※この作品はR-18です。

恋姫異天記~曹操伝~   作:KKS

108 / 183
三 ぶつかる闘志

 昨晩は、赤兎の世話をしたあと、厩でそのまま眠ってしまっていた。

 外が少し騒がしい。藁の上で寝返りをうち、(れん)はちょっと不満そうな声を洩らした。

 曹操軍が、すぐ近くにまで迫っている。

 連日のように原野で調練を繰り返せば、こちらの意図は嫌でも伝わる。そう(しあ)が言っていたことを、恋は思い返していた。

 城に拠って闘うつもりなどなかった。騎馬隊の誇りは、野戦でしか示せない。それに、打って出れば曹操と顔を合わせる機会もあると考えていたからだ。

 自分たちの行いを、どう受け取られていようが構わない。曹操が無理な徐州攻めを中断し、兗州に立ち返ってきた。その事実さえあれば、反旗を翻した意味があると言ってよかった。

 報告によれば、(えい)が定陶攻略の指揮を任されているらしい。少し驚いたが、それでいいと恋は思う。自分たちが身勝手な振る舞いをすることで、最も傷つくのは詠なのではないか。そのことを、(ゆえ)はずっと気にかけていたのだ。

 だが、どうやらそれも杞憂に終わったようなのである。本心まではわからないが、詠は軍師として先頭に立ち、気丈な姿を見せてくれていた。

 たぶん、鄄城にいる月もそれを聞いて安堵しているのではないか。再会が、どのようなかたちになるのかまではわからない。相談もなしに叛乱を起こしただけに、怒声を浴びせられようが文句のつけようもなかった。それでも、詠の存在は希望のひとつとして間違いなく輝いている。

 喧騒。静まることなく、拡がっているようだった。

 身体を起こし、恋は赤兎の首を撫でた。戦の息吹を感じられるのか、赤兎は早くも闘気をにじませはじめている。

 厩に人が飛び込んでくる。日に焼けた肌の上に浮かぶ汗。自分を捜して、霞はここまで駈けてきてくれたのか。

 立ち上がり、尻と背中についた藁屑を払う。いななき。赤兎が、いつでも出られると言っているようだった。

 

「この朝っぱらから曹操軍に動きありや。行くんやろ、恋?」

「うん。行こう、霞。一刀も、恋たちが出てくるのを待ってるはずだから」

「よっしゃ、決まりやな。騎馬隊の準備は万全や。あとは、大将のあんたが来ればいつでも出られるで」

「……んっ。わかった」

 

 霞が、抱えていた武器をひとつ放り投げてくる。方天画戟。ひんやりとした柄の感触が、すっと手になじんでいく。

 これまでの闘いを経ていくらか数を減らしているが、鍛えあげてきた騎馬隊は健在だった。そこに城の守兵を加えると、三万は優に超えることになる。

 諸軍勢の統率は霞や音々音に任せ、恋は直属の騎馬隊だけを操るつもりでいた。

 薄闇が原野を覆っている。その中を、真っ赤な体毛を持つ赤兎が勢いよく駈けていく。

 このどこかで、曹操は自分を待っているのか。戦場に意識を集中させ、恋は前進を続けている。

 

 

 呂布軍出撃の報は、すぐに曹操に伝わった。

 かなりの数を放ってある物見の兵が、逐一状況を上申してきている。加減をしていい相手ではないが、殺すことだけが目的の戦ではなかった。張邈軍の兵力は容赦なく削ぐ。それをしながら、呂布軍を投降へと追い込んでいく。

 そのための準備に、各将軍たちが奔走しているところだった。まず、呂布の騎馬隊と歩兵とを切り離す必要がある。当然突出しては来るのだろうが、簡単に留められるような勢いではないのが深紅の騎馬隊だった。

 

「各部隊の配置が済んだようです、殿」

「そうか。定陶軍の先手は、呂布なのだろうな、秋蘭(しゅうらん)?」

「やはり、そのようです。寄せ集めの軍勢ですから、呂布軍が先頭に立たなければまともに動こうとしないのかもしれません。どちらにせよ、呂布は自らの意思でそうすることを選んだのでしょうが」

「違いない。俺たちも、呂布の覚悟に応えてやらねばな」

 

 五千の軽騎兵を率い、曹操は戦に臨んでいた。

 先手大将として春蘭(しゅんらん)が二万の歩兵を統率し、(せい)が五千の騎兵で続いている。両翼にはそれぞれ伏勢を配してあり、定陶軍が足を踏み入れた時に飲み込むようなかたちとなる。

 軍師である詠と桂花(けいふぁ)は、二万の後詰とともに後方に控えている。張邈が来訪することはまずないだろうが、血気に逸った別の軍団が定陶救援に現れないともかぎらない。後詰には、その抑えとしての役割も与えられていた。

 

「ここまで来ると思われますか、呂布は」

「来るさ。呂布奉先の強さを、おまえも知らないわけではあるまい」

「御意。ですが、好みの女に入れ込みすぎるのは、殿の悪い癖です。それで、足をすくわれることがありませぬよう」

「用心はする。それに、おまえだって守ってくれるのだろう、秋蘭?」

「ずるい言い方をなさるお人だ。されど、お任せください。斯様な戦で殿の御身になにかあれば、私が姉者にひどく叱られますから」

「頼りにしている、秋蘭」

 

 秋蘭と会話をしている間にも、立ち代わり物見が報告を寄こしてくる。

 呂布の騎馬隊はぶつかる寸前で春蘭の歩兵を避け、北に迂回することを選んだようだった。先手の歩兵には、馬止めのための柵を多数持たせてある。それを察知し、呂布は咄嗟に攻撃を避けたのか。さすがにいい判断力をしている、と曹操は馬上で感心していた。

 

「軍師殿たちの見立て通りですね、ここまでは」

「誰か、趙雲の部隊に伝令を。もう動き出している頃合いだろうが、念押しだ。北から回り込む呂布軍の背後を、封鎖せよとな」

 

 呂布の騎馬隊に続こうとする定陶軍まで、懐に入れるわけにはいかなかった。正面からの攻撃は夏侯惇軍が防ぎ止め、迂回を狙う軍勢には趙雲軍が対処する。総兵力では、自分たちが上なのである。となれば、どこかで包囲に移る機会もあると曹操は思っている。

 北には、(すい)柳琳(るーりん)の部隊を潜ませてある。その二軍に騎馬隊を追い立てさせ、袋小路に誘い込む。そこまでが、詠の立案した作戦だった。

 呂布の騎馬隊を捕まえるのは、そう簡単なことではない。だが、そこが今回の戦の肝と言える部分なのである。

 北上しながら、曹操は軽騎兵の陣形を整えていた。矢じりのようなかたちで、両翼が後ろに伸びていた。両翼はいつでも動けるようになっていて、反転すれば相手を包み込むような格好になることができる。

 その先頭で、曹操は絶影を駈けさせていた。秋蘭には自重するように言われていたが、大将が尻込みするような軍勢には勝ちが来ることはない。だから、自分がいるべき場所はここしかなかった。

 

「まだ見えないのか、深紅の呂旗は」

 

 自軍の中でも、翠の鍛えた兵ならばあの騎馬隊に比肩しうるのではないか。そんな期待が、ないわけではなかったのだ。

 大したことのない敵軍であれば、五百の呂布軍はたとえ相手が三万であっても打ち破ってみせるのだと思う。呂布個人の強さと、それに従う騎兵の並々ならぬ練度。その二つが揃うと、まさに敵なしの強さとなる。

 

「殿、あれを」

 

 隣を駈ける秋蘭が、原野の向こう側を指さしている。

 馬群によって踏み荒らされ、原野が多量の砂埃を上げていた。掲げる旗は深紅。具足も、統一された赤である。

 

「翠たちの姿が見えないが、やむを得まい。俺たちだけで、呂布軍に仕掛ける」

 

 凄まじい機動力に、馬超軍ですら対応しきれなかったのかもしれない。

 少し待てば、二人の部隊は追いついてくるはずだった。しかし、待っている暇はない。砂埃を巻き上げて、深紅の呂旗はすぐそばにまで迫っている。

 

「まずは、私にお任せを。騎射にて、撹乱を狙います」

 

 秋蘭の麾下には、弓の名手が揃っている。

 騎馬隊の突撃してくる威力を殺し、気勢をそぐ。この状況では、それを狙うのがもっともなやり方だった。

 

「弓兵はすべて私に続け。相手はあの呂布軍だ、まともに射っても避けられるぞ。無理に討ち取ろうとはせず、牽制することを第一とせよ」

 

 秋蘭の号令によって、広範囲に矢が撒かれていく。

 想定していたように、呂布軍は左右に拡がり、矢の雨を見事にかわしていく。ぶつかるまであと少しの距離となった。剣を抜き、曹操は横に構えている。

 

「離れるなよ、秋蘭。今度は、あちらが撹乱を仕掛けにくるはずだ。崩されて、各個撃破されるような事態は避けなければ」

「はっ。しかし、今の殿はいかにも愉しそうにしておられる」

「おまえがそう感じるのなら、おそらく間違いではないのだろうな。確かに、俺にとって呂布は特別な女だ。これまで、なにかある時には決まってあの軍勢がいたのだよ。あるのだろうな、天の巡り合わせというやつが」

 

 言いながら、曹操はかすかに笑っていた。

 呂布軍と肉薄する。数の上では自分たちが勝っているのに、強い圧力を感じている。駈け抜けた直後、散開していた呂布軍の動きが変わった。左右に大きく広がっていた陣形。即座に小さくまとまったかと思うと、反転して再度襲いかかってくる。

 一頭のけもの。集団であるはずの騎馬隊が、そう錯覚してしまうくらいの連携を見せている。弓兵の射撃では止めようのない勢い。それを宿しているのが、呂布の騎馬隊だった。

 負けじと、曹操は麾下を叱咤し反撃を試みた。

 呂布はどこにいる。あれだけの武を持つ女が、目立たないはずがない。乗馬である赤兎ともども、そう苦労せずに見つかるはずだった。

 騎兵の繰り出す攻撃を防ぎながら、曹操は呂布の姿を捜した。自軍はまだ陣形を保てている。崩れてさえいなければ、闘えるという自信があった。

 

「曹操」

 

 呼び声に振り返る。

 そこには、確かに呂布がいた。愛用の得物がこちらに向けられる。赤兎の突撃をまともな騎馬が止められるはずもなく、距離は瞬時に詰められていた。

 方天画戟。無言で振り下ろされた一撃を受け止めると、腕に強いしびれが走る。あの時と同じだ、と曹操は思っていた。虎牢関でも自分は呂布と闘い、春蘭たちの助力を得てなんとか撃退することに成功したのである。

 最初出会った時には、闘えば殺されると思ったような相手だった。その頃と比べるば、随分と無謀をするようになったと思う。しかし、それが自分のやり方であり、信条だった。そして、この先の道程には、呂布奉先の力がまた必要になってくるのではないか。

 命のやり取りをしている最中に、考えることではなかった。それでも、奥底で燻る情念混じりの炎が、自分を突き動かしているように曹操は感じていた。

 

「はははっ、いいぞ呂布。やはり、おまえは不思議な女だよ」

「曹操、笑ってる? ふふっ……。やっぱり、張遼の言ってた通りだった」

 

 数度打ち合い、呂布が離れていく。数人の旗本が追撃をかけようとしていたが、やるだけ無駄だと曹操が止めている。

 間もなく、翠たちの部隊が到着する。合流を期に呂布軍を押し込み、包囲を固める。そこまですれば、いくら呂布とて諦めるしかなくなる。通せる意地は、通したということにもなる。

 去りゆく女の背中に向かって、曹操が叫ぶ。

 

「天意を示してみせろ、恋。おまえならば、できないことではないはずだ」

 

 振り返った呂布の口もと。ちょっと笑っているように、曹操には見えていた。

R-18回の頻度について

  • 今くらいのペースでいい
  • もっと多い方がいい
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。