試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
ドクン、と心臓がなった。
あれほど追い求めていた暗殺目標が、目の前にいる。
幾日も続いた深夜のトラックでの張り込み。その辛い日々が思い出されて。
まただ。
また、ワケの分からない記憶と心象。
俺は緊張をたもつため、頬の内側を強く噛んだ。
――どうする……
しかしためらう先から、早くも自分の右手はスーツの中に吊るしたショルダー・ホルスターに伸び、
あの得体の知れない狙撃銃をにぎった写真。
たぶんラルゴを撃ち負かしたのもヤツだろう。
コカイン・モンキー。黄金と象牙の密売人元締め。
女に対して、サムは身ぶり手ぶりも交え、なにかを必死に言い訳をしているように見えた。
俺は過去の銃撃戦で少しばかり聴力の鈍った耳を懸命に使い、なんとか聞き取ろうとする。
(……情報はあれだけ……)
(……もうごめんだ……)
(……報酬……)
(……足を洗う……)
女がドレッドをちらりと見やる。
それに対し黒人の男は首をすこし動かした。
(OK、ワかったよ――おいで?)
さすがに女の声は高いだけあって通りがいい。
サムのやつは導かれるまま、女にくっついて路地奥の暗がりに消えてゆく。
――チャンスだ……。
腕をかばうようなゆっくりした動きで、ドレッドがウェスト・ポーチからタバコをとりだす。
キン、というジッポーの音。
やや遅れて野菜くずの腐った臭気がただようせまい路地に、黒タバコの香り。
一瞬、その匂いのなかに、トレンチコートを着る大柄な警部補を連想したのはどういうわけか。
また経験したことのない記憶だ。
俺は頭をふって、目の前のできことに集中する。
やがて意を決し、脇に吊ったホルスターからワルサーを抜き出すと、暗がりからおもむろに姿をあらわした。
タバコを咥えていたドレッドは、さすがにビクリと身をふるわせたようだった。
そしてケガを感じさせないすばやい動作で腰のポーチに手をやる。だが俺のワルサーがピタリ、狙いを定めているのを見るとゆっくり腕をひろげ、愛想のいい笑いをみせた。
「ナンだよ。まだ
「……」
「だが、あいにくだったな。アレが限度いっぱいの金額だぜ?」
「……」
オレは奴にしゃべらせたまま、さらに20mほどの距離まで近づいた。
すると、相手は初めて人ちがいだとわかったらしい。
さらに近づいたとき、ドレッドの顔が硬くなった。
「マイケル……」
うめくような声。
どういう訳か、
しかしその驚きは、この非常事態にあって、どこか遠いものに感じられる。
ドレッドは、いかにも苦々しげな声に隠しようもない苛立ちをこめながら、コチラを睨み、
「そうかい……ヤツが、ゲロったのかぃ」
久しぶりに生で聞く声だ。
コンビニの駐車場で、おサルのジョージに撃たれた夜。
黒い子猫を蹴り飛ばしやがった、あの忌まわしい夜以来のこと。
――まて……“コンビニ”ってなんだ?
俺の密かな
「……裏切りやがって。だからインテリはキライなんだよ。小
言われた言葉をもとに、オレは頭の中をフル回転させる。
数拍のあと、乾いたくちびるを一度なめて、
「あぁ、そうさ。オマエの売り値は、いくらだったと思う?」
「わからねぇな――教えてくれよ」
「塾に通う小学生のこづかい程度だったぜ」
一転して、ドレッドの
「……ショウガクセイ?……ジュクだ?」
ウッ、と我ながら鼻白む。
またワケの分からんイメージが湧いてきやがった。
俺は気持ちを切りかえて、
「貴様――***のワジ近くにある廃村で、狙撃戦をやったな?」
「狙撃戦だァ?はぁて。ナンのことやら」
「その包帯。あのときの市街戦でつけられたものだろうが」
「コイツか?コイツぁ――」
「運が良かったな、ラルゴに撃ち勝って」
「オイオイ、言いがかりはヨしてくれよ!」
ドレッドは「いかにも心外だ!」という風に左肩をかばいつつ、大げさな身ぶりで、
「この善良な市民をつかまえ――」
「アホぅ。どの口が言うか」
「かりに、だ!」
相手は大声でこちらの言葉をさえぎって、
「仮にオレがお前ェの仲間を
「……」
「戦争だったんだろ?」
「……」
「お互い条件はイーブン。ころすか、ころされるか」
「……」
「だとしたら――ウラミっこ無しってモンだゼェ」
相手の物言いからピンとくる。
なるほど。ラルゴをやったのはコイツだ。
軍用ブーツに赤いスカーフを巻いていた伊達男。
美女に囲まれていたあのドヤ顔。そしてウイスキーの貸し。
だが返された借りは、あまりに大きすぎた。ならば“お釣り”は返さねば。
跳ね飛ばされたベレー帽。徽章に突き刺さっていた水銀弾頭の7.62×54R弾。
俺の顔に静かな笑いが浮かんだ。
その意味を理解したらしく、相手の顔に今度はホンモノの動揺が奔る。
「俺のコトも狙ったろ?ならココでお前を殺すのも――恨みっこなしだ。そうだな?」
手の中の拳銃を握りなおし、ワルサーのハンマーを素早く起こした。
ドレッドはいきなり両手を合わせ哀願のしぐさをした。そして弱々しい声で、
「まちな。せめて最後に聞かせでくれや……オレの本当の値段は――」
しかし、その動作は逆効果だった。
この男らしからぬ、みょうに卑屈なしぐさ。
あきらかに時間かせぎを狙った、目をひく動き。
注意せよ!と誰かが叫んだような気がした。
振りむくと、ナイフをかざした先ほどのイブニングドレス女が肉薄してくる。
「――くそッ!」
振りおろす動作にかろうじて間に合った。
相手のうでをつかみ、長いナイフをもぎとろうとする。
しかしその手首はすでに血まみれで、握ろうとした手がヌルリ、もぎはなされる。
そして次の一挙動で、練れた動きがオレに向けて突き出された。
――くッ!
できうるかぎり身をよじって避けたつもりだった。
しかしわき腹を――ちょうど“おサル”のジョージに撃たれたあたりを――刺された。
視野の隅で、ドレッドが突進してくるのが見える。
オレは女を突き飛ばし、ナイフをわき腹に刺したままクルリと向きをかえる。
そして、突進してくるドレッド野郎にワルサーPPの照準をすばやくあわせた。
一瞬。
赤いものが視野をよぎった。
オレはかまわずトリガーを引く。
せまい路地で発砲したわりに、銃声は驚くほど軽く聞こえた。
そして俺の前で、乳房の上を鮮血にそめた白いドレスの女が、
(……信じられない)
というような驚きの顔でドレッドを背に立ちふさがっている。
次いで彼女は俺と、自分の胸にあいた傷とをゆっくり、交互に見くらべる風。
「――ナナ!」
ドレッドの叫び。
そこには、今度こそ混じりっけなしの悲痛が込められていた。
酒場の扉がキシミ音をたてて開き、なかから数人の人影が用心ぶかい動作で現れる。
ひと目見て、いずれも拳銃で武装してるらしいのがわかった。やはり銃声は相応に響いていたらしい。
「どうしやした……あっ、畜生!ナナさん?」
マズい、と拳銃を構えたままオレは冷や汗をかく。
「殺れ!――ヤツを殺れ!」
ドレッドの怒号。
一瞬、酒場から出てきた人影たちはポカンとする。
そのすきにオレは暗がりを縫って、来た路地を全力で引き返した。
「ヤツを撃て!」
すぐさま背中で銃声が沸きおこり、焼けた鉄の匂いがいくつも体をかすめる。
路地が遮蔽物のない直線となったところで、いさぎよく俺は表通りに出るのをあきらめた。
建物と建物のせまいすきまに体を横にして飛びこみ、胸と鼻先をスリながらカニ這いに進む。
わき腹を貫通したままとなっているナイフ。
象牙らしい柄がカリカリと建物の土塀を引っかき、そのたびに燃え上がるような激痛。
どうにかそこを抜けたとき、いま抜け出たばかりのすき間から激しい銃撃音。
ゼイゼイと胸をあえがせるオレの目の前で、向かいの土塀に次々とクレーターができてゆく。
――っぶねェ……。
だが、まだ安心できない。
ガンガンと頭痛がしはじめる中、俺はそのまま入り組んだ路地裏をヨタヨタとめちゃくちゃに逃走し、ふいに行き止まりとなった袋小路奥の板塀を苦労して乗り越えた。
向こうがわに着地したとき、グニャリとしたものを踏んで盛大にコケる。ありがたいことに刺された方とは逆側のわき腹をうち、2、3秒息ができなくなるだけで済んだが。
――畜……ッくしょう!
それでもズキズキと痛むわき腹をおさえ、家畜の死骸らしきものをまたぎ越し、ふたたびヨロヨロ歩き出そうとすると、バタバタ駆け寄る複数の足音。
(クッ!!!)
わき腹の痛みをこらえてしゃがみこみ、板塀の根もとで息を殺していると、いきなりすぐそばで人の声。
「……居たか!?」
「ダメでさァ――
「建物のすき間に入られちまッて。まったく素早いッたら」
「グルッと迂回して回りこんだんですが、そンときにゃ……」
「バカ!見つからんで済むかよゥ!」
取りまとめの子分頭らしい男の、ドスが効いた声。
「お
「でも野郎、有名な傭兵らしいじゃないスか」
「だが手負いだ!ナナさんがナイフを奴にぶっ刺したんだ。遠くには行けねぇハズだぜ」
「ンだな……ナナさんの
「ちげぇねぇ。畜生、傭兵だろうがナンだろうがブッ殺してやる!」
「その意気だ、さァ行け!」
ふたたびバタバタ走りさる音。
残った一組の足音がゆっくりと離れてゆく。
灼熱した炭火を突っ込まれたようなわき腹の痛みに冷や汗をながして耐え、俺は板塀にあいた穴からそっと向こう側をのぞく。
すると。
なんとすぐ先に例の店がみえるじゃないか。
どうやらメチャクチャに逃げて、グルッと一周してしまったらしい。
遠くでフランスのパトカー特有の気が抜けたようなサイレンが響きだした。
銃撃戦の音をききつけ、憲兵たちが集まってきているのだろう。
俺はフラフラと歩き出すが、すぐにぺしゃりとへたり込んでしまった。
頭がガンガンと鳴り、体が恐ろしいほど冷えて。そのクセわき腹は燃え上がるように、熱い。
――ヤバイ。これはホテルまでたどり着けそうにない……かも。
そのとき、雲間に隠れていた月が顔をあらわす。
暗がりに慣れた目に、その明るさは真昼のように見えた。
オレは脇を見てウッと息をつまらせる。
棄てられた動物の死骸だと思ったもの。
それは先ほどなにやら言い訳をしていた、サムの死体だった。
おそらくあの女に殺られたのだろう。冷たいガラスのような目が、カッと月を睨んで。
「敵はとったぜ、サム」
もうろうとしはじめた頭で俺はつぶやいた。
「けど、お前だったのか?敵に情報を渡していたのは。部隊は大損害をこうむったぞ……」
しかし、ラルゴの敵は討てなかった。さっさと銃撃すれば良かったのだ。
だが、もう遅い。
月が雲間に入ったのか、あたりが暗くなってきた。
しかし見上げれば、夜空には相かわらず皎々と月が輝いている。
いや――その輝きが、まるで切り絵のように現実感がない、ような。
そこで初めて分かった。
視野が、暗くなってきているのだ。
視線を下に向ければ、満月だというのに草が見えない。もはや手触りで分かるだけ。
空を睨んでいたサムの顔も、もはや見分けられなかった。
――やはり女ってのはコワいな……。
ものの見事に、この“俺”を仕留めてくれた。
家族用の内風呂を掃除していなかったと、エルフ耳を充血させて私を怒っていたシーア。
妻子もちの外資系サラリーマンに入れ込んで、オレのもとから去っていったアイツ。
JKの分際で危ない酒場にアルバイトとして潜り込み、店の人気をかっさらう美月。
そこはかとない仕草で、ヒタヒタと間合いをつめてくる「シーアの巨乳版」な詩愛。
「ふっ、ふへへへへへへ……」
ヘンな笑いが出た。
死にかけだというのに、またしても妙な妄想が頭をよぎるのがおかしい。
笑い声はだんだん大きくなり、自分でも止められないほどヒステリックに。
やがてふと、それも
笑う気力すら尽きたのだ。
信じられないほどの疲労が月から降ってきた。
綿の感触をもった鉛、とでも言おうか。それが全身を柔らかく推し包んでゆく……。
(……いたぞ!ココだ!)
(……畜生め!)
そんな声が遠くで聞こえたのをさいごに、俺の意識はフッ、と吸い込まれるように沈んだ。
やがて……。
自分の視界が、仏像のように座り込んでいる自分自身をとらえる。
そのわきには、長く伸びたサムの死体。
視界が徐々に上昇してゆく。
と、俺の体に駆け寄る三人の男がみえた。
――あぁ……とうとうドレッドの手下に見つかったんだな……。
しかし、それはもはやどうでもいいことのように思えた。
体が――じゃない、心が軽い。
ゆっくりとした上昇は、次第に加速を早めてゆく。
下界ではオレの身体を三人が、どこかへと運んでゆくのがみえた。
そこで遅ればせながらはじめて、
――そうか……俺は死んだんだ。
そう理解することができた。
あっけないものだ、と思ううち、意識は暴力的な上昇をはじめ、ついには何も分からなくなってしまう。
……。
…………。
………………。
……………………。
気がつけば。
薄暮のような、どんよりとした空間に俺は立っていた。
空は一面に赤黒い雲が低くたれこめ、そこにときおり稲妻でも光るのか、音も無くあちこちが明滅している。
見わたすと、トゲのような硬い芝が生える丘が一面。
緩やかなアップダウンで、まるで波のように続いていた。
彼岸花がところどころで群れをなして咲いており、真紅の照明のようにボゥッと光って。
二、三歩歩くと、厚い軍用ブーツの靴底で鋭い針のような芝の葉がバリバリと踏み砕かれる。
ちょうどガラスの針を踏むような感覚だ。
暑くもなく、寒くもない。
風もなく、匂いもない、ドロンとした大気。
はぁっ、と息をついたとき、オレは自分の身体が異様に重いのに気づいた。
身体を撫でまわして納得する。
――なんじゃこりゃ……無理もないよ。
いつのまにか自分は長距離偵察用の装備をして重いリュックを背負い、胸と腰には予備弾倉と様々な装備の入ったチェスト・リグをハーネスで縛りつけ、両手には愛用のFAL自動小銃を抱えているのだ。
わき腹に違和感。
なんと、あのナイフが貫通した状態でブッささったまま。
迷彩服にくろい濡れたような染みができているが、出血はとまっているようだった。
よく見ればナイフというよりは、歩兵ライフル用
――畜生……ドコだここは。
俺は刺さったままの銃剣をあきらめ周りを見まわす。
なにもない。
ただ荒涼とした光景が、視界の及ぶかぎりに続いているだけ。
身じろぎするたびに、足もとでバリバリと芝が鳴るほかは、まったく無音の世界。
しかしよく見れば、彼方に何か黒いおびのようなものがうかがえた。
なんだ?と目をほそめるが――
俺はチエスト・リグの中央ポーチについたフラップを跳ね上げた。そして中から将校用の小型ツァイス双眼鏡を取り出すと、接眼レンズを覗き込み、ピントを合わせる。
――!!
観測用・測距目盛りが付いたレンズの視野に浮かんだもの。
それは、どこまでも延々と続く恐ろしいほど長い人の列だった。
よくよく観察すると人々は単列をつくり、ゆっくりと行進している。
双眼鏡をのぞきこんだまま、俺はあたりを見まわす。
ほかには、何もない。
建物もなければ樹や岩すらない。
どこまでも単調な光景が延々と続いているだけだ。
仕方ない。とりあえずオレは双眼鏡を胸にしまうと重い足を引きずり、長い時間をかけて列にちかづく。
足の関節が異様にダルかった。
背中のリュックも、肩に食い込まんばかり。
いったん背中の装備を下ろそうと、両肩のショルダーハーネスを胸の部分で連結するベルトに手を伸ばすが、どういうワケかプラスチック製の留め具が外れないのだ。
まさかこの針のような芝に腰を下ろすわけにはいかない。
リュックごと寝転べば好いのだろうが、今度は起き上がるときに大変だ。
しかも、このガラスのようなイヤらしい芝は、踏み砕かれたあとすぐに下から新たに鋭い葉が伸びてくる……。
しかたなくそのままフラフラ、ヨロヨロ。
長い長い列に向かって歩いてゆく。
ようやくたどり着いてみれば……それは、空爆で被災した難民のように生気のない人々の列だった。
外人部隊の歌唱行進よりもゆっくりとした歩調。
ひとしく無表情。そして誰ひとり口を開こうとしない。
人種もさまざま。黒人もいれば白人も、黄色人種もいる。
笑いはもちろん泣き声も、呪詛も。苦悶も息切れもなかった。
ただ虚ろな
そして、通り過ぎる人々をみていると、自分の体が冷えてゆくのが分かった。
首が捥げかけた者がいる。
全身が血まみれの者がいる。
眼球のない男や、片腕がない女。
なかには片足を引きちぎられたような者さえ、器用にヒョコヒョコ列に遅れず進んでゆくのだ。
ハラからこぼれ出た内臓を地面に引きずる少女も、べつに痛そうな顔もせず、無表情のまま歩いてゆく。
そしてよくみれば、彼らが流す血は野原の芝にふれるや茫ゥッ、と青い燐光を出し、匂いも音も無く消えてしまう。
なにより彼らの足もとでは、踏まれる芝がバリバリと音を立てない。まるで本当の草であるように、しなやかに曲がってゆく。
興味深いことに、列のなかで一人二人、ときおりフッと姿が消える時がある。
かわってすぐに、まったく別の人物が、あいた場所にボゥッ、と姿をあらわすのだ。
――ははぁ……これは。
俺は疲れた足にムチ打って歩調をはやめ、前のほうへとすすんだ。
やはり、思ったとおり。
これは文字通り“幽鬼”の行列だ。
ハナシに聞く「煉獄への道をたどる亡者たち」だろう。
悲惨な姿のもの。
あるいは美しいドレスをまとったもの。
老若男女。等しく無表情に、前の者につづいて。
不思議と
ただ奇妙な静けさが、自分のなかを支配していた。
疲労に耐え、時にフラフラと列に入ってしまいそうになるのをどうにか
「おぃサム!――サミィ!」
思わず声が出た。
行列のなかに、バーテンダーのサムが居たからだ。
背中の右腎臓周辺と首からダラダラ血を流し、それでも列を乱さず歩いている。
おそらく最初にこの銃剣で、あの女に背中から一突きされ、抵抗力を奪われたとこでノドを切られたんだろう。
「サミィったら!」
ヤツの肩をドヤすが、無表情のまま何の反応もみせない。
それどころかオレの手のほうが、重金属入りの砂袋でも殴ったように痛んだ。
元・バーテンダーは微塵もコタえたそぶりをみせず、あいかわらずゆっくりと進んでゆく。
――ちぇっ……。
じゃぁ、あの酒場の女も居るのかと列の前後を見る。
だが乳房の上から血を流した白カクテルドレスの人影はない。
憎たらしいことに、もしかしたら助かったのかもしれなかった。畜生め。
陽も無く――月も無い。
ただ永遠の薄暗さの中、俺はなるべく体力を消耗しない長距離偵察隊の歩き方で、亡者の列を前へ、前へとおいこしてゆく。
歩きながらも、目は列のなかにいる人々から目を離さない。
もしや、このなかにラルゴの奴がいるんじゃないか。
あるいはパーカー。いや、このさい誰でもいい。
大隊にいた顔見知りがいれば、いやおう無く列から引きずり出す算段だった。
どれくらい歩いただろうか。
自分だけバリバリ、ガリガリと刺のような芝を騒々しく踏み砕き、いくつもの丘をこえ、なだらかな谷を下った。
やがてひとつの大きな丘を越えたとき、彼方に細い筋が見えた。
なんだ?と足を止め、また双眼鏡をとりだして確認。
すると、それは列を断ち切るように流れる川なのだった。
川といっても長い棒が一本あれば幅跳びで越えられるだろう。それくらいな幅の大きさ。
そして、そこに仰々しい石造りの橋が、小川の岸辺のはるか手前から、アーチ状にかかっている。
欄干には、プラハのカレル橋のように大きな像がいくつも並び立ち、通り過ぎる人々を見下ろしている風。
石橋の向こうは、またなだらかな丘となっており、行列はその丘の頂を越えたところで見えなくなっていた。
――ちぇ……。
オレは鉛のように重くなった足を止めた。
お約束のパターンだぜ。
あの橋を渡ったらヤバいことは分かっている。
まさに生と死の分け目。境界点だ。
――ちきしょうめ。どうしようか?
そう思ったときだった。
遠くからバリバリ、ガリガリと芝を踏み砕く気配が近づいてきた……。
* * *
※マニョク:コンゴの郷土料理