連合軍本陣。
現在、諸将のほとんどが、虎牢関や汜水関に出払っている。董卓軍はふたつの関を主として防衛線を敷いているから、酸棗周辺は静かなものだった。
ただ、静かとはいっても、盟主である麗羽にやることがないわけではなかった。各地から派遣されてくる使者。その対応も、仕事のひとつなのである。日々、何かしらの報告書が上げられてくるのだ。それを読み、時には指示を与えるのが、麗羽の日課となってきているといってもいい。
戦の進捗には、麗羽も関心を寄せていた。戦そのものというより、曹操の動向を気にしている、と言ったほうが正しいのかもしれなかった。会いたい。会って、無事なことを確かめたい。胸のあたりを擦りながら、麗羽は短く息を吐いた。
人の気配がする。営舎に入ってきたのは、真直だった。手には、書簡が握られている。飲みかけの茶を机に置き、麗羽は背もたれに体重を預けた。胡床では満足できず、用意させた品物である。自分に対抗心があるのか、美羽も似たようなことをしていると聞いていた。
「よろしいでしょうか、
「ええ、構いませんわよ。どうせまた、どなたかが使者を寄越して来たのでしょう? まったく、戦況に大した変化がないのであれば、事細かに知らせを送ってくる必要などありませんのに」
「あはは……。それだけ皆さま方も、麗羽さまに気を使っておいでなのだと思います。なんといっても、麗羽さまはこの連合軍の盟主さまなのですから」
「あら、
「ええっと、それではこちらをお改めください。虎牢関方面から派遣されてきた使者ですので、曹操殿の近況も記されていることかと」
奪い取るように、麗羽は書簡を手に取った。
本当であれば、曹操は軍師として側に置いておきたかったのである。曹操の持つ軍勢の規模から考えても、それが適当なのだと麗羽は考えていた。しかし、曹操は前線に出ることを常に願っていたのである。将軍としての才覚は、大層な肩書を持っている諸将に劣らないものがある。むしろ、上であると言い切ってしまってもいいのだろう。孫堅の陣への補給も、公孫賛軍を上手く使って曹操はやってみせたばかりなのだ。
内容に目を通していく。
虎牢関の守りは、かなり強固なのだという。緒戦で勇んだ王匡は、呂布によって軍勢をかき乱されてしまったようだ。元より、麗羽はもっと腰を据えて董卓と闘うべきだと思っていた。董卓は先帝を廃し、洛陽で強引に手腕を振るっている。今は宮中の者も大人しく従っているが、どこかで情勢が変わる時期が来るはずなのである。それに、時が経つほど、漢の名門である袁家の動きに賛同する将が増えるとも考えていたのだ。
書簡を、さらに読み進めていく。曹操の名が見えた。虎牢関でも、いつものように駆けずり回っているのだろうか。なにかに向けて動いているときの曹操は、ずっと覇気を感じさせるのである。その時に見せる凛々しさが、麗羽は好きだった。
麗羽の眼が止まる。公孫賛が呂布への対応に苦しみ、曹操が救援に向かったと書かれている。それも、ひとりで呂布に挑みかかったらしいのである。
背筋を、嫌な悪寒が走り抜けた。洛陽にいた頃から、呂布の勇名を麗羽は聞き及んでいた。そんな相手に、曹操が一騎討ちを挑んだというのだ。周囲に麾下がいたかどうかなどということは、麗羽には最早どうでもいいことだった。曹操が、斬り殺されていたかもしれない。その事実だけが、麗羽の脳内で反芻していた。
「真直さん」
「なんでしょう、麗羽さま」
真直が顔を向ける。考えは、とっくに定まっていた。
「虎牢関にいる皆さんに、通達を。戦線を下げさせるのです。なんなら、この酸棗まで戻したって構いませんわ」
「戦線を? 麗羽さま、ですが」
「ですが、ではありませんわ。どの道、虎牢関攻めなど、無理にする必要はないのです。それに、董卓軍の守りはかなり堅固だと聞いていますわ。ひと月ほどで落とそうとするのであれば、死に兵が数万はいるのではなくて?」
「それは、そうかもしれませんが」
真直。黙り込んでいる。
ただ死なせるためだけの兵がいくらでも使える状況なのであれば、董卓軍を疲弊させることも可能なのだろうが、連合軍はあくまでも大義によって結ばれた軍勢なのである。そのことは、真直も深く理解しているはずだった。
たとえ虎牢関を陥落させることができたとしても、曹操が死んでは意味がない。第一、この連合軍を発足させるために働いてくれたのが、曹操なのである。
董卓の権勢が衰えることになれば、次は自分たち群雄の時代が来る。その時、曹操には側にいて自分を支えてもらいたい、と麗羽は思っているのである。連合軍の立ち上げに奔走してくれたのも、将来を見据えての行動に違いない。妄信に近い考えだったが、麗羽はそう信じていたのである。
「糧道の確保に、猪々子さんが出ていましたわね? 使番をやって、わたくしがいま述べたことを伝えるのです。これは、盟主としての決定ですわ」
「はっ……。承知、いたしました」
やや不服そうだったが、真直も理解はしているのだと思う。
営舎内。真直が出ていくと、また自分ひとりだけになった。麗羽は、まだ心境の浮つきを抑えることができないでいた。胸のあたり。曹操のことを思ったせいか、切なく締め付けられているのである。
「斗詩さん。しばらく、こちらには誰も近づけないように。わたくし、ひとりで考えたいことがあるのです」
斗詩からの返事を聞くと、麗羽は豪奢な椅子に腰を下ろした。
少しの緊張。着物の上から、胸を撫でていく。具足をつけていれば、煩わしくて仕方がないと感じていたのだと思う。
「んっ……。こんなの、はしたないことだというのに」
言葉とは裏腹に、指が柔らかな肉に沈み込んでいく。
同時に、もう片方の手で腿の内側をくすぐってみる。すると、感じていた切なさが、はっきりと大きくなっていった。椅子の背が、軋んでいる。
「はあっ。曹操さん、んんっ、かずっ、一刀……さん」
曹操の真名を呼ぶ。肌。熱を帯びていく。
着物の帯を緩め、合わせ目から手を潜り込ませた。ひんやりとした指が、隆起しかけた乳頭に触れる。快感に、麗羽は声を震わせた。
「これっ、気持ちいいですわ。んはあっ……。そんなっ……、わたくし、こんなに自分の指で感じてしまうなんて」
たまらず、肌をあらわにしてしまう。片肌を脱いだようなかたちで、右の乳房が完全に露出していた。
公の場で、自らを慰めてしまっている。そんな羞恥の感情に、より感度を高められてしまっているのか。頬を赤らめながら、麗羽はかすかに喘ぎ声をもらしていた。
「いけませんわ、これっ……。指、とまらなくって」
固くなった乳首を二本の指で愛撫しつつ、下着越しに割れ目を擦り上げていく。粘つく汁。傷一つない指を汚していく。自分が感じている証拠を見つめながら、麗羽はまた背を震わせている。
人差し指を口に含み、唾液をまとわせる。そのまま指を膣口に移し、入り口をくるくると撫でてみた。
「ああっ。これ、気持ちいいのです……っ」
下着をずらし、指先を浅く挿入していった。先程までよりも強い快楽が、全身を貫いていく。
こうして入り口付近で指を遊ばせるのが、麗羽は好きだった。深く差し込んでしまうのは、まだ怖いということでもある。なにより、その先は想い人に奪ってもらいたかった。
「わたくしのアソコ、いやらしい音を立ててしまっていますわ。やっ、んんっ……!」
不意に、指が陰核に触れてしまう。刺激が強すぎるから、あまりいじらないようにしている部分だった。軽い絶頂。それに意識を預けながら、麗羽は自慰の手を動かし続けている。
粘液がかき混ぜられる音。営舎の外にまで聞こえてしまうのではないかと思うと、余計に胸が高鳴っていく。乱れる金髪。爪で乳首を引っ掻くと、得も言われぬ快感に脳内が支配されていく。
「ああっ、だめぇ。こんなの、わたくしだめになってしまいます。一刀さん、一刀さん……ッ」
切なさが、全体に拡がっていく。自分ではどうすることもできない衝動に、麗羽は突き動かされている。
指。滲み出す愛液を撹拌しながら、膣肉を擦っていく。気づけば、声を抑えることを忘れてしまっていた。我を忘れたような女の嬌声が、営舎内に響いている。
この切なさを、どうして曹操は埋めてくれないのか。女好きなことは古くから知っている。それなのに、自分にはなぜ触れてくれないのか。
「んっ、んああっ! イク、わたくし、イッてしまいます……っ。もっと、だからぁ、もっとぉ……!」
懇願するような声。すっかり、腰は浮いてしまっていた。
断続的にやってくる快楽が、意識を薄くさせていく。真っ赤に腫れた乳首が、限界を越えた快楽に、喘いでしまっているようだった。
「ひゃうぅうう、んはあっ、んぅううう!?」
麗羽が、一段と大きな声を放った。
瞬間、これまでにないくらいの強い痺れが、全身を覆っていく。それに歓喜したかのように、割れ目から数度液体がほとばしった。軍議でも使用する机に、淫猥な染みが作られていく。
「はあっ、んうっ、んふっ……。一刀さん、ああっ、一刀さん……」
途切れることのない絶頂の波に飲まれながら、麗羽は曹操の真名を何度も呟いていた。
†
静かな空。見上げていると、少し前まで戦場にいたということを、忘れてしまえるようだった。
城壁の端に腰掛けて、恋は饅頭にかじりついていた。
虎牢関から引き上げてきたのは、数日前のことだ。事情はわからないが、連合軍が陣払いをして包囲をやめてしまったのである。警戒をしてみたが、再び攻め込んでくるような気配は感じられなかった。どちらかが大勝したわけでも、大敗したわけでもないのである。霞も、こんなことは初めてだと言っていた。
汜水関でも、同じようなことが起きていたようである。ただしあちらでは、孫堅と闘った華雄の行方が、わからなくなってしまっていた。戦場では、そんなことは当たり前に起こる。それでも、幾ばくかの寂しさを恋は感じていた。
虎牢関に二万ほどを残して、恋は洛陽に帰還していた。用がないのであれば、月を近くで守りたいと思っていたのである。それに、屋敷にはたくさんの家族がいるのだ。戻ってからは、恋はセキトと眠ることが多くなっていた。そこに、時々音々音が加わることがある。
眼の前では、月が詠と何事かを話し合っている。二人とも、難しそうな顔をしているのがわかった。我関せずという顔をして、恋は饅頭を口に放り込んでいる。
「
「洛陽を? 本気なんだよね、
月の表情が、厳しくなっている。
洛陽を焼くという言葉が聞こえたが、恋は変わらず饅頭をかじり続けていた。
「わたしは本気だよ、詠ちゃん。都を移す先は、長安がいいと思うの。長安まで行けば、涼州がずっと近くなる。中原に寄っている洛陽よりも、格段に守りやすくなるはずだよ」
「長安か……。あそこは、かなり廃れているよね。当然、陛下にも来てもらうつもりなんでしょう? 宮殿の建設には、時間がかかってしまうかも」
「今は、国全体で耐える時なんじゃないかな。だったら、それは陛下も同じだよ。色んな問題から逃げてきた結果が、漢の現状なんだもの。袁紹さんを頂点とした連合軍は、揺れている。長安の防備を整える時間くらいは、確実に稼げるはずだよ。だから、やるなら今しかないと、わたしは思ってる」
「うん、わかった。ボクは、月のやりたいことを支えてあげるだけだもの。
詠が言う。
話を振られると考えていなかったのか、恋は饅頭を咥えながら眼を丸くしていた。
「あははっ。詠ちゃんが邪魔しちゃってごめんなさい、恋さん」
「ん……、気にしてない。恋は、月を守るだけ。どこにいっても、それは一緒」
「ありがとう、恋さん。今は、誰かが頑張らないといけない時代なんだと思う。だったら、わたしは、わたしに出来ることを全力で成し遂げたい。そのためにも、今後も力を貸してください、恋さん」
「恋は、いつでも月のそばにいる。それも、ずっと一緒のこと」
月が、柔らかにはにかんでいる。今のような表情を見ることも、最近では稀になっていた。それだけ、事態が逼迫しているのだろう。自分たちにはわからない部分での苦労も、二人にはかなりあるはずなのである。
城壁の上を、風が吹き抜けていく。月の持つ、素朴で飾り気のない明るさが、恋は好きだった。その月が、洛陽を燃やすと固く決意している。その火は間違いなく、この地を赤く照らすのだろう。都を焼く。それが国にとって一大事であることくらい、恋にも理解できている。
詠との会話を、月は続けている。厳しげな顔つき。その眼には、洛陽の街はどのような姿に見えているのだろうか。
食べていた饅頭。最後のひとつが、ついに終わってしまう。袋の底を見つめながら、恋はちょっとだけ悲しそうにため息をついた。
今の月の姿は、どこか違うのではないか、と恋は思う時があったのだ。土で手を汚し、馬を育て、民と語らいながら生きていく。月には、そうした生き方こそが似合っているのではないかと、どうしても思ってしまうのである。
心にむず痒さを感じて、恋は方天画戟に手をやった。武器を手にしていると、雑念がきれいに消えていくのだ。
静寂。物言わぬ天を、恋はしばし瞬きをせずに見上げていた。