これは心底思う。

 夜間の張りこみ中、マジでヘンな気をおこしそうだ。

 

「【ボニー】?フロントの記録映像をOPEN。銭高が去りギワに何を言ったか知りたい」

『ワタシは……助手席で丸まっていたノデ、何もみてまセン』

「……は?」

『あッ、でもデモ!カメラは録画してマスよ?』

 

 ワイパーが間欠的に動くフロントグラスに、その映像が投射される。

 

「**でェ──**は**ましたぞ!」

 

 去りギワの銭高の声。

 ゲインをあげても、雨音にジャマされて聞こえない。

 

「おい【SAI】、銭高のヤツは何て言ってるんだ?」

『へんじがありまセンわ。まるでしかばねのようデスわ』

「──【SAI】!?」

 

 数秒間、ジリジリするような沈黙。

 

『あぁ、ナンですマイケル?なにかありましたか』

「おまえェェェ。またクソ計算とやらをしてやがったのか!『まほと』と銭高の顛末がどうなったか、興味あるんじゃなかったのかよ?銭高だ!銭高は、何ていってる?」

 

 先ほどの映像が巻きもどされる。しかし聞き取れない。

 

『これではノイズが多すぎて、スケルチ(雑音消去)しても解読不能。しかし読唇術で意味はわかります。なんですか【ボニー】、修行がたりませんよ』

『……申しワケありまセン、【SAI】サマ。至りませんで……』

「ンなコトぁ、どうでもイイ。後だあと!で、ヤツは何て言ってるんだ?」

 

 いきなり銭高の合成音声が、映像にアフレコされる

 

『コレでェ──借りは返しましたぞ!』

 

 はぁ?いきなりナニを言ってるんだコイツは。

 すると──カギはこの一つ前のセリフか。

 画像を、すこし巻きもどすよう【ボニー】に命じる。

 

『***に!****の***が!****!』

 

 奇妙なコトに、こんどは画像にノイズがのって、前よりさらに状態がわるい。

 銭高も、やや俯(うつむ)いた姿勢で、くちびるはハッキリと読み取れなかった。

 

「コレだ!ナンか、ながながとシャベってるが……なんて言ってる?」

『申しわけありません。雷雨による空電のせいでしょうか、こちらは全く判読が不可能です』

「おぃぃ!……一番大事なトコなのに!しっかりしろよ、スーパーAI!」

『物理的にムリなことはムリです。このトラックで1時間以内にテキサスまで行けと言うようなものですよ』

 

 雨はますます激しく、街の光をさまざまに受けて、あたりを色とりどりに霞(かす)ませる……。

 

 

 

****

 

 

 白いメルセデスは雨の中を爆走していた。

 車内は雨音とワイパーのゴム音、パワーユニットのうなり。

 それに時折ホーンと、それを鳴らすためハンドルを手荒にバシバシ叩く音のみ。

 

 ──どきやがれ“パイロン”どもが……。

 

 いきなりウィンカーも出さず目の前に出てきたプ○ウスに毒づき、またもホーンの連打。

 だが、枯れ葉マークの車は文字どおり『濡れ落ち葉』のようにどかず、車線をゆずらない。

 

 男は鋭い目つきで後方を、そして左右を確認する。そしてどうやらPC(パトカー)を撒(ま)いたと判断したのか、はじめてアクセルを踏む足をゆるめ、プリウスの追い越しをあきらめると車線の流れにのった。

 

 電話のコール音。つづいて滑らかな合成ボイスで、

 

 『依頼人から、お電話です』

 

 男はステアリングについたスイッチを押し、運転を自動モードに切り替えた。

 パワー・ユニットの音が微妙にかわり、車体の挙動がなめらかになる。

 と、彼方の信号が赤になり、プリ○スのうしろでメルセデスは減速。

 

「はい──私です、先生」

『キミか。クーリエ(急使)たちの準備は、すんだかね?』

 

 初老な人物の声が、停車した車の静かな室内に響いた。

 運転席の男は感情のこもらない平坦な口調で、

 

「各員が携行する“ 荷物 ”も配達を完了しました。あとは予定どおり──当日の、夜に」

『本来なら儂(ワシ)も“ コンペ ”に参加したいが、娘を亡くして以来、心ノ臓が悪くてねぇ』

「先生が、ワザワザお越しになる必要はありません。我々だけで完全に遂行してみせます」

『もちろん、それは分かっとる。信頼しとるよ、ところで……』

 

 ここで、ふいに初老の声が言いよどむ気配。

 

『……キミにとっては、その。いささか不本意かもしれんのだが──』

「なんです今さら、先生らしくもない。ご用件をどうぞ」

『メインのほかに追加でひとり。対応して欲しい“ 宛先 ”がいてね……女性なのだが』

 

 微妙な沈黙があった。

 

 メルセデスの前に停車していたプリ○スがシビれをきらしたか、赤信号を突っ切ってゆく。

 雨の中、傘をさし乳母車を押す人影が、あやうく轢かれそうになり、2,3歩たじろいで。

 危なっかしく横断歩道を渡り終えたその若い母親らしき女性を、この男は目で追いながら、

 

「……先生、自分はオンナ、子供は──」

『それも分かっとる。だがその“ 宛先 ”は、もはやヒトではない。人形なのだ』

「と、いいますと?やはり……」

『そう。あの店の技術で、不可逆的な改造をされとる。すでに単なる「モノ」なのだよ』

「……“ 宛先 ”の詳細をどうぞ」

『いま、そちらに“ レシピ ”をおくる。解除コードは、キミの携帯に』

 

 男が送られてきたP/W(パスワード)をメルセデスのPCに赤外入力。

 すると、ダッシュボードに鮮明な3D映像が浮かび上がった。

 

『そうそう、その“ 宛先 ”は、先日キミがモノにし損ねた歌姫(ディーヴァ)の姉だそうだよ?哀れにも、いまではそ(・)ん(・)な(・)姿(・)にされてしまっているがね』

 

 一見品のある端正な顔立ち。

 だがせっかくの美貌も、おそらく後付けで手術されたのだろう“ おしゃぶり(フェラ) ”用に改造された赤くドギつい、ブ厚なくちびるが調和を乱している。おまけに濃いアイシャドウやマスカラ。なにより額に付けられた、大ぶりなダイヤ型のルビーが、淫猥な“ 奉仕用の人形 ”にされてしまった印象をつよめていた。

 

「これを……どのように“ 手当て ”すれば?」

『それは現場の判断に任せるよ、キミ』

 

 老人の声はこともなげに。

 

『ヤリ良いように実行してくれ』

「当方の得意な“ 手段 ”を使っても?」

『かまわん。ただ──』

「ただ?」

『なるべく苦しまぬよう、ラクに“ 手当て ”してくれとの伝言だ』

「元請けが、ですか?」

『そう。依頼人は、その娘(コ)の父親だ』

 

 男の口もとが一瞬ピクリと引きつる。

 だが、目に見える反応は、それだけだった。

 

『では頼んだよ?儂(ワシ)も、もう長くあるまい。キミにモノを頼むのも、これが最後だろう』

「……先生がいなくなられては、自分の生きる意味がありません」

 

 オイオイしっかりしろ曹長、と老人の声が笑う。

 

『キミには、まだ信頼すべき部下たちがいるじゃないか』

「しかし……」

『追加のエンジニアリング・フィー(技術手数料)は、別途、口座に振り込んでおく。タノんだよ』

 

 通話終了、と車載PCの合成音声。

 

 青信号で静かに動き出す自動運転のメルセデス。

 “依頼人”から貸与された、この車体はモーターの音もなめらかに、夜の街を走った。

 と──前方の交差点で、先のプリウスが、一見してヤクザの車と分かる高級車と右直事故を起こし擱座(かくざ)している。

 シュミの悪いスーツを着たガタイのいいアニキがプリウスの運転席にケリを入れ、出てこいゴルァ!と眼を三角にして叫ぶわきを、老人から貸与されたこの高級車は静かに通り過ぎた。

 男の横顔に、冷酷そうなうす嗤いが浮かぶ。

 

「天網恢々(てんもうかいかい)、粗(そ)にして漏らさず、か……」

 

 また驟雨(しゅうう)がやってきた……。

 

 

****

 

「シンちゃん、ただいまぁ~~~~!」

 

 ピンポンも鳴らず、いきなりワンルームのドアが開いた。

 キワどい格好をした女性が、外の喧噪をまとう雰囲気のまま玄関でヒールを脱ぎとばす。

 

「えへへぇ~~。外の換気扇の匂いでわかっちゃった。きょうショウガ焼きでしょぉ~~♪」

 

 キッチンでフライパンを振っていた『フクロウ』が背をそらせて首を出し、

 

「おかえり菜々子サン──遅かったね。「早上がり」じゃなかった?」

「モ~、ヤんなっちゃうのよ……シツこいお客さんがいてサァ?」

 

 そう言って、スケスケのジャケットからみえるチューブトップの胸元をズラした。

 

「バニー・コートの胸元に、むりやり手ぇ入れてくるンだモン」

「ウラのフロア・マネージャーは、止めなかったの?」

「うぅうん?きょ~は『オモテ』のキャストしてた。ミッキーの命令で……」

「あぁ、『美月』の……」

 

 『フクロウ』の顔色が、ちょっと曇る。

 ケンカ別れした、もと一つ屋根の下の住人。

 

 ──まったく。詩愛サンが失踪してからと言うもの、人生あまり上手くいってナイな……。

 

 相方がザッとシャワーを浴びる音を聞きながら、『フクロウ』は料理を皿によそおった。

 湯気を立てていた炊飯器が電子音をならし、こちらもフタをあけて炊き込みご飯を混ぜる。

 

「ビール、ちゃんと冷えてるぅ~~?おっ、エラいエラい!」

 

 バスルームから髪をタオルで拭きつつ“パンいち”で出てきた菜々子は、ビールではなくシャンパンのボトルを抜き出した。

 

「あぁっ、ソレ!ボクたちふたりが休日のとき用の……!」

「イイじゃないの、ケチぃ~~。また買ってくればイイでしょぉ~~~」

「まったく……有れば有りったけで──」

 

 言い終わる前に──ポン!

 景気のいい音がして、『フクロウ』が磨きたてたシャンパン用のフルート・グラスに黄金の泡が並々と注がれる。

 

 ──コレだからなぁ……。

 

 『フクロウ』と菜々子が“紅いウサギ”で働く稼ぎで、世帯月収は100万近くになるはずだった。それを彼女は高級シャンパンや、衣装代。「あのとき」のホテル代で使ってしまうのだから世話はない。ある“目標”のため、ひそかに蓄えているが、このままでは心もとないな、と無力観に襲われる。高級マンション時代の方が良かったなとおもう彼だった。

 

「なにフクれっツラしてんのよぅ~~?はいアンタの分」

 

 菜々子は彼にもシャンパンの入ったグラスを渡すと──チン♪

 そして自分は、まるでそれが気体であるかのようにスゥゥゥ……っ。

 首から下げるタオルで辛うじて両方の乳首をかくした巨乳丸出しのまま。

 ニコニコしながら、黄金(きん)色の泡をひと息に飲みほしてしまい、満足げなゲップ。

 まったく!と肩を落とした彼はグラスに少し口をつけてから、それでも気を取りなおし、

 

「さ、ご飯できたよ?きょうは秋らしく栗ゴハンなのだ」

「やったぁ~~~~。栗ごはん好きぃ~~~~~~~~~~」

「九里四里(クリより)美味い、十三里。つぎはサツマイモの炊き込みにするよ」

「あとでぇ~~~アタシのクリもぉ、美味しくナメてねぇ~~~?ウフ♪」

 

 またもや脱力しかかる彼だったが、とりあえずダイニングに料理をならべ、見た目だけはワリと華やかな、おそい夕食がはじまった。仕事柄、完全に夜型となった彼らは、これから徹夜でFPSをするのである。

 

「……どう?」

「うん、おいしぃ~~~♪」

 

 ホニャニャンと気の抜けた菜々子の笑み。

 

「シンちゃん、またお料理の腕アガったんじゃなぁい?」

「そういう菜々子サンも、料理すればイイのに」

「……シンちゃん作るヒト。アタシは呑むヒト」

 

 うふふ、と屈託のない菜々子のほほえみ。

 ほんとうに嬉しそうに、料理を頬張りながらワラう。

 これにヤられてしまったんだ、と『フクロウ』はおもう。

 決して品が良いわけではないが裏表のない彼女の素直な性格。

 それが辛うじて、この乱雑な生活をおくる彼の救いとなっていた。

 

「きょうは?忙しかったの?お客サン多かった?」

「そうじゃないけど、荷物はこびまでやらされてぇ、タイヘンだったんだよぉ~~?」

「え。菜々子サンが……荷物はこび?」

 

 テーブルごしにシャンパンをあおる彼女に、『フクロウ』は思わず怪訝な顔。

 

「まさかキャストが──じきじき?」

「うん、そぉ。夕勤のまえに、バニーのみんなも重い段ボールを台車でいくつも運んで」

「中身、なに?美術品とか、什器とか?」

「ワかんなぁい。オトコのひとたちも、総出だったんだよぉ~~~」

 

 今日は有給をつかい、店に出ていなかった『フクロウ』だった。

 菜々子がためた洗濯物や、バスルームの掃除に明け暮れていた彼は首をかしげる。

 

「店の模様替えでもやるのかな……業者とか来てた?」

「なんかぁ“ ウラ ”の設備ぃ、移動させるみたい。アレもあるし」

「アレって?」

「ほらぁ~~~『アラーの宴』。タイヘンなんだからぁ、アレ」

「あぁ『アラーハイリゲン(万聖節)の宴』、だっけ?なにが大変なのさ」

 

 彼女はダイニング・テーブルを立つと冷蔵庫に行き、バニーガールになると見栄えのする大きな尻を、ピンクの光沢ショーツでピッチリとおおう格好で突き出しながら中を物色しつつ、

 

「……いっぱん会員のお客さんを選別して、とくべつ会員にランクアップさせるための会でしょォ~~?規模がハンパないんだってばァ……そのワリに、いっぱん会員サンだから、もらえるチップはショボいしぃ。接客したお客サンによってアタリはずれが大きいのよねぇ~~」

 

 そういって、瓶のチェコ・ビールを抜き出すとキッチンの栓ヌキで引き開け、ラッパ呑みしながら戻ってきた。もう『フクロウ』も慣れたモノで、呆れすらしない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「でも~~~。ずいぶんドタバタしてたわねぇ~~。まるで引っ越しするみたいな」

「ふぅん。それだけ大規模な夜会なのか。当日は大変そうだなァ」

「でもぉ~~トクベツ手当が出てぇ~、一週間ばか店がお休みになるのよぉ~~?」

「へぇ。大変な騒動になるんだな。キャストもスタッフも、てんてこ舞いだね」

「“ ウラ ”のキャストもぉ、すこし出てくるみたい。ミッキーが自分より巧(うま)い歌姫(ディーヴァ)が居るって店長に言われてぇ、ムキんなってたのぉ~~」

「ふぅーん……え!!!?」

 

 おもわず『フクロウ』は眼をむいた。

 

「店長、もどって来てるの!!!??」

「うんそぉ──でもでも!」

 

 ここで菜々子は、はやくも飲み干したビールをダン!乱暴にテーブルへ置いて、

 

「ナンかぁ!顔がスゴく変わっててぇ!……まるで死人みたくてコワかったぁ」

 

 

****

 

『……というワケなんですよ』

「そうか、デカした!それでこそオレの情報屋だ!」

 

 店長が“紅いウサギ”に戻ってきているという『フクロウ』の報告は、暗く沈んだオレの胸に一抹の火を灯した。

 

『でも、なんだか風体が異様に変わって怖(お)ッかないらしいですケド』

「ハハッ!」

 

 オレは思わず乾いた笑いをもらしてしまう。

 

「あの面相から、さらにコワくなったって?ドンだけだよ!」

 

 通話を切ったあと、オレはトラックをいつかの丘の上に向かわせた。

 まだ轢殺目標だった『フクロウ』を連れて行き、いっしょにオスバーガーを食べた所だ。

 【SAI】のヤツがヘンなことを言い出すので、怖くなって行かなくなったが、余命一年。

 むしろ幽霊とお近づきになってもイイ頃合いだと、ヤケ気味に自分でステアリングをまわす

。

 いつのまにかゲリラ豪雨はやみ、切れ切れの雲が浮かぶ夜空には、星が出ていた。

 ドシャ降りな雷雨のあととて、カーセックスをするウザい若者たちの車も見当たらない。

 あたりは墓地のように深閑とした気配に包まれて、眼下の夜景は宝石をバラまくがごとく。

 

 ──あと、一年。

 

 トラックから降りたオレは、水分を含んだ生暖かい空気を存分に吸い込んだ。

 そして灯りを消したトラックの前をあるき、感慨にひたる。おもえば三十数年の命だった。

 

 ──願わくば……。

 

 オレは叢雲の切れ間に見えかくれする月に希(こいねが)う。

 

 ──それが苦しみのない最後であらんことを。

 

 見れば。

 1匹の蛍が闇のなか。フラフラ、ユラユラと近づいてくる。

 その金色の光を眺めているうち違和感に気づいた。そして背筋を冷たくする。

 ちがう!この動き、虫の動きじゃない!まさか、コイツは……。

 

 

 

 ──やぁ、イイ晩だねぇ。

 

 片目の黒ネコが、スカした顔で、闇の中から切り出された。

 ひさびさに、おいでなすった!とオレは思わず舌打ちする。

 得体が知れない使者。目的の知れない存在。とんだ疫病神。

 女神に片目を射られてから姿を見ず、安泰と思っていたが。

 

「……いい晩だと?この不安定な天気をか」

 

 ──そうさ?それに、さっきキミは、あの警官にそう言ったじゃないか?」

 

「……ちくしょうめ。あの歩道橋の近くに、ヒソんでやがったな」

 

 ──いいや?

 

 ネコが顔を洗うように、コイツは丸めた片足で顔をコスりながら、

 

 ──ボクはどこにでも居るし、どこにでも居ない。それがボクさ。

 

 ハッとその時、ようやく合点がいった。

 

「オマエは……魂を刈る魂……死神か!」

 

 なるほど、そう考えれば幾重にも納得がゆく。

 

 変幻自在。

 あるときは形を自在に変えて威圧し……。

 あるときは月の光のように、身近に窃(ソ)ッと忍び込む……。

 ふと、オレの頭の中にひとつのイメージが焦点(フォーカス)をも鮮明にして浮かんだ。

 

 それは──月光さし込む深夜の青い病室。

 奇妙なことに、窓には冷たい鉄格子がかかって。

 青くそめられた白いベッドには、ひとりのやつれた女。

 虚ろな眼で、穢(ケガ)されてしまった自身のカラダを儚(はかな)み、月に訴える。

 そこへヒラリ、不吉な黒い影が鉄格子をすりぬけ、窓辺から女を見おろした……。

 

「そうか!キサマが詩愛を!」

 

 死神への畏(おそ)れは、瞬時にマグマのような怒りへと変わった。

 

「あの子を──焚(た)きつけたのか!カラダを新しくするなどと詭弁(きべん)を弄(ろう)して!」

 

 ──ご挨拶だねぇ……ボクを死神だなんて。

 

「その物言いも、そろそろ通用せんぞ!オレが中国に出張したとき、アニメ・マニアだという現地の女性通訳さんにネタをふったら『あぁ、古いアニメですね』といわれたモンだ!」

 

 ──え……ちょwwww。

 

「それにザンネンだったな!オレの寿命は、あと1年あるんだ!出てくるのがハヤいぜ!」

 

 そのとき、黒ネコの目が三日月のように細められた。

 何か、よからぬことを企むような、そんなヤバい気配のする笑みだった。

 

 ──ハッハ~~~ンwww

 

「な、ナンだよ!」

 

 ──ハッハァ~~~ンwwwwww

 

「なんだ!ナニが言いたいんだ!!」

 

 ──ハッハァ~~~~~ンwwwwww

 

 ニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤニヤ……。

 

 まるでヒラコーのキャラが背負うオノマトペよろしく、黒ネコは粘液質な笑みを浮かべる。

 

 ──そっかァ……コッチの理(ことわり)サマに、そう言われたンだぁ……。

 

「そのクソむかつくニヤつきをやめろ!」

 

 ──ボクなら『余命1年』なんて、言わないね。

 

 森(シン)──と風景が、いや世界が、停まった。

 キィィン、と耳鳴りがして、あたりの音が聞こえなくなる。

 もしやこのクソ猫……いや、お(・)猫(・)サ(・)マ(・)。オレの寿命を延ばせる、とか言ってる?

 

「……どういうコトだ?」

 

 ──2度は言わないよ?ボクの案内(チカラ)なら、そんなコトは関係なくなるのサ。

 

「オマエは……いやソッチは、どれほどの能力(チカラ)を持っている?」

 

 ──と、いうと……どういうことだぃ?

 

「たとえば、そのぅ」

 

 ゴニョゴニョと、オレは金の無心をするような口ぶりになってしまいながら、

 

「オレの寿命を延ばすとか……詩愛を、もとの人間にもどす……とか」

 

 ──それは造作もないコトだろうね。

 

 シレッと、この黒ネコは言い放った。

 

 ──でもそれは、キミの魂を賭けるに値(あたい)する願いなのかぃ?

 

*****

 

 

 

 

 

 

 




※氷壺玉衡(ひょうこぎょっこう):気象が清くすみきっていることのたとえ
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