「んぁっ……!?」
バイブの先端を子宮口に当てたまま、ヴェネラナはベッドで跳ねる。これで何回、いや、何十回目の絶頂だろう。ぼんやりとした意識の中でヴェネラナはふと思ったが、数えることに意味はなく、余裕もないのだと自覚してやめた。
淫靡な微笑みを絶やさず、ヴェネラナは快楽絶頂に浸る。頭を空っぽにして、ただの雌として生きる。以前の自分ならば目も背けたくなるような有り様だというのに、今はこんな自分しかあり得ないと思っていた。
「ぁんっ……!」
フェニックスの紋様が浮かぶ子宮に振動するバイブを宛がうだけで、快楽で意識が爆ぜそうになる。日常生活の些細な悩みも、長すぎる年月を経て心の底に降り積もったストレスも、将来歩むはずの優しい未来の予想図も、一時的に消え去って真っ白になる。
幸せだった。
紛れもなく、悪魔として送ってきた一生の中で最上級の幸せ。
だが、それだけの幸福を浴びても、ヴェネラナの心は完全に充足感を覚えていなかった。まだこの先があると知っているからだ。
「ライ、ザー……」
その名を口にするだけで、心臓が刻む鼓動はどくどくと速まり、子種を求めて子宮が疼く。フェニックスの紋様が熱を発してヴェネラナの全身を駆け巡る。その瞬間にまた追加の絶頂を経験し、ヴェネラナは喉をわななかせた。
「気持ち、いい……」
自然に吐露したその言葉は、ヴェネラナの偽らざる気持ちだ。
ライザーに対して抱いていた怒りや嫌悪感は今も残っている。だが、それが徐々に好意の感情に変換されていくのをヴェネラナは自覚していた。名前を呼んで、姿を思い描いて、それをオカズにして達することで得られる快楽によって塗り潰される。
これ以上は駄目。もうまともな自分に戻れなくなる。
でも、このまま、行き着くとこまで堕ちてしまいたい。
拒絶する理性に反発するように、もう一人のヴェネラナが声を上げた。
ヴェネラナの中でいつの間にか頭角を現した、もう一つの人格とも呼べる欲望の権化。
本来のヴェネラナよりも肉欲的だが、最初に芽生えた頃は吹けば飛んでしまいそうなほど小さな意思だったはずだ。それは、ヴェネラナが自慰を繰り返すことで糧を得て成長し、今では理性的な意思を飲み込もうとしている。
膨張する欲望に呑まれそうになった理性は、ギリギリの抵抗を続けていた。
それも、もう時間の問題だ。放っておけば、全てが欲望に置き換わる。
いつまでも、この渇きに耐えられる者などいない。
欲しい、欲しい、欲しい。雄が、チンポが、欲しくて堪らない。
渇きが喉を蝕み、身体を弱らせ、心を単純化させる。だから、迷ってしまう。
ヴェネラナは何も迷路にいるわけではない。出口はあることを知っている。だけどそれは、ヴェネラナにとっていい選択ではなく、足を踏み出せずにいた。ライザーという名の出口はヴェネラナを迎え入れてはくれるが、ヴェネラナの家族まで受け入れてはくれない。
夫を、家族を、捨てるなんて。できるはずがない。
ヴェネラナの内側で、理性が強く抵抗を示したときだった。
「奥様」
たった今まで気配すら感じさせなかったグレイフィアが、さも当たり前かのようにこの場にいて、ベッドで仰向けになって悶えるヴェネラナの顔を覗き込んできた。
「グレイフィア……。どうして……」
いったいいつから。そもそも入室を許可した覚えもないのに何故グレイフィアが部屋に入ってきているのか。驚きのあまり、このときばかりはヴェネラナも自慰の手を止め、身を強張らせた。
仕えている主の意に反する行動など、いつものグレイフィアならば決してあり得ない。そんな風に思って観察したために、ヴェネラナはグレイフィアの様子がおかしいことにもすぐ気がついた。
グレイフィアが見せているのは普段の落ち着き払った顔でも、気遣いを見せる顔でもない。紅色に潤むリップを笑みで歪め、どこか嗜虐的な愉悦の滲む表情だった。
「愚かですね」
開いた唇から飛び出したのは、おおよそ仕えるべき主人に向ける言葉ではない。
「まだ堕ちていなかったのですか?」
これは、グレイフィアではない。グレイフィアがこんなことを言うはずがない。
だとするなら、これは誰なのか。美しい銀髪も、涼しげで艶やかな美貌も本人と遜色ない。
「ふふ……」
違いを見つけようとするヴェネラナの前で、大きな相違点が表出した。
「なんで、そんなものがあなたに……」
グレイフィアがおもむろにメイド服のロングスカートを捲り上げて、股間を露出させたのだ。突然の行動に驚くが、それよりもヴェネラナを動揺させたのは、ショーツに覆われていない秘部にて屹立する禍々しい一物。雌を内部から制圧して堕落させる肉棒が、侵略対象である雌についていた。
「早く堕ちてしまえば、楽になれるというのに」
陰核の代わりに男根を備えた陰部を見せつけるグレイフィアが、竿を扱きながら先端をヴェネラナの眼前に突き出した。
手を伸ばせば届く場所に伸びる男根。それはヴェネラナの視線を容易に奪い、意識すらも蕩かす。異様な魅力を宿したそれはライザーの一物に似ていた。いや、同一のものと言ってもいいほどに、雌を圧倒する淫靡なオーラを放っていた。
「ん、はぁ、ぁっ……」
グレイフィアが声を荒くし、手コキの速度を上げる。自慰を教えられたばかりの猿のように品性をかなぐり捨て、欲望に縋り付く姿。グレイフィアの姿をしたその別の何者かは、暴れ狂うような手コキで興奮を積み上げ、至った。
「んぁぁっ!?」
ぶるぶると震えるグレイフィアは、脈動する肉棒から精液を放った。それは勢いよくヴェネラナの顔面に降りかかる。次々に、顔中を白濁で彩っていく。ヴェネラナは驚愕に目を見張りながらもそれを受け入れることしかできなかった。
肌に張りつく濃密な精液。指で摘まめるほどの粘度。漂うかぐわしい臭い。
ヴェネラナは精液を拭い取った指を見つめ、呼吸を繰り返した。
ライザーの臭いが肺腑を満たす。口内にじわりと唾液が滲み出る。ごくりと喉を鳴らしても完全には飲みきれず、口から垂れてしまう。そんなことも気にならないほどにヴェネラナは精液に意識を割かれていた。
間違いなく、これはライザーの精液だった。自分が欲していた雄の種。
何故、グレイフィアがこれを。
わからない。全てがヴェネラナの理解を超えていて、頭が回らない。
混乱しながらも、ヴェネラナは口を開き、指に向かって舌を伸ばした。こんなものを舐めてはいけないと、もはや冷静に判断することもできなかった。ヴェネラナの中で相反していた二つの意識がちょうど交わり、境界をなくして一つになろうとしていた。
欲しい。ただ、目の前のこれが欲しい。たとえ、何を失っても。
「ぬちゅっ……」
精液の塊に舌をつけ、舐め上げる。ごっそりと拭い取った舌をくねらせ、口の中にゆっくりと、確実に収める。唇を閉じ、口内の唾液で薄めて広げ、じっくり味わう。
ひとしきり堪能をし終えたところでヴェネラナは喉を鳴らし、精液を胃へと流し込んだ。
「ぁ、あ……」
直後、喉の渇きが解消された。
全身が潤う。欠けていた栄養素が補われたかのようだ。
ヴェネラナは夢中になって、グレイフィアから放たれるライザーの精液を味わった。一滴たりとも余さないように、精液を拭い取った指を舐めしゃぶる。
みっともないとは微塵も思わなくなっていた。ライザーの精液を味わえるのだ。どれだけ惨めに乱れようとも構わない。
だからヴェネラナは、顔に叩きつけられた精液を舐め尽くすと、グレイフィアの肉棒に向けて口を開いた。ちょうど亀頭の直下。まだ垂れてくる精液を舌で直接受け止めて、そのままつるりと喉へと滑り流す。
叶うことなら、ずっとこうして甘い蜜を啜っていたいと思ってしまう。
「そうです。素直になりましょう。そして、共にライザー様にお仕えしましょう」
蠱惑的に笑い、グレイフィアは手元に一枚の紙を出現させた。
それは招待状のように見えた。悪魔文字が綴られ、魔法陣が描かれている。
「これを使えば、ご自身が望む姿で、ライザー様の下へ向かえます。そこでどうするかはあなた次第です。ライザー様に別れを告げるもよし。卑しい衣装に身を着飾り、ライザー様に美味しく頂いてもらうよう懇願してもよし」
ですが、とグレイフィアは言葉を区切った。
「不要ということであれば、この招待状は即処分いたします。その場合、ライザー様は二度とあなたに手を出すことはありません。これまで通り、ぬるま湯のように優しく物足りない日常に浸かり続けることができるでしょうね」
グレイフィアの発言は、どう聞いてもライザーに服従している者のそれだった。少しでも物事を考えられる思考を持ち合わせていれば、グレイフィアがライザーの手に落ち、ヴェネラナを罠に嵌めようとしているのだと理解できる。
だが、今のヴェネラナは冷静ではなかった。
ヴェネラナの思考は、グレイフィアが提示した選択への判断に費やされていた。
ヴェネラナがライザーの招待を突っぱねれば、日常に戻れる。
だが、そこにライザーはいない。後になっていくら求めても、相手にしてもらえない。ライザーに犯されることを妄想し、自分で慰めることしかできない。それは地獄のような苦しみだろう。下手にジオティクスで満足しようものなら、逆に欲求が膨らんで自分を苦しめる結果に終わるに違いない。
選択肢など、あってないようなものだった。
ヴェネラナはグレイフィアの股間に宿るライザーの疑似チンポを見据えながら、グレイフィアの手にある招待状へと手を伸ばし始めた。
大丈夫。誘いに乗るのは一回だけ。たった一回でいい。それが終われば、また家に戻ってくればいい。そう、何も問題はない。
ヴェネラナは自分に言い聞かせる。この決定は後の自分に責任を押しつけているだけで、何の解決にもなっていないのだという事実から目を逸らし、胸の内側で暴れる欲望を満たすことに必死になっていた。
そして、ヴェネラナの震える指先が、招待状に触れてしまった。
次の瞬間。招待状の魔法陣から迸った闇色の炎が、ヴェネラナの全身と意識を包み込んだ。