※この作品はR-18です。

えっちなダンジョンズ&ドラゴンズもの   作:tbc

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9/4 ディープ・スランバーは通らなかったので修正


8-2

 地下に広がる、ビルがすっぽり入るような大空洞。

 地面を埋め尽くすように生えるキノコの海の中、ぼんやりと光る水晶にライトアップされた直径数十メートルはある巨大な数本の石柱。

 その石柱はまるで蜂の巣状に沢山の穴が開いており、幾つかの穴からチラチラと光が漏れている。

 

「蜘蛛の巣、というか蓮コラみたい。さすがは悪の都市」

 

 森のエルフが大樹に住むように、ドラウも同じく石柱をくり抜いて塔と化し、地面を見下ろすことを好むのだ。

 石工の腕前こそドワーフには劣るものの、塔の外壁に組み込まれた神秘的なイルミネーションはまさしくエルフ族の秘術と芸術が為す美しさである。

 一方で薄明かりが届く岩天井は数多に積み重なった灰色の蜘蛛の巣に覆われて、まるで夜の曇り空を演出しているかのようである。

 

「……あれが影(・)をかき消すような強い光呪文でないことを祈りますが」

 

 そんな雲の下を飛来し、塔を目指して忍び寄るのは闇を纏ったまさしく黒い影としか言いようのない一人の影。

 誰であろう、ドラウ救出の実行部隊の方を請け負った私だ。

 潜入する上で“迷彩(カモフラージュ)”の上から“影の帳(ヴェイル・オヴ・シャドウ)”を纏い、たとえランタンの光に照らされる場であっても炎の揺らめきが生み出した影のように闇で身を隠し、光ゴケや水晶の明かりの只中を“飛行(フライ)”で飛んでいてもドウェルガルの目を欺いて近づくことが出来る。

 そうして数ある石柱の塔のうち彼のドラウの一族が住んでいた塔に近づき、誰もいない通路の窓からひらりと中に飛び込んだ私は“暗視(ダーク・ヴィジョン)”の白黒(モノクロ)世界の中をそろりそろりと静かに移動しながら、救助対象の女性ドラウを探す。

 

 途中すれ違ったドウェルガルの警邏をやり過ごし、音のする部屋を覗き込むと、アイマスクや拘束具を着せられて磔(はりつけ)にされたドラウの男性とそれを鞭で叩くドウェルガルの拷問官の姿を見る。

 パラディン様なら迷わず止めに入る光景だが、目を塞がれた彼を助けても大した情報は入らないだろうと放置して、次の部屋を見て回る。

 今度の部屋ではドゥエルガルの神官(クレリック)が男性ドラウの死体(ゾンビ)を支配して、女性ドラウを犯させている姿があった。

 女性ドラウは息絶え絶えではあったが生きていたので、さっくりとドゥエルガル神官と見張り二人を暗殺し、ゾンビの息の根を止めた私は“治癒(キュア)”を女性ドラウに施す。

 

「何者だ。空き巣に来たか、こそ泥ヒューマンめ」

「いいえ、私はこの地を治めるべき同胞からの斥候です。救出と情報収集に先立って参りました」

 

 彼女は救助されたにも関わらず私のことを怪しむが、同胞からの依頼であることを告げ、証明に預かったアダマンティン製のエンブレムを見せると味方だとひとまず信じてくれた。

 とはいえ信じても信頼する気はないようで塔の構造については教えてもらえず、またドゥエルガルたちに関して大した情報も持たなかった。

 ひとまず彼女を人のいない小部屋に作り出した“縄の奇術(ロープ・トリック)”の異空間内で休ませ、ドゥエルガルの死体を隠し、血痕を“奇術(プレスティディジテイション)”で軽く掃除してから次の部屋に回る。

 

 しばらくして女性のエルフ語の声が聞こえた部屋で入れ墨の練習台にされる二人目の女性のドラウを発見する。部屋には見張りもいたが、ドゥエルガルの彫師ともども問題なく斬り殺した。

 彼女によると、この直前に奴隷たちの性の捌け口にされていたが、その部屋には彼女より偉い貴族がいることを聞いた。彼女もまた異空間内に預けてから教えられた部屋に向かう。

 その部屋には確かにレベルの高そうなドラウ女性がいたものの、現在も多くの人型生物(ヒューマノイド)奴隷に強姦(レイプ)されていて、とても無事に救出できる状況ではない。

 部屋の場所を記憶し、また別の部屋に向かう。

 

---

 

 拷問を受けるもの、単に監禁されているもの、見世物、性奴隷、死体。

 ドゥエルガルに様々な境遇に遭わされるドラウの女性を見て、その中で救助できたのはわずか四名のみ。

 何度か強硬手段に及んだためか、警邏の行き来が増えた。

 なにかのきっかけで感づかれる危険性を恐れた私は、“縄の奇術”の異空間に預けたドラウたちを順々に引き出して“物入れ袋(バッグ・オヴ・ホールディング)”に入ってもらい、空洞と塔を往復して入り口のトンネルで待機する仲間たちの下に預けた。

 

「手っ取り早く助けられたのは四名だけでした。救助が難しい生存者の対象が残り八名ほど……名前が分かっているのはアラウニア、カリニダ、フェイリル、イリヴァラ―――」

「誰も我ら《涙》の一族に欠かせない御方だ。全て助けねばならない」

 

 私が名前を上げた女性はどれも神官(クレリック)レベルを持つと見たドラウばかり。

 ドラウの社会において中核を占める彼女たちの重要性はドゥエルガルたちも承知なのか、いずれも人の目が多く秘密裏に救助することが不可能な対象だった。

 たとえ救助しても、人数が多いため私では運びきれない。救助中に発見される危険性もある。

 

「では、本潜入は予定どおり陽動と同時に行いましょう」

「私たちは地上でドゥエルガルを迎え撃ちます。リリンさん、二度目とはいえくれぐれもお気をつけて」

「今度は一人じゃありませんから大丈夫ですよ、きっと」

 

 なので本潜入にはドラウ隊の隊長 ―――ケヴェラスさんが私に同行する。

 呪文の効果時間の問題で事前調査には同行できなかったが、本番では“空中歩行(エア・ウォーク)”と自前の“闇(ダークネス)”を纏って、私と同様に空中を往復する形だ。

 私と違い、本職のローグである彼は呪文の補助なしに素人に気取られない足さばきを持つ。急所攻撃(スニーク・アタック)の鋭さもあり、対人ではけして足手まといにはならないだろう。

 

 既に救出した貴族四人と丁稚たちの護衛には残るドラウの兵三人がつき、パラディン様にエルフ神官、オウレン、ドワーフたちは地上から塔周辺のドゥエルガルを攻撃して兵を呼び込む陽動を行い、空洞を流れる川で船を調達し、救助者を連れた私たちと合流した後に川を下って離脱する手筈だ。

 

「ただ、巨大な粘体(ウーズ)というものは結局見ませんでした。

 ドゥエルガルの隠し玉だけに、厳重に管理されているのか。はたまた親玉の側に控えているのか……陽動部隊に仕向けられるかもしれません、気をつけてください」

「そちらも戦闘は避けて、可能な限りの救出を優先するように」

「ええ。互いにご武運を」

 

 支度を整えた私たち潜入部隊は宙を駆け上がり、天井の蜘蛛の巣畑を沿って目的の塔に再び近づいた。

 

 

 陽動のパラディン様たちが持つ明かりが塔の付近でちらちらと揺れているのを見てから、通路内に滑り込む。

 最初に向かったのは奴隷たちに襲われていたドラウのいる部屋だ。

 部屋には今も多数の奴隷たちが襲い続けていたが、説得にかかる時間を嫌った私たちは奴隷を斬り殺して、強引に救出する。

 

 強姦に遭って疲労しているところ、治癒をかけ、悪いが自分の足で逃げてもらうことにして次の部屋へ。

 しかしその途中でドゥエルガルの戦士3人と遭遇する。ファイター3レベルほどの手練たちは流石に一瞬で片付けることが出来ず、二人で二体を倒したところで敵襲を叫ばれる。

 直後にトドメを刺すも、やり過ごした上の階がざわつき始める。

 

「“持続時間延長(エクステンド)・溶岩壁(ウォール・オヴ・マグマ)”!」

 

 挟み撃ちと後方からの追撃を避けるべく、私はスクロールを取り出して上階から降りる道の間に溶岩の壁を立てた。

 この半液体状の高熱の壁は20分間しか道を塞がない上に、完全な固体ではないため通行できてしまうものの、実際は無視できないダメージを与える上に壁自体の破壊にも手間がかかる。十分な時間稼ぎを果たすだろう。

 

「さあ、残り時間で片をつけますよ」

 

 しかし20分で残り7人全員を救出するというのは難しい。

 故に私と隊長は手分けして二部屋を同時に制圧する。

 ドゥエルガルが監禁している二つ目の部屋を任せ、私はアイテム製作を強制されている一人の貴族がいる三つ目の部屋に忍び込む。

 

 この部屋には労働を監視、監督するドゥエルガルの神官が三人、そして戦士が五人。

 ドラウの抵抗を警戒して、それだけ対抗できる戦力を整えているおかげでとても手出しが難しかった部屋だ。

 しかし呪文を使える神官が三人いるとはいえ、最も警戒すべき“魔法解呪(ディスペル・マジック)”の位階に届いている神官は一名。残り二名も侮れないが、致命的な呪文を操るレベルに達していないこともあり、私一人で対処可能な範囲だ。

 

 

 闇に紛れてこっそりと仕込みを施しつつ、高レベル神官の背後に忍び寄り、その首を一気に掻っ切ったところでドゥエルガルとの戦闘が始まる。

 

『!? どこから入り込んだ、貴様!』

 

 ドワーフ語で何やら叫びつつ、監督を中断して各々が武器を手に私へ挑み、神官は“対人金縛り(ホールド・パースン)”や“祝福(ブレス)”で援護をかける。

 不意で一体を始末した後は真っ向からそれを捌き、一体一体を燃え盛るレイピアで刺殺しながら女性ドラウに目で合図を送る。

 合図された彼女は、ドゥエルガルに気づかれないうちに私が手渡した短剣(ダガー)を手に、私へかかりっきりの一人のドゥエルガル神官を奇襲する。

 後方で不意を突かれ、動揺した隙をついて一気に残るドゥエルガルの戦士を切り裂き。

 判断を誤り、相方を助けようと取っ組み合う神官二人を刺殺して女性ドラウを助ける。

 

 救助と言いつつも戦いに参加させたことに難癖をつけられたが、状況を理解したドラウはドゥエルガルの死体から使えそうな武器防具だけを抜き取った。貴族とはいえ5レベルあるだけあって戦い慣れた様子。

 私も詳細不明だが魔法のオーラを持つアイテムを回収して部屋を出、少し遅れて三名の女性ドラウを救出した隊長と合流し、最後の部屋に向かう。

 

 最後の部屋は塔の中間の高さにある、外周を回る通路から見下ろせる大きな大広間(ホール)の中心で縛り吊るされ、今もなおドゥエルガルらの見世物にされている四名のドラウたちだ。

 その四名以外にも首を吊るされ死体となっているが、あえてただただ苦しめるようにロープで拘束して吊り下げられているだけの彼女たちはまだ生きている。

 しかし見世物台の前は酒と飯を嗜むドゥエルガルたちの食堂になっており、救出作業に取りかかれば彼らは戦いを仕掛けるか応援を呼ぶだろうし、すぐ下の階にもドゥエルガルが詰めているのを偵察で確認したことから、あまり時間をかけていられない。

 

「救出と撃破を同時にやりましょう。私が撃破側に回ります」

 

 丁度あの4人が最後の救助者であることもあり、少し強引に行く。

 できれば余裕のありそうなドラウの女性たちにも協力してほしかったが、隊長からの無言の圧力を受けたこともあり自衛以上の協力は得られなかった。

 護衛にまで手を割かずに済んだことを幸いと思い、先行して食堂に侵入する。

 監督部屋と同様、間近に近づいても気づかれることはなかったが一人だけやけに腕の立つ奴がいる。

 超常的なオーラを秘めていることから、恐らく生来の超能力(サイオニック)能力を訓練した超能力戦士(サイキック・ウォリアー)の手練(てだ)れだ。

 エルフの魔法戦士に匹敵する実力者のこいつを真っ先に奇襲すべく、私はその足元に忍び寄り、鎧を着たままのドゥエルガルを全力で刺し貫く。

 

「グオっ……!」

「まず一人」

 

 レベル相応の高い体力(ヒット・ポイント)を有するとはいえ、鎧の装甲を無視する刃で動かない的に致命傷を加えるくらい、容易(たやす)いこと。

 さしもの手練れ、タフネスに定評のあるドワーフ族であっても、“信仰の力(ディヴァイン・パワー)”にて増幅された筋力で体にどでかい穴を開けられてしまえば、耐えきれず血を吐き散らして卓に突っ伏した。

 

『奴隷の脱走、反逆か!? 見逃したのは誰だ!』

『腕の立つ人間の娘だ、隊長がやられた、油断するな!』

『殺す! 責任を問うのは後だ』

 

 団体の最中に入り込んだ私は、当然ながら血気盛んなドゥエルガルたちにすぐさま囲まれる。

 情け容赦なく振るわれる数々の戦鎚(ウォーハンマー)を躱し、“加速(ヘイスト)”して増えた手数で次々と手近なドゥエルガルの頭、肺、利き腕を斬って刺して数を削っていくが、十を超えるドゥエルガルを捌くには手数も時間もかかり、避けきれず負傷を幾つか許してしまう。

 しかも時間をかけ、外から入ってくる乱入者もいる。ドゥエルガルの数は減ったり増えたりを幾度か繰り返し、戦闘は終わる気配を見せない。

 

「終わった、引き上げろ!」

 

 ドゥエルガルのものでない呼びかけが階上より響き、私は追撃を振り切って上空に舞い上がる。

 手の届かない場所へ飛行した私に投げ槍(ジャヴェリン)、弩の太矢(クロスボウ・ボルト)など飛び道具が追いかけてくるも、鋭さが不足した攻撃を軽く弾きながら4人全員の救助を終えたドラウ隊長と合流する。

 

『どうするのだ、灰岩人(ドゥエルガル)どもが迫っているぞ!』

『上も下も奴らがウヨウヨだ。よもや無策で助けたのであれば、貴様には永遠に呪いをかけてやる』

「準備はいいか?」

 

 今まで吊るされておきながら意外と体力が残っているのか、口を動かすドラウの方々。

 助けられるのは当然とばかりな彼女らにこれからの逃げ道を詳しく説明している暇はない。

 

「はい。ドラウのお貴族様方、ご安心を。

 逃げ道は目の前に十分開けております。タイミングだけは必ずしっかり合わせてください」

「どうぞ、こちらへ。ここから塔の外まで一直線です、怖気づいたり、決して逸れないようお願い申し上げます」

 

 私は軽く廊下の窓際に追い立てて、先にひらりと窓の外に浮かぶ。

 まさかと目を剥く貴族方を後ろから隊長が急かす。

 

「さあ行きますよ。3、2、1……」

 

 私の合図と共に全員で窓の外に飛び出し、落下する。目を瞑るものもいる中、私は彼女らの真ん中で飛行を止めて共に風を切る。

 ドゥエルガルたちも後から窓に顔を出すが、高速で落ちる私たちに何ができるわけもなく見送るだけだった。

 

 高速で塔の中層から一直線で向かう、もとい落ちる私たちはあっという間に石柱の塔の最下層へ到達する。

 勿論、そこには塔周辺の舗装された道路が私たちをぺしゃんこにすべく出待ちしている。まさかその熱烈歓迎を受ける筈もなく、その直前に一つの呪文を紡ぐ。

 

「“軟着陸(フェザー・フォール)”」

 

 ごく初歩的な、空中で身体を制御できるわけでもなく ただ落下で怪我を負わなくするだけの呪文だ。

 しかし肌を刺すような風切りの感触がふわりと柔らかい風に変わり、私たちを抱きかかえるように怪我も痛みもなく路地の上へおろしてくれる。

 

「また私が前を見ます。後ろをよろしく」

 

 地上には人間やコボルドの奴隷の見張りが数名いるばかり。

 彼らは今の主(ドゥエルガル)に伝えるべく声を張り上げるが、こちらを積極的に襲ってくる様子はない。彼らの目線は元の主(ドラウ)を向いており、報復を恐れているのだろう。

 彼らが怯えている隙に私たちは早々に塔を離れ、水晶と人の背丈以上もあるキノコの町並みの中を水路へ向かう。

 先駆けは私、殿(しんがり)を隊長が務め、“巨大化(エキスパンション)”したり“透明化(インヴィジビリティ)”で不意を打とうとするドゥエルガルを蹴散らしながら脱出地点までの道を切り開く。

 私を一撃たりとも捉えられない雑兵たちは、ならばとロクに防具を着込んでいない護衛対象(ドラウ貴族)たちに狙いを変えるが、放たれた弩の太矢(クロスボウ・ボルト)は彼女らの直前で自ら逸れたかのように外れる。“矢避けの守り(プロテクション・フロム・アローズ)”―――魔法の力を持たない飛び道具にのみ限定されるが、長時間かつ強い守りをもたらす呪文はこの状況を予期して短杖(ワンド)から全員にかけてある。

 

 剣は打ち払われ、矢は避けられ、形だけでも私たちを止めようとするドゥエルガルの兵士と奴隷たちを完全にはねのけ、私たちはついに空洞(ホール)を横断する水流の見える場所に着いた。

 

「船着き場は、どちらの方に?」

「ここから上流に1キロメートルの所に。……しかし探す必要はないようだ」

 

 川に目を凝らしていると、岸を離れているやや大きめの漕ぎ船が一隻、上流にいるのを発見する。

 試しに《炎の爆発》を打ち上げると、その船は間もなくこの岸辺に寄ってきて先行したパラディン様たちの姿が船上に見られた。

 

 タラップなんてものはないため、“空中歩行(エア・ウォーク)”するドラウ隊長に救助者を一人一人載せていってもらい、その間私は陸地で殿を務める。

 遠くでざわつきは聞こえるが、ドゥエルガルたちの追っ手は今のところ来ていない。そもそも来たところで、よほどのことがなければ私一人で打ち倒すだろう。

 だが件の津波のような粘体(ウーズ)とやらは、まだ一度も現れていない。

 オーガやトロルに巨人(ジャイアント)、巨大動物(ダイア・アニマル)や恐竜、最老の竜(グレート・ワーム・ドラゴン)、人間ほどの等身大のクリーチャーが高い脅威度(レベル)を持つことはしばしばあるが、逆に大きな身体を持つクリーチャーがそこらの野生動物以下の脅威であることは決して無い。

 果たしてドラウたちを飲み込んだ、建物ほどもある巨大な粘体(ウーズ)とやらはどの程度のモンスターなのか。

 

「救助者の皆さん含め、無事でしたか」

「手練の大半は不意打ちが上手くいったので、なんとか。

 それより早く下(くだ)りましょう。ドゥエルガルたちは今も追ってきています」

 

 ドラウたちを送り届けた後で私も船に乗り込む。大した武装の乗っていない運搬用の船だが却って船足が軽く、少人数でも動かしやすく丁度良いサイズの小舟だ。

 ドワーフの戦士たちが漕ぎ手を務め、パラディン様らは弓や飛び道具に持ち替えて遠距離戦に対応している。

 とはいえ道先を照らす必要のある小舟に対して、岸辺は照明が少なく、向こうはこちらを問題なく見ることが出来る一方で我々は暗視の届かない場所から一方的に射たれるだろう。飛び道具は殆ど意味を為す状況ではない。

 

「おう、漕ぎは任せろ。はようこの虫臭い街から抜け出すのじゃ」

「それイチ、ニ、イチ、ニ……」

 

 水路の流れに乗りつつ、ドワーフたちがゆっくりと船を漕いでドラウの街を抜け出していく。

 ゆっくりと言っても自転車並の速さだ、ドゥエルガルの遅い足よりは十分に早い。

 何事もなければこのまま脱出を許してくれるだろうが、あいにく私たちは数十人のドゥエルガルを殺している。

 顔を見たこともないが、ドゥエルガルのリーダーが自身の面子を保つためにやすやすと逃がしてくれるとは思えない。

 

 それを肯定するかのように水の動きが激しくなった。追い波が荒立ち始めた様はまるで堰(せき)の一部が崩れたかのようで。

 

「この水路の上流に堤防(ダム)などはありましたか?」

「あるが、近くにはない。我々の脱出手段に気づいてから崩すには、決して間に合わない」

「じゃあ、もっと物理的なものですね」

 

 一応水攻めではないかと確認を取るが、否定された。

 ではやはり上流に見える巨大な影は気のせいではないのだろう。

 ふとすれば船と見間違えるような横に広く、小船に匹敵するような巨体は確かに津波と評してもおかしくない。

 黒く巨大な粘液状の怪生物。時折り空洞に差し込む薄明かりに照らされるそれは、私の知る粘体(ウーズ)とは異なり、半液体状の黒い物質のところどころに目玉、牙を持つ口、触手を生やした様は粘体というより異形に近かった。

 

「あれは……あれが、粘体(ウーズ)? むしろ異形ではないか」

「急げ、追手が来たぞ! 追ってきているぞ!」

 

“―――――li、li!”

 

 粘体は歪んだ金管楽器が奏でるような、甲高い不気味な不協和音を鳴らす。

 頭に響くその不気味な鳴き声は私の精神を揺らし、混乱を誘おうとする。これがドラウたちも陥った、狂気の正体だろう。

 

「予想通りの、やはり手に負えないサイズですね。あれは戦って止められそうに……っ」

「リリン?」

 

 あのモンスターの正体、そして脅威度を見定めんとする私だったが、突如ふらつきに襲われる。

 船の揺れにやられたか、と思うが足が立たない。ここに来て体の不調か、どこかでドゥエルガルの毒にやられたか? と焦るが身体に異常の気配はない。

 ならば精神に異常を異常をきたしたかと“保護(プロテクション)”の巻物(スクロール)を引っ張り出して起動しようとするが、手が震えて定まらない私に代わって、心配するオウレンが唱えてくれた。

 しかし精神への守りを得たにも関わらず、まだ私の不調は止まらない。

 

“――――keli!”

 

「身体ではない、精神でもない。なら、残るは‘魂’か」

 

 慌ただしくなった周りには申し訳ないが、目を瞑(つむ)って自分の心の内を探ると、いつもレベルアップのときに参照する風景がバグっていた。

 例えるなら紙束の詰まっていたカバンの口が解け、中の紙が散乱したかのような心象風景。

 不調の原因の一つはこれだろうが、それだけなら本来は無視できること。

 

 手近な文章に目を凝らして見れば、得体の知れない知識がつらつらと綴られているではないか。

 神話生物とはなんだ、■■■■■神話技能とはなんだ。

 そんなもの、私、リリンは知らないぞ。

 本当に? いや、聞いたことはある。私(リリン)の知識ではなく、生前の私の知識だ。

 

“―――Tekeli-li(テケリ・リ)!”

 

「……ラヴクラフト。クトゥルフ神話。ショゴス。

 ああ、こんな形で地球と繋がるとは、なんて気持ち悪い」

「リリン、大丈夫? 狂気とやらにやられた?」

「少しやられました。超常的なものではありません。

 あれは非自然(スードゥナチュラル)に酷似した、恐怖を引き起こす異次元生……異形といっても差し支えない、粘体。

 ですがあれの最大の特徴は伝説のタラスクに匹敵する不死身の特性。正攻法では決して殺せない」

 

 不調の正体は、現代人の観念が残る私の魂に作用した、あの神話生物由来の影響だった。

 クトゥルフ神話。前世では創作物だった、多数の宇宙生物の存在を綴った小説が今私の目の前で実体を持っている。

 見ただけで常人に恐怖からなる狂気を与える特性は、元々アンデッドや魔法などの異能力が存在する純粋なこの世界の住人へは軽い影響でしかないのだろうが、前世の感覚を擁する私には肉体(リリン)と魂(ぜんせ)で受けた狂気の度合いに差異が生まれ、その認識のズレから体が動かない不調を生み出したのだ。

 今は狂気の差異を認識したし、その狂気にしたって無視できる程度の値なので問題ないが……私の心にイラつきが生まれた。

 

「リリン……?」

「だけど、あれは元々奴隷生物。かつての支配者どもは心術やテレパシーで支配していました。

 粘体に見えますが知性を持ち、心術が通ります。……まだちょっと動けそうにありません。後はお願い」

 

 しかし今の白兵戦に特化した私では、あの無敵のショゴスをどうこうする手段はない。

 イラつく心を自制して、ショゴスに関する情報をオウレンに伝える。

 全てではないが重要な情報を伝えられて、賢い彼女は心術が通用することから自ずと戦術を組み立てる。

 

 今や船の後方から乗船せんとする奴に盾を構えて立ちはだかるパラディン様の後ろから、エルフ神官が“祈祷(プレイヤー)”を唱える。

 聖なる祈りの呪詛がショゴスに届き、奴を僅かに不快にさせる。犯人にギョロリと目が向くが、続けざまにオウレンが広げた“怪物魅了(チャーム・モンスター)”の巻物(スクロール)の呪文を唱えると、ショゴスはその場に停止する。

 奴はあちこちに生えた目玉をグルグルと動かし、ギョロリとオウレンの方を向いた次の瞬間には、ずり落ちるように船の縁から水面へと落ちていった。

 

 魅了の効いたショゴスはその後、ただぷかぷかと浮かぶだけで私たちを襲う様子を見せなかった。

 見るからに凶悪なモンスターがあっけなく沈静したことに気を抜かす皆々。

 ドラウたちなどはあんな奴に塔をやられたのかと呟いている。ドワーフの戦士たちは落とした櫂(オール)を拾い上げ、船を動かし始めた。

 私もショゴスを目撃した衝撃(ショック)が残っており、体が十分に動くまで時間がかかりそうだ。狂わずにショックで済んだだけマシな方とも言える。

 ドラウの主要人物たちの救助は果たしたわけだが、この後も復興を見据える彼女たちには説明も必要だろう。さて、なんと説明したものか……。

 




・『クトゥルフの呼び声』。一般人に聞くとだいたい名前を上げられる、良くも悪くも指輪物語から繋がるファンタジー路線TRPGとは路線の異なる有名TRPG。
 見ただけで恐怖に駆られる怪生物や、超常的な現象を前に逃げたり生き延びたり、時には立ち向かうこともある探索者の恐怖を味わうシステム。
 グール、ダゴンなど名前が共通する生物(モンスター)こそいるものの、ダンジョンズ&ドラゴンズとは関係のない作品。
 ……だったが D&D 第3版(3.5版)の基本システムを利用した『コール・オブ・クトゥルフd20』(d20CoC)が出版され、その中でD&Dとd20CoC間で相互にデータを利用する指標が示されているせいで、クトゥルフをD&Dへ輸入するのに何ら問題がない始末。クトゥルフを首切り(ヴォーパル)した話とかそこそこ有名。
 なおd20CoCを出版したのはD&Dと同じWizards of the Coast社であり、ケイオシアム社の本家CoCとはやはり直接関係はない。

・ショゴス。詳しくはクトゥルフ神話本家を参照のこと、ここではざっくり解決する。
 大昔に創造されたが創造主に反逆した不定形、半液状の元奴隷生物で、重要器官を持たないその不死身の耐久性、不定の体型を活かした実験生物や守護者、暗殺者などとして今も昔も他の(神話)生物に使役される。
 その見た目通り、巨体に攻撃を当てることは容易いが柔らかな肉体に物理攻撃で有効打を与えることは難しく、火、冷気、電気に酸と粗方のエネルギーへの強い耐性も持つ。。
 加えてトロル同様の再生能力を持つが、致傷ダメージを与えられる弱点を持たないため、ダメージによって殺すことはほぼ不可能と断言できるレベル。地球の兵器で奴を傷つけられるものは存在しないだろう。
 ……だが、あくまで地球での話であり、魔法や超常能力の存在するD&D世界でなら抜け道が多いのも事実。それにダメージを与えにくいのであって死なないわけではないため、心術や死霊術によって拘束、弱体化、即死させることに何ら問題がない。
 ショゴスの脅威度は21。これもまたあくまでd20CoC、地球基準の脅威度なので、同じく不死身の伝説で名高い魔獣タラスクと比べると明らかにステータス負けしている。
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