未題 - 蛍ノ酔話ノ続キヨリ 作:荒木田久仁緒
月光にくっきりと影を落として、それはもう準備万端に、天を衝いている。
そそりたつ彼の陰茎を目の前に、ふとした思いつきが頭に浮かび、私は自分の股間へと手を伸ばした。
「んっ……」
にゅるん、と簡単に指が三本、開ききった膣内へ、軽く押し当てただけで飲みこまれてしまう。少しかきまぜて、溢れ出した汁を手に受けると、それを肉棒へ浴びせるように塗りつけた。
そのまま、両手で茎を、先端をぬるぬる撫でまわす。
段差をつまむように擦ってみたり、穴のところを指先でくりくりしたり。少し強めに、しごいてみたりして。
表面のいくつものでこぼこを、指で押さえてこねまわす。その形をひとつひとつ、確かめながら。それがどんなふうに蠢いて、私の中をかき回すのか、考えながら────
「うっ……あ……」
手の動きに合わせて聞こえる、彼の呻き声。
ひくひくと腰が、陰茎が、小さく跳ねるように動く。
粘液に塗れた表面が、きらきらと月の光に輝いて、綺麗だ。
「気持ちいい? 気持ちいい、よね?」
私も……早く気持ちよくなりたい、けど。
でも、もうちょっと、我慢。
そしたら、ほら……
「ぐぅ……っ、も、もう……」
切なそうな顔で、そう言って、伸ばされた手が、私の足を軽くつかんで、前へ引き寄せようとする。
さっきは、私のほうが我慢できなくなったから……だからこれで、おあいこだ。
「ふふ……じゃあ、入れるね」
そう余裕ぶってみるけど、本能は正直で、ぱぁっと明るく、お腹が光る。その意味は彼には、わからないはずだけど。
いや……もしかしたら、もう理解してたりして……?
……あ。
また何か、よくわからない感情、が。
少しばかりの、居心地の悪さ。
私が、こんなにも発情してるって……交尾したくてたまらないってことを、彼に知られるのが……なんかちょっと、居心地が、悪い。
なんでだろう。それを教えるための光なのに。生殖器から、これほど体液をしたたらせておいて、今更……。
ちょっと瞬きをして、そのモヤモヤを頭から追い出しつつ、疼いて仕方ない股間を上へ、陰茎の先端へ乗せた。
ねちゃり、と響く水音。
触れたところから広がる、熱い痺れ。
「は、ぁ……」
息を吐き、体重をかけて、それを受け入れる。すっかり柔らかくこなれた膣口が、いちばん太い部分をあっさりくわえこみ、そのままずるずると、粘膜を震わせながら、飲みこんでいく。
目を閉じ、そこに意識を集中する。さっき触った彼の形を、思い出しながら。あの逞しく太い槍が、私の肉をえぐってゆくさまを、下から上まで、じっくりと味わって。
そしてほどなく、腰が落ちきり、彼の下腹部に股間が密着した。
あれ?
入っちゃった。
根元まで、全部……あんな、おっきなモノが。
本当に壊れちゃったのかな、私のお腹……。
心臓のすぐ近くで、彼の熱い先端を感じる。さっき貰った精液でたぷたぷ揺れてる、受精
陰茎の根元に生えている毛が、敏感なところに当たって、ふわふわこすれて……それも気持ちいい。
どうやら、私の体はもう、彼のかたちにぴったり合うように変わってしまったみたいだ。
この全身で彼を受け入れて、彼と触れ合って、彼を感じて……彼に私を、感じてもらうために────
腰が、熱い手に掴まれる。
彼の両手。がっしりと、あの夜と同じように。
お腹いっぱいに広がった期待に震えながら、私も自分の手を、彼の腕の上に重ねる。
そして私たちは、呼吸を合わせながら、静かに……やがて激しく、腰を動かし始めた。
「あっ……あ、はぁ……ぅんっ……」
「ふぅっ……はっ、はぁ、うっ……」
肉と肉が、こすれ合う。
吐息と吐息が、重なり合う。
その間に響くのは、粘液がぐちゅぐちゅ泡立つ音と、時折ふわっと輝く緑の光。
丸く膨らんだ先端が、私のお腹の奥を、こりこり引っかき、かき回し、突っついている。
彼の腕に揺り動かされる腰を、自分でも左右にくねらせる。ねっとり濡れた私の中で、熱い柱が踊るように跳ねる。
こつん、と何かが、お腹の中でぶつかり合った。
膣壁の向こう。その隣にある器官が、熱くふくらんで、陰茎に当たって、こすれている。
「あっ……? こ、れ……。あ、んっ……」
卵巣。
私の一番、大事で繊細なところ。けれど長らく、使っていなかった場所。それがもぞりと蠢いて、膣のほうへ、彼の陰茎へと、身を寄せはじめていた。
「ん、はぁ……あ……ふぅ……ん」
お腹いっぱいに、広がる刺激。どこか切ない、甘酸っぱい快感。
ああ、知らない。知らなかった。
ふわふわ、ゆらゆら、その中で波紋が広がる。忘れかけていた何かが、そこに呼び戻されている。
そう……すべての行為は、本来、そのために。
でも、そんなことは起きない。人と妖怪では、起こったりしない……はずだけど。
もう、よく、わかんない。
ぶちゅり、ぐちゃりと音を立てて吹き出す粘液が、とめどなく彼の上へ流れ落ちている。
その泉をさらに掘り起こそうと、彼はますます硬く反りかえって、私の奥を突いている。突かれるたびに、ぞくっ、ぞくっと、駆け昇る震えに背中がのけぞり、私はゆるんだ唇から鳴き声をこぼしつつ、
雲ひとつない、美しい星空。輝く満月から、降りそそぐ光。
光の先を見下ろせば、明るく照らされた彼の顔。
半開きの口。荒い呼吸。苦しそうな、切なそうな表情。私を見つめる、とろんとした瞳。
その表情が何なのか、私はもう、知っている。わかってる、けど……でも、はっきりと、確かめたい。
だから私は、彼と見つめあい、それを訊く。
「ねえっ……気持ち、いい……?」
「ああ……すごくっ……」
「うんっ……わたし、もっ……きもち、いい、よっ……」
いま私は、彼と同じことを、感じてる。
それを確かめあうと、胸の奥が温かくなる。
体と体、心と心が、つながっている。そう思えることが……あったかくて、気持ちいい。
ああ、気持ちいい。
交尾って、本当に、キモチイイ。
けど、もっと、行きたい。
この心地よさの先へ、彼と一緒に。
二人でなら行ける、もっとずっと上へ。あの何よりも気持ちのいい、あの場所へ……。
背中を反らし、下腹部を彼の体へこすりつけるように動かす。腰をうねらせ、お腹に力を入れる。
「あっ、はぁ、ぁんっ……ん、ふぅんっ……」
膣が、受精嚢が、卵巣が、硬い陰茎をぎゅっと包みこんで、そのオスのあかしを内臓ぜんぶで、体ぜんぶで抱きしめる。肉と肉がぶつかりあい、こすれあうたびに、体が、頭が、どんどん熱くなる。
そして────
「うっ……あっ、もうっ……!!」
そんな呻きと共に激しくなる、彼の腰の動き。私もその動きに乗って、自分の波を高めていく。もうすぐ来る、あのてっぺんに向かって。
また、お腹が光る。彼の体を、顔を照らしだす。何度も、明るく、強く。
メスの本能が、その衝動を彼に伝えようとしている。精液がほしい、早く、早く、って。
それでも伝えきれない、収まりきらない思いが、お腹から溢れ出し、胸の中を満たして、唇へと吐き出され、
「うんっ……! おねがい、きてっ……せーえき、だしてっ……! 私の、中に、ぜんぶ……っ!!」
そう言葉でも、おねだりをした瞬間。
頭の中が、あの光で、真っ白に、染まる。
「いっ……くぅ……っ!!」
彼が私の奥へ、深く深く、突き刺さる。ふたつの体が隙間なく、ぴったりくっついて、ひとつになる。
大波が来る。体がバラバラになりそうな、激しい痙攣。思いっきり締めつけた膣の中心を、熱い熱いかたまりが、駆け昇ってくる。
「う、ぁっ……!!」
そして、彼のすべてが詰まったその贈り物を、私は自分のいちばん深い場所で、受け取った。
「……っ!! あ……あっ……あぁ……ん……っ……」
出てる。精液、たくさん。こんなに、まだ、出てる。すごい量……。
パンパンに膨らんだ受精嚢が、なおも飽き足らず、その蜜液を吸い取っている。本当に破裂しちゃうかもしれないのに。それでも、もっと欲しい、もっともっと、彼の子種が欲しいって、一滴のこらず、飲み干そうとしている。
その横にある器官が、そうしろって、囁いてる。
私の卵巣。それが、小さく震えている。卵を作ろうとしている。彼の精子を、受精させるために。そんなこと……しても、無駄なのに。
でも。
ふと、想う。
もし、無駄じゃなかったなら。
もしかしたら。ううん、そんなの、ありえない。だけど、もし、それが、そんなことが、あるとしたら────
そう想ったとき。
「えっ……?」
私の中で、何かに火がついた。
心臓が、きゅんきゅん身悶えしてる。そこに炎が燃えている。
何もかもを焼きつくしそうな灼熱の、なのにそれは、とても暖かくて、とろけるほど甘い。
「あっ……あぁ、こんな……わたしっ、なんで……っっっっ……」
頭の芯が融け崩れて、柔らかくて、とろりとした、なにかになる。
心が作り変えられている。彼のことだけで、すべてが埋められていく。
何?
これは何?
ぼーっとした頭の中で、疑問と共にふわふわと膨らむ、桃色の雲のような何か。
気持ちいい。きもちいい。キモチイイ、でも、それだけじゃない。
不思議な心が、彼への想いが、胸の中に溢れてる。
私は……私は、あなたを、あなたのことを、私は……
ことばが、欲しい。
この心を、描き出す言葉が。
そして、この想いを、あなたに伝える言葉が。
わからない。見つからない。確かにそれは、私の中にあるのに。
この夏の夜を、ずっと。次の夏も、その次の夏も。
いつまでもこの甘い水の中で、あなたと寄りそって、つながって、揺られていたい。
ただ心から、そう思った。
胸の奥から湧き上がってくる、その心地よい何かを、全身で感じながら、私は彼の顔を見下ろす。
月の光に照らされた、上気した頬。私を熱っぽく見つめる、あの眼差しを────
────違う。
その表情じゃ、ない。
口をぽかんとあけて。目を見開いて。
ひきつった頬。驚愕の眼差し。私に? いや、その視線の先は。
私の、背後に。
振り向こうとした、その時。
氷のように鋭い痛みが、背中に突き刺さった。
「うぐっ!?」
のけぞった背中を、また斬りつける
激痛と、強烈な吐き気に、視界がゆがむ。ぐらりと傾いた首が、それでも殺意の源を、確かめようと回るよりも早く。
わき腹に、何かが勢いよく叩きつけられた。
「!!」
内臓が押しつぶされ、息が止まる。体が宙に浮き、景色がおかしな方向へ動く。やけにゆっくりと。
最初に見えたのは、細く白い足。
張り詰め、伸びきって、何かを蹴り上げた、そんな動き。
次に、赤い包丁。それを握りしめる手。
それから、歯をむき出し、眉を逆立てて、私を睨みつけた、女の顔。
あの日、美しいと思ったその顔が、今はなぜか、ひどく醜く見えた。
世界がくるくる回って、ひっくり返る。焼けた背中に、強い衝撃がくる。
蹴り飛ばされ、宙を舞った体が、仰向けに地面に落ちた音。
全身の神経が混線し、思考が停止する。声すら出せず、硬直する体。目に見えるのは、木々の影と、星空と、輝く満月だけ。
その視界のどこか外側から、異様な音が響いていた。
「どうして! こいつと! あんたが!!
こんなやつに! こんなの! あんた、なんで!
私はっ! あんたがっ!! あんたはあああああああああ!!!!」
聞き取りがたい、狂乱した叫び声。
かき消される、小さな呻き声。
それと、肉食の獣が獲物を
何度も、何度も。
こんな静かな、澄んだ夜なのに。
私と彼だけの時間、だったはずなのに。いったいどうして。
ああ、五月蠅い。うるさい、うるさいウルサイもう────
「……黙れ」
「ぴギっ!?」
ニワトリが締められたみたいな声がひとつ。
どさりと何かが落ちる音がひとつ。
そして、あたりに静寂が戻った。
「……
横向きに体を丸め、両腕で自分を抱きしめる。息を吸おうとしたら、真っ赤な咳が喉から飛び出した。
「げほっ……ごふ……ふぅ……ふっ……う」
小さく浅く、呼吸を繰り返す。背中が燃えるように痛み、体液が溢れているのを感じる。
けど、大丈夫。大丈夫だ。これぐらいでは死なない、
震える腕に、精一杯の力を込めて、また倒れそうな体をなんとか支えながら、私は草むらの上に身を起こした。
人影が、目に入る。
少し離れた地面の上に、折り重なって倒れている、人間の男女の。
女は、白目を剥き、口から泡を吹いて、その動きを止めている。
振り乱したままの長い髪。首筋には、大きな虫刺されの痕。
そして手に握った、包丁は。
真っ赤に染まった彼の胸に、深々と突き立っていた。
凍った月の光の下、血しぶきに濡れた草の上を這いずるようにして、私は彼の元へと身を寄せた。
「……ねえ、生きてる?」
返事はない。
「ねえ……」
痺れた指先で、そっと頬を撫でる。
青白いその肌からは、すでに温もりが失われていて。
半開きの唇も、のぞきこむ私の顔を映す瞳も、微動だにしない。
「……死んじゃった、か」
そう呟いた私の中に、またひとつ、知らない感情が湧き出していた。
それはまるで、内臓がクモの糸に絡めとられるような。
きりきりと締め上げられ、心臓に牙が突き立てられるような。
あるいは、胸の奥に、大きな空洞ができたような。そこに冷たい風が吹き抜けていくような。
そして私が、その深い穴の中へ、どこまでも落ちていくような────
それを言い表す言葉を、また私は、頭の中で探していた。
探し続けていた。
答えは、見つからない。
この感情は、何なのだろう。
どうして、こんな気持ちになるのだろう。
どうして、こんなに胸が苦しいのだろう。
ああ、どうして、どうして……
どうしてこんなにも、目から熱い水が、あふれて止まらないのだろう────
◆ ◆ ◆
「なるほ、ど。よくわかりましたわ」
また何日か後。
夕暮れに包まれた川べりで、足を水にひたして涼んでいた私が説明を終えると、傍らに立つ紫のドレスの少女は、そう言葉を返した。
「確かに、女のほうを殺ったのは私だけど。……別にいいでしょ? 一人くらい。妖怪に牙をむいた人間だし、さ」
「そうですわね……まあ、今回は特に何も言いませんわ。二人とも既に、
はたはたと、扇子が起こす風で長い金髪を揺らしつつ、幻想郷のお目付け役は、意外と興味のなさそうな声で言う。
「ところで、あなた……妖怪になって、どれくらいかしら?」
「さあ……忘れたけど、少なくとも、あんたよりはずっと若いよ。それが何?」
「……順調に
「バカにしてんの?」
「いえいえ、とんでもない。今後もどうぞ、ほどほどに……」
空間の閉じる気配がして、うさんくさい姿と声が消え去った。
川の水が流れる音と、鈴の鳴るような虫の声だけが響く。
暗くなりかけた遠くの草むらに、私の仲間たちの光が、ちらりちらりと舞い始めていた。
私は川べりに腰かけたまま、外套を外し、シャツを脱ぎ捨てた。
上半身に巻きついている、赤黒い布切れをほどく。
包帯がわりに使っていた、あの人の服の切れ端。
覆っていた背中の傷は、おおよそ塞がりかけている。
二人分の血が染みこんで、すっかり硬く、重くなったそれを私は、川面に投げ捨てようとした。
その手が、なぜか止まる。
「……」
また心に浮かんだ知らない感情が、私の指を、汚れた布切れに吸いつけていた。
その湿った粘り気が、一体なんなのか。
指し示す言葉は、やっぱり浮かんでこなくて。
「……気持ち悪い、な」
濁った水が渦巻く心に、そんな呟きでフタをして、私は今一度、大きく振りかぶった腕を思いきり、川に向かって振った。
背中と胸が、ずきりと痛んだ。
黒い布切れが、少しずつ沈みながら、川を流されてゆく。
私は川べりに腰かけたまま、それをじっと見送っている。
なにか奇妙なことがあって、終わった。ただ、それだけ。
それだけの、はずなのに。
何故なのだろう。
今も私の目から、苦い水がこぼれ続けているのは。
布切れの影は、すでに遥か彼方へ消えていた。
日が沈む。
世界が、夜に覆われていく。
虫たちの声と光で満たされた、夏の川べりの片隅で。
私のお腹が、また冷たく光った。
それを見てくれる人は、誰もいないのに。