半年くらいで完結いけたらいいなあとか思ってますが、所詮は理想です。
孫堅一行の来訪。ちょっと語気を荒らげた常磐から呼ばれて、曹操は陣屋の外に出た。たまたま同席していた愛紗だけが、護衛としてついて来ている。向こうには常磐も待っているだろうし、それ以上は不要だと思っていた。
十人にも満たないほどの集団だった。常磐に与えた騎兵に囲まれているものの、おそれるような素振りはどこにもない。孫堅などは自陣にいるような気楽さで、退屈そうに頭を掻いているくらいなのである。
ほかに来ているのは、娘である孫権と宿将の黄蓋くらいか。どちらも、面識のある女だった。戦場でも感じたことだが、孫権は結構な頑固者なのかもしれなかった。なにも娘まで、母の勝手に付き合うことはないのである。むしろ母娘揃って討ち取られないように、本陣を預かるのが普通といえば普通だった。
それを理解したうえで、付き従ってくる。頑固というか、そこにあるのは激情なのか。鋭い視線。母親とは違い、どこにも余裕はないようだった。
小さく笑みをのぞかせ、曹操は集団に近づいていく。同じように、孫堅が笑っていた。もう何年も、直接顔を合わせてはいない。最後に会ったのは、記憶が確かなら酸棗の陣中だった。
「よお。元気そうじゃねえか、曹操。何年ぶりだぁ、こうして面を合わせるのは? 随分と、デカくなりやがって」
「貴殿こそ、一度死にかけたようには見えないな。ご息女とは、先日ぶりか。健勝そうで、なによりだ」
今日は、殺気に満ちたあの護衛は不在のようである。
たぶん、孫堅が同行させなかったのだろう。敵愾心を振りまかれては、まとまる話もまとまらなくなってしまう。そうした部分では冷静なのが、孫堅という女だった。
「……戦場では世話になった、曹操殿。突然の訪問、申し訳なく思っている。私はお止めしたのだが、母がどうしてもというのでな」
「ははっ。予測のつかないことが起きるのが、戦場なのではないかな。それに、俺も御母上とは久しぶりに会ってみたいと思っていたところだ。ところで、いまくらい肩の力を抜いてもよいのだぞ? 貴殿らを害する意図があったのなら、すでに兵を差し向けているのだよ。それが理解できない、孫権仲謀ではあるまい」
「むっ……。曹操殿の心遣い、ありがたく存ずる。しかし、母がこうであるゆえ、娘である私が気を張っていなければ麾下に示しがつかん。わかるだろう、その気持ちも?」
「気苦労を重ねているようだな、孫権殿。ゆるりとはいかないだろうが、しばらく楽に過ごしていてくれ。参ろうか、孫堅殿?」
曹操の言葉に、孫堅が頷いた。
「お、お待ちください、兄上。よもや、孫堅殿とお二人だけで会談なされようというのですか」
「そうだが、なにか不都合でもあるのか?」
「やっ……。不都合というわけではありませんが、私としてはさすがに……」
一対一で孫堅とやり合えば、まず自分に勝ち目はない。そういう心配を、愛紗はしてくれているのだろう。
だが、それ以上の危険を冒し、相手はここまでやって来ているのだ。意地の張りあいのような感じもするが、負けたくはなかった。それに、ここはまだ戦場とは地続きにあるのである。覚悟ならば、常にできていた。
「俺に万一のことがあったら、この猛獣の首を全力で奪ればいい。ついでに、娘と宿将の首まで刎ね飛ばせるのだぞ? 戦果としては、重々ではないか。家督は昂に継がせる。後見は夏侯惇と夏侯淵の二人。それで、あとのことはどうにでもなる」
愛紗の表情はやはりかたい。
真面目な子だ。それだけに、自分の安全を最優先に考えてくれているのだ。
「いいじゃねえか、関羽。婿殿がこう言ってるんだ。結局、好きなようにやらせるしかないんだろ? 安心してくれていいぞ、婿殿。なにかあった時には、この死に損ないは私がきっちりあの世に送ってやるからよ」
「うっ……。馬騰殿の剛毅さ、私も見習いたいものです」
「あはははっ。だろう?」
苦笑する愛紗を物ともせず、常磐は豪放に笑っている。
「ったく、うまいこと跳ねっ返りを手なづけたもんだぜ。なあ、婿殿?」
「茶化してくれるなよ、孫堅殿。だが、まだまだ。俺には、叩き潰さねばならん女がほかにもいるのでな」
「ハハッ。言ってくれるじゃねえか、曹操」
緩みきっていた孫堅の表情。そこに、じんわりと獰猛さが宿っていくのがわかった。
陣屋の扉を手で押し、中へと入っていく。
唇の端を舌で濡らす孫堅。見て見ぬふりをして、曹操は椅子に腰を落ち着けた。
「なかなか小綺麗にしてるじゃねえか。どうせ、ここに毎晩女を連れ込んでるんだろう?」
「さあ。貴殿の想像に、おまかせするとしよう」
なんとなく感じる戦のような気配。
顎を指で撫でながら、曹操はかつてのことを思い出していた。
†
孫堅が腕を組み、こちらをじっと見つめている。
持ち上げられた胸。相変わらずの張りがあって、挑発しているようにさえ思えてくる。
「このあたりで、軍を引き上げようと思う。誰かさんのしてくるちょっかいのおかげで、方々が騒がしくなっているのでな」
「ほう。こちらにとっては、好都合なことだな。追い討ち、散々に打ち破ってくれと言っているようなものではないか」
「そう、つれねえ態度をとるもんじゃねえよ。貴様の兵も、戦続きで相当疲れがたまっていることは知っている。無理をしてしくじれば、それこそ洒落にならねえよなあ?」
不敵な笑み。ここまで話したからには、撤退に際して相応の準備をしてくるはずだった。
あるいは、罠をしかけてくることも考えられた。背中を見せて油断を誘い、反転してこちらの攻撃部隊を押し包む。その勝利が孫家の勢いを生み、自分が形成しつつある流れを破壊する危険すらあるのだ。
「わざわざ、手ぶらで会いに来たのではあるまい。こちらに、なにかよい条件があるのではないか?」
「いい読みだ。統治するのも面倒だから、豫州の北部が欲しけりゃくれてやる。代わりに、貴様の置いている部隊を汝南から引き上げさせろ。それでしばらく、この地の均衡は保たれよう」
「悪くないな。こちらとしても、北部を得られたほうが利点が多い。それで、ほかには? その気になれば、俺は貴殿らをここで始末することもできるのだよ。当然、多少の上積みくらい、覚悟のうえなのだろう?」
そんなやり口で殺す気はさらさらないが、引き出せるものは少しでも多いほうがいい。
いくらか尊大な風を装い、曹操は問いかけた。
「強欲な男め。しかし、そうだな……」
孫堅が立ち上がる。
服の切れ目からのぞく肌。褐色の誘惑が、いたる部分に転がっている。
身ををかがませ、孫堅が耳もとに口を寄せる。湿り気のある吐息。不意に、片付けてある寝台が眼に入った。
「ククッ……。オレの身体を、好きにさせてやるというのはどうだ。貴様のチンポも、実のところ期待しているのだろう? さあ立て。挨拶代わりに、かわいがってやろう」
瞳に、情欲の炎が宿っている。
耳を這う舌。ぞくりとするような感覚が、突如として走り抜ける。
「なんだ? まさか、もう勃起してるんじゃねえだろうな。その貪欲さは、嫌いではないが」
腕がするりと伸びてくる。
瞬間、火がついたような勢いで孫堅に押し倒された。どちらかと言えば、組み伏せられているような格好である。
一撃。頬に向けて、拳が容赦なく飛んでくる。頭が揺さぶられる。同時に、口内に血の味が拡がった。
「ハハハッ。甘い男だな、貴様は。死にたくなければ、本気で抵抗してみせろ」
首に手をかけられている。
このままでは、近いうちに意識を失う。体躯の大きな女だけに、跳ね除けるのも簡単ではなかった。
顔面を殴りつける。したたかに打ったが、この程度では崩れない。腕の力が強まる。揺らいでいるのは、自分の意識だけだった。
「ぐっ……。そん、けんっ……」
「こいつでトドメだ。悪く思うなよ、曹操」
額に強烈な衝撃が走る。
薄れゆく意識。必死に腕を伸ばしたが、指にあるのは髪をかすめた感触だけだった。