試製・転生請負トラッカー日月抄~撥ね殺すのがお仕事DEATH~【18禁版】 作:珍歩意地郎_四五四五
夏至をとうに過ぎた頃ともあって、到着時には完全に陽がのぼっていた。
おかげで早朝をゆく爺さんの散歩や、老犬をつれてヨタヨタすすむ婆さんをたやすく避けることができる。
朝日の中、うしろ足が利かなくなった老犬の下半身に、二輪車をつけて散歩させているヨボヨボの老女が痛々しい。
犬が先か――人間が先か。
信号待ちの横断歩道をよぎる、始発めあてらしい足早なサラリーマンに、むかしの自分を重ね合わせたり、道ばたにたまったゴミをホウキで自主的に掃きあつめている定年退職したらしい老人に未来の自分を想像するのは、心が弱っているからだろうか。
頭のなかで
――足の引っ張り合いもスゴい職場だったナァ……。
青信号でギアを入れながら思う。
日報。
受注予算。
月次報告書。
部内営業会議。
朝のミーティング。
各技術部への根まわし。
事業部をまたいだ社内営業。
いまは日報と“転生予算”だけ気にしてればイイことを考えれば、すこしは気が楽だ。
人をトラックで殺して異世界にぶっ飛ばすのは、いまだに慣れないが。
直前にメールしたためだろう。
目標の邸宅の正面にトラックを止めると、玄関の門わきにある植栽からベンチコートをまとった青年が、コソコソと出てくる。
うでに何かを抱える格好で運転席のまえをとおると、ドアをノック。
サイドのウィンドーを下げると、
「コレ……!コレ……!」
焦った声を潜め、大判の封筒をヒラヒラさせて。
「人に見られるから……はやく!」
「まぁ、乗ンなよ」
「え……」
「ずっと部屋に引き篭もってたんじゃ、身体にウジがわいッちまうぞ」
「でも……」
「いいから、サァ!」
すこしの間、青年は首を傾げていたが、やがて助手席側にやってきた。
その間にすばやく、
「【バンディ】」
『はい』
「あいつに会話を聞かれたくない。声を出すな?」
【バンディ】が返事をするまもなく、助手席のドアがひらいてウンセと青年が乗り込んできた。
「うぇ。なんか臭いがこもってますね」
「何のニオイだ?」
「着つづけた服の臭いというか……うわ!」
ブフォォォォォ!!!111と空気清浄機が怒ったような最大出力で作動開始。
「ところで、
「アトで説明しますから!行くなら早く発進しましょう。周りにみられちゃう」
「なんだ、小心モノめwwww」
「いーからハヤく!」
「チェっ、ハイハイ、と」
オレはクラッチをうんせ!と踏み、ギアをいれる。
この御時勢に、なんで転生幇助トラックがクラッチ車なのか分からない。
コンビニなどに“ダイレクト入店”しないための用心なのか。
そういや還暦まぎわのドライバーも居るし。
乗った早々、青年は眠そうだった。
A4版のマチつき封筒を抱えながら朝日に目をショボショボさせている。
「なんだ、また徹夜でオンゲーか?」(※ネットのオンラインゲーム)
「FPSずーっとやってました。チームでも斥候役で定評あるんですよ」(※歩兵戦闘ゲーム)
「斥候役だァ?オマエが?」
プー・クスクスと
それにムッとしたのか相手は、
「なんです?じゃこんどボクと勝負しますか?」
「オマエが偵察役、か。んじゃァ、部隊は全滅だな」
「ボク、狙撃も上手いですよ!」
ますますワラえる。
ジャンは哄笑し、エグモントは仏頂面で鼻をならし、ヨークは苦笑して首をふるだろう。
「ハ!コンバット・トラッキングもできねぇクセに」
「なんです……それ」
「敵の足跡をな?嗅ぐんだよ」
「嗅ぐ?足あとを?」
「そうだ、全部わかる。相手の人数、練度、持っている武装 etc.etc.」
「それなんてゲームです?」
「ゲームじゃない、実戦さ……肌を黒く塗って黒人に化けたり、選抜兵士で敵をおいつめるんだ」
実戦の経験があるんですか!と青年は目を輝かせた。
「――どこで!?」
「う……」
ここで正直に「コンゴで」なんて言ったらバカにされるだろう。本当のことを話しても信じてもらえず、ヤバいクスリをやってる兄貴と思われるのがオチだ。
オレは対向車線をムリに右折してきたタクシーをやりすごしつつ、
「まぁ、ご想像におまかせするよ」
「なぁんだ。ウソなんですね」
「ご想像におまかせする、と言ったんだ……そうだ」
オレはまえに依頼したことを思いだし、
「頼んでいた銃器のカタログって、どうなった?」
「あぁ、この封筒の中にはいっていますよ」
青年は、胸に抱えていた封筒を叩いた。
「ヌカりはありません」
「そのう……狙撃銃もリストに入ってるか?」
「狙撃銃ぅ!?」
助手席の相手が目を白黒するのが横目にみえた。
ギアをシフト・ダウン。ステンレスタンクを背負ったデカい10tを回避する。
「一体、なにするんです?スナイパー・ライフルなんて!」
青年はいまやすっかり眠気もフッとんだ勢いで、寝不足なハイ気味に、
「イヤですよ?――テロなんて」
「いやナニ。ちょっと値段を聞いておきたいブツがあるんでな」
「どんな銃です?」
「スナイペルスカヤ・ヴィントゥーフカ・ドゥラグナヴァ……」
オレは前進基地で聞いた
「S.V.D.ですってェ!?」
助手席で青年がのけぞった。
「へぇ。知ってるのか」
「知ってるもなにも、有名な銃じゃないですか」
「そうなんか?オレは
「ドラグノフ、ですよね?」
「そう。『狙撃兵用・セミオートマティック狙撃銃・ドラグノフ型』。オレの敵が、ソイツの名手らしい。どうだろう?日本で手に入るだろうか」
「敵って?……たぶん、数百万、あるいはそれ以上すると思いますが」
「金さえ出せば、入手して日本国内で振り回されるおそれがあると?」
信号が赤になった。
重量級のトラックをゆっくり停車させてとなりを見ると、青年は眉をひそめ考え込んでいる。
「ロシアか中国――あるいは北朝鮮のコネクションがないと……たぶんムリかと」
「おまえ、持ってたりしないよな?」
「……ボクを何だと思ってるんです?」
青年は呆れたようにこちらを見た。
「一介の引きこもりですよ?」
「一介の引き篭もりなら、銃の購入リストを金額つきで渡せるわけないだろう」
「それはネットに存在する闇サイトの力を借りているだけです!」
ボクは無力でどうしようもないオタクの引き篭もりです!と青年は助手席で鼻息あらくふんぞりかえる。
そのまましばらくトラックは無言のまま海を目指した。
まぁ、海と言っても外洋ではなく、海浜公園めいたところだが。
ようやく目的地が近くなったところで、オレは前々からの疑問をぶつけてみた。
「なぁ?」
「……はい」
「オマエは、これからどうしたいんだ?」
「どうって……」
「なにか、将来の目標みたいなモノはないのか」
「べつに……」
「いいワケぇモンが、ネトゲで一生終わるワケにもいかんだろう。兄貴たちの手前もあるし」
はぁっ、と青年はため息をついてから
「やりたい仕事がないんですよね。そもそも、なんでボクってここに居るんだろうって」
「ふぅん?」
「そりゃ、むかしはイロイロなりたいモノとかありましたよ?」
「たとえば?」
「笑いませんか」
「笑う理由がない」
青年はしばらくモジモジしていたが、
「ラ・ラリー・ドライバーとか。あとパイロットとか」
「へぇ。動きモノ、好きなんだ」
「おかしいでしょ?」
「べつに。ガキのころからサラリーマンになりたい、なんて言うヤツよりァ、よっぽど」
「結局、パイロットは視力が落ちてダメになったし、モーター・スポーツなんて下火だし」
「就職活動は、どんな業界を?」
はぁッ、と大きなため息が漏れた。
「映画が好きだったんで、配給会社とか、あるいは映像がらみのカンパニーとか。ゲーム会社も受けました」
「みんな“お祈り”かぁ。オマエほどの人材を、なぁ。世知辛いモンだ」
しかし青年は、べつにおだててくれなくてもイイですヨと素っ気ない返事。
「親は、コネで地銀や証券会社受けさせようとしたけど……拒否しました」
あー、とオレは思わず声を出した。
「そりゃ拒否ってセイカイだわ。たしかに」
ハンドルを捌きながらウンウンとうなずく。
「オマエの性格じゃ、食い物にされてオワるだけだ」
もしかしたら予算未達による上司のパワハラにあい、樹海にでも行ってたかもしれない。
命拾いしたな、と心底思った。
「あんな業界、オレだってお断りだ……ま、若いんだからサ。まだまだ!前途洋々だぜ。おっと、こんな話は前にしたっけな」
「ボクだって、いろいろガンバってるんですけど……」
青年の声にあきらめ混じりの色がある。
助手席をチラ見すると、彼は前をむいて仏頂面をして。
そこには固いガードと不信感。たぶん長い間に積み重なったんだろう。
「でもマイケルさんだって、若いコロはイロイロ迷ったでしょ?」
「うん?」
若い頃、と言われ微妙に引っかかるが、考えてみれば、たしかに。
言われてみればオレだって、就職のころはアタフタしていたのではなかったか。
大学を出たばかりで、世間知らずのガキだった。そして今となっては、過去を懐かしむほどジジィじゃないし、世間をイチイチ不安がるほど若くもない
「すまん――たしかにそうだな……さて、ついたぞ」
湾岸で、行き交う船が見渡せる海浜公園だった。
陽光のもと一面に植えられた芝生が明るく輝いている。
小高い丘のようになった中央には灯台めいたモノを備えた構造物が。
広い駐車場にはポツ・ポツと車が止まっているだけで、人の姿は見えない。
これが休日ならば、ファミリー・カーで埋まり、芝生は子供たちの遊ぶ姿でいっぱいになるのだが、平日の朝ともあって人影はみえなかった。
「――散歩でもするか」
「え……イヤですよ。こんな格好だし」
青年がベンチ・コートの前を開けると、着古したようなYシャツに膝の抜けたチノパン。おまけに足もとはゴム製の便所サンダルをはいている。
「ふん――じゃ用件を片付けるか……」
オレの言葉に、青年は抱えていた封筒を渡した。
「ご依頼の人物にかんするデータが入ってます。それとさっきも言いましたが、銃のリストも」
封筒を開け、コピー用紙とみえる紙の束を引き出すと、見覚えのある顔があらわれた。
例の轢殺依頼人ふたり組の片方。
執拗に目標の処刑を主張した、年齢のワリに意思の強そうな風貌をもつ老人。
先に青年からおくられたメールに添付されていたものと同じショットだ。
「旧姓時代、出場したインターハイで失格となった話があったでしょ?」
「あぁ。ジジぃのクセに、いいパンチもってたゼ」
「……ドラグノフの射手って、まさかこのヒト?」
「いんや?別人だけど」
「なんだ。で、その報告書の下に書いてあるんですけど、この人。試合前にリングの裏でケンカして、相手を殴り倒してるンですよね」
「え……」
オレはあわてて報告書をめくる。
なるほど、たしかに。
「けっきょく相手の選手は脳挫傷が
「いまでも大きな会社の「総務」が、そんな仕事をしているよ。しかしよくそんなの分かったな」
「ネットでいろいろ探って、当時の証言を聞き出すことができました」
――ふぅむ……。
オレは青年をマジマジと見た。
なるほど、有能な人材ではある。
情報屋としても、十分“つかえる”ヤツだ。
つくづくコイツの居場所がないのは、日本社会の損失だ。
オレは報告書の部分をザッと読み返してみた。
いちど食らいついたら放さない、土佐犬みたいなヤツ。
まさに海外営業部の商社マンにふさわしい。
予想以上に好戦的な人物とみえる。
――なるほど、あの
愛娘を乱暴されたともあれば、なおさらだろう。
オレをにらみつけてきた、あの憎々しげな目つき――忘れられない。
その他は、前にもらった情報と大差なかったが一点「コンゴ」という文字が目を引いた。
【外務省におけるコンゴ共和国との資源交渉に関し、遂行員として尽力し……】
また“
ドレッド。
おサルのジョージ。
混血とみえる酒場の褐色女。
そして今度は都市銀行の相談役……。
なにか見えない
――あ……。
小さな写真が数枚ほど印刷されていた。
今は「キンシャサ」と呼ばれるらしい首都「レオポルドヴィル」の風景。
意外な懐かしさが、驚くほどの圧力で胸にヒタヒタと押し寄せる。もちろん建物の形や走っている車などは当時と全くちがう。だが街並みが、雰囲気が、あの時代をしのばせた。
胸にわきおこり、いつまでも去らない郷愁。それをふりはらうため、オレはもう一方のクリップ留めした紙束に眼をとおす。
左に性能諸表と価格。右に商品の写真。
様々なモデルが載った拳銃のリストだ。
こんなもの警察に見つかったらヤバい。
他人に見られぬよう保管には注意しなくては。
アメリカやヨーロッパの目玉が飛び出るような品物から、フィリピン、ブラジル製の安物まで。価格のバラつきがすごい。正規品とコピー品でも大きな差がある。知らず、俺の目は“昔なじみ”の“得物”をさがす。
――あっ……た!
西ドイツ製のワルサー・PP
アフリカで使っていた奴と、まったく同じモデル。
もっとも使っていたモノはワイマール時代に作られた逸品で、東ドイツから逃げてきた国境警備隊
さて値段は……。
「
オレの目玉が飛び出た。なんだこの値段は。
青年はチラとこちらが持つ書類をのぞき込み、
「あぁ、西側の中型拳銃は、ワリと高額なようですネ。でも旧共産圏の製品は
「だれがこんなの買うんだ?」
「2種類あります」
落ち着き払って青年は指をたて、
「一方はマニア。これはいくら値段が高くても買う、売り手にとっていいカモです」
「ふんふん」
「もう一方は……ヤクザとかチンピラ。あるいは、そのスジの
しっかしなァ、とオレはため息をつき、
「拳銃でコレだったら、狙撃銃なんていくらすんだよ?」
「見積もりとか取ります?――お金かかりますけど」
「いや――いい」
見ないでも分かる。
それにドレッドが現代の日本社会で、バカ高いライフルを振り回すとも思えない。
おサルのジョージが持っていた拳銃は――あれは、どこのヤツだろう?
どうせ北朝鮮の安物コピーじゃないか?
拳銃のリスト片手に運転席でボンヤリしてると、聞き慣れない着信音がした。
となりの青年が、ベンチコートのポケットからあわてて携帯を引き出す。
とたん、彼はヨソ行きの声で、
「あ、母上?……いえ、いま外です……ハイ。いえそのぅ……バイトの面接に」
顔を赤くしてこちらをチラ見する青年。
携帯から、ヤケにつんけんした中年女性の問いただすような声が洩れてくる。
「いえ、チャンとしたところです……ハィ……ハィ……ハィ。わかってマス」
声がだんだんと小さくなり、やがて彼は通話を切った。
ソッポを向く相手に、もはやあえて突っ込まない。
「オマエも大変だなぁ……」
「あの……」
青年は急にモジモジすると、
「お金、貸してもらえませんか?」
「いくら?」
「いま8:30ですか?……とすると3000円もあれば」
「何するんだ?」
「そのぅ。家に帰れなくなったんで……マンガ喫茶で時間をツブします」
――フン、ナニを馬鹿な。
「オレぁ、金の貸し借りをやらない男でな」
ショボーン……と黙ってうなだれる青年。
「貸すぐらいだったら、くれてやるのが主義だ」
パァァァァ……と顔を明るくする青年。
「いや、その前にマンガ喫茶など行かずとも……」
知り合いの家に――と言いかけてあやうく言葉を飲み込む。
コイツにそんな場所などあるはずもないか。
「それよりノドが乾いたな……あそこの自販機で飲み物を買ってきてくれ。アレぐらいの距離なら、その格好でもイイだろう」
「分かりました――何にします?」
「オマエのセンスにまかせるよ」
「……了解です」
オレが投げ与えた黒革の小銭入れを危うくキャッチした青年は、トラックを降り、ひと目を気にするように左右を警戒しながら自販機へと足早に向かってゆく。
助手席のドアが閉まったとたん、【バンディ】が最敬礼の口調で話しかけてきた。
『勉強させて頂きまシタ!』
「――はぁ?」
『あの優柔不断な“下等
「……お……おぅ」
『自分はいま、分かりました』
「……なにをだ?」
【バンディ】は大歓喜、といわんばかりの勢いで、
『人間なおもて
生意気にも親鸞の言葉をもじった文句で返してきた。
『自分、ワタシ、俺、小生!まだまだ変わって良い、不定形な存在なのですね?他力本願!すべては――』
「お待たせしましたァ」
ガチャリと重い音を立てて意外に早く助手席がわのドアが開いた。
とたんに【バンディ】は黙り込む。
「ノンアルコール・ビールありました。ドゾー。ボクは満喫で寝るんでカフェインレスのホット・コーヒー」
「ナンだよ。オレもそっちが良かったな」
「あ……じゃ交換します?」
「ふむ」
互いの飲み物を取替えっこし、オレはコーヒーを開けた。
味はともかく、暖かいものが疲れた身体にありがたい。
青年はプシュ!とプルタブを開けてひとくち飲むが、
「……おぇ」
「そういやオマエ。酒飲めるのか?」
「あまり飲んだコトはありません。引き篭もりのうえ、酒の空き缶がゴミに混じってるのを見られたら、今度こそコロされちまいます……」
そう言って青年はチラリとオレの顔を見た。
駐車エリアに一台のワゴン車が入ってきて区画を無視した停めかたをすると、運転席から茶髪の若いダンナが出てきた。次いでレジャーシートを抱えたヤンキー風なママと、ビーチ・ボールや人形を抱えた子供たち。一斉に芝生の方に駆けてゆく。
――家族サービスってヤツか……昔はオレもああだったな。
別れたクソ女のことを思い出しかけ、あわてて首をふってイメージを祓う。
と――また一台。
似たようなファミリーカーが駐車場に入ってきた。
ちぇッ、と青年の方を見れば、携帯をとりだし画面をみて眉をひそめている。
「――んぅ?どうした」
「いえ、マンガ喫茶の空き室が無いなと思って……鍵のかかる個室の……」
そのとき閃いた。
「予約画面を消せ。いいトコを知ってるゼ」
ホントですか!?とまた青年の顔がパァァア……。
「どれ、ンじゃ散歩に出ないんなら行くか」
「行くって……ドコへです?」
まぁ見てなって、とオレはエンジンをスタートさせる。
トラックは、またも入ってきたファミリーカーをやり過ごし、駐車・エリアをゆっくりと発進する。
「平日のこんな時間でも意外と人がいるんですね。よかった、こんな格好でブラブラしなくて」
「部屋着か?その格好。まったく昼夜ひっくりかえした「フクロウ」みたいな生活しやがって。そういや前にも、オマエに似たようなコト言ったなぁ。覚えてるか?」
「ミネルバのなんたらですか?深夜のほうがネトゲの集まりがイイんですよ」
「だーもう!オマエ、人生をムダに消費してるぞ――っと!」
赤の横断歩道を無視して飛び出してきたヨボヨボ走りのマラソン・ランナーに急ブレーキ。
ジジィは悪びれもせず、それどころかこっちにガン付けして走り去ってゆく。
「畜生め……はやいトコその生活、なんとかしないと本格的に詰むゼ?」
「そうは言われましても……」
青年は、そう言って薄手なベンチ・コートのポケットからメガネケースをとりだし、中を開いて顔にかけた。
「あれ――おまえメガネなんてするんだな」
「最近、ちょっと苦しくなりまして……」
「モニターばっか見てッからだよ!ほんとにフクロウみてぇだ。決めた!お前の呼び名は『
「そのまんまじゃないですか!」
それからしばらくして、トラックはオレのマンション駐車場の所定場所に着き、パーキング・ブレーキが引かれる。
キーをひねり、ジェネレーターの駆動音が冷えてゆくとさすがにホッとするものがあった。なにせ昨日の昼からほぼ走りづめだ。
「サぁて、着いたぞ『フクロウ』。降りろ」
「……なんです?このボロマンション」
「うん?まァ、なんだ。オレの会社の寮」
しまった、という顔をする青年。小声でスイマセンとも。
なに、いいんだ、とオレは腕をふって応える。
「ボロいのは、事実だし」
そもそもオレは、自分のテリトリーに他人を入れるのが好きじゃない。
どうせもうすぐ引っ越しなので、コイツに居場所を提供する気がおこっただけだ。
じゃぁあの女どもはなんなのよ?とツッコミが入りそうだが、それは行きがかり上、しかたなくだぜ。本当は、ひとりがイイのサ。
コンクリにヒビの入ったいつもの階段を上がり、鍵を開けようとして、隣の部屋からギシギシ・アンアンが聞こえてくるのに気づく。
一応鉄筋づくりの建屋でこれだけ声が漏れるのだから、女のあえぎ声がそうとうデカいんだろう。
見た目清楚で、キレイな奥さんなんだが。
「……ま~たヤってやがる。お盛んなこって♪」
「うぇ。いつもこうなんですか?」
「まーな。でも若い連中には“少子高齢化”に立ち向かってもらわないと」
「AV要りませんねぇ……」
「コイツ、生意気いうぜ!」
青年の肩をかるくどやし、ドアの鍵をあけて中に入る。
玄関に居ても、相変わらずとなりの部屋のあえぎ声は聞こえてきた。
この
――いや……ちがう。本当に臭ってる。
と、そこにクリアな女の声が混じった。
となりの若夫婦のものなんかじゃい。
それもごく近くで聞こえてくる…。
――ナンだ?
顔を見合わせるオレたち。
ソッと靴をぬぎ、リビングをのぞき込んだとき、目の前の光景に思わず絶句する。