※この作品はR-18です。

恋姫異天記~曹操伝~   作:KKS

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五 悩める呂布

 長安。ずっと寂れていた城郭(まち)は、董卓の敢行した遷都により、にわかに活気を取り戻しつつあった。

 ここには、洛陽から移されてきた、多くの人々がいる。

 多数の人間が集えば、そこには生活による流れが生まれていく。どれだけ移住に不満を抱いていようが、現実を受け入れるべき時が必ずやってくるのである。それに、物の流れさえ出来てしまえば、暮らしもある程度落ち着いてくる。なにより、この長安の宮殿には、漢の帝がいるのだ。帝がそこに鎮座してさえいれば、民衆たちの中には安堵感が拡がっていく。それは、普遍的なものだった。

 実質的な力が衰えていようと、残っているものがある。長きに渡って培ってきた権威というのは、そう簡単に消えるようなものではないのである。

 董卓の考えていたように、長安は都としての体を成すようになっていた。あとは、反抗的な諸将を抑えつけるだけなのだ。漢を再び、まとめ上げるための道筋。朧気にではあったが、それは見えかけてきているように思われていた。

 董卓による政権。それは、盤石なものになっていくと、長安の民の誰もが考えていた。帝という、権威の象徴が手許にある。袁紹を中心とした連合軍も、結果を出すことなく瓦解するに至っているのだ。

 しかし現実に、漢という国は一つにまとまることなく、乱世に突入しようとしていた。中原では、割れた連合軍の諸将が、勢力拡大に腐心しているのである。それに、太平道の撒いた乱の種もまた、急速に芽生えつつあった。

 呂布の屋敷。洛陽時代よりも大きくなった敷地には、多くの動物たちが暮らしていた。

 戦乱の世は、いくつもの孤独を生み出していく。誰かが何かを得ただけ、その代わりに失う者が現れるのである。それは、人も動物も同じだった。

 孤独による辛さ。どこにも、助けなどはない。生き抜くために、荒々しいだけだった武芸を、呂布は磨きに磨いていった。孤独。呂布が知っているのは、それだけではなかった。ひとの心の温かさ。苦渋を味わった分だけ、温もりを強く感じたのかもしれない。その気持は、自分だけのものにしておくべきではない。だから呂布は、心の赴くままに手を差し伸べる。

 身体を照らす陽光。目を覚ました呂布は、大きな欠伸をした。背中に、少し痛みがある。昨晩は、赤兎の世話をしていて、そのまま厩で眠ってしまったのである。胸元では、犬のセキトが身体を丸めて眠っていた。そのおかげで、寒さだけは感じないで済んでいる。

 セキトの頭を撫でながら、呂布は董卓のことを考えていた。

 このところ、董卓の体調があまり優れないようだった。夜になってもよく眠れず、食事を戻してしまう時まであると呂布は聞いている。

 胸のあたりが、締め付けられるように痛んだ。

 連合軍との戦が終わって、張り詰めていた身体に反動が来ているのかとも思う。自分や張遼であれば、ただ得物を振るっていればいいだけなのである。政治的な会話などに、呂布は興味を示したことがなかった。自分は、ただ戦場(いくさば)を自由に駆け回っていればいい。董卓も、呂布にはいつまでもそうあってほしいと願っていた。

 セキト。呂布の顔を見て、小さく吠えている。心に、靄がかかっているようだった。赤兎に乗ってひと駆けすれば、それも晴れるはずなのである。馬体を軽く叩いてやると、赤兎は身体を起こす。従順で、賢い馬なのである。呂布が微笑みを見せると、赤兎は控えめにいなないた。

 

「呂布将軍」

「ん……、華佗」

 

 男が、屋敷を出たばかりの呂布に手を振っている。

 華佗。気さくで、表裏のない男だった。気分屋のセキトが、懐いているくらいなのである。それからは、呂布も時々話をするようになっている。

 若いが腕のいい医者らしく、噂を聞いた賈駆が、董卓のために呼び寄せたのである。華佗は、いまも診療に行ってきたのだろうか。手には、道具をつめているであろう箱が握られている。

 

(ゆえ)、ちょっとは元気になった? ご飯をたくさん食べられないのは、すごく心配。お腹が減ってると、ちっとも力が出ないから」

「はははっ。相変わらず優しいな、呂布将軍は。太師は、ひとまず落ち着かれている。一度鍼を打てば、数日の間は元気でいられるはずだ。問題は、その後なのだが」

 

 長安に移ってから、董卓は太師と呼ばれるようになっていた。

 帝に次ぐ地位にある人物。太師というのはつまりそういうことだ、と呂布は陳宮から教わっている。

 

「数日……。たった、それだけ? 月には、ずっと元気でいてほしい。華佗、なんとかならない……?」

「当然、そうなるように努力はするさ。しかし、これは案外難しい問題なのかもしれないんだ。一般的な病魔であれば、俺は鍼でいくらでも打ち倒すことができる。それが、五斗米道(ゴット・ヴェイドー)を受け継いだ者の使命でもあるからな」

「んっ。ごと……べいどー?」

「違う! いつも言っているが、五斗米道(ゴット・ヴェイドー)だ! ……っとすまん、話を戻そうか。太師の病魔。その力の根源は、心の内側にあると俺は読んでいてな。鍼をどれだけ深く刺そうと、そこまで届くことは決してないんだ。心に潜む病魔との闘いは、五斗米道にとっても大きな課題になりそうだよ。患者の状態に応じて、俺たち医者も変わっていくことが求められているんだろうな」

「心……。月は、そのせいで苦しんでる」

「国の舵取り役という重責が、太師の負担となっているのは間違いないだろう。といって、俺に口を出す権限などはない。会うまでは、どんな恐ろしいお方かと思っていたが、鍼を打っている途中に昔ばなしを聞くことがあってな。呂布将軍が慕うのも、最近になってわかる気がしてきたよ」

 

 華佗が、自らの指先を見つめている。医術の技だけではどうすることもできないのが、悔しいのかもしれない。

 心の病。戦があると、たまに兵がおかしな状態になってしまう場合がある。どうにかして治そう、などと考えたことはなかった。闘えなくなった兵ならば、放逐してしまえばいいだけだった。董卓には、代わりなどいるはずがない。呂布は、赤兎に身体を寄りかけながら頭を悩ませていた。

 自分は、董卓のためになにができるのか。よく眠り、よく食べる。そうすれば、すぐに元気になると思っていたのだ。

 以前のように涼州で暮らしていれば、董卓が今のような苦しみを得ることもなかったのだと思う。けれども、望んでしまったのである。朝廷内に蔓延る腐敗を取り除き、漢をもう一度ひとつにする。董卓の願いは、いつ叶えられるのだろうか、と呂布はふと考えた。周辺には、敵が多すぎる。董卓が締め上げを緩めれば、長安内部でも不穏分子が活動を強めるはずである。

 ひょっとすると、この苦しみはいつまでも続いてしまうのかもしれない。息苦しさを感じて、呂布は胸のあたりをさすった。嫌な考えを取り去りたくて、頭を左右に大きく振ってみる。すると、今度は華佗が心配そうに呂布のことを見つめてきた。

 

「平気か、呂布将軍? 調子が悪ければ、いつでも言ってくれていいんだぞ。そのために、俺の鍼はあるのだからな」

「……ありがとう、華佗。だけど、(れん)は大丈夫。ちょっと、赤兎と駆けてくる。そうすれば、気分もすっきりすると思うから」

「そうか。太師の心を癒せるのは、将軍のような身近にいる人間だけなのかもしれないな。そのためにも、自分の体調には注意を払っておくんだぞ?」

「ん……、わかった。セキトも、行こ」

 

 声をかけると、セキトが器用に飛び乗ってくる。小柄な身体を抱きかかえると、呂布は腿を使って馬体を締め付けた。それで、赤兎に思いが伝わっていく。駆け出すと、華佗の姿がすぐに小さくなっていった。

 長安城外。原野を駆けていると、さわやかな風だけを感じることができた。呂布は、一心に前だけを向いている。乗り手の心中を察しているのか、赤兎は速度を上げていく。その足取りは軽やかであり、まるで跳ねているようだった。

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