※この作品はR-18です。

恋姫異天記~曹操伝~   作:KKS

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戦闘書くのむずすぎる。


十七 若き虎の叫び

 下邳を出動した曹操は、淮陰まで後退した孫策の陣に迫っていた。

 敵軍には武に長じた将軍だけでなく、周瑜のような謀臣もいる。備えがあることは予想されるが、躊躇っている余裕はなかった。孫策を自陣から釣り出し、迂回した兵力によって痛撃を加える。戦術は決まっているが、簡単に遂行できることではない。しかし、味方には地理に明るい軍師たちがいる。その判断と自分の勘を信じて、闘うだけだった。

 

「一刀さま。ここから三里ほど進むと、右手に小高い山が見えてきます。私が周瑜であれば、小手調べに伏勢を配することでしょう。何卒、お気をつけください」

「わかった。心構えさえできていれば、小勢による奇襲など大した脅威ではなくなる。その調子で、遠慮せず意見を申してくれ」

「はいっ。周瑜はおそらく、徐州への足がかりが作れればそれでいいと考えているのだと思います。決戦の時はまだ先のこと。そのあたりの判断は、一刀さまと似ているのかもしれませんね」

 

 か細い声。馬上から流れてくる。

 飛ばされないように片手で帽子を押さえている雛里(ひなり)。意外なくらい器用に手綱を操っていて、曹操は感心するばかりだった。

 雛里には、以前草庵を訪ねた折に真名を預けられていた。朱里(しゅり)の心さえ定まってしまえば、自分たちの道は自ずと交わっていく。

 それでも、徐州での闘いを経て、考えることがいくつかあったようだった。仕えること自体に変わりはないが、なるべく桃香(とうか)を支える立場にあろう、と雛里は決めたようなのである。

 自分のそばには、優秀な軍師が常に複数人ついている。そうした意味では、桃香の補佐であったほうが雛里の能力は発揮されるのかもしれない。その意志を、曹操は尊重するつもりだった。

 どの道、桃香には引き続き徐州の抑えを任せるつもりでいたのだ。そうなれば、参謀はやはり必要になってくる。おそらく雛里は、そこまで見越した上で進言をしてきたのだろう。

 

「そろそろです、一刀さま」

「劉備、楽進の両隊に伝令。一時停止し、俺たちの動きに合わせて敵軍を挟み撃てとな」

 

 山裾を注視する。やはり来た。雛里の予測通り、孫策軍の伏兵がおそいかかってくる。

 敵軍は少数だった。見たところ、五千にも及ばない。麾下を動かし、曹操は一気に部隊を前方に押し出した。肩透かしを食った孫策軍が、一瞬慌てたように立ち止まる。

 

「さしたる将が率いているわけではなさそうか。ひと息に揉み潰す。ただし、追い打つことは控えよ。ついてこられるな、雛里」

「は、はいっ。これでも、軍師の端くれですから。遅れないように、がんばります」

 

 一万の歩兵が整然と反転する。

 劉備が同じく一万で、楽進は五千を率いている。奇襲による勢いがなければ、圧倒的な兵力差がそのままのしかかってくることになる。懸命な判断ができる将ならば、まともにぶつかろうとはしないはずだった。

 楽進隊が追いに追い立てている。散り散りになって逃げる敵軍を、無理のない範囲で討ち取った。所詮小手調べの戦であり、相手が孫策や太史慈であればこうはいかなったと思うべきなのである。

 去っていく敵軍。近づきすぎないように、曹操はそのあとを追った。

 

「どう出てくる、孫策、周瑜」

 

 自分という旗が、これ以上ない餌として機能しつつある。

 少々怪しかろうと、孫策は食いついてくると曹操は踏んでいた。罠を張っているのは、両軍ともに同じなのだ。隠した刃を抜くことを我慢し、どこまで有効に使えるか。すでに、孫策との駈け引きははじまっていると言ってよかった。

 戦塵に塗れながらも、雛里は懸命に馬を操っていた。これだけの意志の強さがあれば、そう簡単にやられることはないはずだ。そのくらいの信頼が、戦の中で生まれていた。

 高く昇った陽光の下。汗を飛ばし、曹操は絶影と原野を駈け抜けている。

 

 

 やはり、守りの戦など自分の性に合わない。

 座していた胡床。蹴り上げるように立ち、雪蓮(しぇれん)は虚空を睨みつけていた。

 曹操とは、酸棗で挨拶を交わして以来会う機会がなかった。多数を相手取った、無謀な戦をする男。そんな印象が、雪蓮の中で半ばできあがっている。董卓軍に対する追撃。青州黄巾軍との命の削り合い。それでも、曹操は生き残り剣をとり続けた。

 徐州との戦にしてもそうだ。どこかで判断を誤っていれば、劉備と張邈、そして袁紹を加えた同盟軍と、泥沼の闘いに突入していた可能性すらあったのである。

 その危機を流れるように切り抜け、曹操は再び徐州にもどってきた。しかも袁紹は豫州で軍勢を預かる立場となり、劉備までもが曹操への帰順を決めているのだ。あの母が強く興味を持ち、対峙することを望むはずだった。

 冥琳(めいりん)が歩み寄ってくる。言いたいことはある。だが、それで自分が折れないことを知っているから、諦めに近い表情をしているのだ。

 

「出るわよ、周瑜。孫堅の娘として、世間に侮られるような戦はできないもの。曹操が目と鼻の先までやってきている。出撃する理由なんて、それだけで十分じゃない」

「……まったく、少しは策を考える者の立場を考えてもらいたいものだな」

「えー、いいじゃない? それに、この程度の変更で慌てるような周瑜公瑾ではないでしょう?」

「ふっ、言ってくれる。ならば、このあたりで陶謙殿に役立ってもらうとしようか。あちらはあちらで、劉備を討つことに執心しているようだからな。闘うことに、異存はあるまい」

「うわあ……。悪い顔になってるわよ、あなた。でも、私も賛成かな。あの陰気な爺さんの顔も、見飽きてきたんだもの。戦は全部こっち任せで牧に返り咲けるだなんて、そっちのほうが逆におかしいわよね」

 

 眼鏡の中央を指で抑え、冥琳はここからの展開を考えているようだった。

 どれだけ冷静でいるつもりでも、憎んでいる相手が戦場にいれば誰だって気を取られる。襄陽の闘いで母が死に、黄祖だけが生き残っていたら自分だって間違いなくそうなっていた。必死になって追い詰め、首を取ろうとしたはずなのである。曹操にとって、陶謙というのはそうした因縁のある相手だった。

 

「曹操がかかったら、太史慈の隊をすぐさま迂回させて後背を突く。敵への備えとして、呂蒙は本陣にて待機。それでいいか、孫策?」

「ええ、もちろん。さあ、勝負よ曹操。母さまが認めた実力、見せてもらおうじゃないの」

 

 『孫』の一字の旗。号令とともに前進していく。

 同時に、左翼に配していた陶謙の部隊を動かした。五千の部隊。開けている原野に展開しているから、障害物はなにもない。曹操が向かってくれば、まず気がつくはずだった。

 少し遅れるように、雪蓮は一万五千の兵とともに駈けていた。後詰として、冥琳が五千の軍勢を率いている。その支えがあるから、自分は安心して闘いに集中することができるのだった。

 曹操とは別に、趙雲と曹仁、そして張飛の軍勢が攻撃態勢に入っている。その三将を突き崩すことが、雪蓮の第一の目的だった。

 関羽はまだ捕捉できていなかったが、大っぴらに出ていないということはどこかで伏せていると考えるのが普通だった。それに対する手当は、明命(みんめい)がやっている。表と裏。両方で孫家に貢献してくれている、稀有な人材だった。

 

「さあて、いきましょうか。まずは、誰が私の相手になってくれるのかしら?」

 

 馬上で剣を抜き、切っ先を前方の敵兵に向ける。獰猛な雄叫び。鍛え上げた孫家の兵なのである。中原の兵に、負けてたまるかという思いもある。士気は、相応に高まっていた。

 瞬時に数人を斬り伏せる。趙雲と曹仁は、それぞれ六千から七千程度の兵力を有しているようだった。張飛はそれよりずっと少なく、遊撃隊に近い位置にいるのか。

 

「みんな、ばらけすぎてはだめよ。しっかりまとまって、まずは趙雲を倒すことを目指しましょう」

 

 曹仁もそれなりの戦をするようだったが、中核になっているのは趙雲だと考えるのが自然だった。

 突撃をしかけてくる騎馬隊。すかさず道を開け、好きに通してやることにした。後方では、弓を引き絞った周瑜の部隊が待ち構えているはずだ。そのくらいの呼吸は、伝令を使うまでもなく合わせられる。

 反転しようとする趙雲の部隊。射撃に晒されているせいで、勢いが若干落ちている。曹仁の相手を麾下に任せ、孫策は趙雲への攻撃に意識を向けた。

 

「あははっ。いいわね、さすがにやるじゃない」

 

 包囲の輪から逃れようと、趙雲の騎馬隊が突撃の陣形をとっている。少々の痛みで怯むことはない。むしろ、こちらを断ち割ろうとする気迫がありありと伝わってくる。

 こういう相手は嫌いではない。血の逸りにまかせて、雪蓮は敵兵と斬り結んだ。剣が疾走る。ひとり、またひとり。突き落とし、無人になった馬が原野を虚しく彷徨っている。

 陶謙の方は、どうなっているのか。じりじりと後退していく趙雲の兵。押し込みながら、戦況の変化を雪蓮は待った。

 伝令が走り寄ってくる。周瑜からのものだった。

 

「曹操が、陶謙隊への攻撃を開始しております。太史慈さまは、作戦通りに動かれているご様子」

「ふうん。周瑜には、わかったと伝えてちょうだい。私は、こっちの闘いを続けるわ。それが済んだら、曹操の顔を見に行ってやりましょうか」

 

 趙雲たちを、曹操の救援に向かわせるわけにはいかない。その足留めとしての役割を、自分の軍勢は担っている。

 あわよく討ち取ることができれば、天下の形勢は一気に孫家に傾くことになる。母の夢。そして、自分たちの夢を手中にすることができる。

 

「まっ、そこまでのことは期待していないけどね」

 

 剣を振りながら、雪蓮は呟いた。

 そう簡単に潰れる男であるはずがない。そうでなければ、あの母が関心を持つわけがない。

 後頭部に、ちりちりとした違和感のようなものが生まれていた。戦の真っ只中で、そんな細事を気にしていられない。血飛沫を浴び、叫んだ。

 これが、孫策伯符の戦だ。曹操軍の手足の先にまで、そのことを刻み込んでやろうと雪蓮は思った。

 敵からの圧力が弱まっている。趙雲たちは、一度退却し陣形を立て直そうとしているようだった。引き下がるのが早すぎる。そんな思考が過るが、策があるのならそれごと踏み潰してしまえばいいと思った。

 今頃、曹操は梨晏(りあん)による奇襲を受け、苦戦を強いられているのではないか。その様子を直接見られないのは残念だったが、自分にも持ち場があるのだ。

 北上し、三将を追い討った。周瑜隊が少し遅れている。戦況を見渡しながらの行軍だから、それも仕方がなかった。ある程度まで突き崩したら、いずれ退却してくるであろう曹操を待ち構える。戦の決着は、それでつくはずだった。

 それにしても、関羽はまだ見つからないのか。後頭部に生じた違和感が、ちょっと大きくなっている。自分は、なにか判断を誤っているのか。冥琳と落ち合い、一度状況を確認するべきなのか。

 

「ほ、本陣より伝令! 後方より出現した敵軍により、われらの陣が焼かれています。旗は『関』と『徐』。呂蒙さまの部隊は、すでに抜かれております」

「ふ、あははっ! やってくれたわね、曹操。だとすると、趙雲たちの敗走も……」

 

 戦場に流れる空気が、瞬時に変わったような気がしていた。

 兵に号令をかけ、円陣を組むように叫んだ。自分の予感。正しければ、手痛い反撃が待っているはずだ。周瑜隊がくるまで、まずは耐え忍ぶ。無駄な被害を出さないためには、そうするしかなかった。

 

「敵さん、さっきまでとは違うわよ。慌てず、油断なく守りなさい。死にたくなければ、気合で押し負けないこと。いいわねっ!」

 

 到来する騎馬隊。先頭は、張飛のものなのか。少数だが、劉備軍は手強い。寄せ集め同然の徐州の豪族とは、なにもかもが違っている。

 闘志が滾る。突っ込んでくる騎兵を斬り倒し、真新しい血を浴びた。

 今日の借りは、いつか必ず返してやる。雪蓮の碧眼。そこには、消えることのない輝きが宿っている。

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