未題 - 蛍ノ酔話ノ続キヨリ 作:荒木田久仁緒
夕暮れの川べりに、男がぼーっと突っ立っている。
高く広い背中。どこかだらしなく、着崩れた着物。
その目は、遠く草陰に舞いはじめた光の粒を、じっと眺めている……のだろうか。
やがて気配を感じたのか、ゆっくりとこちらを振り向いて。
「……君は……?」
私を見つめ、いぶかしげな表情を浮かべた。
「やあ、お兄さん。また会ったね」
笑って挨拶してやる。ちょっと人間っぽく、手なんか振ってみたりして。
でも今日はまだ、日は沈み始めてもいないから、よく見ればすぐに、妖怪と気づく明るさだけど。
……逃げない。どころか、驚きもしない、か。
ったく、もっと怖がれってのに。
「また?」
「そうだよ。でもやっぱり、覚えてないんだね」
「覚え……て……」
頭に手を当て、小さく首を振る。
「わからない……いったい、何が……」
「知りたい?」
「え?」
「記憶を失くした日のこと。
あの夜、何があったのか……知りたい?」
少し、
こっくりと、首が縦に振られた、その直後。
「あれ……?」
戸惑いながら、その体が地面に崩れ落ちる。
仕事を終えた小さな虫が、男の腕から飛び立っていく。それを少しのあいだ見送ってから私は、身動きの取れないまま転がる男のそばに歩み寄った。
「お……俺を、食う、のかっ……」
草に埋まった顔から、そんな声が上がった。
そうそう、少しは怯えてくれないとね。
「ん~? どうしよっかなぁ……。
ま、とりあえずは……っと」
腕をつかんで、ごろんと仰向けに転がす。
「教えてあげるよ、何があったか。
あの日と全部、同じようにして……ね」
そう言って。
言葉どおり、あの日と同じように、私はズボンを脱ぎ捨てた。
「えっ……?」
地面から、驚いたような声がする。これも前と同じ、だ。
ちょっと考えて、外套を外し、シャツも靴も脱いでしまう。多分また、汗まみれになりそうだから。
裸になった私の肌を、夕風がさらさら撫でていく。涼しげだけど、ほの温かい、夏の風。
さて、次は……いや、何か忘れてるような。
ああ、そうだ。大事なことが、まだ済んでない。
私は身をかがめ、男の顔を覗きこみながら、
「ねえ、私のこと、どう思う?」
そう、訊いてやった。
「ど、どうって……」
男の瞳が、ふよふよと泳いでいる。
なんだ、この反応。やっぱりよくわかんないな、人間は。
「ほら、ちゃんと見て、私を。……どう、思う? 私の姿……」
さあ、言え。あの夜と、同じ言葉を。
……って、覚えてないんだっけ。困ったな。
思い出してよ……早く。
苛立ち紛れに、どすんと胸の上へ跨ってやった。ぐえっと声がしたけど、知ったことか。もたもたしているお前が悪い。
正面から、赤い夕日が差している。
あの夜の、月の光ではないけれど、それが私の体を、明るく照らしているはずだ。
あっちこっちへさまよっていた視線が、だんだん戻ってきて。
やがてじっと、私を見つめて。
そして、
「……綺麗、だ」
きゅん、と、お腹の奥が、その言葉に悶えた。
「そう……じゃあ、しよっか。交尾」
私のお腹が光り、彼の顔を照らし返す。
交尾を始めよう。あの夜のことを、こいつに教えるために。
それに、私も……知りたいことがあるのだ。
「な、何だって……? ちょっ、待てっ……!」
やっぱりあの夜と同じように、叫ばれる文句を無視して、私は彼の服をはだけてゆく。下腹部を覆っている下着をずらすと、ぷるんと陰茎が顔を出した。
まだ二度目だけど、もう勝手はわかってる。こうやって握って、先っぽを撫でてやれば……ほら、ひくひく震えて、大きく膨らんで、硬くなってくる。
立ち上がったソレの形を、改めて観察してみる。
つるんとして、少しデコボコのある、肉の棒。先端はちょっと丸く膨らんでいて、その縁には小さな段差があって。
そうだ……この段差が、あの夜、私の中を何度も深く、引っかいた。そしてそこから、あの不思議な何かが……。
思い出したその感覚に、腰の奥が震えて、無意識に太腿が左右から、股間をきゅっと締めあげる。
膣から押し出された粘液が、その隙間に熱く広がった。
腰を上げ、十分に硬くなった陰茎の上へ、股間を乗せる。
体重をかけ、指で広げた交接器の間へ、その先端を押しこんでいく。
……やっぱり、キツいな。大きすぎる。でも前も入ったんだし、大丈夫。
よく考えたら、硬くなる前に入れたほうが楽だったかな。もう遅いけど。
じわり、じわりと、およそ入りそうにない太いものが、ゆっくり膣口を押し広げていく。
ぴりぴりと腰に広がる、鈍い感覚。痛みに似た何か、のような。
やがて、
「んっ……!」
「う、わっ……」
二つの小さな声が、重なって。
粘液で濡れ、柔らかく伸ばされた入り口が、限界まで広がり、その先端を飲みこんだ。
これもあの時と同じ……でも、少し違う感覚。
「あっ……ぁ、ん……」
熱い熱い、圧迫感。
腰が溶けるような、奇妙な倦怠感。
何度やっても、指では得られなかった、この感じ。
それも、なんだか前より大きい気がする。粘膜が敏感になってるから、だろうか。
でも、まだ。まだ先っぽだけだ。
これを、もっと、もっと奥まで。そうしたら、もっと……。
左右にひねりながら、ゆっくりと、腰を落とす。
「んっ……う……」
ずりずりと、大きな塊が、体の奥へ、ねじこまれてゆく。
進んだ分だけ、熱さが増していく。
やがて、私のいちばん奥が、じわりと押し上げられた。
「あぁ……はぁ……」
ここで行き止まり……でも、陰茎はまだ、大分残っている。
もうちょっと、もう少し、入るはず。
さらに体重をかける。膣壁が、じわじわ引き伸ばされ、私の内臓が、上へと持ち上げられてゆく。
ずぶずぶ、みちみちと、体が静かに裂けていくような、異様な感触が、お腹の中で反響してる。
なんだかまるで、このままどこまでも、飲みこんでしまえそうな……。
けど、流石に限界が来る。根元を一寸残して、腰の落ちるのが止まった。
「ふ……う……」
そっとお腹の上から指でなぞって、ソレの大きさを確かめてみる。
大きな大きな塊が、私の体内を埋めていた。みぞおちの、ちょっと下あたりまで。あの夜も、確かこれくらい……いや、あれよりもう少し、深いかも。
……というか、何やってるんだろ、私。
別にそんな、深く入れる必要なんて、なかったはずなのに。
本当に、深い。こんな所まで、貫かれて……お腹が、熱い。
それは陰茎の熱さなのか、それとも私自身の熱なのか、よくわからないけど。
膣から伝わった熱が、受精
ふわふわ、ぞくぞく、生温かくて、しびれるような、不思議な炎。
火照った体の下から、声がした。
「なっ……なんで、こんなことっ……」
「……言ったでしょ? あの夜なにがあったのか、教えてあげるって……これが、そう、だよ」
答えつつ、左右にゆっくり、腰を動かす。
お腹の中で彼の先端がゆらゆら揺れて、その上で期待に膨らんだ受精嚢がころころ転がる。
「そんな……まさか……」
呆然としたような、戸惑っているような、あいまいな表情で、つぶやく彼の棒が、ぴくりと跳ねた。
「ほんと、だよ。……じゃ、続けるね。最後まで、ね……」
ゆっくりと、腰を持ち上げる。
熱くぬめった膣壁を、ずるずると、こりこりと、引っかき、こそげながら、陰茎が体内から抜け出していく。
「ぅんっ……」
あの段差が、膣口に引っかかって、ぞわっと波が背筋を駆け上がる。
その反復に揺られながら、今度は下へ。
隙間を満たす粘液を押し出しながら、彼が私のいちばん奥に向かって、膣肉を掻き分けて進み……そしてまた、ぷにゅん、とソコを突き上げる。
「はぁぁ……」
ああ、大きい。深い。刺激が強い。……気持ち悪い。
けど、これは交尾のため。こいつの精液を採るために、必要なことだから。
……それだけじゃ、ないけど。
もうひとつ、あの夜わからなかったことを、知るために────
ずぶり、ずるりと、太い棒が、私の穴を、出たり入ったりしている。
時折ひくひく震えながら、私の中をこすりたてている。
いや……こすりつけているのは、私のほうか。
全身から汗を噴き出して。股間から汁をあふれさせて。
「んあっ……ん、ふぅ、……はぁ、あ……ぅん……」
必死に腰を上下させて……そんな変な声を、上げながら。
……生殖行為は、生き物の本能。みんな何よりも懸命に、いつだって真剣で。
妖怪になった今でも、きっとそれは私の中に生きていて。だからその本能が、こんなにも必死に、私の体を衝き動かしている……んだろう。彼から、精子をもらうために。
そうだ。そんなの、当たり前のことだ。そんな余計なこと、考えなくていい。
今はただ、刺激を。射精をうながす刺激を、彼の陰茎に与えるために。そう、私にじゃなく、彼に……。
腰をひねるように、大きく動かす。太い陰茎が私の中を、ぐいぐいかき混ぜている。ねっとりした粘液が泡立つような音が、股の間から聞こえてくる。
彼の棒が、先端が、段差が、色々なところにこすれて当たる。当たったところのあちこちから、ぞくんぞくんと、電気の波が脳髄まで駆けのぼる。そのたびに私の肉が彼をきゅうきゅう締めつけて、締めつけたところが熱く燃え上がり、鼻にかかった吐息が漏れる。
ああもう、これ本当に、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち■い……。
「んっ、んっ……あ、ん、ああ……」
電気にしびれて、ぼんやりしてきた頭の中に、私の声と、もうひとつの声が、重なって響く。
「くっ……う、ぅくっ……ふぅっ……」
彼の声。そう、これもあの夜と、同じ。
二人で一緒に、こうして声を上げて、汗を流して。
お互いの粘膜を、こすりつけあって。
私は、それを覚えている。でも、彼は────
「ねえっ……思い、出した……? この前の、ことっ……」
「うっ……わからな……いっ……ぐっ……う……」
やっぱり、覚えてない、か。
忘れさせたのは、私だし、しょうがないけど。
だけど……なんだろう、この、モヤモヤした、感情。
私、イラついてる?
どうして?
……まあ、いいや。
どうせまた、最後には、何もかも────
頭に響く粘ついた水音が、そんな思考をあっさり覆い隠し、塗りつぶしていく。
気がつけば、とっくに日は落ちていた。
夜の闇に包まれた川べりを照らすのは、半分ほどの月と星明りだけ。
……と、もうひとつ、あった。
私のお腹から出る緑の光が、ふわふわ瞬きながら、彼の顔を照らし出している。
不意に、あの出来事が、頭に浮かんでくる。
あの時。動かないはずの、彼の腕が動いて。
私の腰を、がっしり掴んで。
私の体を、下から跳ね上げて。
私の腹の奥を、何度も、何度も突き上げて。
また、そうならないかな。
心のどこかで、そう思った。
思った理由は、わからない。答えの見えない考えを振り払うように、ますます激しく腰が動く。
その腰の下から、声が聞こえた。
「うっ……ぐっ……っ!!」
搾り出すような、うめき声。聞き覚えのある響き。
私の中の陰茎も、いっそう大きく、硬く、びくんびくんと震え始めて。
きっと、射精が近い。
ああ、でも待って。
もうちょっと、待って。
まだ、私、知りたい、ことが。
「あっ、んっ、ぅんっ、はっ、あ、あっ、んっ、あぁっ……」
呼吸と声が、荒くなる。腰の動きが速くなる。
ぷちゅぷちゅ、くちゅくちゅ、流れる汁音と、体の熱が、どんどん高まってくる。
頭の中に、白い
その靄の向こうに、何かがある。そう、その何かを、知りたくて、私は────
「……あ……?」
────何か。
その何かが、いま。
腰の奥から、背中を這い上がって。これは……
「あ……あっ、ああっ……」
ヤバい。
駄目だ。止まれ。
これは駄目だ。駄目な気がする。知っちゃ駄目、やめなきゃ、やめろ、やめ、駄目、だめダメダメダメ止まらない────!!!!
「……い……っ!!」
……あたまの中が、まっしろになった。
体が、のけぞる。手足が、がくがくふるえる。
おしりの下から、あたまのてっぺんまで、じーんとしびれて。
ぎゅっとつむった、まぶたのうらに、いくつものほしが、ちかちかまたたいて。
おなかの中で、何かがびくびくはねてる。
わたしの穴が、それをぎゅーっとしめつけている。
太くて、長くて、かたい何か。
びゅるっ、びゅるって、何かをふきだしている。
せいえき?
そうだ、こうびしてたんだ。せいえきが、ほしくて。
のみこんでる。おなかの中に、たまってく。こんなに、いっぱい。せーえき、あったかい……
やがて、
ゆっくりと、
ゆっくりと波が、引いていく。
「あ……はっ……」
固まっていた肺から吐き出した空気が、喉と唇を鳴らした。
がっくりと首が落ちる。彼の服をつかんだ両腕で、崩れそうな上半身を支えた。口を大きく開け、何度も肩で息をする。
「はぁ、はぁ……ふぅ……ふぅ……」
……まさか、こんな。
こんなものが、私の中にあった、なんて。
こんな……気持ち■いものが。
頭が、ぐらぐら、ふらふらする。体はだるいし、汗だらだらだし。動悸が激しくて、呼吸も苦しい。
ああ……気持ち■い。
生まれてこのかた、知らない感覚。こんな奇怪で、不思議なもの。
わけのわからない、どろっとして、ぐちゃぐちゃで、ひりひりする……あったかくて、ふわふわで、甘くて。
すごく、ものすごく……
「……きもち、いい……」
私の中に生まれた、その新しいことばが。
半開きの口から、唾液と共に漏れ落ちた。
だんだんと、思考が晴れてゆく。体の痺れが取れ、呼吸も落ちついてくる。
そっと目を開いたら、彼と視線が合った。
汗まみれの顔。荒い呼吸。
苦しそうな、でもそれだけじゃない、ぼんやりした、うっとりとした眼差し。
あの夜と、同じ。
だから私は、訊いてみた。
「……ねえ、気持ちよかった?」
数秒、間を置いて。
「ああ……」
そんな声と一緒に、彼の首が、小さく肯定の向きに動いた。
「ふうん……」
そうか。
彼も、気持ちよかったのか。私と同じに。
だったら。
きっと、私の表情も、彼と同じなんだろう。
精液をたっぷり吸いこんだ受精嚢が、私の中心でゆらゆらとまどろみながら、交尾の完了を告げた。
まだ膣内にある彼の陰茎も、じんわり硬さを失っていく。
終わり、か。
そう、交尾は、これで終わり。それで……どうするんだっけ。
まだ少し、頭がぼーっとしてる。
ええと……。
そうだ。こいつの、後始末をしないと。
息の根を止めて、川に沈めてしまうか。
あるいは、記憶を消すか。
妖怪に襲われて気を失った、その事実だけ残して。あとは放っておけば勝手に、巫女か誰かのおかげで助かった、ということになる。この前は、ちょっと忘れさせすぎたけど。
忘れさせる。倒れた後のこと。私との交尾のこと、全部────
「……」
やめた。
毒虫を呼ぶこともなく、私は立ち上がった。陰茎がずるりと抜けて、残った空洞が、ちょっと切ない。
汗まみれの体を川の水で洗い、服を身につけ、立ち去ろうとした時。
「俺を、食べないのか」
地面から聞こえた声に、振り向いた視線の先で、穏やかな瞳が私を見上げていた。
「……別に、おなか空いてないし。おいしくなさそうだから」
嘘だ。そんな理由じゃあない。
本当は。本当の理由は……それは、よくわからないけど。
「そのうち毒は抜けて、動けるはずだから。
それまで、別な妖怪に襲われないといいね。
……それじゃ」
そう言って背を向け、私はその場を離れた。
それから、半刻後か。一刻後だったか。
じっと横たわっていた人影が、ゆっくりと身を起こし。
何かを探すように、あたりを見回して。
その後もしばらく、その場に座りこんで。
やがて立ち上がり、何度か川のほうを振り返りながら、人里へと去っていき。
そして、少し離れた大きな木の上で、ずっとそれを見ていた私は、疲れきった体と頭を、眠りの沼に沈めることにした。