※この作品はR-18です。

恋姫異天記~曹操伝~   作:KKS

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第二章 戦乱の灯火
一 孫堅の野心


 広大な平地を、騎馬兵が駆けている。

 一千ずつの部隊。それが、三つ存在している。動きはいい。部隊を率いる将軍たちから指示が飛ぶと、配下の騎兵は瞬時に並びを変えていくのだ。兵たちの顔にも、気力がみなぎっている。

 土煙が立ち上る。三つのうちの二つの部隊が、実戦さながらの調練を行っている。駆け抜ける。一方の部隊が相手を縦に割ろうとすると、もう一方は見事に散って攻撃を受け流すのだ。そこからの、旋回も早かった。すぐさま小さく纏まり、ひとつとなって反撃を開始していく。兵たちの雄叫びが、丘陵にまで響いた。

 『孫』の大旗。丘の上に立つ太い木のそばで、悠然と風を受けている。

 その隣に胡床を置き、孫堅は調練を見物していた。堂々たる体躯。目には、猛獣の如き力強さがある。

 孫堅の手には、鞘に納められた剣が握られている。南海覇王(なんかいはおう)。幾人もの敵を葬り去ってきた、愛剣である。気の抜けた動きをしている者がいれば、即座に自ら首を刎ねにいく。そのくらいの気迫が、孫堅からは滲み出ている。

 護衛の兵が、孫堅に声をかけた。なにかあったときには、自らの身体を盾とし主君を守る。そういう気概を宿した兵だけに、誰もが鋭い目つきをしていた。

 

冥琳(めいりん)か、よく来た。雪蓮(しぇれん)のやつは、どうしてる。ククッ……、オレが不在なのをいいことに、昼間っから酒でも飲んでいたか?」

「ありえない、と言い切れないのがあやつの恐ろしいところですね。それにしても、お歴々の将軍方はさすがの動きをされています。これほど鍛え上げられた軍勢を差し向けられるとは、賊軍も運がなかったのでしょうな」

 

 周瑜を真名で呼ぶ孫堅。その表情は、不敵に微笑んでいる。兵に胡床をもう一つ用意させると、そこに座るよう孫堅は勧めた。

 故郷である呉郡から出て、現在孫堅は長沙(ちょうさ)郡の太守となっていた。

 太平道による蜂起。それを皮切りに、各地で叛乱が起こるようになっていた。荊州の南方である長沙。平穏そうに見える土地であっても、それは同じだった。

 蜂起した者の名を、区星(おうせい)といった。配下にした賊軍の数は、一万余り。それでも、腑抜けた太守たちは大いに苦戦することとなった。長沙付近を荒らし回り、区星たちは略奪を繰り返した。勢力が拡大していったことに、調子づいたのだろうか。区星は自ら将軍と称し、桂陽(けいよう)零陵(れいりょう)の賊軍までもを糾合するようになっていた。

 そこで朝廷から目をつけられたのが、孫堅なのである。太平道との闘いにおける勇猛に振る舞いは、人々の記憶にしっかりと刻まれていた。しかし、太守赴任となると、それだけでは理由が弱かった。最後のひと押し。やはり、物を言うのは金である。

 濁流と清流。世の中には、権力に溺れる宦官と清廉な士大夫とを、そうやって区別して呼ぶ流れすら出てきていた。だが、それがなんなのだと孫堅は思う。清らかな水に身体を浸していたところで、一役人から出世することは困難なのである。いまこの国は、乱世へ向かおうとしているのだ。そこで闘う力を蓄えるためであれば、いくらでも金を使う。そこでためらう者には、同じ舞台に上がる資格すらないと孫堅は考えていた。

 長沙太守となった孫堅は、呉郡から連れてきた五千の兵で区星と対峙した。敵軍が倍であろうと、なんの問題もない。一度の物見で、孫堅はそう確信することができたのである。

 黄蓋たちの率いる騎馬兵に敵の前線を蹂躙させ、迂回して背後に回った部隊に火をかけさせる。区星の首が胴から離れるまで、戦を始めて三日とかからなかった。小さな勝利。だが、それでも得た名声は、孫家の力となっていく。

 賊を討った孫堅は郡周辺の鎮撫に努め、民たちの生活を回復させていった。いまでは、使える兵の数は一万を越えるようになっている。

 周瑜を見る。鋭利な視線。丘の下に見える軍勢を、見渡している。孫堅も、その資質を気に入っていた。

 黄蓋、程普、韓当。麾下に武勇の士は多くあれど、周瑜のような軍師肌の人材は希少だった。

 娘である孫策と、周瑜。まるで正反対のような二人だったが、どこかで馬が合う部分を互いに感じ取ったのだろう。武人らしい優れた直感を持つ孫策。決して口には出さないが、剣の腕に関しては自分に似た激しさがあると孫堅は思うようになっている。戦をさせれば苛烈に闘ってみせるが、自ら敵兵の首を多く上げようとするきらいがある。それは、常に前線に出て闘う自分の背中を見て育ったせいなのか。自嘲気味に、孫堅は笑った。

 反対に、周瑜には孫策のような苛烈さはなかった。戦場においては冷静に状況を見極め、兵の出し入れで対処しようとする。前に出ようとする孫策を諌める場面に、何度か遭遇したことがあった。

 欠けているものを、補い合える者同士。孫策と周瑜が惹かれ合っているのは、そのためなのだろうか。

 器量だけでみれば、周瑜はかなりのものを持ち合わせている。英傑の資質、といってもいいのかもしれない。

 それでも、孫策は周瑜にとって無二の友人でもあるのだ。二人で支え合い、孫家の次代を築いていく。そんな姿すら、孫堅には見えるようだった。

 隣に座る周瑜の様子を、孫堅は観察している。膝に置かれた手が、拳を握っている。周瑜は、まだ調練に見入っているようだった。

 

「ときに冥琳、洛陽では帝が軍勢をお持ちになったそうだな。そのことは、知っているか」

「はっ。小黄門の蹇碩(けんせき)殿を長として、全部で八軍を揃えていると聞いております」

「うむ。八軍とはいっても、実際には上中下の三軍に分かれているのだそうだ。蹇碩が筆頭なのは当然として、袁家の名声というのはやはりデカいものだな。こんなところでも、ちゃっかり出てきやがる」

「その八人の校尉のなかに、誰か気になる者がいるのでしょうか。炎蓮(いぇんれん)さまは、そういうお顔をされています」

「クハハッ……! そうだ、わかるか冥琳。退屈しのぎに、それが誰か当ててみろ」

「そうですね……。力があるといっても、炎蓮さまが袁紹殿を意識されるとは思えません。であれば……、ふむ」

 

 思案を続ける周瑜。孫堅は、まだ呉郡にいたときのことを思い返していた。

 太平道との闘いで、見知った男。

 あのときは、官軍で騎都尉(きとい)をしていたように記憶している。宦官の家の養子だというが、いい面構えをしているように感じていた。それに、配下の部将にも力があったのだ。数万の軍勢を操るようになれば、確実に脅威となるだろう。

 

「曹操殿、でしょうか。女のために宦官と諍いを起こすなど、炎蓮さまが気に入りそうなお方です」

「ハハッ! 冥琳が日頃オレをどう思っているのか、よぉくわかったぞ」

「お戯れを。それで、わたしの答えは的中しているのでしょうか」

「おう、その通りだ。あれには見所があると、オレは以前から思っていたのさ。ハハッ、自分の欲望のままに女を奪うってのは、さぞかし楽しいもんだろうなあ。それでいて曹操は、案外抜け目なく動いているときたもんだ。金をさっさと積んで宦官の機嫌を取るなんざ、誇りに縛られたヤツにはまずできんやり方だろう」

「曹操殿の義理の祖父は、大長秋(だいちょうしゅう)の曹騰殿。曹騰殿から受け継いだ人脈と金子を、存分に使われたというわけですか」

「だな。人脈も金も、上手く使わなければ腐り果てるだけだ。外面を気にしたところで、どうにかなる時代でもねえからな。そこのところを、曹操のやつはよくわかっている」

 

 荀彧をさらったのが曹操だというのは、いつまでも隠し通せるようなことではなかった。当然、面子を潰された宦官たちから、怒りを買うことになったのである。

 屋敷に戻った曹操は、ひとまず防備を固めるよう夏侯惇らに命じた。配下からは兵を募って護衛にあたらせるべきだという声も上がったのだが、それには取り合わなかった。

 一度でも兵を集めてしまえば、言い訳がつかない事態に発展してしまいかねないからである。とにかく静かに日常を過ごし、それ以上の叛意がないことを、曹操は外に向けて示したのだ。

 その間も、宮廷内部への工作は絶え間なく続けられていた。中央政界を上手く泳ぎきった曹騰は、かなりの人脈の持ち主でもあった。その伝手を頼り、曹操は金をばら撒いたのだ。

 それに、養父である曹嵩の存在も大きかった。金で買った官位だとはいえ、曹嵩は三公である太尉にまで昇進した経験があるのだ。そのため、宮廷内の事情については曹操以上に熟知しているし、話を通せる人間の数だって多い。

 養父が、売官によって得た地位。そのことについて、曹操に忸怩たる思いがないわけではなかった。そのあたりの感情までは、いくら孫堅であってもわからないことである。

 しかして体裁を気にせず、曹操は養父に頼った。誇りよりも、実をとる。いまは、それが第一だとわかっていたからだ。

 それら工作が成功し、曹操は隠棲を終えて洛陽に復帰していた。典軍校尉(てんぐんこうい)。その地位を得た曹操は、西園軍の一端を率いることになった。

 西園軍。表向きは、帝直属の近衛兵である。しかし、その裏側に隠された狙いを、曹操や袁紹は知っていた。

 増長する何進に対抗するために、宦官たちが用意した兵力。それが、西園軍でもあるのだ。とはいえ、八校尉は一枚岩ではなかった。袁紹は宦官をいたく嫌っており、何進と接触しているともっぱらの噂なのである。曹操は誰とも組まず静観を決め込んでいたが、一波乱起きることを予感していた。宦官勢力に圧力をかけるために、何進が都の外から将軍を呼び寄せようとしているという話もある。

 

「どうなっていくのでしょうか、この国は」

「なあにシケた面をしてやがる、冥琳。お前も孫家に仕える将だってんなら、国中わんさか乱れるように願ってみやがれってんだ」

 

 乱の数だけ、闘いがある。ひたすら前を向いて闘い続ければ、道は開けるものだと孫堅は信じている。

 孫家の力。それをまずは、国の南方に知らしめるべきだ、と孫堅は思っている。いまいる荊州だけでなく、いつの日か故郷である揚州までもを席巻してみせる。そうなれば、江水の豊かな流れを我がものとすることができるのである。

 水上を支配すれば、物の行き来を格段に楽にすることができる。それは、兵の輸送だって同じことだ。しかし、現状ではそれは夢に過ぎなかった。いまは原野での戦を見据え、騎馬隊を強くするときだろう、とも感じているのだ。

 水軍を運用するとなると、かなりの調練が必要になってくるだろう。船を自在に操ることのできる水夫(かこ)を育てるのと同時に、水上での闘い方を習得しなければならないからだ。

 そのあたりのことは、周瑜にも考えさせるべきなのか。軍事と内政。その両方に力を発揮することができる周瑜に、孫堅は大きな期待を抱いている。

 

「はっ。申し訳ございません、炎蓮さま」

「しゃあっ、ついて来い冥琳! 座って見ているだけなど、やはり退屈でかなわん。オレも近衛を率いて、あいつらを揉みにいくぞ」

 

 立ち上がり、孫堅はそう叫んだ。丘を真っ先に駆け下ると、近衛の兵らが慌てて追従し始めた。周瑜は、すぐ後ろを駆けている。

 闘いは、好きだった。闘志を燃やすと、血が沸き立つのだ。その感覚は、しばらく消えずに身体に残る。残った火種は、情欲となって燻り続けるのだ。それを収めるのもまた、戦の楽しみでもあった。

 

「うるぁああっ! いくぞてめえら、まずは黄蓋の部隊を突き崩す!」

「なんと、炎蓮さまではないか。ふっ、相変わらず無茶苦茶なことをなされる」

 

 孫堅の雄叫び。それに気づいて、黄蓋は馬上で破顔している。笑っているのは、孫堅も同じだった。

 親友とは一段違う激しさに圧倒されながらも、周瑜は必死になってその背中を追った。大きな背中。なにかを語りかけるような背中だと、周瑜は思った。

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