試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
* * *
閉鎖空間の洞窟で大口径の自動小銃をぶっぱなしたために耳鳴りがスゴい。
「どうだァ!開いただろうが!」
ハイになった勢いで叫ぶ。
そして岩の床に投げ捨てたクサリと南京錠の部品をケリ飛ばそうとしたが、どういうワケか見当たらない。
「ありゃ?ドコいったぁ、クソが!」
コッキング・ハンドルを前後させ、薬室から実包を排出するとマガジンに詰めなおす。
「ちくしょうめッ!あのロクでもないクサリを、もっと調べたかったんだが……」
『これ、
婦人の声が、どこか遠くにきこえた。
小さすぎてよく聞きとれない。
「なにぃ!何だって?」
『
「え?よく聞こえない!声が大きいか?」
『左様ぢゃ――そのような大声を出さずとも……』
面紗をつけた冠の女がこちらに歩み寄って来た。
そして手にした
すると――不思議!
耳鳴りがひどかった聴覚がウソのように静まり、大ロウソクの芯がコゲる(ジジジ……)という小さな音まで分かるようになる。
「お母ぁ様ァ?なんでいまさら着替えなきゃダメなの?」
女子高生の声まで聞こえるようになった。
振りむけば、巫女服――そうだ、侍女の服なんかじゃない、巫女さんの衣装じゃないか。その巫女すがたの彼女は、オレがひろい集めた制服のスカートを不満そうにつまみあげ、
「このままでイイじゃない。お母さんとおそろいだし♪」
『
婦人の方も、言葉付きはあいかわらずながら、武家の
「……はぁぃ」
不満そうな声で、それでもすなおにセーラー服を持って、彼女は大ロウソクの灯が届かない洞窟の奥へトタトタと歩いて消えてゆく。
“ヒィさま”といえば、オレのFALに興味を持ったようだった。
まだほのかに熱を持つ鋼鉄の銃身をなで、引き金を動かす。
キン、という撃鉄が空の
良かった。弾を抜いておいて。
背後から母親が、
『げに、この度は……なんと礼を申し上げたものか。
その物言いに、金色の冠をいただく巫女もうなづいたのだろう。
いまや、こっちも記憶がハッキリした。
オレは「アフリカの傭兵」でも何でもない。
日々の轢殺予算におびえる、一介のケチな転生請負人のトラックドライバーじゃないか。
なんでこんなクソ重い装備を身体にくくりつけられ、おまけにバカ長い鉄砲なんか持っているんだろう。
神社……鳥居……祠……太鼓橋。
分からなかった単語が、当たり前のように出てくる。
あのクソ生意気な女子高生も、モチロン会ったことがあるぞ。
――名前は……そうだ、
オレは“侍女役”の怖っかない婦人――もとい、母親に向かって、
「そのぅ……マコトさんの御母堂なので?」
かすかにうなずく婦人。
改めて診ると、やは目の前の女性は“母親”というワリには若く見える。
鍵の問題が解決したせいか、さきほどまで荒れ狂っていた“険”もいまはおちつき、
『いかにも。先ほどの無礼なふるまい、ひらに許したまへ』
「……
『
母親は冠をいただく巫女の方を向き、一揖してから、
『畏れ多くも
そういって、母親はまた冠巫女にかるく頭を下げたのち、
『愚娘に再開を果たしたとて、
話しているうちに、母親の言葉がだんだん普通になってゆく。
彼女は洞窟の奥を心配そうにチラとふり返ってから、
『
「いえ、そんな」
母親の必死な様に、オレもすこしばかりたじろぎながら、
「友人も多いし、高校の部活動でも。そう、弓道部に入って元気にしてるようですよ?」
『――高校生……もうそんなに』
母親は、一拍のあいだ絶句していたようであった。
しばしまぶたを閉じ、何かを瞑目するようなしぐさで。
やがて大ロウソクの灯がゆらめく中、気をとりなおしたのか、
『えぇ、えぇ。そうでしょうとも。
そのとき、巫女が母親の方を向き、何かの禁忌を注意したようだった。
はっ、と三十路の婦人は面差し引きしめ、再度一礼。
「お母さん!」
洞窟の奥からセーラー服に着替えた少女がやってきた。
ミニスカートな浮ついた格好は、このおどろおどろしい洞窟の情景にあって、いかにも場違いだ。そして少女は、まるで散歩をねだる小型犬のように、侍女すがたをした母親にじゃれつく。無理もない、文字通り死に別れてから、ながらく会ってなかったのだろうから。
だが、まとわりつかれた婦人の顔が一瞬、悲嘆にゆがむのをオレは見のがさない。しかしそんな母親の
父親のこと。
友人たちのこと。
高校生活での手柄話。
いまや冠をいただく巫女の侍女とされた母親は面差しを固くしたまま、
ややあって――。
母親は、娘を突き飛ばすように下がらせると、いまは語勢も元にもどし、険悪な調子で、
『
言われた娘のほうは、キョトンとして一瞬かたまる。
「え……やぁだお母さん、なに言ってるの?」
『われは――我はそなたの母などではない!
「お母さん!」
少女は叫んだ。
「やだ……やだよ……そんなのやだ!」
『そなた――血迷うたか!』
「アタシお母さんと一緒にいる!」
『真琴!』
「ここでずっとヒメさまにお仕えする!」
『
母親の――侍女の、少女を振り払おうとする腕が一閃する。
はずみで女子高生の頬が鳴った。
『我は、もはや
しばしの間、沈黙があった。
いや――完全な沈黙じゃない。
その静けさには、わずかに
“侍女”は目を怒らせたまま“闖入者”である少女を睨みつけて。
冠の巫女も、台尻がひしゃげた祭具を手に
周囲にひろがりはじめる黄泉の気配。
まるで幽霊でも前にしたような、本能的な恐ろしさ。
もしや女子高生すら“取られて”しまうのではないかとの予感。
どうやら次のセリフは自分らしいと察知したオレは、肩をふるわせる彼女の腕をとり、
「さ、もぅイイだろ……行こうぜ?あの扉をくぐればイイってヨ」
「……いやだ」
「ハァ?」
「行きたくない」
「ンなコト言ったってよォ……」
『――おのれは!』
“母親”からすっかり冠巫女の“奴婢”と化した侍女が、また手を振りあげた。
『まだ心得ぬと申すか!――
女子高生の頭上に、ようしゃない平手が叩きつけられた。
バシッ!
にぶい音が、灯ゆらぐうす暗がりに響く。
ささくれた怒気がいたいほど周囲に満ち、無防備な少女におそいかかった。
婦人は言葉つきも毒々しく、まるで炎を吐くようないきおいで、
『など同じことを言はせるのぢゃ!』
バシッ!
『
バシッ!
『
バシッ!
もう一度。
――もう一度。
――そして、もう一度。
あまりのことに、女子高生は固まってされるがままに。
たたかれてゆくうち、彼女の啜り泣きは、やがて号泣となった。
対して
眼はつり上がり、白いほおは痙攣してヒクつき、紅を掃いた唇の端には泡を噛んで。
何度目かの平手を、とうとうオレの腕が、
「もぅいいだろう……えぇ?」
それでも血走ったまなこは、うつむいて身を固くする目の前の少女から離れようとしない。
ついには、うぇぇぇぇ……としゃがみ込み、かぼそく泣く少女の上へ冷徹な視線を存分に浴びせかける。だがその口もとは――なにかをこらえるよう、
さすがにほおっても置けず、すっかり萎縮した少女をひきよせ、
「分かった――分かったから。あとはオレに任せとけ、な?」
こちらの因果をふくんだ言葉を、
腕を振り上げたまま固まった般若の
だが気丈なことに、それでもあくまで声は立てない。
うつむくままの娘から急いで背をむけ、泣き顔を看られぬようにする。
「巫女さんも――アリガトな?世話ンなった」
オレはあいかわらず面紗で顔をおおう冠の女性に別れの挨拶を。
そして女子高生を引っぱって立たせ、朱色の格子戸へむかう。
少女を見のがしてくれるかな?とヒヤリ。
――もしや……母親とワンセットで“侍女”にされてしうのでは。
危ぶんでいると、思ったとおり。
巫女は、フッ……と運足も見せず近づいてくる。
――畜生!やっぱり……。
身構える間もなく、包帯をまかれたその手はオレの方にのびる。
そしてなんと。
脇腹に刺さったままの銃剣を、ヌルッと外してしまった。
まるで熱いバターからナイフを引き抜くように、苦もない様子で。
――うぇぇ……!?
痛みも、それどころか抜かれた感覚すらなかった。
脇腹をさすっても血でガサガサに固まった迷彩服の手ざわりがあるばかり。
巫女が手にする銃剣の長い刃には血のあとすらなく、この薄暗がりの中でみょうに冴え冴えと光って見えた。
そしてなにを思ったか、その長い銃剣を抜き身のまま自分の
紗がふたたびたるみ、うなづいたのが見えた。
真琴のヤツを“取られる”のは、どうやら杞憂のようだ。
とりあえずホッと密かに胸をなでおろす。
『
どうにか心を落ち着けたらしい母親は、ふるえの残る声で冠巫女の代弁をする。
「はぁ……そりゃどうも」
『そなたが
「……え?」
『守護の
ふいに。
はじめてオレの中で、なにかヤバめなイメージが持ち上がる。
美香子を助けたその足で立ち寄った神社。
猫たちの集会を見た折に焼かれたお守り。
咒法で祭神と相通じたという真琴の母親。
アフリカの乱戦で忘れかけたオレの使命。
“
“
“当神社の祭神は女神です”
“炎の
かつて自分のまわりで交わされた言葉。
――炎のカギ……。
まさか……この
あの縁結び神社の“ ご 神 体 ”……?
だとしたら、とんでもない無礼を働いてしまった悪寒……!
「どけ」とか「下がってろ」とか、言っちゃってなかったか?オレ!
『――案じなさるな』
婦人は、涙の残る赤い目で
『
オレは冠の巫女に深々と一礼。
うなだれたままの女子高生の腕をとり、片開きとなった扉のなかに入った。
彼女が泣き濡れた眼で背後をふりかえる。
だが侍女となった母親の怖い顔につきあたり、またうなだれて。
「ホラ――はやく」
長居は無用だ。
相手は人智の及ばぬ存在。
さわらぬ神に、祟りなし。おっかない。
扉の中は、どうやらトンネルとなっているようだった。
灯りらしきものが何一つ見あたらないのに、隣をあるく少女の制服姿がよく見える。
無言のまま、しばらくトンネルをすすんでから、つとめて明るく、
「どうにか生き返れそうだな、えぇ?」
「……」
「まぁ、お母さんもオマエのことを思ってしたことなんだから」
「……」
「あんまり深く考えるな」
「
「あぁ?」
「だからって、
「……」
「オジさんも、そう思うでしょ!?」
いきなり少女はヒートアップした。
「ポカポカポカポカ!なんども……なんども……」
あのなぁ、とオレは低く笑いながら、
「そうでもしないと、オマエが生きている世界に帰らないと思ったんだろ」
「あのクソばばぁ……」
「は?」
「死んどいてくれて良かったわよ!あんな暴力キチ(ピー)女とは思わなかった!生きてたら家出モンだわ!!!!!」
おいおい、とさすがにコッチは鼻白んで、
「少なくとも、お母さんはキミのこと思って言ったんだぜ?」
「だからって!あんなことされたら事案よ!事案!児童相談所に通報しなくちゃ!」
――親の心子知らず、か……。
奇妙な仄明るさの満ちるトンネルで、オレはため息をついた。
父の偉さは、家庭を持ってみなきゃわからない。
母の偉さは、子供を持ってみなきゃわからない。
……と、珍歩とかいう名前のフザけた物書きが言っていたが。
いずれにせよ、親というヤツは、とことん損をするように出来ているらしい。
そのときだった。
『マコトぉ……まことォォォ……!』
隧道のくらがりに、遠くから婦人の泣き声にも似た声が響いてきた。
『健康には気をつけるのですよォ……ご飯もちゃんと食べて……お父さんの言うことを良くきくのですよォォ!』
女子高生の顔が、ハッと変わるのが分かった。
来た方をふりかえり、耳をすます。
「……お母さん?」
だが、つづいてやってきた声は、無残なものだった。
鈴の音が鋭い調子で鳴らされ、同時に何かをはげしく打ちすえる音。
『あぁッ!
あとは声が途切れ、何も聞こえなくなる。
扉が鎖されるような音が、重々しくトンネルに響きわたった。
「お母さん?……お母さァん!!」
危ういところで、オレは制服のセーラー・スカーフをひっつかみ、彼女が駆け戻ろうとするのを止めることが出来た。それでも暴れるイノシシをおさえるように、疲れきったオレの身体は右に左にふられる。
もう忍耐も限界だった。
「さァ!――来やがれクソが!」
「おかぁさん!……おかーさぁぁぁん!!11」
「わからんのか!相手の“犠牲”を――ムダにするな!」
「だって!」
「いま戻ったら――お母さん悲しむだけだぞ!!」
そしておそらくは、この子も“侍女”とされてしまうに違いない。
ジタバタ暴れていた少女の抵抗が、やんだ。
そして、またすすり泣き。
「子どもじゃねぇンだ!いいかげん判れ――あァ!?」
泣きぬれ、憮然とする彼女。
しゃくりあげ、セーラー服の肩をふるわせて。
なおも未練がましげに、来たばかりの闇を見つめる。
それを引っ立てるように、オレは全身の力をしぼり、なおも前へとすすむ。
油断すると逃げもどろうとするので気が抜けなくなり、よけい疲れるようになった。
不眠不休の塹壕白兵戦やコンバット・トラッキングも、ここまで消耗はしなかったものだが。
銃が重い。
もう足が鉛の棒みたいだ。
リュックが、ハーネスでくくりつけた体中の装備が。
ズシリとこたえて仕方ない。心まで折れそうになるところをギリギリでこらえて。
コネクターを外そうとするが、まるで接着されているように連結部分がはずれないときてる。
――なんでこんな思いまでして苦労しなきゃならねェんだ。
そう思って唇をひん曲げたときだった。
「――見ろ!」
彼方にポツンと、トンネルの出口らしい輝点が見えた。
ちくしょう、ようやくだぜと残っていた最後のちからが奮い立つ。
「さ、ガンバレ――もう少しだ!」
それは自分に言い聞かせたことばだった。
もう身体がもたない。異様な疲労が全身をつつんでいる。
出口はどこに
――あるいは……。
いきなり彼方の輝点が、まるで急行列車のように近づいてきた。
目の前はマブしさで真っ白になる……。