※この作品はR-18です。

悪の不死鳥   作:早見 彼方

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第36話

 光はなく、音もない暗闇の中を、ヴェネラナは身一つで漂っていた。その場所には自分以外に誰もいない。時間の流れさえ凍りついたような空間に取り囲まれて、ヴェネラナは自分自身を見つめ直した。

 自分はいったい何を望んでいるのか。

 これから、どうなっていきたいのか。

 悪魔として生きてきた中で、これほどまでに自問自答を繰り返したのは初めてかもしれない。欲望に惹かれる自分と、理性に縋りたい自分。両者を並べて、どちらが自分の理想に近しいのかを見極める。

『あぁ、ライザー様……』

 そこには、欲望に抗うのをやめた自分がいた。卑猥な衣装で着飾って、愛しき主君に求愛する。自身の内側へと続く穴を広げ、そこへライザーの分身を突き入れてもらう。ただコキ使われているだけだというのに、想像の中のヴェネラナは喜び喘ぎながら、邪悪な種を子宮に浴びていた。

 愛を示す言葉はライザーから送られなかった。しかし、逞しい腕に抱かれ、興奮の震えを宿して怒張する肉棒で膣道を塞がれ、蹂躙され、子種をギッシリと子宮に詰め込まれる自分はとても愛されているのだと、ヴェネラナは認識していた。

 対して、理性を優先した自分はどうだ。

 ライザーのいない生活は、以前と何も変わらない。優雅に朝を迎えて、食事をしながら家族と会話を交える。グレモリー当主の妻として、治めている領地に住む民のことを考え、できるだけ多くの者が幸せになれるようにと自分にできることに尽力する。誰かのためを想い、誰かの幸福を願い、それを果たしていく。

 それはとても素晴らしいことだった。

 だが、心のどこかで思ってしまう。

 これが本当に幸せなのか、と。

 ジオティクスと過ごした情熱的な日々はいつしか冷めてしまった。それでも、人間の価値観で言えばおしどり夫婦など目ではないほどに、裏では愛し合っている。表向きは夫を尻に敷く厳しい妻だと思われているが、ヴェネラナはジオティクスへの愛情を忘れたことは片時もなかった。

 自分がジオティクスへ向ける愛情と、ジオティクスから向けられる愛情に差が生まれたのはいつ頃だっただろうか。サーゼクスが生まれてから? リアスが生まれてから? サーゼクスがグレイフィアと結ばれて、孫のミリキャスが生まれてから? 

 あるいはその全てかもしれない。自分たちが愛し合ったことで誕生した愛の結晶たちが、すくすくと成長し、独り立ちし、また別の愛情を育む。それを目にしてヴェネラナの中で満たされる想いがあったように、ジオティクスも、少しずつ満たされていったのだろう。ジオティクスはおそらく自覚が抱けない程度に、乾いていった。

 しかし、その差がヴェネラナの目には如実に現れていた。

 悪魔は濃密な欲望を抱え持っているが、ヴェネラナは特に身に宿す欲望が強かった。結ばれた直後はジオティクスとの間で満たされていたそれも、求められる回数が減ったことで、解消する機会を失った。自分で処理をすることでどうにか誤魔化してきたが、それでも抑えきれない想いが胸の底に降り積もっていった。

 相手にされず、(わだかま)った欲望がヴェネラナ自身に訴えていた。

 自分は愛されていない。これでは全く物足りない。

 でも、ライザーは違う。ジオティクスなどの及びもしない熱が、彼にはあった。ヴェネラナを狙うのが彼の中でどれほど重要なことかはわからない。手慰みでしかなく、ただ遊ばれているだけなのかもしれない。

 それでもいい。それでも、ジオティクスよりはマシだと、想い始めてしまった。

「んっ……」

 周囲を取り巻いていた闇が、いつしか粘度を持ち、どろどろとヴェネラナの体表を這い回るようになっていた。揉み解すように、ゆっくりと、闇へと引きずり込む。意志のある粘性生物のように、捕らえた獲物を味わうように飲み込んでいく。

 耳の穴へと細長い闇の触手が侵入した。

 黒く、硬質な物体へと変わった粘液が、バイザーのようにヴェネラナの目元を塞ぐ。

 視界と聴覚を支配されたヴェネラナへと、闇が映像を送り込む。

 そこで、ヴェネラナは目にし、耳にした。

 平伏する大勢の種族。見慣れた悪魔から、滅多に目にすることのない種族。機械のような質感を持つ、見たこともない異形たちの存在もあった。種族問わず、誰も彼もが地に伏して、小高い丘の玉座にふんぞり返る男に忠誠を誓っていた。

 逆らった愚かな異界の神の躯を踏みつけて、矮小な者たちを鋭い眼光で見下す男。

 ライザー・フェニックス。異世界を含め、全てを屈服させた男。

 彼の周りは大勢の美しき存在で彩られていた。そこにはリアスも、グレイフィアも、リアスの眷属たちもいた。悪魔だけでなく様々な陣営でその名を轟かせていた美女や美少女が整列する中には、初代グレモリーの姿もあった。リアスよりも幼い外見をしたグレモリーの祖は、性の悦びに打ち震え、膣からライザーの精液をごぽりと垂らしていた。

 その全員が、装いを統一していた。ライザーの独占欲の証をその身に刻み、体のラインが浮き彫りとなる闇の衣を身に纏っている。皆、ライザーに付き従える喜びを示すように頬を緩めていた。彼女たちから漏れ出た小さな嘲笑が、彼女たちの足元にある屍や、平伏する者たちへと送られる。

 グレイフィアを膝に乗せたライザーは、それに同調するように哄笑していた。

 それを、ヴェネラナは眺めていた。ライザーの玉座の背後で。隣に立ち並ぶリヴェルやレイヴェルと共に。

 皆と同じ闇の衣を纏っていたヴェネラナは、強い高揚感を抱いていた。大勢の生物を従えて幸福を搾取し、それら全てをライザーに捧げる。自分が行ってきたらしい出来事の一端が脳裏を過ぎった。

 悪に屈し、悪を宿した自分。悪に堕ちた証を身につけて、自分たち以外の全てを善悪問わず制圧した。ライザーのために。ライザー陣営のために。戦い、潰し、身も心もへし折って、奪える物を全て奪った。

 世界や異世界を舞台にした、最初で最後のレーティングゲーム。

 ライザー陣営を勝利に導く一助となった。

 身を突き破ってしまいそうな幸福を、ヴェネラナは感じた。

 この映像はいったい何なのか。自分の妄想なのか。それとも、これから自分が辿るかもしれない未来の一端なのか。

 もしも後者だとするならば。

 ヴェネラナは息を呑んだ。豊かな胸の内で、心臓を高鳴らせる。

 過去に類を見ない期待に満ちた心。幼子に戻ったかのような純粋な感情の発露。

 欲しい。この未来を体験したい。

 ヴェネラナは何の迷いもなく、ライザー陣営に属する自分たちにとっては明るく、その他には絶望的な未来を求めた。

 闇に全身を浸かっていたヴェネラナは、幸せな映像を見ながら両手を伸ばした。闇の粘液を掬い上げた両手を高らかに掲げ、粘液を落とす。それはびちゃびちゃとヴェネラナの顔に降り注ぐ。

「ふ、ふふっ……」

 バイザーに目元が隠れているが、ヴェネラナの口元は笑みを結んでいた。

 開いた口へ向かって、粘液の一部が流れ込んでいく。舌を這い、喉を通過し、ねっとりと温かい塊が胃まで侵食する。それは中で蠢き、伸ばした触手の先端を針のように尖らせて、胃袋に突き立った。

「ぁっ、んぅ、ひ、ぁ、あ……」

 ドクン、ドクンと闇の触手が何かを送り込んでくる。それに合わせるように、体の外側からも粘液から伸びた針や吸盤がヴェネラナの全身を襲い、大海のように広がる闇の塊から闇そのものを汲み上げて、ヴェネラナの体を蝕む。

「あぁっ、んん、ぁ、んぉっ……!?」

 体の内外を犯される。ヴェネラナはその未知なる感覚に身を委ねた。

 抗う意味はなかった。だって、幸せだったから。

「あはっ」

 庭に置いた小さなプールに身を浸からせて、はしゃぐ人間の子供のように。

「あはははははははっ……!」

 バシャバシャと両手足で粘液を掻き回す。好きなだけ闇の身を浸して、闇を飲み込んで、闇と戯れる。ライザーの肉棒に見立てた闇の怒張がカマ首をもたげれば、すぐにその分厚い竿へと舌を這わせた。

 いつしか大量の闇の肉棒に囲まれていたヴェネラナは、両手で竿を扱き、舌でべろべろと亀頭を舐め回しながら、ビンッと直立した竿を肉穴に収めた。ずぷぷっと奥まで侵入させて、子宮口を亀頭で叩きのめしてもらう。

「っ、あぁん、も、もっと、中も汚して……」

 ヴェネラナの願いに応じるように、亀頭から伸びた無数の触手が子宮に侵入し、内側を闇で犯す。既にライザーの子種だけを孕む専用子作り袋に変わっていたそれに、闇の属性が付与される。

「し、子宮、弄ってぇ、ぉっ、私を、闇に、染めてぇ……!」

 ヴェネラナが求めるだけ、闇は自身を譲渡した。瘴気となったヴェネラナの鼻腔を通り抜け、触手となって穴という穴を犯す。恵まれた女体を楽しむようにピッタリと衣服のように寄り添うこともあれば、乳首や陰核などの、敏感な箇所を突き差して容赦なく闇を送り続けることもあった。

 闇の侵食度が着実に上がっていく。70%、80%、90%。パーセンテージで示すならば、そんな数値が表示されていたことだろう。90%からは緩やかに数値を刻んでいく。まるでヴェネラナを弄ぶように。

 邪悪な笑い声が、周囲にハウリングした。ライザーによく似た声だ。

「ライ、ザーさ、ま……」

 ヴェネラナは再び両手を伸ばす。孤独に苛まれた幼子が、泣きながら母を求めるように。バイザーの内側で涙を流しつつ、口元で弧を描く。

 涙を流す理性と、笑みを見せる欲望。

 やがて、涙は乾き、ヴェネラナの表情が笑み一色に染まった。

 闇の侵食度、100%。

 直後、津波のように押し寄せた闇が、大口を開けた。それがヴェネラナへと迫っていくが、ヴェネラナに抗う気配はない。

 どの闇よりも暗い口腔。一度入れば抜け出せない。ヴェネラナは理解していた。

 バイザー越しにその大口を見つめていたヴェネラナは、くすっと笑いをこぼす。

「さあ、私を食べて、私と一つになりましょう……?」

 愛する子を出迎える母のように。

 ヴェネラナは両手を伸ばし、迫りくる闇と一体化した。

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