食事のあと、少しだが月と二人になる機会に恵まれた。
詠は心底嫌そうにしていたが、優先されるのはやはり月の心情のようなのである。根底にあるものは、どこにいようとなにも変わらない。だからこそ、感じる切なさがあるのは確かだった。
「このあたりは、夜になると冷えるんです。ふふっ。あまり多く召し上がると身体に毒ですから、少しだけ」
「ありがたくいただこう。詠には、内緒にしておく」
月の意見に半ば押し切られるかたちで、こちらの詠のことも真名で呼ぶようになっている。
酒杯を傾け、おもむろに眼を窓の外に向けた。闇夜に浮かび上がる白月。心にある切なさが、また強くなった気がしていた。
「拾われたのが、涼州でよかった。別の存在だと理解したところで、一門の縁者に素っ気ない対応をされるのは、さすがに辛い」
「御一門で、仲良くされているのですね。家督は、一刀さんが?」
「そうだ。といっても、直接血のつながりがあるわけではないのだよ。随分小さな頃に、曹家の父に拾われてな。おかげで、かわいい妹が多勢できることになった」
「いいですね、賑やかそうで。私は一人っ子ですので、そういうのには縁がないんです。けど、寂しいと感じたことはありません。幼い頃から、詠ちゃんとはいつも一緒でしたから」
そう言って、月が明るくほほえんでみせている。
酒を一度口にし、曹操は様々な思いを飲み込んだ。喉をするりと通り抜けていく熱。腹に落とせば、何事もなかったかのように消えていく。
「天の御遣い。北郷一刀というのは、どのような男なのだ」
「はい。ちょっとややこしい話ですけど、声もお顔も、ほんとうにそっくりなんですよ、一刀さんに。強いて言えば、私の知る一刀さんの方が少しお若いのかも。流星のようにあらわれて、まさかこんな離れ方をするとは思いもしませんでした。ようやく、詠ちゃんだって心を開きかけていたんですよ。なのに、こんなのって」
卓の上に置いた両の手を、月が静かに握っている。
北郷一刀。自分と同じ名と、外見を持った男。なぜだか、それが不思議なことだとは思わなかった。
孫堅とも、過去にそんな会話をしたことがある。
今の自分はたまたま曹家の旗頭となっているだけで、彼の地に流れ着いた時点ではいくつもの可能性があったのだ。拾われた先が孫家であれば、あの女傑と軍勢を率い天下を荒らし回っていたのかもしれない。あるいは、それが桃香たちの待ち望んだ天の御遣いだったならば、あの誓いの場に実際に立っていたことすらあるのだろう。
異邦人として世界に存在しているせいか、取り留めのない空想が果てしなく拡がっていく。
あの輝きを放った倚天の剣。今は、大人しく鞘に納まっているだけだった。
「そういえば、一刀さんは海というのを見たことがありますか?」
「いいや、一度も。河水や江水よりも大きく豊かだということだけは、知識として理解している。住んでいる魚や動物も、まるで違うそうだな」
「原野ばかりの涼州に暮らしていると、とてつもなく壮大なおとぎ話のように思えてならないんです。天の国……。一刀さんの、北郷さんの故郷では、暑い季節になると海にお友達と遊びに行くそうなんです。みんなで泳いだり、お店で美味しいものを食べたり、想像しただけでもすごく愉しそうで」
天の国。香風がよろこびそうな話だと曹操は思った。
海の情景を、想像からなんとか思い浮かべようとした。陸地ばかりを駆け回っているのが自分たちだが、それは世の中全体からしてみれば、非常にちっぽけなことなのかもしれなかった。
そのうち、子供たちも歩けるようになる。北郷一刀の話のように、慰安と見聞を兼ねて海に行ってみるのも悪くはない、と曹操は考えはじめていた。
いずれにせよ、天下安寧が成らなければできることではなかった。そのためにも、どうにかして元ある場所にもどる必要がある。
「いつか海を見に行こうと、あの人と約束したんです。もちろん、詠ちゃんや恋さんも一緒に。そこを越えた先には、一刀さんの故郷があるのかもしれない。そうやって考えると、なんだかわくわくしませんか?」
「叶うといいな、その願いが。夢を抱けるから、人は困難に打ち勝つことができるのだ。そして、支えが多くなるだけ、それは大きくなるのかもしれないな。しかも、夢は段々と自分だけのものではなくなっていく。旗揚げをしたばかりの頃なら、軟弱な考えだと吐き捨てていたのかもしれないが」
「変われるんですね、人は。だったら、たくさんの想いが集まれば、いつか国さえも」
月が洩らした言葉には、曹操はなにも返さなかった。
酒器が空になっている。ほとんど自分ひとりで飲んでいたようなものだが、それにも終わりが訪れたらしい。
「そろそろ休みましょうか。一刀さんも、色々あったせいでお疲れでしょうし」
「また、明日。ははっ。それまで、俺がこの世界に残っていればの話だが」
部屋の外で別れ、借り受けた寝所に向かう。
月は今頃、ぐずる丕を寝かしつけているのだろうか。ほのかに酔いが回った頭で思い描き、曹操は妻子の平穏を祈っている。
†
異質な世界で過ごすはじめての夜。割り当てられた部屋を抜け出した恋を抱きしめて、曹操は眠った。
恋の洩らす寝言。あえて、聞こえないふりをして眼をつむった。
飯を食っている間はなんともなくても、時間の経過とともにどうしたって寂しさは募る。声も顔もそっくりそのままなのに、自分との記憶を持たない月と詠。仕方のないことなのはわかっている。それでも、感情のすべてが納得してはくれない。どうしてだ、と内側のけものが叫びをあげる。
「服、汗でぐしょぐしょになってる。ご飯の前に水浴びしよう、一刀」
「そうだな。俺も、気分を改めたいと思っていたところだ」
眠そうに眼をこすりながら、恋が言った。
熟睡できたはずがない。天下無双の猛将であろうと、心まで鋼でできているわけではないのだった。
涼州で暮らしていた頃の土地勘は通用するらしい。いつも以上にくっつきたがる恋と横並びで、曹操は館に近い小川に向かった。
「ここ、懐かしい。魚をとったし、月たちと遊んだこともある。……もう戻らないつもりで、みんなで洛陽に行った。長安に入った時も、そう」
足で水面を波打たせながら、恋が思いをこぼしている。
青草の上に脱ぎ捨てられる着物。見慣れた裸体、などと感じたことは一度もなかった。
「どうしてか、悪いことをしている気になるな。月たちとの思い出に、俺のような男が土足で踏み込んでいるようで」
「そんなことはない。戻れないと思ってた場所に、一刀と一緒に来ることができた。恋にとって、それはすごく幸せなことだから」
不意に見せるほほえみ。恋は相変わらず無防備で、抱きついた拍子に腕が乳房に包まれる。
涼やかな川風。それがなんだというように、野ざらしになった男根がびくりと反応する。そのあたりの変化にだけは目聡いのか、恋がうれしそうに肌を密着させてくるのだ。
「しようか、恋。気を晴らすという意味なら、これが一番だ」
「んっ……。気晴らしなんかじゃなくても、恋は一刀にいつでもぎゅってされたい。そうしてもらうと、大好きって気持ちがお腹の奥からたくさん湧いてくる」
両眼を閉じて、恋がかわいらしく唇を突き出している。その姿は、まるで餌を求める小鳥だった。
しかし、この子が欲するだけの愛情を与えてやるのは、簡単なことではない。涼州に拡がる原野。ここに流れ着いた頃の心は、乾きに乾いていたのではないか。
「んっ、ちゅっ。はむ、ん、んんっ、一刀……」
ささくれ立つけものの心。癒やしたのが、月だったのだろう。
この世界の月たちが知る恋も、あるいはそうだったのかもしれない。流れ着くことの辛さの一端は、知っているつもりだった。それでも、亡き父が自分に居場所を与えてくれた。操という新たな名が、閉ざされかけていた道を切り開く力になってくれた。
「一刀の、ほしい。お腹の奥、じんじんするまで埋められたい」
「ああ。つながろう、恋。俺たちを縛る絆を、もっと強くするためにも」
手近な岩場に手をつき、恋が臀部を突き出している。自分だけを求める真っ直ぐな視線。餓えることを嫌う、けものにすら似た情動。
応えたいと思った。
本能に従い、背中から覆いかぶさる。水面に向かって垂れている乳房。つかまえ、少々強めに揉みしだいた。
北郷の名を冠する一刀は、おのれの境遇をどう感じているのだろうか。
寂しさ。恐怖。ほかにあるのは、孤独の感情か。
これは予感でしかないが、顔をあわせることはないと思った。まばゆく輝く白を纏った天の御遣い。今になってそのような風聞を撒いている自分とは、そもそもの位置が違いすぎる。
だが、そこには必ずや苦難がつきまとうと曹操は思った。
力がないのに、尾ひれのついた名声だけが勝手に大きくなっていく。逃げ出せるのならそれでもいい。しかし、ここの月の話を聞く限り、北郷一刀は拾われた恩に泥を投げて返す真似ができる男ではないようだった。
「はあっ、ふぐぅ……! 一刀のちんちん、入ってきてる。あ、ああっ。恋の赤ちゃんの部屋、先っちょにちゅってされてぇ……!」
肉襞のやわらかな感触。子宮の入り口に丁寧な挨拶を受け、恋の身体が悦びを爆発させている。
世界がどう変化しようと、本能で感じる部分はなにも違わない。むしろ、その存在をさらに確かめたいという衝動が湧き起こる。
切なく響く恋の嬌声。揺れる川面が、心象を映し出しているようでもある。
「んっ、んはぅ、んうっ……! ぬぷぬぷってするの、一刀は気持ちいい? 恋、うまくできてる?」
「最高に決まっているだろう、恋。でなければ、こんなに昂ぶることなど……っ」
「ひゃっ、あっ、ああぁああっ! ちんちん、一刀のちんちんが、奥に……うあっ!?」
肌と肌がぶつかり合う。
乾いた音がなにもない周囲に鳴り響くことなど、構いはしなかった。
恋の背中に走る刺青。舌を這わせ、さらに肉を貪った。膣肉が歓喜にふるえている。まだまだ、と曹操は腰遣いを激しくした。
「おっ、んっ、んーっ、ひひゃ……っ♡ き、きてる、さっきからずっと……っ。ぴりぴりもじんじんも、一刀にちゅってされてるところから」
粘液。おびただしく分泌されていて、結合部は白く泡立ってしまっていた。
射精をせがむような内側の動き。貪欲なのに、それでいてひどく愛情を感じさせるものだった。
包容に導かれるがままに、腰を進めた。果てしなく猛る獣欲。なんの考えもなしに、本能が恋を孕ませたがっているようだった。
「くるっ、ああっ……! もう、んっ、んあっ、あーっ♡ 一刀、一刀もきて……っ!」
ほとんど叫びに近い声を恋が発している。
もう、どうなったっていいと思えた。腰を振るい、残った理性を焼き切りにかかる。一度、二度。
「はっ、あぁ、あっ、ああぁあああ……っ♡ だして、だして一刀♡ 真っ白な赤ちゃんの素、恋にたくさん……っ♡」
三度目を打ち込んだ時、強烈な締め上げに襲われた。
あまりのすごさに、呻きすら洩らしてしまいそうになる。それを歯を食いしばって耐え、曹操はおのれのすべてを中にぶちまけた。
「んっ、ふふっ、んっ、はあっ……。一刀の熱いどろどろが、恋の中に。もっと、もっと飲んであげるから、いっぱい出して……ぇ」
隙間なく密着させ、暴れる男根を穴の内部に収め続けた。
甘いしびれ。間断なく押し寄せる快楽が、水に浸る足先まで熱くする。
蕩けきった恋の膣内は極上の居心地で、ずっと包まれていたいという気持ちにさせてくる。口が寂しくなってきたのか、興奮で赤く染まった顔がこちらを向いている。小さく差し出された舌。思い切り吸って欲しい、と細められた眼が語りかけてくるようだった。
「むっ、はむっ、んちゅ、んっ。はあっ、ふむっ、あむっ、あっ、ふふっ……♡」
今の自分たちには、もはや言葉など不要だった。
互いに唾液を味わい、最奥で交わり続ける。子袋はとっくに精液で満たされていて、さすがの恋でも物を喰らうのとは勝手が違うことがよくわかる。
「ちょ、ちょっと、二人とも平気なの!? 叫び声が聞こえて、ようやくどこにいるかわかったのだけ……ど」
恋の身体がびくりとふるえる。動いたせいで、水面に白濁の塊がぼとりと垂れ落ちた。
この声を聞き違えるはずがなかった。さすがに口づけに没頭しているわけにもいかず、二人して視線を陸地に向ける。
「へうっ……⁉ あ、ああっ、あっ……。ど、どうしよう、詠ちゃん。私、お二人がこんなことになっているなんて少しも……!?」
「い、いいから、見ちゃだめだってば、月ぇ……!? というか、どういう神経してたら朝っぱらからそうやって犬みたいに盛れるっていうのよ、アンタたちは!」
羞恥で身を縮こまらせている月と、怒髪天を衝く詠。
どうやら心配して探しに来てくれたようで、事前に知らせておけばよかったという思いが今になって湧き上がる。
自分としては、汚らわしいことをしているという感覚は少しもなく、ただ共に在りたい女と睦んでいるだけなのである。とはいえ、二人には宿と食事を提供してもらった恩がある。その意味では、早急につながったままの状態をどうにかする必要があるのだった。
「ひっ……!? そ、そんなの見せるな、というかぶらつかせたままこっちに来るなぁ……!」
「あの、詠ちゃん? 私、なにも見えないのだけれど……」
「いいの、これで! 月の視界が犯されるくらいだったら、ボクがすべてを背負ってあげる。だから、なにも心配いらないからね」
「ふえ……? え、詠ちゃん……?」
わざわざ隠すのもどこか釈然としないから、脱ぎ捨てた服のところまで堂々と歩いた。ちょっと物足りないのか、恋は指を咥えて俯きがちになっている。
二人の態度から明らかではあるが、こちらの一刀はまだ誰にも手を出してはいないようだった。
「ほんと、さいってい。この川、しばらく使い物にならないじゃない。どうしてくれるのよ、結構お気に入りだったのに」
「え、詠ちゃん、あんまり怒ったらいけないよ。あちらの一刀さんと恋さんは、契りを結んだご夫婦みたいだから」
「むぅ……。チンコの遣いは、どこにいたってチンコの遣いなのね。それが判明しただけでも、すっきりした気分だわ」
愛想笑いすら許されない空気感。今まで知らなかった詠の一面を垣間見たようで、なぜかうれしくなってくる。
図らずも、天の御遣いの名声に傷をつけてしまったのではないか。故事成語に覆水盆に返らずとあるが、やってしまったものは取り返しようがない。
「はははっ。おまえも俺のように苦労しているのかな、どこかにいる一刀よ」
天はなにも答えを返してはくれない。
ただ、胸にある予感めいたものが、そうだと告げているだけだった。