待ち望んでいた瞬間が、すぐそこにまで迫っていた。
青州との境目に布陣した黄巾軍。先鋒だけでも、三十万に達しているのだという。それに対し、劉岱はかき集めただけの五万で、決戦を挑もうとしているのである。やるまえから、勝負は決しているようなものだった。はじめから、死しか見えていない戦なのである。そんなものは、やる価値がない、と曹操は思っていた。
華々しく散るといえば聞こえはいい。だが、死は所詮、消えることでしかないのである。死を越えた先にある生。それを泥にまみれながらでもつかみとり、自らの飛躍とする。そうでなければ、戦になんの意味があるというのか。
出陣を控えた朝。曹操は、閨で夏侯姉妹と睦み合っていた。ふたりとは、昨晩軍のことを話し合ってからずっと一緒である。
「なあ、かずとぉ……」
「ふふっ。どうしたのだ、姉者? そんな、猫なで声をだしてしまって」
寝台のうえで、曹操の真名を呼びながら、夏侯惇がもぞりと身体を動かした。少しも硬さを感じさせない乳房が、腕のあたりで自在にかたちを変化させている。
頬にあたる吐息。姉の可愛らしい姿に笑みを浮かべながら、夏侯淵が首筋に甘く吸い付いてきていた。起きがけの男根が、期待によって勝手に脈打ってしまう。それに気がついたのか、血の管の浮かぶ太い幹に、夏侯淵はしなやかに指を絡ませていった。
「むっ。うらやましいと思っているのは、
「それが、あやつのいじらしいところではないか。ほら、姉者も手伝ってはくれないか。一刀のモノは、わたしひとりでは手に余るのでな」
「ふふん、いいだろう。んっ、はあっ……。もう、朝からこんなに硬くしおってぇ。それでいて我らにはなかなか子を寄越さぬのだから、意地の悪い棒ではないか」
好きなことを言いながら、夏侯惇が男根に刺激を与えていく。
息のあったふたつの手が、血の集まった箇所を柔軟に揉みほぐしていった。激しすぎず、かといって弱々しいわけでもない。自身の感じる点を熟知した愛撫に、曹操は小さく声をもらした。
「しかしな、姉者。我らは軍人であるかぎり、戦場に立たねばならんだろう。ひとが増え、いま少し軍務にも余裕がでてくれば、この意地の悪い魔羅も、くくっ……態度を変えてくれると信じているのだがな」
「まったくだ。そのためにも、まずは
夏侯惇が、手のひらで包んだ亀頭を何度もこねている。
にじみ出た先走りが、潤滑油としての役割を果たしているのだろう。にちゅにちゅという淫靡な音を立てながら、夏侯惇は男根に断続的な快楽を与えてくる。
「クッ……、ははっ。それでこそ、
「だそうだぞ、姉者。何事においても、重要なのは駆け引きなのだ。ほら、ここをこうして……」
ゆるやかだった愛撫のなかに、強い刺激が織り交ぜられていく。指で作った狭い輪を上下させながら、夏侯淵は陰のうを揉みほぐし、たまった精液を放出させようと攻め立ててくるのである。
負けじと、夏侯惇の奉仕にも熱が入る。気持ちよさ。甘いしびれとなり、下腹部にこみ上げてくる。そろそろかと思いながら、曹操はわずかに腰を浮かせた。それを察知したふたりが、男根に顔を寄せてくる。射精による濁流。それを、今朝は公平にわけあうつもりなのだろう。
「だしてくれ、一刀。わたしと姉者を、いやらしい精液で汚したいのだろう?」
「ああっ、チンポがすごく熱いっ……。こんなに苦しそうにふくらませおって。さっ、早く射精して、すっきりしてしまえばいいではないか」
餌を待つ子犬のように、夏侯惇が小さく舌をだしている。姉にならい、夏侯淵も同様の姿勢をとっている。
湧き上がる情欲の波。ふたつの赤い的を目掛けるつもりで、曹操は射精を開始していった。
「んっ、きたぁ……♡ ああっ、熱い……ッ。もっと、もっとわたしに子種をかけてもよいのだからな、かずとぉ♡」
「ふふっ。何度味わっても、こればかりはたまらんな。なあ一刀、まだまだ搾りだせるのだろう? 顔だけでなく、身体もおまえの匂いで満たしてくれたってかまわないのだからな」
ふたりの表情に、幸せそうな紅潮が拡がっていく。
盛大な爆発を間近で受けたせいで、どちらも秀麗な顔を真っ白に汚していた。その興奮が、再度の射精を後押ししていった。唇にこびりつく濁った塊。それを舌を伸ばして舐め取ると、夏侯淵は粘ついたまぶたをちょっとだけ開かせた。
「すごい勢いだな、まったく。あむっ、れろっ、んむぅ……。これほどの濃い味を知ったあとでは、
「うむ、秋蘭の言う通りだと思うぞ。はあっ、匂いをかいでいるだけでも、身体がぞくぞくしてしまうようだ。あむっ……、一刀の子種がまだこんなにも……」
精液がべっとりと付着した指を、夏侯惇がうまそうにしゃぶっている。演技などでは決してできないような、とろけきった表情なのである。その真似をして、夏侯淵も指に舌をはわせはじめた。誘うような視線。指の先端を、舌先がかすめるように動き回っている。
たまった熱。それを放出したからか、頭が段々と働いてくるようになった。
兗州の調略は、締めの段階に入っているといっていい。劉岱の死、あるいは敗走をきっかけに、曹操は州牧となる手はずを整えていた。それには、陳留にいる
「起きるぞ。支度をしろ、ふたりとも」
快楽の余韻が入り混じった身体を起こし、曹操は寝台に座った。夏侯姉妹の表情は、もう臣下としてのものに変わっている。
「着替えをお持ちいたします、殿。姉者は、湯を用意してきてくれないか」
「ああ、承知した。それでは、少しだけお待ちください、殿」
うすい寝間着だけを肌のうえに羽織り、ふたりは駆け足気味に散っていった。
†
いつまでも、終わることのない夢。そんな夢を、見ているようだった。
指を、少し動かしてみようとする。もどかしいくらいに、重く感じさせられた。
自分の身体が、自分のものでないようだった。やはり、これが死ぬということなのか。孫堅は、また夢のなかに意識を手放しかけていた。
「孫堅」
誰かが、孫堅の名を呼んでいる。それで、なんとか踏みとどまることができたのだった。
襄陽攻めは、どこまで進んでいるのだろうか。孫堅の脳裏に一番に浮かんできたのは、やはりそのことだった。あと一歩というところで、黄祖による邪魔を受けた。張昭などは、進軍が性急すぎたのだと怒るのだろう。しかし、そんなものは結果論にすぎないと孫堅は思うのだった。
戦は、生きもののようなものなのである。好機が到来したとなれば、それを必死になって掴み取らなくてはならないのだ。待つべきときは待ち、攻めるときは烈火のごとく攻め立てる。そうやって、孫家は強くなってきたという思いがある。
厄介だった黄祖は、命がけで放った矢によって、討ち取ることができたはずだ。手応えは、確かだった。そうすることができたのは、華雄の身を呈した行動のおかげでもあった。
「いつまで寝ているつもりだ。さっさと、目を覚まさないか」
また、声が聞こえてきた。
身体に力をいれる。さっきよりも、指が動いたような気がしていた。あと、もう少し。根拠などどこにもないが、なぜかそう思えていたのだ。
悠長に寝ている時間など、あるはずがなかった。いち早く戦場にもどり、兵を鼓舞して回らなければ。不意打ちだったとはいえ、自分が射られたのは事実だった。おそらく、動揺は軍全体に拡がっているのだろう。その足踏みは、袁術にもすきを見せることになるのだった。
「ぐ、うぅ……」
声がうまくでない。ほとんど、うめきのようなものだった。けれども、きっかけとしてはそれで十分だったのだ。
うっすらとしか感じることのできなかった五感。はじめに戻ってきたのは、触覚だった。多分、自分は寝台に寝かされているのだろう。硬い感触だけが、背中から全身を支えているのだ。
手足の指先。そこから、また力が集まってくるような感覚があった。生きているのであれば、開くはずだ。脳内でそう命じながら、孫堅はまぶたをゆっくりと持ち上げていった。
陽光を、直に見ているのではないか。そのくらいの眩しさを、孫堅は感じていた。どれほどの間、自分は闇のなかにいたのだろうか。まばたきを続けてみる。眩しさが消えたつぎには、見慣れない天井が視界に写っていた。
「孫堅」
先ほどから自分を呼んでいるのは、いったい誰なのか。声のする方に、なんとか頭を向けてみる。色素の薄い短髪。ぶっきらぼうな表情が、ちょっとだけ歪んで見えている。
そこにいたのは、華雄だった。いますぐ前線にもどれ。そう叫びたくなったが、声はどうしてもでなかった。声をだす代わりに咳き込んだ孫堅を見ると、華雄はどこかへいってしまった。
もどってきた華雄の手には、水桶が握られていた。どうやら、外に水をとりにいっていただけらしい。
椀に入れられた水を、口に含んでみる。乾いた身体に染み渡るような感覚が、いかにも心地よかった。
「ようやくのお目覚めか、江東の虎め。待ちくたびれぞ、孫堅」
「ククッ、ハハハッ……。まさか、おまえの顔を一番に見ることになるとはな、華雄。しかし、黄祖のババアめ、やってくれやがったぜ。たった一本食らっただけで、こうまでなっちまうとはな。だが華雄、おまえはこんなところで遊んでいる余裕があるのか。戦は、どうなった」
静かに話を聞いていた華雄が、首を左右に振った。
それだけで、なんとなく察しがついてしまう。自分が戦線を離脱した影響を、孫策たちは止めきれなかったのだろう。けれでも、自分はこうして生きている。ならば、再起は可能なはずだった。
「
あたりが静かすぎる、と孫堅は感じるようになっていた。
長沙の邸宅であれば、華雄の知らせでほかの者たちが、顔くらい見にきてもおかしくはないのである。仮にどこかの陣屋であったとしても、
それが、なにもないのである。沈黙のなかで、鳥のさえずりだけが耳に届いているのだ。脳裏によぎったのは、長沙の失陥。まさかとは思ったが、ありえない話ではなかった。
「いま、孫策たちは袁術の庇護を受けている。わたしは、貴様を守りきれなかった罪で、孫家から放逐されてしまってな」
自嘲気味に、華雄が笑った。
五万を数えるほどだった軍勢は、孫堅が瀕死に陥ったことで瓦解したのだった。それだけ、孫堅ひとりのもつ求心力が大きかったということでもある。
孫策は、なんとしてでも家を生き永らえさせようとしたのだろう。袁術からしてみれば、笑いが止まらなかったに違いない。劉表は守りの要だった黄祖を失い、勢いの弱まった孫家は自ら膝を屈してきたのである。孫権にあずけておいた玉璽も、どうなっているかわからない。奪われてしまっていると考えるのが、妥当だった。
放逐されたというのは表向きの理由で、華雄の下野は周瑜の考えにもとづいたものだった。とにかく、死に体の孫堅をどこかに隠す必要があったのである。土壇場であっても、周瑜は冷静だったようだ。黄祖の死によって、江夏は監視が甘くなっている。それにつけこんで、華雄はこの地に隠れ住むことに決めたようだった。
「死にかけの貴様を連れて回る余裕など、あのときの孫家にはなかったのだ。それで暗殺者につけ狙われるくらいなら、いっそ死んだことにしたほうがましだ、と周瑜のやつは言っていたぞ。それで、わたしに貧乏くじが回ってきたのだ。周瑜め、新参だからとわたしをいいようにこき使いおって」
華雄の口もとが、少しばかりゆるんでいる。これまで、かなり張り詰めた生活をしてきたのだろう。
新参だからと華雄は言ったが、そうではないことも承知しているはずだ。並みいる麾下のなかから、周瑜がわざわざ華雄を選んだのである。そして、その賭けはいまのところ成功したと言っていい。
「オレは、かなりのあいだ眠ってしまっていたようだな。まずは、外の様子を知らねばならん」
身体も、なまりになまっている。剣くらいまともに振れるようにならなければ、なにをすることも叶わないだろう。袁術に劉表。闘わなければならない相手は、いくらでも近くにいるのだ。
愛用していた南海覇王は、ここにはないようだった。あの剣は、孫家当主のあかしでもあった。だから、いまは孫策の手もとにあるのだろう。しばらくは、娘にあずけておくのも悪くない、と孫堅は目をつむりながら思っていた。
「大層なことは、飯をまともに食えるようになってから言うのだな。ふた月ほどのあいだ、貴様はずっと寝ていたのだぞ、孫堅」
「チッ、危うく黄祖のババアの道連れになるところだったとはいえ、このオレが病人あつかいかよ。それで、家中の誰かとつなぎはとっているのか、華雄」
「ああ。あと数日もすれば、周泰が様子を見にくるはずだ。しかし、孫策には黙っておいたほうがいいのかもしれんな。あれは、貴様の目覚めを秘しておけるような
「ククッ。おまえにそう言われるようでは、策もまだまだ青いということだな。ガキの
「そうすることだな。わたしも、ひとりでの隠棲には飽き飽きしていたところだ。貴様が起きていれば、少しは退屈せずに済む」
華雄が、嬉しそうに笑った。
原野を駆けて獲物を狩り、日が落ちるまで武器を振り続ける。そうした暮らしを、華雄はずっと孤独にしてきたのだった。
身体は重い。しかし、心には期するものがあった。自分は、一度死んだ身なのである。そう思えば、この先はなにもおそれるものなどなかった。
精一杯の力で、拳をにぎってみる。弱々しい力。だが、自分は確かにここにいるのだ。
「いまのうちに、退屈を満喫しておくのだな。すぐに、嫌というほど忙しくなるぞ」
「ふっ、楽しみにしておいてやる。だから、いまはもう少し眠るのだな」
少しばかり、疲れを感じているようだった。身体から力を抜くと、また眠気がおそってくる。しばらくは、この繰り返しになってしまうのかもしれなかった。
眠りはしたが、夢は見なかった。夢の続き。それは、生ある場所で見るべきだ、と孫堅は強く思うのだった。