※この作品はR-18です。

恋姫異天記~曹操伝~   作:KKS

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十四 宿ったいのち(桂花)

 (えん)州を取り仕切る立場にある劉岱が、兵を集結させようという動きを盛んにとっていた。

 青州黄巾軍の暴威は、すぐそこにまで迫っている。黄巾軍は冀州に向かうことはせずに、兗州ひとつに狙いを定めているようだった。普通であれば、徐州への侵攻も考えられる状況ではあったのだ。それが、ほとんど素通りに近いかたちになってしまっている。

 徐州を治める陶謙に、未曾有の大軍と闘う勇気がないことは曹操も承知していた。それだけに、どうすれば生き延びることができるのか。その一点だけを重視して、徐州は立ち回ったのではないか、と曹操は推測していたのである。

 大軍であるだけに、黄巾軍は莫大な量の兵糧を必要としていた。その一部分を提供するかわりに、徐州を略奪対象には選ばない。おそらくだが、そういった密約を陶謙は黄巾軍と交わしたのだろう。

 結果的に、劉岱による募兵は思うようには進まなかった。

 求心力の低下。曹操の台頭により、それは明白なものとなっていた。黄巾軍との一戦に、自身の行く末をかけているのは劉岱も同じだったのである。現状、劉岱のもとに集った兵は五万ほどだった。ほとんど、捨て身のような戦をやるつもりだという知らせも入っている。明らかに、劉岱は平常心を失っていた。

 河水(黄河)を南に渡河し、曹操は(けん)城に逗留するようになっていた。兗州内部の調略は、順調に進んでいる。劉岱は、自分が実権を握るまでの壁役として機能してくれればいい。曹操は、自らのもとに届けられた檄文を、冷ややかな眼で見下ろしていた。

 

「ひさしぶりだな、曹操のアニキ」

 

 荷駄を率いる文醜が鄄城にやってきたのは、数日後のことだった。

 袁紹とは、連合軍を離れて以来疎遠な関係が続いている。かといって、完全に対立しているわけではない、というのが実情だった。そのなかで、どんな意図があって文醜が遣わされてきたのか。それが気になったから、曹操は招き入れることを決めたのだった。

 

「これは、どういうつもりなのだ、文醜?」

「どうって、そんなの見たまんまだっての。アニキたち、これから青州黄巾軍と闘うつもりなんだろ? だったら、飯と武器がたくさん必要なんじゃないかって、真直(まあち)がさ」

「田豊が? 物資を送ることについて、袁紹はなにも言ってこなかったのか、文醜。俺はあいつが、まだへそを曲げているものだと思っていたのだが」

「姫は素直じゃないけど、アニキのことをいっつも気にしてるんじゃないかな、ってあたいは思うよ。今度だって、真直のやることに対して勝手になさい、って全部許してあげてたくらいだしさ」

 

 文醜から視線を外し、曹操はゆっくりと腕を組んだ。

 袁紹の真意は、どこにあるのか。それが、いまひとつわからなかった。表面的に見れば、袁家と曹家はつながりを維持したままだ。力関係において、いまは袁紹のほうに大きな分があった。その差が縮まったとき、あるいは肩を並べるようになったとき、このつながりがどう変化していくのか。それを袁紹はどこまで考えているのだろうか、と曹操は疑問に思うときがあるのだった。

 覇者への道。それを往くためには、どこかで袁家をこえていかなければならない。河北は、ひとが多く暮らしている土地だった。国を富ませ、兵を養う。河北をとれば、それもずっと容易くなることだろう。

 

「そんな難しい顔するなよな、アニキ。それで、もってきたものは受け取ってくれるんだよな? 運んでくるのだって、楽じゃないんだ。嫌だって言われても、あたいは置いてくぜ?」

「ははっ。おまえや田豊の苦労を、無駄にするつもりはないさ」

「おっ、ならあたいも、ここまできた甲斐があるってもんだよ。でさ、荀彧のやつはどこにいるんだ? あいつに、ちょっと用があるんだよな」

桂花(けいふぁ)ならば、今日は邸宅で休んでいるはずだ。このところ、働きづめだったのでな」

「ふーん、そっか。受け入れのほうは、任せられるやつがいるからそいつに聞いてくれ。あたいは、ちょっくら荀彧に会ってくるよ。それじゃ、またあとでな、曹操のアニキ」

「承知した。桂花には、しっかり休んでおくように伝えておいてくれ」

「へーい。んじゃ、いってくる」

 

 元気を振りまきながら、文醜が広間から消えていった。

 荀彧には、この三日ほど出仕を控えさせていた。仕事をしていても、どこか集中力に欠けている、と郭嘉から知らされたからである。それに、体調もあまり優れないようだった。自分にその原因を探られることを、荀彧は嫌うに違いない。だから、程昱に言って医師の手配だけは済ませてあった。程昱からは、まだ報告があがってきてはいない。だが、心のなかでちょっとした予感があるのも、また確かなのだ。

 

 

 胸の内側が、どうにも(もや)がかったようになっている。

 退屈、それが不安に変わる瞬間が時々あるのだ。家にいても、特にすることはなかった。家事などは、侍女がすべてやってくれている。少しでも仕事をもって帰ろうとしてみたが、それは郭嘉に阻止されてしまっていた。

 曹操軍は、大戦(おおいくさ)の前準備をしている段階だといっていい。それなのに、軍師である自分は、自宅でひとり悶々としているしかないというのか。

 体調は、確かに万全ではなかった。不安が募ってくると、ひどい吐き気におそわれるときがある。いままで、経験したことのない苦しみだった。身体にも、妙な張りを感じている。こんなとき、どうして曹操はそばにいてくれないのか。そんな馬鹿らしい考えすら、浮かんでくることがあったのである。

 

「もう、いらないわ」

 

 侍女の用意してくれた食事は、残してしまうことが多くなっていた。どうにも、うまく喉を通ってくれないのである。椅子の背もたれに体重をあずけ、荀彧はため息をもらした。昨日やってきた程昱から、医師がくることを聞かされていた。自分は、病人になってしまったのか。そう思うと、また気が重くなった。

 

「お客人です、荀彧さま。こちらにお通ししても、よろしいでしょうか?」

 

 どこの誰が、こんな自分のもとを訪ねてきたのか。侍女の言葉に、荀彧は力なくうなずいた。

 

「よっ、荀彧。つっても、あたいのことをそんなに知らないか」

「別に、知らないわけじゃないわよ。それで、袁紹配下の文醜将軍が、わたしになんの用があるっていうのよ」

「うーん。ほんとに用があるのはあたいじゃないんだけど、ちょっと買い物してからこっちにくるって話でさ。ここ、座ってもいいか?」

「はあ、なによそれ? まっ、勝手にすればいいんじゃないの」

 

 てっきり、家中の誰かが様子を見にきたものだと思っていた。文醜には、自分に対する遠慮が少しもない。それだけに、どこか心に張り合いが生まれているようだった。

 椅子に座った文醜が、置いてあった果物にかぶりついている。特に用がないと言ったのは、嘘ではないのだろう。

 袁家からの支援物資を、文醜は届けにきたのだという。曹操からしてみれば、気分のいい話ではなかったのかもしれない。そのうえで、曹操は物資を受け取った。これでより、外部の勢力は袁家と曹家のつながりを警戒するようになる。実情がどうであれ、ひとはよりわかりやすい、表面的なものを見ようとするものだ。

 曹操にも、どこか逡巡のようなものがあるのかもしれない。袁紹とは、協力すべきときは随時手を結んできたという経緯があるのだ。

 

「なあ、荀彧」

「なによ。というかあんた、しゃべるまえに口くらい拭いたらどうなのよ」

「んっ、それもそっか」

 

 文醜が、手の甲で果汁をぬぐう。

 がさつな女だと思う。けれども、こんな風に気兼ねのない話をするのは、久しぶりな気がしていた。

 

「昔のことだけど、覚えてるか? あたいたちが宦官の兵を引きつけてる間に、アニキがおまえをさらってさ」

「ああ、そんなこともあったわね。まさか、いまさらそのことを、恩着せがましく言うんじゃないでしょうね」

「いやいや、そんなつもりはないっての。ただ、懐かしいなって思ったんだ。あの頃は、いろんなことが単純だったなってな。姫も、アニキに頼まれごとをされて喜んじゃってさ」

 

 あの日のことは、いまでも鮮明に覚えている。

 ひとの運命に岐路というのがあるとすれば、自分にとってはあの時こそがそうだったのだろう、と荀彧は思うのだ。曹操への想い。それが、確信に変わった瞬間だった。生涯をかけて、支えるべき相手。王佐の才ともてはやされていただけだった自分に、主君ができた日でもあるのだ。

 文醜の言うあの頃は、すべてがおおらかに動いていたように思う。それぞれの立場はあったにせよ、曹操も袁紹に対し心を開いていた。そうでなければ、協力をあおぐことなどしなかったはずなのである。

 

「いまは、みんな難しい顔をしようとしすぎなんだよ。そりゃあ、姫もアニキも、天下を狙ってるってのはわかるけどさ。あたいにしてみれば、どっちも頭が硬すぎるんだって。姫なんて、ちょっとまえまでは曹操さん、曹操さん、ってそればっかりだったのにさ」

 

 唇をとがらせて、文醜が言った。

 ほとんど世間話のようなものだったが、荀彧は興味深くその話を聞いていた。この先、袁紹とどう渡り合っていくべきなのか。それは、曹操軍の軍師として考えておくべきことのひとつだった。袁紹は、曹操に対し複雑な感情を抱いている。曹操にしてみても、おそらくそれは同じなのだろう。

 両者は、いがみ合って闘うべきではない。文醜は、きっとそれが言いたいのだ。この状況で物資を寄越してきたのだから、田豊もそう考えていると見ていいはずだった。ただし、当の本人たちが、いまは近づくことを良しとはしないだろう。

 

「ふたりとも、もっと素直になってもいいじゃんか。姫とアニキが力を合わせれば、それこそ天下になんてすぐ手が届くに決まってるのに」

「あははっ。それは、そうなのかもしれないわね。けど、意外だったわ。春蘭(しゅんらん)と同じで、単なるイノシシだと思っていたのだけれど、案外周りがよく見えているじゃないの、文醜」

「えへへっ、だろー? って、んん? いまあたい、悪口を言われたんじゃないのか?」

「気のせい、ってことにしておきなさいな。いい話を聞かせてもらったことに、この荀文若が感謝してあげてるんだもの」

「うーん、そっか? まあ、あたいは旨いものが食えれば、なんだっていいんだけどさ」

 

 そう言って、文醜がまた果物に手を伸ばした。

 他愛もない話をしていたおかげか、気分もいくらか上向いてきているようだった。身体に感じている気だるさも、それで多少は紛れている。

 

「荀彧さま。文醜さまのお連れの方が、到着なされました」

「おっ、それじゃあたしは席を外すとするか。へへっ、きっと驚くぞー」

 

 文醜が、果物の入ったかごを持って立ち上がる。

 わけがわからないまま、荀彧は部屋にひとりとなった。足音が、近づいてくる。いったい、文醜は誰を連れてきたというのか。いまのところ、皆目見当がつかなかった。

 

「桂花」

 

 自分の真名を呼ぶ声。それも、ひどく懐かしいものだった。

 声のするほうに、顔を向ける。部屋の入口に立っていたのは、母だった。自分が曹操と行くと決めてから、荀家は難を逃れるために、冀州に居を移していた。冀州では、よくしてもらっていると聞いていた。韓馥も袁紹も、荀家に対して敬意を払ってくれているようだった。

 

「え? ほんとうに、母さまなの?」

「元気なようで、少し安心したわ。あなたが体調を崩していると文醜殿から聞かされて、街で必要そうなものを買ってきたのだけれど」

 

 文醜の兗州行きを聞きつけて、同行を願い出たのだと母は言った。知らせてくれればよかったのにとも思うが、それは職務に追われる自分のことを気遣ってくれてのことなのである。

 潁川で別れてから、母とこうして直接会うのは初めてだった。書簡でのやりとりは行っていたが、職務を優先していたせいでそれも疎かになりかけていたのだ。

 少し老けたな、と母を見て荀彧は思った。だが、こうして健やかな姿を再び見ることができたのである。乱世に生きる身としては、それだけで十分すぎるくらいだった。

 

「一刀殿には、よくしていただいているようね」

「べ、別に、そんなこと……」

「うふふ。わたしにまで、無理に隠さなくたっていいのよ。それで、身体の具合はどうなのかしら?」

 

 あの頃と少しも変わらない、母の声。聞いているだけで、堪えていた感情を刺激されてしまうようだった。

 温かな抱擁。しばらく忘れていた、母の柔らかさだった。頭を撫でられながら、荀彧はこれまであったことを語りはじめた。その声は、かすかに震えていた。

 

「お医者さまに見ていただくまで確実なことは言えないけれど、実はわたしも、いまのあなたと似たような症状を経験したことがあるの」

「えっ、母さまも……? それって、もしかして」

 

 母に抱かれながら、荀彧はつぶやくように言った。

 

「賢いあなただから、正解を言うまえにわかってしまったのかしら? でも、そうね。あなたを、この身に宿していた間、わたしもそんな風になったことがあるのよ。おめでとう、桂花。ふふっ、ちょっと気が早かったかしら」

「あいつの、一刀との赤ちゃんが、ここにいるの?」

 

 手のひらで、腹部をゆっくりと撫でてみる。実感はまだなかったが、言われてみるとそうとしか思えなくなっていた。

 多くの女に手をだしてはいるものの、曹操の子を孕んだ者はまだいなかった。曹操は、自分が孕んだことを喜んでくれるのだろうか。そのことを考えると、少しだけ不安がよぎってしまう。戦場に付き従えなくなった自分。この程度であればどうにでもなるが、やがてはそんなことも言っていられなくなるのだろう。

 

「うふふ。賢いのはあなたのいい部分だけど、考え過ぎるのはあまりよくないわね。一刀殿には、なるべく早く知らせなさい。きっと、喜んでくださるから」

「なんでもお見通しなのね、母さまは」

「だって、あなたはわたしの子どもなんですもの。ちょっと離れていたからって、それが変わることはないのよ、桂花。それとも、しばらく会わないあいだに、一刀殿は狭量なお方になってしまったのかしら?」

「そ、そんなことは、ないと思う……。あいつは、わたしになにを言われようとも、笑って許してくれるような男だし……」

 

 自分でも、なにを口走っているのかわからなくなってくる。ただ、顔に拡がっていく熱さだけははっきりと感じていた。

 曹操に、会いたい。会って、このことを伝えたい。母の後押しのおかげで、強くそんな気持ちになることができている。やはり、母には敵わない。小さく笑みを浮かべながら、荀彧はその胸に顔をうずめたのだった。

 

 

 夜。邸宅に、曹操が渡ってきた。

 知らせたいことがあるから、きてもらいたい。使者に言付けたのは、それだけだった。大切な部分は、自分の口から伝えたい。母も、そうするべきだと同意してくれた。

 

「こうして、御母堂とまたお会いすることができるとは。あの折は、荀家にご迷惑をおかけしました」

「わたしは、なにも気にしていませんよ。桂花が幸せになるためには、ああするのが一番だったのですから。そして、その選択は少しも間違っていませんでした。そうでしょう、一刀殿?」

「痛み入ります、御母堂。それで、桂花は」

「ええ、奥で待っていますよ。わたしは、秋蘭(しゅうらん)殿の邸宅にお邪魔してまいります。一刀殿も、桂花とふたりでいたいでしょうから」

 

 ふたりの話し声が聞こえてくる。

 緊張によって乾いた唇を、荀彧は椀のなかの白湯(さゆ)で濡らした。母と別れた曹操が、一歩ずつ近づいてくる。思わず、唾を飲み込んだ。

 

「息災にしていたか、桂花。昼間、文醜も訪ねてきたようだな」

「急にやかましいのがきて、何事かと思ったわよ。けど、まさか母さまが一緒だったなんてね」

「俺も、それには驚いた。だが、御母堂がそばにいてくだされば、おまえも安心できるだろう」

 

 曹操が、隣の椅子に腰掛ける。不意に握られた手。ほしかった温もりが、そこから拡がっていった。

 

「ねっ。奥に、いきましょう? そっちで、話したいことがあるの」

 

 こわばった表情を見られるのが、恥ずかしかったのかもしれない。

 思えば、自分から閨に誘っているようなものなのだ。冷静になって考えてみれば、そちらのほうがよっぽど恥ずかしいことだった。

 

「その、ね?」

 

 寝台に、ふたりして腰かける。

 普段とは打って変わって、曹操は真剣に話を聞いてくれている。肩に回された腕が、頼もしかった。さきほどから、手はずっと握られたままだ。

 

「赤ちゃん、できちゃったのかも」

 

 声は、震えていなかっただろうか。けれども、言いたいことは伝えられたのだと思う。

 暗がりのせいで、曹操の顔はよく見えなかった。一瞬の静寂。それが、少しだけおそろしかった。

 

「な、なによ。なにか、言ったらどうなの」

「ン……、すまない。あの桂花が、もうすぐ母になる。そう思うと、感慨深くなってしまってな。予感はしていても、いざ聞かされるとなると、勝手が違うものだ」

 

 曹操に、抱き寄せられる。母のしてくれた抱擁と違って、力強さを感じさせるものだった。

 額。擦り合わせるように、曹操が顔を近づけてくる。我慢できなくなって、唇をわずかに突き出してしまう。粘膜同士の重なり。いまは、それがなによりも心地よかった。

 

「んうっ、はあっ。一刀……ッ。ン……、あむっ、んふうっ」

「俺の子が、ここにいるのだな。桂花と、俺の子だ」

 

 子ができるというのは、曹操にとっても初めてとなる経験だった。

 それを、自分がさせている。高揚感で、少し胸が高鳴った。同時に、乳房に張りのようなものを感じてしまう。変化はまだでないはずだ、と母は言っていた。それでも、こうして曹操に抱かれていると、腹に赤子がいるということを強く意識してしまうのだ。

 

「少し、脱がせるぞ」

「はあっ、んっ……。いつもみたいに、勝手にすればいいじゃないの」

 

 寝間着のまえが緩められていく。曹操なりに、気を遣ってくれているのだろう。露出させられているのは、あくまでも胸のあたりだけだった。

 感じていた、外気の冷たさ。それも、すぐに消えていく。曹操が、乳房を優しく吸い上げているのだ。

 

「まったく、大きな赤ん坊ね。もう、そんなにいやらしく吸わないでちょうだい」

「ここから、乳がでるようになるのだな。ひとの身体というのは、不思議なものだ」

 

 腹のあたりを撫で回しながら、曹操は乳首を吸い続けていた。

 興奮が、じわりと積み重なっていく。愛撫を受け続けた乳頭は、恥ずかしいくらいに勃起してしまっているはずだった。ゆるやかな気持ちよさ。それが、さざなみのように脳内を揺すぶってくる。曹操も、今夜は必要以上に強い刺激を与えないようにしているのかもしれない。それで物足りなさを感じてしまうのだから、自分も変えられてしまったものだ。

 

「はあっ、んうっ……。ねっ、そんなに……おっぱいおいしいの?」

「ああ、そうだな。ン……。乳がでるようになったら、すぐに知らせるのだぞ。赤子が生まれるまえに、俺が味をみておいてやらねば」

「ちょっ、んんっ。そんなの、絶対だめなんだから……ッ。アンタみたいな変態にあげるために、お乳をだすんじゃないのよ」

 

 吸い上げが強くなる。

 曹操は、冗談で言っているわけではないようだった。敏感になった乳首の先。そこを、舌先が丹念にえぐってくる。軽い絶頂は、すでに何度も身体で感じていた。当分の間、このくらいの快楽で我慢する日々が続くのだろう。耐えなければならないのは、曹操も同じだった。自分が相手をできない分、ほかの誰かと寝ることが多くなるのかもしれない。そう考えると、少し腹がたってくる。

 

「んあっ、ふうっ……♡ んんっ……♡ わたしはもう十分だから、つぎはアンタを気持ちよくさせてあげる。ほら、早くチンコをだしなさいよ」

「口でしてくれるのか、桂花?」

「ううっ。そんなの、わざわざ言わなくたっていいでしょ。わかったら、アンタは粗末なものを、わたしに見せればいいの」

 

 立ち上がり、曹操が服を脱いでいく。暗がりではあったが、鼻先が男根の存在を敏感に感じ取ってしまっていた。

 雄の匂い。それが、強く立ち込めているのだ。乳房に吸い付いているあいだ、曹操は興奮を高めていたのだろう。頬に、熱い先端が押し付けられる。滑るような感触。指で触れてみると、べっとりとした先走りが付着していた。

 

「ン、れろっ、ちゅうぅう。こんな、馬鹿みたいに勃起させちゃって。そんなに、わたしのお口が恋しかったのかしら、一刀は」

 

 亀頭についた汚れを、舌で舐め取っていく。脈打つ男根。雁首の部分までしっかりと掃除されることを、曹操は好んでいた。

 何度味わっても、強い刺激が舌の上を走り抜けてしまう。忙しさにかまけて、数日洗っていないこともありえるのだ。そんな不潔なものを、自分は喜んでしゃぶってしまっている。倒錯的な感情に、押し流されそうになった。

 

「ははっ。俺のチンポは旨いか、桂花」

「あむっ、じゅぷっ……。んんぅ、ばっかじゃないの。そんなわけ、あるはずがないじゃない」

 

 当てつけのように、曹操が質問を投げかけてくる。

 男根からは、新しい先走りがつぎつぎに流れ出てきていた。亀頭だけに吸い付くようにして、それをすべて飲み干していく。腹のなかが熱い。先走りを飲んだだけでも、こうなってしまうのである。ぶらさがった陰のう。そこには、自分を孕ませた子種がたっぷりとつまっている。早く、その熱さを口内で感じたい。荀彧の奉仕に、熱が込もっていく。

 

「あむっ、れろれろっ♡ んじゅぷっ、じゅるるっ、んぶっ、んあむっ……♡ はやく、はやくだしてよ……ッ♡」

 

 手を使って、男根を扱いていく。

 唾液と先走りを塗りたくられた肉竿は、異様な臭気を発していた。その芳醇な匂いを満喫しながら、荀彧は先端に舌を這わせていく。割れた鈴口。敏感な裏筋。そのすべてに、快楽を与えていった。

 

「これ、気持ちいいんでしょ? んむっ、ちゅぽっ……♡ わたし、ちゃんと知ってるんだから」

 

 返答代わりに、曹操の男根が大きく震えた。どぷり、と真新しい粘液が亀頭からこぼれ落ちる。それを逃さず、荀彧は舐め取っていった。

 

「気持ちいいぞ、桂花。おまえも、奉仕をしながら感じているのだろう?」

「んぷっ、じゅぷぷぷっ……。んっ、そんなわけ♡ じゅるっ、ないでしょっ♡」

 

 曹操の大きな手のひらに、頭を何度も撫でられている。

 びくんと跳ね上がる男根。その熱さに、思わず身体が震えた。口内は、すっかり曹操の匂いで満たされてしまっている。だが、まだ足りなかった。もっと、もっと曹操のもので満たされたい。快楽に冒された脳内が、それだけを求め続けていた。

 

「んむっ、ずぷっ♡ んっ、かずとっ♡ かずとっ♡ はやく、わたしに子種のませてよぉ♡ どろどろの精液、じゅぅううう♡ お口で、たくさん味わいたいの♡」

 

 咥え込んだまま頭を前後させると、のど奥まで男根で犯されているように錯覚してしまう。実際、いつもであれば荒々しい腰使いによって、口内を蹂躙されてしまっているところなのだろう。

 今夜の曹操は、とことん自分に対して甘かった。それだけ、孕んだという事実が大きかったのだろうか。子を宿しているはずの腹の奥が、切なさを感じてしまっている。いまは、その疼きを満たすわけにはいかなかった。そのぶんだけ、荀彧は口を使って曹操に甘えていく。腫れ上がった亀頭。精液が、すぐそこにまでせり上がってきているのだろう。指の腹をつかって、竿の部分を揉み込むように愛撫していく。

 そうしていると、感極まったように曹操が声をもらした。瞬間、口腔内がすさまじい勢いの濁流に飲まれていく。

 

「んぷっ……!? んんっ、こほっ、ごくごくっ♡ んふぅううう、ちゅぷっ♡ ン……、じゅずずずっ♡」

 

 先走りの何倍も熱い精液が、直接胃に流し込まれているようだった。

 息が苦しい。だがそれでも、荀彧は男根を離そうとはしなかった。特有の青臭さが、鼻にまで抜けていく。

 

「ちゅむっ、れろっ……。はあっ、すごっ、ちゅるぅうう♡」

 

 男根の脈動は、まだ継続したままだった。

 曹操は、本気で口から自分を孕ませるつもりなのではないか。そう感じてしまうくらいに、精液の奔流は熱く、力強かったのである。

 

「ふはっ、んりゅぅう……♡ はあっ……。これで、終わりなのかしら?」

 

 口から抜いた男根を見つめながら、荀彧は軽く扱いてみた。駐留していた残滓。飛び出したそれが、力なく鼻先を汚した。

 

「ふふっ。まだ、こんなに……。れろっ、んむぅ……。孕んでる相手に、射精しすぎなのよ、アンタは」

「桂花が、俺の子を宿している。そう思うと、余計に興奮してしまうのだよ。身体は、平気か?」

「ええ、いまのところはね」

「ちょっと待っていろ。身体を拭くものをもってくる」

 

 気だるさを感じて、荀彧は寝台に身体を投げ出した。けれども、その気だるさは、この数日感じていたものとはまったく違っていたのである。

 全身が、曹操の発する匂いに包まれているようだった。着物をなおしながら、腹のあたりをさすってみる。ふくらみのない腹。それでも、いままでとはなにか違うような気になってくる。

 寝台に腰かけた曹操に背を向けたまま、荀彧が言った。

 

「……アンタのことだから、どうせ嫌だって言っても、強引に泊まっていくのよね? わ、わたしは、そんなのどうだっていいんだけど」

「御名答だよ。桂花には、隠し事などできそうにもないな」

「ふんっ、荀文若さまを、舐めるんじゃないわよ……。それより、もっと近くにきたらどうなのよ? 身体、冷えちゃうでしょう」

「ははっ。気が利かなくて、すまなかった」

 

 全身に、曹操の温もりを感じている。

 穏やかな鼓動。聞こえている。曹操の胸に額をこすりながら、荀彧は眼を閉じた。

 いつしか、こんな風に親子三人で寝床に入る日がくるのだろうか。やがては、それも順番争いになっていくに違いない。今回は、たまたま自分が先んじたに過ぎないのである。

 男か、女か。だったら、名前は二通り考えておく必要があるのか。眠気がやってくるまで、荀彧はそんな取るに足らないことを考え続けていたのだった。

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