都心からやって来る人々を乗せた電車が、緩やかに駅のホームへと滑り込んでくる。特に何ら注目するところのない日常的な光景。やがて停止した電車の扉が開き、乗客が降りてくるのだが、その中には日本では日常的ではない風変わりな格好をした二人組の少女がいた。
首から足元まですっぽりと覆い尽くす白いローブ。まだ涼しい六月とはいえ、少々厚着に思える。平日の昼下がりということもあって降りてくる人の数は少ないが、彼女たちは多くの視線を一身に浴びていた。
理由としてはその変わった服装もあるが、別の理由でも人の目を惹いていた。
彼女たちはどちらも端正な容姿をしていた。栗毛の長い髪をツインテールにした快活そうな少女と、青いショートヘアの前髪に緑色のメッシュを入れたクールな少女。後者は面立ちからして日本人ではなく、おまけに布に巻かれた長い物体を持っていることから余計に目立つ。
二人は周囲の視線を気にすることなく、降りた駅から目的の街、駒王町に向かった。
「ここが駒王町か」
青髪の少女、ゼノヴィアが歩きながら落ち着いた様子で辺りを見回している。
「う~ん、久しぶりね」
その横で栗毛の少女、
「あ! あそこの店、まだ残ってるわ」
「イリナ、目的を忘れていないだろうな?」
イリナの様子にゼノヴィアはため息を吐きつつ、呆れたように問いかけてきた。
今回、二人は駒王町へ観光に来たわけではない。明確な目的があって訪れたに過ぎないのだ。イリナもそれを決して忘れてはいない。
「ええ、もちろんよ。私たちにはやるべきことが――」
イリナが口を開きながら、ゼノヴィアと共に歩いていたときのことだ。
突如として、不可視の何かが彼女たちの全身を包む。それは体だけでなく肉体の内側にある心にまで魔手を伸ばす。二人では知覚できない速度で心を包囲し、さらに内部に滑り込んで意識を根元から支配していく。
彼女たちは何の反応を示すこともできなかった。
「――あるけどその前に、奴隷管理所に行かないとね」
「ああ。私たちは『雌』だからな」
数秒前まで存在すら知らなかった『奴隷管理所』の名前と所在地が脳内に植えつけられ、そこに赴かなければならないという使命感に駆られる。それは両者共通の認識であり、二人は揃って同じ方向へと足を向けた。
駅からさほど離れていない大通りに面した場所に、その建物はあった。
役所に近い外観の建物は、地上階だけでも六階ある。地下も存在するようで、大通りを走っていた車が案内に従って地下駐車場へと入っていくのが見えた。二人はそれを視界の端に捉え、高い壁に囲まれた正門に向かう。
女守衛に止められることなく、二人は自動ドアを潜り、中に入る。
「こっちに行けばいいみたいね」
イリナはエントランス近くに置いてあった『奴隷登録を済まされていない雌はこちらの受付へ』という案内板を見つけ、ゼノヴィアを伴って歩いていく。ここまで来たときと同様に、二人の表情に驚愕や不信感は見受けられない。
二人はそのまま、女職員が待機している受付に声を掛けた。
「すみません。奴隷登録を行いたいんですけど」
「はい、承ります。ご登録される雌は二匹でよろしいでしょうか?」
「はい、二匹です」
イリナは指を二本立てて、何の疑問も抱かずに答える。やり取りを見聞きしているゼノヴィアもその異常性に気がついた様子はない。イリナが受付と話を進めている間、手持ち無沙汰にさ迷わせた目線が、近くの壁に取りつけられた薄型テレビに映る『今すぐ奴隷登録をしましょう』という説明用の映像をぼんやりと眺めている。
『今月から始まった奴隷登録はもうお済でしょうか? この世界でもっとも優れた尊き存在である男性には言うまでもなく必要ありませんが、男性と同列に扱うには価値が低すぎる雌は奴隷として扱われ、登録が必要です。登録をすれば、雌の個人情報をいつでもどこでもだれでも閲覧できるようになります。身体情報や趣味趣向は勿論、毎週の自慰の回数や処女膜の有無、生理の周期や毎月雌が提出する交尾映像の確認も行えます。男性が快適で優越感に浸りつつ、好みの雌を品定めできる素晴らしい世界を作るためにも、雌が率先して協力していきましょう』
映像を見ながら、ゼノヴィアは「確かに」と心の中で同意していた。
ゼノヴィアも雌であるため、男性の価値の高さを十分に知っている。
男性は存在自体が素晴らしい。生きているだけで褒め称えられるべき存在だ。それだけでなく、あらゆる分野でその価値の高さを知らしめている。特に素の運動能力においては男性に勝てる雌など一握りだろう。男性が生まれ持つ能力値の高さ故に自然とできあがったのが現代の男性社会であり、そこで雌が男性に使われる存在となるのは必然のことだった。
私も男のためにできることをしなければ、とゼノヴィアは考える。
「ゼノヴィア」
イリナに呼び掛けられ、ゼノヴィアは思考の海から引き上げられた。
「受付終わったわよ。はい、これ」
「ああ、すまない」
イリナがゼノヴィアに手渡したのはタブレットPCだった。
「最初は、個人情報とかを全部記入しないといけないみたい」
「全部か……」
ざっと見ただけでも、記入項目は百箇所以上あるようだ。これだけの数となると回答するだけでも疲労感は凄まじいだろうが、適当に答えるわけにもいかない。虚偽や記入ミスがあれば、最終的に困るのは自分自身なのだから。
「書き終わったら内容を送信して、次は別室で身体測定らしいわ」
「身体測定ならば任せろ」
「……言っておくけど、別に運動するわけじゃないからね?」
脳筋気味な傾向にあるゼノヴィアをジト目で見つつ、イリナは早速記入を始めた。
そうして二人が近くの待合用の長椅子に座って記入をしていると、受付の下へ、別の女職員が駆け寄ってきていた。顔を近づけ合い、何やらひそひそと話をしている。
「あの二人……特別……」
「……どうして……」
「……ソー……様……連絡……」
会話の断片が聞こえてくるが、内容を把握するまでとはいかない。そのうちに話が終了し、女職員が立ち去っていく。その際、横目でどこか羨むような視線を送られたことに二人は気づいたが、その理由が思い至らなかった。
「何かあったのか?」
「さあ? でも、何かあれば後で話があると思うわ」
今はやるべきことをやろうと、二人は各項目を記入した。
記入を済ませた二人はデータを送信した。普段であれば、とても人には言えないことまで平然と回答しているのだが、仕方がないと割り切っている。それが不特定多数の人間の目に触れることも承諾済みだ。
「さてと、それじゃあ、身体測定に行きましょう」
タブレットPCを受付に返却し、二人は隣室へと移動した。
そこでは、また別の女職員が待機していた。
「こちらで所持品や衣服は全て外し、人間である自覚を捨て、雌に相応しい生まれたままの姿になっていただきます。また、ここより先のやり取りは全て、定点カメラによって撮影いたします。当然ですが、この映像は大勢の方が閲覧される想定ですので、その点ご承知おきください」
「はい」
「わかった」
ここまで来て二人の脳内に断るという選択が浮かぶはずもなく、二人はただ言われるがままに白いローブから脱ぎ始めた。