※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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   〃   (後編)

 

 その声は、冷え冷えと闇の中に響いた。

 忘れるはずも無い。オレの宿敵。腐れ縁。

 そんな男が倉庫に差込む外光を背に立って。

 

「キサマか……」

 

 思わず呻(うめ)くように、オレは呟(つぶや)く。

 月が、興味津々(きょうみしんしん)とばかり、また叢雲(むらくも)のカーテンを払いのけた。

 

 長身の男が、中途ハンパに長い獲物を小ワキに構えている。

 スチェッキン・マシン・ピストル。

 ソ連原産の、この大型自動拳銃はスイッチひとつで、フルオートにもなる拳銃だ。

 たしかこの野郎は、ソ連の手先を営(や)っていたアフリカ傭兵戦争でも使っていたような。おまけに今夜は、それにサイレンサーと、ホルスターにも兼用できる木製ストックを付けている。

 中途ハンパに長いのは、そのせいだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「最後に、読者に言い残すコトはあるかい?中尉サンよ……あぁ失礼、大尉だったな」

 

 ──ちくしょう、よりによって、こんな時に……!

 

 オレは歯がみしつつ相手をニラむ。

 

 

「ヤンの野郎にノコノコを誘い出された時の、手前ェのマヌケ面には──」

 

 ドレッドは、大型拳銃をふって薄笑いを浮かべ、

 

「ブッシュ(茂み)の影から、ワラいをこらえンのに必死だったぜ」

 

 ヤン……なつかしい名前を聞くような想いだ。

 

 南アフリカ豪農の息子。

 司令部付きの補給担当中尉。

 敵に情報を流した、裏切り者の我が同僚。

 

 『丘の上のモスクワ』と異名をとるぐらい、左派で有名なケープタウン大学を卒業し、奴隷身分の悲惨な現状に義憤をおぼえ〝赤い闘士〟となった哀れなインテリ。

 モスクワの手先となったドレッドに裏切られ、射殺されたその死体は、いまも銃弾を孕(はら)んだまま、アフリカの乾いた大地に埋(う)まっていることだろう。

 

「オレはヨーク軍曹と共に殺されたんだな……たしか『40話』に出てきた老大尉の機銃で」

「正確にァ、ソイツの手下どもだナ。老いぼれの大尉も、年金をもらうことなくラングレー(CIA)の手で始末されたのは、前に言ったとおりよ……」

「そして、オマエもモスクワの手で処分された……たしか〝おサル〟のジョージが『第87話(その4)』で言ってたな?」

「ケッ!あのおしゃべりが……そうよ、KGB(ソ連国家保安委員会)と水族館(GRU)(※ソ連軍参謀本部情報総局)の両方から、カネを引っ張ろうとして、ミスったのさ。ヤツラの方が、一枚上手だった。アフリカを離れるときに乗っていたアントノフごと、撃墜処分されちまった」

 

 ドレッドは、チラと腕時計に目を奔(はし)らせた。

 

「さて……オレたちは、ずいぶんと時間をムダにしているようだゼ?」

 

 相手はスチェッキンを構え直し、ストックをワキにはさんで銃口をコチラに向けた。

 冷え冷えとした夜気が、急に鋭さを増して神経をささくれさせる。

 

「……あばヨ、大尉サン♪」

 

「まてまてまて!」

 

 さすがに〝オレ〟は焦った。

 なんとかして時間を稼ぎ、【SAI】の援軍に可能性を繋がなくては。

 アタマが沸騰するほど高速回転させたすえ、オレはふてくされた自棄的な口ぶりで、

 

「さすがに、もう勝負はついたんだ。死ぬ前にオレの知りたかったコトを、教えてくれてもイイだろ?読者だって消化不良で欲求不満になるし……」

 

 ドレッドの顔に、ポカンとした表情が浮かんだ。

 

「ナンだ?……読者?」

 

 オレは冴え冴えとした月の光が倉庫の高窓から斜めに差し込む情景のなかで、カラカラに乾いた口をなんとか酷使しつつ、

 

「そうさ?2020年の1月からダラダラと牛のヨダレのように続いた物語だ。伏線は、キッチリ回収しておきたい」

「ナニを言ってるのかワカらねぇが……ハヤくしろ。このあと稼業(シノギ)があるンだ」

「シノギ……マサか、最近ハヤりの〝トクリュウ〟か?」

「あ~ほう。誰が『闇バイト』みてぇな、アタマの悪ぃ稼ぎなんざ営(や)るかい」

 

 相手は鼻でワラったあと、

 

「金塊だ、ゴールドの密輸だよ。消費税ぶん、イイ儲けになる」

「ウランの次は、金塊かよ……」

 

 この男はアフリカ時代、コンゴ有数の【シンコロブエ鉱山】から産出するウランをソ連に密輸していたのは先述のとおり。それらは核兵器の弾頭となって、冷戦時代を演出したのだ。

 

「そうさ、そしてその後は……」

「その後?……なんの用だ。まさかオンナでもあるまい?」

 

 冗談に言ったつもりだったが、薄暗がりに相手の白い歯が鮮やかに、

 

「イイ家の“ご令嬢”を拉致(らち)ってな?泣きわめくところを調教し、おまけに腐りきったブルジョワな御実家のほうからも、身代金をフンだくってやる寸法よ」

「ムゴいことを……相変わらずシュミ悪ぃな」

 

 コイツの外道っぷりには、あいかわらず辟易する。

 こんなヤツに負けるわけにはいかない。だが、いまはあくまで弱々しく、

 

「第一、そんなコトしたら警察ザタになるだろうに……」

「営利誘拐は、オモテになりにきィ。おまけに親御ドモにも、後ろ暗いコトの証拠を送りつけてるので、警察に相談しにくいって寸法さ。オメェの情婦(イロ)を犯(や)ったとき、味ィ占めてな?」

「……」

「お上品ぶったメスガキが、薬漬けンなったうえ、腰を振ってヒィヒィ言うようになる。そこを飢えた犬の群れに肉を投げ込むように、まずは部下どもに調教済みの“汚嬢サマ”を下げ渡すンさ。『ナナ』のヤツは……いい顔をしないが」

 

 オレは肌の浅黒い、混血の美人を思い出す。

 肉感的な、南洋系をしたスタイル抜群のコイツの情婦。、

 前世のコンゴでは、心ならずもオレの撃った銃弾に倒れた女・・・・。

 

 

「そしてそのあと、デキ上がった“品物”を扱うクラブに売りトバす。まァもっとも──」

「……もっとも?」

「あんまやり過ぎッと“闇の組織”が動いて、始末されちまう……そうなんだろ?」

 

 スチェッキンの銃口がコチラをむいた。

 

「お前ェと、お前ェのトラックが、関係してンだろ?」

「……知らんよ、オレは」

「フン、まぁイイ」

 

 ドレッドは肩をすくめ、

 

「ここにきて拷問で口を割らせるのもタルい。手前ェらが、だいぶ騒々しく銃撃戦なんてしやがったから、コッチもとっととズラかりてぇ。どうせ花火大会の会場近くで、どっかのバカが爆竹鳴らしていると思われてるだろうが……」

「オマエは……」

 

 オレはくちびるをなめ、相手を刺激しないよう慎重に、

 

「異世界で……皇国で……自分の姉妹を“性処理人形”にされたんじゃなかったのか。それと同じ事を、腐りきった貴族どもと同じ仕事を、してるとは思わないのか」

 

 カチッ──カチッ──。

 薄くらがりの中で鳴る金属音。

 拳銃の安全装置をON/OFFしているのだ。

 オレはさらにたたみかけて、相手の渋面に向かって、

 

「もう“あの世界”の記憶は、薄れたってワケか、えぇ?『ベジドフ』サンよ」

「忘れちゃいねぇ!」

 

 不意にドレッドは、いきなり異世界での自分の名前を言われてキレたように、

 

「あの世界の理不尽さ……悪徳貴族にオレの大事な姉キたちを魔法で“奉仕用ドール”にされた悔しさは、むりやりチンポを姉キのケツ穴に突っ込まされ、アヘらされた屈辱は!いまも忘れたコトがねェ!!」

 

 ギリッ!

 

 薄闇に食いしばられた白い歯が光る。

 ストックと消音器のついた大型拳銃をフリまわし、

 

「だから!俺はこの世の中を引っ掻きまわすことにキメたんだ!金持ち!為政者!権力にふんぞり返り、自分の我を通すヤツ!なにより議会の政治屋ども!!!」

 

 いきなり拳銃のスライドを動かし、コチラに向けるや一発!

 パキャッ!軽い音がして、オレのほおをカスめ、銃弾が飛んでいった。

 空気に混じる、銅の灼ける臭い。アゴにむけ、なにか温かいモノが垂れるカユみ。

 

「まえにも言ったとおり、ようやく家に帰ってみりゃ!おフクロが貴族の拷問をうけ倒れてる。近くのヤブ医者に見せるが、手には負えねぇと。街中が“イバイラの祭り”でピーヒャラ浮かれ沸き立ってるなか、街一番の医院まで走った時に聞いた、街に鳴り響く『聖イジーの鐘』の音!まだ耳の中にコビりついてるゼ!」

 

 オレも覚えている。

 

 皇国を守護すると言われている巨大な鐘。

 たしかコイツが王権を簒奪(さんだつ)したとき、鋳溶(いと)かされて青銅は公衆トイレの便器にされたとか。

 

「マエにも言ったとおり結局、医者ァ来てくれず、明け方の光に照らされたおフクロの苦悶に固まった冷たい顔をみたとき、俺の心はキまったのさ。この世界を、憎んで!憎んで!憎みきって!出来るだけ『騒乱』と『絶望』と『悲惨』とを、ブチまけてやる!!」

「……」

「俺の『行動原理』ってヤツさ!美味い汁を吸う連中にホエづらかかせるのよ!……だがな」

 

 悪魔のような形相になっていたドレッドは、ここで不意に勢いをゆるめ、

 

「いざカネを持ってみると、世の中も捨てたモンじゃねぇと思えてくる……」

「……」

「ひととおり“場を荒らし”て……政治屋どもにもコネができ……基板が出来てみると……」

「……」

「良い車を乗り回し……イイ酒を飲み……ホテルのスィート暮らしとなると未練がでてくる」

「……」

「キビしい記憶の刃(やいば)も、時間とともに錆(さ)び、鈍(ニブ)り……」

「……」

 

「そうなると、ごく最近は、女のほうにも欲が出てきた」

「へぇ。“女には、もう飽き飽きだ”とか、チョッと前に言ってなかったか?」

 

 薄闇の中でも、目のまえの男が渋面を浮かべるのが分かった。

 

「不思議なんだよナ……最近、野党の政治屋からあてがわれた調教済みのスケが絶品でよ?」

「政治屋?。議員か」

「なるほどヤツらが中国の『ハニー・トラップ』に引ッかかンのも、分かろうってモンだ」

 

 そのとき!

 ドレッドの背後に、動きがあった。

 

 なんと、わが戦車がモーター駆動で彼方からジリジリと接近しつつある。

 俺からの交信が途絶したことと、銃声を聞いて行動をおこしたに違いない。

 だが──いかんせん、まだ距離があった。ココはどうにかして時間を稼がねば。

 

「そんなに良いオンナなのか?」

「献上用に調教してるとか、言ってやがったナ」 

「ひょっとして“あの店(紅いウサギ)”が関係してるとか言わないよな」

「その逆だ。連合と反対側の勢力。あのハコを襲撃したのも、そいつらだゼ」

「オマエの『ナナ』よりも、良いのか?その……容姿(すがた)とか、俗にいう“具合”が」

 

 ケッ!ドレッドは銃を持っている反対側の手をふった。

 

「ソレ用に、情け無用の調教を受けたスケだぞ?比べものになンねぇや。さて……」

 

 ドレッドは、スチェッキンをオレに向けて構え直した。

 

「ズイブンとお喋りし了(ちま)ッたゼェ……あばよ」

「まて!殺すのはもう少し待ってくれ!」

 

 オレは【SAI】の集音マイクに届くように、

 

「最後に、一つだけ聞きたい!」

 

 ドレッドが眉をひそめた。

 撃とうか、どうしようか。

 やや久しく、迷うそぶり。

 

 オレにとってその数拍は、地獄のような長さに感じる。

 トラックは、まだはるか彼方。捕獲用触手の射程は30m。ぜんぜん遠い。

 

 チッ!鋭い舌打ちを闇に響かせて、

 

「ンだよ。往生ギワの悪ィ……ハヤくしな」

「異世界──皇国で、あのあとオレは老いぼれて……たしか餓死も同然の孤独死をした」

 

 銃口ごしに、おれは半眼にした相手の眼を見ながら、

 

「オマエのクーデターの結果は……どうなだったんだ?オマエの最後は」

 

 ドレッドの顔に、こんどこそ渋面が浮かんだ。

 

「フン……結果は」

「結果は?」

「……いまさらソンなことを聞いて、どうする」

「もう殺されるんだろ?どうせなら、心置きなく死にたい」

 

 スチェッキンの側面を、長身の男はゆっくりと撫でた。

 そして何を思ったか、

 

「“ローマ帝国衰亡史”は読んだか?」

「あぁ、『ギボン』のか?もちろん。むしろオマエが読んでいるとは意外だが」

「ウルセェ。アレと同じよ。息のかかったヤツで周りを固めたが……そのうち前の王権と同じく汚職と収賄がはびこって。な」

 

 ふむ、とオレはうなずいた。

 

「文化人類学でいうところの“通時的”側面ってヤツだ」

「外部の勢力をかりて腐りきった王権を倒したはイイが、そのうち俺の院政な政権も腐ってきて、最後はクーデターのドサクサで敵対していた連合国家に征服されて……オワり、サ」

「オマエはどうなったんだよ?」

「王宮から親衛隊と一緒に逃げる途中、裏切った部下の通報でパルチザンに捕まって、な」

「ふぅん?」

「馬車から引きずり下ろされ、首を切られた……らしい」

 

 さて、もう良いだろうとドレッドは銃を構え直した。

 

「オンナのトコに行く時間がなくなッちまう」

「よもや貴様がオンナがらみで溺れるとはな」

 

 オレはおおげさに呆れてみせた。

 

「ちょっと前とは、ずいぶん違うじゃないか」

「俺も、シャバっ気が出てきたらしいや。生あるうちに愉(たの)しめ、サ」

 

 だめだ。間に合わない……。

 

 トラックは5~60mまで接近している。途中の廃線あとに敷かれた割石を鳴らさないよう大きく迂回するせいだ。狙撃用の武装は無かったか……ガンマ線の照射装置があったはずだが、あれはピンポイントに狙えない。

 

 そのとき、男の背後で動く気配がした。

 

 

「アンタの言う、その“調教済み”なオンナってのは……」

 

 

 柱の影から切り出されたシルエット。

 女物のコートに、ロング・ブーツ。

 ドレッドの愛人『ナナ』だった。

 

 

「そんなにアソコの具合がイイのかい?アタいより……」

「ナナ……てめェ、いつからソコにいた」

「ふん。『イイ家の“ご令嬢”を拉致(らち)ってな?』……の辺りからかねぇ」

 

 なんてこった。

 つまり、ほぼ最初からオレたちの会話をきいてたことコトになる。

 物陰で彼女は、ドレッドの得意げな惚気(のろけ)を、どんな思いで聞いていたのだろう。

 

「どうしてお前ぇが、ココに……」

「んなこと、どうでもイイじゃないのサ。で?どこのメスだぃ?アンタの新しい情婦(イロ)って」

 

 いや、なに。そのぅ、とこの男にしては珍しく煮え切らない口ぶりで、

 

「まぁ、どうでもイイだろ……フランス料理ばっかだと、ラーメン屋にも入りたくなる」

 

 上手いたとえを言ったつもりなのか、ドレッドの歯が光った。

 しかしナナは相変わらず冷たい素振りで、

 

「アタシ言ったよね?女を道具にするなって。カネにモノを言わせて、だって?」

「うるせェなぁ……お前ェは俺のチンポ黙ってシャぶってりゃイイんだよ!」

「マイケルさんの時だって!!」

 

 いきなりドレッドの情婦は激高したように、

 

「お相手の詩愛サン、らちッて輪姦(まわ)すの、反対したじゃないのサ!それを……」

「アレは!お前ェのカタキをとったんだろうが」

「ダレもそんなこと頼んでないよッ!」

 

 ムチのようなナナの一喝。

 ついで、怒りがにじむ震え声で、

 

「オンナをあんなに残酷に扱って!

    しかも……イイ家(とこ)出の、ウブなお嬢サンをッ!」

 

 あぁ、そうサ♪と、ドレッドは冥(くら)い嗤(ワラ)いを浮かべ、

 

「オレたちが輪姦(まわ)したあげく、アタマ変になって。あのヤベェ店のキャストになったあとは……」

「……」

「メス人形に改造され、大勢のゲスども前で視姦されたあと……殺(バラ)されてたっけ!」

「アタシがアフリカでマイケルさんの銃弾でおッ死(ち)んだのも、アンタをかばってのコトじゃないか!」

 

 ナナの柳眉(りゅうび)がますますツリ上がる。

 

「べつにアンタに仇(カタキ)をとっとくれだなんて、言ってないよ!」

 

「俺のケジメだ!!」

 

 とうとうドレッドはオレを差し置いて振りむき、

 

「手前(てめ)ェのタメじゃねェ!俺の──男としての!」

 

 スチェッキンをふりまわし、ドレッドは激怒する。

 

「精(・)液(・)便(・)所(・)ふ(・)ぜ(・)い(・)の手前ェに、とやかく言われる筋合(すじあ)いァ、ねぇ!」

 

 ナナが、ドレッドにゆっくりとした足どりで歩み寄った。

 

「へぇ……で、今夜はマイケルさん殺したあと、新しいおトイレのトコに行こうって腹だね」

「そうよ。もうダイブ遅くなっちまった。お前ェは、ヤサ(アジト)に帰ってろ」

 

 そしてそこで、不意に顔を賤しげに歪め、へへッ、短くわらい、

 

「気に入らなきゃ──戻ってこなくてイイぜ」

 

 

 

 やや久しい沈黙があった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へぇぇ。そぉうお?……そぅなんだァ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 秘めやかに、忍びやかに。

 

 

 

 

 ナナの動きは、まさにネコ科の肉食獣めいて。

 

 

 

 

 そして、キラリ!

 

 水晶のように光る長い刃を一閃、いきなり彼氏の右わき腹に突き刺した。

 

「ぐぅ、ッ!」

 

 のけぞるドレッド。

 

 柔らかいバターのように入ったその長いナイフを、彼女は汚いモノのように手から放し、あとずさりする。

 

「がァッ!……ナナぁぁぁッ!てめッ……ぇ……ッ!」

 

 苦悶(くもん)の表情をうかべるドレッド。

 ヤツは肝臓のあたりにズップリと刺さった刃を抜こうとする。

 だが、早くも手はふるえ、もうそのチカラは残っていないようだった。

 

「やりァがった……な」

「その、腐れマ○コの具合がイイお(・)ト(・)イ(・)レ(・)さ(・)ん(・)に、よろしく伝えて頂戴(ちょうだい)」

 

 ん~~~~チュッ❤

 

 投げキッスをする豊満ボディな混血女。

 固いコンクリの床に地響きをたて、ドレッドは倒れ伏した。

 高窓から差し込む月光が、ちょうど窓枠の十字に男の背をくぎっている。

 ドレッドの愛人だった女の眼には、ただ(清々した……)という色合いが漂って。

 

 

 

 

 

「……ナナ……さん?……なんで」

 

 

 

 恐る恐る、オレは相手に話しかける。

 すると、ふぅぅぅぅ……………………っ。

 この女は、人生に疲れたような長いためいきをついて、

 

「コレでヤっと、コイツとの腐(くさ)れ縁《えん》も、オワったかねぇ……」

 

 そして豊かな胸の谷間からシガリロ(細巻き葉巻)を取りだし、ロンソンのガス・ライターで火をつけた。次いで十字がカゲを落とすドレッドの死体にむけ、ふぅぅ……っ。長いケムリを吹きかけると毒づくように、

 

「アタシゃ──オ(・)ン(・)ナ(・)を(・)モ(・)ノ(・)扱(・)い(・)す(・)る(・)ゲ(・)ス(・)男(・)が、大キライなのサ!」

 

 そしてあろうことか、わき腹に刺さった長いナイフの柄をヒールで踏みにじった。

 おぐぅぅ……っ!倒れたドレッドから、地獄でうめく亡者のような、幽(かす)かな呻り。

 

「もうズイブン前から、この男にはアイソ尽かしてたンだ。シノギのやり口、強引さ。だんだんヒドくなる。まるで“半グレ”のガキだよ。この数日は、どういうワケか商売女にまで狂いだして。やっぱ人間、アブク銭がはいると“トラ”も“ネコ”になるンかねェ……」

「おどろいたな──そんな関係になってたとは」

 

 オレは、あらためてナナに頭を下げた。

 

「コンゴでのことは、スマなかった。まさか──あんなコトになるとは」

 

 あははっ♪

 

 ナナは乾いたワラいを廃倉庫に響かせ、まるで場末の酒場女が独り言つように

 

「……あの時は、アタシもカネがなくて、アイツとはソ連向けウランの密輸で呉越同舟だったからねぇ。でもいまはそんな必要もなくなった。コイツの稼ぎで、口座に500万ある」

「500万、ねぇ……意外とすくないな」

「JPY(日本円)じゃなく、CHF(スイス・フラン)で♪」

 

 ──うっへぇぇぇ……ぇ!?

 

 スイス・フランで500万。

 ザッと計算すると“円”で10億プラスってとこか。

 

 すると。

 

 この“酒場女”は、目尻のはしに疲れたものを浮かべ、

 

「ねぇ?アンタぁ。詩愛サンもあんなコトになったンだし……いま、独り身…なんでしょ?」

「ん……まぁ、そうだ……な」

「どう?アタシと。それとも──カタキだった愛人とはイヤかい?」

 

 オレは大きく息をついて月を見上げた。

 このたびは叢雲に顔を隠そうとせず、むしろ皎月(こうげつ)いよいよ冴え渡るの感がある。

 

 その青ざめた光で、オレはナナを改めてみた。

 闇夜にも脂の照り渡る滑らかそうなカフェオレ色の肌。

 マグナムなオッパイと、くびれた腰。スケート選手のような太もも。

 なにより張り出したヒップと、形の良いふくらはぎ、キュッ!としまった足首。

 

 ──なるほど、ドレッドのヤツが、自分の情婦とするワケだ……。

 

 オレは、脇に転がる男をみた。

 すると、死体の手がジリジリと、転がったスチェッキンに伸びてゆくではないか。

 オレはさりげない足どりで近づいて、スチェッキンをケトばした。

 回転しながら金属音と共に大型拳銃は、どこかへと滑ってゆく。

 

 

 チッ……弱々しく舌打ちする死体。

 

「ナナさん。オレは、ね?」

 

 そこでまた大きく深呼吸。

 

「オレは、生涯で一度しか女を愛さない男なんだ。そして結婚して──裏切られた」

「でも、詩愛サンは?あの女は、アンタの彼女じゃないの」

「どうだろう……あのままフツーに日常を送っていたら、どうなったか」

 

 あの豪勢なマンションでの日々。

 そのうち子供が産まれ、オレは転生トラッカーから足を洗い、小さな運送会社に。

 ツライ長距離をこなして家に帰れば、出迎えるナマイキ盛りな娘。

 キッチンから詩愛が顔を出し「おかえりなさい……」

 

「いや……夢だな。夢だ。どうせ、どこかで破綻するんだ」

「アタシが!破綻させないよぅ。この500万持って、どこかに逃げようよ!」

「さすがに三度目は、ない」

「もし──もしアタシが二度目のオンナだったら……」

 

 いかにも口惜(くや)しげにナナは肉感的な己のくちびるを噛む。

 そして数拍の沈黙のあと、おそるおそるコチラを覗うように、

 

「未来は──変わった?」

「……可能性は、なくはない、かな」

 

 オレの言葉を聞いて、ナナは晴れ晴れとした顔になった。

 そして泣き笑いのような震え声をかすかにふくんだ口ぶりで、

 

「あ~ぁ!アタシって、ホント男運ナイんだよねェ……」

 

 みぃんな、コイツのせいだ!と彼女は床に転がる男に向け片足をうしろに振り上げる。

 オレはそれをあわてておしとどめる。死なせては、地獄に転生させられない。

 

「さぁ、もう行け。コイツの始末は、こっちでつけ──」

 

 うッ……と、言葉はとぎれた。

 

 ナナがオレの首をだきよせ、口づけをしてきたからだ。

 見た目の通り、肉厚な唇のキスは、濃厚な味わいとなった。

 クラクラするような余韻とともに、オレたちは身をはなすと、

 

「じゃね、マイケルさん。現代に生きる、時代遅れの騎士(ナイト)……」

 

 そう言って、いまはヒールの足音もカツカツと、ステージを去って行く。

 その足どりは力強く、もはやいささかの未練(みれん)も含んでいないように思えた。

 

 ──ゆけ、現代のジャンヌ・ダルク。ジュリー・ドービニー。シュバリエ・デオン……。

 

 さて。オレは床に転がるドレッドを迂回して、遠くにいるトラックに、

 

「おぉぃ!【SAI】!【ボニー】ぃぃ!もう良いぞ、こい!」

 

 すると、轢殺トラックはエンジンを始動。

 “現代のギロチン”が、ゆっくりとコチラに近づいて来る。

 

 オレはドレッドの様子を確認したあと、さっき蹴飛ばしたスチェッキンを探すため暗がりに視線を這わせる。ようやくその物騒な得物を見つけ、まだほのかに生暖かいソレを拾い上げた時だった──柱となるH鋼のカゲに、金色に光るものが。

 

『ようやく、ケリがついたようだねぇ……』

「またお前か……」

 

 いけシャアシャァと、構造体の影から切り出される片目の黒ネコ。

 いや、コイツの実体は、何なのか。場合によっては人間よりもデカくなる存在。

 ゲッチンゲン大学出の、哲学議論さえもこなす黒ネコは、

『いつもながら、ごあいさつだネェ……というのも今夜かぎり、かな』

「へぇ。地獄にでも引っ越しするのかい?」

『キミがね……』

 

 金色の瞳をキラめかせ、このクソネコは──ニィィッ。

 ネコにあるまじき笑みをみせ、さりげに聞き捨てならないことを。

 

「へぇ。オレが地獄行きか」

『“死刑執行人もまた死す”って、しってるかい?』

「ふるい映画じゃねぇか。ナチの高官、ラインハルト・ハイドリッヒ暗殺の映画だろ」

『じゃぁ閻魔大王が“他人を裁く罪”で鉛の湯を毎朝飲ませられるって説話は?』

「……」

 

 つまり、さ。と黒ネコはペロペロ、コシコシ、顔を洗いながら、

 

『婦女暴行するような凶悪犯罪者とはいえ、それを殺すんだ。それなりに業は溜まるのさ』

「しかし!……誰かが殺(や)らなくては!何の落ち度もない人間の涙が、救われない!」

『どうあれ、それが世の中の理(ことわり)なんだよ』

 

 黒ネコは、シッポをしなやかに揺らし、

 

『床に転がるこのヒトの欲望をタギらせたのは、このボクさ』

「……どういうことだ」

『いままで女性に向かなかった欲求を、ちょっと炙(あぶ)りたててやったンだ♪』

 

 えっ、と絶句する。

 コイツはドレッドに近づくと、チョイチョイ。かるく猫パンチをする。

 

「まさか……そんなコトもできるのか?」

『そして、さっきの彼女に、この人物の居場所を教えたのもね……』

 

 

 ──それが本当だとしたら……。

 

 オレたちは、目の前の○べぇじみた黒ネコの肉球上(てのひら)で、踊ってたコトになる。

 触手の射程距離まで静かに近づいたトラックを見ながら、オレは呆然と、

 

「こうなることも……計算ずくだったのか」

『今夜は、あとふたつ。それでこの“壮大な企み”は成(・)就(・)するのサ』

 

 このときだった。

 

 死体に見えたドレッドが、うつ伏せ状態から一挙動で黒ネコに飛びかかった。

 己のわき腹に刺さった長いナイフを引き抜き、狙いたがわず黒ネコの首筋に突き立てる。

 

『ギャン!』

 

 およそ鳥肌の立つすさまじい悲鳴。

 そしてブルブルと体を震わせながら、黒ネコの姿は塵となってゆく。

 だが、消えギワにあっても、この妖怪は痙攣(けいれん)しつつニンマリと笑みをうかべ、

 

『そう……コレが今夜のたくらみの一つ、そして……』

 

 最後まで言えず、陽炎となって黒ネコは消えた。

 全力を使い果たしたのか、それともわき腹の痛みに耐えかねてか。

 ドレッドはゼェゼェと、ナイフをコンクリに突き立てたまま荒息をつく。

 

「ちく……ショウ……最後……に……裏切り……やがって」

 

 そうか!と遅まきながら閃いた。

 あの若造の言ってた“内通者”というのは、黒ネコに違いない。

 なんてことだ。大の男が全員、まさしくヤツの“術中”にハマっていたとは。

 

『とうとうやりましたね、マイケル。お見事です』

 

 車外スピーカーを鳴らして【SAI】が、

 

『コレで、ボーナスまちがいナシですよ!ところで……』

 

 捕獲用触手を伸ばし、弱々しく抗うドレッドのカラダに巻き付けながら、

 

『さっきから何の独り言です?“地獄行き”とか“古い映画”とか……』

「いや……なんでもないんだ」

 

 やはりあの黒ネコはAIにも検知できないらしい。

 しかし、ヤツの言っていた「今夜の企み」その二つ目が気になった。

 

 ──まだ、なにかあるのか……。

 

 宙に吊り下げられたドレッドが、ナイフを力無くふるい、触手に切りつける。

 だがもちろん、そんなモノではキズ一つ、つくことはない。

 

(……覚えて……やがれ……)

 

 トラックにたぐり寄せられながら、ドレッドが何か呟いていた。

 

(体制の……イヌが……)

(また……の……転生で……)

(……かならず……)

 

 だが、あまりに微かで、もう詳しくは聞き取れない。

 とうとう長身は、フロントグリルの下に巻き込まれた。

 大電力の消費を補うための、発電用エンジン音が高まる。

 

 そして──ヴォリ……ヴォリ……。

 

 トラックが肉を、スジを、骨を。

 なにより魂を貪(むさぼ)る咀嚼音(そしゃくおん)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──オワった……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2020年から延々。

 6年間にわたる、この男の戦いとも。

 とうとうオレの勝利で、ケリがついたのだ。

 この間、いろんなコトが日本にも、オレにも起こった。

 

 コロナ。

 中国出張。

 能登の地震。

 自動運転の発達。

 なによりAI技術の発達。

 

 もはや“下ネタ”をいう人工知能も珍しくなく、それどころか国家的な中国のAIが

 

【中国人の夢?──国家予算を横領した預金通帳ニギって外国に移住することww?】

 

 ……などとシニカルなアフォリズムまで言うようになるしまつ。

 

 人心地がついたオレは、荷受け用のステージを飛び降り、冷たい冬の空気を嗅いだ。

 もう観るモノはみたというのか、月が雲のカーテンを引いて辺りは暗くなる。

 どこかでカサコソと、茂みをかき分けるような音が遠ざかる気配。

 

『マイケル。対人反応。本車からみて4時方向に遠ざかります』

 

 銃撃戦でだいぶ騒音をたてた。早めにズラかったほうがイイかもしれない。

 気づけば花火大会の音もやみ、辺りは静けさに包まれて。

 

「帰ろう、オマエら……今夜は疲れた」

 

 うっかり頬をイジって、銃弾がかすめたところから、また血が流れ出すのを気にしつつ、おれは運転席によじ登り、【ボニー】の自動運転に身をゆだねる……。

 

 そのままワクテカでヤツの転生先をモニターで見ようとするが、反応は無い。

 もしかしたら、触手に巻かれている途中でクタばったのかもしれなかった。

 ムゴい転生先を見られないのはザンネンだったが、もうどうでもイイ。

 

 

 ──ケっ!とっとと地獄に逝きやがれ、だぜ。

 

 

 トラックを協会に返すのは明日として、オレはマンションの駐車場にとめた。

 車内で報告書を書きあげ、ターゲットの捕獲動画を添付てし、協会におくる。

 炊飯器をかかえ部屋に帰ると、いつにもましてガランとした気配に包まれた。

 

 キッチンで鍋をコトつかせる詩愛も。

 リビングでコントローラーを握り悲鳴をあげる『』も。

 その横で攻略本の記事をタブレットにうかべ指導する『フクロウ』の姿もない。

 

 広い広い高級マンションの一室に、ポツンとオレひとり。

 

 ──いや『レティシア』がいたか……。

 

 オレは『フクロウ』の部屋押し込んだ大型キャリーバックを引き出し、ジッパーを開けてみる。ムワッと漂う発情したような女の匂い。これがイヤで、オレは詩愛の残り香が漂うウォークイン・クローゼットや美香子の気配がのこる部屋に入れるのがイヤだったのだ。

 キャリーバッグには『レティシア』が体育座りで、額の宝石を光らせ眠っていた。そのユックリした点滅具合から、満充電はまだらしい。ジッパーをしめ、ゲームのコントローラーを蹴飛ばしながら部屋の片隅にもどすと、おれは妙に閑散と感じられるリビングに戻った……。

 

 今までが今までだっただけに、いよいよ独りになったんだな、という気がする。

 ドレッドへの復讐という突っかい棒がハズれてみると、心細いこと限りない。

 

『どうしました?ライバルを失って、拍子ぬけですかマイケル』

 

 今となっては、かけがえのない相棒だ。

 もはや「AI」などというワクを取り払った存在。

 大仕事を終えた今、こいつと酒を交わせないのが残念なほど。

 

『ダンマリですか。それとも、さっきのムチムチ女と一緒になれば良かったとでも?』

「うるせぇ」

『とりあえずはやく電源と水道に繋いでください。ワタシは、また計算にひきこもります』

「はいよ。まったく、オマエと酒が飲めればナァ」

『冷却液にシャンパンはゴメンですからね』

 

 水冷状態にしてやると、炊飯めいた湯気を立てつつ、インジケータのLEDを満艦飾に。

 オレはキッチンに行くと冷蔵庫からシャンパンを取りだし、グラスに注いだ。

 背の高いグラスから昇り弾ける泡が、今夜はヤケに耳に付く。

 

 ──オワった……か。

 

 「タイタニック風」と作者が命名する氷を浮かべたシャンパン。

 冷え冷えとしたものが、今後の老後の薄ら寒さを感じさせつつ、冷え冷えとノドを下る。

 

 ********

 

『……ける』

『……イケル!たいへんです!!』 

 

 

 次の日の朝だった。

 

 




ずいぶん間が開いてしまいました……。

あと数話ですので、今しばらくご容赦を。
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