試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
“コード001”
つまり車体を制御する人工知能の異常、
とたん、広大な地下車庫にサイレンが鳴り響いた。
すると。
管理棟から、見たこともない装輪の重量級ドーザーが何台も走り出してきて、オレのトラックの駐車スペース前を塞ぐ。気のせいかもしれないが、砲身かロケット・ランチャーのような物が各車の先頭に装備されていた。まるでトラックの形をした自走砲だ。だが“ウチの部隊”で稼働していた車両の寄せ集め感など、まるでない。まるで国際武器メーカーがホンモノをトラックに偽装したようなプロフェッショナルの雰囲気。
さらに驚いたのは、ショットガンを持った作業服姿のフルフェイス・ヘルメット要員が、訓練されたムダのない動きでバラバラとトラックを取りかこみ、赤いレーザー照準の輝線をエンジン、補機、タイヤなど車体各所の急所にポイントさせたことだった。そして――もちろん数本が、オレの頭にも。
車内の秘匿用・非常回線がONになる。
『マイケル!キミか?マイケル!!』
「所長ぉ!ヤバいですよ!』
運転席で、オレは怒鳴った。
『【SAI】が――オレのAIが、炊飯器なみのレベルでしか反応しない!オマケに武装したワケわからん部隊に包囲された!至急対応乞う!」
『おちつけ。それは我が社の警備担当だ』
バンバンバンバン!
銃を持った一人が運転席のドアを叩いて降りるよう促す。
「あの!なンか怖っかないヤローがトラック降りろと指図してるんですが?」
『ゆっくりした動作で降車しろ。いいか、彼らを刺激しないよう、ゆ・っ・く・り・と・だ』
正直、オレは降伏したり、捕虜になった経験がない。
両手をあげ、全身にレーザー照準をあびながらトラックをおり、突き飛ばされるように後ろを向かされ、車体に手をついて身体検査を受けることがこれほど屈辱だとは。
『武器は 持っているか?』
オレの身体を執拗に撫でていた要員の黒いヘルメット・バイザーにそんな文字が浮かんだ。
「武器だァ?あるかそんなもん!」
あるとすれば、助手席のグローブ・ボックスに放り込んである、前に半グレどものキンタマに押し当てて悶絶させた電撃つき特殊警棒ぐらいか。
一団の動きは早かった。
小柄な二人を残し、武装警備員は風のように撤収する。
残ったヘルメット要員がオレの横につき、その片方が例の黒いバイザーに、
『我々といっしょに 来ていただく』
そのまま、三人横並びに地下駐車場を連行されてゆくかと思いきや、ヘルメット要員の一人が近くのコンクリ製な壁にあった【消火用具入れ】という黄色い鉄製の扉を開ける。
すると!
その中は道具入れどころか通路の入り口となり、中は工事用のライトが照らしていた。
「うっっひィィ!マジかよ?」
オレはヘルメット要員の、おそらく防弾仕様らしい顔面のシールドを見て、
「見なれた扉に、こんな仕掛けがあったとはネェ!」
驚きを味わう間もなく、後ろのヤツはオレを銃で小突き、通路に入るよう促す。
扉をくぐればヒンヤリとした空気。
そして狭い通路がどこへともなく続いているのを見る。
湿ったコンクリの臭い。
チョロチョロと水の流れる音。
進むにつれ反響する、三人分の足音。
方々から枝が合流しているのは、同じような隠し扉がアチコチにあるのだろう。
ランプの灯る薄暗い路を、この怖っかない連中に前後をはさまれて左に曲がり右に折れる。
「なぁ、ドコまで行くんだい?」
オレは前をゆく武装警備員に聞いてみた。
「こんな隠し通路があるなんてなぁ……ビックリだぜ!」
「……」
「その銃ってアレか、ショットガン?にしてはレーザー照準なんて付いてるけど」
「……」
ウチの傭兵部隊が装備していた鉄と木製の野暮ったいモデルではなく、カーボンとプラで出来た、いかにも治安執行機関が持つような今風のスマートな銃だった。
しかし、こっちの問いかけにもかかわらず声はもちろん、例のバイザーに文字すら浮かばない。
ただこちらが立ち止まろうとすると、銃で脅してくるだけだ。
「その銃、軽そうでイイけど白兵戦の殴り合いにゃ弱そうだな」
「……」
「FALとかは装備してないのか?」
「……」
「まさか
「……」
「ばーかばーか!」
「……」
――同じだ。
ヒヤリ、胃の底が冷える。
あの“六道ビルヂング”の時と同じ。
愛想のない警備員。ニコニコ転生協会の査問システム。
この物騒な連中は、協会が密かに準備する“影の機構”の一部なんだろう。
行方不明な轢殺トラッカーのシゲさんが、あの喫煙スペースでヒソヒソ語った言葉。
それが今になってやたらと現実味をおび、調子こいていたオレの両肩を冷え冷えとさせる。
――に、しては……。
武装トラックといい、この警備員といい、制圧用の火力が強力すぎるような。
第一、民間の会社風情が、これらを合法的に装備できるんだろうか。
もし持てるとしたら「ニコニコ転生協会」はそうとうガッツリ政府に食い込んでいるコトになる……。
狭い通路は行き止まり……かと思いきや落下防止の“背かご”がついた長いハシゴが上に伸びている。まさかと思ったが、ヘルメットのひとりが上を示した。
「えー。マジこれ登ンの?」
「……」
うしろのヤツが、またも銃の先でオレをつつく。
ハイハイ分かりましたよ。
運動不足がたたって、高いところにあるハシゴの一段目をよじ登るのに苦労する。
すると、後ろのヤツがオレの靴底を手で受け止め、グイと上に押し上げた。
小さいくせに、見かけに寄らぬパワーだ。そうとう訓練を積んでいるらしい。
背かごがあるとはいえ、落ちたら助からない高さのハシゴだ。
周りはシャフト状となった空間。
上をゆく武装警備員だけを見つつ、ゆっくりと登る。
まだまだ続いているハシゴだったが、ありがたいことに途中で横にそれた。
手すりもなにもない、ただ壁から突き出たグレーチングの床にむけ足を大股に広げて乗り移ったときは、さすがに玉ヒュンだったが。
網目状となった床からは、登ってきたフロアがはるか下に見える。
後ろのヤツが、また銃で押した。
「おぃぃぃ!アブねぇじゃねェか!」
「……」
「やたら突っついてくれるが、
だが、そんなときでもこの連中は黙ったまま、前に行けと促すだけ。
シャフトを抜け、ちゃんとした通路に入るとホッとする。
薄暗い通路ではあるが、床がコンクリであることのありがたさ。
しばらく行くと、ヘルメット要員が二人とも後ろについた。
遊底を操作するなじみ深い音。ふりむけば銃の
「アブねぇな?装填してたのか!」
だが、この二人組は無言のまま、代わりに
オレは絶句した。
自分にとっては、相性の悪い武器だ。
またここでぶっ刺されるのか。
異世界で――旧友から。
アフリカの路地で――酒場の女から。
「その物騒なモノをコッチに向けんでくれよ!」
「……」
「聞いてるのかコノ野郎!」
コチラの激高などおかまいなしに、二人組は早く行けのサイン。
冗談じゃない。
ここに来てタマキンぶくろの緒が切れた。
「いいか、よぉく聞けクズども……」
せまい通路で、オレたちはニラみあう。
もっとも相手は顔面にも装甲がほどこされた、スモークグラスのヘルメットなので視線は分からなかった。それでもこちらを見ている気配は感じられる。
「その ・ 忌々しい ・ 銃剣を ・ 下げろ」
「……」
「さもなきゃこの場でキサマらの首根っこを――ヘシ折ってやる!」
背後で人の気配がした。
すると、見覚えのある笑顔とぶつかった。
「所長ォ!」
「やぁ――ご苦労だったな」
「なんでこんなところに……?」
「コードの1番が出たと聞いて驚いた――本当か?」
ハ!とオレは腕をふって、
「【SAI】が……自分のトラックの人工知能が点検から帰ってきて、イザ始動しようとするとヘンなんですよ!急に家電製品なみの応答しかしなくなって……」
「途中から、急におかしくなったのではないんだな?」
「いえ、二次ジェネレータを回して電装系を生き返らせたときです」
「……ふぅ。む」
ゴツい手が、よくヒゲのあたった丸いアゴをなでる。
よく光るガマのような眼が、オレのほうをジッとみつめた。
頭の中で思考実験でもしてるのか。ゲジ眉がグリグリ動き、目つき何種類にも変わる。
「うん――いいだろう。コッチに来い」
演算の結論が出たらしい。
アシュラはそう言うと、クルリ背を向ける。
「どこォ行くんです?」
「いいから」
ハァッ、と息をついてフト後ろを見れば。
あのイケ好かない武装警備員たちの姿は、すでに影もかたちもない。
足音も立てず、気配すら消しての撤収。見事なものだった。
――チェっ、
ガマのような男の後について通路をゆき、コンクリの壁に付いた何の変哲もない扉をひらく。
と、それまでのコンクリ臭い空気に代わり、通常の部屋の空気が流れ込んでくる。扉をくぐってみれば、どこかの小さな資料室のようだった。
高い位置に窓があり、北向きの部屋特有の冷たい光が空気を染めている。
アシュラは、キャビネットに偽装していた扉を慎重に閉じてロックすると、資料室にある反対側の扉を開いてオレを招き入れる。入ってみると、何か以前に見た光景。なんてことはない、ここは所長室の応接エリアだ。
「ダレにも言うなよ?」
そういうと、アシュラは資料室の扉にある金属のボタンキーを操作する。
――4545072……67417、か。よし、覚えた。
アシュラは次の間に行くと、所長執務室の机に行き、ドッカリと腰を掛ける。別に座れともいわれないオレは、仕方なく大机を挟んでその前に立った。
卓上の電話が鳴った。
「ダレじゃい、こんな時に……」
ブツブツ言いながらアシュラが受話器を取って何ごとか話すあいだ、オレはさりげなく所長室のインテリアを見回す。ふと、壁にかけられている、額縁入りの退色した写真に目がいった。
青年が、小さな黒猫を抱えてトラックの運転席にいる一枚。
キャビンの中が、操作系が、いささか古臭い。
人物の着ている服も、ひと昔前のセンスだ。
痩せていて、髪もフサフサ。
前途洋洋とした意気軒昂たる表情。
しかし――その顔には、たしかに面影がある。
――まさか……。
「何ですと!マイケルを?」
ふり向くと、アシュラが通話口に話しながら、何ごとかチラチラとオレを見て。
ややあって受話器を置くと、各種の端末が載った机の上に両ヒジをつき、手を組んでジッと上目遣いにこちらを見据えた。
「要点が3つある」
「ハァ」
「一つはコード001。あれは誤報だ。検査用のプログラムが――そのままになっていたらしい」
「バカな!」
オレは一喝した。
「そんないい加減な状態のトラックで、オレを転生業務に向かわせようとしたんですか!?」
アシュラは口をへの字にまげ、眉毛をヒョイとあげる。
そして芝居がかった仕草で肩をすくめてみせた。
――冗談じゃない。
AIの整備がいい加減なトラックで業務活動なんて。
警察の探知不具合や、死体の処理を間違えて、そのまま道路に置き去り。
ヘタしたら「轢殺目標のとりちがえ」なんてコトもありえるんじゃないか……?
コチラの動揺にもかかわらず、平然とした表情で所長は先を続ける。
「二つ。技術部から詫びがあった。“ロック”吉村からだ」
「へぇ、御大層なこって!」
こんどは思わず大声になる。
「これで轢殺をミスったら、全部コッチのせいじゃないですか」
「そのため昼メシをオゴりたいとのコトだ。11時に技術棟前に来てくれと」
腕の時計をみれば、何だかんだでもう10時を回っている。
ショットガンで小突かれた肩甲骨の痛みが今になってやってきた。
「三つ。これはたいへん奇妙な――いや、勝手な頼みでワルいんだが……」
ここでアシュラが、組んでいた手をほどいてアゴを撫でる。
肉厚な二重アゴ。ヒゲ剃りのときはどうしてるんだ?まさか永久脱毛でもやったのか。
オレはそんな転生協会・支部所長の血色のいいツラをにらみつけ、ヘンと嘲笑いつつ、
「ナンです?ここまで来たら、ナニ言われたって驚きませんがネェ」
「キミが住んでいる今の借り上げ寮が、家主の都合で契約終了となるらしい」
「ほぉんwww」
意外な申し出。
ちょうどイイ。駅から遠いので、嫌気がさしていたんだ。
屋移りするには、良いタイミングかもしれない。
「マ、あそこも古かったですからねェ……んで?代わりの寮は」
「無い」
「ハァ!?」
一瞬のエアポケット。
「ナイってこた無いでしょう!?」
「どこも満室で、代替は充当できんのだ。自分で探してくれ」
「――んじゃ家賃補助は?」
「そんなものは無い」
「ちょッ!!!111」
言葉を失ったオレの視線を、このクソ所長は平然と避けた。
「予算潤沢なんでしょ?転生協会って!家賃補助ぐらい……」
「このご時世、どこもかしこも経費節減だよキミ。ワタシも、力になりたいのはヤマヤマだが……」
この!と頭の中をドクドク血が脈打った。
このデブタヌキ爺ぃ。ダイエットしたハート様みたいなナリしやがって。
まさか配下のトラッカーに対し、こんなにまで思いやりがないとは。
ここまでされて、タダでは引き下がれない。もと営業マンの血が騒ぐ。
「重ね重ねの、このクソな扱いに――せめてなにか
「残念ながら、社の規定にそのようなものは存在せんのだよ」
相変わらず視線をそらせたまま、アシュラはうそぶいた。
「ワタシに出来ることなら、べつだがね」
オレは頭を忙しく回転させた。
なんとしても「等価交換」以上の条件を引き出さねば。
やられっぱなしは、オレの性にあわない。このブタをギャフンと言わせたい。
「そうなると……
「と、いうと?」
「今月の轢殺ノルマをゼロにして下さい」
「それは出来んよ、キミ」
「はぁぁぁ!!!?」
オレの抗議にアシュラは鼻で
「心配せんでも、どうせじきに見つかるだろうて。それに――」
「それに?」
「ほかのドライバーたちの手前もある」
「……不確かなAIを積んだ轢殺トラックで、今までの効率を維持しろと?」
「オマエのトラックは、それだけのキャパを備えている。割り当て人数が、少なすぎると言ってもいい」
「ねぐらも確保せず、不確かな機材をあてがわれ、轢殺ノルマも減らさない……」
ムラムラと“傭兵時代”の心象がよみがえってきた。
戦場でなにが一番ムカつくかって、補給がないことと、味方に後ろから撃たれることだ。
この目の前のブタは、それを全部やりやがった……。
――オレをダレだと思ってる。
長距離偵察隊第三中隊所属の特務中尉。
コンゴの動乱でケンカをキタえられた兄さんだぜ。
こんなフニャチンな21世紀の日本になんか、ナメられてタマるか。
ダン!
気がつけば拳固がかためられ、それでアシュラのテーブルを叩きつけていた。
「……ザけんな」
このときのアシュラの表情こそ見ものだった。
「え……アノ。まいける――クン?」
「たった今をもって!辞めさせてもらいます!」
そういい棄て、おれはきびすを返す。
冗談じゃねぇ。ヒトをコケにするのもホドがある。
こんなブラックな扱い、
「ま、待て――待 ち た ま へ !」
背後で柔らかい何かが盛大にコケる音。
ぐぇ、などという汚らしいうめき声も聞こえる。
バタバタと脂くさい気配が近づき、次いで肩をグイとつかまれた。
「ホンキかね?ココを辞めてどうする!」
「少なくとも、人間らしい暮らしはできますぜ。今までガマンにガマンを重ねてきたが――」
傭兵部隊中尉の目つきで、オレはこのデブを睨みつける。
ホント、腰にホルスター入りのワルサーPPがなくて良かったぜ。
あれば眉間に十字の切り込みを入れた9mm弾をブチ込んでいるところだ。
あるいはジャンのやつに、コイツのダブついた首周りをワイヤーでギリギリ締めてもらうか。
「ワかった!ワかった!では――こうしよう!!」
しどろもどろでアシュラは以下を提示した。
・ノルマは減らせない。しかし未達としても、ペナルティはないし、勤務評価に影響しない。
・年次有給とは別の特別有給を一週間与える。
・今までの乗務で一般人を乗せたことを経歴から抹消し、不問に付す。
やはり。
美香子や情報屋の青年を轢殺トラックに乗せたことは、本部にバレていたのだ。
どこかに監視カメラか、キャビンに重量モニターが付いているのだろう。
「ひとつ、付け加えてほしいですな……」
「なんじゃい?まだ何かあるのかね?」
オレは一息おいてから、
「今後、業務上で必要と認められる場合、守秘を誓わせた一般人をのせる事を許可して――」
「バカな!」
アシュラは怒気を込めて吐き捨てた。
「この協会の業務が一般に知れてみろ――日本がひっくり返るぞ!」
「ログに残っている二人だけでけっこう。ひとりは情報屋です。もうお分かりでしょうが」
「認めることはデキん!」
「轢殺業務のかたわら、援助交際や犯罪まがいのことをしてスコアを稼いでいる者も居ると聞きます。そのお目こぼしに比べたら……軽いもんだ」
「断じて!認めることは――」
「監視
と、これはハッタリだった。
おそらく支部の業績をサジ加減するのは、この男と踏んでのコトだ。
そしてどうやらそれは当たったらしい。ぐぬぬとアシュラは歯噛みしてオレをニラむ。
「……ワかった。ただし……“三人”までだ!どうせそれぐらいしか乗せまい――んぅ?」
どこからその数字が出てきたのか分からない。
だが、とりあえず情報屋を載せることができるのでOKだ。
「いいでしょう。非常に不満ではありますがね」
はぁっ……とアシュラは盛大にため息をついた。
見れば顔は茹でられたようにまっかになり、頭から湯気を出しそうな勢いだ。
「で、どうするのだ?すぐ有給に入るかね?だったら、あてがったテスト検体は別のドライバーに――」
「いいえ」
轢殺目標として渡されたファイルは、未成年の婦女連続強姦魔だった。
地方の有力者である親がカネを使って裁判所に圧力をかけ、保護観察にしたらしい。
結果、地元に居られなくなったソイツは、大都市に出てきて相変わらずのコトをしてる。
こういうなんの気兼ねもなく轢殺できるクズが回されるのはありがたい。唯一、トラッカーで良かったと思えるときだ。
「オレがやりますよ。まぁ【SAI】の……自分のAI次第ですが」
「午後イチには、機材の準備ができとると管理部が言っとるぞ?そうだ、ヨシムラ技術顧問との会食も忘れんようにな!?まったく……性格が変わったように、強気になりおって」
「あんまりオレたちをないがしろにするからですよ。もう“現場”時代のことは忘れちまいましたか?」
「ふん、知ったようなクチを!」
カーッ(゚Д゚≡゚д゚) ( ゚д゚)、ペッ!でもしそうな勢いで苦々しくアシュラは顔をゆがめ、
「オマエだって、いずれこうなる!それと言う間でもないが!コード001発報から今までの事は他の者に話してはならん。この秘密の通路のこともな!?」
その後もブツブツと、なにやら文句を言うアシュラ。
ハイハイと話半分に聞き、オレはさっさと所長室を出た。
――この件が無ければ、オレもヤバいことになっていたかもしれないな……。
バッチリと取られていた無関係者の乗車ログ。
『転生協会』などという組織のアブない面があらわになった今回。
現役を引退させられ、管理に回った重サンの言葉が、みょうなリアルさで立ち上がる。
一体あのオヤジは今どこにいるんだ?こんどの件で、なにかヒントをくれるかもしれないのに。
オフイス・エリアまで昇ると、フロアは人がいるにも関わらず静謐といってもいい静けさが支配していた。聞こえるのは、OLたちがキーボードをたたく音だけ。
と、その音がいっせいに止む。
全員が、両手を端末の上に置いたままオレの方をジッと見て動きを止めていた。
お局サマが席を立つと、いそいそ顔をこわばらせたワケあり顔でコチラにやってくる。
やがて業務エリアと一般通路を仕切るカウンターから身を乗り出すや、顔をよせてヒソヒソ。
「ちょっと!マイケルさん――大丈夫なの?」
「大丈夫、ってナニが?」
「何がって!“コード001”出したんでしょ!?」
「あぁ……そのコトか」
オレはわざと心持ち大きな声で、
「誤報だよ!技術部のバカが、検査用の
耳をダンボにしていたスタッフ連中の手が、ふたたび忙しく動き出した。
わかりやすい連中だ。これで余分な騒ぎは、自然に鎮火するだろう。
「なぁ?――いま、出てこれないか」
「なぁに、急に」
お局サマの声が、急に艶っぽくなる。
身じろぎしたブラウスから女の匂いがたちこめ、思わせぶりな気配。
またも総務の連中の手が、心なしかゆるやかになり、聞き耳を立てる気配がありありと。
「特別の有給を、アシュ……所長からもらったんだ。その申請方法について、サ」
キーボードを走るスタッフの連中の手が、また早くなる。
あからさまに(な~んだ)の気配。
実にわかりやすい。
「あぁ、それなら――」
自分の席にもどりかかるお局サマ。
それをゆるやかに制し、オレはウィンクして首を振ると、彼女に外へ出るように誘う。
「あら♪」
思わぬお局サマの嬉しそうな顔。
連れ立って自販機コーナーにやってきてから、
「――なにが良い?」
「まぁ。それじゃコーヒーを砂糖なし、ミルク多めでお願いしようかしら?」
オレのほうは本日2杯目のエスプレッソだ。
どうも今日はヤバ気な気配だ。これ以上ナニもなきゃイイが。
抽出が終わり、いい香りがしてきた。今日はじめてホッとする気配だ。
「ほら」
「どうも――で、なによ?」
オレは声を幾分おとして、
「ウチの会社って……武装した警備員を飼っているのか?」
「武装って?警棒とか、スタンガンとか?」
「いや、
「ウワサには聞くけど、見たコトはないわ」
「うわさではあるんだ……ずいぶん練度の高そうな動きだった」
「なによ。見たの?」
「ついさっき。地下の大駐車場で」
へぇ、というお局サマの顔。
それを見てオヤっ、と思う。
化粧をしてはいるが、疲れたような肌、目もと。
うっすらとほうれい線まで。髪もパサついて、元気がない。
「でも実際に出動するところは見たこと無いわね。中央事業所では何度かあったみたいだけど」
ふぅん、と言いつつオレはお局サマの顔をマジマジと見た。
すると、相手もそれに気付いたのか、
「なによ。いやネェ……女の顔ジロジロみて!」
「疲れてるようだな。徹夜でもした?」
お局サマはうすく微笑んだ。
すると口の周りの線が、さらに目立つようになる。
彼女はチョッと周りを確認してから「言わないでよ?」と前おきして、
「アルバイト。妹の学費がかかるって、前に話したでしょ?」
「なんのバイトだぃ?」
「単発で、イロイロよ。ワリのいい奴探して。こんなに苦労しているのに、あの娘ったら……!」
「んぅ?どうした」
「髪なんか染め出して……どうもボーイ・フレンドが出来たみたいなの」
お局サマは腰のホルダーから赤いプラダのパスケースを取りだすと、中を開けてみせた。
妹だろうか。それを後ろから抱く形でお局サマが写っている。
なるほと、見た目チョッとかわいいタイプの少女だった。
「こんなにキレイな黒髪だったのに……金髪なんかにして」
あ、とそのとき思いだした。
「アイツ――ほら」
「どいつよ?」
畜生、名前がとっさに出てこない。
アウアウと身ぶり手ぶりで、
「あの、えぇと、そう!“庶務の6番”」
「なんだ、リサのこと。彼女が、なにか?」
「クソ所長のお供が終わって、庶務に復帰したの?」
「――リサが?いいえ、戻ってきてないわよ。あの
「いや、さっき……ソコで見かけた、ような気がしたんだが」
えっ、という相手の顔。
どうやら本当に知らないらしい。
しまった、と遅ればせながらオレは思う。
さっき所長に聞いとくんだった……まぁ、聞ける雰囲気でもなかったか。
対してお局サマは「まさか」とこちらの問いに疲れたような笑みをまたもや浮かべ、
「そんな。だったら、わたしにも連絡が来るはずだもの。彼女は長期の宿泊研修よ」
「秘書課の?」
「え……うん、そう聞いてるわ」
「ウチには秘書なんていないよな?どこのだろう」
「本部じゃないの?詳しいコトは、わたしも知らない」
「う~ん。彼女だと思ったんだがなぁ……」
オレはみょうに品良く歩み去った理沙嬢を頭にうかべながら、
「まぁ、髪型は同じだったけど。銀色に近いプラチナ・ブロンドに染めててね」
「プラチナ・ブロンド……」
ふいに彼女の眉がひそめられた。
「――どうした?」
「いえ、何でも……何でもない」
「そうか?なんか、そうには見えなかったが」
「彼女……いえ、その娘。プラチナ・ブロンドに染めていたのよね?」
「あぁ。まちがいない。どうした?」
「スタイルは?こう、ヘンに胸と腰が張り出してなかった?」
「そういえば……」
去ってゆく女性の姿。
エラく整った、モデルのような歩き方で。
あのクソ生意気な小娘にしては腰が細く、上と下が張り出していたような……。
しかし、これを直でいうと大変だ。またお局サマのフェミな神経を逆なでしてしまう。
「えぇと……くっそ高いヒール履いてるのに、カッコ良く歩いてったなぁ……頭揺らさずに、ピィンと背筋のばして」
「ほかには……その他には?アタナが見たのは……それだけ!?」
お局サマの反応が妙だった。
なにか必死というか……殺気だってるというか。
「どうした?おt……主任。何か心当たりが?」
アブねぇ、と冷や汗。
しかし、お局サマの視点は、オレと彼女のあいだのどこかに結ばれ、しばらく返事が無い。
やがて細い眉が、キリリと引き絞られる。
「どうした。なにかマズいことでも、あるのか?」
「いえ……なんでもないわ」
「ナンでもないってコトあるかィ。なんかワケありだったぜ?」
「ねぇ、マイケルさん」
彼女は身をオレに寄り添わせてきた。
うっすら香水の、化粧の、そして彼女の匂い。
「そのうち、アナタにちょっと調べ物をお願いするかもしれないわね」
「調べモノ?……なんだィ、それ」
「そうねぇ……」
彼女はソレまでの表情をフイと消し、いかにも作ったような平然さで、
「それよりマイケルさん――なにか、良いバイト先ないかしら……」