間もなく、鄄城に帰還する。
幽州にでかけていた秋蘭からの知らせがあったのは、五日前のことだった。
大きくふくらんだ腹に手を添えて、月は侍女たちに指示を飛ばしている。宴席の会場となる館を清掃し、料理などの手配を進めていく。曹操が戦で不在だからといって、手を抜いていいものではないという気持ちが強かった。
詠には城郭の警護の仕事もあるから、ここは自分が動くべきだと思った。
幸い体調は安定しているし、この重みを苦に感じたことはない。曹操の授けてくれた、無二のつながり。撫でていると、それだけで活力が湧いてくる気がしているのだ。
遣いからの報告によると、どうやら一行は公孫賛まで連れ帰ってきているらしい。交渉の成功自体は喜ばしいことだが、幽州牧を迎えるとなればそれなりの準備がいる。秋蘭が普通よりも早く知らせを送ってきたのには、そういった事情があるのだった。
「順調そうですね、月さん。お身体の具合は、変わりありませんか?」
「平気です、柳琳殿。明日の昼頃にはみなさん到着されるでしょうし、しっかり準備しておきませんと」
「そうですね。兄さんの代理として、恥ずかしい真似はできませんし。そうした意味でも月さんがいてくれて、ほんとうに助かっているんですよ」
秋蘭が外交にでかけている間、柳琳はその職務のすべてを肩代わりしている。詠以上に、領内に対して神経を使う立場であるのは間違いなく、準備の様子もようやく視察に来られたくらいなのである。
饗応にしても、自分は柳琳よりも断然経験が多かった。最終的には招かれることがほとんどだったが、誰かをもてなすことは嫌いではないのである。
適材適所。身重であることに加えて、董白の名を授かって間もない自分は、まだ率先して前に出るべきではない。そのあたりのことを柳琳は心得ているし、仕事はやりやすかった。
「あの……。少し、お腹に触れてみても?」
「ふふっ。構いませんよ、柳琳殿」
柳琳の手のひら。腹の中央あたりに触れて、じっとしている。
「あっ。いま、赤ちゃんが動いたような?」
嬉しそうな声があがる。笑顔の柳琳にほほえみ返し、月はじきに生まれてくるであろう赤子のことを思っていた。
孫堅との闘いがあるとはいえ、曹操がそばにいないのは少し残念なことではある。日々の変化をともに感じられたら、幸せはきっといま以上だったのではないか。そんなふうに思うことも、ないわけではなかった。
破壊と血に塗れていた運命。その転機には、常にあの人の存在があったような気がしている。帝を手中にした雨の日。洛陽を焼き、大勢の人々を引き連れて長安に移った日。そして、一緒に月を見上げたあの夜の記憶は、身が朽ち果てるまで鮮明に記憶し続けていくのだろう。
「夏侯の御二方は当然として、姉さんや栄華ちゃんも、兄さんの血を受け継ぎたがっていると思うんです。もちろん、私だって」
「柳琳殿……」
ちょっとした焦燥感。ないと言えば、たぶん嘘になるのだろう。
礼を述べてから手を離した柳琳が、苦笑を浮かべている。こればかりは運の巡りで、意識して左右できるものではない。そう理解していても、もどかしいものはもどかしいのだ。
「一門としての責務も多少はありますけど、やっぱり兄さんのことが大好きですから。血のつながりがなくって、逆によかったんだと思います。そのおかげで、なにも気にせずに済みますから。なので、私の番が来た時にはたくさん教えてくださいね? 頼りにしていますよ、月さん」
「はい、もちろん。みんなで、勉強していけばいいんです。この子の母親は、私ひとりである必要はないんですから」
いのちの重み。そしてその尊さが、ずっとわかるようになっているのだと思う。
近くにあった椅子に腰掛け、月はひと息ついていた。
曹操と孫堅。二人の英傑によって形成された流れはぶつかり合い、やがて一本の大河となっていくのだろう。戦の終結は、きっとそう遠くはない。願うような気持ちで、月は再びわが子の眠る腹を撫でている。
†
夜。曹操の隣で、恋は横になっていた。
寝台の幅には余裕があるが、左腕を抱くようにぴたりとついている。胸もとに顔をうずめていると、時々曹操が唇で髪に触れてくる。からかわれているのか、それともそうしているのが好きなのか。どちらにせよ、悪い気分ではなかった。
「月のお腹、そろそろ大きくなってる?」
「おそらくはな。もうしばらくしたら、俺も兗州に帰ることになる。なにか土産でも持って、一緒に見舞おうか」
「だったら、美味しいものがいい。赤ちゃんのためにも、たくさん食べてもらわないと」
「ははっ。そう言って、自分が便乗したいだけではないのか、恋?」
「むぅ……。ちょっとだけで、あとは我慢する。月には、元気でいてほしいから」
「冗談だ。恋のうまそうに食っている姿が、月にとってなによりのご馳走になるのではないかな。恋とずっと会えなくて、寂しくないはずがない。喜ぶぞ、きっと」
わざと乱暴に、曹操が髪をかきまぜてくる。
月の笑顔。眼を瞑れば、いつだって思い浮かべることができる。大切な人。曹操という拠り所ができたいまでも、気持ちは少しも変わっていなかった。
「んっ……。一刀の匂い、かいでるとなぜか安心する」
そう言って、恋は数回鼻を鳴らしている。
抱き寄せた腕。股の間にまで達していて、そのあたたかさが心地よく身体を支配する。
「あっ……。一刀、寝ちゃってる」
短時間とはいえ、静かにしていたのがまずかったのか。あげた顔の先。健やかに寝息を立て、曹操は一足先に夢の世界へと旅立ってしまっていた。
「はっ、んんっ……。恋の身体、ちょっと熱い?」
ゆるく羽織った着物に触れる肌。どことなく、敏感になっているようだった。
曹操と夜をともにする。それだけで、どこかに期待があったのかもしれなかった。
このままでは、眠れそうにない。かといって、気持ちよさそうに寝ている曹操を、起こすわけにもいかなかった。
「んっ、しょ……。んっ、はうっ……」
腕を抱いた状態で、自らの陰部をまさぐってみる。唾液をまぶした指。下着越しに擦っているだけでも、感じるものがあった。
「あうっ……。これっ、んっ、んあっ……」
ちょっと、呼吸が荒くなってしまう。
大好きな人が静かに寝ている隣で、快楽を求めて自慰行為に及んでいる。もし気づかれても軽蔑などはされないだろうが、緊張感が気持ちよさを後押ししているようだった。
そうなると、なるべく声を抑えたまま、指を深く入り込ませてみたくなる。
「んむっ……。んはっ、んっ、はあっ……。一刀、かず……と」
真名を呼び、曹操のことを強く思うと、身体の反応がずっとよくなることがわかった。
顔の位置を再度胸もとに戻し、愛しい人の匂いを吸い込みながら下着の隙間に指を潜らせる。かすかな濡れ。曹操の男根と比べれば赤子同然のものが、膣口を割る。
「あくっ……。ああっ、はあっ、あふっ」
潤滑を求め、内部をかき回す。
手管の巧拙は関係なしに、曹操の存在を感じられればそれでよかった。大きな呼吸。男根に見立てた指を同時に突きこむと、危うく声を洩らしそうになってしまう。
着物の生地に擦れる乳房の先。そこもすでに敏感になっていて、慰めを欲しているようだった。おそるおそる左手を近づけ、かすめる程度に爪の先でいじってみる。
「うあっ……♡ おっぱいの先、ぴりってする……?」
もう一度、確認のために乳首を指で弾いた。
締め付け。腟内にいる指が、反応した身体によって圧迫されている。
かりっ、かりっ。乳首への刺激が癖になる。強くしすぎるよりも、焦らすようにしたほうが心地いいことがわかってくる。
夢中になって責めていると、時すら忘れてしまえそうだった。
「これ、どんどん変になる。ふっ、ふーっ、はふっ……♡」
乾いていた膣内。潤いで満たされ、自由にかき混ぜられるようになっている。乳首を指で甘く転がしながら、曹操の匂いで肺を満たす。腰がひくつく。気持ちよすぎて、指を止められない。切なさを含む痺れは、とっくに全身に拡がっていた。
「くにってするの、やめられないっ……♡ かずと、んあぁああっ……♡」
たまに与える強い刺激が、余計に身体をおかしくしているのだろう。
引っ張るようにしていじめた乳首を、指先だけの愛撫で労った。快楽。凄まじい勢いとなって、駆け抜ける。いけない遊びほど、惹かれてしまうものなのか。
くりっ、かりっ。湿り気を含んだ吐息。狂おしいほどのなにかが、身体の中で弾けていく。
「ぐっ……、んむぅ……!? ふはっ、ふうっ、はふぅ……♡」
小刻みな痙攣。濡れそぼった穴から滴る愛液が、曹操の腕に垂れ落ちていることは確実だった。
それなのに、まだ乳首をいじくる手を止められない。
かりっ、かりかりっ。永遠に終わりが来ない、快楽による牢獄。そんな場所に閉じ込められたのかと思うと、少しぞっとする。
「んっ、ああっ、うぁあああっ♡ だめ……。これ、だめなのにっ……♡ かりかりっ、ずっと気持ちいい……♡」
あたりを包む闇。まだまだ、晴れる気配はなかった。
敏感さの増した身体に対し、続けざまに快楽を送り込んでいく。眠ることすら忘れて、恋は快楽を貪ろうとしているのだ。
「お゛っ、あーっ、ああっ……♡」
嗚咽にも似たくぐもった喘ぎ声。
息を乱し、恋は果てることのない欲望に身を焦がしたのだった。