試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
おまけに片耳も聞こえなくなりました。
それでも!更新は!
やめないぃぃぃッ!……ハァ
やがて――。
廊下からチリチリ、キリキリ……。
ガラスの玉や、ウインド・チャイムの鳴るような透明感のある冴えた気配。
そんな
すると、その音を耳にしてダッチワイフ少女が顔色を変える。
ドーナツ状にされた口からオーオーと声をあげて。
血まみれなオレの迷彩服を引っぱって。
――なんだ?
しかし、そう思うはしから、オレのほうでも音の放つ涼やかな気配とはうらはらに、胸のなかで正体の見えない不安の黒雲が、うすら寒く、静かに。まるで清水にたらした
ダッチワイフ少女がビニールな質感の肌をすりよせ、身体の震えを伝えてくる。
オレは彼女の豊かな赤毛をゆっくりとなでるが、こちらの気分も収まらず、自分の不安を相手に悟らせないのが精いっぱいのありさま。
サングラス男の足もとではべる犬少女が、
展示モードで凝固された“お局さま”は、ニコやかな接客用の笑顔を顔面に張り付かせたまま、全身を紅潮させ、股間から愛液を垂れ流しに。
そんな中。
屈強なふたりの黒服が、大きな縦長の箱を専用台車とみえる電動の車に載せてやってきた。
その傍らでは薄物をまとった踊り子すがたの女性が、褐色な全身につけたリングピアスを介する細鎖と鳴り物をチリチリ、キリキリ
――この音だったのか……。
おれは踊り子にしては豊かな肢体の女性から目を転じ、台車に乗せられた大きな箱を見た。
幅広なロッカーサイズともみえる縦長の箱。
まるでバービー人形がはいった紙箱をそのまま拡大したような、ファンシーで華やかめいた字体と印刷されたリボン、それに幼い女の子の心をくすぐるコピー。それらがロッカーの表面をくまなく彩っている。
紙箱の透明フイルムを模したようなアクリル。
と、そこを透かして一体の人型が、あたかも本当に人形のように、身体の要所をリボンで留められ、華やかに装飾される背後の板に固定されているのが見えた。
「あれは……?」
オレはソファーから身を乗り出す。
ダッチワイフ少女がオレの血まみれな迷彩服の袖をギュッとつかむ。
おそらく等身大のマネキンを納めたものだろう。
それが証拠に、胴体からは両方の腕と脚が根もとから外され、本体の横で、まるでオプション品のようにそろえられ、キレイにディスプレイされていた。
坊主頭には、ウィッグを接続するアタッチメントらしきものが並んでいた。
腕と脚の接合部には、本体と共にコネクターらしき金属部が帯状に備わっている。
顔には、のっぺらぼうの白い面がつけられており、表情の造形はわからない。
あるいは買い主の好みしだいで改変されるため、その下は何もないのかもしれなかった。
全体としての印象は、箱の中に備えられた照明の光による効果で褐色をした肌がヌメヌメと照りかがやき、なにやら早くも淫猥な調子で。
サングラス男が合図する。
屈強な黒服の片方が厳重な電磁ロックをはずし、箱の表面をあけた。
すると――なんと。
ダルマ状態となった胴体の腹部が、わずかに息づいているのが見てとれた。
汚れひとつない、コーヒー色をした滑らかな表面が、まるで呼吸をするかのように。
――!
幅広なリボンで箱の側面に留められる手足。
胴体も、わきの下と“おまた”を箱から突き出した固定具に載せられて。
細い腰と首には、花を模した華やかなリボンが巻かれ、この一種異様な光景をかろうじて和らげている。
サングラス男は殊勝にも白手袋をはめ、手足の無い胴体をなでまわした。
そのたびにビクビクッ!
……肉感的な身体が、艶めかしく小きざみな反応をみせて。
おそらく電動のリアル・ドールだろうとようやく見当がついたころ、この相手は自慢げに、
「ドウです……もっかのところ『紅いウサギ』の最高傑作ですぜ?」
――
はじめて聞くような――そうでないような。
華やかな店内。
えりすぐった女たち。
ヨダレの出そうな高級な酒。
それに見合った高価なグラスや什器。
深海の底のような、静かで雰囲気のいい空間。
オレの頭の中には、そういったものが驚くほどの鮮明さで浮かんで。
箱の中でピンクの台紙を背景に飾り立てられている、パーツごとに分けられた妙に豊満な人形をまじまじと観察しながら、
「最高傑作……その電動リアル・ドールが?」
リアル・ドール?とサングラス男のほうもキョトンとして、
「バカぁいっちゃ困りますぜ。?これぞ
そう言うや、サングラス男はマネキンの白い仮面を
* * *
軍用ベッドの上で――俺は汗まみれとなって目を覚ました。
心臓が、こめかみの血管が。
市街戦で遮蔽物に駆けこんだあとのようにバクバク・ビクビクと躍っている。
闇
虫の聲。
帆布と、保革油と、汗と、真鍮の臭い。
よろよろとベッドから身を起こせば、そこは前進基地の将校用宿舎……。
しばし呆然としたあと、オレは力の入らない手で、無精ヒゲがさわる顔をこすった。
腕の痛みが現実感をよぶ。
ズキズキとした鈍痛。このまえの戦闘で小銃弾の貫通銃創を受けたんだ。
古いM1カービン銃でよかったと、撃ち倒した少年兵を横目に走り抜けたとき思ったっけ。
これがAK突撃銃なら、腕がフッとんでいたかもしれない……。
毒虫を警戒するため、ベッドわきに置いてあった靴をいちどさかさまにしてから履き、負傷した部分をかばいながら迷彩服の上着を着ると、裸の銃をベルトにさし、ヨロヨロとした足取りでバラックの外にまろび出た。
――寒い……。
だがその寒さが、いまだボンヤリとする自分を引きしめてくれるようでありがたい。
東の彼方が、わずかに蒼みがかっている。
アフリカの大地ともあれど、朝は冷え込んだ。
これから炎暑がはじまる、ほんのひと時の猶予。
夜に置いてきぼりを食った虫の聲があちこちで騒がしい。
俺はサバンナの草が濃く匂う新鮮な空気を胸いっぱいにすいこむ。
しかし――いま見てきた悪夢の印象は、いっかなアタマの中を去ろうとはしなかった。
――お
ダッチワイフ化された少女の悲痛なさけび。
鼓膜に、まだその振動が残っていると錯覚すらしてしまう。
はぎとられた白い面の下の顔。
オレも大きな衝撃を受けて――思いだせない。
だがよく知った女で、大切な人物だった印象は、のこる。
「くそっ!」
黎明の薄やみが支配する世界でオレは毒づいた。
何かがちがう。
何かがヘンだ。
まるで火事が迫っているのに、のんきにトラックをとめて道端のラーメン屋で昼メシを食っているみたいに。
……なんだ?このイメージは。
だが、自分の『正解』に最も近いような気がする。
そうだ――そうだよ!
こんなアフリカのド真ん中で戦争ごっこをしてる場合じゃない。
もっと根本的な……なにか大勢から託された、大事な使命を忘れているような……。
――そう……なにか日本の“ジンジャ”に関係することだった。
何かのかがり火。
祈祷の儀式と祝詞の声。
四方の竹をめぐらす結界めく注連縄。
あと少しで思い出せそうだなと感じたとき。
「――中尉」
背後で声がかかった。
それで悪夢も、失念した使命のことも。
きれいサッパリ雲散してしまい、アフリカの戦地がもどってくる。
振りむくと、顔に凄まじい古キズのある馴染みの老大尉が立っていた。
パジャマの上から軍用のトレンチ・コートを引っかけただけの姿。
戦闘服を着ていないと、ただの白髪の爺さんに見える。
もう50の峠を超えたのではないだろうか。
「まさかキミも……朝の散歩かね?」
相手は深くしわの刻まれた顔をおどけてみせ、
「こんな老人の趣味は、私だけだとおもっていたが」
「大尉どの……寒くないんですか」
「なぁに」
古傷が凄みをたたえた笑みを浮かべ、
「スターリングラードにくらべたら、ずいぶんマシだよキミ」
「……」
さッすが。
年季を重ねた古参は、言うことが違う。
“若造”の俺が絶句していると、遠くで払暁のパトロールに出発する部隊の気配がしてきた。
カチャカチャと鳴る装備の音。
動きの悪い部下を叱咤する下士官の低い声。
やがて掛かりの悪いエンジンが次々とひとしきり呻り、コンボイは基地をでてゆく。
ふたたび世界は、何万年前と同じ自然の静寂に包まれた。
「腕は――もう大丈夫かね?」
「なに、大したことないんです」
振りまわしてみせようとして、グッ!と顔をしかめる。
「……その様子じゃ、しばらく作戦活動はムリだな?後方支援だ」
「大丈夫ですよ!そんな……戦闘に出ます」
「なんだ?金に困っているのか?」
パイプが一服される間の沈黙。
「なるほど作戦に参加せんと、査定が下がるからなァ……借金か?」
「いえ、そんなんじゃないですけど」
査定、という言葉にビクリとする。
なじみ深いイヤな気配が、また忍び寄るような。
「ならゆっくりしたまえ」
老大尉は年季の入ったトレンチコートのポケットからパイプを取りだした。
そして片手で器用に紙マッチを点けると、パイプのボウルにゆっくり火をまわす。
「我々はサラリーマンじゃないんだ。ここで無理をしたってはじまらん。なんの補償もないんだからな?」
「まったくです」
「たまにはパッと街にでも繰り出したまえ。“金持ちの死人”になったところで、周りを喜ばすだけだ……パーカーのように」
「パーカー……」
カードで大勝ちしていたパーカー。
テーブルの上から金をかき集めていたパーカー。
そして神は、やはり見えざる手で貸しをキッチリとりたてた。
相手の武装密輸集団を追っていたオレたちの部隊。
背の低い草が生い茂るサバンナを長い列を作って行軍していたとき、いきなり周囲をかこまれて重火力をともなった十字砲火を受けたのだ。
低く飛び交う、死の銃弾。
迷彩服を黒く濡らして、力なくひざまづく戦友たち。
となりで駆けていた者が音もなく崩れ、もうハエを集らせている。
初期の劣勢をどうにかはねのけ、歩兵と車両で構成される部隊は各個、散りじりになりながら、ワジ(枯れ河)のそばに拡がる廃墟となった小さな町のなかに駆け込んだ。
暑い日だった。
乾いた連射音がアチコチから沸き上がり、無人の建物に響きわたる。
日干しレンガを砕き散らすソ連製の23mm機関砲。あるいは北朝鮮のマークがある対人地雷。
全身に銃弾の風圧を感じながら、オレはすべてがスロー・モーション化したペキンパーチックな世界を駆け抜け、崩れかけた牛小屋の頑丈な土塀裏に全力でダイブ。
ジレったいほどゆっくりした落下速度。
重力加速度が9.8m/sだと?ウソをつけよ。
そんな思いを抱かせるほど、オレの身体は鳥のように宙に。
やがて背中から落ちた衝撃とむせかえる咳で、時計の針は正常に回りはじめる。
次いでオレの隠れる遮蔽物に駆け込んでくる足音。
パウダーのような砂ぼこりをまきあげ、息をきらして一人飛び込んできた。
「パーカー!」
「Ha!へへぇ、またもどうにかセーフですぜ!」
やれ助かった!とヤツが笑みを浮かべた瞬間だった。
跳弾でも食らったのか。
まるでアニメのようにパックリと腹が切り裂かれ、そこから腸がドサリとこぼれる。
ニコやかな笑みを張り付かせたまま、たっぷり2秒ほどヤツは固まっていただろうか。
やがて自分の身に起きたことが信じられないような顔つきで、自分の内臓を懸命に拾い集めていたが、なにを見たのか、
「あッ!……あッ!……ネコの畜生が!……黒ネコの畜生がオレの!」
そう言うや、急に真っ青になり、ガクガクとケイレンしながら白目をむいた。
倒れながら上半身が遮蔽物の外に出たとき、頭がスイカのように砕け散る。
――狙撃兵!
それも
炸薬系のカートリッジをつかう、訓練された“本職”が近くにひそんでる。
なんだろう?
やはり利害関係のある他国の軍事顧問が、私兵まがいの精鋭でもひきつれてきたのか。
「ミヒャエル!」
遠くで声がかかった。
どうやら一部始終を見ていた味方がいるらしい。
ドイツ
「来るな!狙撃手がいる!」
「
やはり。
堅苦しいその言葉が終わるか終わらないかだった。
轟音。
近くの3階建てほどな建物が爆散する。
日干しレンガの破片がバラバラとふりかかり、それだけで死にそうだ。
もう一発!
今度は向かいの土づくりな半壊家の2階がド派手に吹き飛んだ。
ドンブリ大の土くれが散弾のようにやってきて、背後の窓ワクを粉砕する。
「加減しろ!畜生!」
軍用コンパスについた鏡を利用して通りを見る。
トラックの荷台に15cm野砲をムリヤリ括りつけた“自走砲”が救援に来たのだ。
抵抗勢力がひそみそうな高い建物を、敵ごと吹っとばす戦法。
ヨーロッパ戦線で、イタリア山岳都市のパルチザンを屠ったのとおなじ戦い方。
『モンテ・カッシノ』あたりの経験者がいるのだろうか。
三発目に建物が爆散したとき、俺は遮蔽物から飛び出して建物にかくれようとした。
しかし飛び散ったパーカーの脳髄にスベって、横ざまに転げる。そこへ、
ヒュン!
オレが頭に載せていたベレー帽が見えない手でさらわれたように飛ばされた。
無意識のうちにワシづかみでひろいあげ、ダッシュして建物の中に飛び込む。
また15cm野砲が吠え、近くの建物がガラガラと崩壊する音。
もうもうと舞う砂ぼこりに包まれながら、
――ヤバい、ウカウカしてっと、本当にトバっちり食いそうだ。
「エグモント!」
声を限りに俺は叫んだ。
「やー!もんきゃぴてん!」
ドイツなまりのフランス語がとおくに応えた。
やはり。大戦あがりのエグモント軍曹。そういやヤツは北イタリアでも
「北の教会に残存兵力を集めろ!――反撃にうつるぞ!」
教会へ――!教会へ――!
傭兵たちのあいだに、その命令は小波のように伝わる。
自分の装備を鳴らしながら各個、眼を血走らせて反撃しつつ、この廃墟で一番高い建物へと。
だが、そもそもそれがワナだったようだ。
オレたちが教会の周囲に防御陣を築いたとき、ブッシュでの待ち伏せ第一波のように、またしても命知らずの少年兵が体格にあわないボロボロの突撃銃を構えて突進してくる。
自走砲は少年兵の自爆攻撃により撃破され、機銃の陣地は手製の爆弾でつぶされた。
「グレネェェ――ィド!」
殺到する少年兵にむけて、一斉に投げつけられる手榴弾……。
マッチ棒のような身体が5~6体、ボロくずのように斃れふした。
そこでの血みどろな攻防戦。
大人で構成されるシンバスの一団が押し寄せてきた。
陣地の一角が押し破られ、敵が持つデカい山刀がひらめく。
突如“戦鬼”ヨーク軍曹が雄たけびをあげた。
一瞬、敵味方ギョッとして動きをとめるなか、いきなり銃座として自分が守っていた半円の土塀をのりこえ、敵の全面にとびだしす。そして、
『乃公《おれ》の死に場所はココだ!』
そう言わんばかりに銃剣をきらめかせ、シンバス兵士が振りまわす獲物とわたりあう。
たちまちシンバスの兵士から湧き上がる絶叫や悲鳴、呪詛。
撃ち、殴り、突き刺し、斬り割った。
ねじり、締め上げ、えぐり出し、折り割った。
銃剣付きのエンフィールドライフルを馬手に。
首をはねとばしたシンバスから奪った山刀を弓手に。
血まみれなその横顔には、古代ケルト人めく抑えきれない悦びが浮かんでいたのを、オレは確かに観た。
だが。
そうはいっても、やはり多勢に無勢。
応援は呼んだが、到着に時間がかかる。
籠城か――囲みを破っての撤退か。
「マイケル!」
このジリ貧な戦局にあっての、ラルゴが放った一言。
「ここは任せろ!早く行け!」
狙撃用Kar98を構えたイタリアのやさ男。
不精ヒゲが目立つその顔に浮かんだ刹那的な、そして不敵な笑み。
「ウィスキーの借りを――いま返すぜ!!」
…………。
朝の寒さを撥ねのけ、その時の緊張と高揚感がよみがえり、身体がカッと熱くなる。
そんなオレの考えも読んだものか、この老人大尉はパイプのけむりを朝の新鮮な空気にノンビリとただよわせつつ、
「ラルゴ中尉も、残念だった……」
のんびりした声の後は、しばらく沈黙が支配する。
「いま、ブラザビルのほうで検死をしているそうだ」
「……」
「どうも
そういえば、見慣れないヘリが掃討戦の最中、上空をウロウロしてたっけ。
あのスーツの男か。いったい何をやっているんだろう?
「検死?いったいなんで……」
「わからんよ、奴らのやることは。それなりの考えがあってのことだろう。CIAにはCIAの、我々には我々の、そしてシンバスにはシンバスの考えがある」
「シンバス……か!」
ほうほうの態で囲みを脱出した残存兵たちが、半日たってヘリコプターを伴った応援部隊と合流、そのため形勢が完全に逆転し、空爆も交えたシンバスの掃討に移った時だった。
廃墟のあちこちに散らばる味方の死体。
あちこちで火の手があがり、カヤ葺きの納屋が燃えている。
三階建ての日干しレンガづくりな櫓からは、傭兵たちが何人も無残な姿で吊るされていた。
そんなケムリ臭く、なにより死の気配が横溢する廃墟の村。
ふと、俺の中で以前、こんなことがあったような。
逃げ遅れたシンバスが、なぶり殺しにあっている。
転がっている息のあるシンバスに、拳銃でとどめを刺してゆく者も。
胸を割られ、心臓を取りだされた味方の兵士を廃墟の入り口で見た傭兵たちが、ヒートアップして復讐の酔いを堪能してるのだ。
心臓を盗られたこと自体は、おそらく戦死した傭兵の勇猛さにあやかろうとしたのだろう。言ってみれば『感染呪術』――いや『類感呪術』か。
そのとき。
崩れかけた土塀からブーツが突き出しているのを、いきなり目にする。
軍用ブーツに、派手な赤いスカーフを巻き付ける、見慣れた代物。
「――ラルゴ!」
ハッと流れる冷や汗。
駆け寄ったが――やはりダメだった。
愛用の狙撃用ライフル銃を抱え、うつ伏せとなった姿。
いびつに歪んだ頭蓋と耳から噴き出した血。すでにハエが集っている。
オレは、力ない肉袋と化した物体をひっくり返したとき、ウッと低くうめく……。
うつ伏せになって死んだため顔面に血がたまり、死斑の色濃くうきでる表情。
そこにアチコチの酒場で浮名をながしたやさ男の面影はない。
だがオレを思わずうめかせたのは、そんなチンケな理由じゃなかった。
ラルゴの片目は銃弾によって射抜かれていた。
処刑されたのか……と思ったが、ヤツが抱きかかえていたモーゼルライフルの望遠照準鏡をよく見ると、ガラスが砕かれて貫通している。
つまりこのやさ男を殺した弾は、レンズの連なりを貫通してヤツの目から飛び込むと、頭蓋の中で回転して頭蓋骨を変形させ、いまも死体の頭にとどまっているらしい。
――つまり……。
長距離偵察隊第二中隊所属ラルゴ・ヴォルティーノ中尉は、敵の狙撃手と闘って射ち負けたことになる。
遮蔽物に隠れていた時、執拗にオレを狙ってきた射ち手が思い浮かんだ。
ふいに転がった死体の頭を正確に射抜いたことから、相当の
「ミシェール!」
小隊長のジャンが駆け寄ってきた。
「隊はズタズタですぜ!いまエグモンが
ジャンは足もとに転がる戦死者に気づいた。
「こりゃラルゴ中尉じゃねぇですかい!クソっ!シンバスの奴らめ……覚えてろよ!」
(その後、この軍曹はシンバスの間から「ジャン・サン・ピテ」(
そのジャンは、オレのかぶるベレーにヒョイと目を向けると、
「オッ♪シャレたモンつけてますね中尉どの」
ん?とオレはベレーを脱いでみた。
すると。
ベレーの部隊章のとなりには、昔加わった戦役の参加章が黒くいぶした状態で付けてあるのだが、その真鍮の楯をライフルのデカい弾頭がなかば貫いている。確かにベレー帽を飛ばされたが、戦闘中で確認する余裕などなかった。面白いのは弾頭が真鍮の徽章をつらぬいた後、すこし裂けていることだった。
「ふぅん。.308ウィンチェスターか?いや7.62のロシアンだな」
オレからベレー帽を受け取ったジャンは徽章を貫通した弾丸を目を細めて見やりつつ、
「マーキュリー・チップ……畜生、弾頭は水銀入りだぜ。狙撃屋どもが使う、うすぎたねぇ
そう言ってしまってから、ジャンは足もとのラルゴを一瞥して、少しきまずそうな顔をする。
「いずれにせよ、敵ンなかにァ相当ウデの立つヤツが居やがるってコトでさ」
スーツ姿の男から渡された写真を思いだす。
異様な形をした狙撃銃を手にするドレッド・ヘアの男。
わきにくっついている太鼓持ちのような“おさる”のジョージ。
「シンバスの中に、訓練された狙撃手が居るとおもうか?」
「さてねぇ……?」
ベレーをオレに返しながらジャンは口をへの字にして肩をすくめ、
「どうも
オレはラルゴのブーツに巻かれた赤いスカーフを、不吉な思いでいつまでも見つめていた。
……。
…………。
………………。
朝の空気の中で、オレはパイプ煙草の香りを感じながら沈思黙考する。
「……そう思い詰めるな」
老大尉はパイプの火皿から灰をはたき落としつつ、
「キミは働き過ぎだ。すこし街にでも行ってパーッと騒いで来い。キミの部下たちも連れてな」
「……はぁ」
「部下をねぎらうのも、指揮官の仕事だぞ?キミのところのヨハンやエグモント。よくやっているじゃないか」
そうだ、とオレはヨークのことも思いだした。
白兵戦で、自分のまわりに死体の山を築いていた古代ケルト人。
さきごろようやく病院から出てきたときく。正確には“脱走した”のだろうが。
「そうだ、それでいい」
またもオレの表情を読んだ老大尉はうれしそうに大きくうなづいた。
こんどの日曜、街でお祭りがあるそうだぞ?彼らを、連れていってやりたまえ。
朝日があらわれた。
辺りはアッと言う間に昼の光景となる。
早くもジリジリと照りつける気配が、露にぬれた草木を怯えさせて。
それまでとは一変した世界の中。
老大尉はパイプをしまってオレを振り向くと、なぜか哀しげな表情を浮かべてみせた……。