※この作品はR-18です。

えっちなダンジョンズ&ドラゴンズもの   作:tbc

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 ジンニー。地水火風の四つの元素界の代表的な住人でパッと見て人間に似た外見をしている他、人化(オルター・セルフ)の疑似呪文能力も持つ。

 各々の次元界において最も文明的な種族を自称しており、元の元素界では手に入らない宝石、毛皮、嗜好品を手に入れるべくポータル―――次元を繋ぐ門を渡って元素界からやってくる。

 彼らは人並みかそれ以上の図体で、各々の次元界の特性に因んだ疑似呪文を用いる。攻撃力は控えめなものの、地の利を活かして有利に立ち回り、最悪の時は“次元渡り(プレイン・シフト)”で世界を渡って故郷に避難し、復讐に備えることも出来る厄介な相手だ。

 

 そのジンニーのうち、ダオは地の元素界に属し、基本的に「悪」の属性(アライメント)を持つ。

 奴隷をこき使って洞窟を掘り広げる彼らの所業を見て、パラディン様は黙っていられないだろう。

 邪悪なるアーティファクトを安全に運ぶ使命を担っており、手を回す余裕がない今、出来るならば訪れることがないよう通過しよう、と(パラディン様を省いた)相談でエルフ神官が提案した案に乗っかり、黙っていたのだが……ここで思わぬ悲劇が起きる。

 

 

 

「さ、錆食いじゃぁぁぁ!!」

 

 大型犬から人ほどあるかどうかといった体長の、銅色の甲殻を持った昆虫のような四足のクリーチャーが数体。

 まさに虫のごとく噛み切り顎はそれなりの切れ味を備えているが、パッと見 狼やオーガ以上の殺意や脅威を持つようには見えないモンスターである。

 実際、ブレスや攻撃力のある疑似呪文を持たず、身体スペックもオーガどころか狼未満であり、1レベル・パーティでも楽に倒せる程度で死ぬことがないモンスターだが、ある理由からオーガと並ぶ脅威度を持つ。

 

 その理由は悪名高きラスト・モンスターという名が何より示している。

 そう、錆の魔物。この異形は冒険者が携帯する鉄の武器や防具、装備品を、それが例え魔法のアイテムであっても錆つかせる能力で食べようとするのだ。

 

「お、おおおオウレン前に出てください! というか“火球(ファイアーボール)”を!」

「“火球”……ごめん、一体行った」

 

 あれほど頼もしかったパラディン様も、やる気に満ち溢れていたドワーフたちも、そして同じく金属製の装備を頼りにする私もその正体に気づくと揃って怖気づく。

 武器防具に無縁なオウレンと、森司祭(ドルイド)風の装備ゆえに被害が少なくて済むエルフ女神官(ヴィリル)は比較的 平然としている。

 ラストモンスターの攻撃力は本当に低いので、オウレンとヴィリル、小坊主たちに足止めを頼みつつ、《炎の爆発》や攻撃呪文で遠隔から倒そうとするのだが、足止めする術者たちよりも濃厚な金属臭を嗅ぎ取った錆食いは、魔法攻撃を耐え凌ぎ、後方で後ずさるパラディン様や私たちに素早く接近。

 私の方はかろうじて錆つかせる触覚を躱し、《爆発》を叩き込んだのだが、より重い金属鎧に身を包むパラディン様は触覚のタッチを許してしまう。

 強化魔法がかかっていた高品質のプレートメイルは、触覚が触れた場所からみるみるうちに錆が広がり、溶けるようにボロボロと錆が溢れていく。

 慌てて木製杖(クォータースタッフ)をぶち込みラストモンスターを沈めるが、一度壊れたものが元に戻るわけもなく。

 錆は鎧の大半に広がりきって、パラディン様のご自慢の守りはただの錆びた鉄くずとなってしまった。

 

 鎧を失い裸同然のパラディン様は、術者のオウレンと同レベルまで防御力が落ち込んだ。

 とりあえず“呪文の鎧(メイジ・アーマー)”で応急処置を施すも、鎖帷子(チェイン・シャツ)程度の魔法の鎧と板金鎧(プレート・アーマー)では防御力に雲泥の差がある。

 せめて魔法や高品質とは言わずも、厚みを持った重装鎧(ヘヴィ・アーマー)が欲しい。しかしこの近辺にある集落は件のジンニーの居所だけ。

 気は乗らないが、仕方なく私たちは商取引を持ちかけるべくダオの集落へと赴いた。

 

---

 

 集落に近づくと、トンネルを掘り広げる半・地霊(ハーフ・アース・エレメンタル)のドワーフたちと、彼らを監督するジャーン(物質界で産み落とされた力の弱いジンニー)に出会った。

 チップ感覚で少なくない額の宝石を渡し、彼らの親分の下へ案内してもらった先は大きくくり抜いた大空洞があり、地下であるにも関わらず小さな宮殿のような石造りの屋敷が建ち、周りの魔法の光にライトアップされていた。

 

「ふむゥン。地上の者がァ、どおしてここに来た」

「地上は今、血に飢えたオークの部族が新たな戦争を求めて歩き回っております。

 大陸の中央へ向かうには、彼らの中を突っ切るより安全だとしてドワーフたちの協力の下、地下を進んでおりました」

 

 監督ジャーンの案内によって、その中でダオと出会う。

 大理石のあちこちに宝石をはめ込んだ、玉座のような椅子に座る2メートル超のアジア風、筋肉質な男性。

 金糸の刺繍を施した絹のローブを着て、あちこちに宝石飾りを施したまさに貴族階級の大男だ。

 脇には高品質の全身鎧を着た護衛を立たせ、ただものではないことを匂わせている。

 

「しかしこの近辺へやってきたところで、あの忌々しきラスト・モンスターと出くわしてしまいました。

 鉄あるところに湧いて出てくる悪名高き“錆食い”、倒すことは容易いが、この身を守っていた鎧が被害を受ける始末。

 ですが我々の手元には幸運にも、エルフの絹や布細工がありました。きっと貴方と出会うこの時のために我々の元にやってきたのでしょう」

「ほォう、地上の財宝を持おってきたか。分ァかっておるな。だが布切れと鉄塊でェは、価値の重さが違いすぎよォう」

「重さが物の価値を決めるのなら、どんな宝石も鉄鉱石に劣りましょう。

 擦り切れた銅貨の詰まった財布でさえ、甘い香りが漂うワインを見下すことになる。

 糸一本が金貨に等しいエルフの絹織物、その重さは鎧に勝るとも劣らないでしょう」

 

 そんな彼への交渉に対抗するため、最も口に長けるとはいえパラディン様へ一任するのは心配だったが杞憂だった。

 故郷由来のエルフの布織物を主に、ドワーフのところでは高値がつかず、保留していた絹の細工物などの美術品を見せる。

 人里で売れば金貨300枚台の決して高級と言い切れない財宝だが、山岳地帯の地下では手に入らない原料を素材としていることがこの場で価値を上げる。

 確かな現物を目にして、ダオの気を引いたようだ。彼は物欲しそうな様子を隠しつつもパラディン様に金額を提示する。

 

「鎧が欲しいと言ったなァ。ではドワーフの鎖帷子ではどォうだ。それともォ鱗状鎧(スケイル・メイル)が良いか」

「鎖帷子では軽すぎます。鱗状鎧でもまだ軽い。半板金鎧(ハーフプレート・アーマー)とは言わずも、帯状鎧(バンデッド・メイル)を求めます」

「生憎と、半端な防具の備えはない。重装鎧(ヘヴィ・アーマー)はちょうど着せている分で全てだァ。

 お前が我が守りにィ、ついてくれるならば代わりに与えてやれるがァな」

 

 チラリと、ダオの視線が脇に控える護衛たちに向く。目を向けられた板金鎧を着た一人がブルリと震える。

 装甲の分厚い全身鎧は基本的に特定個人に合わせて設(しつら)えるため、別人が着るには打ち直す必要があり予備を用意するのは難しい。

 

「私には使命があります。あなたが召命に従い、我が道行きを先導してくださるなら喜んで指示を仰ぎますが……」

「冗ォ談(じょォだん)だ。しかし、他となるとアレしかないなァ。

 重装鎧でェはあるが、キ(・)カ(・)イ(・)な代物だ。防具立てに飾ったアレを持ってこい」

 

 ダオの指示を受けて暫く、奥から召使い二人がそれぞれ防具らしき鉄塊を抱えてやってくる。

 一目にはとても防具には見えなかった。確かによく見れば身にまとう形状をしているが、私の目には鎧というよりも人型のロボットのように見えた。

 というのも、その防(・)具(・)は鉄板を打ち据えただけのものでなく、関節や各所に歯車が噛み合った、この世界に似つかわしくないパワードスーツのような機械仕掛けの物体だったからだ。

 

「これは……秩序の世界、メカヌスの鎧ですか?」

「メカヌス・ギアと言うそうだァ。珍品の類だが、これも立派な重装鎧(ヘヴィ・アーマー)だ。

 持て余した鎧だが、そちらの要望を満たすには良いだろう」

 

 エルフ神官の呟きに、全ての大地が歯車になっている外方次元界があることを思い出す。歯車があると聞いてても、まさかここまで機械じみているとは思わなかったが。

 ダオの言う通り、秩序の次元界の技術による一品だけに、奇抜さに反して頑丈な作りで、本来弱点である鎧の関節の隙間を、代わりに回転式の歯車が埋めることで可動域を確保しつつ、隙間を埋め より防御力を高めているように見える。だいぶ動きにくそうだが。

 しかし外方次元界産の全身鎧となれば、当然その価値はエルフの絹細工を超えている。元より高額なのにプレミア価値がついた全身鎧など、手持ちの額で買えるわけもない。

 ダオもそれを分かっていて私たちに見せたのだから、なにか条件があるのだろうが。

 

「ふっふゥん。この珍しィい鎧、ちょうど持て余していたァのだ。

 譲っても構わないがァ、一(ひと)ォつ仕事を請け負ってもらおうか」

 

---

 

 ダオから出された条件は、あるトンネルに繋がった地底湖から出てくるモンスターを退治するというもの。

 それは触手の生えた大きな古代魚のような姿をしたモンスターだという。

 

「人を惑わす、知性ある古代魚……それはアボレスに違いないのう。大昔に文明を脅かした、超能力を用いる異形じゃ」

 

 聞きかじっただけの私に代わり、地下生物にも詳しいノードリスが語った。

 アボレスは強力な超能力(サイオニック)の使い手で、その特殊な粘液に触れた生物を変質させ、あるいは精神干渉の超能力により奴隷化させる力を持つ。

 肉体能力はさほどではないが、一度かかれば取り返しのつかない攻撃を多数有する高レベルモンスターだ。

 

 水中戦というのは厄介だ。呼吸という最大の問題を排してさえ、陸上の生き物である私たちに多数のペナルティがかけられる。

 魚のように悠々と動くモンスター相手に泳いで追いつかねばならず、飛び道具の大半は水の抵抗によって鋭さを失うため、空中の敵とはまた異なる機動戦を強いられる。

 また水中では呪文でない火は存在を許されないため、《炎の爆発》も機能しない。ただし“火球(ファイアーボール)”のような火の呪文は、代わりに蒸気が敵を襲うことになる。

 加えて、武器のみならず道具にも制限がかかる。ポーションのような液体は使えないこともないが、呪文書、スクロールのような紙類は当然機能しない。

 防水対策を施せば多少はマシになるが……そんな備えはないし、備える余裕もなかった。

 

「超能力といえど、アボレスの用いる主要攻撃の多くは精神作用。“魔法円(マジック・サークル)”呪文で無効化できます。

 問題は触手による特殊効果……即座に“病気除去(リムーヴ・ディジーズ)”治療を施せなければ取り返しのつかない形質変化が恐ろしいですね」

「“水中呼吸(ウォーター・ブリージング)”、“病気除去”、“魔法円”は全て同じ枠を取る呪文です。

 どれかをそちらが担うことはできますか?」

「“魔法円”はこちらで二発用意します。“自由移動(フリーダム・オヴ・ムーヴメント)”も一発だけ用意しましょう。

 攻撃手段を削っても良ければ、“病気除去”の数を増やすこともできますが……」

「倒せなくては本末転倒です。

 あなたはアボレスを足止めする呪文を確保してください」

 

 エルフ神官のヴィリルと各々が準備する呪文を相談する。

 特殊攻撃を多用するアボレス、および水中戦対策に必要な呪文は多く、全員を満遍なく補うことはできない。これでも私を含め、術者が三人いるためマシな方だ。

 ダオにも言えるが、アボレスのように厄介な特殊攻撃を用いるモンスターの物理攻撃力は致命傷になるほどではない。(全く無視できるわけではないが)防御力を捨てて機動性を上げることも出来る。

 下手な鎧は泳ぎの邪魔になるため、私は動きを邪魔しないミスラル製鎖帷子を、パラディン様には“呪文の鎧(メイジアーマー)”を着せることにする。

 

「足止めの手段はありますが、直接捕えられるものではありません。閉所で戦えるかが肝ですね」

「坑道に開通した部分はトンネル状だったと聞いてます。どこで遭遇するかにもよりますね」

 

 クリーチャーを探知する呪文は習得していないし、そもそもその手の呪文は直接見た経験が必要になるため、場所を特定して奇襲をかけることはできない。

 地底湖、水路を移動するアボレスと遭遇できるかは運任せになるが、餅は餅屋。敵の敵……アボレスを敵視する水辺の住人、もとい少なくない被害者と出会えるだろう。

 綿密な調整は現地の様子を見てから行うが、対アボレス水中戦の対策は一応整った。そもそも運が良ければ瞬殺出来るので、さほど苦労しない可能性すらあるのだが。

 

---

 

 ダオの宮殿を出た私たちは、再びジャーンの案内を受けてアボレスの現れた地底湖へ向かう道中、牛人(ミノタウロス)二体の奇襲を受ける。

 決して道に迷わない生来の特性を持つミノタウロスは一本道で巧妙に挟み撃ちを仕掛けて、先頭に立つドワーフの戦士たち、後方を警戒していたローラお姉さんがその突撃の被害に遭う。鎧の装甲をぶち抜いて大ダメージを受けるも、即死しないだけの体力やレベルは持ち合わせていたため、直後のカバーまで生き延びる。

 私は後方のカバーに入り、あえて懐に飛び込んで迎撃を誘発させる。その隙にお姉さんを脱出させ、守りを固めつつミノタウロスへ皮膚の隙間を貫く一撃(エメラルド・レイザー)でちまちまと体力を削る。

 牛さながらの突撃力を持ち、オーガに並ぶ巨体の割に機敏なミノタウロスだが、最も恐ろしい初撃からのインファイトさえ避けてしまえば、巨人に劣る身体スペックのみ。

 オウレンが“油(グリース)”を敷き、足元をすくったところにノードリスの急所攻撃が入って、ミノタウロスの一体を倒す。

 前方のミノタウロスはエルフ神官が治療と支援を行い、防御力は落ちても戦闘力は健在のパラディン様が真正面から順当に殴りきった。

 

 ミノタウロスの懐から少しばかり金貨が詰まった財布と些細な効果のポーション一つを手土産に、地底湖に到着した私たちはあたりを捜索すると、アボレスの被害者と思しき元(・)奴隷、ドワーフの鉱夫たちを見つける。

 彼らの肌はアボレスの肉体変質攻撃によってナメクジかカタツムリの粘液を思わせるベトベトの皮膚にされてしまっている。乾燥すると命に関わるためもはや水辺から離れられない彼らはダオから捨て置かれたのだ。

 すでに彼らの形態変化は定着し、“病気除去(リムーヴ・ディジーズ)”では治せない。今の私たちに使えない高等呪文が必要な段階へ至ってしまってる。

 

「へえ、あんたらはジン様の遺いであの魚野郎を殺しにきたってわけですか。

 でしたら、少しばかり恵んでくださいませんかねぇ。もう、数日もろくなもんを食ってねえんで……」

「黙れ黙れ、貴様は聞かれたことを答えれば良いのだ!」

 

 アボレスは精神感応系の超能力と、相手の肉体を変質させ、水辺から離れられないようにする攻撃を用いて自らの奴隷を増やすことが出来る。大昔はそうやって奴隷を集め、古代帝国を築いたというが、あくまで能力による奴隷化には数の限界はある。ここにいる彼らはそのアボレスのお眼鏡に叶わなかった残りなのだろう。

 案内役を担ったジンニーが話を進めるべく奴隷に情報を強要するが、パラディン様はそれを止め、手持ちの食べ物を彼らに配る。

 食料に余裕があるわけではないが、私たちはいざとなれば“飲食物(クリエイト・フード・)製作(アンド・ウォーター)”呪文で手に入るし、彼らを助けてあげられない負い目もある。

 しばらくの間 人里を離れてキノコや生魚で食いつないでいた彼らは、ただの乾燥食料でも塩味が恋しいと旨そうに頬張った。

 

「魚野郎は一日に一、二度ほど、あっちの水路を往復しやす。そん時は陸に上がって隠れてやすが、こっちに興味は見せねえです。

 どうも選り好みしてるようで、陸にいる俺たちを見てもわざわざ捕まえたり、待ち伏せしたりはしやせん。逃げ遅れたやつが何人か食われやしたが……」

「そいつが通るのは何時頃ですか?」

「へい、だいたい寝る前と起きる頃に泳いできやす。今からだと3刻後でせえ」

 

 そんな彼から貴重な情報をもらう。アボレスはこのあたりの水路を移動経路に使っているようで、待ち伏せに適した話を聞いた。

 水路を覗くと、水深はそこそこあるが幅は狭い。ここなら足止め呪文の効果が見込めるだろう。

 となれば問題は、どうやってアボレスの待ち伏せを成功させるかだが、少し水中の様子を伺ったところ、生物が通る様子はないことから使えそうな下級呪文を思いつく。

 明日それを試すことにして、本日は準備のために早めに休息を取ることに。

 

 

 水辺から少し離れたところにキャンプを張り、私とオウレンはロープトリック内で過ごす。

 地下なのでろくな燃料もないし空気の問題もあって火を炊くことはできない。なので小坊主たちはそこいらで毛布にくるまって暖を取り、ドワーフたちは重装鎧を着たまま見張り番をする。パラディン様、エルフ神官は瞑想状態で休息し、新入りのノードリスは持ち物をバラして装備の点検している。

 そんな私たちを、アボレスの被害者である元奴隷たちがじっと見ていた。アボレスの侵食から治療してあげられないことをパラディン様は気に病んでいたが、ある意味で正解でもある……アボレス被害以前にも長らく奴隷生活をこなしていたのだろう彼らの目は、相手の隙を伺うような悪の目つきをしていたから。

 

 

 翌日。水に体を浸していた元奴隷たちによるとそろそろアボレスが現れる時刻とのこと。

 自分たちの身の安全のために水辺を離れる彼らを見送って、私たちはアボレスを捕らえるための罠を張る。

“警報(アラーム)”。範囲内にそれなりのサイズ以上の生物が侵入すると音、あるいは術者にテレパシー的な警報を伝える防御術系統の初歩だ。

 詳しい条件は指定できないので、ネズミや小鳥、魚のような生物にも反応してしまう欠点もあるが、生物の行き来が少ないこの水路ならアボレスの接近を察知するのに利用できるだろうと踏んだ。

 

 そして水辺から少し距離を取って待ち受けていたところ、突如 ピンッと水辺に気を引かれる感覚が起こる。“警報”の警戒網に何かが引っかかった反応だ。

 そろそろと水辺に近すぎない位置から、“暗視(ダークヴィジョン)”による白黒の視界の中で水中を覗き込む。すると水の中から水面付近へ浮き上がってくる、大きな巨体の姿。

 その前方にある、切れ込みのような三対の目と視線が合ったと思うと、ぎらりと眼光が眩き、私の視界が歪む。アボレス生来の超能力(サイオニック)の一つ、“人間奴隷化(ドミネイト・パースン)”だ。

 しかし危険を察知した時点で私は“神経加速(ナーヴスキッター)”呪文を起動、ごく短時間の反応速度を加速させることでアボレスの攻撃よりいち早く“魔法円(マジック・サークル)”を完成させ、精神作用を阻んだ。

 外部からの精神攻撃に“魔法円”が反応、防御した証にバチリ、と眼前で火花が走り視界を遮る。アボレスの初手は防いだが、敵はいまだ自由に動ける。まずは足を止めなければならない。

 

「“蜘蛛の巣(ウェブ)”よ!」

 

 この水路は巨大なアボレスが通れるだけの幅はあるものの、決して広々とまでは言わない。呪文の創造物で水路を塞げることは下調べ済みだ。

 そしてこの水辺は水深、幅ともに20フィート(約6メートル)程度。いつぞやホブゴブリンの術者に使われたのと同じ“蜘蛛の巣(ウェブ)”の呪文で水面下だけを覆うのにピッタシの地形だった。

 この魔法の蜘蛛の巣は可燃性で火にだけは弱いものの、剣で切り裂くこともできなければ、水に触れて萎むこともない。もっともアボレスの巨体なら、無理にこじ開けて蜘蛛の巣を突き進むことが十分可能だが。

 

『gmhhhh……』

 

 アボレスは唸りのような声を上げつつ、強引に水中の深いところへ沈んでいこうとする。蜘蛛の巣は移動の妨げとなると同時に視界も妨げるため、水面から離れられるとこちらもあとを追えなくなるだろう。

 

「リリン、離れて!」

「っ、了解!」

 

 手間取っているアボレスに“衰弱光線”を打ち込みながら、オウレンの呼びかけに応じて水辺から距離を取る。

 入れ替わりに水中へ光る熱源が飛び込み……大爆発が蒸気と水しぶきをあげた。

 五行のうち、火行を体得(マスタリー)したウーイァンの“火球(ファイアーボール)”に、一日一度だけ呪文のパワーのムラを最大値に引き上げる《即時呪文威力最大化》を込めた、オーガやトロルを確実に焼き尽くせる火力を持つ必殺技だ。

 ただでさえ巨体のアボレスが“蜘蛛の巣”に絡め取られた状態で爆発を躱せるわけもなく、古代魚の焼き魚が出来上がりかけるも、この必殺技ですら残念ながらアボレスの巨体を殺しきることはできない。

“火球”によって焼失した“蜘蛛の巣”の間を抜けて、アボレスは逃げようとするが、その後ろ姿へ私はとどめの呪文を投げた。

 

「痛みをもたらせ、“力ある言葉よ(パワー・ワード)”」

 

 やけどに耐えながら逃げるアボレスは、私の口より発された言霊がもたらす痛みにぶるりと体を震わせた。

 だが、その僅かなダメージだけではトドメを刺すことは叶わない。アボレスは水路の上流へ泳いで逃げて、私たちの視界から消えてしまった。

 

「逃げてしまったか」

「追い打ちは決めました。それに上流側に逃げてくれたのでだいぶ楽になります」

 

“火球”の直撃を外した場合、出番が来るはずだったパラディン様だが残念ながらその機会はなくなった。今から水中のアボレスを追いかけるのは、移動速度の差から難しいだろう。

 ……そもそも、追いかける必要はないが。

 

 “力ある言葉(パワー・ワード)”は生命力(体力)の低い生物に対して効果をもたらす呪文だ。その中で“力ある言葉:痛み(パワー・ワード・ペイン)”は、持続時間中 少量のダメージ(痛み)を与え続けるというもの。

 この呪文の恐るべきところは、一定以下の体力を持つならばほぼ必ず効果を発揮する上に、その一定の体力を殺し切るのに十分な持続時間を持つこと。

 ダメージ総量の期待値はオウレンの“火球”に並び、時間さえ許せばオーガ一体をこの呪文一つで死に至らしめられてしまう。

 勿論、これが私たち人間に向けられればほぼ必殺ともなりうる。ある種の禁呪である

 

「では倒した証を取りに行きましょうか」

 

 少しして、ぷかぷかと上流から血のような濁りが流れてきた。アボレスの標準体力から“火球”の威力を引いて逆算すると、息絶えた頃合いだ。

“水中呼吸”の呪文を配り、パラディン様を先頭に濁りの上流に向かうとすぐに水路の水底に沈むアボレスの死体を発見した。

 アボレスの触手数本と上びれを倒した証拠に千切る。この触手から発される粘液が他クリーチャーを変質させる作用を持つため、怯えつつも剥ぎ取ったが本体が死んでいる状態ならば作用することはないようだ。

 ちなみにアボレスは特に財宝を持ち運んでいなかった。巣穴の捜索は専門家たる野伏(レンジャー)がいないので困難、諦める他ない。残念。

 





・異形。人の形から遠く、獣型でもなく、不定形な粘体(ウーズ)状でもなく、外の次元界由来でないクリーチャーが主に分類される種別。
 特徴は個々で異なるが、暗視を持ち、呼吸・睡眠・食事を行い、精神的な攻撃に強い共通特性を持つ。そして大半が厄介な超常能力、疑似呪文能力などの特殊攻撃を携えるので、単純に強力なドラゴンや巨人以上に恐ろしい種族が多い。

・ラストモンスター。錆食い。長い触覚を持つ銅色の昆虫のようなモンスターで、カミキリムシに似ている。
 殆どの物体を難なく切り裂く最硬のアダマンティン、軽量で防具素材に重宝されるミスラル、特定のモンスターへダメージを与えるのに必要な錬金術銀や冷たい鉄……など、冒険者が世話になる様々な金属を一律して錆にし、破壊してしまう凶悪なモンスター。
 肉体性能はさほどでもなく単なる大型化したカミキリムシなので、倒すだけならゴブリン以上に容易いが、その特性を知る文明的なクリーチャーは追いつかれる前に逃げる。
 ちなみに人間よりも足が早い。

・アボレス。古代、神がいた時代からいたとも謳われる水棲の異形クリーチャー。生来の超能力使いで、特に精神に作用するテレパス系統の超能力を用いるが、秘術への適性も持ちウィザードへ傾倒するアボレスも多い。
 精神支配(ドミネイト)する奴隷化の超能力に加え、肉体を変質させ水辺でしか生きられないようにする粘液や触手攻撃により多くのクリーチャーを彼らアボレス帝国の支配下に収めたが、帝国は一度滅び今はその他の地下クリーチャーと覇権を争っている。
 アボレスの変質作用はその場なら3レベル呪文の“病気除去(リムーヴ・ディジーズ)”で治せるが、変異が定着してしまうとより高位の6~7レベル呪文“大治癒(ヒール)”以上でしか治せなくなってしまう。

・“病気除去(リムーヴ・ディジーズ)”。字面通り かかっている病気を除去し治療する呪文だが、その他にキノコ、カビ、寄生体などの極小なモンスターを殺菌する効果も持つ。
 寄生や変異能力を持つモンスターや天災は多く、実質 即死だったり、むしろ変異が定着すると不可逆なモンスター化によって人間に戻れなくなる分、即死は蘇生できるからまだマシという話もある。
 ちなみに有名な吸血鬼(ヴァンパイア)の生命力吸収(レベルドレイン)によって殺された時も彼らの同族に変化するが、死後のアンデッド化なので蘇生させれば生前の姿に戻れる上、死ななければ良い話なので変質効果の中では生易しい方である。
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