古来よりエルフとオークは、エルフの祖神コアロン・ラレシアンがオークの祖神グルームシュの片目を奪って以来の宿縁にある。それは亜種たる
それを忘れて、子どもたちの面倒を見ていたエンゴングとイレニアさんら森エルフ一団の間で一戦起きそうになった。
引き合わせた場が元からうるさい酒場で、子どもたちを
「アーサック。目が見えず盲目な代わり、攻撃にも使える超音波で周囲を認識する空飛ぶワニですね。
南の山側にたびたび出現するそいつらの数減らし依頼が酒場に来てました。これを受けます。
奴の視覚は狭いので弓の射程より高く飛ぶことはありません。
音波攻撃は効き目がないと見られれば逃げられるので完全には防ぎませんが、“
向こうが接近戦を望むか、あるいは逃げる直前にタイミングを見て呪文で叩き落とします。地上に降りたら一体ずつ袋叩きで」
翌々日、パーティのすり合わせを済ませた私たちはさっそく酒場で依頼を見繕い、私と弟子3人、イレニアさんとエルフのレンジャー3人、エンゴングの9人で冒険に出発する。
今回の目標はアーサック、この聖都へ訪れる前にやり過ごした魔獣の討伐だ。弓が得意な
“
馬を降りて各々弓や
地面に着弾した指向性音波が超振動の爆発を起こし、石つぶてや土埃が舞うも大した出血や打撲にはならない。
森エルフたちがそんなアーサックに弓矢を打って反撃し、弟子たちが“
すると遠距離攻撃の応酬に焦れたか、アーサックの一体が高度を落としはじめ、最も矢を的中させたイレニアさんへ復讐せんと、その大きなワニ顎を広げて急降下する!
しかしそれこそ絶好の機会。
「“
目標に狙いを定め斜めにまっすぐと突進するアーサックだったが、巻物から読み上げた呪文がその巨体の上から突風を吹き付けられることで、狙いは外れてイレニアさんの3歩目前へ叩きつけられた。
『っしゃあオらぁ!』
そこへ
十数本の矢を受けても
ギエーと奇声をあげ、翼をばたつかせ急ぎ逃げようとするも、続いて弓から
二枚目の“下降気流”の巻物を取り出した私はもう一体のアーサックも叩き落とすべく機会を伺うが、しかし残るアーサックは攻撃を止め山の方へ飛んでいってしまう。
「一匹では間引きは十分とは言えませんね。もう一、二匹は狩らないと……」
「どうする、リリン。一度街に引き返すか?」
目には見えず、呪文の知識もない魔獣であるが、死体になった同族を
痕跡を残さない空飛ぶ魔獣の追跡は困難だが、方角を絞れば詳細な場所は呪文で追いかけられる。その準備も済ませてある。
「間引きが不十分です。弾は残っています、山まで追いましょう」
太陽の向きからアーサックが逃げた方角を記憶して、雪原を突き進み、さらさらと粉雪が降り積もる雪山に至る。
深雪を踏みしめ進む途中、襲ってきた
ほどよく登ったところで“
広大な山を覆うほどの広さはないが、この効果は2、3時間続く。移動しながら目で探すより、空を飛んで逃げたアーサックを追うのがだいぶ楽になる。
やがて1時間ほど雪山を登ると、探知にアーサックの反応があった。
進行方向から少し右に逸れ、山をやや登った方角。少し起伏がある。急な斜面や崖、クレバスの危険があるが、同時にアーサックの巣となった横穴があるかもしれない。
合図を送り、身のこなしと知覚に優れる私が先行して慎重に危険を探る。
すると案の定、起伏の先はなにもなく、かろうじて足を置ける突起があるがほぼ崖と言っていい急な斜面になっていた。
アーサックの反応は私の足元にあり、崖には生き物の姿は見えないが、よくよく見れば大きなくぼみがある。
楔を打ち、ロープを垂らして降りるエンゴングに先行して、“
目が見えず、“静寂”の無音の範囲に守られた私の姿には気づいていない。しかし崖上でのロープを張る作業をする何者かには感づいたようで、今にも横穴から飛び出してエンゴングを襲いそうだ。
だが高さの限られた横穴の中にいる今なら、飛んで逃げられることなく非常に優位に戦える。
私は小石を片手にレイピアを抜き、アーサックの移動を止めるべく突きこんだ。
完全な無音空間に巻き込まれ視界を失い、不可知の敵より刺傷を負ったアーサックは触覚を頼りに牙や爪で噛みつこうとするが、闇雲な攻撃はただ不可視の“盾”や鎧上を滑る。
助けを呼ぼうにも鳴き声は無音に阻まれ、逃げるために低い横穴を飛ぼうとすれば私にその翼腕を引っ掛けられて足止めを受ける。
進むも引くもできぬと悟ったアーサックはダメージを厭わずその巨体で私を押し倒さんと暴れるが、殴り合いを好む種族でないアーサックの筋力はせいぜいドワーフ以上、オーガ並。
ドワーフを腕相撲でひねる私の蹴りで逆にひっくり返され、むき出しになった腹をかけつけたエンゴングが叩き潰し、無惨に内臓を飛び散らせた。
アーサックの
天井で高度を制限され、“
巣穴には更に5体のアーサックが待ち受けていたが、出口を塞ぎ、飛び道具を主体に戦うだけで戦闘は終わった。
「音の槍を天井に当てて、石礫で無音の守りを貫くとは。意外だったが、何より洞窟が崩れるのではないかとヒヤヒヤした」
「あれに洞窟を崩すほどの爆発力はありません。その名の通り、細く鋭い音の槍ではああやって石を撒き散らすのがせいぜいです」
「先生、誰かの死体があります」
「奥にドワーフのとこで見たみたいな扉もありました」
「扉? 確かに、石扉がありますね……少し調べましょう」
全てのアーサックから討伐証明になる特徴的な舌を切り取り、それから被害者の痕跡を探してみるも若干の
アーサックは言葉を解しうるだけの知性を持つ魔獣だが、財宝や文明に興味を持たないモンスターだ。冒険者の臨時収入にはならない。
しかしダンジョンや遺跡が雨風を凌ぐ巣穴になると理解しているので、こんな発見に繋がることもある。
「罠はなし、魔法もなし。ここ暫くの出入りはありませんが、鍵がかかっていますね」
「鍵を開けられるのか?」
「私、もっぱら呪文を唱えてばかりですが“
ただ、この鍵開けはちょっと手作業では難しいですね。一日かければ開けられますが、どうしましょうか?」
「出口が悪しきアーサックの巣になっていたのだ、一言文句を言いに訪れてやろうではないか。
忘れられた遺跡ならば尚良し、残った遺物を頂戴すればいい」
巣穴の奥には、どこかの遺跡からの非常口だろうか、堅固で分厚い石製の大扉が鎮座していた。
作られて長い年月が経っているのか、模様は薄れ、溝には汚れが溜まっている。
人間が通るには少し低いサイズ、優れた彫刻や石工の業前からドワーフの手によるものと見られ、また扉には鉄製の錠が埋め込まれている。
技能役の嗜みとして身につけている私の鍵開け術では、どうも手に余る。入るだけなら扉ごと破壊してもいいのだが……こういう
他にも手段を取れるのなら、無理に悪しき前例をなぞる必要はないだろう。
日が暮れる前から早めの睡眠をはさみ、日が開ける前にダンジョンアタックに向けた呪文の再準備を整えた私は“
不可視の魔法がコンコンと扉を叩けば、ガチャリと扉の中に仕込まれた錠がひとりでに開く。手で押してやると、中央を軸として床を擦りつつ扉が横に90度回る。
“消えずの松明”で照らすと、L字の石材が組み合った石畳の通路が奥まで続いている。天井や足元には特に目立ったゴミや汚れは落ちていない。経年劣化が目立つ外の石扉とは反対に清潔なのはずっと扉が閉じられていた証だろうか。
松明を片手に、私は一団の先頭に立ってダンジョン探索を始める。
こういう非常口には罠がつきものだが、特にドワーフは天然、人工物を問わず石の様子に敏いので、石造りの罠はドワーフとそれ以外の者を
一歩一歩歩きながら丁寧に床の様子を調べると、L字模様の床の中に沈み込むようになっているものがある。一同を離してわざと長杖で押してみると、石材の隙間から杖を突き刺すようにカシャンと針が飛び出してくる。
罠がある石材にチョークで印をつけながら進み、やがて通路の反対側に突き当たる。こちらにも鍵がついているが、二つ目の“解錠”呪文を消費して開ける。
石扉を開けた向こう側は少し開けた部屋になっており、壁際には書棚が並んでいる。書斎のようだ。
動く気配、“
この部屋に繋がる扉はたった今入ってきた出入り口と、普通の木製の扉が一つだけ。ただしその扉は何か大きな刃物で切りつけられたような跡がど真ん中に開通している。
足元には腐った木片が散らばっており、向こうから傷つけられたようだ。
そっとその扉へ近づき、耳を立てるが向こうから物音は聞こえない。扉に錠前はついているが鍵や罠がかけられていることもなく、すぐに通れるだろう。
とりあえず安全を確認したので、入ってきた扉へ戻り、合図を送って仲間たちを迎え入れる。
「大きな切り傷だな。斧、いや
「いぃえ、大剣にしちゃー小さく、長剣には長い、
皆、やはり切り傷のついた扉に目が行くようで、扉に明かりを照らして穴や向こうを覗き込んだりしている。
その間に私は軽く書棚を検分する。鍵が閉じられ、清潔だった通路に反して棚にある革表紙の書物はどれも腐っていたり、
しかし本の中に一冊、革表紙はくたびれているが羊皮紙の状態の良いものがある。そのページにはルーンが刻まれており、魔法のスクロールのように呪文が保存されていた。
保存された呪文自体は大したことないが、魔法がかかっていることで経年劣化へ耐性があったのだろう。そのページだけを切り離し、ありがたく頂戴した。
他の面々も本棚や書机を漁っているが、そちらは収穫がなかったようだ。
一同を呼び、再びダンジョン内の探索に戻る。切り傷のある扉を押し開けると……
ギィィィ
しまった、と後悔するのは既にやらかしてしまった後で。
錆か劣化か、扉の蝶番が大きなきしみ音を立ててしまった。ここは既に遺跡の中で、モンスターがいるかもしれない領域だ。
特に真っ暗な闇で聴覚は視覚よりも大きな働きをする。扉や壁に阻まれない限りは壁を曲がって空気中を伝わっていくのだから。
その推測を示すように、扉を開けた先の通路の途中、右に折れた方から誰かが歩いてくる音が近づいてきた。
チャリチャリと金属が擦れるような音と、カツカツと金属的な足音からして相手は鎧のようなものを身に付けた存在か。
体重のありそうな足音には聞こえない。通路はぎりぎりオーガが通れる程度の広さだから、力負けする相手の心配はないだろう。
「ごめん、何か来ます。構えて」
私はレイピアを抜き、“
そのものは
兜の面頬の隙間から目は見えず、何も映すことのない空洞は部屋の正面に立つ私を見据えていた。
私たち侵入者を認識したにも関わらずその鎧姿のドワーフは何も言葉を発することなく……ただ、その手にもった異様な
私はその剣に、様々な理由で目を奪われた。
一つは、その剣を振りかぶった様が洗練された戦士の構えであったこと。知性のないただの
一つは、その剣がとても強い魔法のオーラを放っていたこと。アーティファクトほどでないが明らかに強力な
そして最後の一つ。そのほとんどまっすぐ、しかし緩やかな弧を描き、そして波打つような美しい刃文を持った片刃の剣。
転生者たる私はそれの名を当然知っていた。
カタナ。日本の侍の象徴でもある片刃剣は、この世界でも名前を同じくする秩序の騎士サムライの愛剣となっている。
「ひ、ひぃっ!」
弟子たち3人が揃って悲鳴を上げて遺跡の出口に駆け込む。
だが私は、懐かしさ、畏敬、驚き、それらに気を取られて、そのドワーフ姿のクリーチャーの突撃に対する反応が遅れてしまった。
『チェェェエエエエエ!』
「ぐ、ぁあ゛ッ!!」
ここまで無言だった敵が突如、気合を入れた声と共に私めがけて突進し、振りかぶったカタナを私へ全力で降り下ろす。
怯み、立ち
……否、一歩退いた私の体には深い傷が残されたが、両断されたのは幻であったようにきっちり繋がっている。
「サム、ライっ」
「リリン! 生きていたか、私たちが前に出る!」
「……ダメ、イレニアは中距離を維持! 他は下がってて、私が受けきる!」
確かに今の一撃は私の体力の10割を奪う強撃だった。しかし“
それでも残った体力は4割。もう一度あの一撃を受け切ることは出来ないだろう。
しかも今の威力、速さともに
種族柄、体力の劣るイレニアや他のエルフ達では下手しなくとも一撃死しかねないのだ。そして、仮に一撃では死なずとも……
(血が流れすぎている。見た目通り、妖刀ということか!)
肩を裂いたカタナが私の血を吸って、赤く脈動する。その発色に合わせて傷口が疼き、血が止まらない。
“
20ほど傷をつけられれば、どれだけ浅かろうが失血死してしまう恐るべき特性。これを防げるのはアンデッドや人造といった血の流れないクリーチャーのみ。
受けてはならない攻撃を受けずに戦い切れるのは、この場には私しかいないのだ。
「無理をするな、今度こそ死ぬぞ!」
「ダメージは少ないです! それに今のこいつは、先の一撃を再現出来ない!」
貫くより叩きつけるようにレイピアを振るい、サムライを通路の向こうへ押し込んだ。
ダメージを重視した一撃でなかったとはいえ、やつは傷を受けた様子はない。肉に攻撃を防がれた……いや、損傷が塞がった。
恐らく銀か、聖別の施された武器でなければ傷つかない耐性と、回復能力を持っているようだ。
体勢を持ち直した奴は目の見えぬ兜を私に向け、再びあの一撃を再現しようと大上段に構え直す。
だが一度見た技だ、そのネタはもう気づいている。私はあえて上段に構えるドワーフの間合いに自ら近づき、踏み込みを妨げる。
「所詮は“
間合いに踏み込まれたドワーフは仕方なくそのまま私にカタナを振り下ろすが、その勢いは先の突撃の半分にも満たない。
軽く躱し、レイピアを両手持ちし、やつの首を掻っ切るように振り抜く。
首を両断したつもりだったが、やたら粘りの良い
そこにあったのは特徴的な髭も
「ググ、血ヲ、捧ゲ……完成サセルノダ!」
「言葉を解していましたか。ただの
“
スケルトンにしては皮があり、ゾンビにしては肉がなさすぎ。それでもって知性を残すアンデッドとは、パッと心当たりが思い浮かばない。
だが知性を持つアンデッドにしては、どうも悪辣さが足りない。知性のあるアンデッドとは、それこそ触るだけで“流血”と同等の危害を及ぼす能力を例外なく持っているものだ。
なので、こうして重い鎧の足が“油”ですくわれすっ転んでも、カタナを振り回すだけの様子はアンデッドらしさに欠ける。
……まあ、魂と生命持つものを憎むそのぎらぎらと光る黒炎の眼光は、紛れもなく対話が通じないアンデッドのものだ。
転んだ状態ではあの大上段の切り下ろしは行えないが、力任せに装甲を抜いてくるだけの膂力は残っている。
では遠距離攻撃で安全に倒そうにも、先ほどのレイピアで切りきれなかった感触、そして繋がりつつある首元の様子からして、物理耐性と修復能力を備えている。遠距離攻撃ではとてもそれを上回るダメージを与えきることができない。
だが、奴が倒れているうちに“
そのダメージと引き換えに、やつを無力化する算段が一つある。
私はレイピアを革鞘にしまい、利き手をフリーにしてドワーフのアンデッドへ近寄る。
倒れたまま、やつは私の足を寸断しようとカタナを横に薙ぐ。
それを横に軽く飛び越えながら、私はその
そのままアンデッドの握力を、魔法でドーピングされた筋力で上回り、強引に妖刀を奪い取り、一歩離れる。
「キ、キサマ! ワガ魂ヲ!」
「死で薄汚れたあなたの魂など、もはや
イレニア、エンゴング、もう大丈夫です。とてもしぶといので、ひき肉にしてやってください」
これでやつは自慢の攻撃手段を失った。まあ爪と牙は残っているが、カタナの鋭さに比べれば痛くも痒くもない。
まあ耐性と自己修復能力は健在なので手こずらされそうであるが、トロルのしぶとさほどではない。
残るアンデッドの処理を仲間たちに任せて、後ろに下がった私は“治癒”の
傷のことを一旦忘れ、“消えずの松明”の明かりにカタナを照らす。
私の血を吸い、赤く染まった刀身ではあるが錆は一つも見当たらない。軽く拭えば、表面についた血は綺麗に剥がれ、赤の刃先と黒の峰が不規則な凹凸な波を描く刃紋が浮かびあがる。
その刃紋は宿った魔法の力か、はたまたカタナの不思議な特性か、柄を握りしめる私の力に連動して蠢いているように見える様は、まるでカタナが生きているようだ。
もし、このカタナが生きているというのであれば、実際に血を与えたならどんな姿を見せてくれるのだろう。
カタナという前世と繋がりのある武器は、私が主力にする“ダイヤモンド・マインド”流派の技を振るうのに適した武器でもある。
できることならばこのカタナ、私のものにしたい。
だが、切れ味も美しさも優れているこのカタナ、“
じゃあ、どうすればいいかは決まってるよね?
赤々と脈動するカタナに囁かれたように、ドワーフのアンデッドをミンチにして一息つくイレニアの背へ近寄り、そのまま振り下ろした。
10/4 ヴォーパル→ウーンディングに修正
・
単純な戦闘力では
技能の
・
・
悪の力はとてつもないパワーを与えるが、用法用量を守らなければ頭がおかしくなって死ぬ。そして死したクリーチャーはそのまま悪の力の尖兵となる。
・生命力吸収。レベルドレインとも呼ばれるこの攻撃能力を受けたものはレベルを失い、力が衰え、レベルを奪われ尽くしたものはそのまま死んでしまう。
ただし世間のイメージと異なり、被害者は癒やしの呪文、あるいは持ち主が頑強であればレベルを回復することができるし、また奪ったレベルも加害者の経験値にはならず、ちょっとした強壮効果に変わるだけにすぎない。