心も身体も温度差の激しい私たち冒険者一同は、特に身を隠すこともなく元巨人、現ドラゴンと眷属の遺跡に真正面から踏み入る。
相変わらず何も塞がれてない正面の門に踏み込むと、周辺の建物から吹き付ける小雨のように矢が降り注ぐ。
しかしその全ては鎧に弾かれ、あるいは風に吹かれて逸れた。体を傷つけた矢は一つとしてない。
『“
矢を放った犯人のコボルドたちが、建物や裏路地からワラワラと躍り出る。その数は10。
彼らは前衛に立つ私やエンゴングこそ警戒しているが、狙いを定めているのは鎧の薄いオウレンや体格が小さな子どもたち。
私が前に近づいて《炎の爆発》で二体ほど焼いた隙に、私を迂回して後衛に近づく。
エンゴングやウッドエルフたちが迎撃するが、それもかいくぐった3体がオウレンや子どもたちに槍を突きつける。
だが穂先は見えない力場の鎧に弾かれ、あるいは不運にも防具の表面上を滑って宙を突いてしまい、無傷。
むしろ自ら間合いに入ってきたコボルドを、子どもたちが各々の
あっという間にコボルドの防衛隊は半壊したが、彼らより遅れて建物内から一体のコボルドが登場する。その装いは戦士とすら思えない軽装で、しかし腰には浅いポーチのような小袋を提げている。
そいつは腰袋から何か小さな欠片と、これまた小さな水晶を取り出し、片手でそれらをこすり合わせる。
するとバチバチと、静電気というにはどう見ても大規模な放電が起き―――
『“
「高レベルの術者!?」
とっさに横に逸れると、何体かのコボルドごと戦場のど真ん中を一本の雷撃が貫いた。
後衛への攻撃を食い止めるため、壁を作っていたのが災いしパーティの大半が雷に被弾。
ホワイトドラゴンと戦うために冷気への“
チラリと後ろを見る。直撃したものもいるが戦士たちは持ち前の体力で元気な様子。オウレンも体力を上げる“
(アカバネ、あの子どもは生きているか?)
―――まだ血は流れている。死んでいない。
万が一の“
判断を迷った矢先にアカバネが答えを出した。死んでなければかかりっぱなしの“
故に“電撃”を放ったコボルドに一足飛びで接近し、燃え盛るカタナで切り裂いた。レベルは高くともけれど所詮は術者、刃を防ぐこと叶わず上半身と下半身が泣き別れた。
残るコボルドは語る間もなく片付き、倒れた男の子も戦闘を終えて容態を見る前に蘇生した。
“電撃”を使うほどの術者がいたとは、もう少し偵察するべきだったかと反省し、他のコボルドの気配を探す。
聞き耳を立てれば奥の方でごちゃごちゃやってる音がするので、もう暫くすれば向こうからやってくるだろう。
だが遅れてもう一つ、私はバッサバッサと何かを広げて畳むような音を耳にした。それも前方、遺跡の奥からではない……背後の外からだ!
振り返るとそこにはたった今、洞窟の天井と城壁の合間を飛び越えて、私たちの目の前へと踊り来るホワイトドラゴンの姿があった!
「ドラゴン!? なぜ外に……」
『盗っ人はお前らか!』
その巨大で年月を重ねたドラゴンの
だが続いて、ドラゴンに先手を許したことで浴びせられるのがまるで真冬の雪山に迷い込んだかのような、猛烈な吹雪と凍てつく冷気。ホワイトドラゴンの冷気の
しかしブレスは私たちの肌の上を滑るように通り過ぎていき、鎧にわずかの霜を残しただけに留まり傷はない。遺跡に臨む直前にかけた、冷気への“
『冷気への防備を備えるか。なら俺の爪で引き裂いてやろう』
「前後交代! ドラゴンは主力が、奥からやってくるコボルドは残りで相手!」
まだ倒れた男の子に“
冷気(低温)に強いクリーチャーは火(高温)に弱く、その逆もしかり。無論例外もいるが、この
寒冷地のクリーチャーであるホワイトドラゴンも例に漏れず火に弱い。
だが一気に大ダメージを与えて逃げられるのが一番困ることから、“バーニング・ブレード”は使わずに様子見の、しかし確実にダメージを与える一手。
ドラゴンは咄嗟に身をかばうように翼で爆発を遮るが、それでもダメージは通る……はずが、どうも鱗の焦げつきが浅い。
「相手も“元素抵抗”張ってますね。オウレン、消して」
どうやら相手も考えることは同じなようで、前もって防御呪文をかけていたようだ。
「うん、“
『……お前が術師か。ならお前が最初の餌食だ』
ホワイトドラゴンを対象に“解呪”の呪文が飛ぶ。
専門家には遠く及ばないドラゴンの魔法は、《円熟の術者》であるオウレンの手によればロープの結び目を
かけた呪文が消されたことを実感してか、ドラゴンは不快な表情を隠しもせず
「させませんよ」
『なっ、グオッ!?』
目の前に浮かぶ私を無視し、横を素通りしてオウレンへと躍りかかろうとするが、その横胴をひっぱたくようにカタナを振るう。
刃が鱗を貫通してダメージを受けてないにも関わらず、その衝撃でドラゴンは身を硬直させ……飛行中の体勢を崩し、ズシンと地面に落下した。
『おのれ、無様を晒すとは! お前から死にたいか!』
「望むところです。私から殺してみなさい、殺せるものなら」
今のは戦士が己の債務たる前衛を務めるため、敵を己の後ろに通さないために培われた技術、《
攻撃の威力を衝撃へと転換し、
もちろん、攻撃を当てる腕前とその巨体を止めるだけの威力も必要となるが、優れた戦士なら容易いことである。
まさか剣ごときに己の体を止められるとは思ってもいなかったのだろう、ドラゴンはオウレンの“解呪”を受けた時以上の憎しみを私に向ける。
だがそれでドラゴンの致命的な攻撃を引き付けられるなら、まさに望んでいた状況だ。
子どもたちがドラゴンから距離を取る。
エルフの戦士たちも同様に距離を取ってから弓を引き、矢をドラゴンの体に突き立てようとするがどれも鱗を滑る。やはり彼らは奥の対処に回ってもらおう。
「お前をー、ミートボールにして*****! F**KIN! LIZARD!」
「特注の竜殺しの矢だ、金貨の山の味をその身で噛みしめろ!」
バーバリアンの“
更にその後ろで
一本あたり金貨200枚弱する魔法の矢を、惜しげもなく2本まとめて番え、放つ。
有象無象ならふ弓手にて放たれた竜種という然るべき相手を殺す呪いの矢じりはドラゴンの鱗を割り貫き、肉のような薄いピンク色の血を吹き出させた。
エンゴングの
だが痛々しい見た目に反して、ドラゴンの耐久力からすれば鱗に傷がついただけの微々たるダメージに過ぎない。
やつの憎悪はちっとも逸れることなくずっと私に向いているのだから。
私はドラゴンを追うように宙から落ちる。
既にホワイトドラゴンは地に足をつけ、両翼と爪を広げて自分からやってくる私を迎え撃つ。
振り下ろされる翼、振り払われる爪。そのまま身体を回して尻尾の薙ぎ払い。
翼をくぐり、爪をかわし、尾を飛び越えて地面に立った私をまたも襲う反対の翼と爪。
「ぐっ…」
叩きつけられる翼を鎧で受け止めるが、すぐさま振り抜かれる爪に足が裂かれる。
そうして少しよろめいたところに、竜の
忌々しい獲物を捕らえたぞ、と間近で愉悦を浮かばせる竜の瞳。
だが間近に捕らえたのはこちらも同じだ。わざわざ手の届くところに向こうから首を差し出してくれたのだから。
竜の牙の隙間をすり抜けて、私の血が宙を立ち
私の血で赤黒く染まった刃へ、手元から火が伸びて炎の刃を形成する。
アカバネの“
一撃目で竜の目ごと頭を脳髄に届くほど深く刻み込み。
二撃目で竜の喉を呼吸困難までに切り裂き。
三劇目で竜の首を切り飛ばし、頭と胴を泣き別れさせた。
「うん?」
気づけば私の足は竜の顎からすっぽ抜けており、抱きかかえるほどもあった竜の頭は私の頭上を飛んでいた。
そのまま頭は私の背中へドシンと着地し、淡い血を石床に撒き散らす。
そして目の前にある竜の巨体も、支えを失った砂山のようにべちゃりと地に倒れ伏す。
突如訪れた戦闘の終わりに、誰も何も言わず静寂があたりを包む。
ジュルジュルと己についた冷たい血を啜るアカバネを鞘に収め、私はコホンと一度咳払い。
「背後からやってきた時はどうなるかと思いましたが、楽勝でしたね」
オウレンの切り札の火球の呪文やイレニアの残り8本の
色々と準備を整えたのに、いざ戦闘となればこんな一瞬でドラゴンが地に伏してしまったのだから、一同は困惑もするだろう。
だが私はこの結果を当然と受け入れた。ドラゴンの厄介なところは機動力、戦術の多様さ、そして並の戦士を一蹴する近接戦闘能力だ。
ブレスが効かないからと機動力を捨てて自ら接近し、よりにもよって魔法で防御力を高めている私にその他の戦術を捨てて白兵戦を挑むのは悪い選択だった。
少なくとも自らドラゴンの目の前に躍り出る自信の持ち主だったのだから。
「魔剣の力は恐ろしいな。よもや三閃でドラゴンの首を切るとは」
ただ、私の攻撃力が大型のドラゴンを瞬殺するほど高かったことには私にも予想外だった。
思えば最近は呪文での補助に徹したり、オウレンの火力で片をつけてばかりいたので全力で武器を振るうこともなかったし、自分でも威力を見誤っていたのはある。
対策ばかり考えていたが、これなら仕掛けられる前に仕掛けて殺す方法を考えればもう少し準備の手間も省けたかもしれない。
『ど、ドラゴン様! お前らが殺したというのか!?』
少ししてから、奥で騒がしくしていたコボルドの戦士たちが駆けつけてきたものの、彼らの頭は文字通り
だから戦うまでもなく、私たちと彼らの格の違いははっきりと示されている。
ドラゴンを殺した下手人たる血濡れの私がズイと前に出て、彼らにはっきりと告げた。
『ドラゴンは殺した、こいつの財宝は全て私がいただく。
お前たちは邪魔だ、今すぐ着の身着のままでここから出ていけ』
使い慣れない
あまり上手くない自覚はあるが、コボルドたちは反抗せず遺跡を飛び出していったので及第点はあるだろう。
ドラゴンの死体をオウレンとエルフたちに任せ、私はエンゴングと子どもたちを連れてドラゴンがいた館に向かい、お宝を回収する。
竜の寝床に散らばるたくさんの金貨銀貨の回収は力自慢のエンゴングと子どもたちに、私は脇に固められた数々の財宝を物色する。
人間サイズの
氷巨人の集落が滅びてからこの短期間でよく集めたものだ。チョイスはともかく、それぞれの質は良いが、ドラゴンにしては量は少ないとは感じる。
だがまあ私たちが倒したホワイトドラゴンはその死体そのものがお宝となる。幸いにしてここは寒冷地、死体の腐敗は遅く解体もゆっくりと行える。
選りすぐりの12本の爪牙、樽に収めた竜の血、そして剥ぎ取った竜の皮。
それらや財宝を各々のバッグに収め、私たちは聖都に戻る。
そして翌日には市場のオークションに新たな竜の爪牙が並ぶことになり、私たちは各々が財布を埋めるほどの金貨の山を手にした。
・NPCクラス(ノンプレイヤーキャラクター・クラス)。英雄や大悪党(ヴィラン)ではない、モブか毛が生えた存在が獲得する職業(クラス)。
クラスに個別で与えられる特殊能力はなく、
故に、NPCクラスは同レベルのPCクラス(プレイヤーキャラクター・クラス)に劣ることから敵と見立てた時の脅威性は低く算出される。
なので8レベルアデプトのコボルドは8レベルウィザードと同じ威力のライトニング・ボルト呪文を打てるが、5レベルウィザードと同等の脅威として扱われる。
・《円熟の術者》。秘術系統の呪文を扱う術者のための特技で、術者レベル判定―――主に相手の術者の呪文に解呪や相殺する時、または呪文抵抗を打ち破る時―――において必ず安定した結果を出せるもの。
魔法の存在を前提とした段階に至ると、術者レベル判定はいっぺんに二、三十回と要求されるが、それだけ試みていれば当然下ブレでの失敗が生じるところを、この特技はそれを100%成功に変えることができる。
たとえ失敗しても、それは相手の術者レベルがこちらより高いという立派な情報を得られ、次から安定を狙わず上ブレを狙う選択肢に繋がる。
能力そのものを上げる特技ではないが、戦場を左右する術者の大事な一手の失敗を減らす点で非常に強力な特技である。
・《強打》(パワーアタック)。戦士用の特技で、その名の通り攻撃の鋭さ(命中)と引き換えに力任せに一撃のダメージを高める、技術もクソもない力技。
技術と呼ぶのも恥ずかしいが、武器が当たり、刃が通じるならどんな相手にも通じるため、手間かけて急所を狙うより却って手早く、最も効率良く攻撃力を高められる技術である。
・外皮。主に生物が生来に備える、鱗や革、皮膚などの総称。