※この作品はR-18です。

未題 - 蛍ノ酔話ノ続キヨリ   作:荒木田久仁緒

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【上】 同じ行為、違う何か    


 

 

  夕暮れの川べりに、男がぼーっと突っ立っている。

 

  高く広い背中。どこかだらしなく、着崩れた着物。

  その目は、遠く草陰に舞いはじめた光の粒を、じっと眺めている……のだろうか。

 

  やがて気配を感じたのか、ゆっくりとこちらを振り向いて。

 

「……君は……?」

 

  私を見つめ、いぶかしげな表情を浮かべた。

 

「やあ、お兄さん。また会ったね」

 

  笑って挨拶してやる。ちょっと人間っぽく、手なんか振ってみたりして。

  でも今日はまだ、日は沈み始めてもいないから、よく見ればすぐに、妖怪と気づく明るさだけど。

 

  ……逃げない。どころか、驚きもしない、か。

  ったく、もっと怖がれってのに。

 

「また?」

「そうだよ。でもやっぱり、覚えてないんだね」

 

「覚え……て……」

 

  頭に手を当て、小さく首を振る。

 

「わからない……いったい、何が……」

「知りたい?」

「え?」

 

「記憶を失くした日のこと。

 あの夜、何があったのか……知りたい?」

 

  少し、間(ま)があって。

 

  こっくりと、首が縦に振られた、その直後。

 

「あれ……?」

 

  戸惑いながら、その体が地面に崩れ落ちる。

 

  仕事を終えた小さな虫が、男の腕から飛び立っていく。それを少しのあいだ見送ってから私は、身動きの取れないまま転がる男のそばに歩み寄った。

 

「お……俺を、食う、のかっ……」

 

  草に埋まった顔から、そんな声が上がった。

  そうそう、少しは怯えてくれないとね。

 

「ん~? どうしよっかなぁ……。

 ま、とりあえずは……っと」

 

  腕をつかんで、ごろんと仰向けに転がす。

 

「教えてあげるよ、何があったか。

 あの日と全部、同じようにして……ね」

 

  そう言って。

  言葉どおり、あの日と同じように、私はズボンを脱ぎ捨てた。

 

「えっ……?」

 

  地面から、驚いたような声がする。これも前と同じ、だ。

  ちょっと考えて、外套を外し、シャツも靴も脱いでしまう。多分また、汗まみれになりそうだから。

  裸になった私の肌を、夕風がさらさら撫でていく。涼しげだけど、ほの温かい、夏の風。

 

  さて、次は……いや、何か忘れてるような。

 

  ああ、そうだ。大事なことが、まだ済んでない。

  私は身をかがめ、男の顔を覗きこみながら、

 

「ねえ、私のこと、どう思う?」

 

  そう、訊いてやった。

 

 

「ど、どうって……」

 

  男の瞳が、ふよふよと泳いでいる。

  なんだ、この反応。やっぱりよくわかんないな、人間は。

 

「ほら、ちゃんと見て、私を。……どう、思う? 私の姿……」

 

  さあ、言え。あの夜と、同じ言葉を。

  ……って、覚えてないんだっけ。困ったな。

 

  思い出してよ……早く。

 

  苛立ち紛れに、どすんと胸の上へ跨ってやった。ぐえっと声がしたけど、知ったことか。もたもたしているお前が悪い。

 

  正面から、赤い夕日が差している。

  あの夜の、月の光ではないけれど、それが私の体を、明るく照らしているはずだ。

 

  あっちこっちへさまよっていた視線が、だんだん戻ってきて。

 

  やがてじっと、私を見つめて。

  そして、

 

 

「……綺麗、だ」

 

 

  きゅん、と、お腹の奥が、その言葉に悶えた。

 

「そう……じゃあ、しよっか。交尾」

 

  私のお腹が光り、彼の顔を照らし返す。

  交尾を始めよう。あの夜のことを、こいつに教えるために。

 

  それに、私も……知りたいことがあるのだ。

 

 

 

 

 

「な、何だって……? ちょっ、待てっ……!」

 

  やっぱりあの夜と同じように、叫ばれる文句を無視して、私は彼の服をはだけてゆく。下腹部を覆っている下着をずらすと、ぷるんと陰茎が顔を出した。

 

  まだ二度目だけど、もう勝手はわかってる。こうやって握って、先っぽを撫でてやれば……ほら、ひくひく震えて、大きく膨らんで、硬くなってくる。

 

  立ち上がったソレの形を、改めて観察してみる。

  つるんとして、少しデコボコのある、肉の棒。先端はちょっと丸く膨らんでいて、その縁には小さな段差があって。

 

  そうだ……この段差が、あの夜、私の中を何度も深く、引っかいた。そしてそこから、あの不思議な何かが……。

 

  思い出したその感覚に、腰の奥が震えて、無意識に太腿が左右から、股間をきゅっと締めあげる。

  膣から押し出された粘液が、その隙間に熱く広がった。

 

 

 

  腰を上げ、十分に硬くなった陰茎の上へ、股間を乗せる。

  体重をかけ、指で広げた交接器の間へ、その先端を押しこんでいく。

 

  ……やっぱり、キツいな。大きすぎる。でも前も入ったんだし、大丈夫。

  よく考えたら、硬くなる前に入れたほうが楽だったかな。もう遅いけど。

 

  じわり、じわりと、およそ入りそうにない太いものが、ゆっくり膣口を押し広げていく。

 

  ぴりぴりと腰に広がる、鈍い感覚。痛みに似た何か、のような。

 

  やがて、

 

「んっ……!」

「う、わっ……」

 

  二つの小さな声が、重なって。

  粘液で濡れ、柔らかく伸ばされた入り口が、限界まで広がり、その先端を飲みこんだ。

 

  これもあの時と同じ……でも、少し違う感覚。

 

「あっ……ぁ、ん……」

 

  熱い熱い、圧迫感。

  腰が溶けるような、奇妙な倦怠感。

  何度やっても、指では得られなかった、この感じ。

 

  それも、なんだか前より大きい気がする。粘膜が敏感になってるから、だろうか。

 

  でも、まだ。まだ先っぽだけだ。

  これを、もっと、もっと奥まで。そうしたら、もっと……。

 

  左右にひねりながら、ゆっくりと、腰を落とす。

 

「んっ……う……」

 

  ずりずりと、大きな塊が、体の奥へ、ねじこまれてゆく。

  進んだ分だけ、熱さが増していく。

 

  やがて、私のいちばん奥が、じわりと押し上げられた。

 

「あぁ……はぁ……」

 

  ここで行き止まり……でも、陰茎はまだ、大分残っている。

  もうちょっと、もう少し、入るはず。

 

  さらに体重をかける。膣壁が、じわじわ引き伸ばされ、私の内臓が、上へと持ち上げられてゆく。

  ずぶずぶ、みちみちと、体が静かに裂けていくような、異様な感触が、お腹の中で反響してる。

  なんだかまるで、このままどこまでも、飲みこんでしまえそうな……。

 

  けど、流石に限界が来る。根元を一寸残して、腰の落ちるのが止まった。

 

「ふ……う……」

 

  そっとお腹の上から指でなぞって、ソレの大きさを確かめてみる。

 

  大きな大きな塊が、私の体内を埋めていた。みぞおちの、ちょっと下あたりまで。あの夜も、確かこれくらい……いや、あれよりもう少し、深いかも。

 

  ……というか、何やってるんだろ、私。

  別にそんな、深く入れる必要なんて、なかったはずなのに。

 

  本当に、深い。こんな所まで、貫かれて……お腹が、熱い。

 

  それは陰茎の熱さなのか、それとも私自身の熱なのか、よくわからないけど。

  膣から伝わった熱が、受精嚢(のう)を燃やし、受精嚢から炎が、全身に広がっていく。

  ふわふわ、ぞくぞく、生温かくて、しびれるような、不思議な炎。

 

  火照った体の下から、声がした。

 

「なっ……なんで、こんなことっ……」

 

「……言ったでしょ? あの夜なにがあったのか、教えてあげるって……これが、そう、だよ」

 

  答えつつ、左右にゆっくり、腰を動かす。

  お腹の中で彼の先端がゆらゆら揺れて、その上で期待に膨らんだ受精嚢がころころ転がる。

 

「そんな……まさか……」

 

  呆然としたような、戸惑っているような、あいまいな表情で、つぶやく彼の棒が、ぴくりと跳ねた。

 

「ほんと、だよ。……じゃ、続けるね。最後まで、ね……」

 

  ゆっくりと、腰を持ち上げる。

  熱くぬめった膣壁を、ずるずると、こりこりと、引っかき、こそげながら、陰茎が体内から抜け出していく。

 

「ぅんっ……」

 

  あの段差が、膣口に引っかかって、ぞわっと波が背筋を駆け上がる。

  その反復に揺られながら、今度は下へ。

  隙間を満たす粘液を押し出しながら、彼が私のいちばん奥に向かって、膣肉を掻き分けて進み……そしてまた、ぷにゅん、とソコを突き上げる。

 

「はぁぁ……」

 

  ああ、大きい。深い。刺激が強い。……気持ち悪い。

  けど、これは交尾のため。こいつの精液を採るために、必要なことだから。

 

  ……それだけじゃ、ないけど。

  もうひとつ、あの夜わからなかったことを、知るために────

 

 

 

  ずぶり、ずるりと、太い棒が、私の穴を、出たり入ったりしている。

  時折ひくひく震えながら、私の中をこすりたてている。

 

  いや……こすりつけているのは、私のほうか。

  全身から汗を噴き出して。股間から汁をあふれさせて。

 

「んあっ……ん、ふぅ、……はぁ、あ……ぅん……」

 

  必死に腰を上下させて……そんな変な声を、上げながら。

 

  ……生殖行為は、生き物の本能。みんな何よりも懸命に、いつだって真剣で。

  妖怪になった今でも、きっとそれは私の中に生きていて。だからその本能が、こんなにも必死に、私の体を衝き動かしている……んだろう。彼から、精子をもらうために。

 

  そうだ。そんなの、当たり前のことだ。そんな余計なこと、考えなくていい。

  今はただ、刺激を。射精をうながす刺激を、彼の陰茎に与えるために。そう、私にじゃなく、彼に……。

 

  腰をひねるように、大きく動かす。太い陰茎が私の中を、ぐいぐいかき混ぜている。ねっとりした粘液が泡立つような音が、股の間から聞こえてくる。

  彼の棒が、先端が、段差が、色々なところにこすれて当たる。当たったところのあちこちから、ぞくんぞくんと、電気の波が脳髄まで駆けのぼる。そのたびに私の肉が彼をきゅうきゅう締めつけて、締めつけたところが熱く燃え上がり、鼻にかかった吐息が漏れる。

  ああもう、これ本当に、気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち■い……。

 

「んっ、んっ……あ、ん、ああ……」

 

  電気にしびれて、ぼんやりしてきた頭の中に、私の声と、もうひとつの声が、重なって響く。

 

「くっ……う、ぅくっ……ふぅっ……」

 

  彼の声。そう、これもあの夜と、同じ。

  二人で一緒に、こうして声を上げて、汗を流して。

  お互いの粘膜を、こすりつけあって。

 

  私は、それを覚えている。でも、彼は────

 

「ねえっ……思い、出した……? この前の、ことっ……」

 

「うっ……わからな……いっ……ぐっ……う……」

 

  やっぱり、覚えてない、か。

  忘れさせたのは、私だし、しょうがないけど。

 

  だけど……なんだろう、この、モヤモヤした、感情。

  私、イラついてる?

  どうして?

 

  ……まあ、いいや。

  どうせまた、最後には、何もかも────

 

  頭に響く粘ついた水音が、そんな思考をあっさり覆い隠し、塗りつぶしていく。

 

 

  気がつけば、とっくに日は落ちていた。

  夜の闇に包まれた川べりを照らすのは、半分ほどの月と星明りだけ。

 

  ……と、もうひとつ、あった。

  私のお腹から出る緑の光が、ふわふわ瞬きながら、彼の顔を照らし出している。

 

 

 

  不意に、あの出来事が、頭に浮かんでくる。

 

  あの時。動かないはずの、彼の腕が動いて。

  私の腰を、がっしり掴んで。

  私の体を、下から跳ね上げて。

  私の腹の奥を、何度も、何度も突き上げて。

 

 

  また、そうならないかな。

 

  心のどこかで、そう思った。

  思った理由は、わからない。答えの見えない考えを振り払うように、ますます激しく腰が動く。

 

  その腰の下から、声が聞こえた。

 

「うっ……ぐっ……っ!!」

 

  搾り出すような、うめき声。聞き覚えのある響き。

  私の中の陰茎も、いっそう大きく、硬く、びくんびくんと震え始めて。

 

  きっと、射精が近い。

 

  ああ、でも待って。

  もうちょっと、待って。

 

  まだ、私、知りたい、ことが。

 

「あっ、んっ、ぅんっ、はっ、あ、あっ、んっ、あぁっ……」

 

  呼吸と声が、荒くなる。腰の動きが速くなる。

  ぷちゅぷちゅ、くちゅくちゅ、流れる汁音と、体の熱が、どんどん高まってくる。

  頭の中に、白い靄(もや)が立ちこめてくる。

  その靄の向こうに、何かがある。そう、その何かを、知りたくて、私は────

 

「……あ……?」

 

  ────何か。

  その何かが、いま。

  腰の奥から、背中を這い上がって。これは……

 

「あ……あっ、ああっ……」

 

  ヤバい。

  駄目だ。止まれ。

  これは駄目だ。駄目な気がする。知っちゃ駄目、やめなきゃ、やめろ、やめ、駄目、だめダメダメダメ止まらない────!!!!

 

「……い……っ!!」

 

  ……あたまの中が、まっしろになった。

 

 

  体が、のけぞる。手足が、がくがくふるえる。

  おしりの下から、あたまのてっぺんまで、じーんとしびれて。

  ぎゅっとつむった、まぶたのうらに、いくつものほしが、ちかちかまたたいて。

 

  おなかの中で、何かがびくびくはねてる。

  わたしの穴が、それをぎゅーっとしめつけている。

  太くて、長くて、かたい何か。

  びゅるっ、びゅるって、何かをふきだしている。

 

  せいえき?

  そうだ、こうびしてたんだ。せいえきが、ほしくて。

  のみこんでる。おなかの中に、たまってく。こんなに、いっぱい。せーえき、あったかい……

 

 

 

  やがて、

  ゆっくりと、

  ゆっくりと波が、引いていく。

 

「あ……はっ……」

 

  固まっていた肺から吐き出した空気が、喉と唇を鳴らした。

  がっくりと首が落ちる。彼の服をつかんだ両腕で、崩れそうな上半身を支えた。口を大きく開け、何度も肩で息をする。

 

「はぁ、はぁ……ふぅ……ふぅ……」

 

  ……まさか、こんな。

  こんなものが、私の中にあった、なんて。

  こんな……気持ち■いものが。

 

  頭が、ぐらぐら、ふらふらする。体はだるいし、汗だらだらだし。動悸が激しくて、呼吸も苦しい。

 

  ああ……気持ち■い。

  生まれてこのかた、知らない感覚。こんな奇怪で、不思議なもの。

  わけのわからない、どろっとして、ぐちゃぐちゃで、ひりひりする……あったかくて、ふわふわで、甘くて。

  すごく、ものすごく……

 

「……きもち、いい……」

 

  私の中に生まれた、その新しいことばが。

  半開きの口から、唾液と共に漏れ落ちた。

 

 

 

  だんだんと、思考が晴れてゆく。体の痺れが取れ、呼吸も落ちついてくる。

  そっと目を開いたら、彼と視線が合った。

 

  汗まみれの顔。荒い呼吸。

  苦しそうな、でもそれだけじゃない、ぼんやりした、うっとりとした眼差し。

  あの夜と、同じ。

 

  だから私は、訊いてみた。

 

 

「……ねえ、気持ちよかった?」

 

 

  数秒、間を置いて。

 

「ああ……」

 

  そんな声と一緒に、彼の首が、小さく肯定の向きに動いた。

 

「ふうん……」

 

  そうか。

  彼も、気持ちよかったのか。私と同じに。

  だったら。

 

  きっと、私の表情も、彼と同じなんだろう。

 

 

 

  精液をたっぷり吸いこんだ受精嚢が、私の中心でゆらゆらとまどろみながら、交尾の完了を告げた。

  まだ膣内にある彼の陰茎も、じんわり硬さを失っていく。

 

  終わり、か。

 

  そう、交尾は、これで終わり。それで……どうするんだっけ。

  まだ少し、頭がぼーっとしてる。

  ええと……。

 

 

  そうだ。こいつの、後始末をしないと。

 

  息の根を止めて、川に沈めてしまうか。

  あるいは、記憶を消すか。

  妖怪に襲われて気を失った、その事実だけ残して。あとは放っておけば勝手に、巫女か誰かのおかげで助かった、ということになる。この前は、ちょっと忘れさせすぎたけど。

 

  忘れさせる。倒れた後のこと。私との交尾のこと、全部────

 

「……」

 

  やめた。

 

  毒虫を呼ぶこともなく、私は立ち上がった。陰茎がずるりと抜けて、残った空洞が、ちょっと切ない。

  汗まみれの体を川の水で洗い、服を身につけ、立ち去ろうとした時。

 

「俺を、食べないのか」

 

  地面から聞こえた声に、振り向いた視線の先で、穏やかな瞳が私を見上げていた。

 

「……別に、おなか空いてないし。おいしくなさそうだから」

 

  嘘だ。そんな理由じゃあない。

  本当は。本当の理由は……それは、よくわからないけど。

 

「そのうち毒は抜けて、動けるはずだから。

 それまで、別な妖怪に襲われないといいね。

 ……それじゃ」

 

  そう言って背を向け、私はその場を離れた。

 

 

 

 

 

  それから、半刻後か。一刻後だったか。

 

  じっと横たわっていた人影が、ゆっくりと身を起こし。

  何かを探すように、あたりを見回して。

  その後もしばらく、その場に座りこんで。

 

  やがて立ち上がり、何度か川のほうを振り返りながら、人里へと去っていき。

 

  そして、少し離れた大きな木の上で、ずっとそれを見ていた私は、疲れきった体と頭を、眠りの沼に沈めることにした。

 


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