※この作品はR-18です。

えっちなダンジョンズ&ドラゴンズもの   作:tbc

1 / 33
1-1

 剣と魔法とモンスターが跋扈するこの世界。人数では太刀打ちできない強大なモンスターを相手に、力や知恵を用いて単身、数名で立ち回る自称『冒険者』たちは羨望と嫉妬、そして憧れの的である。とある港街の表通り、そこから一つ裏の酒場はそんな冒険者たちが集うことで有名だった。

 そんな酒場に最近、冒険者志望の女の子が現れた。冒険者に憧れた子供がやってきて追い返されることはよくある話だが、その子供が貴重な呪文使い(スペルキャスター)とあっては話が変わる。腕一つで世の中を渡る荒くれどもの傷を癒やす術者となれば、年齢性別問わず引き込みたいというもの。かくしてその少女は冒険者たちの間に混じったのだが……

 

---

 

 港町から内陸に進出したところの林にて、無事な冒険者たちがたった今 駆逐した狼(ウルフ)の毛皮を剥ぎ取っている一方で、足に噛みつかれ転がされ酷い目にあった冒険者の手当てにかけつける少女がいた。それが私だ。

 

「はい、“治癒(キュア)”一回3銀貨。今日はもう1発と、止血が2発です……チクッとしますよ」

「こんな値段で癒やしてもらえるたぁ、悪いね嬢ちゃん。本当なら金貨は下らないだろうに」

「私は神殿とは無縁です。街中だと怒られますが、外なら値切ってもバレませんて」

 

 私、リリンは家名もない織工の娘で、地球人男性だった記憶を持つ転生者だ。文化や性の違いにはショックを受けたが、まもなくここがファンタジーゲームな世界と気づき、自身に眠る能力に喜んだ。

 とはいえ所詮1レベルの身でモンスターの跋扈する異世界を冒険なんぞやってられん。そこで魔法だ。ファンタジーといっても呪文使いは希少(レア)で需要は絶えず、魔法があればちんちんだって取り戻せる。脳筋冒険者たちに“治癒”の呪文を提供する代わりに、彼らの『狩り』に混じることが許された。だがこれが通じるのも幼い今のうちだけ。育った女に野郎がどんな想いを向けるかなんて、自分も知ってるのだから。

 

「よう、終わったぞ。嬢ちゃんも一枚持ってな」

「これ、一枚幾らで売れますかね」

「銀貨数枚だ。赤字だな」

「動物は絡んでくる割に貧乏ですね」

「腹ん中に宝石食ってくれねえかなぁ」

「んなん傷だらけで売れたもんじゃないでしょう」

「削りゃあ最低でも金貨になるんだろ?傷ついてようと一個手に入りゃ一ヶ月の酒代飯代になる」

 

 軽口を交わしながら剥いだままの毛皮を背負って冒険者たちが街へ戻るのに、私は随行する。金貨に満たない額とはいえ、彼らにとって日帰りで銀貨を得られるだけで美味しい収入だ。しかし、その日は僅かな幸運に見合わない災難が待ち受けていた。

 

「ありゃなんだ、馬車か。止まってるのか?」

「馬がいねえ、御者もいねえ。車輪も壊されてらぁ。なにかに襲われたか」

「オーガじゃねえな、それなら馬車が残ってねえ。亜人が出るような場所でもねえが、事故ったか?」

 

 早々に街道へ出て安全な帰路を取っていたところに、不審な馬車を発見する。人の住処の近くに危険なモンスターはそうそう現れない、現れるとすればテリトリーを侵すことを恐れない凶暴な魔獣などだが……

 

「下だぁ!!」

 

 ボゴ、と土が盛り上がる音がしたと思えば、前方にいた冒険者たちが地面から飛び出た何かに突き上げられる。

 やばい、と咄嗟に私は身を翻して逆の方向へ逃げる。ちらりと振り返れば、スラリとした牙のように硬質な頭部の四足獣が地から這い出して、冒険者の一人に噛みついたまま、爪で周りの冒険者たちを引き裂いているのが見えた。見るのは初めてだが、あれは『ブレイ』――――地下を動き回り、地上の生物に噛み付き貪ることから陸鮫(ランド・シャーク)とも呼ばれる魔獣だ。その脅威度は7レベルに等しく、5レベルでベテラン、10レベルで英雄と言えるこの世界において並の人間では死ぬ前に一太刀入れれば御の字と言える生物だ。ろくな防具も着ていない私なんぞは、その爪にかすっただけでティッシュのように引き裂かれるだろう。

 初撃でブレイの爪の範囲外にいたことは幸運だった。“治癒”呪文はまだ1発残っているが、牙にかかった冒険者は見たところ既に即死、爪に引き裂かれた冒険者は重傷止まりではあるものの治癒のために近寄れば次は私が死ぬだけだ。かといって攻撃や妨害呪文の備えもない今の私に出来ることは逃げる他なかった。

 私と同じく幸いにも爪の射程圏を逃れた冒険者二人とともに、迂回路を取って街へ帰還し、警備隊たちにブレイの被害を伝えた。ブレイは紛れもなく人里に被害をもたらす凶暴なモンスターであり、その知らせは街の正規兵に届けられたものの、その足は重く近日中に解決される様子はなかった。

 

---

 

 その後、あの日 持ち帰った毛皮一枚と“治癒”の代価以降、めぼしい収入を得られずにいる。

 街の外に危険な魔獣が待ち受けることが分かってて、見えている災難に自ら飛び込むのはさしもの冒険者といえど馬鹿の行いだ。それに親しい冒険者の多くがブレイにやられ、残る野郎どもも魔獣のリスクを恐れ、街中でくすぶっているので付き添える相手がそもそもいない。

 そんなわけで暫くはおとなしく実家の織物を手伝っていたのだが、用件は向こうからやってきた。

 

「ここに、街の外へ冒険者に付き添った少女がいると聞いている。話を伺いたい」

 

 日暮れ前に我が家の戸を叩いたのは、鋲打ち革鎧(スタデッド・レザー・アーマー)に包まれた筋肉を持つムキムキの女戦士だ。首からストラップに通した木の聖印を垂らしていたので、聖職者かもしれない。

 

「どなたからお話を?」

「『冒険者の酒場』の男だ。宝石を削れば金貨になるといつも嘯(うそぶ)いているという」

「ああ、彼の……。はい、それは私です。話せることはあまり多くありませんが」

 

 母は鍋に向いており忙しいため、私が代わりに出たのだが少々気まずい相手である。というのも、一般に信仰する神様から呪文を授かる聖職者と違って、私はそれを法則に落とし込み、呪文を利用しているエセ聖職者と言える術者だ。しかも私が冒険者に同行を許されている最大の理由、“治癒(キュア)”の呪文―――信仰に基づく呪文使いでなければ、ほ(・)ぼ(・)使えない呪文―――が使えることは十中八九聞かれているはずだ。

 最悪、異端審問や魔女裁判にかけられかねないと思えば当然ビビる。それを表面では隠しながら、私は狭い家の中で女性に先日の話をする。

 

「この街の外、林の方ですね……そこに狩りに行って、狼(ウルフ)の群れに出くわしまして。襲ってきたので冒険者たちが返り討ちにし、毛皮を剥いで荷物が重くなり帰ろうとしたのですが、その道中で止まっている馬車を発見しまして……ああ、あの馬車はどうなったかご存知ですか? なんせ調べる前に襲われたもので」

「馬車は、床の底が綺麗に破られていた。中だけがぐちゃぐちゃの最悪の状態で、外面は綺麗に残っている。あれでは一見して魔獣に襲われたなど分からず、逃げる暇もあるまい。災難だったな」

「そうでしたか……いえ、災難と言うならあれがやってきたこと自体が災難の始まりでしょうね。

 それで、魔獣の話でしたか。確か、ブレイ、あるいは陸鮫(ランド・シャーク)と呼ぶそうですね。その名前とざっくりとした特徴だけ酒場の話で聞いたことがありました。まさかこの目で見ることになるとは思いませんでしたが。奴が具体的に何をしたかは……話す必要ありますか?」

 

 女戦士のお姉さんが黙ってコクリと先を促したので、私はしぶしぶあのときのことを説明する。先頭の冒険者が声を上げた次の瞬間、地面が盛り上がり一人が突き上げられ、二人が凶爪にかかったこと。その魔獣の上体は爪か牙のように硬質なフォルムで、見えない下半身を含めると人の4倍はあるだろう図体を見たこと。爪の間合いの外側にいた私含む二人は真っ先に逃げたが、その他の冒険者の姿は後に見かけないことから全滅したのではないか、という推論まで。

 

「こんなとこです。あとは学者さんにお尋ねした方がよっぽどタメになることは言うまでもありませんが」

「いや、襲われて逃げた一瞬に見た姿を覚え、判別することはむしろ学者では不可能だ。あのビビリ屋どもは、止まった相手か遠目で見なければ分からないと言うのが普通で当てにならん」

「であれば、あれのことを話してくれた人物を褒めねばなりませんね、どなただったかは覚えていませんが……先日亡くなった人の中でした。自分のためにはならなかったようで」

「私はそれを記憶していた君のことも評価する」

 

 それとなく話を私から他者の話題へ逸らし、日が暮れる時間を稼ごうとしたものの、相手はしかと私の目を見ており御魔化しを許さない様子だったので、諦めて相手の話題に乗る。

 

「そう言われましても。私は駄々をこねてようやく交じれる程度の幼い冒険者見習いの身、失敗も多く何も自慢できません」

「だが呪文を使えるのだろう? 人を癒やし、助けた実績は君を知る冒険者たちが証明するだろう」

「ですが、私のそれは“詩人(バード)”の、技(・)術(・)によって自分のために他者に振る舞った結果です。大いなる大義に従って、神より預かりし呪文で人を助ける“神官(クレリック)”様のやることとは比べられない、あさましき目的ですから」

 

 やはり“治癒”を唱えたことはバレていた。だが、私は自らが信仰術者ではなく詩人(バード)であるかのように、出来る限りの御魔化しを施しながら嘘偽りは含めないよう注意して会話する。嘘、偽りを見抜く呪文はあるが、言ってないこと、誤魔化したことはその技術同士による見抜きあいに限られるのだ。

 それでも私が信仰術者でないと言ったことで、お姉さんの目つきは鋭くなった。詩人というものは主に心を揺さぶり、時に操ることを得意とする術者で、エセ聖職者とはまた別の問題を孕む立場なので不審に思うのは当然だ。だが、だからこそ本当の問題から目を逸らしやすい。

 

「それは……悪(・)の術者の入り口だ。他者に呪文を授けない術者はとても善人に育たないだろう、君のその考えは見過ごし難い」

 

 思ったのとはやや別だが、思い通りに違う方向へ話が向いた。私は慌てた様子を見せずに取り繕いつつ反論する。

 

「はい、いいえ。善意と善はまた別です。見ての通り私は幼く、また呪文もまだまだ未熟です。

 自分も余裕がないのに他者を助けようとして、助けきれる保証がない。水に落ちた人間を助けようとして二人とも溺れたなど悪意がなくとも悪質な行いです。

 愚かが悪と言うのも愚かな発言になりますが……。私は責任を背負える立場にありません。何度も言いますが、見ての通り私は幼いのです。

 というか、大人一人を背負えない身で人を助けられると思うのは普通おかしいでしょう。私は本当に、呪文でしか助けられないんですよ?」

 

 間にちょっとした冗句(ジョーク)も交えて、悪であることを否定する。しかし私は別に善でないことも否定できない、というのも悪の行為をするリスクを犯すことを恐れているだけに過ぎず、軽いリスクであれば迷わず犯せる程度には善人ではないので。向こうもそれは気づくだろう。

 しかしこのお姉さん、善悪だかの話に反応して細かく突いてくる。そのへんは神格の大義に密接する話で宗教家が最も気にするところだが、やはり戦士は戦士でも前衛系の神官戦士だろうか? だとすると好かれても嫌われても私は困るぞ。

 

「そうか。それだけ考える頭があれば、大人顔負けの働きは出来そうなものの」

「未熟なので、まだ心(呪文)で体(能力値)を補えません。階位(レベル)が足りません」

 

 お姉さんの顔つきが和らいだ。少なくとも悪(イーヴル)の術者ではないと通じたようだが、未だに善に引き込む気はないらしい。ちなみに、能力値バフの呪文は3レベルから使えるようになる。ご一緒していた凡才冒険者とだいたい同じレベルだ。早いと見るか、遅いと見るかは人による。

 しかし……

 

「ではどうだ。神殿には神の奇跡を授かる術は無かれど、大義を体現するために鍛える者たちが大勢いる。君が呪文を、彼らが体を補えば立派な聖職者の働きになるだろう」

「頼りにした冒険者たちがブレイに食われるまでは、おおよそ同じ考えを持っていました。今は自分の未熟を痛感しています」

 

 だんだんとこのお姉さんの素性がつかめてきた。下積みの経験値はあるようだし、才能の下地の高さも薄々見えるのだが、考えなどに浅さが感じる。案外、実際の経験値……レベルは酒場の冒険者どころか、私と同じ1レベルではないだろうか、と。

 実際、私のような十代で正(・)式(・)な1レベルに達するのはまずいない。人間(ヒューマン)はまず見習いとも言うべきコモナーという職業(クラス)レベルを持って生まれ、洗練された技術を身につけることで正式な職業(クラス)の1レベルを得る。その洗練された技術が身につくのが十代後半から二十代の人間であり、この世界ではそれを以って大人の階段を登ったと言えなくもない。そういう意味で彼女が私に言った大人顔負けの働きが出来るというのもあながち間違いではないが、ここで大事なのは1レベルの人間が必ずしも経歴まっさらな未経験者ではないということ。1レベルになるまでの下積みの経験値は、次のレベルに上がるための経験値とは別カウントなのだ。

 今まで身の回りでは私と近い歳の子どもか、経験を積んだ大人ばかりで下積みを積み終えた頃の人間というのは見たことがなかった。しかしこういうものかと理解すれば、だんだん相手のお姉さんが大人ぶっているだけの子供のようで可愛く見えてきた。前世の私の年齢と合わせれば流石に年下だろうし、筋肉質な肉体は好みではないが可愛げのあるところがとても好みだ。

 そうと思えば私の口は軽くなる。彼女のことは警戒すべき相手から、親しみたい相手に変わっていた。

 

「階位(レベル)が大事なんですよ。今の私にも出来ることはままありますが、まだ私に出来る先があると知っていて現状の日々を費やすわけにもいきませんから。

 神の教義には明るくありませんけど、善の神様の多くは研鑽を積むことは美徳、それを怠ることは悪徳と語っているはずです」

「確かにその通り。だが、高貴……より正しい道を目指すには、『どちらか』と妥協すべきではないとも語られている。

 人助けと研鑽を両立することこそ、善への研鑽だ。そしてより深い信仰と、人を助けることにおいて、善神の神殿以上に通ずる場所はない」

「いいえ、私は神官ではなく、あくまで信仰と異なる源から力を引き出す節操のない神秘、“秘術(アルカナ)”呪文を操る魔術師(ウィザード)と同様の術者。

 神殿のお方々は私をお邪魔虫と扱い、善なる方々に嫌われればきっと人助けを嫌になってしまいます」

「それは……否定できない。私の信ずる秩序にして善の神(ハイローニアス)は、心を揺さぶる詩人の呪歌(まがうた)を良く思わないのだ」

 

 私の言葉を否定できなかった。付け入りどころだと、私は彼女にここで望みを叩き込む。

 

「ですから、私は神殿に行くことが出来ません。傭兵や軍隊は規律が過酷すぎて、体がついていけません。かといって争い事より離れた場所では、私の拙い“治癒”呪文は必要ではなくなります。

 故に、ほどよい自由と争いが起こる冒険者こそ活躍できる場所でしたが、そこを陸鮫(ブレイ)により失ってしまいました。

 求めに応じて与える施しを通じた私の修練は、暫く滞ることになるでしょう。

 でも、もしお姉さんが私の思いを理解してくださったなら、良い心当たりがあるとご紹介していただければ幸いです」

 

 強引ではあったが、言いたいことを切り出した私の言葉に戦士のお姉さんは少しだけ呆けた様子を浮かべて、気づいたのか苦笑いする。善意に付け込む形になったが、悪意によるものではないし善への理念を裏切れない彼女としては断れない流れだ。

 

「そういうことか。あいにく私も、神殿務めが長くて明るいわけじゃない。

 関わりがあるのは、そうだな、商人の……ふむ」

 

 彼女は考える素振りをしながら、私を見定めている。見ているものは体つき、体格だろうか?

 まあ見ての通り幼い体なもので、長旅、特に徒歩を要するものは厳しいが。

 

「きみは船に乗ったことはあるか? 船揺れに酔うか?」

「はい、少しだけ……冒険者の繋がりで小舟を借りて、沿岸を移動したくらいです。特に船酔いはありませんが」

「ならば、厳しいかもしれないが君に薦められる仕事がある。船で長旅をすることになるが、構わないか?」

 

 お姉さんはそう言って、私にある仕事を紹介してくれた。それはこの港町から離れることになり危険を伴うが、確かに私に出来てやりがいのある内容であった。

 

---

 

 そしておよそ一週間後。あの戦士のお姉さんから紹介されたお仕事で、私は陸から離れて開拓地に向かう帆船の上で予備術者として雇われた。主な役目は“治癒”に“水汲み”係。なにもない所から水を出したり、真水に浄化するのは初歩呪文なものの、どんな術者でも使える回数は限られるため 船上ではとにかく頭数が欲しくなるものだ。

 その準備段階で母と縁を切ったり、装備や支度で今まで貯めたお金をほぼ使い果たしたものの、これでようやく冒険者としてはじめのクエストに立てたと思えばある意味 金を使い切れて新鮮な気持ちになれるというものだ。

 それに、今はそれよりも

 

「リリン、歌を歌ってみなさいよ。詩人というなら上手い歌が出来るのでしょう?」

 

 私は雇い主である商家の娘さんをどうあやしたものかという問題でとても迷わされていた。

 

「お嬢様、私は歌どころか芸すら嗜んでおりません。口を使うのもせいぜい呪文詠唱のためだけでして」

「ありえない、歌も踊りもできない詩人なんて! それなら、魔法を見せてよ」

「残念ですが、そちらも船のために実用性を重視しまして、華のある呪文は用意できません。まあ、使って見せるだけなら出来ないことはありませんが」

「……どういうこと? 使えるなら使えばいいじゃない」

「いいえ、その場合使うのは私ではなくお嬢様になりますが」

 

 信仰術者というのは癒やしと助けが主なもの。特に実用性を重視した場合、それは傷を負いでもしなければ、直接目に見えないものが大半となる。特に低レベルで準備できる呪文の数も選択肢も少ない私にとっては顕著だ。

 しかし、そんな呪文がなければ持ってくれば、もとい増やせばいいというもの。幸いにして若(・)干(・)の(・)問(・)題(・)こそあるが条件は揃っていた。

 

「私が? 魔法を?」

「ええ、魔法に目覚めさせて差し上げるくらいなら私にも出来るかと」

「本当、私に魔法の才があるの? それなら今すぐ使ってみたいわ!」

 

 この目の前のお嬢様、商人の娘なだけに頭も回る様子。ならば魔法使いとなる能(・)力(・)値(・)は満たしている。

 私は、自身に眠る能力を発揮するその副作用として、他人についてもある程度同様に能力を発揮させることが出来るのだ。つまるところ、キャラクター作成ないしレベルアップ処理を。

 とはいえ、一度行うと既に鍛えていた商人としての能力、その一部の経験値を奪ってしまうことになる。商人に必要な技能、そして魔法使いを両立する彼女に見合った職業(クラス)を少し考えた結果。

 

「ビガイラー、という魔法使いたちがございます。

 口が上手く、心と幻を操る秘術に長け、多少の芸もこなす点では詩人(バード)に近いものの、彼らは魔法や言葉を利用し、活用することこそを目的として鍛える術者たちです。

 目的はさておき、巧みに言葉を活用する点は商人に通じるところはありますし、お嬢様のためにもなるかと」

「欺者(ビガイラー)? 良くない名前ね、まるで詐欺師集団じゃない」

「あながち間違いではありません、心を惑わし騙すことを目的の一つとする者たちもいます。しかし彼らの全てがそうではありません。

 ですから彼らは自身が魔法を使えることを伏せたり、邪で(・)な(・)い(・)ことに使う努力をしている者もいます。

 お嬢様も魔法を使ってそうしたいと言うのなら私も考えを改めますが、まさかそのような真似はございますまい?」

「まさかまさか! 旅の神(ファラングス)様に誓ってもいい、私は人を魔法で騙して商いに使うようなことはしないもの」

 

 物品鑑定、動揺を隠すはったり、他人の真意を見抜く力、諸々をこなしつつ魔法が使えるクラス筆頭はやはりバードになるが、魔法の専門家としては魔法が弱く、その上何かと音を伴うので魔法使いとしてやたら目立ち、バレやすいことこの上ない。そこで次点に上がったビガイラー、欺き者と呼ばれるだけあって宜しくないクラスではあるものの、心と幻を操る呪文においては魔術師(ウィザード)に劣らないままに盗賊(ローグ)に匹敵する技術屋の二つを兼ねる強いクラスである。どうせ与えるなら強い方がいいよね!

 

「安心しました。では、この場で伝授いたしますので少々手をお借りします」

「この場で出来るの? 魔法って、そんな簡単に得られるものなの?」

「人によりますが、私はそういう秘(・)術(・)を身につけておりますので」

 

 秘術と言っても「魔法」的な能力ではないが、秘密にしてる転生チートだからある意味嘘で、ある意味本当のことを言いながら両手で彼女の右手を挟み込むように触れる。

 良い身分で生まれた彼女の手はサラサラであり、中々触れる機会のない女の子の肌に思わずスリスリと感触を楽しんでしまった。彼女の顔を見れば、少しくすぐったそうに顔を赤らめている。

 この手の感触と彼女の反応の両方をもう少し楽しみたかったが、無意味な行為で待たせては後でバレた時が怖いのでほどほどに切り上げて、頭に思い浮かぶ彼女のキャラクターシートに集中する。年齢相応で、未だ“見習い”―――コモナー1レベルだった彼女の職業(クラス)欄を書き換えて、技能(スキル)を据え置きプラス呪文に関わるものを1ずつ足して、秘術呪文発動能力と特技(フィート)を付け加えていく。その過程、彼女も徐々に目覚めつつある己の魔法の才に気づきはじめたのか、触れている手から彼女の身じろぎと熱気が伝わり、吐息が聞こえる。

 しかし頭の中でちょこちょこっと書き加えるだけなので、一瞬で終わった。なんせビガイラーはその他のクラスと違って使える呪文は全部使えるために、選択する必要が全くないもので。

 

「こんなところでしょうか。今、お嬢様の中に秘術の魔法の力が灯ったと思います。

 形で例えると、とても小さい塊が一つと、それより少しだけ大きい塊が一つほど……感じられますか?」

「感じるわ、二つの小さい光……これが魔法の力なの?」

 

 魔法の力を与えるのは初めてだったがどうやら付与に成功したようだ。

 そのまま、詳しいレクチャーに入る。彼女は秘術魔法、私は信仰魔法の違いはあるが、パワーソースが違うだけでここから魔法発動の過程はほぼ似たようなもの。

 挟み込んでいた両手を、邪魔にならないよう片手を離して、片手だけを軽く添えて彼女の手を持ち上げる。

 

「はい。そのうち小さい方の光を一千切りして、そのまま引っ張り上げていくイメージをして……片方の腕を突き出したまま、手をこのように垂らして丸めて……人差し指だけを伸ばして。そして、先ほどの一千切りの光を胸から腕を伝ってこの指先に移動させる。

 そうして人指し指の先で丸を描いたら……次にこう唱えながら、指先で弾くのです。

 『踊る灯火、ダンシング・ライツ』と」

 

 初めての呪文の音声要素、動作要素の構成を導いてゆく。呪文の理解に必要な技能は与えているので、最初は少し戸惑ったようだが後は彼女が自分に与えられた知識から正解を引き出し、淀みなく手と腕を動かし、詠唱を口ずさみ、そして人差し指の先をピンと弾いた。

 すると彼女の指先からは弱く発光するシャボン玉のような光がゆっくりと現れて、それを出した本人を驚かせた。

 

「すごい、光よ……動く、動かせる! 私が出しているのね、これを!」

「ええ、初めての魔法おめでとうございます、お嬢様。

 “ダンシング・ライツ”と申します。その名の通り、宙を踊る光を生み出す初級呪文です」

 

 発光体、ダンシング・ライツはただ宙に浮かぶのみならず、十歩分まで離れたところを照らすことも出来る。単純な光量でいえば他の光の呪文には劣るが、自在に動かせる光というのが特徴で、ダンジョンの見えない奥、段差の底などを照らすのに使われる。魔法効果が目に見えて、そして害のない呪文でもある。

 お嬢様はしばし光を船室中のあちこちに飛ばし回っていたが、呪文も魔力も未熟な踊る光は一分もすると持続時間切れで消えてしまう。

 

「呪文の力は、お嬢様の中に一通り刻み込まれているはずです。

 後は長い船旅の中で呪文を試してみると良いでしょう……ですが呪文を使う時と場所はくれぐれもお気をつけて」

 

 ビガイラーは呪文種類の狭さと引き換えに、覚えられる呪文を全て使える術者だ。最低限の知識も同時に叩き込んだ以上、私が教えるまでもなくもう頭の中に使える呪文は入っている。

 二度目の踊る光を生み出したお嬢様は、やがて船室内を飛ばすだけでは我慢ならず、窓の外へ飛ばし船員を驚かせていた。ああ、気をつけてと言ったのに。

 その後、旦那様にバレてめちゃくちゃ怒られた。

 

 




 リリン 人間(human)の女性のゲシュタルト・アーキヴィスト1Lv/ファクトタム1Lv


・人間を代表とする主要な人型生物の1レベルキャラクターが就けるクラス、基本クラスは概ね4種類に分かれる。
 攻撃または防御に優れ、敵を撃破ないし押し止める役割を担う戦士(ファイター)。
 罠探知から交渉まで、幅広い技術を担当する盗賊(ローグ)。
 攻撃的、妨害、戦場操作を主とする呪文を用いる秘術呪文術者、魔術師(ウィザード)。
 回復、防御、補助を主とする呪文を用いる信仰呪文術者、神官(クレリック)。
 ほぼ全てのクラスは概ねこの4種類のいずれか、または複合したものに属する。
 レベルが上がるごとに二種目、三種目のクラスを選ぶことも出来るが、各クラスの能力の伸びは悪くなり、また種族の適性クラスから外れると経験値にペナルティを受ける可能性が高い。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。