翌日。8時間の休息(睡眠時間含む)と1時間半の呪文準備を経た私たちは、子どもたちを連れて冒険者向けの酒場を探す。
『
亭主と、それから冒険者何人かは私のミスラル製鎖帷子やボカブ神の聖印、呪文発動用の物質が入ったポーチを目ざとく観察してたあたり、全くのロクデナシばかりでもないようだが。
「人間のお嬢ちゃん、お子様の冒険者ごっこは他所でやんな」
「亭主、
「……あそこのビルボードの左側の方に貼ってある。あとは紹介してやれないね」
金貨を3枚ほど転がし、注文しながら仕事を尋ねる。亭主が顎で指し示した方の掲示板には、確かに狼や魔獣などの害獣の討伐証明を持ってくれば、神殿が金貨銀貨で買い取る旨が書かれていた。
子どもたちにはほど良い仕事になるだろうが、あの高級宿屋の料金を賄うには物足りない額。どうせならゴブリンかコボルドの
だが亭主の口ぶりからするに、実力の程が分からないうちは教えてやれないといったところか。
ならばと、ぐいっと酒を喉に流し込み。先ほど私に軽口を叩いた野郎の方を見て、
「そこの昼間から安酒飲んでる能無し短足、随分と言葉がお上手だな。
口より腕を動かしたらどうだ? ちょっと腕相撲してその貧相な腕っぷしを見せてくれよ」
「ああ!? ガキが喧嘩売りやがって、いいぜ買ってやる! その腕へし折れても泣くんじゃねえぞ、レディ……」
「おい馬鹿、そのガキはやめとけ……」
「がああっ!」
雑ながら挑発を売り、腕相撲に持ち込んで瞬殺した。“
粋がっていたドワーフを沈めた私は何事もなかったように再度、亭主に仕事を尋ねる。力は見せたんだ、仕事をくれと。
「亭主。なんなら、小銭稼ぎになるモンスターや
「……この間、隊商がトロルの集団に襲われ逃げ帰っている。それだけ自信があるなら奴らの巣穴を探ってみるといい」
「ふうん、トロルか。純粋なジャイアントよりはお手頃かな」
「好きにしな。ここらの連中は好んで横取りしようと思わないよ」
頑丈な皮膚に加え、火と酸でなければ殺せないトロルは無制限の《炎の爆発》を操る私と相性がいいが、それでも複数体は面倒な相手。
もちろん、子どもたちが相手するなら更に難易度は高まるが、それでもウィンターウルフと同程度。一体ずつ相手なら呪文の支援込みで勝てるだろう。
が、そんな器用な戦場操作をできるほど私は術者に特化しておらず、オウレンも火力に長けた術者なのでその手の分断は専門外。
子どもたち養成のために外部から術者を雇うのもふざけた話で、呑んでくれる稀有な人物はいないだろう。
「あーら、だからってー子どもたちだけで行くつもりー?
心配ねー、お姉さんが一緒に行ってあげましょーかー」
しかしここは冒険者の酒場。
見た目はともかく、実力を見せた私に惹かれて声をかける冒険者の一人や二人くらいはいるものだ。
それが好ましからざる人物かどうかは時と場合によるが。
「うっ……」
「腕に自信はあるよーだけど、歳相応の体力に背丈じゃー冒険は大変でしょー。
そんなあなたたちにー、頼れる大人のお姉さんがいれば安心よー」
今回声をかけてきたいかつい筋肉の持ち主である、おそらく戦士だろう女性は、魅力の低そうな見た目からしてあまり悪意を潜めている人物には見えなかった。
恐らく、喋っている通り 子どもパーティの私たちを純粋に心配して声をかけたのだろうと思われる。
こんな荒くれの集う場には珍しい善性の持ち主と言えよう。
「エンゴング、お前のツラは子どもには毒だ」
「あーら、そんなことねーわよ。ここに来る勇気ある子どもたちが、私で怖気づくことはないわ。
でも勇気と大胆が、危険から守ってくれるわけじゃーない。私が代わりに、その全てを受け止めてあげましょー」
が、その女性の容姿は人のものではない。
エルフでもドワーフでもノームでもなく、幅の広い顔にむき出しの牙を覗かせる筋骨隆々のガテン系。
女性でなければ即アウトの、オークの血を半分引いたハーフオークのおネエさまだった。
もちろん、私の嗜好から大きく外れる。メリケンコミックに出てくるヒロインのような女性はお呼びじゃないのだ。
尤もパーティメンバーとして、オーク由来の怪力に戦士の
子どもたちを振り返るが、野外で
私のわがまま以外に断る理由もなく、渋々 彼女の申請を受け入れた。
「その目をみはる肉体はとても頼れそうですね、いいでしょう。よろしくお願いします。
ですが私たちは幼くとも大なり小なり魔法使い。守られるだけの無力な存在と間違えないでください」
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ハーフオークの戦士エンゴングと詳細を詰め、冒険の支度を行う。
しかし初めに出会ったのはトロルどころか生き物ですらなく、死した
「あれは巨人……いえ、緩慢にすぎる。
「ゾンビねー、すっとろいから楽勝でしょー。矢は通りづらいけど、飛び道具で戦おーかしら?」
腐肉の体となった巨人の動きは非常に鈍いが、死してなお生前の攻撃手段を維持し、お得意の投石を放ってくる。
狙いは悪く、容易く躱せるものの、防御面の不十分な子どもたちにいつラッキーヒットが当たるか心配だ。
私たちを逸れて横に着弾した岩が浅雪を大きく巻き上げる。死んでも巨人の膂力は変わらない。
遠距離に徹したほうが間違いなく有利だが、安全マージンを取った結果 子どもたちが死んで後悔するのは私。
呪文で生えた獣ヒゲをつんつんと撫でながら、二本のダガーを両手に携え、雪を大きく踏みしめる。
「私が破壊します。エンゴングは
数体いる巨人の投石は半分が私に、半分は引き続きエンゴングに向かう。
手近な方を攻撃しないのは、知性こそ失っても生前の習性に基づいた判断力をそのまま維持しているからか。
その投石にどれほど威力があろうと、当たらなければ怖くない。むしろ私の接近を容易く許した巨人のゾンビにダガーで腐肉を引き裂く一撃を加える。
刃渡りの短い
懐に入り込んだことでようやく巨人ゾンビたちは狙いを私一人に絞り込み、腐った腕で袋叩きのミンチにしようとするが、力任せの単発攻撃を避ける程度に苦戦しない。
一、二発のラッキーヒットによる怪我を受けたが、呪文に与えられた余剰生命力が瞬時に再生し、実質無傷で巨人ゾンビたちを打ち滅ぼした。
「この
「一月分の宿代にはなるでしょーね。でもこれは重すぎるわ」
ゾンビの死骸を念入りに焼き払いながら、物色するも大した装備は得られなかった。所詮は知性のないアンデッド、獣以下である。
防具は身につけていたが魔法の強化を受けているものでもなく、高品質ですらない。単純な金属としての価値はあるが、あまりに大きく重く、雪原を行く冒険者が手で持ち歩けるサイズではない。死骸もろとも、泣く泣く雪の中に埋めることとなる。
ハイローニアスの聖都がわざわざ極寒の雪原にある理由は、このアンデッドらが原因だ。
魂と生命力により熱を発する肉体を持つ私たちと異なり、負のエネルギーによる結合で身体を維持する
彼らはこの天然の要害である雪原に住処を作り、呪文研究の素材を求めて、あるいは生者に苦しみを与えるべくアンデッドの軍団を率いてやってくる。
その侵略を防ぎ、死霊術師たちを討ち果たすべく、過酷な大地の足がかりとしてこのハイローニアスの聖都は築かれた。
今もなお北極点に辿り着いた生者はいないとされるこの大雪原、私たちはその足がかりたる開拓村に向かって踏み込んでいるのだ。
“
素人目には山道どころかろくな目印も見つけられない雪原を、地元ゆえ地理を知るエンゴングがその道先を案内する。野外活動での
同じ前衛であっても、術者や技能役寄りの私と、野外活動技術を修めた純粋な重装戦士。役割被りもなく、パーティを組む上で能力の相性は良いのだが。
「くんくん、リリンちゃん、男臭いわ。まさか体を売ってるの?
無理してお金を稼ぐと体を壊すわよー」
「………」
「あらま。何か言ってほしいわー」
だが個人としてはよろしくない。美しくも可愛くもない彼女に男心は全く惹かれないし、かといって頼りがいがあるとも思えないため女心が芽生えることもない。
純粋な子どもたちは頼れる母的女性として積極的に関わってるのだからそっちで満足してほしい。なぜに私へアプローチをかけてくるのだか。
それに
「私は冒険者。剣と魔法の腕前で金が稼げるのに、体を売る必要はありません。
あえて言うなら趣味ですが。どうこう言われる筋合いもないかと」
「あるわよー。私たちはー仲間でしょ?」
「初めてのパーティで心配されるほど長い付き合いにもならないでしょう。
ちょっと外に出て、トロルを殴り倒すだけの仕事くらいすぐ終わりますよ」
「あーらどうかしら。あいつらがそーそーやられてくれるとは、思えないわねー」
「……なにかご存知で?」
私の問いに、エンゴングはその粗悪な口はしを吊り上げて、ぶきっちょにニヤリと笑みを浮かべる。
「アンデッドの巣穴で生き延びーる
見てなさーい、あいつらは私たちの度肝を抜こーとするわ」
その夜。
綺麗な月が輝く夜空の下、雪をかき分けた土の上に薪を燃やして温まるハーフオークの一人の姿に、こっそりと忍び寄る四つの大きな巨体の影。
それだけの巨体が歩く音を聞き逃すわけもなく、ゆったりと
……だが、彼女は反対側からひっそりと巧みに音を殺し、
『この大北原を我が父祖と長らく二分する仇敵の巨人よ! たかが半血一人、与し易いと侮り姿を見せたか!
私はエンゴング! この雪原の争いに終止符を討つグルームシュの鉄槌とならん!』
高らかにオーク語で名乗りを上げた彼女が四人の巨体と接敵する瞬間、ぐひひ、と声を漏らし、投げ槍を放とうとするその瞬間。
「狩人は獲物を狩る瞬間こそ隙だらけ、とは誰の言葉でしたか」
木々の上から舞い降りた私にその腕を断たれ、武器を取り落した。
リリン 人間の女性、ゲシュタルト・アーキヴィスト8Lvメタフィジカル・スペルシェイパー1Lv/ファクトタム3Lvソードセイジ3Lvカメレオン3Lv
エンゴング ハーフオークの女性、ファイター1Lvバーバリアン5Lv
子どもA(男の子) 人間のヒューマンパラゴン1Lvタントリスト1Lv
子どもB(男の子) 人間のヒューマンパラゴン1Lvイマージスト1Lv
子どもC(女の子) 人間のヒューマンパラゴン1Lvタントリスト1Lv
・ハーフオーク。正しくはハーフヒューマン・ハーフオーク、半人間半オークを意味する。
オークが人間の地を征服し、己が血を混ぜて人間に生ませた半血の子らは純粋なオークより魔術の素質が(比較的)あることから、部族の呪い師や癒やし手、グルームシュの神官となる。
一方で人間に帰属したハーフオークはその血ゆえに流れ者、はぐれ者や傭兵、そして冒険者としてオーク譲りの筋力を存分に振るう事が多い。
・トロル。巨人の一種で、本場の巨人(ジャイアント)に比べるとパワーこそ劣るが、数々のファンタジーで「トロルの血」という飲み薬(ポーション)があるように、高い再生能力を有する。
たとえその全身を細切りにし、ミンチや肉塊となっても死なないこのモンスターを仕留めるにはただ二つ、火と酸が有効。
幾ら魔法の明かりや暗視能力を手に入れても、冒険者が松明を手放せない理由の数割はこういう奴らのせい。