一 一刀の真名を持つ曹操(華琳)
街灯に、明かりが灯りはじめている。
博物館に隣接する公園。夕刻であるせいか、人通りはまばらだった。閑散としたなかに、ベンチがひっそりと佇んでいる。ある意味では、風情があるともいえるのか。
その一角に、公共の建物があった。用を足す施設、古くは厠ともいう。
男女どちらかに別れているのが当たり前であり、異性を連れたって入る場所などでは決してないのだ。もとより、雰囲気もなにもあったものではない。
「んむっ……、ちゅる……ッ♡ んぅ、ふふっ……♡ ほら……、もっと大きくしたっていいのよ」
ささやかだったが、女の声が漏れ聞こえている。それも、男子用トイレの個室からだった。
「ちょっ、それやばいって……!? んぐっ……。
「いいじゃない。なんとなく、いまはあなたの味を、強く感じていたい気分なのよ。じゅっ、ン……♡ ずずっ……んんっ♡ それともなに?
一刀は便座に腰を下ろした格好で、勃起した局部をさらけ出していた。それを、華琳と呼ばれた女のほうが、いかにも楽しそうに咥えている。
唾液まみれになった先端。華琳は自らまぶした粘液を舌を使ってのばしていき、反応を伺っているようだった。
美しい横顔。華琳の瞳が、しっかりと一刀のことを捉えている。きらびやかな金の毛髪。それをかき上げながら、華琳は口内深くに男根を収めていった。
「う、ああっ……。そんな奥まで飲み込んで、苦しくないのか、華琳。いや、俺は最高に気持ちいいんだけどさ……っ」
「ン、もごっ……♡ ちゅるう……♡ じゅぷ……、くぽっ♡ ふはあ……。くすっ、馬鹿みたいに喜んでいるのが丸わかりね、一刀。でも、あなたの素直なところは、嫌いではないのよ。だから、もっとよがってみせてちょうだい。ただし、すぐに射精してしまってはダメよ?」
言葉でそうやって煽りつつも、華琳による奉仕は続いていく。
いくら華琳が小柄だとはいえ、せまい個室の中なのである。超がつくほどの美少女が、上品とはいえない姿勢でかがみながら、自身の男根をしゃぶっている。倒錯すら抱きそうになる空間で、一刀はせり上がってくる射精感と闘っていた。
「うぐっ、やばいって……。そこ、そんな舐め方されたら……っ!」
「あら、わたしの言ったことが聞こえていなかったのかしら。だーめ、まだ我慢していなさい。少しは、男らしい部分をわたしに見せてちょうだい」
切れ長の目。それが、すっと細くなっていく。唾液を絡ませ、華琳はわざとらしく水音をたてている。ぞくりと走る快楽に、一刀は思わず表情を歪ませた。
ただ美しいだけでなく、淫靡な技すら卓越している。どんな場面であろうと、華琳は万能だったのである。
「可愛らしい声を上げてしまって……♡ くすっ、でもいいのかしら。もしかしたら、あなたの情けない声を、他の利用者に聞かれてしまうかもしれないわよ♡」
「そんなことになったら、華琳だって困るんじゃ……うあっ!?」
「だったら、このわたしに恥をかかせないためにも、あなたは黙って奉仕されていればいいのよ♡ わかったかしら、
「う……。わ、わかったよ」
嗜虐的な微笑み。魅入ってしまうほどの、秀麗さがあった。
何度も頷く一刀を見て、華琳は満足そうに指で睾丸をいじっている。あなたの全ては、わたしのものよ。まるで、そう言わんばかりの迫力すら垣間見えるようだ。
「はあ、まったくかずピーのやつ、親友をほったらかしてどこいったっちゅうねん。はっ、もしや!?」
これまで誰も来なかった男子トイレに、男の声が響いている。男の方も、自分ひとりだと思っているから、独り言が大きくなっているのだろう。
「今頃、あのべっぴんさんとしっぽりやってるんと違うやろなあ。くっそー、ちょっと想像しただけでムラムラしてきたわ! ……アホらし、帰ろ帰ろ」
水を流す音に紛れて、ため息すら聞こえてくるようだった。
「あ、危なかった……。というか、及川には悪いことしちゃったなあ。まあ、別にいいんだけど。多少のことを根に持つタイプでもないし」
「くすっ……♡ びくびくしている一刀のこれ、可愛かったわよ? こんなに先走りを滲ませてしまうなんて、どれほど期待しているのかしら。あむっ、じゅぷっ、じゅるぅ♡」
カリ首をしっかりと唇で扱きながら、華琳は粘つく汁を嚥下していく。愛する女の淫靡な姿に、一刀は思わず熱い息をもらした。
「く、うあ……ッ!? なあ華琳、俺……そろそろ」
「んむっ、んちゅぅ……? あははっ、いいわよその表情♡ ン、んぷっ、んじゅるぅううう♡ イカせてあげてもいいけど、休憩なんて許さないんだからね? わたしだって、すっごく……♡ あむっ、んむっ♡」
「わ、わかった、わかったから……! 俺、華琳の口に出したくて、もう……ッ」
満足そうに、華琳はうなずいてみせた。手の動きが、激しくなっている。熱を増していく口内。なにかが爆ぜていくような感覚を、一刀は味わっている。
「いいわ、
「ああっ、華琳……ッ。くうっ、イクぞっ、うあぁあああっ……!」
「んふうっ……!? んっ、んぐっ♡ ちゅ、むぅううっ♡」
華琳の口内を、白濁した粘液が汚していく。一刀は何度も腰を震わせ、おびただしい量の精液を吐き出していった。
「んぅ、こくっ、んじゅるっ♡ すごい、一刀の精液がこんなにっ……♡」
「華琳の口が気持ちよすぎて、止められないんだ。ぐうっ、まだでる……ッ」
「ちょっと一刀……!? んぷっ、ふうっ、じゅぷっ♡」
朦朧とする意識のなかで、一刀は本能的に華琳の後頭部へと手を伸ばした。個室の壁が、がたがたと音を鳴らしてしまっている。及川が出ていっていなければ、即座に気づかれてしまっていたはずだ。
射精に震える男根に口内を犯されながら、華琳は扉に押し付けられている。
本来であれば、許されるはずのない行為だった。それだけに、興奮を覚えてしまうのである。身体の芯が甘く疼いている。愛する女の喉奥を犯し、煮えたぎる精液を腹に流し込み続けているのだ。倒錯的な感覚。情欲の炎が、燃えたぎっていくようだった。
「ふうっ、ごくっ♡ んむ、ン、じゅるるっ……♡ か、かじゅとぉ……♡」
「うあっ……! か、華琳。その顔、エロすぎるって……っ!」
意識が混濁してきているのは、華琳も同じなのだろう。粘度の高い雄の汁を、これでもかというくらい胃に流し込まれてしまっているのだ。
すべてが、白に染まっていく。鼻腔を満たしていく、青臭い精液の匂い。華琳は、それすらも楽しんでいるようだった。
「んっ、しゅごっ……♡ んぷっ、んくっ♡ じゅぽっ♡」
しばしの優越感に浸りながら、一刀は華琳の口内を蹂躙していった。尽きることのない欲望。それは、自分でも自覚していることだ。髪を撫で付けてやると、華琳は嬉しそうに男根に舌を絡ませてくるのだ。
互いに、唯一無二の相手だった。運命的、とすらいえるのかもしれない。その思いを唇に込めて、華琳は残滓を吸い出しにかかっている。腰が震える。これ以上ない甘い気持ちよさを感じながら、一刀は大きく息をはくのだった。
†
そもそも、一刀と華琳がここに来ていたのにはわけがあった。遡れば、数時間前となる。二人はともに、聖フランチェスカ学園に通う生徒だった。
「かずピー、なんやえらいワクワクしとるやん。そんなに、宿題やりにいくのが楽しみなんか?」
「宿題自体は面倒だけど、展示の内容が俺好みなんだよ。なんたって、あの曹操がメインテーマだからな」
「あー、かずピーそういうの好きやもんなあ。なんやったっけ……。曹操に、そんけんやったかな……? なんせ、ぎょーさんの人間が争ってた時代」
興奮気味に語る一刀。それに対して少し身体を引きながら、及川は絞り出すようにして人名をあげていった。
朧気ではあるものの、まったく知らないというわけではなさそうなのである。最近では、歴史上の人物をキャラ化して、コンテンツにすることは当たり前になっている。それで、及川も名前を知るようになったのだろう、と一刀は思うのだった。
「おっ。及川にしては珍しく、ちゃんと当たってるじゃないか」
「うっさい。ほんで、かずピーは誰か好きな武将でもおるんか?」
「ふふん。よくぞ聞いてくれたな、及川」
「うっわ。なんや、その面倒くさそうな反応は……」
待ってましたと言わんばかりに、一刀は胸をそらしている。
多少辟易としながらも、しっかりと聞いてやっているだけ、及川は友人付き合いがいいと言えるのかもしれない。
「俺の一刀っていう名前はさ、その曹操から取ったものなんだよ。爺ちゃんが、そういうの大好きでな。いまでも田舎に帰るたびに、名前を決めた時の話をよく聞かされるんだよ。だから、やっぱり曹操に一番思い入れがあるかな、俺は」
「ふうん、曹操から? でも一刀って、あいつそないいくつも名前持っとったんか」
「あの時代の人たちって、姓名と
「あー、はいはい。威厳ていうたら、あっちのべっぴんさんのほうが、よっぽど凄いと思うわ。ほんま、覇王ってアダ名がしっくりきすぎてるくらいやんか。ちょっかいかけようもんなら、首が飛んでいきそうっちゅうか……」
自分の名前の由来ということもあって、曹操にはずっと憧れのようなものを抱いてきた。
天下に名を知らしめた英雄であり、色をよく好んだ覇王だった。それに、曹操は興味深い逸話の持ち主でもあるのだ。よく講談などで語られるのは、その出自に関してのことだった。
先代である曹嵩のもとに天より遣わされてきた幼子が、のちの曹操なのである。一説では、そんなふうに言い伝えられている場合すらあるのだ。
しかし、それは後世の作り話だと否定されることがほとんどだった。けれども、火のない所に煙は立たないというのが、この世の理なのではないか。そう思う時が、一刀にはあるのだった。
現代の学者が考えているよりも、過去の時代はもっと雄大で、不思議に満ちていたのかもしれない。
想像は、所詮想像でしかないのだろう。だが、思考を止めなければ、いつだってそこに可能性を生むことができるのではないか。
事実、そうしてこれまで物語はつむがれてきたのだ。歴史書に散見される余地。そこに、人はこうであってほしい、という希望を託す。
及川の指差す先。そこには、圧倒的な存在感を放つ少女がいた。
左右のバランスよく巻かれた金髪。数人で歩いていても、それがよく目立っていた。小さな体躯ではあるが、発する覇気は並のものではない。華琳。学園内でも、ずば抜けた人気を誇っている少女である。そして、華琳は一刀の想い人でもあった。
「あら、誰かと思えば一刀じゃない。それに、ええっと」
「及川佑です、たーすーく!」
「ああ、そうだったわね。佑は久しぶり、でもなかったかしら……?」
「うう、それはひどいんちゃうか……? かずピーと俺、一体何がそんなに違うっていうんや。まじで自分らが付き合ってること、そろそろ学園七不思議に入れてもいいって、俺は思うんやけど?」
高嶺の花、なんてものではなかった。
誰の手も届かないような崇高さ。そういうものを持っていると、華琳は周囲から思われていたのだ。それがいつの頃からか、北郷一刀と男女の関係になっていたのである。
噂が広がるにつれ、学園内がひどくざわついたのは言うまでもない。そんな喧騒にも、最近はようやく慣れることができている。
「あら、それはどういう意味なのかしら、佑。返答次第によっては、わたしも色々と考えなくてはならないのだけれど。ふふっ……。いくら、あなたが一刀の友達とはいえ、ね……?」
「ひ、ひえっ!? な、なんでもないですっ!」
華琳の威圧的な瞳。それが、恐ろしいくらいの殺気を放っている。背筋の悪寒を精一杯抑え込みながら、及川は首を横に大きく振って応えた。
「それで一刀、今日はエスコートしてくれるのよね?」
「おう、そのつもりだ。といっても、知識で華琳に勝てるとは思っていないけどな」
「そんなこと、元から気にしていないわよ。さっ、精々楽しませてちょうだい」
一刀と華琳。二人の指が、複雑に交差していく。
放課後の逢い引き。今日のことは、華琳も楽しみにしていたようだった。
「ちくしょー! このバカップルどもがー!」
後方から、叫び声が聞こえている。うなだれたままの及川を置き去りにして、二人は足早に博物館へと向かった。
学割でチケットを購入し、入り口を通過する。展示室内は、独特の静けさに包まれていた。大勢の観客による足音。そして時折、咳払いの音がガラスケースに反響しているくらいである。
「なるほど、確かにこれはなかなかのものね。本を読むだけでは、得られない体験というものかしら」
「うん、これとかすごいよな。その当時のひとたちが使っていたものだって思うと、すごく生々しく感じられてさ」
展示室の内部という環境を考慮してか、さすがに華琳もかなり音量を絞って話している。
古い時代のこととあって、展示物のほとんどが出土品だった。武具や食器。それから装飾として使っていたのか、謎の人形なども埋葬品として紹介されている。その人形のなんともいえないような表情には、一刀も興味を惹かれているようだった。
「あら、これは」
とある展示物の前で、華琳がいきなり足を止めた。その瞳に映っているのは、大ぶりの剣だった。
出土品であるために、全体がかなり錆びついている。それでも、剣自体のもつ勇壮さというのは、少しも失われていないように一刀には思えたのである。
ここにくるまで、そういった類のものとはいくつかすれ違っている。だが、今回は明らかに華琳の反応が異なっていた。
「
一刀が顔を横に向けた。
目に飛び込んできたのは、頬を伝う一筋の涙。静かに、ただ静かに、華琳は涙を流していたのである。
華琳の指先が、流麗にガラスケースの表面をなぞっていく。直接触れることのできないのが、もどかしくすらあるのか。それほどまでに、華琳は心を揺さぶられているようだった。
その理由は、どこにあるのか。一刀には、わからなかった。
けれども、胸が痛いくらいに、締め付けられている。一刀には、すぐ隣りにいるはずの華琳が、やけに遠くにいるように感じられている。
とっさに、腕を掴んでいた。そこには、決して離してやらないぞ、という思いが込められているのだ。
自分はここにいて、華琳も間違いなくこの場所にいる。そのことを、いち早く伝えたかったのかもしれない。
「どうしてかしらね、一刀。この剣を見ていると、なぜだか感情を抑えることができなくなったのよ。こんなの、わたしらしくもないというのに」
「らしくない、か。だけど、泣いてる華琳の姿も、綺麗だったと思うよ。その代わり、すっごく切ない気持ちにさせられてしまったけどね」
「あら、そうだったの? ねえ、もう外に出ましょうか。わたしが、いまなにを求めているのか。あなたなら、きっと理解してくれているはずだと思うのだけれど?」
「ああ、そうしよう。俺の感じていることは、たぶん間違っていないと思うな。さっ、いこうか、華琳」
華琳の腕を握りしめていた手。その力を、一刀はゆっくりと緩めていく。小さく笑う華琳。その瞳は、もういつものような力強い輝きを取り戻している。
絡み合う、指と指。ここに来たときと、おなじだった。
来客の間をすり抜け、ふたりは出口に向かって歩いていく。少しでも早く、胸の内側から湧きでた熱い感情を、恋人にぶつけたかった。
駆け出しそうになるのをどうにか我慢しながら、絡めた指に力を込めた。それがわかったからか、華琳はちょっと嬉しそうに眼を細めている。
夕闇に飲まれつつある世界。それが、いまはやけに儚く見えている。
華琳
乱世を鎮める覇王として立つはずだった少女。
運命の歪みは、華琳に現代日本での平穏な暮らしを与えることになる。学園で出会った北郷一刀と惹かれ合い、この世界でも結ばれることになった。