※この作品はR-18です。

恋姫異天記~曹操伝~   作:KKS

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十 深紅の旗の脅威

 無数の騎兵。土埃を上げ、原野を駆けていく。虎牢関周辺を、刺すような緊張感が包み込んでいた。

 深紅に輝く『呂』の一字の旗が、動き出している。

 五千の騎馬隊。その最先端に、赤兎馬に乗った呂布がいる。

 首には、真っ赤な布を巻いていた。燃え盛る馬体を駆けさせる赤兎と、血の吹き出したような赤い布。それを見れば、呂布がそこにいるということが、ひと目で分かるのである。

 敵には死を与え、味方には勝利をもたらす。呂布奉先というのは、ほとんど董卓軍の象徴といってもおかしくない存在だった。

 虎牢関前面を目指して、公孫賛が軍勢を盛んに押し出している。どこまで、呂布の騎馬隊を抑え込むことができるのか。その如何によって戦の情勢は変化していく、と公孫賛軍の動きを観察しながら曹操は考えていた。

 斥候に出していた一隊が、帰還してきていた。

 出てきているのは、やはり呂布と張遼である。ふたつの騎馬隊が、二本の牙のように迫ってくる。呂布に隠れてはいるが、張遼もかなりの実力者であるらしい。

 

「呂布はひとまず公孫賛殿に任せて、こちらは張遼にあたるぞ。動きを止めることに成功したら、押し込みつつ柵を設置していくのだ」

 

 曹操が叫んでいる。

 騎馬隊の思うように走らせてしまっていては、虎牢関に取り付くことなどまず不可能なのである。少しずつ騎馬の動きを鈍らせていき、陣を組みながらじわりと包み込んでいくつもりだった。

 

「主。先陣は、わたしにお命じくださいませ。張遼とやらの力を、少し見てまいりましょう」

「なんだと? いくら(せい)であろうと、一番槍を譲ってやることなどできん。殿、何とぞこの場は、わたしにお任せを」

 

 先陣を願い出た趙雲に対して、夏侯惇が反論の声を上げた。

 自分のしてきた戦のほとんどで、夏侯惇は先陣を切っているのだ。今回もそうしたいと手を挙げるのは当然だろうな、と曹操は思っていた。

 軍中随一の武人であるという自負と、曹操の敵を斬り伏せるという使命感。そのふたつが骨子となって、夏侯惇の剣を支えているのである。そのことは、曹操もよく理解していた。

 普段であれば、願われる前にどちらかに命じていたのだと思う。といって、迷いがあるわけでもないのだ。

 呂布にぶつけるのであれば、やはり夏侯惇なのである。瞬時の動き。それをさせようと思うのであれば、そばに置いておくことが一番だった。

 それに趙雲であれば、兵の消耗まで考えて闘うことができるはずである。

 夏侯惇が、視線を外さずにじっと見つめてきている。

 攻めに使えば圧倒的に強いが、要所の判断を求められる場面では夏侯淵らに劣る部分がある。配下の将たちを使いこなしてやる責任。それが自分にはあると、曹操は常に思っていた。

 

春蘭(しゅんらん)は、俺の近くに控えていてくれるか。呂布と闘うような事態になれば、お前のその力が必要となるのだよ。よって、先鋒は星と柳琳(るーりん)の隊とする。張遼は、素早い用兵を得意としているようだ。崩されないように、気をつけるのだぞ」

「承知いたしました、主よ。では、行くとしようか柳琳。ふふっ。活躍を見せれば、主も機嫌をよくして、可愛がってくださるやもしれぬ」

「せ、星さん、いまはそんなことを言っている場合ではありませんから! それでは、兄さん」

「ああ、柳琳。それと場合によっては、戦線を動かすことが必要になってくるかもしれない。なにかあれば、また知らせる」

「わかりました、兄さん。こちらでも、戦場全域に気を配るようにしておきますね」

「頼むぞ。本隊は、遊軍としていつでも動けるように準備させておく」

 

 趙雲と曹純が、部隊を率いて前へと出ていく。

 夏侯惇。命を聞かされた直後は落胆していたものの、すぐに周囲の兵に檄を飛ばして回るようになっていた。

 そばに残したのは、剣の腕を信頼してのことだ。曹操にそう言い聞かされて、夏侯惇は再び気力を漲らせているのである。

 虎牢関を攻める連合軍は、全体として横に拡がるような陣形を取っていた。細かな連携をとるのは、無理だと考えてのことである。曹操はその中央にいて、全体を俯瞰するような務めを担っている。

 右翼。布陣しているのは、公孫賛だった。兵力は一万五千。その内の半分以上が、騎兵である。

 その軍勢に向かって、呂布が騎馬隊を突っ込ませていった。先鋒同士がぶつかり合う。呂布による圧力を、公孫賛はひしひしと感じていることだろう。五千の騎馬隊の中でも特に、呂布直属の五百は精鋭中の精鋭なのだという。

 公孫賛軍の騎兵が、次々と打ち落されていった。深紅の塊が突進する勢いは凄まじく、とどまるところを知らないのである。

 負けじと、公孫賛は騎馬隊に陣形を組ませて、敵軍を断ち割ろうとしていた。白馬の騎馬隊。その闘う様子が見事だから、公孫賛は白馬長史と呼ばれることもある。

 白と赤。二色の騎馬隊が、交差するようにぶつかっていく。

 押し包もうとする公孫賛軍の動きをいなしながら、呂布は攻撃に転じる時期を見計らっていた。矢じりのように変わっていく陣形。深紅の塊が、一点目掛けて突っ込んでいった。

 公孫賛の旗が、大きく左右に揺れている。呂布軍団の突破力は、やはり群を抜いていた。応戦しようとする公孫賛を、配下が身を盾にして逃している。

 一人、二人。それ以上をぶった斬りながら、呂布は赤兎と共に加速していった。蹄。地面を力強く叩いている。赤兎馬の猛追をかわすことのできる馬など、どこにも存在していないのである。

 中央。押し出されるような格好で雪崩れてくる公孫賛軍の姿を、曹操は捉えていた。

 

「公孫賛殿の軍勢が、呂布に崩されかかっているようだ。救援に向かうぞ。(なぎ)、旗本を駆けさせろ」

「はい、一刀さま。我らは、すぐにでも動けます」

 

 これで将が討たれるような事態にでもなれば、自分たちは完全に負けたことになる。今後の流れを考えても、それだけは阻止したいことだった。

 しかしそれとは別に、公孫賛を死なせてはならない、という思いが曹操にはあったのである。人が良すぎる性分に、感化されたわけではない。ただ、放っておくのは忍びないと感じさせる、なにかがあっただけなのだ。

 

「わかっているな、春蘭」

「はいっ! わたしの出番が、ようやくやって来たということですね。呂布が何者であろうと、叩き潰してやるまで。それが殿の剣である、わたしの役目ですから」

 

 夏侯惇の双眼が、闘志で熱く燃えている。言葉にも、意志がはっきりと表れていた。

 

秋蘭(しゅうらん)、射手を前に出せ。張遼の勢いを殺してやれば、星の騎馬隊が横腹を突けるはずだ。その間に、俺たちは右翼へと向かう」

「御意。こちらは、なんとかしてみせましょう。姉者、殿をよろしく頼む」

「言うまでもないことだ。参りましょうか、殿」

 

 右手を上げ、曹操が進軍の合図を出した。一千の旗本が、それに呼応している。

 曹洪が言った。

 

「相手は、かなりの強敵だと聞いていますわ。ですからお兄さま、あのっ、あまりご無理はなされないように……!」

 

 声が、原野の喧騒に吸い込まれていく。

 言ってから、曹操がもう出てしまっていることに、曹洪は気がついたのである。深いため息。それも、曹操に届くことはなかった。

 左翼付近では、張遼の騎馬隊が暴れに暴れていた。軽騎兵の素早さを活かし、突撃と離脱を交互に繰り出しているのだ。張遼自身の強さも際立っていて、連合軍は右翼同様に苦戦させられていたのである。

 夏侯惇と並んで、曹操は馬を駆けさせていく。公孫賛は、まだ生きているようだった。

 追い散らされて薄くなった旗本を、呂布が突き落としにかかっている。自在に動く巨躯。乗り手の意を汲んでいるかのように、赤兎は戦場を疾駆している。

 

「公孫賛殿、一旦退いて陣形を整えられよ。呂布の相手は、我が方で受け持とう」

「来てくれたのか、曹操殿。すまない、悪いがそうさせてもらうぞ。部隊の編成が終わり次第、すぐに戻るから」

 

 早口でまくし立てると、公孫賛は歩兵のいるところにまで戻っていった。

 呂布の勢いは、まだ続いている。剣を抜き放ち、曹操は馬腹を蹴った。気圧されてはいない。だから、闘えると感じていた。

 

「殿ッ!? まったく、無茶をされる……!」

 

 数合打ち合っただけで、腕がひどく痺れていた。

 表情を変えずに、呂布は得物を振るっている。横払いに首を狙ってきた一撃。それを、大剣が防いでいる。力を振り絞るような夏侯惇の声。曹操が剣を突き出すと、呂布は方天画戟を引いた。

 二本の剣。夏侯惇との息はあっている。左右から攻め立てれば、隙きを生み出せると曹操は思っていた。それでも、呂布は平然と闘ってみせている。こちらの呼吸を見切られているのか、合間合間に鋭い反撃がやって来るのである。

 夏侯惇が言った。

 

「乗っている人間が化け物なら、乗せている方もまた化け物ということか!」

「ん……? 赤兎は、化け物じゃなくて馬」

「ちいっ、おかしなやつめ」

 

 打ち合いが続く。夏侯惇が時折死角から狙ってみているのだが、その時に限って馬が上手く位置を変えてしまうのである。

 攻めきれてはいないが、これでいいと曹操は自分に言い聞かせていた。呂布がこちらと闘っていることで、騎馬隊の足は確実に止まっているのだ。公孫賛の巻き返しによっては、虎牢関まで一気に押し込むことができるかもしれなかった。

 必死に斬り結んでいる中、曹操はかすかな馬蹄の音を聞いていた。遅れて、戦場に声が響き渡る。

 

「関雲長、推して参るぞ! 曹操殿に、ご助勢つかまつる」

 

 一瞬ではあったが、呂布に焦りの色が見えた。

 繰り出される青龍偃月刀。三対一の状況となっては、さしもの呂布であっても苦しいに決まっていた。

 

「また、増えた。でも、恋は負けられない。虎牢関を守るのが、恋の仕事だから」

「噂通りの強さだな、呂布よ。本当であれば一騎討ちを申し込みたいところではあるが、今はそうも言っていられん」

 

 関羽が叫ぶ。

 青龍偃月刀の刀身を寸前で避け、呂布が方天画戟を突き出してくる。それを払い除け、夏侯惇がまた斬り込んでいく。

 

「ふんっ。関羽か、その名は覚えたぞ。我が殿が気になされるほどの強さ、とくと見せてみよ」

「言われずとも、そうするさ。そういう貴殿は、夏侯惇殿だったな。前回の戦でも、よき武人がいると思っていたところだ。いずれ、お手合わせ願おう」

「はははっ、いいだろう! そのためにも、今は呂布を討ち破らねばならん。いくぞ、関羽」

「応、夏侯惇」

 

 武人ふたりによる会話を、呂布は不思議そうに聞き入っていた。曹操も、それは同様である。

 立場は違っていても、通じ合える部分があるのだ。爽やかさを持っている関羽だからこそ、夏侯惇も力を合わせる気になったのだろう。

 

「俺のことも、忘れられては困るな。呂布よ、勝負をつけさせてもらうぞ」

「ぐっ……! あっ……。あのときの、肉まんの……ひと?」

 

 三つの武器を、同時に打ち込んでいく。

 呂布はまたしてもそれを耐えたが、そう何度も受けられるものではないと悟ったのかもしれない。

 赤い巨躯。馬首を返し、虎牢関の方へと向かっていく。波が引くように、騎馬隊も呂布の後に続いていった。

 撤退の時期としては、的確だったのだと思う。粘ろうとすればいくらでもできたのだろうが、そのすぐあとに公孫賛が軍勢を率いて引き返して来たのである。

 

「それにしても、さすがに肝が冷えました。わたしよりも先に、殿が呂布に向かっていかれるのですから」

「曹操殿が? ふむ……。なるほど、少しわかる気がいたします」

 

 初対面の時のことを、関羽は思い出しているのだろうか。突拍子もないことをしでかす人物だとでも、思われているのかもしれない。

 

「戦場に立てば、気が逸ってしまうこともあるのだよ。それよりも、呂布を追うぞ。虎牢関との距離を、詰められるだけ詰めておきたい。歩兵が出てくる前に、陣を堅めなくては」

「承知。では曹操殿、わたしは桃香さまの下に戻ることにいたします」

「ああ、またな関羽殿。助太刀には、感謝している」

「はい、それでは」

 

 呂布の撤退に合わせて、張遼もまた軍勢を退いている。追撃をかわす動きは、やはり見事だったようである。

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