※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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      〃        (後編

 

 その声に。

 

 凍りついていたオレの血が、一気に溶け出した感覚があった。

 まるで死んでいたのが自分のほうで、彼女の声にやっと生き返ったような。

 轢殺トラックを街並みから外れた目立たない場所に駐め、オレは室内灯を点ける。

 

 ──あぁ……よかった。

 

 ピンク色をした血の流れは止まっていた。

 気がつけば車内はプラが熱せられる臭いにかわり、桃の芳香で満たされている。

 

「詩愛!……詩愛!オレだ、分かるか!?」

 

 (……マイケル……さん?)

 

 と、彼女の〝おしゃぶり用〟に改造された肉厚なくちびるがうごいた。

 だが次の瞬間、キッ!眦(まなじり)を険(けわ)しくして、身震い。

 乳首に穿(うが)たれたリング・ピアスから下がる鳴り物をチリリ、トラック室内に響かせて、

 

「なぜ、ワタシなど、ヲ、助けたノです。奥サマや、お子さんまで危険にさらシテ」

「奥さま?……お子さん?……って、なんだ?」

「召使いの『レティシア』に、負われてイルとき、見ま、シタ……奥サマ、そう、マエに水族館でご一緒、シタ、朱美、サマ、とかおっしゃイ、ましたか。それに竜太、クン……」

 

 詩愛のイントネーションが、どんどんヘンになってゆく。

 だが、オレはそれにかまわず、どうにか弁明しようと、

 

「あのな!アレは単なる同僚だ。竜太に、一時でも父親というものを味わって欲しかっただけさ!あの夏祭りの夜だって……」

 

 と、ここまで言ったとき。詩愛の口もとが、哀(かな)しげにヒクつく。

 しまった!とオレはみぞおちにヒヤリ、冷たいモノを感じて。

 

 縁結び神社・例大祭縁日。

 すべてが決定的に捌たれた、あの運命の夜。

 強姦されたときを思い出すのか、ブルッと肢体がゆれる。

 オレは彼女の〝フラッシュバック〟を打ち切るように言葉を継いで、

 

「竜太と……竜太と先約あったから。ヘンに勘ぐられないよう、仕事がある……と」

「だったラ……ナゼ、そう言って、くださラなかったノ?」

「なぜって。キミにへんな誤解をしてほしくなかった」

「──うそデス!」

 

 詩愛の語勢(いきおい)が、いきなり爆ぜた。それに声は、ますます歪んで、

 

「アナタが、アの憎イ強姦魔と、親し、げに。テーブルにいるところヲ、見まシタわ」

「それは──」

「すべては、ワナだッたのですネ!」

「罠?」

「ワタシを、こんなヘンタイ的、な、オ人形サン、に、スルための!」

 

 彼女の目もとが泣きそうになる──だが涙は流れない。

 彼女は『レティシア』に助けられ、ようやく上半身をおこし、

 

「セックス、用、のオ人形!に、されたワタし、を、ステージで、観て、さぞ楽シかった、デショウ!こんな、恥ズカシ、い、ボディにされたワタシ、を、ワラって、いタ、の、デショウ!」

 

 彼女が哀訴と悲嘆に身をふるわせるたび〝恥ずかしいボディ〟につけられた鳴り物が、キリキリ、チリチリと。まるで主人に加勢するかのごとく、糾弾するように狭いキャビンの中で鳴りひびく。

 

「ちがう!……ちがうってば!」

「じゃァ、ナゼ!あの、ドレッド、の、強姦魔と、いッしょに、いたの、デス!」

「店が……〝紅いウサギが〟そういう風に仕組んで、ヤツと同じテーブルにしたんだ」

「ヘンタイさんタチ、の、玩具(オモチャ)にするタメに、ワタシ、を、イヤらし、く、手術シテ……」

 

 詩愛がシャックリをするように、ヒクッ、ヒクッと身体を震わせた。

 今度も涙は出ていなかったが、それは泣くことを禁じられ、涙腺さえ奪われた性奉仕人形の精一杯の抗議のようにも思えた。

 

 ちがうって……、と言いかけた時。

 

 ──そうだ!!

 

 一晩のウチにいろいろありすぎて疲れ切ったオレの頭は、ようやくあるモノを思い出す。

 助手席の炊飯ジャーわきに脱ぎ捨てたローマ軍団隊長のコスプレを探し、ようやく目的のものを見つけると、こちらを睨みつける詩愛の鼻先にそれを差しだした。

 

 そして……彼女目のまえで。

 

 カパー……

 

 小箱の中にはもちろん、真珠色の艶(つや)やかな臥所(ふしど)におさまって、プラチナのリング。

 キャビンに灯るうす暗い照明のもと、密やかに、|神々(こうごう)しく息づいている。

 やや久しく……。

 詩愛は、紺色(こんいろ)なベルベットの小箱とオレの顔を等分に見比べ、理解が追いつかないように呆然とした表情(かお)をした。

 

「きみが今晩、ショーに出ることは知らされていた」

「…………」

「だから、その時にコレを渡そうとしたのさ」

「…………」

「正直、きみを人間に戻すよう『小男』──店長に、直談判する気でいた。

「…………」

 

 詩愛は無言のままパクパクと、肉厚のくちびるを小さく幾度かひらいた。

 なにか言おうとするのだが、脳に食いこむ洗脳用宝石と無惨な調教の刷り込みが、それを許さないかのように。

 やがて彼女はようやく言葉を発したが、それはオレの予想をはるかに上回るものだった。

 

『ピッ!バイタル(生命兆候) シュウリョウ マデ ノコリ 15 フン。《/big》

     シガイ(死骸) ノ ショリ ヲ ゴジュンビ クダサイ』

「……詩……愛?」

『キテイ(規定) ノ ショリ ガ カンリョウ シナイ バアイ

    ジドウ マッショウ ソウチ ガ キドウ イタシ マス』

 

 無表情になった詩愛の口から、奇妙な音声が流れた。

 

 ──自動抹消装置……!

 

 まるで寄生生物にでも乗っ取られたように、ハラを急激にふくらませて爆散した婦人警官を思い出した。

 

 ──えぇと、あの『フェティマ』どもは、何て言った?たしか子宮に……。

 

 オレが詩愛の象牙色をした下腹をみれば、すでにそこには子宮と卵巣をかたどった淫紋がバラ色に浮かび上がり、明滅しながら彩りを次第にクッキリと強くさせている。

 

『マイケル、マズいですよ!』

 

 ホールをモニターして『サッチー』の最後を知る【SAI】が、めずらしくアワて、

 

『彼女がキャビンの中で破裂でもしたら……清掃が……』

 

 オレは無表情になった詩愛を見た。

 ひたいの宝石が赤く、まるでカラータイマーのように点滅をはじめている。

 

「【SAI】!【ボニー】!お前たちのチカラで、なんとかならんのか!」

『詩愛サマの改造されたボディをスキャンして──』

 

 【ボニー】が運転席のインパネを光らせながら、

 

『たしかに子宮のなかにウズラの卵サイズな異物があるのは確認出来ましたが……』

「じゃぁ、ソイツをなんとかしてくれ!」

『起爆装置が、どこにも見当たらないのです』

「電磁波をあてるとか、なんとか出来ないのか!?」

『作動原理が分からないので、むやみな照射は危険ですわ』

『【ボニー】のいうとおりですマイケル。C4(プラスチック爆弾)のように電気起爆かも知れません』

「なら、どうすりゃイイんだ!まさか車外に投棄しろとでも!?」

 

 マイケルさん……マイケルさん……。

 

 気がつけば詩愛が、なにか言っていた。

 

「詩愛!詩愛か!?」

 

 ガバッ!とオレは彼女にかがみ込む。

 

「どうした!んぅ?ドコか、痛いか?」

「ワタし……お父さん、ト、お母サン、に……」

「うん……うん……」

「……こんな、ミジめ、な、姿……見られたくない……」

 

 暗然とした思いに、オレはつつまれる。

 彼女が演じた、あの淫(みだ)らなショータイム。

 すでに父親の前で披露していることを、もしも知ったら……。

 

「オナカが、破裂する、の、モ……コワイ」

「うん……うん……」

「だから、この不思議なトラックで、ワタシを──

   『ピッ! ノコリ 10 プン。 ノコリ 10 プン』

 

 とうとう【SAI】が、まるで宣告するような口調で、

 

『マイケル──決断を』

 

 詩愛のひたいを穿つ洗脳用宝石が、明滅を切迫させていた。

 その時、オレは不意に合点した。

 

 ──そうか!もしかしたら、詩愛も〝転生〟出来るかも知れない!!

 

 ひょっとして異世界で幸せに暮らしている彼女を、車内の転生モニターで観られるかも……。

 

「…………」

 

 運転席を降りると、冷え冷えとした初冬の夜気が身体を包んだ。

 彼方に延びる高速道路からの走行音。サイレンの響き。

 航空灯を明滅させ、上空をよぎるヘリコプター。

 

 黙ったまま後部ドアを開けた『レティシア』から、オレは詩愛を受けとる。

 情けないほど軽い彼女のダッチワイフ化ボディに、あらためてジンワリ泣けて。 

 周辺は不景気から廃工場がたちならび、深夜のこととて人影も車どおりも無かった。

 コンタクトの暗視モードの助けをかり、お姫様だっこで詩愛を轢殺トラックのフロントに。

 そして荒れた冷たいアスファルトの上に彼女を静かにおろすと上着をぬぎ、彼女の上半身の下に敷いた。

 

「マイケル、さン……ありがトう」

 

 黙ったまま、オレは彼女の指にリングをはめようとする。

 だが──なんという悪魔のはからいか。

 重い剣をふるうため、リモートで人工的に強化された二の腕は、手までゴツくなってしまい、小指すらリングがとおらない。

 哀しげな笑みが、性奉仕ドールから詩愛にもどった顔をおおう。

 

 ──せめて、別れのキスを……。

 

 顔を寄せるオレだが、彼女は頬(ほお)を熱くしてそむけ、

 

「だメ!……ワタシ の オくち……おシャブリ スルため 恥ずか シク されテル」

 

 暗視コンタクトの助けをかりて看れば、なるほど詩愛の舌やほおの内側は、男のチンポをしゃぶるための凸起が、ウネウネと蠢いているのが分かった。

 

「ね……おネガい……」

 

 と──何を思ったか。彼女はオレからリングをやさしく奪いとると、その淫猥なクチにもってゆき、ゴクン、なんと呑み込んでしまった。そしてニッコリ微笑(ほほえ)んで、

 

「コレ で イイ……モウ、なにもコワくない……」

「詩愛……詩愛……」

「まいケる サん……ワタし……アナタの、こと──

  『ピッ! ノコリ 5 フン。 ノコリ 5 フン』

 

 むごくも彼女の言葉は、自爆システムによって遮(さえぎ)られてしまう。

 ひたいの宝石の明滅が激しくなり、いきなり詩愛は白目をむいた。

 体を支配するシステムにバグがでたのか、イボ付きの舌が忙しく宙をナメまわし、体が、オッパイが微振動(バイブ)する。ドプッ!股間から、愛液が吐き出され、女の臭いが濃厚に。

 

『ピ……ッ! ヨウコソ オ客、サマ

    メス人形『モルギアナ』 ノ おマンコ ヲ

        存分 に ゴ賞味  クダサイ。

           ゴ賞味……ゴ賞味 ……ゴショウ……』

 

 バグった彼女が続けるあとのセールス文句は、無惨すぎて記す気になれない。

 

「……【SAI】……やってくれ」

 

 オレは、痴呆のようになった彼女の頬にキスをすると、すこしばかり後ずさる。

 

 轢殺トラックの下部から、捕獲用の触手がのびた。

 詩愛のボディにウネウネと、触手がまとわりつく。

 アぁ……アフン……オシリの穴ァ……モット犯シテェェェ。

 これに官能を誘発されたか最後に〝よがり声〟を。

 ゆっくり、トラックの地獄の下面へとたぐられる。

 この顔が、この声が。もう見れない、聞こえない。

 そう思うと、狂おしいほどにいたたまれなくなる。

 

「まて!──待ってくれ【SAI】!!」

 

 オレは捕獲用触手に持ち上げられた詩愛のカラダに取りすがった。

 これを最後と彼女の匂いをかぎ、ふるえる手で彼女を撫でさする。

 

「やっぱり何とかならないのか?おまえのスーパーAIは……その程度なのか!?」

『マイケル!──』

 

 つぎの瞬間、コイツはアタマに響くような大音声をあげた。

 

『クレドォォォォォォォォォォォォォォォ…………!!』

 

 ビクリ!

 

 オレは金縛りにあったように、詩愛のカラダを愛撫する手をとめる。

 だがすぐにそれは解かれ、ドッと全身から冷や汗がでて、よろめいた。

「第83話、轢殺屋は考える……(Ⅱ)」で、ヤツがオレに言ったセリフ。

 

(もしワタシが、マイケルにとって理解不能であろうと予測する行動を取るときは、ワタシは“ Credo (クレドー)!”と宣言します)

 

 ──もしや【SAI】のヤツ!なにか勝算、あるのか!?

 

『ピッ! ノコリ 60 ビョウ。 ノコリ 60 ビョウ』

 

 詩愛の口を犯す無機質なシステム音声が、いよいよ最後の刻を告げる。

 

「わかったよ……【SAI】……たのむ」

 

 おまちください、と【ボニー】が割って入った。

 

『ここは〝女〟であるワタシが、お運びいたしますわ』

 

 彼女はそう言うと、ひたいを激しく明滅させる詩愛のカラダをやさしく包み、引きずることなく車体の下に抱え込んだ。最後に見えたのは、くるぶしを真珠のアンクレットが飾る、編み上げサンダルを履いた白い脚……。

 さすがに今回の執行は、AIたちにとっても特別なものと認識したらしい。

 それぞれ口調も、まるで宣告するように厳かに、

 

『それでは【SAI】サマ。転成処置を──どうぞお願い致します』

『了解した【ボニー】。ではマイケル──詩愛さまと、お別れです』

 

 チュィィィィ……ンン。

 高まってゆく高周波音。

 やがて、ボリボリボリ……と。

 

 例によってなにかを噛み砕くような、胸のわるくなる音。

 その音が、今夜はやけに大きく響き、全身にトリ肌をたてる。

 高周波音がさらに高まり、トラックが大きく、ゆるやかに揺れ動いた。

 あたかも消化をしているかのように、腸の蠕動(ぜんどう)運動じみた、有機的な挙動。

 

 オレはトラックにかけよると、一挙動で運転席によじのぼり、シートに土足で踏み込むや、助手席がわの転生モニターを引き出した。

 

 

 

 

 

 待つこと数分……業をにやして画面をバンバン!

 

「……【SAI】ィィ?映らないぞ!!」

『あぁ、マイケルさま。〝台パン〟は、おやめください。精密機器なんですから……』

「どうなってるんだ!この世でアレだけヒドい扱いを受けたんだ。「平均律の法則」から言って、彼女は、来世でどっかのお姫サマにでもなってるんじゃないのか!」

「マイケル……』

 

 後部座席で『レティシア』に抱えられる炊飯ジャーは、LEDを光らせ重々しい口調で、

 

『正直、詩愛サマの転成指数は、それほど高いものではありませんでした』

「いくつ!」

『20を切っておりました』

「く……っ!」

 

 転成指数は60以上だと、轢殺対象(ターゲット)を手ひどい来世に送ることが出来る。

 しかし、極端に低い……つまり〝善人〟をいままで撥ね殺した経験はない。

 

「……【SAI】、もし──」

『言わんとすることは分かります。転成指数の低いターゲットはどうなるか、ですね?」

 

 こいつ、意味ありげな一呼吸をおきやがる。ややあって、

 

「轢殺システムは、あくまで人間の罪科(つみ)、なかんずく〝業(ごう)〟をエネルギーとして駆動します。それが少ないとなると……』

「……どうなるんだ」

『仏教でいえば、六道転生の輪廻(りんね)をはずれ「解脱(げだつ)」に至るか、あるいは素粒子になって世界と合一するか。はたまた永劫(えいごう)の無にかえるか……ヴィトゲンシュタインですよ』

「…… 語り得ぬモノに関しては、沈黙するしかない、か。つまり……」

『転生──失敗』

 

 オレは未練げに、沈黙したままの転生モニターをみつめた。

 

『マイケルさま、なんと言ってよいものやら……お悔(く)やみを、申し上げます』

 

 腫れ物に触るような【ボニー】の言い方も、いまのオレにはいたたまれない。

 運転席のドアをあけると、冷たい夜気がほおを拍(う)った。

 外に降りる……が、足にチカラが入らず、ガタガタっ!

 ステップを踏みハズし、路面にヒザをついて。

 

『マイケル?体温、血圧、ともに低下、ショック症状です。トラックに戻って下さい』

 

 それを無視し、力まかせにドアを閉めるとオレは廃工場が立ち並ぶ、ひとけの無い通りを歩きだす。ゆっくり……どこか蹌踉(ヨロヨロ)とした足どりで。

 

「…………」

 

 暗い夜空から、怒濤(どとう)のような疲労が降ってきた。

 見あげれば、快晴であるはずなのに星ひとつみえない。

 それはまるで暗く深い井戸の底から上を眺めているように。

 胸が冷たく、締めつけられるように痛く、呼吸をするのに力 (ちから)がいる。

 

 ──これで終わりか……。

 

 あの美しい理知的な女性が……!

 大人のオモチャみたいな淫体(カラダ)にされ……。

 ひたいの洗脳用・宝石を輝かせながら、醜く白目をむき……。

 あらぬことを口走り、自爆システムに思考をのっとられた最後の光景……。

 

 それを反芻(はんすう)すると、胸苦しさと無力感。おのれの情けなさが、ますます強まる。

 

「運命のクソったれよ……深き淵より我、汝を呼びたり、だ」※1

 

 彼女は、どこへ行ったのだろう。

 ダッチワイフにされる前の姿が、笑顔が、声が。

 もうこの世界のドコにもないというコトが、まったく信じられない。

 

「しかはあれ 彼女の魂はいかにとなるか?うすらぎて 空となるか?」※2

 

 ──ほんとうに【SAI】の言うとおり、素粒子に分解され、消えていったのか……。

 

 女ひとり幸せにできず、なにが男だ……。

 分かれた女房と、詩愛。またしても女を亡くした……。

 このうえ美香子まであの店の養分にされるのはイヤだな……。

 ハヤいとこ、足ィ洗わせて。まっとうな人生を歩ませないと……。

 いや、それだけのチカラが、覇気(はき)が。オレの中にまだ残っているのか……。

 なにか、もう疲れた……もうオワったんだ、オレは。こんなクソったれ世界……。

 

 トラックから離れ、いつの間にかオレは一人になっていた。

 と……闇の奥。廃工場のガレキのかげにネコの鳴き声がした。

 条件反射的に身がまえるが、暗闇にあの黄金色の瞳は見えない。

 

 爆竹のような音が一発。

 足もとのアスファルトが「チューン!」と爆ぜた。

 

 銃撃!と電柱に身を寄せると、闇の奥から行き覚えのある声──。

 

「やはり、アンタでしたか!最初から、仕組まれていたんですな?」

 

 近くに停車した自動運転のプリウス。

 そのわきから、人影が右手を前に突きだす格好で現れた。

 遠くの街灯に、白くクシャクシャになったスーツが夜目にもあきらかだ。

 奇怪な顔をさらにゆがめ、一歩一歩、踏みしめるようにオレの方へと歩いてくる。

 

 ──『小男』……!

 

 だが、そこにかっての尊大さや優雅さ、権力を背景にした余裕は微塵(みじん)もなかった。

 憎悪にとりつかれ、狂気のかたまりとなった一人の男が、拳銃のようなものを突き出して。

 

「はじめてお目にかかったとき、処置をしておくんでしたよ!JD(女子大生)?……いやいや!男好きのするナイスバディの美麗な帰国子女JK(女子高生)にでも生体改造して、半勃(だ)ちジジィどもの慰み者にしてやればよかった!」

「まて!ナニを言ってるのか──わからんぞ!」

 

 見るからに〝イッちゃってる〟モードに入ってる相手をなんとかなだめようと、

 

「今夜のことならオレも被害者だ!あの襲撃はオレのせいじゃない!……現にオレの詩愛が!……ヤツらに殺された!」

「じゃぁ、なぜアンタさんが、ここに来たんです!(パァン!)あたしを迎えに来るはずの人間が、なぜアンタさんなんです……そうか!レイカどのが!!」

 

 なにに合点したのか、『小男』は銃をにぎったまま、両手をパチンと打ち合わせた。

 タァン!とたんに拳銃が鳴り、オレのほお横を金属の灼けた臭いがとおりすぎる。

 

「そうだったのか、チクショウ!信じてたのに……あ(・)の(・)お(・)方(・)を、信じてたのに!」

「マテ、おちつけ。かってに納得すんな」

「アンタさんは、あたしに引導を渡しに来たんだ!そうか、新店には……別の人間をアテンドするつもりですな!?あの品のない、ド外道のサードをあてるつもりでしょうが──」

「サードなら、侵入者に殺されたよ。そいつらもフェティマたちに始末されてしまった」

「は、そりゃ結構!……そうか!すると新店のマスター(支配人)は!」

 

 闇をすかしても、『小男』の瞳が憎悪に輝くのがうかがえた。

 相手は手に握るものをオレにむけて、真っすぐ突き出す。

 閃光!オレの隠れる電柱が火花!──また一発!

 

「ちょっと!待て!──落ち着けっての!」

「あたしは!(パァン!)

    女たちの!(パァン!)

       幸せだけを!(パァン!)

           願って!(パァン!)」

 

 『小男』は拳銃の扱いに慣れていないのだろう。撃つたびに、銃をボクシングのパンチのように前に突き出している。だが、そんな粗雑な挙動にも銃は「ジャム」(弾詰まり)をおこすことなく正確に作動し、オレのまわりに弾着し火花を散らした。

 

「アンタさんの希望も!かなえたのに!!」

「ハナシがぜんぜん見えんぞ店長!」

「もはや問答無用です!」

 

 わめき散らすと『小男』は、

 

「アンタさんを殺して、『黒龍互酬會』と『武蔵連合』を道連れに、あたしも──!」

 

 必死に電柱の陰に身を潜めるオレだが、やがてチカラをぬいた。

 なぜなら小男の背後に忍び寄る、わが親愛なる轢殺トラック。

 

「……おそいぜ、オマエら」

 

 オレの視線と声に『小男』はふり向き、ようやく静音モーターで近づく〝移動処刑台〟に気づいた。しかし、時すでにおそし。

 

 彼の最後に見た光景。

 

 それは「O」の字にポッカリ口を開いたダッチワイフがハンドルを握り、自分を押しつぶそうとする姿だったろう。

 

「あ~~~~~~~ッッ!」

 

 捕獲用の触手が彼の両足をさらい、トラックの下部へジワジワと引き込んでゆく。

 恨みをのんで『小男』は、さらに執念深くオレを狙って腕をなんども突き出すが、どうやら弾切れらしい。持っていた拳銃を、触手に引きずられつつ、最後にオレへと悪鬼の顔で投げつけた。

 

 ボリボリボリ………ゴリゴリゴリ………………。

 

 その状況を、オレはなんの動揺もなく見つめた。

 またひとり。男がトラックの犠牲になっただけ、という思い。

 ヤツの転生指数は高そうだから、さぞかし酷い地獄に転生されただろう、とも。

 

 ──勝手にしてくれ。もう終わったことだ。空(くう)の空なる哉(かな)、凡(すべ)て空なり、さ。

 

『マイケル、だいぶ騒音を出しました。この地区から移動しましょう。まだ警察車両が接近する様子はありませんが、いずれ通報がいく可能性が大です』

 

 車外スピーカーから【SAI】が呼びかけた。

 だが、自暴自棄になったオレにとって、どうでもいいコトだ。

 いっそ警察に捕まって、転生協会のことを洗いざらいブチまけてみようか?

 

『──マイケル?』

「ヤツの……『小男』転生さきは、どこだ【SAI】」

 

 ふヒヒッ……と、我ながらイヤになる下卑た笑いをもらし、

 

「戦争や、大飢饉。疫病の世にでも生まれたか?」

『転生モニターに反応はありません』

「ヤツの転生指数は?」

『──36』

 

 はぁぁぁ!?あの女衒(ぜげん)が?まさか!!

 

「……もしかしてコワれてンじゃないの?ソレ」

『エラー・CODEは出ておりませんわ?システムは正常に稼働中です』 

 

 【ボニー】が憤慨するように応える。

 

 ──ふうん?ま、時間差でそのうち映るだろう……。

 

 と、そのときオレは路面の異物に目を留めた。

 とおくの灯りに、『小男』が投げつけた拳銃が浮かんでいる。

 

 ──騒ぎになるとマズいな。ひろって処分しよう……。

 

 歩みよって持ち重りのする金属を、拾い上げた時だった。

 

「──!」

 

 撃ち尽くされ、スライド・ストップが掛かった中型拳銃。

 そのサイドには……見覚えのある傷。

 

【挿絵表示】

 

 ──ワルサーPP!……それもオレがコンゴで使った銃そ(・)の(・)も(・)の(・)じゃないか!!

 

 あまりのことに、ジィン……と後頭部が痺れるような気配。

 無意識のうちに〝俺〟はスライドの左についたキズを撫でていた。

 こっちを処刑しようとしたミルズ伍長に奪われ、穴に捨てられた時のキズだ。※3

 シリアルナンバーも同じ。記憶にあるグリップのヘコみも……。

 前世が……過(・)去(・)が(・)追(・)い(・)つ(・)い(・)て(・)き(・)や(・)が(・)っ(・)た(・)、という身震いするような確信。

 

 どこか夢遊病のような足どりで、『小男』が乗っていた自動プリウスの中をみると、助手席に紙袋。そこには拳銃のホルスターと満タンになった予備弾倉が見つかった。ありがてェ。

 

『アンタさんの希望も!かなえたのに!!』

 

  ──あぁ……ヤツは……このコトを言っていたのか。

 

 血が、アドレナリンが。

 懐かしい熱さで蘇(よみがえ)ってきた。

 攻撃開始の合図──硝煙の臭い──突撃の怒声。

 

 事ここに至って。

 腑抜けた俺に運命が、まるで檄(げき)をトバしにきたように思えてな(・)ら(・)ね(・)ぇ(・)。

 こんな21世紀に、この銃をもって闇夜に立っていることも、なにかの暗合のように。

 

  復讐を!と、シャレ者のラルゴ中尉が叫ぶ。

  復讐を!と、ジャンが、エグモントが叫ぶ。

 

 俺はカラダに染みついた動きでワルサーからマガジン(弾倉)を抜き出すと、予備も含めて9mmカートリッジを時間をかけて慎重に詰めなおした。腰のベルトにクリップ・ホルスターを刺したとき、懐かしい重みとともに、戦場で散っていったヤツらの笑顔が、声が。まるで昨日のコトのようにありありと。傭兵たちの野放図で胴間声な軍歌すら、彼方から聞こえるような気がしてくる。

 

「畜生めェ……ボケてる場合じゃァ、なかったゼ……」

 

 素早くワルサーを抜き、スライドを動かし初弾を込め、彼方の街灯に照準をあわせる。

 タァン!というなじみ深いリコイル。街灯は粉みじんに砕け散り、闇が深まった。

 

 ──どうやら腕ァ、ニブっちゃいねェようだな……。

 

 なら、まだ幕を下ろすワケにァいかねぇ。

 あのジジィの飼い犬、そしてドレッドの野郎を始末せねば。

 詩愛を喪った哀しみが、復讐という甘美な期待に、モロくも砂糖のように溶けてゆく。

 

「そうとも。まだオワっちゃいない……」

 

 こんどは、俺のターンだ。

 




※1 旧約聖書:詩編第130番。 

※2 中原中也の詩より『臨終』

※3 第71話:「アフリカ傭兵の最後」参照 

さァさァ!
ほんとうに大変なことになりました。
詩愛退場、『小男』も、それに続いてしまいます。
この先、物語は富野作品のように、全滅ENDとなるのでしょうか!?

いよいよ物語は佳境にはいります。
ただし!この先、紆余曲折ありますが、本作品は『 大 団 円 』にて
結ばれることを、チラッと予告して今回は終了といたします。
ソレでは、またの更新にお会いしましょう。
 
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