まだ、エロはないよ
今もまだ慣れぬ、たった数日前に手にした屋敷の中を寝ぼけた頭で歩き回る。
居間、個室、寝室程度しかまだはっきりと場所を覚えていない屋敷の中、それでも迷うことなく進むことができるのはたった一つ、聞き慣れた琵琶の音色が心根をくすぐるから。
その音色に導かれるようにして歩いて行けば縁側へとたどり着き、一人の女が琵琶を弾いている姿が見えた。
「〜〜」
鼻歌を歌うその姿は可憐という他ない。
そして、その姿を見るのと同時に、己の性器がこれ以上ないほどに勃起してきたことも理解した。
その女性は、あまりにも美しかった故に。
傾国の美姫と呼ばれるに値する美貌を持っていた故に。
そして何よりも、そんな女が今は自分の妻なのだと思うと、どうしようもないほどに気分が高揚するのは仕方のないことなのことだと言い訳をする。
絹のような滑らかな手触りを持つ、長く艶やかな黒い髪へと男の獣欲を叩きつけたい。
美声を奏でるその口から、男へと媚びる声だけを吐き出させたい。
青く美しい、男を惑わす蠱惑的な瞳を、快楽に濡れさせたい。
服の上からでもわかる大きな胸を自由に揉みしだき、自分のものなのだと刻み込みたい。
あらゆる場所で無理矢理に組み敷いて、少女の秘奥へと自分の精の味を覚えさせたい。
美姫が身を包むチャイナドレスはあまりにも大胆に脚を露出し、男を誘っているようにしか見えない。
そんな姿を見せられてしまえば、欲望はとどまるところを知らず、際限なく高まっていく。
他のタイミングならばともかく、琵琶を弾いている時にそれをしようとすれば必ず怒られるとはわかっていても、それすらも楽しみにしてしまう。
恐る恐る、バレないようにと最大限に気を使い、全力で気配を消して、女の背後に忍び寄る。
一歩、また一歩と近づいて、これ以上近づけばすぐにでもバレるために、ここからは迅速な行動が求められる、というところにまで近づいた、まさにその時。
女の奏でる琵琶の音色が、そこで止まった。
「おはよう、マスター」
振り向いた女は笑顔で挨拶を。
そこで、怒られることがなかったことに対して若干の無念と幾許かの安堵が。
「おはよう、フォーリナー」
サーヴァント、クラスをフォーリナー。
真名を楊貴妃。
聖杯戦争を共に駆け抜けた相棒であり、そして今は妻でもある女。
「もう、琵琶を奏でている最中はダメだと言ったじゃないですか」
その態度は、契約を結んだマスター、奉仕すべきご主人様へのものではない。
むしろ、もっと近しい間柄へと向けるような態度。
彼女に奉仕されているのは心地よいし、いつまでもされていたいと思うが、そのためにも聖杯戦争に勝ち抜く必要があったために、より信頼関係を築けるような形を望んだのだ。
「なら、もう今はいいわけだ」
その言葉に対する返答は、もう、というどこか嬉しさの混じったため息と苦笑。
そして、触れようと伸ばされる手に対しての受け入れが如実に示していた。
自分の家が、魔術師としても異端なのだと気がついたのは、年齢が二桁に入るか入らないかの頃合いだった。
他の家では、魔術は根源にたどり着くための道具でしかなかった。
自分の家では、魔術はただ今を生きる自分の人生を楽にするための手段でしかなかった。
そんな人種のことを、魔術使いと呼ぶのだと知ったのはいつのことだったか。
魔術師が、いつの日か根源にたどり着くために魔術を一子相伝に繋いでいくのとはまた違う。
魔術師から派生した魔術使いが、自分のやりたいことをやるための道具として子供を使用するために、子供に魔術を仕込むのとも違う。
普通の親が子供の幸せを願うように、子供の人生を楽なものにするために魔術を仕込む、魔術使いとしての家系。
『後世に魔術を繋ぐ』という魔術師らしさと、『魔術を
そんな、ただただ、魅了と洗脳に特化した『異性に貢がせることに特化した』魔術使いの家系で、最高傑作と謳われたのが、つまるところ自分だった。
そこまでのイケメンというわけではない。
ただ、美醜で判断するならば、見られたものではない、というレベルではないだけであり、それすらも結局のところ両親の顔が良かったから子供の顔も良くなった、というだけのこと。
両親から教え込まれた、昔にうちの家系に入ったという殺生院祈荒なる人物によって一子相伝の技術となった異性の誘い方をはじめとした諸々の所作、技術。
それらは確かに、己の人生をイージーゲームにしてくれた。
ただ、同時に、自分の人生を退屈にもしてくれた。
結局のところ、どれだけ女を誑かそうと、それは己が人生をかけて研鑽してきた技によるものではなく、親から受け継いだだけの受け売り。
自分の心から出た言葉など、何一つとしてなかった。
ゲーム……それもオフラインでやるNPCを対象としたゲームならば特に、自分の技術だけで戦うことができる。
だから、それぐらいしか、自分の無聊を慰めることができることはなかった。
そんな折に出会ったのだ、フォーリナーのサーヴァント、楊貴妃、あるいは本人の名乗りを使うならばユゥユゥと。
ゲームセンターの帰り、偶然普段よりも遅くなったところで聖杯戦争に巻き込まれ、そこで召喚したのがユゥユゥだった、というよくある出会い。
その相手が絶世の、という形容がつくほどに美しい異性である、というのもまた良くある話。
先祖代々受け継いできた、国を傾けさせるほどの“異性を蕩かす”技術。
それを一瞬で飛び越えてきた、たった一代で国を傾けた人物。
一目惚れをしてしまったのは、生まれて初めてのことで。
これまでのように惰性で、受け継がれた技術で堕とすのではなく、自分の言葉で妻としたいと思って。
生まれて初めての恋をした。
そこから語るようなことは多くはない。
何がなんでもフォーリナーを妻とするために、まずは最低限の条件として勝利する必要があったから、全てのマスターを殺した。
聖杯に望んだ願いはフォーリナーの受肉と、一生を平然と暮らしていけるだけのお金。
他にも魔力が余ったことで、今住んでいる屋敷などの色々なものを手にすることにはなったのだが、そのあたりは今はどうでもいい。
恋人として睦みあい、夫婦として愛し合い、二人だけで完結した世界で全てが閉じていると罵られたとしてもどうでもいい。
最後までフォーリナーと一緒にいられれば、自分はそれだけでいい。
ただ、それだけを願いとして、今日も今日とて日がな一日フォーリナーと交わるだけの生活が始まる。
続きはどうなることやら……そもそも続くのこれ……?