試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
* * *
頬をなでる風が、木々の香りを運んできた。
耳もとで鳥の
全身が――全身が、鉛の綿をのせられたように重い。
――まぶしいな……クソ。
オレは薄目を開けた。
最初に見えたのは、早い雲の流れだった。
その雲の切れ間から黄金色のひかりが、斜めに差し込んでくる。
背中が、なにかジットリとしけっている感覚。草の汁の匂いと湿った土の香り。
どうやらオレは、仰向けに転がっているらしい。
おそろしいほど言うことを聞かない体をねじると、90度傾いた視野に崩壊した祭壇が見えた。
供え物やお飾りが崩れ落ち、唯一中央の鏡だけが、辛うじてのこる。
すこし離れたところでは神主が、倒れた体でノロノロともがいていた。
四方に立てられ、
――
アフリカの太陽と苛烈な戦闘が胸のうちによみがえる。
部下のジャンやエグモント、ヨークの仏頂面。
スカした嗤いを浮かべるラルゴ中尉。
シェーカーを振るサムのすまし顔。
ヤン中尉の微妙な視線……。
すると。
とおくでクラクションの音。
頭上をよぎってゆくジェット輸送機。
水分を含む豊かな木々の香りと消防署の広報カー。
それが一気に現実をはこんで、オレは現実にもどってくる。
――あ……
そう自覚したとたん。
戦場を駆けた男たちの
どうじにガラン、としたような怖ろしいほどの
「――お客人!」
「――お館サマ!!」
アワてたような、そんな声。
建物のほうからドタドタと、幾人もの足音。
靴脱ぎ石のところで慌ただしく履きものをかえる、耳ざわりな気配。
玉砂利を鳴らし近づいてきた人物から両脇にウデを差しこまれ、上半身を起こされる。
そのとたん!
全身に鳥肌が
まるで
相手の体温が、息が、なにより気配が。激怒レベルで腹立たしい。
身をよじり、この不敬モノからのがれ、相手を
――う……。
ダメだ。
まるでチカラが入らない。
自分が泥人形に変えられたような、ものすごい疲労。
あたかも“全身の精気を吸われてしまった”みたいな気配。
「大丈夫ですか――お客人!」
「お館さま――お気をたしかに!」
遠くで神主も神社の職員に支えられてフラフラ立ち上がるのが見えた。
おなじように倒れていた周囲のオバさん巫女たちも重い動作で起き上がり、あたりの惨状を恐ろしげに見まわして。
神主が、加勢に来た中年巫女たちに助けられつつ、オレのほうへやってきた。
「おケガはないですか?……いやはや、手酷くやられましたな」
「どうなったんだ、いったい」
自分の声が遠くひびく。
口をひらくのもうっとおしい。
舌がうまくうごかせず、言葉をしゃべるのも辛かった。
と、いうか。他人が――いや人間が、こんなにも汚く思えるのはナゼだろう。
ついさっきまでココとは別の、全く神聖な場所にいたような気もするが……思い出せない。
「ダメでしたよ……相手の力が……思ったより強かった」
「相手。敵のことかぃ?くそっ!押し負けたってコトか」
神主はうなずいた。
「貴方には申しわけないことをしてしまった」
「はぁ?」
「すべてが――無駄でした」
「チクショウめ!」
オレは叫んだ。
「ムダってコトがあるか?コレだけやって」
アフリカでの口調がなおらない。
あの硝煙と怒号の日々が、いまだ鮮烈に胸にのこる。
しかし、咒法が失敗したと聞いても、なぜかクヤしさはなかった。
逆に、それどころか敵拠点の急襲に成功し、兵員輸送車で帰るときのような爽快感が。
「失敗だ?よく見てくれ。本当に失敗したのかぃ?」
オレは脇腹の具合をきにしつつ、神主に聞いた。
あの酒場女にぶっ刺された銃剣は、もちろん残っていない。
みょうにリアルな夢だった……いや、ほんとうにタダの夢なのか?
「と……おっしゃいますと?」
返事をする必要はなかった。
「おやかたサマ!――お館サマ!」
そのとき社殿の奥から廊下をドタドタと走り寄る気配がして、一同の注意は駆け込んできたひとりのオバさんに注がれる。
「なんだね!騒々しい」
苛立たしく新参巫女のふるまいをとがめる神主。
だが、抑えきれない喜びに充ちたふるえ声が、それに
「おしるしが……お
ザワッ、とオバさん巫女軍団がどよめいた。
何人かが履物を脱ぎ飛ばすいきおいで社殿にあがると、奥へむかう。
神主がシマりのない呆然とした顔と目つきでオレを見おろし、
「すると……やってくれたのですな!」
「――お館サマ!」
また別の中年婦人が走ってきた。
「電話がありまして!お嬢さまが……真琴さまの意識が、もどられたそうです!命に別状はないとか」
なにか大きな荷物を下ろしたように、おれは上半身を支えられながらフゥ、と息をはいた。
そして自分ながらイミの分からない嗤いをヘッ、ともらし、
「中隊は基地に無事帰還、というところか……」
* * *
そのぶっとい腕でオレを胴上げせんばかりな中年巫女たち。
目もとを潤ませ、それでも謹厳そうな顔をくずさない“お館さま”。
そういった煩雑な、下らないものは長ったらしくなるからココでは書かない。
ただ、オレ自身はといえば、不思議なくらい他人がウザかった。
さわられるのが無性にハラだたしく、まるで自身が汚されるような気分。
神主も、それは承知しているようで、まとわりつきたがるオバサンたちを制しつつ、
「
そういって、このオヤジは神社の一角にある布団をしいた和室に案内した。
障子から白々とした光がながれる、新しい畳の匂う一室。
静謐な、浄福すら感じさせる、陰影礼賛チックなひと間。
そこにオレは、崩れるようにうつぶせで斃れ伏したのだ。
ノリの効いた清潔なシーツ。
鳥の鳴き声がきこえる、静かな空間。
傭兵のダミ声が交錯する基地の簡易ベッドとは比べるべくもない。
ホトホトと
上には白い
モソモソと起き上がる布団のわきに膳がすえられ、瓶子のふたがとられると、持たされた盃に清酒がそそがれる。
とたん。
馥郁たる杉樽の香り。
清冽な森がその場に現出したような気配。
ひとくち含むと、あれほどあった肩の痛みや全身をつつむ疲労がスッ、と
「スゴいですね……コレ、薬酒ですか?」
「アタシのオシッコがはいってます」
すまし顔の中年巫女。
その顔は、あくまでまじめに。
ごく普通の、小太りな中年婦人だった。
うっすらと紅を刷いた品のいい面差しは、冗談から遠い印象。
「……MJD?」
「ウソにきまってるでしょうが」
さらりと言ってのけ、いささかも悪びれる気配がない。
「……あのな」
「ときに」
「あぁ?」
「搬送された病院のベッドで、お嬢サマが『マイケルさんは帰ってきてるか?』と」
「だれ?――あぁ、あの現代風な巫女サンか。なんだ?帰ってきてるって」
「こちらが知りたいですわ。とにかく、いたくご心配されてたとか。目をお覚ましになった病院のベッドで、すごい剣幕だったそうですよ。お嬢サマとは、どういうご関係かしら?」
「どうって?……どうもコウも。知りあいの子の同級生ですよ」
「お館サマのご推挙ですから、
この婦人は正座の姿勢からスッ、と立ち上がり、オレをいくぶん冷たい目でみおろして、
「お嬢サマをきずつけるようなマネは、どうかご勘弁くださいね?昔からお世話してきた者からのお願いです」
それだけ言うと洗練された一連の所作で、この婦人は部屋を出て行った。
――なんだい……チェッ。
酒の酔いもあったのか、いつのまにやら仮眠をしたらしい。
気がつけば携帯のバイブが鳴っていた。画面をみれば、美香子だ。
あれほど輝いていた障子の白さは闇に染まり、辺りは静かになって。
建屋の中は森閑としており、とおく離れたどこかでTVの音がしている。
起きだすと、枕もとに何かが触れた。部屋の電気をつけてみればオレの服だ。
洗濯され、
プレスされ、
キチンと畳まれて。
ひろげてみると嗅ぎなれないヨソの家の洗剤の香り。
ふと、家庭があった時代のことを考えて気持ちがヨロけかかるが、なにクソと頭をふって、もと妻のことを頭から追いだす。
――あのクソ女も、いまはナニやってるんだか……。
白い
鏡台に自分のハダカが映る。それを見てギョッとした。
両肩に、まるで重いものを背負ったような幅広のアザがむらさき色になって。
それだけじゃない。わき腹が一部、うっ血したように赤黒くなり、それは背中まで回って。
夢のなかで、酒場の女に刺されたときのことを思いだした。そしてヤツの乳房のうえに、拳銃の弾をブチこんでやったことも。だが、この肩のアザは……なんだろう?
服を着がえ、TVの音がするほうに廊下を歩いてゆくと、巫女のモト締めである老婆に廊下で出会った。
開口一番、老婆はギロリとこちらを睨み、
「……お行きなさるかね?」
「はぁ。お世話になりました。あの、神主――じゃない、お館サマは?」
「アレはいまヨソのお
「は?」
「よくない相が出とるの。ウチの神さんによくよくお参りなされ。さすれば加護を頂けるよって」
「よくない相?」
「……アンタ」
薄暗い廊下で、老婆は小柄な身体をズィとよせ、そのシワの奥の眼を光らせ、
「どこぞの悪い奴と
「う……」
ドレッドのことが、すぐに思い浮かんだ。
夢の中まで出てきた、あの剽悍なコカイン・モンキー。
つくづくオレの深層心理に刻まれ、負荷になっているらしい。
ヤツの女を撃ち斃したことが、夢とはいえ手の感覚にいまだ生々しい。
「気をつけなされ。ヌシぁ、
「クロのまがつひ?――あぁ、あのバァ……いやオバ様たちが言ってた神社の敵のコトですか。きょう我々が戦ったという」
巫女すがたの老婆は、ひとつうなずく。
そしてオレの手に何かをおしつけると、そのまま暗い廊下の奥に去ってゆく。
なぜか分からないが、ロウソクの炎に照らされた洞窟のイメージとダブって見えた。
――あ……。
手を開いてみるとそれは、この神社のお守りだった。
白地に金の刺繍。なにやらむしょうにありがたく感じられる。
ちょうどいいや。焼け焦げたお守りの代わりが欲しかったところだ。
「ありがとうございます――自分は、これで失礼します」
真っ暗に静まり返った廊下の奥にそれだけ言うものの、返事はない。
長くなった陽もすっかり落ちた神社の境内で、オレは玉砂利を踏みならして鳥居の外に出る。
もちろん、あのヘンな亡霊じみたモノは影もかたちもない。しかしそのかわり、まるでこの2本の柱が結界であったかのように、街の雑音が自分に向かい一気に押しよせてきた。
駅に向かってあるいてゆくうち、様々な騒音が、皮膚にキリキリとつき刺さる。
クルマのモーター音。
ハイヒールのカツカツたる響き。
カラオケ店から出てきたスカートの短いJKの群れ。
塾帰りの子供たちだろうか、歓声をあげてすぐ横を駆け抜けてゆく。
政党の広報車が単調な調子でお題目をとなえる後ろでは、風俗の宣伝カーが大音響。
荒らされていない自販機と、凹みひとつない静かな自家用車の列。つまりは底抜けの平和っぷり。
磨かれたショーウィンドーを見れば、流れる灯りを背景に、どことなく
……待ち伏せ。
……
……姿のない
……細い腕をした少年兵。
……ハラをふくらませた餓死児童。
そういったものとは全く縁の無い世界。
殺菌され、清潔で、規則ただしく、腐乱死体など視界に入らない空間。
しかしホンの数時間前まで、オレは生と死が隣り合わせとなった広大な台地をさまよい、照りつける太陽の下で喘いでいたのだ。
辺りは発色がキレイなLEDネオンの点滅。
空気には物の燃える匂いや死体の焦げる臭いすらない。
圧倒されるような孤独感が、
寒い冬のさなかに丸裸でいるような、あるいは拳銃一丁でシンバスの兵士に囲まれたような、かぎりない不安。そして心もとなさ――なにより寂しさ。
アフリカの喧騒が、部下たちが懐かしかった。
ただの明晰夢とはいえ、あのヒリヒリした緊張が、いまとなっては恋しい。
「クソッ!」
信号待ちで、妙にイラついたオレは、アスファルトの路面に敷かれた点字ブロックを、かかとで蹴飛ばした。そのため脇にいたオバさんに、二、三歩引かれながら、まるで汚いものでも眺めるような目つきで見られてしまう。
――チッ……。
目ををらして向かいの商業ビルを見上げれば、壁面一杯のサイズで女優ほほえみ、イミありげな視線でウィスキーの宣伝をしている。
「そうだッ!」
オレはおもわず声を出した。
隣のババァの、また薄気味悪そうな目つき。
だがもう知ったコトか。我ながらの思いつきにワクワクする。
――ジーミの店。
あのセネガル人の酒場に行って、この寂しさをやりすごそう。
それに何と言う偶然の一致!ヤツも、夢の中に出てきたじゃないか。
歩行者用信号が青に変わった。
オレは勢いよく歩き出す。
* * *
それから小1時間ほど。
電車を乗りついで、オレはさびれかけた商店街の端にある小さな店にたどり着く。
思ったとおり、気のいい黒人が密かに開けているこの酒場に入ると、さきほどまで夢で見ていたアフリカの前進基地を思わせる雰囲気が戻ってきた。
ガンオイルや保革油、コルダイト火薬の匂いすら漂ってくるような。
部下の軍曹たち。あるいは他中隊で鳴らす名物男たちの声が、むしょうに懐かしい。
――なんでアイツらが、今ここに居ないんだろう……?
キツい黒タバコの香り。
シャンパンやビール、
テーブルにしみついたウイスキーのコップ跡や、ナイフで作られた刻み目。
そういったものが、肌感覚としてヒリヒリとよみがえってくる。
オレはチノパンにビジネス用の細いベルトを巻いた腰をさすり、
「どうも銃を吊ってないと、サビしいな……」
「パルドン《ナンだって》?」
「――いや……なんでもない」
そう言って、カウンターの向こうでグラスを磨くジーミ、こと
してみると、あのアフリカ傭兵戦の明晰夢は、オレの深層心理が凝り固まったものらしい。
なるほど。ドレッドといい“おさる”のジョージといい、すべて見知った人間が登場人物が出てくるワケだ。
ラルゴ中尉。
あるいはジャン、エグモント、ヨーク軍曹。
バーテンダーのサム。ヤン中尉。老大尉。
みんな、その昔にオレが営業マンだったころ。海外出張で知らずにすれ違った人物が記憶の底から浮かび上がってきたんだろう。
どこかの空港か。
どこかの旧市街か。
……あるいは、どこかの酒場か。
定石どおり、まず冷えたビール。
そしてウィスキー・ソーダ。
青ヘルをかぶった国連軍の若造たちとヤリあったのが、ホンの数時間前に思える。自分が迷彩服を着ておらず、Yシャツ姿なのがいかにも不自然で腹立たしい。
ズボンのベルトにホルスターを下げておらず、腰が軽いのも何となく心もとない。
立て続けに二、三杯引っかけると、ほろ酔い加減が忍び寄ってきた。
さっきまで感じていた孤立感や焦燥感はホンのすこしばかり遠のき、物陰からコチラをうかがう気配。
ザマぁみやがれ、とグラスを干してから、
「ンで、どうしたいジーミ!
オレは荒れたままの雰囲気がある酒場を見回した。
最後に見たときから、開業に向けてあまり進展があったとも思えない。
見覚えのある壊れた椅子や、その他のガラクタがそのままに。
ジーミはバズーカ砲を軽々と担ぎ上げていた幅広な肩をすくめ、黒人特有の真っ白なてのひらを擦りあわせて、
「ダメね。
「ふん。オレにもっと金があったらナァ……あ!」
そのとき。あのいわくつきの陰気なビルディング。たしか『六道ビル』とか言ったか。
轢殺ドライバーの査問用会議室で、依頼者の一人から受け取った札束を思い出す。
被害者の爺さんが娘を犯された報復の代金に、命を削ってオレに託した金だ。
血の叫びとも言っていい怨嗟の声を叫んだ、もはやこの世にいない依頼人。
そんな“いわくつき”ともいえるカネを、ここで使ってイイものか……。
どうしよう、とためらっていると考えていると 携帯が鳴った。
画面を見れば、なんと美月――美香子からだ。
――クソ……よけいな時に。
通話に出ようか、どうしようか。
オレは背の高いカウンターのイスを降り、ゴトゴトと板張りの酒場を鳴らして窓際に行くと、木製の白いブラインドをひらくと窓を開け、首を外に突きだす。
ひんやりとほおに感じる夜気。
外の通りは、場末の商店街ともあってすでに行きかう人の姿もまばらとなり、周辺の店はとっくにシャッターを下ろしている。その中で通りをはさんだむかいの酒場だけは、カーテン越しに明かりを漏らしていた。
『BAR1918』
ドレッドに関係があるとニラんでいる、いわくつきの酒場だ。
別に、にぎわっている様子も無い。客の出入りもない。
ただレースのカーテンごしに漏れる光が、さびしい歩道を照らしている。
携帯のコールとバイブが止まった。
ホッとしたのもつかの間、ふたたび銀色の筐体が鳴り出した。
せっかくアフリカの雰囲気が出ていたのに、ブチこわしだと舌打ちをしつつ、
「はぃ……モシモシ?」
『あー!ようやく出たぁ!』
まるで便秘のウンコを苦労のすえにようやく“ひり出した”ような、ため息まじりのキンキン声が通話口の向こうから聞こえてきた。その背後では、皿の触れ合う音や、BGMの軽音楽がかすかに聞こえる。
『ご主人さまァ?イマどこにいるのぉ!?』
「ちょっとイロイロあって、な。そういうオマエこそ、いま
『ウン、そーなんだけど……それよりマコっちの方から、さんざんライン来てサァ?“ご主人さまは帰ってきてるか?”って……』
「マコっちだ?あぁ、神社の娘か。帰るって、なんのコトだ?」
『シらないよォ、そんなの!』
非難がましい声。
携帯のむこうでバニーガール姿の彼女がほおをふくらませるのがありありと。
「そのために、わざわざ連絡してくれたのか?」
『それもあるけどぉ……ご主人サマ前に言ってたじゃない』
「なにを?」
『“ちびピエロ”……じゃない、
「ジェンチュ……“小男”か!」
美香子、いや“美月”は、いまやすっかり“夜の女”のスレっからしな口調で、
『あのジジィ、戻ってきたわよ?ご主人サマが会いたいって言ったら、ふたつ返事でおkだった。都合のイイ時間を知らせてくれ、ってサ』
そうだった。
あの妙に博識な中年男には、言いたいこと、警告したいこと、そして何より聞きたいことが山ほどある。
「もう店に戻っているのか?」
『うん。なんかコワい顔してまわりにアタりちらしてるんで、ご主人サマからゴラァしてよ。手がつけらンない』
「ふぅ……ん?」
そのときだった。
オレの頭の中は真っ白となる。
――『もしもし……モシモシぃ!……?』
美香子のイライラしたような声が、どこか遠くに聞こえて。
向かいの『BAR1918』に下がるカーテン……。
それがフイにゆるやかに開かれ、白いチャイナドレスの女が姿を見せたのだ。
――
オレのわき腹に
バーテンのサムを冷酷に仕留めた、ドレッドの
カフェオレ色の肌は、夢で見たよりもだいぶ薄い。
混血風な彫りのふかい、特徴的な美貌。
と、オレの視線に気づいたのか。
女はこわばった
――!!
あ、と声をあげる間もなかった。
憎しみを込めた敵意のある眼差しが一閃。