※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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祝!第200回!!


第85話:黒ネコとの契約(上)

 

*****

 

 くだんの丘を撤収したあと。

 

 “オレたち”は、本部の運行ログ管理対策のために、【ボニー】の運転で近郊の峠道などをアテもなく流した。

 

 これは【SAI】の提案だった。

 一も二も無く、オレはこの提案にのっかる。

 なによりコッチは、先ほどの黒ネコとの“会見”を吟味したかった。

 【SAI】も、【ボニー】に計算のジャマをされない時間が欲しかったんだろう。

 

 この案件に従事しているあいだは、週報を提出しなくてOKという言質を所長から取っている。だが、この得体の知れない転生協会のコトだ。どこでケチが付くか分からん。六道ビルジング側からの横ヤリも考えられる……というかこの案件、あの組織がカラんでないか?特例ずくめな今回の轢殺。どうも、クサい。

 

 

 深夜の峠道。

 

 街灯も、人家も。そして対向車すらも見えない。

 ヘッドライトが奥へ、奥へ、ウネウネと。どこまでもつづく真闇の国道を照らす。

 一本のセンターラインだけが、まるで物語を終りに導くかのように、切れ切れとつづいて……。

 

 ときおり、こんな硬質な静けさを嫌ったものか、【ボニー】が愛想をふりまくも、当然【SAI】が応じることはなく、オレのほうも先ほど黒ネコ(死神?)との会話をを反芻するのに精一杯で“彼女”にかまう余裕などまったく残ってなかった。

 

『なによ。いいデスわ?もぅ!』

 

 しまいに【ボニー】はスネてしまい、自分の化身であるダッチワイフを、前を向いたまま足を組ませ、サイド・ウィンドーにヒジをついてほおづえ。まるで“彼氏にツレなくされてフテくされる助手席の女”を演出するかのように。

 

 ──でもそれは、キミの魂を賭けるに値(あたい)する願いなのかぃ?

 

 黒ネコのセリフを思い出す。

 そして次に叫んだオレの言葉は、いまでも自分の胸に誇らしい。

 

 『当然だ!ナンならオレの命なんてくれてやる!彼女だけでも!人間にしてくれ!』

 

 死神めく黒ネコの金色をした目。

 それが糸の様にキュゥっ、と細められた。

 

 ──それは……ボクと契約してくれる、というコトだね?

 

 う……ッ。

 さすがに怯(ひる)まざるをえない。

 さすがに、『オレに魔法少女になれとでも言うのか!』なんて余裕はなく、

 

 『代償は、なんだ……オレの命か?……魂か?』 

 

 ところがこの死神黒ネコは、イラつくことに一本だけになってしまった尾をチッ、チッ、チッ、と宍戸錠(ししどじょう)のようにユラし、

 

 ──意外にキミもアナクロだねぇ……ステレオ・タイプ、というか。

 

 『じゃぁ……ナンなんだよ』 

 

──カンタンさ。キミが来週“紅いウサギ”で開催される夜会に出ること。

 

 『それだけ?……つぎの開催って、例のイスラムの『アラーの宴』とかいう……』

 

──『アラーハイリゲン(万聖節)の宴』、だよ。そこにキミも出席するのサ。

 

 『……招待状なんて持ってないぞ?』

 

──もしOKなら、前日までにキミのマンションのコンシェルジュに渡しておくよ

 

 しなやかに黒い尾をゆらし、こともなげに言う。

 

 ──この黒ネコさま、あの店にまで干渉できるのか……さすがは死神、と言うべきか。運命をつかさどる強大な魔手。でもまた“あの店”に行かねばならんとは、気が重い。こんどは無事で出てこれるかわからん……いやしかし!詩愛がヒトに戻れるなら!……でもどうするんだ?あの気っ風のいい女医にでも、つなぎをつければいいのか……。

 

 オレは剣山に踏みこむおもいで死神に一歩、歩み寄った。

 

 『それで……オレはナニをすればいい。また売れない芸人みたいな格好をするのか』

 

──べつに。

 

『べつに、だって?』

 

──べつになにも。ただ状況のながれにウマく従えばイイのさ。

 

 『それだけ?それだけで……彼女は──詩愛は!人間にもどると言うのか』

 

──もちろん。ただし……。

 

 ここで黒ネコはクルンと意味不明なバク宙をかましてシッポをユラユラ。

 

《b》──成功すれば、のハナシだけどね。

 

 『成功だと……じゃぁ、失敗すれば?』

 

 ここで黒ネコは“時を司る死神”らしく、畏(おそ)ろしい神力(チカラ)を見せた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 いきなり宙空に浮かぶ、一体の女性型サイボーグの3D映像。

 もし、失敗すれば、と黒ネコのワケ知り顔な声が、それにつづいた。

 

 

──キミは拉致(らち)られ、手術台に寝かされて。

  ──強制・性転換処置のうえ、洗脳・生体改造。

    ──この奉仕用ドールの見た目どおりになるよ。

 

 ……ッは?

 乾いたワラいが、くちびるから漏れた。

 

『……またまたご冗談を~~』

 

 引きつったような声が出る。

 それは造りといい質感といい、【SAI】の下僕と成り果てた『レティシア』を想わせた。彼女と同じような白髪……これは、生体改造時の苦痛から髪が真っ白になったのを本人に思い起こさせ、奉仕すべき主人と“紅いウサギ”への服従を忘れないよう、人造毛髪でも同じ色にしていると後に聞いた。いかにもイヤらしい、あ(・)の(・)店(・)らしい処置だ。

 

 宙に浮かぶ、幼い印象をのこす少女……。

 その額には、すでにあの残酷な宝石が穿(うが)たれている……。

 胸を大きく露出する、パフ袖の古風なメイド風ドレスをまとう姿……。

 それでいて首もとや胴体などは、まるでSF映画のようにメカメカしいのだ。

 改造され、反抗的な態度をとるかとおもったが、もはや飼い主(マスター)に心酔する顔つきで……。

 

 次の瞬間。

 

 場面は変わり、このドールは目を閉じ,紅舌をダラしなくのばす姿。

 目の前に仁王立ちとなる女主人の淫裂を、ウットリと舐めしゃぶる情景。

 片手は相手の豊かな尻にのび、もう片方の手で、ゆるやかに自分の胸を慰める。

 コレが自分の成れの果てだと思うと胸クソ悪くなるような、一種の無言劇が展開された。

 

──たぶんキミは、侍女を解任された『レティシア』の代わりとして造られるだろう。

 

『あのサロメの畜生のさしがねだな?……すると、この目の前の女は、ヤツか』

 

──“前任者”の轍(てつ)を踏まぬよう、キミは徹底的に知性を下げられ、記憶を消されるにちがいない。

 

 また場面は変わり、こんどはベッドの上。

 

 改造された哀れなサイボーグは、ゆるやかにスカートの前をあけた。

 そこには、メカメカしい両脚にはさまれ、ロボ化を免れた艶めかしいそ(・)け(・)い(・)部(・)。

 アクメ顔をしながら凶悪なイボをもつピンクな双頭のディルドーを自らの秘所に挿入。

 うん!うん!と刺激に抗うように、長い白髪を激しくゆらし、ピンクのくちびるをゆがめて。

 そして、ようやく尾錠を背中がわでカチリ!厳重にとめて固着すると──紅潮した頬(ほお)で大きな吐息。

 

 オレは食い入るように、改造された自分を見つめざるをえない。

 本当に、これが“紅いウサギ”の手にかかった自分の未来なのか?

 

 次いでこのロボットめいた奉仕ドールはベッドの上を這(は)いすすみ、水色のスケスケなハーレムパンツをはいた相手の股間──オープン・クロッチで露出される小陰唇や淫核が、ピアスで幾重にも残酷に飾られている──にソッと顔をよせ、ペロ……ペロ……。

 

 下半身しか見えない相手は、その刺激に悩ましく腰を浮かせる。

 ピンクに充血した真珠から口をはなし、ボンヤリした顔をあげるメカ侍女。

 顔にかかった長い白髪を気怠(けだる)くかきあげ……痴呆じみた、満足げな微笑を見せて。

 

『けッ!……ゾッとしないぜ』

 

──とうぜん『モルギアナ』には、新しい侍女の“素体(ざいりょう)”がキミであることが知らされて、彼女が懊悩(おうのう)する姿と、そして単にメモリーの足りない、アーパーな奉仕ドールと化したキミの仕草とが、“あの舞姫”を二重にも三重にも悦(よろこ)ばせることだろう。

 

 映像がよこにパンされて、女サイボーグが奉仕していた相手を映す。

 ソレを見た時、オレの胃はギュッ!思い切りワシづかみにされたような……。

 

 それは──詩愛だった。

 

 彼女は、泣き笑いの表情(かお)で。

 相手の股間から生えたディルドーを自分の股にみちびき、ぐぃぃ……っ!挿入。

 んグゥゥ……っ!という口もと。やはり凶悪なイボ付きの淫具は彼女にもキツかったか。

 やがてメカメカしく改造されたオレの腰に己(じぶん)の両脚をキツく廻(まわ)して“なか出し固め”の体位。

 詩愛の金色の瞳にうっすら泪(なみだ)がにじみ、彼女の紅い肉厚なくちびるが、吐息と共にうごいた。

 

(あぁ……マイケルさん……。

    わたしたち、ようやくひ(・)と(・)つ(・)になれたのね……)

 

 映像からは、そう言っているようにも、見えた。

 ややあって『サロメ』が右手から画面にカット・インした。

 

 そして結合した各々(おのおの)に深紅の首輪をまき、付属のDリングと銀の鎖でふたりを繋ぐ。

 

 次いで手を腰に“彼女たち”を見おろし、嘲(あざけ)るような顔で何か言うが、こんどは早口で読みとれない。

 

 彼女が小脇に抱えたムチが振り下ろされ、サイボーグが微笑みながら腰をうごかしはじめる。リズミカルに。あるいは緩急をつけて。あおむけとなる詩愛の、いや『モルギアナ』の顔が哀しそうに歪む──が、さざ波のように襲う快楽には逆らえないようだった。

 

『……マジで性根がクサってやがるな、この女は……それで?』

 

 死神は、小首をかしげた。

 

──“それで”とはなんだい?

 

『オレがこの哀れな奉仕ドールに改造されないためには、どうすりゃイイんで(・)す(・)?』

 

 もったいぶった黒ネコ死神は、またも前腕でペロペロと顔をあらう。

 

──その場の状況に、臨機応変で対応する、これしか言えないよ。ただ……。

 

『……ただ?』

 

──出されたお酒は、飲まないほうがイイかもしれないねぇ……。

 

 

 

 東の空が、蒼みを帯びてきた。

 

 黒ネコとの会話に囚(とら)われたまま、オレは【ボニー】にマンションに寄ってから地下車庫へ帰投するよう命じる。すると、ダッチワイフは顔だけ動かして横目で、

 

『……ワタシを放っぽっテ、だいぶお考えのようでシタけど。ナニか結論は出まシテ?』

 

 お局サマの精一杯なイヤミの声に、最後に見た彼女の哀しい痴態を思い出しつつ、

 

「死神と契約するか──しないか。それで悩んでたのサ」

『おやオヤ。古来より“悪魔と契約はするな”との格言ガございマスが、死神ですって?』

 

 いつぞや、協会の寮に住んでいたころ。

 帰り道に遭遇した、黒ネコが変化・巨大化して前に立ち塞がった時のことを思い出す。

 黝(あおぐろ)く、凶々しい──まるでラノベの挿絵にでてくる妖魔を想わせる姿。

 

『いずれニせよ、ヘンな契約はしないことデスわ。リコールは効かないでショウから』

「まったくだ」

 

 しかし、どうするか。

 ノコノコへんな宴に出かけて、女サイボーグに改造されるのは真っ平だ。

 けれど詩愛のためなら!是非もなく行かずばなるまい……と、考えは振り子のように。

 

 ──いや、そもそもあの黒ネコ、信用できるのか……?

 

 高速を使い、都市部エリアにもどってきた時だった。

 

『マイケル。ひとつ質問があるのですが』

 

 いきなり【SAI】のヤツは、まるで今までの沈黙が無かったかのように、

 

『ねぇ、マイケル。あの丘で、だれと話していたんです?』

「……」

『以前(まえ)にも、こんなことありましたね?』

「……」

『あの時は、てっきり非合理的な超常現象かと判断しましたが、今は……』

「……いまは?いまは、なんだと言うんだ」

 

 フロントガラスに、ワイプで映像が浮かんだ。

 オレがトラックから離れ、丘の断崖に独りたたずむ姿。

 ふと、その背中がキョッとしたように動き、まるで何かに身構えるような中腰に。

 

「……いい晩だと?この不安定な天気をか」

 

 オレの声に続いて、耳障りな電磁的ノイズ。

 

「…………ちくしょうめ。あの歩道橋の近くに、ヒソんでやがったな」

 

 また、耳障りな電磁的ノイズ。

 

「そうか!オマエは……魂を刈る魂……死神か!」

 

『ここに、ワタシが行っている高次帰納計算。それに当てはめたフィルターをかけると──』

「……え。マジか。ナンだコレ」

 

 断崖にたたずむオレの前には、闇より黒い奇妙なかたちの渦巻きがあわられた。

 胸ほどの高さをフヨフヨと漂い、ときおりカタチや大きさを変えて。

 茶碗のほどのφの時もあれば、ドラム缶のフタほど大くもなる。

 

「コイツは……なんだ?【SAI】」

 

 しまいにはボンヤリ光り出すその渦巻きを、オレは凝視する。

 

『存在のゆらぎ、とでも言いましょうか。本来この事象面には、存在してはならぬものです』

「幽霊、とか?」

『幽霊が質量を持っているなら、これは幽霊です』

「重さがあるのか」

『はい、それも虚数の』

「……よく分からんな」

『現在はワタシもですマイケル。しかし今行っている計算の解が得られれば』

「ヤツの正体は分かる、というのか」

『78.37%の確率で、おそらくは』

 

 なになに、ナンですの?とダッチワイフがコチラを向き【ボニー】が不満そうに。

 

『ワタシも、混ぜて下さいな。この宙に浮かぶヘンテコな渦巻きはナンです?』

『オマエは、まだこの域に達していません。時が来たら、教えてあげます』

『また。お二人ばっかり──なによ!もう知りませんからね!』

 

 お局サマの声でそうスネると、ふたたび沈黙。

 映像はつづき、オレのひとり芝居めいた仕草が延々と流される。

 

 胸ほどの高さにうかぶ渦巻きは、ときとして歪み、あるいは立体的な変化をして、一定となることがなかった。あるときは薄ボンヤリと発光すらして。

 オレが話す言葉のあいまに、耳にくる不協和音めく金属音。

 

「【SAI】、この金属音、解析ができるか」

『現時点では不明です。しかし、不協和音の変化に、文法的な規則性がありますから、99.87%の確率で、おそらく言語ではないかと。現にマイケル、アナタはこの渦巻きと会話をしていたのでしょう?さもなくば、状況が成り立ちません』

 

 ──そう、まさしくその通りだ。

 

 しかし、あらためて映像で自分の行動を見せられると珍妙きわまりない。

 夜景を見わたせる崖っぷちで、のけぞったり、身をよじったり腕をふり回したり。

 端から見れば、オレはワケわからんコントを演(や)る、アタマのおかしいヒトとしか思えない。

 イッセー尾形を、さらに前衛的にしたような……あるいは何かのアフレコのような……。

 

 そして【SAI】は懐疑的な、あるいは自尊心をツブされたような調子で、

 

「でも、なぜマイケルに理解出来て高機能AIであるワタシが分からないのか……人間の言語野というフィルターをかけて、はじめて意味が顕在化(けんざいか)するとは……いったい何を話していたんですかマイケル。さっき【ボニー】と話していた“死神”ってなんです?』

 

 こちらは少し考えてから、相手の形而上的なモノに対する認識を試すべく、

 

「オマエは──死神を理解できるか?【SAI】」

『人間の概念でしょう。現実に則して言えば『ファイナル・デスティネーション』じみた“ 不利益をこうむる確率の連鎖 ”が、一番それに近いモノ、と考えますが。しかし物理的に独立した存在とは認められません』

 

 フフン、とオレは久しぶりにコイツに対して優位に立つ感覚で、

 

「アレが、その死神だ。よく見て解析しておいてくれ」

『この渦巻きが!』

 

 めずらしく驚いた声を出した【SAI】だった。

 

『きわめて興味深い事象!そして考察対象ですねマイケル!』

『マイケルさまは、この死神とやらと、なにか契約したらしいんですのよ?』

 

 【ボニー】も、横合いから不満そうに口をとがらすように。

 

『契約の内容を、教えて下さらないの』

『すると。なにか魂とやらを賭けて、契約しましたか?』

 

 ふふん、とオレの顔に意外な微笑がうかぶ。

 あの黒ネコの、ステレオタイプうんぬん、というセリフとともに。

 

「まぁ、そのうち分かるよ……たぶん」

 

 追い越し車線を2台のフェラーリが、乾いたエンジン音をたて、トラックを抜いてゆく。

 それを眼で追いながら、しかしあの死神の目的が分からんなぁ、と改めて考えた。

 縁結び神社の女神と、あの死神が対立するのは、分かった。でも……。

 

 ──あの黒ネコは……そもそも、なにが目的なんだろう。

 

 言われたとおりにすれば、オレの寿命も。詩愛が人造セックス人形から、ふつうの人間に戻れる……でも、そうなった場合に死神の利益は……なんだ?

 

 マンションの荷役用・駐車場にトラックは静かに停車した。

 やれやれ長い夜だった、とコンソールから電源コードを抜くとき【SAI】は、

 

『何か、こないだみたいなひと波乱がありそうですねぇ、マイケル』

 

 ポツリ、このAIは、不安げな口調で呟いた。

 

『またなにか妙なコトにならなければ良いんですが……』

「なんだ、めずらしいな【SAI】。オマエがそんな弱気だなんて」

『死神、などという不確定要素を加味されたからですよ。完全に計算外でした』

「オマエの計算で、当該ファクターは我々の脅威となりうるか?敵性存在になると?」

 

 AIにしては長い数秒の沈黙。

 このあいだに、どれくらいの演算が行われたことか。

 

『未知数が多すぎます……まぁやってはみますが……』

『いやデスねぇ、男同士でヒソヒソと!』

 

 急に【ボニー】がイライラと割って入ると、

 

『いっそ、おふたりをBL同人誌にでも描いて、オンラインで売り込みマスよ!?』

 

 

****

 

 

「ふぁいとぉー」

「セッ、おッ、セッ、おッ、セッ、おッ──」

 

 ゴムペレットを敷きつめた広いグラウンドで2列縦隊をくみ、ひかえ目なかけ声をだしてオーバルをランニングをする体操服姿の女子生徒たち。

 放課後の女子校では、そこココで号令や合図、ホイッスルが響いている。

 

 そんな中。

 

 かたわらの巨(おお)きな2階建て体育館の1階部分では、床面に連続して設けられた長方形の小さな換気窓に、一眼レフカメラを構える女生徒たちが、狙撃兵よろしく伏せていた。それぞれの力関係に比例して位置を陣どり、現代音楽の不協和音が反響する体育館のなかに向けて各々(おのおの)がサンニッパの白レンズを構えている。

 

 美香子の青いレオタード姿。

 

 音楽に合わせた激しい身ぶりと躍動。鋭く、直線的に。

 しとどな汗に濡(ぬ)れ、レオタードは青いビニールのように照り輝く。

 きょうの彼女はショートへァのウィッグで、その上から白いバンダナ。

 コンテンポラリーな曲調のフォルテッシモにあわせ、ジャンプのあとはT字倒立。

 高校生にしてはムッチリとした脚を逆立ち状態のまま大股びらき、床と水平になるまで。

 

 パシャシャシャシャシャ──ッッ!!!

 

 連写音が望遠の砲列から響き、躍動する肢体(カラダ)を。シミの浮いた股間(おまた)をとらえる。

 ついで彼女はポーズをかえ、背を極限まで反らすと、苦しみつつムリに笑顔をみせて。

 そのマゾ的な表情(かお)を嬉々としてアップでファインダーに写し取る、写真部や親衛隊(ファン)の少女たち。

 

(すてきィ!美香子サマ!!)

(抱かれてムチャクチャにされたい!)

(あのレオタード、手に入らないかしら?)

(ダメよ。たぶんアレもう買い手が付いてるわ、きっと)

(どうせ3年のテンバイヤーたちでしょ?一着50万で売れるとか)

(テンバイヤ氏ね!というかマジで死ね!アタシだって欲しいのに──なによ!)

 

 はげしい踊りと情熱的な跳躍、飛沫(しぶ)き。キラめく汗。

 体育館の高窓から差すオレンジな西日に、それは憑依(ひょうい)された巫女めいた。

 しかし──見方をかえれば、それはあまりに奔放(ほんぽう)であり、あまりに放埒(ほうらつ)だった。

 あたかも、ムチャクチャに己の身体を酷使することで、何かから逃(のが)れようとするかのようにすら。

 

「──危ない!」

 

 床に散った汗のせいだろうか。突然、跳躍がスベり彼女はハデに転倒した。

 BGMが止められ、男の体育教師や振りつけ役の上級生などが駆けよる。

 

「大丈夫か!」

「大丈夫?美香子さん!」

 

 だが、まわりに助け起こされながらも彼女は悠揚(ゆうよう)迫らず苦笑して、

 

「大丈夫よぅ。しッかし『美月』さんもドジだわねぇ……これしきのことで」

 

 『美月』?と体育教師が助けるフリをして、床にうちつけた彼女のシリまわりを撫でる。

 

「いっけない♪ここじゃ本名なんだっけ……もうイイわ今日は。シャワー浴びて、帰る」

 

 呆気にとられる周囲。

 そんな一群をのこし、彼女は壁ぎわに置いた着替え入りのスクール・バッグを持つと、体育館備え付けのシャワールームにスタスタと向かった。

 

「美香子クン、明日も頼んだよ」

 

 そんな言葉を艶めかしい背中で跳ね返し、シャワールームまで来た彼女は、脱ぎ捨てた汗まみれのレオタードとインナー・ショーツを、まるで親の敵のようにまとめて脱衣カゴに投げつけ、個人用のシャワーブースに入る。

 盗撮用・ピンカメラの無いことを素早く確認してからウィッグをはずし、全身に冷水を浴びてカラダの火照りと、転倒し打ちつけた腰まわりを冷やす。

 

 ──ヤバいわね……どうしようかナァ。

 

 ブースに備え付けの鏡を見れば、髪の毛がだいぶ復活していた。

 頭に埋められた磁石との相性が悪くなり、最悪、踊っている最中にウィッグが外れかねない。

 

 ──こりゃ地毛を伸ばす、もっかいツルツルにするか。選ばないと……。

 

 そんな彼女は次に眼をとじ……しばらく滝行のように無念無想。

 いつものように熱いシャワーを浴びつつオナニー、というようなことはしない。 

 ともすれば頭に浮かびかかる先日のショッキングな光景を祓おうと、懸命な彼女だった。

 いまは乳首や性器のピアスを隠すため大判の傷パッドが貼られた胸や股間を愛撫することもなく。

 

 ややあって──。

 

 男好きのするスタイルにムリヤリ改造されてしまった身体をバスタオルで拭きつつ、シャワーブースから出てみれば。脱ぎすてた汗まみれな青レオタードとショーツが消えていた。代わりに同サイズ・同カラーの新品が、包装されたままの状態で脱衣カゴのなかに。

 

 ──ふん……まァた“お金稼ぎ”の連中ね?ゴクロウさん。

 

 もはや慣れっこになっている美香子だった。

 いいわ?どうでも、と無くなった品と引き換えで置かれてた新品をスクールバッグの中に無造作に突っこみ、かわりに替えの下着が入ったビニール袋を手探り……。

 

 ──えっ、うそ……!

 

 なんと、下着までもが消えていた。

 スクバのジッパーを全開にして中をさぐっても、お気に入りのフィット感抜群なイタリア製「La Perla」。そのまッ赤なブラとショーツの上下セットが無くなっている。それどころか、食べかけのカロリーメイトまで。

 スクバのポケットには、開けられた形跡のあるピンク色なHERMESのベアンスフレ長財布がはいっていたが、さすがにコレは盗まれてなかった。中に入ってたコンニャク(帯封100万円)数束に驚いき、かえって手を出さなかったものと見える。

 

「はぁ……っ」

 

 なにか一気に愛想が尽きた気がする『美月』だった。

 

 この学校にも。

 人間関係にも。

 それどころか──世の中にも。

 

 ──ビニール袋の中に、ボディ・ピアスを隠す傷パッドの新品も入ってたのにィ……。

 

 股間や胸に張りつく濡れた傷パッドを気味悪く感じながら、しかたなく美香子はノーパン、ノーブラで制服を着た。たちまちブラウスの胸には、ふたつの濡れ染みが浮かび、チェックのスカートもアヤうい。

 まぁ、生理じゃなくてヨかったわ、と美香子は気丈にも思いなおす。

 ナプキン派の彼女は、ショーツが無ければお手上げだったろう。

 最近は風俗のバイトのせいか愛液も多めで、ちょっとブルー。

 

 ──このままじゃクソ目立つから、どッか人目のないトコで、乾くの待つかァ、

 

 彼女はスクバを肩にゆすりあげ、体育館の渡り廊下から校舎にはいると、生徒の利用がすくない職員室ちかくの階段を使って上にのぼり、少子化のおり「美術準備室」や「音楽準備室」などがならぶ通称『準備室長屋』と呼ばれる一角までやってくると、屋上に出る扉が施錠され行き止まりとなった階段のおどり場で、ようやく腰をおろした。

 

(……はぁ)

 

 蒸されたコンクリ臭い空気を吸い込み、またもや……ため息。

 壁に背をつけ、夏の余韻をはらんだ夕空を窓越しにボンヤリ見あげる。

 ノーブラなので壁面の冷たさがいっそう倍加されて感じ、孤独感マシマシに。

 

 ──なんでこんなン、なっちゃったかナ。

 

 美香子は、あらためて改造された自分の肢体(カラダ)を見おろした。

 

 豊胸(ほうきょう)、豊尻(ほうこう)されたバストやヒップ。

 肋骨を抜かれる施術までされて細められたウェスト。

 傷パッドの下に隠された何重もの乳首(ニップル)ピアスや小陰唇(ラビア)ピアス。

 学校には、絶対にナイショ。もっとも一部ではウワサになってるらしいケド。

 

 ──こんなイヤらしいカッコしてるなんて、自分でも信じらンない……。

 

 情けなさと後悔が、入れ替わりにやってくる。

 しかし同時に、金を稼げる身分となった今の境遇にたいする誇りも湧く。

 三者が胸のなかでな(・)い(・)交(・)ぜ(・)にせめぎあい、表層意識の上に立とうと争いあった。

 

 ──最初は……ディオールのマニキュア欲しさで万引きだったっけ……。

 

 彼女は湿った傷パッドのカユみから乳首を掻(か)きつつ、過去をふり返った。

 

 義姉ばかり目をかけられる家。

 育てのパパの、不良品をみるような目つき。

 腹いせに、世間慣れした“悪い友人”とツルむ毎日。

 繁華街の中での夜明かしで、警察の補導から逃げ回ったことも。

 

 ──それがエスカレートしたあげく……。

 

 ヤクザが営業する高級・化粧品店でパクられた彼女は、首に注射をうたれ、数日クスリ漬けにされながら催眠音声を聞かされたあげく、革包みに封入されてガンジがらめ。厳重に梱包され、どこかに運ばれる寸前を危機一髪!マイケルに救われたのだった。

 

 もし助けられなかったら、どうなっただろうと彼女は想像してみる。

 あのまま海外にハコばれて、ホントに奴隷にされてたかもしれない。

 性処理用、メス奴隷……ウワサに聞いた“紅いウサギ”のウラの貌(かお)。

 

 ──でも、まさか……あんなコトが……。

 

 押さえつけていたものが決壊し、彼女の目をジンワリと潤ませた。

 

 すでに2週間以上も前になる。

 いきなり現れた“ちびピエロ”こと“紅いウサギ”の店長。

 

『アナタぐらいの歌姫(ディーヴァ)なら、ウラのエリアに、掃いて棄てるほどいるんですよ』

 

 いままでの雰囲気をガラッとかえ、まるで空気がシボんだようなジィさんの言葉。

 いままでのオシャレな雰囲気は消えて、どこか落ちぶれたようなオーラがある。

 そして古くなった油のような……ベトベトと、胸のわるくなる粘着質な笑み。

 

『我が店が誇る、秘蔵の性奉仕ドール……いえ失礼。歌姫(ディーヴァ)に、会って……みますか?』

 

 あのときのことは──いまでもハッキリと思い出せるナ、と美香子は思う。

 

 “ウラ”のエリアの出入り口を知られないため、アタマにかぶせられた全頭マスク。

 店長のちびピエロが『じょーほーのひとく』とかで、むりやりアタシにOKさせたのだ。

 口にあたる部分にシリコンのチンポが内むきに生え、それをムリヤリ咥えさせられる格好。

 耳にも、ノイズキャンセル型のイヤホン。奥まで思いきし挿入(いれ)られ、ゼンゼン聞こえない……。

 

 後頭部の編み上げを、キュッ、キュッ!──ギュゥゥ……ッ!

 

 アタマを左右に揺すられて乱暴に締め上げられた。そのためチンポが、ますますノド奥に。

 フェラチオ用“ディープスロート”の練習させらなきゃ、オエッ!となるところだよ。

 目は全然見えなくなり、まっくら。おまけに何も聞こえず、バランスさえヤバい。

 ナメした革の強烈な匂い。まるで、はじめてラチられたときみたいに……。

 

 ──おごぉ……。

 

 なんだか股間がアツくなってしまう。

 愛液が、ジンワリとショーツをよごすような。

 (縛られたい……)なんて、自分でもビックリな欲望。

 イツのまに、アタシはこんなイヤらしい子になったんだろう。

 そのとき、いきなりイヤホンから“ちびピエロ”の声がひびいた。

 

「いいかね?『美月』クン。これから見ることは、他言してはイケませんよ……?」

 

 




マズい……今年中にオワるのか?
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