本拠の静けさとは別に、前線では着実に作戦が遂行されているようだった。
状況はまめに伝達されていて、三日に一度は報告が鄄城にまで上がってくる。文面をしたためる手がある時は曹操が、そうでない時は軍師の誰かが担当をする。月はこの日、二方面から戻ってきた使番を、朝から労っていたばかりだった。
日中は育児の場を兼ねた役所に詰めていることがほとんどで、それは詠も同様だった。
侍女と愉しそうに遊ぶ昂を、部屋の入り口から密かに見守る。昂は両親と離れて過ごす経験が少なくないだけに、もはや慣れたものである。姿は日々たくましくなっていて、その変化に桂花が驚くところを早く見たいと思えてくる。たとえ自分が腹を痛めて産んだ子ではなくとも、愛おしさに違いはない。
兄の近くで侍女に抱っこをされている丕が、自分と離れているせいか泣きじゃくっている。まだほんの小さな子なのだから、それも仕方がない。思わず駆け寄り、あやしてやりたくなる気持ちにさせられるのだが、母である自分の我慢がなければ子の成長はない、と月は堪えた。
後ろから誰かに肩をたたかれる。城に残っている者のうちで、自分にそんなことをしてくるのはひとりしかいない。
「やっぱりここにいたのね、月。ふふっ。まあ、気持ちはわからないでもないけど。というか、丕をあのままにしておいても平気なの?」
「お疲れさま、詠ちゃん。うん……。甘えさせてあげたい気持ちはやまやまだけど、あの子には少しでも早くひとり立ちしてもらわないといけないから。日々、特訓あるのみだよ」
「ふうん。すっかりお母さんの顔が板についてきたじゃない、月。きっと後学のためになるだろうし、これはそばで観察させてもらわなくっちゃ」
「もう、恥ずかしいってば、詠ちゃん。あっ、それとだけど……」
「ええっ? まさか月、このボクが政務を抜け出して子供たちを見に来ただなんて思っているんじゃないでしょうねぇ。もちろん、仕事の方はきっちりキリをつけてあるから問題なし。聞かせてもらうよ、報告」
「それなら、向こうの部屋に行こうか。あの子たちの邪魔をしたら、いけないし」
曹操不在の間、内政の多くを任されているのが詠だった。ちょっといたずらを仕掛けたくなり、部屋までの距離を親友と手を繋いで歩く。緊張の伝わる指先。曹操が相手ではこうはいかず、心を浮つかせられるのは決まって自分なのである。
信頼を得られていることが嬉しいのか、詠はこれまで以上によく働いている。適材適所というか、曹操は人を使うのがやはり上手だ。頭脳労働を得意とする臣下の中でも、稟などであれば戦場に身を置くことを望むのだろう。その点、言い方が悪いが詠は自由が効く。
「はい、到着です。うふふっ、詠ちゃん?」
「むぅ……。ほんと敵わないなあ、月には」
体温。離れ離れになる。詠はもう少し手を繋いだままでいたかったのか、名残惜しさが声にあらわれている。
曹操がこの友人のことをかわいがりたくなるのも、当たり前だと思った。不意に距離を詰めてみる。眼鏡の奥でたじろぐ双眸。ゆっくりと頬に口づけると、詠は湿り気のある声を洩らす。
「ちょ、ちょっと、ゆ……えっ」
「ふふっ。嫌だったのならごめんなさい、詠ちゃん」
「やっ、そんなわけ……っ。あっ、んんっ、むっ、んむっ……」
白い肌。撫でるように、舌を這わせた。
唇に到達する。主導権は完全に自分のものになっていて、詠は弱々しい吐息を時折洩らすだけだった。御主人様が不在であるせいで、首輪が寂しくひとりで揺れている。その表面にちょっと触れてから、やわらかな唇を夢中で吸う。それで緊張が解けてきたのか、詠からも啄むような動きが返ってくる。
「んっ、ちゅう……。ふふっ。気持ちいいね、詠ちゃん」
「月の唇が甘くて、頭の中がとろけちゃう。こんなの、もう知らないんだからね」
「すべては、私が勝手にしていること。一刀さまの代わりになるとは少しも思わないけれど、いまだけは。はっ、んんっ、んくっ……」
口づけを交わしながら、両手の指をひたすらに絡ませる。
こうしていると、男に生まれていなくてよかった、と心の底から思えてくる。そこに狂いが生じていれば、曹操とはいまのような関係を築けていないはずだ。それはもちろん、詠とだって。
親友と同時に愛を注いでもらい、こうして友情を深化させることがてきている。それはなにより、幸福なことだといえるのだろう。
「これ、こんなのっ。あっ、ああっ、ふうっ……」
流れてくる唾液が熱い。
体格的にはちょっと負けているのだが、力の出し方は心得ている。
「あっ……。だ、だめだってば月っ、あっ、んうっ、んっ……」
詠を壁際に追い詰め、逃場を無くす。舌同士での交歓は続いていて、気持ちよさが途絶えることはない。
片方の手をほどき、自由にさせる。胸をまさぐった。大きすぎず小さすぎず、詠の乳房は指にやわらかさを与えてくれる。
同じように、詠が胸への愛撫を返してくる。ここまできて、とどまることはない。裏方のような配置になっていても、溜まるものは溜まる。曹操が近くにいない状況で、詠に対してなにかしてやるのなら、それは間違いなく自分の役割だった。
「んっ、ぷあっ……。ふふっ。かわいい、詠ちゃん」
「も、もう、だめだって言ってるのに。あっ、んあっ、ふっ、はーっ♡」
軽い口づけを継続しつつ、互いに身体を触り合う。
曹操が同席している場合でも、戯れに二人だけで愉しむことがあるから、そうした行為に対する慣れはあった。詠の手が控えめに尻を撫でてくる。幼少期からともに過ごし、艱難辛苦を乗り越えてきた無二の親友。なのにまだ遠慮が残っていることが、ほほえましく思えてくる。
敏感な秘部に指を当てる。強い快楽がやってくるのを期待しているのか、詠の顔が昂揚で赤く染まっている。耳の端。唇で何度か愛撫し、言葉を囁いた。
「好きだよ、詠ちゃん。んっ……。愛してるって表現した方が、この場合は正しいのかも」
「はあっ、くっ、うあっ……。ず、ずるいよ、そんな言い方。んあっ、んっ、んふぅ……。ゆ、月ってば、一刀殿のいじわるな部分が、あっ……、感染ってきているんじゃない……ああっ……♡」
「そうかな? えへへっ。だったら、嬉しいのかも」
夫婦は似ると噂に聞いたことがあるが、自分にもそういうことがあるのだろうか。
じっとりと濡れた膣口を指先で弄び、耳もとで何度も好きだと囁いてみる。率直な思いをぶつけられると弱い詠なだけに、それだけでいい反応を示してくれるのだ。
自分の指では、切なさのすべてを埋めてやることなどできない。だけど、と二本を突き入れ、ふるえる媚肉をかきまわす。淫欲の色が混じる親友の吐息。間近で感じているだけでも、たまらない気分になる。
「ねっ、詠ちゃん。私のここも、触ってくれないかな」
「あっ……。ごめんね、月。ボクばっかり、気持ちよくしてもらって。お返し、頑張ってしてみせるから」
「そ、そんな、んっ……。頑張ってするものじゃないと思うよ、んあっ、こんなのって……ぇ」
真面目な愛撫。だからといって、面白味がないわけではなかった。
ぐちゅ、ぐちゅり、ぐちゅっ。二人分の粘液が、淫らな音曲を自在に奏でる。気持ちよさが止まらない。詠と一緒になって腰をひくつかせ、深く求めあった。邪魔な衣服を脱ぎ捨て、肌と肌とを密着させる。ふるえる。心までもが、この状況に敏感になっている。
「月の肌、いつ見てもほんときれいで。羨ましいって、素直に思えてしまうな。んくっ、ああっ、そ、そこ、くう……っ♡」
「ふふっ。詠ちゃんのこういうかわいいところが、私は逆に羨ましいよ。すごいね、こんなに濡らして。ふう、あっ、んっ、んんっ……。けど、それはお相こかな」
刺激の強弱を使い分け、詠の身体を責め立てる。
下腹部を合わせ、互いの陰核を潰すことを意識して上下に動くと、甘く痺れるような快楽に思考を支配されそうになる。もっと。この気持ちよさの高みを、もっと二人で見てみたい。床に詠を押し倒し、足を開かせる。花弁はすでに咲き誇っていて、情欲で赤く色づいていた。
「んっ、んあっ、くふうぅうう……♡ ゆ、月、うっ、ああっ、ゆえぇ……」
「すごいね、詠ちゃん。おまんこ、ぐちゅぐちゅってすごい音立てちゃってる」
曹操との情交を思い起こしながら、秘部を結合させた腰を揺すってみる。痺れが駆け抜ける。
掃き清められた床。愛液の水たまりができあがっている。ちょっと忍びない気持ちにさせられるが、この部屋だけは自分が担当しているから、気にするだけ無駄なのかもしれなかった。
「くふっ、やっ、んあぁあっ……! そ、そんな胸まで、あっ、んぐっ♡ こ、こんなにされたら、ボク、ボク……ぅ♡」
「いいんだよ、詠ちゃん。たくさん気持ちよくなろう、二人で。私の前で、遠慮なんてしなくていいんだよ。それに、これ……ぇ♡」
「はっ、ああっ、んっ♡ ゆ、月も、ボクとやらしいことして、気持ちよくなってくれてるの? くっ、あっ、えへへっ……♡ だったら、ちょっと嬉しいな」
「うふふっ。ちょっとどころじゃないかな、私は」
「好き。大好きだよ、月。いつもは一刀殿のことずるいなって思うけど、ボクたちだって大概なのかも。だって、こんなに、ふあっ……♡」
喘ぎ声を洩らす合間に、詠がそんなことを口走った。
胸を打たれる。十分わかっていることのはずなのに、面と向かって思いをぶつけられると、感動があるものなのだろう。自分たちは、とんでもなく欲深い生き物なのである。だからこそ、必死になって生きることができる。そこから生まれる力だけが、混沌とした乱世を打ち破ることができる。
「いっ、んあっ、はひっ、くうぅ……♡ い、いくっ。月に好きって言っただけなのに、ボクの身体すっごく敏感になって、ひゃあっ……♡」
「かわいい詠ちゃん。いっていいんだよ、いつでも。それに、達しそうになっているのは、私だって」
限界まで熱くなった秘部を夢中になって擦り合わせる。へこへこと動く詠の腰が愛らしい。どちらも、準備はとっくに整っていた。
「一緒、いっしょに、ゆえ……っ。いく、いっ……。ボク、もう……っ♡」
「はあっ、あっ、ああっ。詠ちゃん、んんっ、んっ、あぁあぁぁあ、あっ♡」
身体の痙攣がはじまったのは、二人同時にだったのか。
果てしない甘さだけが脳内に拡散する。宙空に彷徨う手のひら。重ね合わせると、なんだってできるような気がしていた。
†
役所にて、月は客人を迎えていた。あまり丁寧に対応をしたのではむしろ失礼になるのではと思い、茶葉も普段使いのものを用意してある。
豫州の陳珪。自分同様曹操の妻である女性だった。面と向かって話をするのは洛陽以来のことだったが、相変わらず年齢を感じさせない美しさをしていると月は思う。
向かい合って卓に座り、軽く会釈をする。陳珪も顔を見たいだろうから、今日は娘も腕の中で同席している。
「遠路ご苦労さまです、陳珪殿。どうぞ、お茶を」
「ありがたくいただくわね、董白殿。ふふふ。こんな不思議な気分を、一刀くんも味わっていたのかしら。それにしても……」
茶を少しだけ口にし、陳珪がすぐに席から立ち上がる。
自分とは違う誰かの存在を感じているのか、丕の表情はどことなくかたかった。
「かわいらしい娘さんね、ほんとに。ほら、おばさんが抱っこしてあげましょうか?」
陳珪に顔を上から覗き込まれ、娘は余計に緊張してしまっている。まだまだ人見知りが強く、慣れてくるまでもう少し時間が必要なようではある。けれど、これもいい経験になるのかもしれない。そう思って、月は苦笑しつつ娘を陳珪に差し出した。
「ほらほら、いい子ね。大丈夫よ、お母さんはすぐ近くにいるでしょう」
「わぁ……。お上手なんですね、やっぱり」
「そうでもないわよ。娘に愛想を尽かされる母親になんて、あなたはなりたくないでしょう?」
「そうでしょうか。喜雨さんは、きっと大事に思われていますよ、御母上のことを」
「なんだかごめんなさい、気を遣わせてしまって。そうそう、同じ一刀くんの女なのだから、燈と呼んでちょうだい。董白殿のことも、真名でお呼びしても?」
「はい、もちろん。一刀さまにこの名をいただくまでは、ずっと真名で過ごしていましたから、月と呼ばれないことにむしろ違和感があるくらいです」
しばらく娘を燈に預けることを決め、歓談を続ける。
ここにきたのは前線に向かうついでのことのようで、またすぐに発つつもりなのだという。目指すは西。朝廷内部にも顔が利く燈なだけに、なにか腹案があるのだろう。
「劇的な勝利など、覇王の戦には不要よ。ただ普通に闘い、敵を下す。そういうことじゃないかしら、結局は」
「相手の策を受けた上で叩き潰せばいい、と一刀さまも仰っていました。不肖ながら、私もそれでよいと存じております」
勢いも力も、曹操は頭ひとつ飛び抜けている。あとは、どういったかたちで天下を平定していくかだった。
「そういえば、この子たちの真名はもう考えてあるのかしら。ふふっ。あなただって、かわいい名前で呼んでもらいたいわよねぇ?」
「はい、それはもう。昂の方が
「あらまあ。それは実に、桂花殿らしいわね。……この子のこと、試しに真名で呼んでみても平気かしら、月殿」
「はい、お好きに」
曹家一門では、真名に『華』と『琳』のどちらかの字を入れることが通例になっている。いまの喜びを押し殺し、後々のことまで考えてしまえるのだから、さすがに桂花は筆頭軍師を務めているだけのことはある。
実は最初、丕の真名は『華琳』となることが予定されていたのだが、春蘭や秋蘭がどうにも呼びなれないというので『琳華』となった経緯があった。そのままだとどこか強すぎる響きがあるというか、娘につけるのなら琳華がちょうどいいと思えてくる。
「琳華ちゃん。またしばらくご無沙汰することになってしまうけれど、おばさんの顔を忘れてはだめよ? つぎはもっと、ゆっくり遊びましょうね、うふふっ」
策謀家の印象がある人だったが、娘を抱いている様は優しげな母親そのものである。
卓に肘をつき、少し温くなった茶をすする。午後の日差し。ほんとうにあたたかで、それだけで心が安らいだ。