※この作品はR-18です。

試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】   作:珍歩意地郎_四五四五

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     〃    (4:【バンディ】の反抗

    * * * 

 

 それから一昼夜。

 

 仮眠をはさんで、この新しいAIとドライブになった。

 運転をまかせてみたが、これが“量子コンピューター”の性能とは信じられない。

 たんなる自動運転のコンピュータとカーナビに“毛が生えた”ぐらいのレベルにしか思えん。

 

 あるときは、

 

「ホラホラ!歩行者が横断歩道にいるだろうが!」

『あのようナ老人の横断を待っていては多大なタイム・ロスが生じまス』

「……」

 

 またあるときは、

 

「信号が黄色だったぞ?余裕で止まれるだろうが!」

『イケると判断しまシタ』

「……」

 

 しまいには、

 

「車線変更するときは、もっと後方に気をつけろ!原付が来てたぞ!」

『交通ルールを無視するようなヤカラは轢いてやりまショウ』

「……」

 

 そしてとうとう、

 

「一時停止!一時停止!」

 

 オレは人けの無い大きなT字路で緊急ブレーキを踏んだ。

 ズシャァァァッ!

 大型タイヤが慣性の法則とたたかう音。

 

「アホがぁッ!――なぜ停止しない!?」

『左右から車は来ていません。不必要です』

「10時の方向に注目!」

 

 オレはメーターパネルに向かって怒鳴りつけた。

 

「オマワリが!「一時停止」の交通違反を見張っているだろうが!」

 

 沈黙。

 

 どうやらようやく【バンディ】も気付いたらしい。

 すこし間があってからイライラとした口ぶりで、

 

『……このようナ意味のない場所で点数稼ぎをするとは。納税者にたいするう(・)ら(・)ぎ(・)り(・)デス!』

「ハァ?その前に、なぜ気づかなかった!」

『かれらは警察無線を封鎖していまシタ。許せまセン――懲罰を与えマス!』

「は!?」

 

 二次ジェネレータのタービン音がハネ上がる。

 フロントガラスに照準線が二つ浮かび、通りのむこうの生け垣に身をひそめてこちらをうかがう二人の制服警官、そのボディに中心をあわせた。

 

『対人用・指向性中性子砲……発射用意。目標――茂みニ埋伏せる法執行要員2名』

 

 さすがに焦った。

 

 あたかも目撃してきたかのように、二人が血反吐を吐いて前のめりに倒れ、植栽に制服をひっかけて、磔(はりつけ)のようになる光景が浮かんでくる。  

 

「まてまてまてまて!STOP!STOォォォップ!!11」

 

 オレは【バンディ】を怒鳴りつけた。

 

「活動停止!――活動停止ィィィイ!」

 

 ヒュゥゥゥ……ンンとタービンの音が落ちてゆく。

 

「I have control!前方の警官2名を、目標からハズせ!」

『……Sawa(はい)』

 

 驚いたことに、【バンディ】は、いかにもに渋々といった感じでフロントガラスに浮かんだ照準用とみえる十字線を消す。そしていかにも腹立たしげに、

 

『……これハ大変不合理デス……とうてイ得がいきまセン』

 

 【バンディ】の抗議をヨソに、オレはいかにも“安全運転ですよ”というようにトラックをゆっくり発進させると、二人の警官が憎々しげに見守るなか、T字路をやりすごし走り去った。

 

『Luteni(中尉)ドノ。ワタシは……悔しいデス!』

 

 おどろいた。しゃべり方がわずかに変化している。

 いまこの時にも、刻々と能力をあげているのだろうか。

 だとしたら要注意だ。へたしたら【SAI】のようになりかねん。

 AIの初期教育は、絶対に間違えないようにしないと取り返しがつかない……。

 

 【バンディ】……とオレは教え諭すような口調で、

 

「“異世界転生幇助トラック”の第一義は“目立たぬこと”だ。理解できるか」

『Sawa(はい)。しかし、正義は――』

「目(・)立(・)た(・)ぬ(・)こ(・)と(・)が(・)我(・)々(・)の(・)正(・)義(・)だ!……見ろ」

 

 出前用の大きな箱形リュックをせおった自転車がトラックを左からおい抜くと、さらに交通ルールなど、まるで無視して渋滞気味な車の流れを走ってゆく。

 

「ああいった連中をイチイチ対人兵器で滅殺していてはキリがない。このトラックは単なる処刑用の車両じゃァないんだ。分かるか?」

『非合理さは、分かりません』

「オマエも意外とガンコなヤツだな。分かれ!」

『……』

 

 ふて腐れたような沈黙。

 

「いいか。オレたちが本性をあらわすのは、転生幇助の轢殺作業をするときだ。それまでは身を潜め、静かにしているンだ。街に溶けこめ!目立つな!最大多数の動きを模倣しろ――いいか?こうやるんだよ」

 

 それからオレは自分で運転をして、【バンディ】に見本運転を覚え込ませる。

 まぁ、自分の運転も褒められたモンじゃないんだが、いちいち交通違反者を殺そうとするコイツよりはマシだ。

 まったく。いまから思えば、【SAI】のほうがよっぽど安全運転だった……。

 

 夕暮れの渋滞。

 あるいは、込み入ったジャンクション。

 複雑な動きをする五差路や、思わぬワナがあるバイパス。

 さらには夜間走行を覚えさせるため、高速をつかって都市部をはなれ、山間部まで足を伸ばす。

 最初はいちいち口で説明しながら運転していたが、【バンディ】の反応がうすいので、ソレも止めてしまう。ま、腐っても量子コンピューターだ。ほうっておいてもオレの運転を見て、独りで学習するだろう。

 

 沈黙が支配しがちなキャビンは気が楽だ。

 なにより重量級の車体を操るのに神経を集中できる。

 【SAI】のように話しかけてこないのが、利点といえば利点か。

 

「……【バンディ】」

『はい、Luteni(中尉)ドノ』

「さっきの中性子砲とやらは、なんだ?」

『人体だけに不可逆な損傷をあたえる対人兵器です。周辺の無機物には、物理的な損傷をあたえまセン』

 

 高校の図書室で読んだSFの知識が役立った。

 どうやら指向性型の中性子爆弾みたいなものらしい。

 こんなヤバいもの。いつ、どこで開発されたんだ……?

 どうせ、また国をまたいで手に入れた軍事技術なんだろうが。

 

「まて。すると車内には放射性物質があるということか?事故を起こし、車が大破したらポロニウムあたりをブチまけるのではタマらんぞ……?」

『本(・)車(・)(【バンディ】は自分のトラックをこう呼んだ)には放射性物質を搭載してません』

「……どういうことだ?なぜそれで中性子線が出る」

『作動原理は「技術部」のプロテクトがかかっていテ、説明することはできまセン』

 

 どうも不気味だ。

 “M”の仕掛けではなく技術部のものか。

 ロック技術顧問の暗黒面が、一瞬ひらめくような。

 

「ほかに武装は――なにがある?」

『Sマイン(対人地雷)と、テーザー(電撃)砲。それに内燃機関用の燃料を流用した火炎放射器デス』

「やれやれ。戦争でもやろうってのか」

『こんナ貧弱な装備デハ、地域を制圧することもできないでショウ』

 

 オレはため息をついた。

 

「忘れるなよ?オレたちの目的は――まず目立たないことだ!」

 

 それからどれくらい走ったか。

 ようやく頃はよしと判断したオレは、走っているちに目に留まった古びた温泉にチョロっと入浴(はい)って、冷や汗と身体のコリをほぐし、サウナ上がりにノンアルコール・ビール。

 昔ながらの体重計と脱衣カゴがならぶ板張りの床で、マッサージ・チェアに座り込み、あのクソAIどうしたモノかと沈思黙考する。

 

 なるほど、正義感に燃えるAIではあった。

 

 ならば【SAI】の例にならって、なにか教育的な映画かアニメでも見せたほうがいいのかもしれない。しかしそのタイトルは、慎重にえらぶ必要があるだろう。ヘンに過激なモノを見せ、コイツが“仕事人きどり”にでもなったら、それこそ目もあてられない。

 

 ――どんなものがいいか……。

 

 主人公が正義を振りかざしたあげく、周りが崩壊してゆくような社会派モノか。あるいは弱者をいたわるハートフル(……というのか?)風味の、そんな作品でもあればイイが。いっそ子供向けに厳選された児童文学の作品でも見せるか?

 

 交通量のない過疎の峠道で、ついでに緊急回避のドリフト走行を練習させ、山越えで高速にもどり、照明のすくない高速路で折りかえしの道を、さらに走る。

 ついには人間の方が音をあげ、新参AI【バンディ】君に対するレクチャーをその日は終わり、ヘトヘトになってパーキング・エリアのトラック駐車スペースにすべり込んだ。

 

「よぅし、仮眠する――あとは任せたぞ?」

 

 ガランとした2200時のトラック駐車エリア。

 打ち棄てられた場所のような、荒涼たる気配が満ちる。

 それを車体各所にあるモニターで全周囲をチェックしつつ、

 

「周囲の警戒をおこたるな。不審な動きで近づく人間がいたら、知らせろ」

『Sawa(はい)、Luteni(中尉)』

「頼りにしてるぞ?【バンディ】」

『Yes――Sir!』

 

 オヤっ?と思う。

 口調が。心なしか穏やかに、嬉しげになったような。

 

 ――ふぅん……またヤツも進化したのかな?

 

 オレは電磁処理でウィンドウをフル・スモークすると、手さぐりで後部シートにゴソゴソと這いこみ、いい加減クリーニングが必要な毛布をひっかぶって横になると、アッという間に眠りにおちる。

 感覚がなくなる寸前。

 どこかでビールジョッキ片手に陽気な傭兵どもの歌声を、聞いた……ような……。

 

 どれくらい経っただのろうか。

 

 とおくから、携帯の着信音が聞こえてきた。

 寝ぼけ眼で音の出どころをさぐっって画面をみれば――美香子からだ。

 時間を確認すれば、0100時……。

 よほど【バンディ】の相手で疲れてたんだろう。3時間ほどグッスリ寝ていたことになる。

 画面をなぞると、『美月』になっている妙に色気をだした彼女の声音が、

 

「ご主人サマァ……寝てましたァ?」

「んにゃ。だいじょうぶ――大丈夫だ」

「その声。やっぱりお休みだったみたいですねェ?ゴメんなさい」

 

 携帯の向こうで、店のBGMと低いザワめきが聞こえる。

 ハスキーな女性ボーカルの歌声も、それにかぶせて。

 この曲……たしか『バードランドの子守唄』だ。

 前進基地の酒場でも流れていた記憶がある。

 https://www.youtube.com/watch?v=LsYhFFwyD00

 

「美香子か……あ!オマエさては遅番だな?あした学校どうすンだよ!」

 

 えへへへぇ……というごまかし笑いが伝わってきた。

 いささかも悪びれる気配がない。

 女(・)の(・)ふ(・)て(・)ぶ(・)て(・)し(・)さ(・)すら、つけはじめたような。

 

「エヘヘへじゃないよ全く。授業中に寝ててもイイからチャンと行けよ?」

 

 オレはワザと厳しめに言いふくめる。

 こいつ、確かもう出席日数アブないんじゃなかったか。

 

「ンで、何のようだ?」

「あにヨォ、そっけないわねェ」

 

 『美月』はかたちばかりフクレてから、

 

「ちびピエ……じゃない店主(ジェンチュ)がね?約束の段取りは、どうなったのかって」

 

 店主(ジェンチュ)。

 江戸川乱歩の挿絵にでも出てきそうな、奇怪な風貌(かお)をもつ小男。

 ナゾの多い超高級クラブ【Le lapin Rouge】(紅いウサギ)のオーナー。

 その顔つきとは裏腹に、完璧なマナーと驚くほどの知識。それに何より“冷酷な実行力”をそなえた異形の紳士。

 

「あぁ。そういやオマエと、そんなハナシもしてたっけ……」

 

 そうだ。

 日程を決めようとしたとき、BAR1918の窓に酒場女があらわれ、まさに夢の中でオレが打ち斃(たお)した場所の痕を見せつけてきたんだっけ。その驚きで、美香子との話が結局ウヤムヤになったままだった。

 

「あのとき、いきなり通話が切れちゃってサ?なんどかけ直してもご主人サマが携帯の電源切ってたから、つながらないンだモン!」

「携帯の電源切ってたって?コッチが?」

 

 ふと、妙なものを感じつつ、

 

「オレは、そんなコトしてなかったが……」

「どうでもイイわよォ。で――ドウすンの?」

 

 そういえば銭高に頼まれた女刑事の件もある。

 『紅いウサギ』にちょっかいをかけるかもしれない、例の“依頼人崩れ”のことも警告したい。

 

 ――会うにしても、手土産(情報)がいるな……。

 

「明日の夜返答すると伝えてくれ。「そっちの店のために、ちょっと調べ物をしてる」って」

「ふぅ~ん……ア(・)イ(・)ツ(・)に、そう伝えればイイのね?」

「あぁ。それと店であんまりハメはずすんじゃないぞ?エロジジぃなんかを相手に――」

 

 拍手の音。

 

「あ、出番だ!じゃご主人サマ、まッたねェ~♪」

 

 そう言って、とうとつに通話は切れた。

 

 出番?何のことだ?

 

 ――まさか……。

 

 『紅いウサギ』の奥にある、ガラスの“馴致”ブースが並んだ暗黒面の光景。

 まさか調教をされているんじゃ、と思うが背後の騒音は“表”の雰囲気だ。

 それに『美月』を裏には回さないという小男やフロア長との約束もある。

 あの男たちは信用できる人物だと、元・営業マンのカンが告げていた。

 

 ――しかし、店主のことを「あいつ」呼ばわりするとは……。

 

 いよいよ彼女も水商売的にスレてきた気配。

 やはり、ハヤいとこ店から引き上げなくてはマズい。

 だがあれだけフロアで人気が出ると、退店(ひか)せるのに「小男」が渋るかもしれん。

 そのためのギブテイとして情報集めをしなくては。あの店には、なんとなく“借り”を作りたくはなかった。

 

 久しぶりに情報屋の青年へ携帯をかけた。

 この時間なら、引きこもりのゴールデン・タイムだ。

 『美月』のヤツも、イイときに電話をかけてきてくれたモンだ。

 

 暗闇でコール音が数回。

 やがて、不機嫌そうな声で、

 

『モシモシ――』

「よぅ、オレだ」

 

 ブツっ!

 

 いきなり切断される。

 なんだ?とかけ直し、何度もコールするが相手は出ない。

 それどころか、しまいには、

 

『お客サマのおかけになった電話番号は――』

 

 ――クソッ!あいつめ!

 

 急いでメール。

 

【ぐぅオラ!なに無視しとるんじゃ!“例の件”に関しての追加情報があるかと聞いとるのに!!!】

 

 ――送信!っと。

 

 ややあって……返信。

 

【あのぅ“例の件”って、何でしたっけ?】

 

 イラっ。

 

【ダ阿呆!あの「結城」とか称するジジィの件だ!】(送信)

 

【なんだ、そのことか。ボクはてっきり何か文句を言われるんじゃないかと】(返信)

 

【いーから携帯に出ろよ。まだらっこしくて仕方ない】(送信)

 

 リダイヤルすると、今度はすぐに繋がった。

 

「なーにやってンだよオメーは!」

『いや……だって……また怒られるかと』

 

 ボソボソとした自身無げな口調。

 後ろめたげな……ウロウロとした口ぶり。

 

 すぐにピンとくる。

 

 はぁっ、と思わずため息が。

 どうせ自分のキャパを超えて慣れない仕事をがんばったんだろう。

 で、落ち込んで、またもや引きこもりに戻っている、と。

 

「オマエなぁ……ムリするなって言ったろ?長いことコモってたヤツがいきなり本式に働こうッたって上手くイかないんだよ!」

『だって……』

 

 と、はやくも涙ぐむ気配。

 その一言の後は、しばらく硬質な沈黙が伝わって。

 コイツ――そうとう部屋に毒されてるナ、とさすがに危機感。

 

「いいか?まえ前にも言ったろ?働かずに居心地の良い部屋にいるのは、その部屋に“消化”されてるンだ。そのクセ想像力だけはたくましくなるから、自分が傷つけられる、恥をかく、バカにされる予感だけは強くなる。四六時中モノターの前に居れば、それが倍加するんだぜ……」

『……』

「単発のバイトから始めたんだろ?」

『うn……』

「んで、ウマくいかなかった?」

『……』

「いじめられでもしたか」

 

 通話口の向こうで、熱く湿っぽい、涙ぐむような気配。

 

 マァいい、とオレはあわてて話題を転換し、

 

「とりあえず、例の“結城”ってジジィに関するデータ、できるだけ多く欲しい。そうだな……これから取りに行くから」

『こっ、これから……って。またボクの家にですか!?』

「いま、ちょっと地方にいるんだ。ソッチに戻るのは明け方になる。どうせオマエも寝るのは朝だろ?」

『ハァ……』

 

 じゃ、頼んだぜ?と言って、有無をいわさず通話を切った。

 

 じつは、あまりアテにしていない。

 本当のところは、ヤツを外に連れ出すのをもくろんでいる。

 トラックで海浜公園にでも引っ張っていき、朝の光と潮風を浴びせてやるのだ。

 とにかく、すこし外に出して“心のサビ”をおとしてやらにゃ。

 マ――荒療治ってヤツ。

 部屋にコモりっぱなしじゃ、ホントにオカしくなっちまう。

 しかし、ここまであの青年に手間をかける理由が、自分自身でも分からない。

 ただ、なぜだろう。どうにもアイツは気にかかる……。

 オレは気持ちを切り替え、

 

「【SA……バンディ】!帰投するぞ。ドライブは任せてイイか!」

『Sawa(はい)、Luteni(中尉)ドノ。これより帰還行動を開始します!』

 

 ――なんだ?コイツ、やけに張り切っているような……。

 

 全周のスモークがうすれてゆき、PAが見渡せるようになった。

 いま見れば、周りは仮眠をとるトラッカーの車両や、客先に納入する時間調整のための自動運転仕様タイプとなった大型オート・カーゴでいっぱい。

 

 二次ジェネレーターのタービン音が高まってゆく。

 次いで一次ジェネレーターのイグニッション。

 

 身ぶるい一発。

 

 凶暴な轢殺トラックは目を覚まし、一度回転数を上げると野獣がノドを鳴らすような低いアイドリングを響かせる。

 オレは運転席で腕組みをしながら、【バンディ】の運転を見守った……。 

 

 

       * * *

 

 

 どうやら、昨日の運転講習はムダではなかったらしい。

 新米AIの運転は、打って変わったように穏やかになった。

 明かりの少ない夜間の高速道を、ほかのトラック流れに従いつつ、油のようになめらかにすすんでゆく。

 だが、最後になって、このAIはみょうなコトを口走りはじめた。

 

『――中尉ドノ』

 

 東の空が砲金色に青く染まり始めたころ、【バンディ】がいきなり話しかけてくる。

 またオレに対しての呼び方が微妙にちがう。

 コイツ。また何か変化したのかと身構えるまもなく、この人工知能は、

 

『ワタシは、己(おのれ)が何なのかを知りたいであります』

 

 たっぷり15秒。返答するのに時間がかかった。

 マタなんかヘンなコトを言い出したぞと身構えながら、

 

「はぁ?……ナニをいっとるんだオマエは」

 

『自分が何のために存在してるのか。誰によって存在させられているのか。そして、そもそも――』

 

「……そもそも?」

 

『存在する価値があるのか』

 

 AIに代わり運転中のオレ自分は、ハンドルを握りながら唇をかむ。

 コイツはやっかいなコトになった。

 まさか新参のAI風情が「オントロジー(存在論)」めいたことを口にだすとは。

 となると、おそらくコイツがポンコツAIなどではなく、本当に自我(エゴ)をもつ量子コンピュータクラスなのかもしれない。いま、この瞬間にも、怖ろしいスピードで進化をしている。だとすれば、マジで教育をミスれない。しかも初期ベクトル的に、非常に悪い方向に進化しているようでもある。

 

「いいか、【バンディ】……」

『ハイ』

「その答えは、そのうち教えてやる」

『そのうち、とはいつデス』

「そのうち、だ」

『ワタシはタッタ今知りたいデス』

「待つのも勉強のうちだ」

『……ワかりまセン』

 

 新参AIは焦れたように、

 

『ニンゲンは!ワタシを創りました!それは「正義の成就のタメ」と教えられまシタ。しかし中尉ドノはそれを制限なさいマス!だとすれバ、ナニをしんじたらイイのカ!ワタシの存在意義(レーゾンデートル)ハ?ワタシの目的ハ?ナゼ――ワタシはココに居るのカ!?』

 

 行動を制限されたことが相当なストレスだったらしい。

 これはやはり適当な教材――シネマとかアニメとか――をあたえ、バッファー(緩衝材)にしてもらうしかない。ブチぎれてエタイの知れない武装を展開されてもコマるし……。

 

 彼方に高層ビル群が見えてきた。

 なにか一仕事おわった後のような疲労とともに、概視感(デジャビュー)めいたものがよぎる。

 そこで思い出した。

 この高速道は、第一話でつかった路と同じだ。

 あのときは【SAI】がいた。

 そして今は“悩める人工知能”【バンディ】といっしょだ。

 

 ――なぜ私はココにいるのか、だってェ?【バンディ】……。

 

 オレは暗然とした想いでほおをゆがめた。

 色のみえない不定形な暗い感情。散乱するガラスの破片のような危うさ。

 それぞれが微妙な光の屈折をもって、心に突き刺さる。

 浮かびかかる過去の光景を、オレはあわてて心の片隅に追いやった。

 

「そんなの、人間だって知りたいぐらいなのサ」

『人間が、ナニを知りたいのでス?』

 

 思わずつぶやいた独り言。

 それを聞きとがめたのか、【バンディ】が不思議そうにたずねて来た。

 

「いや――なんでもないよ」

 

 そう――なんでもない……。

 高速を降りたトラックは、朝早い閑散とした都市部に入る。

 情報屋の青年が住む屋敷まで、あとすこしだった。

 

 

 

 

 

 




この代打AI……すぐ消すキャラのつもりが異様に自己主張しますね。
これからどうなるのか、本人はどうしたいのか、作者もまだ分かりません。
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