※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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ヤバい……。
また月刊になってしまった。
あと少しのお付き合いをお願いします。


第90話: 決 着 !(前編)

 

 夕方だった。

 

 “俺”は、あの若い傭兵隊長が潜(ひそ)む、港湾区にある元・保税上屋(ほぜいうわや)。

 その場所を襲撃するため、身辺を整理し、戦闘準備をととのえトラックを向わせている。

 新しく現場に仕掛けたカメラに今日、白いメルセデスが入ったのを確認したからだ。

 忘れようとも忘れられないツラが、建物の中に入るのもバッチリと映っていた。

 

 ──相手に撃ち負けて、これで死ぬのかも知れないな……。

 

 ふと、そんなことを想ったりもするが、そこに悲壮感はない。

 むしろ「出撃前」の、ワクワクするような気分と高揚感(たかぶり)。

 心音の高まりが、全身を武(・)者(・)ぶ(・)る(・)い(・)となり廻(めぐ)っている。

 その緊張感が伝わるのか【SAI】も、トラックを操る【ボニー】も、あまり話しかけてこない。

 

 陽の落ちた夕方の、混雑する幹線道路。

 テールランプとヘッドライトが入り乱れ、ストップ&ゴーを繰り返す。

 黙然とトラックに揺(ゆ)られ、フロントガラス越しの光景を眺めつつ、俺は前日に縁結び神社へ参拝に行ったときのことを、ボンヤリ思い出していた。

 

 ──しかし、みょうな気配だったな……。

 

 ふだんなら、あの神社に行けば、なんとなくホッとする感覚を味わえるのに、なぜかあの日は自分が拒否(きょひ)られているような、己(おのれ)の居場所で無いような、そんな気がしてならなかった。これも今日、あの若造に撃ち負ける予感のひとつとなっている。

 

 参詣した理由は、三点。

 

 第一に、『高校に通っている』という『美月』……美香子の言葉を確かめたかった。 

 

 第二に、ポケットに入れてそのまま忘れ、ひさびさに取り出した神社のお守りは、まるでへし折られたように二つに裂け、割れ目にコゲ跡が奔っており、よく言われる〝身代わり〟となった状態だったので、お守りを更新したかった。攻撃前にゲンを担ぐわけではないが、それでもメンタルな部分は払拭しておきたい。

 

 第三に(これがなにより重要だったが……)社の祭神である女神へ『美月』……美香子のことを、よろしく頼むためだった。まさか取り憑(つ)いておいて、知らぬ存ぜぬの神でもあるまい。

 そのため、ツィード・ジャケットのポケットには祈祷用の〝コンニャク〟※1が入っている。(さすがに〝レンガ〟※2までは出せなかったが)。

 

 離婚のドタバタ以来、親戚関係も疎遠になった俺だ。

 あの傭兵隊長に撃ち負けたとき、残った金は、美香子と『フクロウ』に遺(のこ)したかったし、またそのような遺言状を、協会の顧問弁護士に依頼して、作成してある。

 当然ながら、コチラを裏切って間男(まおとこ)に奔(はし)った元妻などには、ビ(・)タ(・)一(・)文(・)も(・)渡したくはない。

 

 神社は、そろそろ年の瀬をめざして、あちこち“しめ縄”を更新したり、アルバイトで募集した巫女の教育をしたりと忙(いそが)しそうだった。例の倒壊した鳥居は復旧され、境内の雰囲気も、もとの正常な状態にもどっている。

 しかしアポを取って神社に行ったにもかかわらず、神主は急用でおくれるらしい。

 

 代わりに神社の主人が留守のあいだ、美香子のクラスメイトである本職の巫女──神社の跡取り娘である真琴(まこと)が、学校から帰ってきたばかりと見える制服すがたのまま、学校生活での美香子を興奮まじえて報告してくれたのだった。

 

「ミッキーの学校での態度?」

 

 彼女は短いスカートをはいた腰に手をやって、

 

「えぇ、そりゃもう……ズイブンと変わったわよ!」

「変わった、って?……どんな風にサ」

「なんかチョー澄まして!アタマもチョぉーーーー良くなって!」

 

 澄まして、だァ?と自分は思わず眼をむいた。

 あのハネっかえりが、と苦笑する。いったいどう言う風のふきまわしか。

 だが、それも先日の彼女の態度を想うと、笑いはロウソクの炎のように消えてしまう。

 

「……学力があがった、ってコトかぃ?」

「そう!英語どころか、フランス語もペラペラ!化学のセンセー、フランス生まれなんだけどビックリしてた。ほぼネイティブだって」

「ふぅむ……」

「こないだの小テストなんて、学年で一番だったし!」

 

 ──額に埋め込まれた、あの洗脳用の宝石のせい、か……?

 

 なんとなくピン、とくるものがある。

 それを使い、脳にブーストをかけているに違いない。

 外から思考をあやつり、女を自在に淫乱にするというあの魔石。

 もしかして、視野とリンクさせて別の者が解いているのかも知れん。

 するとアイツの眼は……最悪、カメラ付きの義眼にされていたりして。

 そして脳が外からの支配に弱くなったところを、女神に乗っ取られたのか?

 

 ──くそっ。また〝紅いウサギ〟のせいかよ!

 

 どこまでも自分に祟(タタ)るなァ、とグッタリ。

 

「カンニングを疑ってた一部の女子たちも、あのコが学年でトップじゃぁねぇ……」

「そのぅ……アイツの額に、サ?」

「あぁ、おデコの宝石のコト?」

 

 神社の娘は、コチラが気がかりにしていたことを、いともアッサリ話題にする。

 応接間の戸棚(とだな)からポテチの大袋をとりだすと、折り目を留めた洗濯バサミをはずし、バリバリ噛みくだきながら雑にコチラの方に押しやりつつ、

 

「なんか〝信仰のため〟とかいって校長にOKもらったみたい……ポテチどーぞ」

「いや、ありがとう。信仰のためだァ?校長、よく認めたな」

「ホラぁ、さいきん〝人権〟だ〝信仰〟だ、ってウルサイじゃない?購買部にも〝ハラール〟?の食べ物を用意しろなんて、一部の父兄から出てるみたいだし」

「ヤレヤレ。どこでも同じか」

「でもあの宝石キレイよね。けれど……」

「けれど?」

「そうかと思うと……」

 

 と、ここで目の前の現役女子高校生は口ごもって、

 

「あのコったら。ときどき、いきなしエロくなって。クラスのみんな挑発したり」

「挑発?どんな風に」

「それは……」

 

 彼女は、チョッと顔をあからめ、

 

「男子たちの前で、なんかモノ欲しげなポーズとって、豊胸した乳ユラしたり、女子のあつまりで短いスカートまくって、いきなりパンツ見せたり。そンでね!?」

「うん」

「パンツのしたに、ナニかいれてるの!もう、恥ずかしいったら!!」

 

 オジさまからも、ナニか言ってやってよ!と真琴はホオを膨らませ、コチラをニラむ。

 

「なにか入れてるって……、なにを?」

 

 ここは、紳士ぶってスッとぼけざるをえない。

 どうせディルドー(張り型)かアナル・ビーズの類(たぐ)いだろう。

 この場合は女陰(マエ)だろうか、肛門(ウシロ)だろうかとおもいつつ。

 あるいは、アイツのことだから欲張って両方に挿入(いれ)ているのか。

 

「そんなコト!ワタシの口からはいえないヨ──これでも巫女なのに!!」

 

 そのうえ!と、ここで真琴は顔をさらに赤くして、

 

「なンか乳首に!ハデな“ピアス”なんかしてるんですケド!?」

「ふぅむ……ピアス……」

「それも乳首だけじゃなくて乳輪とか十字に幾つも!」

 

 痛そ~~~!!と目をつぶり首をふる相手に、あぁ、うん。と曖昧にうなずく。

 そりゃそうだ。“あのヤバい店”のトップ舞姫(ディーヴァ)だもんなぁ……。

 

「んで?先生がたに、バレたの?それ」

「もちろん!新体操の授業でレオタードに着替えたとき、クラスの女子みんなに」

「うへぇ。でもキミたちの高校、ピアスは禁止……だよな?」

「とーぜん!風紀担当する音楽の先生も最初はオコってたけど」

「そりゃ、ま、そうだ」

「そのうち隠れている部分ならイイかってコトになって……」

「……は?」

「まだ音大を出たばかりの若いオンナの先生なんだよ?最初は美香ッちに冷たくしてたのに」

「……うん」

「なんか、その。だんだんと、ふたりが親しくなって……」

「……ふむ」

「音楽準備室で、放課後に声楽の個人レッスンするようンなって……」

「……ほぉ?」

「そのうち、その先生が教員用トイレからブラウス一枚で出てくるの見たんだけど、なんと先生が!」

「ど、どうした?」

「ノーブラで、おまけに美香ッチと同じような乳首ピアスしてるの!」

 

 またしても、イヤな予感に絶句。

 

 なにか〝あの店〟から、特別のワザでも伝授されたのかもしれない。

 あるいは憑依状態の彼女が、ウサギ仕込みの超絶なレズテクでも使ったか。

 その女教師も生体改造され、新設された〝紅いウサギ〟のステージに立たなきゃイイが。

 

「いまはアノ子、男女別の親衛隊まで数グループひき連れて、ヤリたい放題よ、もう!」

「親衛隊?取り巻きか。へぇぇ……まだそんな文化、あるのか。平成と変わらんな」

「そう!アタシもさすがにヤバそうに思えるから、このごろは距離おいてるんだ」

 

 そう憤然と言って、この神社の跡取り娘はポテチをわしづかみにバリバリ……。

 

「お待たせ致しました。娘が、失礼をしなかったでしょうか?」

 

 襖(ふすま)をあけ、神主が姿をあらわした。

 

 自分は本殿のうす暗く、冷え冷えとした空気に包まれつつ、おぼええのある篝火(かがりび)の気配を嗅ぎながら祈祷(きとう)を受け、持ってきた100万を奉納し、『美月』こと美香子のコトを切に頼んだ。

 

 ──どうかアイツが、これからの人生、道を踏み外しませんように……。

 

 奥本殿での祈祷(きとう)が終わったとき、祓え串(ぐし)を収めながら神主はフト、ふりむいて、

 

「なにか、どこかで禁忌(きんき)を犯されませんでしたか?」

「は……?」

「いや、あれほどアナタに親和的だった大神が、今日はまったくお応(こた)えに──」

 

 

 

 そのときだった。

 

 一連の回想を断ち切って【ボニー】が、いきなりホーンを鳴らしトラックは急減速。

 なんだ!?と見れば、1台のフェラーリが、イキなり車線変更をカマしてきたのだ。

 リヤ・ウィンドウがスモークのためドライバーは分からないが、なんと初心者マーク。

 

「どうも第1話から、フェラーリが祟(たた)るな……」

 

 1話の冒頭、はげしい加速で追い越していった黒いフェラーリ。

 あるいは話の中盤、謎の転生トラックを発見し、追尾しようとして邪魔された2台の旧車(ビンテージ)。

 すると【SAI】は、いかにもバカにしたような音声で、

 

『どうせアーパーなカキタレ役の女が“パパ”に買ってもらった車で運転してるのでしょう』

『まぁ、下品ですねぇ!“カキタレ”だなんて』

『288GTOとは、すこしばかり豪勢ですが。そういえば詩愛サマが精神病院から誘い出されたのも、フェラーリでしたね。あれは、たしか7BA-F164BAA。自動運転仕様の『ローマ』でしたが……マイケル?』

「うん?」

『すみません。まだ詩愛サマのコト、引きずってますか?』

 

 もちろん、きれいサッパリ割り切ったといえばウソになる。

 彼女を喪った日のことは、いまでも火傷のように疼(うず)きつづけていた。

 だが今はそれよりも今夜、ヤツに「借りを返したい」という思いの方が、強い。

 あの若造を殺して、はじめて俺は詩愛を喪ったことを悲しめる……そんな気がしていた。

 

「そりゃぁ、あれだけ一緒に過ごした仲だ。簡単に忘れるワケにはいかないさ」

『……とかおっしゃって。あの青年傭兵に復讐したいという衝動のほうが、強いんじゃなくて?【フレブ・ザ・フレブ、クロフ・ザ・クロフ(パンにはパン、血には血を)!】ですわ?』

 

 AIにも、やはり性別があるのだろうか。

 女のカンとでもいうのか。【ボニー】は、正確にこちらの胸のうちを読み解いた。

 俺は慎重に動揺を押し隠しつつ、さも何気ないフリをして話題を変えようと、

 

「で、【SAI】。その復讐相手の若造に今日の昼以降、目立った変化はないか?」

『先日設置した監視用のデバイスに、動きはありません。白いメルセデスが上屋のなかに入ったっきりです。徒歩で出て行った形跡もナシです』

 

 【SAI】のハッキングで旧・保税上屋の青図(設計図)も手に入った。昭和時代の古い建屋だ。

 周囲は港湾区の寂れたエリアで、目立つモノといえば倒産した会社のサビ朽ちた倉庫や、廃止された貨物線の草ボウボウな車両基地ぐらい。ちょっとやソッと〝騒音〟をたてても短い間なら大丈夫と思われる。

 

 俺は腰のワルサーを抜き出し、記憶にあるフレームのキズ跡を指の腹でなでる。

 マンションの部屋は、自分が死んでも大丈夫なように、すべて整理してあった。

 

 生ゴミは処分し、

 冷蔵庫の中はカラにし、

 資源ゴミは分別して出して、

 それぞれにあてた遺言状を書き、

 古本は古書店の買い取りに出して処分し、

 残った財産は会社の顧問弁護士に託してある。

 

 前日の神社への参拝が、最後の仕上げだった。

 『美月』……美香子に憑依(ひょうい)した女神。

 なんとか守護して頂くしかない。

 どうか彼女に幸せな将来を。

 自分はシートで腕組み。

 そう、老兵は死(・)ん(・)で(・)。

 ただ消え去るのみ。

 

 ──あとは、ヤツとの決着をつけるだけだ……。

 

 上着のポケットには予備弾倉が3本。

 (2個はヤフオクのモデルガン・テリトリーで手に入れた)

 FALをどうしようかと思ったが、まさか自動小銃の撃ち合いにはなるまい。

 それでもイザという時外から出せるよう、キャビン背後の工具箱にバンド留めしてある。

 

 冬の夕方は短い。

 あっという間に世界は暗くなる。

 深夜に〝ドンパチ〟やるより、街の騒音が残っている宵(よい)の口の方が安心だろう。

 おまけに今日は週末。港湾区は、観光客やカップル目当てに短い花火大会めいたイベントが実施される。狙い目は──そこだ。

 

『着きましたわ?マイケル様。この辺りが、駐車するに一番目立たないかと』

 

 お局サマの悩ましげな声が、決闘の場所についたことを知らせる。

 彼女も、新しい“ウサギ”に居るのだろうか。淫(みだ)らな衣装(コス)で、客に媚びを売りつつ……。

 

 ──イカん、イカん……集中!集中!

 

 俺はベルトにワルサーをもどし、ピシャピシャ!

 頬を両手で叩くと、トラックとのコネクターを耳に。そしてコンタクト・レンズ型のモニターを片目につけた。

 

「よぉし【SAI】……【ボニー】……お楽しみの、お時間だ!」

 

 転生協会から貸与された防弾チョッキの下がムレる。

 それに、ヤケに薄手だ。これで弾を防げるんだろうか……。

 繊維製にしてはみょうに重いその具合をチョイチョイと直しつつ、

 

「お前たちは元・保税上屋の近くにいて俺のバック・アップな」

『了解しました、マイケル』

『あまりムチャはなさらないで下さいね?』

 

 量子コンピュータたちの声に送り出され、運転台のドアを開けて冬の空気の中に降り立つ。

 遠くでは街の歓声。しかし見捨てられたこのエリアは、港湾区特有のディーゼルエンジンの臭いと、立ち枯れた背の高い雑草がカサコソ微風に鳴る気配ばかり……。

 腰をかがめ、明るい場所をさけつつ、しぜんと足どりはアフリカ傭兵の斥候隊のものになりながらガランとした建物に接近してゆく。

 駐車したメルセデスのボンネットに触れると、サーモグラフのとおりエンジンは冷えたままだ。フルスモークにした車内に、赤外反応もない。

 

「【SAI】、【ボニー】。聞こえるか?」

『感度良好ですわ?マイケルさま』

「これより侵入する。サーモグラフに注意!ヤツが現れたら、居場所を知らせてくれ」

『了解しましたマイケル』

 

 線路の名残である足もとの砕石(バラスト)を踏み鳴らさぬよう、俺は大きく迂回して、旧・保税上屋の屋根の下にはいった。

 コンタクトが暗所を検知し、自動的に視界の照度をあげる。

 大屋根だけの、ガランとした元・保税上屋エリア片隅には、プレハブの倉庫が建っている。

 崩壊しかけたスチールの下駄箱や、放置されたサビサビの自転車を見ると、どうやら当時は事務所として使われていたらしい。

 

【○○組】

 

 そんな乙仲(※3)の大きな筆書き木製カンバンが、朽ち果てたまま転がって。

 土ぼこりで曇りガラス状になった窓から中をのぞけば……。

 

 ──ふ……ん。

 

 部屋には机と椅子が一脚だけ。

 アルミのドアをスライドさせてみると、古い見た目のワリにはスルスルと動いた。

 一歩踏み込むと……まちがいない、ガンオイルの臭い。

 タバコの気配はしない。やはり相手は相当のプロらしい。

 床に土ぼこりは溜まっていない。それゆえ足跡も確認できない。

 どうやら部屋を使ってはいるものの、痕跡(こんせき)を消した工作の気配がある。

 

 ──あ……。

 

 暗視コンタクトをはめた眼に、反応があった。

 窓から見れば、建屋から少し離れた場所にある廃倉庫。そこの二階に、赤外反応。

 部屋を出ると、足音をしのばせ廃倉庫の1Fに。そこはトラックバースとなっており、トラックの荷台の高さまで広い床が地面から持ち上がっているのが、頼りない灯りで辛うじて見えた。 

 

(うんせ……ッ、と!)

 

 おもわず小声をだしてそこをよじ登ったとき。

 ゾクリ!全身に悪寒が奔った。

 H鋼のカゲにダイブするのと、ガチガチガチッ!消音器付きの連射音が鳴るのが同時だった。

 カ・カンカン、カン!鋼材が弾丸を弾(はじ)き返す鋭い気配。

 

 ──消音器つきのSMG……だと!?

 

 しまったァ、やっぱFALを持ってくるんだった……ッ!

 後悔しても後の祭りだ。雰囲気からして、たぶん9mm。発射速度のおそさに聞き覚えがある。ウサギが襲撃された“あの夜”に連中が使ってたUZI短機関銃だろうか。

 

 闇の中、建屋の2階から砂を踏む音がして、

 

「まっていましたよォ!マイケルさん」

 

 あの若造の声。

 

「さすがは“昔とった狐塚(キツネづか)”!カンは鈍ってないとみえますな」

「“昔とった杵柄(キネづか)”だアホめ!なぜ俺が来るとわかった!」

 

 ガガッ!──ガガガッ!

 コンクリの床に、またもや短い弾着。

 跳ねた破片がひたいをかすめ、血のにじむ気配。

 

「なぁに、内通者がいましてね……それより現役のころの階級は、なんでした?」

「大尉だ!──キサマは!?」

 

 闇の向こうでいくぶん鼻白む気配。

 

「……ちぇっ、伍長でしたよォ!」

「いったいどこの部隊で、ウデを磨いたんだァ!?」 

「レジオン・エトランジェール(フランス外人部隊)!第二外人落下傘連隊、第1──」

 

 喋ることで相手の気配に緩みが出た。

 すかさずステージのスミにダイブして建屋の廊下に転がり込む。

 ガチガチ!!……と、追ってきた着弾は、中途半端な連射で止まる。

 弾切れだろうか。マガジンを交換する気配はないが、油断はできない。

 階上の方で相手が射撃位置をかえるため、場所を移動するかすかな足音。

 

 ──第1か……。

 

 ヤツの経歴の可能性を下調べするため、昨今の各国・武装ユニットを勉強していた俺は、ちょっと舌打ちをする。たしかフランスの今の“第1”は都市型戦闘を専門とするエリート部隊だ。野戦型の俺とちがい、こんな廃倉庫やCQBは、まさに向こうのテリトリーじゃないか。

 

「【SAI】!【SAI】!聞こえるか?先手ぇ取られたぞ!」

 

 腹立たしげに、俺は囁き声で怒鳴った。

 

「ココの建屋の「青図(設計図)を送れ!」

 

 こんなこともあろうかと、周辺の建屋はみんな図面を入手していた。

 だが──【SAI】からの応答がない。

 

「【SAI】!?」

「ムダですよォ、大尉どの!」

 

 ほおをかすめて銃声が響き、近くの手すりから火花が飛んだ。

 

「さっき、周辺に立てたアンテナから妨害用の電波ァ、トバしました!」

「伍長ォ!おまえに内通者が居ると言ったな……そいつはダレだ!」

 

 遠くで哄笑する声。

 

「ソレを言ったらァ、内通者にならないでしょうがァ」

 

 また一発。近くをかすめ、昭和のモロいガラスを砕く気配。

 今度は拳銃だ。おそらくSMGは使い果たしたんだろう。

 相手の気配と声を頼りに、俺は広い倉庫を移動する。

 

「アンタの動きは丸見えだ!」

 

 長い渡り廊下を走るそばから着弾が追ってくる。

 キワどいところで、また銃弾がカスめる気配。

 

「ほらほら、シャバの生活が長すぎて、動きがニブいですよ!大尉どの!!」

 

 一連の着弾を辛うじてかわし、物陰に身体ごとダイブしてハァハァと胸をあえがせる。

 

 ──くっそ!……息切れが……。

 

 目の前で小さな~~。~~。がいくつもよぎった。

 ジョギングすらしてこなかった毎日、それどころかQ日の朝酒まで。

 ココにきてツケが一気にきたような気配。畜生め。

 

 倉庫の中は、3階までロの字型の吹き抜けとなっていた。

 

 鉄板のサビを踏む頭上の足音が近づいてくる。

 俺はワルサーを抜き、音のしないよう安全装置をハズした。

 見た感じ、塩害で鉄はボロボロのようだ。うまくいけば、ヒョッとして。

 

「大尉どの──ホラ、そんなトコにいないで、出てきてくださいよ!」

 

 声のする頭上へ、すばやく俺は身をねじると引き金を絞った。

 覚えのあるリコイル。馴染みのある、手のひらの感触。

 一瞬、それまでの疲労とわだかまりは消え、反響する銃声と鼓膜の激痛すら心地いい。

 

「クソっ!」

 

 上の方でそんな悲鳴がして、やや靴をひきずる足音が遠ざかってゆく。

 図に当たった。サビサビの鉄板を9ミリ弾が貫通し、ヤツをかすめたらしい。

 遠ざかる足音と同時に、

 

「くそネコぉ!……ドコに居やがるくそネコぉ!!……」

 

 恨(うら)みがましく叫ぶ声が、広い倉庫に反響した。

 

「ハナシが……チガうじゃないかァァァァァ!!……」

 

 俺はワルサーを構えながら内階段をつかって上の階へ。

 長い通路に出ると、血痕がコンタクトのサーモ・グラフに反応し、点々と倉庫の奥へ続いている。

 と、あとを追跡しようとしたとき、うっかりビールの小瓶らしきものをケリ飛ばし、よく響く澄んだ音を空間に響かせてしまう。

 とたん、彼方から拳銃の連射音。

 金属の灼けた臭いが鼻先を通過し、背後の大きな窓ガラスを砕きハデな音をたてて。

 

「こいよ、若造!」

 

 俺は叫んだ。

 

「ケリをつけようじゃないか!──『2Rep』(第二外人落下傘連隊)!」

「片腹イタいですねぇ!──クソじじぃが!」

 

 俺の中で何かがキレた。

 

 ──じじぃ……だと!?

 

 ポケットの中をさぐり、中途半端に使ったマガジンを尻ポケットへ。

 そしてジャケットの上着から、満タンの予備マガジン2本のうちの1本を再装填。

 蹴飛ばした小瓶(ハイネケンだった)の細いネックをベルトに挟み、そろり進んでゆく。

 血の跡が消えた。相手も気配を消した気味がある。

 

 ──勝負だ……。

 

 月が、倉庫の窓から顔をのぞかせ、暗闇にぬり潰されていた空間をほんのり蒼白にする。

 俺はひろったビールの小瓶をヤツが居ると思われる方へ投げた。

 

 放物線の時間。

 ガラスの砕ける音。

 同時に階段を駆け下りてくる気配。

 俺は反対側の階段を使い、ともに1階まで降りる。

 

 バッ!とロの字の空間に出たところ、なんと相手も物陰から勢い余って飛び出す。

 30mほどの距離を措き、ギョッとしたふたりの男は、とっさに手にした武器を振り上げ水平に構える。

 

「らァァァァァァァァァァァァぁ!!」

「うォォォォォォォォォォォォぉ!!」

 

 まるで飢えた犬が、たがいに牙を剥くように。

 撃ちあう銃声が、広大な倉庫の吹き抜け空間を轟かせた。

 俺の胸に肩に、ビシビシとゴムの重いヘラで叩かれるような衝撃。

 やがて双方ともスライドが最後の空薬莢を吐き出し、後退したまま停止。

 

 ──弾切れ……ッ!

 

 体は〝生存本能〟のブーストを受け、流れるように自然に動いた。

 俺は片手で空の弾倉を弾き落としつつ、もう片方でジャケットの予備弾倉をつかむ。

 相手は両方の手を使い、ようやく空の弾倉を抜き捨てた。

 

 俺の手が弾倉を銃に叩き込んで初弾を銃身に送り込み、相手に狙いをつける。

 その時、

 相手は、ようやく予備弾倉を銃に差し込んだところだった。

 

 ・片手で空の弾倉を弾き落としたか。

 ・両手をつかい空の弾倉を抜いたか。

 

 拳銃の構造が、コンマ5秒の差を生んだ。

 

 互(かたみ)に凝固(ぎょうこ)するふたりの射手。

 やがて俺は、銃を下に向けくちびるを噛む若造に狙いをつけたまま、

 

「カタギの女ぁ殺(や)りやがって……さてはキサマ、戦場で女、子供をフツーに殺してたな?」

 

 あいては、虚勢(きょせい)ぎみのムリ目な嘲笑(あざわら)いを浮かべ、

 

「そりゃそうサ!命令だ!仕方なかった。アンタの時代とはちがう!」

「おなじだよ──アホが……」

 

 俺は相手の頭に狙いをさだめた。

 

「傭兵ってなァ、契約がどうあれ武装してない女・子供は殺さねェ……」

 

 キレイごとを!と青年は拳銃をふりあげ、コチラに狙いをつけようとする。

 だがそれより早く俺のワルサーが吠え、傭兵隊長を後ろに吹き飛ばした。

 弾倉を全弾撃ち尽くし、ふたたび素早くチェンジ。

 

 暖かいモノが、ウデから垂れるのに気づく。

 どうやら露出した肩を、銃弾がカスったようだった。

 転生協会の防弾ベストは、任務を果たしてくれたとみえる。

 胸や腹に打撲めいた鈍痛があるが、幸いにも銃創の気配はない。

 相手も現役の傭兵だけあって、どうやら拳銃のウデは確かだった。

 

 ──きわどかった……。

 

 あおむけに引っくりかえり、弱々しくうめき声をあげる若造に、俺は床に散乱するガラスの破片や小枝をパキパキ踏みならしながら、ワルサーの照準をキープしつつ、ゆっくり近づいてゆく。

 撃ち倒された相手は、高窓から漏れる月光の平行四辺形な薄明かりの中に転がり、ヒューヒューと息をしている。その近くには共産圏の中型拳銃である9mmマカロフ拳銃が転がって。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「やっぱりキサマは、傭兵として二流だったな……えぇ?」

 

 俺がワザとバカにしたような嘲(あざけ)りをふくんでそう言うと、血まみれになった相手は、ロコツに憎悪をこめ、睨(にら)みかえしてきた。

 コチラのとは、比べものにならないほどゴツい防弾ベスト。たぶん装甲(アーマー)も入っている。どうやら俺の弾は、コイツの装甲の間をスリぬけて、致命傷を当てたらしい。勝負は、まさに“紙ひとえの差”だったように思える。

 

「ホンモノの傭兵ってなァ、カネのためには動かねぇ」

「フッ!……キレイ、ごと……言ってくれますね……」

 

 ロートルが……と、口から血を流しつつペッ!血まみれの痰をとばす。

 だがそれはこちらにとどかず、自分の服を汚しただけだった。

 俺の胸のうちに、冷え冷えとしたものが下ってゆく。

 

「ガキが!その“キレイごと”が、世の中を分けるのサ。綺麗(きれい)なカネと穢(きたな)いカネの区別をつけず、仕事を請けるからコンなザマになる。あんな結城の爺ィの仕事なんかに、手を出すンじゃなかったのョ。こうなりゃ、ついでだ。ヤツも──始末してやる」

「ムダ……ですよ」

 

 ここで青年傭兵隊長は、力なくせせら笑い、

 

「あのヒトは、末期のガンだ──もう死んでるかも……おあいにくサマ」

 

 そしてひとしきり咳き込むや、

 

「おなじだよ……大尉も、コッチも……おなじ血の海でもがく……ウジ虫だ」 

「だが、わ(・)た(・)し(・)は正義のウジ虫だ!」

 

 “オレ”はワルサーを構え直した。

 

「残念だったな。コチラは、キミのような血を吸うだけのヒルとは違う」

「なにが……セイギだ……わらわせる。この世は……チカラだ」

 

 青年傭兵のその言葉は、森閑としてオレのむねに下った。

 

 たぶん、それがいまの世の中なんだろう。

 仁義や礼節、つまりスジを通すハードボイルドな“やせガマン”は、すでに時(・)代(・)お(・)く(・)れ(・)となったのだ。

 そのときオレは、はじめて自分が“歳をとった中年”であることを、マザマザと思い知った。

 

 ──過去の……異物か。

 

 その時、相手が最後の力をふりしぼったか、腕を一閃!

 小刀状の手裏剣が、オレの胸に刺さる。しまった!とよろけるが……衝撃だけで、別に痛みはない。胸から引き抜いたときに手応え。

 なんのコトはない。

 ヤツの最後の一撃は、胸に入れた縁結び神社のお守り木札に命中(あた)っていた。どうやらツキは、コチラにあるようだった。

 ワルサーを握りなおした俺は大きく息をつくと、裁判官が判決をくだすように、

 

「伍長。手前ェは転生させねぇ。そのままそこで腐ってゆけ……地獄に堕ちろ」

「まっ──」

 

 相手が手をあげて命乞いのすきも与えず。

 青年傭兵隊長の顔に、ワルサーPPの全弾を叩きこむ。

 轟音が止んだとき、そこにはグズグズに砕かれた血と肉の塊があるばかり。

 コンタクトレンズの透明バッテリも切れたか、赤外線サーモが次第に薄くなってゆく。

 いや。それはコイツの身体から命が抜けてゆき、体温が低くなってゆくためかもしれない。

 

 月が──これ以上、観てられないとでもいうのか。

 叢雲(むらくも)に面(おもて)を隠し、辺りは薄闇(うすやみ)と化してゆく。

 

 これで、晴れて詩愛の復讐は果たされたワケだ。

 いまはもう、何も思い悩む必要なく、手放しで哀しむことができる。

 

 だが……何故(なぜ)だろう。

 〝オレ〟のなかには満足感も、いわんや哀(かな)しみすらも湧(わ)かず、ただ荒涼(こうりょう)たる気配だけが、胸に拡がってゆく。むしろコイツに撃ち斃(たお)されたほうがどれだけ良かったか、そんな気さえしていた。

 

 

 

 

 ──おみごと……♪

 

 いきなり、どこからか声がかかった、ような。

 ふり向けば、さらに暗い物カゲに金色の瞳がひとつ、宙にうかんでいる。

 

「キサマか……畜生めが」

 ──ヤレヤレ。相変わらずご挨拶だねぇ……。

 

 せっかくワザワザ足を運んだってのに♪と、相手は顔をコシコシこすりながら柱の陰から出てきた。

 そうか!と遅まきながら気づいた。伍長の言っていた『くそネコ』という罵(ののし)り。

 

「内通者、というのはオマエか……あの哀(あわ)れな若造を、ウマくハメたわけだ」

 ──ひとぎきが悪いねぇ……“業(ごう)”のめぐりを、手助けしただけサ♪

 

 それで今日、ワザとらしく待ち伏せをしていたのか。

 UZI短機関銃が弾切れになって助かった。ヤツの拳銃も9mmだが、ふたつに互換性はない。

 

「……いまさら、なんの用だ」

 ──姫(ひ)ぃサマは、ご満悦(まんえつ)だよ?

「ひいサマ……ダレだ?縁結び神社の女神じゃあるまい」

 ──アレは、この世界の理(ことわり)サマさ。姫ぃサマと反対のお立場なんだ。

「つまり、この若造を殺したことが、おめがねにかなっていると?」

 ──そして、キミ自身も殺されるコトが、ね。

「…………」

 ──知ってるかい?【死刑執行人も、また死す】って。

「ナチを扱った、戦中の古い映画だろう。それがどうした」

 ──ボクが言いたいのはね、πάντες γὰρ οἱ λαβόντες μάχαιραν ἐν μαχαίρῃ ἀπολοῦνται.※4

 

 イキナリこのくそネコは、耳慣(な)れない言語を発した。

 

 ──さぁ。長々と続いたこの喜劇の幕を、降ろそうじゃないか

 

 金色の瞳が、ニィッ……と細められ、黒ネコは柱のカゲに退散してゆく。

 

 顔をかくしていた月が、成りゆきに興味津々(きょうみしんしん)とばかり、雲間から顔を出した。

 ふたたび明るくなってゆく、見捨てられ、殺伐(さつばつ)とした広い倉庫のフロア。

 そこには長身の男が、ストックのついた大型拳銃を構えて立っていた。

 

「よぅ──大尉サンよ」

 

 

 

 




※1:100万円の帯封付き札束
※2:1000万円分の(同上)
※3:乙種仲立業。貿易に関して、各種手続きの代行・実作業を行う業者
※4:新約聖書より/剣ヲ取ル者ハ皆、剣ニヨッテ滅ビル 

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