※この作品はR-18です。

恋姫異天記~曹操伝~   作:KKS

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たまにはさらっと短めに。


二十一 動乱の気配

 原野のうえを、乾いた風が吹いている。

 孫堅動く。その報を受けて、曹操は直ちに麾下の将兵五万を出動させていた。

 いよいよ、あの狂虎と戦場で干戈を交える時がきたのだ。昂りかける気持ちを押し留め、絶影を駈けさせた。

 どちらも大軍を擁していて、開けた場所でなければ全力を発揮することは不可能だった。汝南東端に置いた本陣から北上しつつ、斥候を放ち情報の収集につとめた。兵力はほぼ同等。将兵の質も、緒戦での拮抗具合からみて大きな差があるとは思えなかった。

 開戦までは、もう少し時がかかる。将軍たちを呼び寄せ、曹操は軍議を行っていた。

 進行役となっている(りん)が率先して口を開く。

 

「中央に布陣する夏侯惇、趙雲の両隊は、とにかく敵先鋒の勢いを殺してください。この戦、両翼の働きが勝負の結果を左右すると私は読んでいます。すなわち、わが軍でいえば馬超と呂布、文醜と関羽の部隊がそれにあたります。あちらも当然、騎馬の機動力を活かした撹乱作戦を狙ってくるはずです。なので各々、どうか油断なく判断を行っていただきたい」

 

 勢いに乗った孫堅軍の強さには、計り知れないものがある。総大将である孫堅自身が前線に躍り出て、敵兵を斬りまくるのが普通になっているような軍勢なのである。当然、遅れを取るまいと麾下たちも勇んで闘うようになる。

 その一体感に呑まれる前に、戦況を有利に変える必要がある、と稟は考えているのだろう。。

 白い羽扇を手にした朱里(しゅり)。眼差しは鋭く、軍師としての雰囲気を確かにまとっていた。

 

「孫堅さんは、戦において天賦の才を発揮されるお方です。上辺だけを見れば類まれなる猛将ですが、その実したたかさを持ち合わせているのが厄介ですね。ここまで大きな動きを見せてはいませんが、確実に領土を拡大させていますから」

「んん……、ですねえ。(ふう)たちで作戦はいくつか考えてありますが、通用するかどうかはやってみなければわかりません。弱気な発言と思われるかもしれませんが、前線に出られるみなさんに過度な期待を抱かせるわけにもいきませんから。ですが、もちろん信じていないわけではありませんからねえ? ご主君さまという旗のもとに集まり、鍛え上げられた武技を持つみなさんなのです。その強さ、孫堅さんに見せつけちゃってください」

 

 そう言って、風は穏やかにほほえんだ。持ち主と連動するかのように、頭上の宝譿が表情を変えている。原理もなにもわかったものではないが、軍議の緊張感を和ませる役割を果たしていた。

 

「江東の虎とあだ名されるほどの武人だ。私も、一度仕合ってみたいと思っていたのでな。邪魔してくれるなよ、(せい)?」

「ふふっ。燃えているようだな、春蘭(しゅんらん)。いいさ。誰が相手であろうと、私は勝利のために闘うまでだ」

「うむ。殿が指揮なさる戦に出るのは、久しぶりなのでな。ご期待を裏切らぬよう、励まねば」

 

 春蘭の使い込まれた眼帯が輝いている。

 孫堅は手強いが、それで怖気づくようでは曹操軍の将はつとまらない。春蘭の剛毅さが、曹操には頼もしく思えていた。

 

「この戦が、一日や二日で終わることはあるまい。腰を据えての闘いになることも考え、行動せよ。みなの働き、愉しみにしているぞ」

 

 戦況を変える要素は、ひとつではなかった。

 兗州に残した秋蘭(しゅうらん)には、ほとんど全権を与えるようなかたちで外交を任せてある。青州を引き込み、つぎなる相手に幽州の公孫賛を選んだようだった。騎馬隊をよく使う女だということは覚えている。派手さはなく素朴だが、一緒にいて安心できるようなところがある。その人柄の良さのおかげで、過去には劉備軍や稟たちを近くに置いていたのだ。

 滞陣が長引けば、孫堅が搦手を使った戦に切り替えることも十分に考えなくてはならなかった。向こうの誘いの手が伸びる前に、公孫賛を自軍に抱き込む。秋蘭ならば、うまく立ち回ってみせると曹操は信じていた。

 

「兄上、そして徐州にいる姉上に恥じぬ戦をしてご覧に入れましょう。よろしく頼むぞ、文醜殿」

「あははっ。話には聞いてたけど、かったいやつだなあ、関羽。いいぜ。背中を預けることになるかもしれないんだし、あたいのことは猪々子(いいしぇ)って呼んでくれよな」

「むっ……。だが、承知した。わが真名は愛紗(あいしゃ)だ、猪々子」

「へへっ。よろしくな、愛紗。ここで活躍したら、きっとアニキだってよろこぶぜ? そしたら、あたいと愛紗でご褒美は山分けってわけだ」

「やっ。私は、なにもそのようなものがほしくて闘うわけではなくてだな……」

「へえ? ずっと惚れ込んでた美髪公ってなだけあって、アニキもさっさとお手つきしちゃったってことか。いいなぁ、あたいも早くかわいがってもらいたいなぁ。ねっ、アニキ?」

 

 自分と愛紗の関係になど、とっくに察しがついている。悪びれることなく寄りかかってくる猪々子の顔には、そう書いてあるようだった。

 猪々子たちとの関係強化は、主人である麗羽(れいは)の望みでもある。そうでなくとも、それぞれが求めたくなるような魅力を備えているのだ。

 蒼空を思わせる、晴れやかな色をした髪。軽く撫でながら、曹操はかすかに笑みをみせている。

 

「猪々子の好きなだけ、相手をしてやる。だから、無事に帰ってきてくれるな?」

「おう、もちろんだっての! でも、面と向かって言われるとなんだか照れくさくってさ。一刀のアニキ、あたいにおかしな妖術でも使ったんじゃないだろうな?」

「まさか。噂に聞く天の御遣いでもなければ、そんなことはできはしまい。いたってまともな人間だよ、俺は」

「ええー? なんだか怪しいなあ。なあ、愛紗だってそう思うだろ?」

「なっ!? わ、私に、兄上を疑えというのか!?」

 

 訝しがる猪々子。天の御遣いという言葉に、愛紗がちょっと反応を示している。

 あるいは、その称号を利用するのも悪くはないのか。曹操の中で、ひとつの考えが生まれようとしていた。

 自分こそが天の御遣いであればよかったのに、と桃香(とうか)が話していたことがある。覇者を目指すのであれば、なにかしらの箔付けが入用になってくるのだろう。ただし、露骨にやると疑念を抱かせることにもなりかねない。時期と手法は、桂花(けいふぁ)たちと相談して決めるべきだった。

 

「気合入ってんなあ、みんな。あたしもがんばってくるからさ、ちゃんと見ててくれよな、一刀殿」

 

 鉢金を巻き直しながら、(すい)が言った。その全身からは、闘気がじわりとにじんでいた。

 はっきりと頷き、曹操が軍議の終了を告げる。

 奥底にある昂揚。戦が近づくにつれ、大きく鳴動するようになっている。

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