※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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   〃    (後

           * * *

 

 女子高生が指をさす場所。

 朱色な柱が印象的に目立つ建物の一廓。

 

 足首まである紅く長スカート(あとで聞いたが“緋袴(ひばかま)”というそうだ)に白い服を着た女性がひとり。何かを捧げ持ったまま、スッ、スッ、スッと、まるで宙をゆくようにあるいてゆく。

 

 ――チッ……。

 

 顔はおぼろげでよく見えないため、FALを持ち上げてスコープ(照準望遠鏡)でのぞきこもうとする。※

 と、すばやく少女が長いFALの銃身をはたきおとした。

 

「ナニするのよ!!」

「おちつけ。べつに撃ちァやしないよ。照準器(コイツ)をのぞいて確かめるだけだって!」

「もしまちがって撃っちゃったらアブないじゃないの!!!!!!!!」

 

 そうこうしているうちに、召使いとも小姓とも見える女性は、廊下を曲がってきえてしまう。

 

「――あっ、あっ!……まって!!」

 

 とめる間もなく少女は建物に向けて駆け出していた。

 そして階段で履いていた上履きを靴カバーごと脱ぎすてると、廊下の奥へ走ってゆく。

 

 これは考えものだった。

 

 廊下で見かけた女性は、少女の死んだ母親だという。

 するとココは?残念ながら、すでに“あの世”ではないのか?

 いま転進すれば、まだ間に合うかとオレは彼方にある丸い橋をふりかえった。

 薄暗がりの中に、それはまるで自身が発光しているようにどぎつく、紅く、浮かび上がっている。

 

 ――でもなぁ……。

 

 また来た路をもどって、あの巨人が支える門をくぐるのも業腹(シャク)な気がする。

 実際、死者の列といっしょに石橋をわたればトゥルーエンドっぷりがヒシヒシ感じられるし、ほかに路を探すのも面倒だ。

 ヤレヤレ、とオレは背中の装備をゆすりあげた。こうなったらなるようになれ、だ。

 覚悟をきめ、少女のあとを追ってしきつめられた白い小石を踏み鳴らして歩きだした、つぎの瞬間。

 

 ――!

 

 オレはFALを構えざまにふり向いた。

 サッ、と片ひざ立ちに身をかがめ、全身を緊張させて彼方の闇を凝視する。

 …………。

 銃口の向こうには、ポツポツと赤く点在する“ヤシロ”や“トリイ”。

 漆黒のなか、遠近(おちこち)に浮かび、どことなく幻燈(うつしえ)めいて。

 ただ――それだけ。

 

 風も吹かない。

 匂いもない。

 全身にくくりつけた装備と、自動小銃の重み。

 なにより綿のように自分をおしつつむ疲労だけが現実感をつなぐ、異様な世界。

 

 しかし――たしかに感じたのだ。

 友好的ではない、禍々(まがまが)しい視線を、気配を。

 一見無人とも見える廃市を制圧する中で感じる、狙撃兵の視線。あるいは仕掛け爆弾(IED)の引き金をにぎる敵の気配……。

 

 セイフティをはずして射撃姿勢のまま、どれぐらい経っただろうか。

 紅く丸い橋のうえで、黒い何かがしなやかに動いた気がした。

 すばやくFALの上に装着される照準望遠鏡をのぞきこむ。

 だが暗さに弱い光学機材なので明瞭(ハッキリ)としない。

 

 ――ネコ……?

 

 そう思ったのは、わずかに一対の輝きが丸橋のうえで閃いたから。

 しかしその輝きも、すぐさま消えてしまう。

 周辺をさぐるが、ほかにはなにもない。

 アレほどあった敵対的な視線もきえてしまう。

 

 ――クソ……っ。

 

 オレはFALのセィフティ(安全装置)をかけ、長い自動小銃を杖がわりにヨイセと立ちあがり、建屋のほうをふりかえった。

 

 

 地面からすこし高いところにある入り口。

 そこにわたされた幅のひろい木製と見える朱塗りな階段。

 靴ぬぎ石には、彼女が脱ぎすてたうわばき。おまけにペタペタと血のスタンプ(足跡)。

 戦闘中(だと思いたい)に靴を脱ぐなど考えられないので、俺は軍用ブーツの汚れをおとし、そのままドカドカと上がりこむ。

 ところどころに残った足跡と鈴の音。それをたよりに板張りの廊下をつたい、建物の奥へ奥へとすすんでゆく

 片側は、足つきの棒に蝋燭をつけたものがユラユラと灯り、血のアトをボンヤリうかびあがらせて。

 もう反対側は、日本の映画などにでてくる“ショージ”で出来た戸がならんでいる。

 

(スッ……)

 

 たまに、その紙製の戸を引き空けてみるが、中は“タタミ”がしかれた暗い広間となっているだけで、なにも見るべきものは無かった。

 この建物、見た目より意外にひろいらしい。草と木と紙の匂い。古い建材が、重々しい気配を発している。

 力のない鈴の音は、あいかわらず途切れとぎれに続いて……。

 そのゴイスーなSE(音響効果)もあいまって、彼女のセリフではないが、まさに“なにか出てきそうな”雰囲気。

 いかなコッチも幽霊とはいえ、あまり気分のいいものではない。

 

 オレはなるべく物音を立てぬよう進む。

 室内戦闘の要領で、FALを腰だめにかまえつつ。

 全身を、なにより両肩を耳にして、気配をさぐりながら。

 しかし周囲に動く気配はない。もっとも――幽霊に気配があればのハナシだが。

 

 そのうち廊下はいくぶん下り気味になり、いくぶん湿気っぽい、ヒンヤリとした空気になった。

 鈴の音は、相変わらずチカラなく、まるで瀕死の病人がふる調子で続いている。

 考えてみれば、なんであんな弱々しい鈴の音が、遠くからきこえたんだろうか。

 亡者の石橋からここまでは、かなりの距離があった。

 普通では、どうかんがえても無理がある。やはりこれも“あの世”の効果なのだろうか。

 

 ……などと考えていると。

 

 いつのまにか両側にならぶ“ショージ”の列がとだえ、代わってむき出しの岩肌に変わった。床も板張りではなくなり露出した岩床となる。

 やがて『観音掘り』(なぜこの言葉をオレが知っているのか疑問だったが)に掘られたこのトンネルに横穴がいくつも現れ、それぞれの入り口にはロウソクが一本ずつともり、かぼそい灯りをゆらがせている。

 

 ――クソッ!どっち行ったんだ……?

 

 耳を澄ますが、どの横穴からも鈴の音が幽かにきこえるような気配。

 胸にならぶポーチから再びライトを取り出しスイッチをいれ、足元の岩床をさぐるが、血のあとはもう見分けられない。

 と、ひとつの横穴に違和感。ライトの輪を、その入り口にすべらせる。

 

 しばらく凝固せざるをえない。

 素掘りの岩床にハラリ、落ちていたもの。

 それはあの女子高生が履いていたセーラー服のスカートだった。

 

 ――う~ん……。

 

 目を疑いながら、その横穴の入り口にちかづく。

 そして背中の重みでかがむのがイヤさに、オレはFALの銃口をつかい、ヒョイとそれをひっかけた。

 

 ――スカート……だよな?

 

 自動小銃を右手に、スカートを左手に進んでゆくと、また分岐。

 その分かれ道の片方に、こんどは赤いスカーフ。

 すくい上げ、さらに進んでゆくと、こんどの分岐には、セーラー服の上着……。

 

 ――アイツめ……。

 

 分かれ道があらわれるにつれ、女子高生のぬけがらが次々と。

 

 Cカップ相当のブラ。

 血まみれのくつしたが片方ずつ。

 そしてとうとう(見覚えのある)ストライプ柄のショーツまで。

 どうやら目印にしているらしい。それらを拾い集めながら、オレは否応なしに考えざるを得ない。

 

「……いったい今、どんな格好をしてるんだ?」 

 

 想像される女子高生の姿態(すがた)。

 なぜか頭に浮かぶのはバニーガール・スタイル。

 あるいは身体を淫猥(みだら)に改変され、砂時計型にされたボディ。

 男のモノの“おしゃぶり”専用に肥大化されたタラコくちびるの微笑み……。

 

 つぎつぎと考えを横切る、それら意味不明の奇妙な妄想をオレは強いて払いのける。

 自動小銃片手に彼女の“残留物”をひろい集めながら、まぬけな格好であるいてゆくうち、鈴の音は、前にもましてハッキリと聞こえるようになる。

 やがてゆく手が次第に明るくなり、物の燃えるにおいが漂いはじめた。

 見れば、素掘りの壁面をユラユラと光が染め、そこに誰かの影が伸びちぢみしている。そしてその影は、何かを力なく打ち叩いているのが看てとれた。

 

 FALのセイフティ(安全装置)をONにして、オレはゆっくりと進む。

 ゆるやかに曲がった洞窟の壁際にそって足音をしのばせると、二つの大きなロウソクが焚かれ、そこに3人の女が見えた。

 ひとりが洞窟の壁面にある朱(アカ)い扉を、なにか棒状のようなもので弱々しく敲(たた)き、のこる二人が後ろで平伏しつつそれを見まもる情景。棒状のものには鈴がついているらしく、扉を叩くたびに涼やかな音が洞窟に反響して。

 あれかぁ、とオレは音の出所にはじめて納得。さらに周囲を観察する。

 

 ――うしろで見ているふたり、一人はさっき見たヤツだな。もうひとりは……女子高生か!?

 

 いつのまにか彼女は、女と同じ殉教者めいた印象のある白い着物と紅い長スカートを履いていた。

 土下座の姿勢を保ちつつ、壁ぎわでの作業を真剣な面持ちで見守る風。

 その壁ぎわで扉をたたく女といえば、後ろのふたりとはちがい、額に金色の冠をつけて。

 着るものも同じ白服と赤スカートだが、まとう服装が一段こみいっているのがひと目でわかる。 

 短い棒のような道具で、力ない仕草で一点を叩くすがた。見るからにその手つきにはあきらめが混じり、惰性で叩く風。

 

 ――どうやら危険は無い、か?……。

 

 オレはFALのセイフティをかけ、ゆっくり人影に近づいていった。

 最初に、後ろで控える女たちがこちらを向いた。そして片方が近づくのを押しとどめるような仕草をする。

 かまわずズイズイふたりの方に近づくと、まずショーツやブラを含めたセーラー服一式を、女子高生の前に放った。

 そのはずみで大ロウソクがゆらぎ、照度が落ちるとともに、あたりにゴヤのエッチングめいた陰惨ともおもえる濃淡をひろげて。

 

「ホラよ――グリム童話のマネごとにしちゃ、大胆なコトやったもんだな」

 

 しぃっ!……しぃっ!と女子高生のジェスチャ。

 なにか口を動かして言っているが、オレには聞こえない。

 隣にいる三十路すぎとも見える婦人が、闖入者を問いただすような目でオレを見上げた、

 ラノベによくある“凛とした”面差しそのままに、武家のたたずまいを持つ、古風な感じの女性だ。

 

 鈴の音が、歇(や)んだ。

 

 扉を叩いていた冠をいただく女が、もの憂げにふりむく。

 顔の前には冠から面紗(ヴェール)が垂らされており、面差しは判然(ハッキリ)とわからない。

 ただ、紗から一瞬洩れこぼれた若々しい口唇(くちびる)にはツヤツヤと紅が刷かれ、見た目より年少の気配。

 

「ここで何をやっているんだ?」

 

 原住民の中にまぎれこんだゲリラを詰問するような口調で冠の女に話しかけた。

 すると、女子高生の母親らしき三十路の方ががキッ!と眦(まなじり)を更に鋭くする。 

 女子高生は、そんな母親とオレを等分に見くらべオロオロする風。着慣れないとみえる侍女のキモノが乱れて。

 冠の女は黙したまま、格子状となった両扉をさし示す。だが見れば、その手は鮮血にまみれ、紅いモノがゆっくりと滴っている。

 

「血だらけじゃないか!」

 

 オレはイライラとモドかしい手つきになりつつ、腰のポーチから救急キットを取りだす。

 そして冠をつけた女に近づくと、その手を強引にひきよせた。

 

 (……!!)

 

 あ!と控えのふたりが驚くのが横目に。

 しかし完全無視。

 ケガのぐあいを診れば、なんて事はない、

 擦過傷(すりキズ)のちょっとひどい程度にすぎない。

 跳弾による銃創や、仕掛け爆弾に手足を吹っ飛ばされたキズを見慣れたオレには、ツバでもつけて放っておきたいぐらい。それでも女性の手前、相手の手を消毒液であらい清め、消毒をする。

 

 初めのうちは驚き、イヤイヤと抗っていた冠の女だったが、包帯を巻かれるころにはおとなしくなっていた。

 面紗ごしに、信頼の視線が向けられるのがありありとわかる。

 対して“母親”の眼差しは、さきにも増してニラみつけるように厳しく。

 

 「ようし……これでイイ」

 

 冠女の手当てをおえると、オレは彼女が敲(たた)いていた朱塗りの扉へと歩み寄った。

 フラッシュライトをとりだし、扉の合わせ目に向けてみる。

 

 ――なんだ、これ……は。

 

 紅い格子状の両扉だった。

 よく日本の“ジンジャ”建築でみるものだ。

 そこには、異様なクサリが強固に巻きついていた。

 コマの表面に、なにやら呪術的な飾りがきざまれ、まるで蔓(つる)のように。

 パッと見、意匠が周囲の日本文化と同化していない。まったく別の文化圏の造作(つくり)だ。

 そして合わせ目には、これまた頑強そうな大ぶりの南京錠が、ガッチリとクサリを鎖(とざ)している。

 表面にはゴテゴテとした異様な装飾がびっしりとならび、どことなく陰気な気配を発散し、触ることすらヤバそう。

 その昔、夜戦で方角をなくしユダヤ人墓地に迷いこんだときに月明かりの下で見た、ヘブライ式の墓に見られる紋様を想起させて。

 

 冠を頂く女がチョイチョイとオレの戦闘服をひっぱった。

 そしてなにやら囁きかけるが、言っているイミがまったく分からない。

 

『其許(そこもと)!媛(ひぃ)サマは“炎の鍵(カギ)”をご所望である!』

 

 うしろに控えていた“女子高生の母親”だという婦(おんな)が、とうとう声をあげた。

 母親の年齢にしては美しい、一本すじの通ったような品のある顔つき。

 しかし声が聞き取りにくい。まるで何かをへだてて話しているような。

 

「なんだ?“ホノオ”って」

『猛火(もうくわ)のことに如(し)かず。そのような事も識(し)らぬと申すか!』

 

 冠女に対する畏敬が足りないとでもいうのか。この侍女はやたらプリプリして言葉もツンケンと、

 

『媛(ひぃ)サマは、この場所に至るであろう者へ携行をお命じになったはず!早ぅ出されませぃ!!』

「はぁ?」

 

 オレは、まるで江戸時代の武家の女を想わせる、この血の気が多そうな三十路を鼻で嗤いつつ、

 

「しwらwんwがwなw」

 

 おのれ!と、相手は薙刀(なぎなた)でも持っていれば振りまわしそうな勢いのまま、

 

『早ぅ致さぬか!……あの錠前(じゃうまへ)を、外せぬではないか!』

「はぁ。ンでもこっちァ、カギなんて持ってないし」

『……なんぢゃと!?』

 

 愕然とする女子高生の母親。

 口もとが、かすかにふるえ、わなないて。

 

『偽るでない!それ、その体中に括りつけた益体(やくたい)もない衣納(かくし)のいずれかに……』

「なんなら、しらべて見ます?ほら……ホラ」

 

 装備品の入ったチェスト・リグのフラップを次々にあけて、中身をみせてゆく。

 

『そんな……では、なんのために……っ!!』

 

 それまでと一転、この三十路色な婦人の表情(かお)は、悲憤きわまりないと言わんばかりの嘆きでおおわれ、

 

『なんのために媛(ひぃ)サマが……尊いお身体を痛めて……』

 

 このとき業をにやしたか、見守っていた冠の女が婦人を一喝するように腕を一旋した。

 とたん。母親は主人のほうに向き直ると、うやうやしく平服。

 ダメだ、ワケわからん。いったいコイツらは何なのだ?

 

「オィ、女子高生。オマエ――なんか知ってるか?『炎のカギ』って」

 

 小姓姿となった彼女は、しきりと口を動かして何か説明しようとした。

 だが声がまったく届かない。ただ酸欠した金魚のように口をパクパクとしきりに動かすだけ。

 

「なんだァ?声が出てないぞ」

 

 母親とされた婦(おんな)は放心した面持ちのまま、わきに侍(はべ)る娘を見やり、

 

『この娘(こ)はこちら側に来てから間もないゆえ、其許(そこもと)とは言の葉が伝わりませぬ。えぇ、そのようなことはどうでも宜しい!鍵は、偽りなく持たぬのぢゃな!?』

「知らんよ。ホノオのカギなんさ」

 

 あぁっ!と母親は、とうとう岩の床にヒザを落とした。

 見れば冠女も肩をおとし、うなだれる風。

 女子高生も、泣きそうな顔で。

 

 沈黙が、やや久しく洞窟内を支配した。

 

「なぁ。娘さんが“こちら側”って、どういうことだ?」

 

 だれもが沈鬱な顔のまま何も言わない。

 女たちは三者三様で悲嘆に黙し、うなだれる風。

 このクソ重い空気が耐えられず、オレはわざと明るい口調で母親に向かい、

 

「なんか彼女、言葉も出てこないし。喋れなくなったのか?」

 

 またしばらくの間。

 やがてようやく気の抜けたような声で婦人が、

 

『愚娘(むすめ)は……其許(そこもと)と違い、なかば“泉下の住人”となっておりまする。状態(さま)が異なりますゆえ、お耳には届きませぬ』

「つまり、半分死んでいるってコトか?」

 

 またも重い沈黙。

 オレは何となく察する。

 

「もう――ダメなのか?」

『この扉(と)が開くば、一縷の希望が無きにしもあらずでありますが、それも空しくなり申した……』

「……そんな」

 

 オレは女子高生の顔を見た。

 しかし彼女自身といえば、死んだ母親のそばに来れてまんざらでもなさそうな顔。

 

「オレは?どうなんだよ」

 

 そう言ったとき、冠の女がこちらを向いて面紗ごしに何やら呟いたようだった。

 すると婦人は、ハッと顔をひきしめ、主人のほうにひとつ、恭(うやうや)しくうなずくと、

 

『其許(そこもと)も、お役目を果たす事かなわねば“黄泉の住人”に相成るとのお達しであります』

「ちぇっ、冗談じゃないぞ。そもそも果たす“お役目”って何だィ?」

『知れたことです。そこの扉に――』

 

 すこしばかり言葉がていねいになった母親はこちらに向きなおり、背後の紅い扉をさし示し、

 

『非道にも巻きつけられた邪(よこしま)なる錠を解くことに他なりません』

 

 オレは格子の両扉に巻きつけられたクサリと南京錠を再度チラ見する。

 次いで、むき出しの岩床におかれた、半ば壊れかけの祭具らしきものを見て、苦笑。

 

「だいたい、こんなものであの南京錠をコワそうってってムチャだぜ」

『そうは申されても……この扉を開くことかなわねば』

「うん?」

『媛(ひぃ)サマの御力(おちから)を民草(たみ)の上に及ぼす事あたわぬのです!』

 

 また沈黙。

 

 グルグル巻きにされたクサリ。

 何となく不気味な、ゴツい南京錠。

 だいたい敵(?)にたいする防御が薄すぎる。

 こんなに簡単に浸透工作活動されるのが不可(いけ)ないんだろうが!

 

「……いったいダレが巻きつけたんだぁ?あんなゴツい錠前」

『異なる世の理(ことわり)を弄(もてあそ)ぶ輩(やから)どもにございます……』

「そんなにヒョイヒョイこんなことをされるのか?防御(まもり)が、なってねェんじゃねぇの?」

 

 グッ!と婦人は悔しげに歯噛みする。だが冠女の下知を思い出したのか、どうにか抑えてみせたのち、

 

『民草(たみ)の信心(こころ)うすれ、結界(むすび)のちからも弱まった昨今(いま)、致し方ございませぬ』

 

 冠の女が包帯を巻いてやった手でノロノロと壊れかけの祭具を持とうとする。

 

「ちょっと待ったァ!」

 

 オレはこの女から壊れかけの祭具を取り上げる。

 そのときに冠の女と近く、胸が合わさってしまう。

 相手の白服には、香でも焚き染めてあったのだろうか。

 森を想わせる清涼な気配と、さわやかな檜(ひのき)の匂い。

 なんだろう。なにか神聖なもの、ありがたいものに触れたような。

 

「まだやろうってのか!そんな手で」

 

 すると女子高生の母親が再び声を荒げ、

 

『おのれ!媛(ひぃ)サマに向かって――無礼であろう!!』

「ンなこと言ったって……」

 

 相手の剣幕をうけながし、シゲシゲと手に握る鈴をつけた棒切れを眺めた。

 柄の部分が血まみれだ。その台尻の部分に嵌(は)めこまれた金色の金具が、なんども打ち付けられたためひしゃげている。

 かつては鈴がたくさんあったと思われる部分も、粒がうしなわれたブドウの房よろしく、いまは金色の小鈴が少ししか残っていない。

 

「……こんなモンじゃムリだぜ?錠前をコワすなんて。やるだけムダだ」

『其許(そこもと)が“炎の鍵”を持てこぬから!斯様なコトになったのであろう!!』

 

 そこまで女子高生の母親が激昂したとき、また冠の女が何かを言ったようだった。

 

『はッ……否(いいえ)、媛(ひぃ)サマ――決して!けっして!そのような……』

 

 そう言って、婦人は居ずまいをただすと数回、呼吸を整えてから疲れたような声で、

 

『其許(そこもと)も、今後は媛(ひぃ)サマの僕(しもべ)として御仕えするがよい。しばし待て。今、仕着せを遣わす……』

「えぇっ!」

 

 さすがにこっちも驚いた。

 

「オレにも、ここにとどまれってのか?」

『致し方あるまい。媛(ひぃ)サマのご命令である――以降、無礼なふるまいは慎むよう』

 

 女子高生は、仲間が出来て嬉しいのか、オレの方を見て無邪気な笑顔をみせて。

 

 ――冗ッ談じゃないぜェ……ンなとこで。

 

 生きてるか死んでるかも分からない、こんな薄暗い煉獄(リンボー)めいたトコロに、いつまでも居られるかってンだ。

 

 オレは鎖で縛られた緋色の扉に、もういちど近づく。

 軍用ブーツが何かを踏んだ。

 祭具の棒についていたと思われる金色の小鈴が、いくつか転がっている。

 フラッシュライトをつけ、腰のシース(鞘)からFALの銃剣をぬいた。そして扉に巻きつくクサリと南京錠を切っ先(ポイント)で引っかいてみる。

 

 ――ふぅ、ん……?

 

 クサリは鍛造(たんぞう)とみた。こいつは金ノコでもないとムリだ。

 だが呪文のはいったような禍々しい南京錠は?どうやら本体は、脆(もろ)い鋳物(いもの)らしい。

 

『さ、其許(そのもと)の服ぢゃ。これに着替えるがよい』

 

 婦人の声。

 

 振りかえると、女子高生が服を捧げもってきた。

 受け取って広げてみれば、同じような白い服に水色のスカート。

 

 ――どこから持ってきた?てか冗談じゃないぜ。

 

「早いハナシ、この扉が開きさえすりゃイイんだろ?」

『それは……もちろん左様(そう)であるが……』

 

 もはや四の五の言っちゃいられない。

 多少危険だが、覚悟を決めるしかなかった。

 

「ちょっと、離れててくれ――いや、もっとだ」

 

 オレは女たちを鎖された扉の前から遠ざけた。

 FALのセイフティを外し、射撃MODEを『連射』から『単発』へ。

 そして跳弾を警戒しつつ、狙いを、このクソ不気味な南京錠にピタリとつける。

 

「――耳ィふさいでろォ!」

 

 オレは単発モードにした自動小銃のトリガー(引き金)を引く。

 

 轟音。

 

 洞窟の暗がりに銃口から凄まじい発射炎(マズル・フラッシュ)が噴き出し、南京錠を舐めるのを見た。

 ゴ○ゴ13が使う小口径の豆鉄砲とはちがい、.308口径のデカい弾丸をつかうFALだ。

 大柄な傭兵でさえ、時として音をあげる強力な反動(リコイル)がオレの肩の付け根を襲い、殴られたように全身をゆらす。

 

 一発、二発――そしてもう一発!

 

 四発目に南京錠は砕け散った。

 

 ふギャッ!

 

 自動小銃の発砲音にまじって、どこからかそんな声が聞こえた気が。

 ジンジンする耳を気にしながら、まだ熱い砕け散った南京錠を払いのけ、クサリを手荒に引きほどいて床に投げ捨てる。

 金属の音が、シャラシャラと耳ざわりな調子で洞窟に響いて。

 オレは、意外に重い朱塗りの格子扉を片側だけ引き開けて後ろをふりむくと、

 

「ホラよ!コレでイイんだろ?――クソが!」

 

( ・ ・ ・ )

 

 三人の女たちは、あっけに取られた様子で凝固した。

 

 




※IRAとイギリスの戦いではベルファストでイギリス陸軍が通行人に対してこのような確認方法を取っていました(コワー。

いや~この回は岩盤が固くて書き進むのに苦労しました。
お待たせして大変申し訳ありません(サボってたワケじゃないんですよ?)。
登場人物の心の動きもイマイチで、時間があれば書き直しです。
さて、お話は次回、主人公たちが現代に戻る『第42話:或る帰還』に続きます。
2021年も珍歩をよろしくお願いします!
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