※この作品はR-18です。

恋姫異天記~曹操伝~   作:KKS

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二十六 重ねた手に願いを乗せて

 東の山嶺を眺め入る。そこから、陽光が顔をのぞかせつつあるのだ。

 原野には、青州黄巾軍の陣地が拡がっている。夜襲を重ねたこともあり、黄巾軍はまともに寝付けない日々が続いているようだった。そこに追い打ちをかけるように、前線では糧食の不足が発生しているのである。

 出動できる兵力にも限界があったから、糧道を完全に断ち切れているわけではない。それでも、輜重が襲われるかもしれない、と思わせることに意味があるのだった。

 奇襲を警戒しているせいで、一度に運ぶ量がどうしても少なくなってしまう。そんな状態が数日続いただけで、膨大な兵力を抱える黄巾軍の前線は、満足に腹を満たすことができなくなるのである。

 湯でほぐした米をかきこみながら、曹操は戦に気持ちを向けていた。

 揺れる胡床。軋んだ音が、さながら苦悶の叫びのように聞こえている。

 膝に乗った張飛には、そんな胡床の事情などお構いなしなのである。小ぶりで弾力のある尻。それが、忙しなく跳ね回っているのだ。大軍との闘いを前にして、張飛も気分が高揚しつつあるのか。残った米を腹のなかに押し込み、曹操は張飛の頭に手をやるのだった。

 

「いい加減離れたらどうなのだ、張飛。曹操殿が、困っておられるではないか」

「えー? だって、お兄ちゃんのお膝に座らせてもらうのって、なんだか愉しいんだもん。あっ、そうだ! よかったら、姉者もやってみるのだ?」

「よ、余計な世話を焼くなと言うに! 申しわけない、曹操殿。義妹が、勝手なことばかり言ってしまって」

 

 劉備軍は、曹操直属の部隊と動くことが決まっている。こうして同じ場所で朝餉をとっているのは、そのためだった。

 ちょっと離れたところから、劉備はにこやかな視線を送っている。食えない笑顔に見えなくもないが、そこに裏がないのが劉備という女だった。いまは義勇軍を率いる浪々の将でしかなかったが、なにかきっかけを得ることさえあれば、大きく飛翔することもありえるのではないか。そんな底知れなさを、劉備は時折感じさせるのである。

 

「聞いたぞ、関羽殿。なんでも、馬超と真名を交わしたそうではないか。武人同士、なにか通ずるものがあったのだろうが、先を越されたようでちょっと悔しく思っているのだよ、俺は」

「はて……? なにも、そのようなことに対抗意識を燃やされなくとも、よいではありませんか」

「それが、どうしてかな。そなたの真名を呼びたくて、この胡床のようにうめき苦しんでいる自分がどこかにいるのだ。おかしな感覚だが、たぶん気のせいではないのだと思う。長く共にいたせいで、小さかった気持ちが募っているだけなのかもしれないが」

 

 こんなに近くにいるはずの関羽に、自分は手をのばすことができない。それが、どうしようもなくもどかしいのである。

 困り果てたような表情。こんな風に迫られることがあるなど、考えもしなかったのだろう。他に抜きん出た強さと忠義心。それが、壁となって関羽を包み込んでいるのだ。わざわざ危険な領界を踏み越えようとする者など、いままでいなかったに違いない。

 

「もう、お兄さま。陣中で女性にちょっかいをかけるような真似は、お控えくださいまし。それと張飛さん、ご飯のおかわりはもうよろしいですの? あと少しだけなら、残りがあるようでしたけど」

「いいの? 残したらもったいないから、鈴々(りんりん)がおかわりしてあげるのだ」

「ふふっ、承知いたしましたわ。だったら、少しだけ待っていてくださいますか。すぐに、用意して参りますので」

「ありがとうなのだ、曹洪。お礼に、鈴々のこと真名で呼んでもいいよ? というより、呼んでほしいのかも?」

「あら、そうですの? でしたら、わたくしのことも栄華(えいか)と呼んでくださいませ、鈴々さん。はあ、それにしてもなんと愛らしいお方なのでしょう。お兄さまに抱っこされているところなど、まるでほんとうの妹のようではありませんか。はっ!? ということは、鈴々さんはわたくしの妹ということにもなるのではありませんか? そ、それはまことに……」

「うわわっ……!? お兄ちゃん、栄華どうしちゃったのだ? すっごく、身体もじもじさせちゃってるけど」

「あまり気にしてやるな。こやつの、悪い癖でな。ほら、飯を取りにいくなら、早くしたほうがよいのではないか? 時間は、待ってはくれないのだぞ」

「ひゃ、ひゃいっ、お兄さま。急ぎ、いって参ります」

 

 妹と聞くと、少し諸葛亮の顔を思い出してしまう。

 われながら、未練がましいことだった。諸葛亮は、自分の生きる道を模索しようとしている。経験豊かな陳珪のもとでの暮らしは、今後の糧となっていくのだろう。

 張飛にとって、真名は出し惜しみするようなものではないのだろう。もっともわかりやすい、友好の証。その程度の認識しか、持っていないのかもしれない。

 普段物静かな徐晃と違って、張飛は天性の爛漫さを持ち合わせている。その差異が、曹洪により大きな高揚を与えているのだった。

 本人たちは否定したがるのだろうが、張飛と許緒には共通点があるように曹操には思えている。

 

「曹操殿。その、どうしてもと仰せになるのであれば、構いませんよ。張飛ほどではありませんが、わたしの真名などほんとうはずっと安いものなのですから」

「よいのか? 無理強いなど、したくはないが」

「平気です。それに、あなたは尊敬に値する人物なのですから。(えん)州を騒がす賊を討ち払い、太守となられた手腕など、見事というほかありません。そして、曹操殿はいまや一州を治めんとしておられる」

「それは俺だけではなく、みなの尽力があってはじめて成し遂げられたことなのだ。民の暮らしを乱す賊徒や、旧き権力にすがる者どもを討ち、国を平らかにする。それがわが願いであり、野望でもあるのだよ」

「その御志は、立派であらせられましょう。されど大いなる野心は、時に人を必要以上におそれさせてしまうのではありませんか。そしてその心が、またべつの戦乱を呼び寄せる。わたしには、そんな不安があるのです」

「だが、為す前からおそれていたのでは、なにも変えることはできんだろう。手足の先まで腐敗してしまえば、取り返しのつかない事態となる。その前に、病の根源を排さねばならないのだよ、関羽殿」

 

 この国の病の根源。それがなんであるか、わからない関羽ではないはずだった。曇っていく表情。自分たちの会話が退屈なのか、張飛は膝に乗ったまま脚をばたつかせている。

 平和にたどり着くためには、一時の犠牲は仕方のないことだ。民に戦を強いることができるのも、その大義があるからこそだった。

 それは詭弁と呼んでいいようなものではあったが、そう割り切れない者から、乱世では死んでいくことになる。

 

「治世の能臣であり、乱世の姦雄でもある。陳珪さんから聞きました。昔、そう評されたことがあるんですよね、曹操さんは」

「陳珪殿とは、旧い話をしてきたようだな。確かに、その通りだ。自分で言うのもなんだが、悪くない評を得たと喜んだものだった」

「わたしは、戦が嫌いです。どうしてみんな、辛くなるのがわかっていて、殺し合いをしたがるのか。それが、不思議でならないんです」

 

 劉備の言葉は、本心から出たものなのだろう。

 乱世を生きるには優しすぎる考えだったが、劉備が理想を捨てることはないのだと思う。見据えてくる瞳。陽光と同じくらいの輝きを放っているように、曹操は感じているのである。そしてその輝きに惹きつけられたのが、関羽であり、張飛であるのだった。

 

「だけど口先だけの理想論になんて、国を変える力はないんでしょうね。それにこんなことを言っているわたしだって、結局戦をする道を選んでしまっているんですから、誰かを悪く言うことなんてできません」

「にゃあ……。お姉ちゃん、悲しそうなのだ」

「卑屈になる必要などない。劉備殿には、劉備殿のかかげる志があるというだけだ。それは、誰にも否定する権利などないのだよ」

「そして、そんな劉備さまだからこそ、われらはお支えしたいと思うのです。理想を抱き続けるのは苦しいことかもしれませんが、決して捨ててよいものではない、と不肖ながらわたしは思うのです」

 

 劉備は乱世という水のなかで、必死にもがき苦しんでいるようだった。

 抗う魂。それも、闘争心のあらわれだと言っていいのかもしれない。そして、気づいてしまったことがある。自分は関羽だけでなく、劉備をも欲しているのではないか。

 異質な人材。劉備は、そう言って差し支えのない存在なのだと思う。そんな劉備を取り込み、使いこなせるようになった時、覇者の座をさらに近くにまで引き寄せることができるのではないか。そんな気がして、曹操はならないのだった。

 

「俺と劉備殿。まるで、正反対の野心を抱いているようだな。しかし道が重なれば、こうして手を取り合うこともできる、か。一刀だ、ふたりとも。俺のことは、好きに呼んでくれて構わない」

「ふふっ、違いありませんね。わたしは桃香(とうか)です、一刀さん。いまみたいにこうやって、みんなで乱世すら越えることができれば、いいんですけど」

「……ン。桃香には、不意を打たれてばかりいる気がするな」

 

 劉備に手を引かれるようにして、曹操は立ち上がった。膝から飛び降りた張飛は、眼を丸くしてやりとりを観察している。

 相変わらず、優しさを感じさせる手のひらだった。だが、そのなかにある、ざらつきのようなものを曹操は感じ取っている。

 おそらく、そのざらつきは剣の修練によって刻まれたものなのだろう。それも、劉備の叶えたい理想とは、反対にあるようなものだった。

 けれども、すべてを諦めたくはない。力を持つことによって、守れるものは確実にあるのだ。理想と現実。その狭間で、劉備は闘っているのか。

 

「ほら、愛紗(あいしゃ)ちゃんもやってみようよ。えへへっ、一刀さんの手、おっきくて温かいんだよ?」

「はっ……。ならば、致し方ありますまい。わが真名は愛紗です、曹操殿。そ、それでは主命でもありますので、失礼して」

 

 関羽の指先。緊張のせいか、かすかに震えている。

 愛紗、と関羽の真名を呼び、曹操はその手を強く握った。泳ぐ視線。戦場に立てば無類の強さを誇る関羽が、どうしていいのかわからず立ちすくんでしまっているのだ。

 三人でつくった輪のなかに、張飛が入るようなかたちとなっている。思っていた以上に、不思議な感覚だった。これで周囲に桃の花が咲き誇っていれば、あの夢の景色を再現することもできるのだろう。

 

「ねえねえ。愛紗は、お兄ちゃんを真名で呼んでみないのかー?」

「や、やかましいぞ、鈴々(りんりん)。しかし、おまえも聞いていただろう? 曹操殿は、好きに呼んで構わないとおっしゃっていたではないか」

「えー? でもお姉ちゃんだって、お兄ちゃんのこと真名で呼んでるんだよ? それなのに愛紗だけそうしないのって、ちょっぴり変なのだ」

「変とか、そういう問題ではなくってな……。ただこう、胸のあたりが妙にむずむずしてしまいそうというか。あっ、いや。これはべつに、おかしな意味で言っているわけではありませんからね!?」

 

 関羽は、手のひらからじっとりと汗をかいているようだった。

 何度か逃走を試みようとしているその手を、曹操は離さずつかまえている。

 

「愛紗。いまくらい、真名で呼んでみてはもらえないだろうか。そなたの声で、俺は一刀と呼ばれてみたいのだ」

「ま、真名を許したくらいで、あまり調子に乗られては困ります。ですが、そうですね……」

「ほら、がんばって愛紗ちゃん。わたしも、応援していてあげるから」

「と、桃香さまは、またそのような」

 

 逡巡するような口もと。何度か言おうとして、それでもまだ発することができないようだった。

 関羽が、見つめ返してくる。赤く染まった顔。大きな瞳にまで、そのうち赤みが差してしまうのではないか、と曹操が心配になるくらいだった。

 わずかに、唇が開かれる。関羽の口から、自分の真名が発せられる時。その時を、曹操はじっと待っていた。

 

「か……、んんっ。かっ、一刀、殿。んぐっ……。これで、満足していただけたのでしょうか」

「このくらいでは、満足などできぬさ。だが、心が少し満たされたような気がしているのだ。愛紗に、一刀と呼んでもらえたおかげかな」

 

 望外の喜びだった。いまさら、真名を呼ばれたくらいで感じられるとは思いもしなかったことだ。

 真名を呼んですぐに、関羽は下を向いてしまっている。よほど、現在の表情を見られたくないのか。羞恥の限界に達した関羽をよそに、劉備はほほえみを崩さずにいる。姉であり、母のようでもある。いずれにせよ、劉備がつないでくれていなければ、こうなることもなかったのだろう。

 

「よかったですね、一刀さん。ふふっ。愛紗ちゃんだって、ほんとはあなたのことが気になっているんだと思いますよ? だからこそ、わたしがその気持ちに蓋をしてしまっているのは、やっぱり悲しくて。なんで、ちょっぴりお節介を焼いちゃいました。誰とだって、仲良くなれるのが一番ですからね。一刀さんも、そう思うでしょう?」

「ははっ。やはり大きいのだな、桃香は。さすがに、愛紗と鈴々の姉というだけのことはある」

「うわわっ!? や、やだっ、一刀さん……。大きいだなんて、いきなりそんなこと言われたら、わたし恥ずかしいですってば」

「慌てなくてもいい、桃香。どんな勘違いをしたのかあえては申さぬが、そうではないのだ」

「ふえっ? あ、あははっ。ごめんなさい、わたしったら……」

 

 意識したつもりなどなかったが、劉備はなにか感じるものがあったのかもしれない。あえて見ようとしていなくても、豊満な果実が勝手に視界に入ってくることは、事実なのである。

 

「お兄さまたち、愉しそうになにをされているんですの? 仲良く、手などつないでしまわれて」

「あっ。栄華、お帰りなさいなのだ!」

 

 曹洪の声を聞いて、輪の内側から張飛がするりと抜けていく。

 合わさっていた手のひら。気づいたときには、もう離されてしまっていた。結ばれていた時間は、長くなかったように思う。それでも、得られたものは小さくなかったのではないか。

 湿り気を帯びた指先。それを握り込み、曹操は数瞬の間じっと眼を閉じるのだった。

 

 

 乾いた原野。その地表を、騎馬隊が駆けていく。

 (けん)城で補給を受けられたおかげで、呂布の麾下は気力はみなぎらせている。それは軍馬とて同じであり、心なし赤兎も脚が軽いようだった。

 張遼と趙雲が、馬を併走させて言葉を交わしている。

 それでたまに興味のある話題となると、呂布が横入りするといったかたちができあがっているのだった。

 普段なにかと世話をしてくれる陳宮は、激戦となることを予想して、鄄城に残してある。ちょっとした寂しさはあるが、自分のそばには張遼がいて、趙雲がいるのだ。

 麾下にしても、長安からここまで、誰ひとりとして落伍することなく揃っている。それだけで、呂布は満足なのだった。

 

「それにしても、ほんまに身一つで出てきてもよかったんか、(せい)?」

「よいのだ、(しあ)よ。歩兵をともなったのでは、どうしたって脚が遅くなる。いま優先すべきは、主のおられる戦場に、深紅の呂旗を出現させることだけなのだからな」

「ふふん。随分、ウチらのこと買ってくれてるやないか。けども、アンタの戦ぶりも、なかなかやったとは思うけどな」

「一度目は互角。二度目は、完敗だった。兵力の大小こそあったが、結果はいまさら変えられぬことなのでな」

「そうか? せやけど、曹操に(はよ)う会ってみたいもんやな。アンタみたいな女が、惚れ込んでる男なんやもん。(れん)やって、あれで気になっとるみたいやし」

「……んっ。なにか言った、霞?」

「あははっ、気にしんとってくれていいで。ちょっとばかし、曹操のこと話しとっただけや」

 

 張遼の明るい声が響く。

 曹操軍が正面から全兵力をもってあたり、遅れてあらわれた呂布軍が敵の後背を突く。それが、作戦の基本的な流れだった。

 並んで調練を行ったわけではないから、戦のやり方は単調なほうがいい。曹操が寄越してきた提案に、呂布自身も同意していた。

 小難しいことを考えなくてもいい戦は、久しぶりだった。守りが苦手なわけではなかったが、やはり攻めるほうが好きなのである。どこまでも拡がっている原野。麾下の騎兵たちも、こうやってみなで駆けているのが嫌いではないのだ。

 野戦の動きを確認するように、縦列だった騎馬隊が、横に大きく拡がっていく。余計な部隊が付随していないから、すべて思い描いた通りの動きをすることができている。趙雲は、そこまで見越して自分だけついてくることを決めたのかもしれない。

 

「星。曹操、子供ができた?」

「うむ。軍師殿との間に、はじめての御子がな。まことに喜ばしいことではあるが、無念でもあるのだ。そう感じているのは、たぶんわたしだけではないと思うぞ」

 

 わざとらしく、趙雲が顔をしかめさせている。

 自分には、よくわからない感覚だと呂布は思う。

 野良猫のように突然やってきた、程昱から教えられたことがある。子ができた荀彧と同じような関係を、曹操は幾人もの女と築いているようだった。程昱もそうなのだろうが、それが悪いことだと呂布は思わなかった。

 一緒に過ごしていて、心の安らぐような存在。それが多数いるのだから、曹操はきっと幸せ者なのである。自分にとっては、月たちがそうだった。

 放浪生活も嫌いではなかったが、麾下たちのことを考えれば暮らしの保証を得られたのは大きかった。また、曹操に返すべき礼ができてしまったようなものだった。

 だが、そんなつながりは誰かとの縁を結ぶことだってある。かつてあった戦。そこで自分が曹操を斬っていれば、こうして趙雲とくつわを並べることなど、ありはしなかったはずだ。

 

「……ん。星も、曹操の赤ちゃんほしかった? ほかのみんなも、星と同じ?」

「当然であろう。特に夏侯の両人などは、主に対する思いがひときわ強いのでな。口にはあまり出さぬが、相当悔しがっているのだと思う」

「赤ちゃんは、ちっちゃくてかわいい。みんなでかわいがってあげれば、みんな幸せになれる」

「おっ、ええこと言うやないの、恋も。あのツンツン軍師ちゃんの子供かって、曹操の子であることには違いないんやろ? だったら、あんたらみんなで育ててあげればいいだけやないか。子供のほうも、見てくれる親がたくさんいてくれるほうが、安心できるやろうし」

「ふっ、無論だ。われらも、母としては素人同然なのだからな。誰かの子の世話をすることで、学んでいかなくてはならんのだよ。それにしても、天下に名を轟した飛将軍の本性が、これほどまでに愛らしいものだとはな。主が興味を持たれるのも、わかる気がする」

「せやろせやろ? もしウチが男やったら、真っ先に愛の告白してるとこやったわ。もっとも、恋は(ゆえ)にぞっこんやから、振られてまうのが関の山やろうけどな」

「霞。月のことは、そのくらいでいい」

「おっと。すまん星、いま言ったことやけど、忘れてもらえると助かるわ。帰ったら、酒の一杯でもおごったるから」

「それは構わんが、隠し事などしていても、あまり意味があるとは思えぬがな。それと理解していようが、わが主を侮るでないぞ?」

 

 荀彧たちはまだいいが、曹操は月と何度も顔を合わたことがある。だから隠し通せるとは思っていないし、ずっとそれでいいはずがないことは、呂布もわかっていた。

 賈駆は反対するのだろうが、月のことは曹操に伝えたほうがいい。自分たちは、ただでさえ身を寄せている立場なのである。それに曹操にあるのは、なにも優しい一面だけではないのだろう。

 長安に向かう董卓軍。その追撃を単身でやろうと決めたことなど、戦に縣ける狂気を曹操が宿していなければ、とてもではないができることではなかったのてある。

 

「……わかってる。曹操は、前よりずっと強くて、大きくなった。いまの恋たちは、前とは違ってちゃんとお願いしないといけない立場。だから、星が心配する必要なんてない」

「そうであったか。ならば、これ以上はなにも言うまい。だが、なにか問題があれば、いつでも頼ってくれて構わんのだからな? 曹操軍の将としてではなく、個人としての意見を言えば、おぬしたちのことを気に入っているのだよ、わたしは」

「……うん。ありがとう、星」

 

 五百の騎馬が、丘を駆け上がっていく。

 軍団同士のぶつかる、闘気のようなもの。それが、肌を刺すように伝わってくるのである。向こう側では、きっと戦闘がはじまっているのだろう。

 放っていた斥候が、もどってくる。呂布の感じていたことは、正しかった。

 

「うっし。アホな話するのは、このへんにしとこか。敵さん、そろそろ見えてくるみたいやで」

「恋が、前に出る。ぶつかってもいいけど、絶対に止まっちゃだめ。首なんて、奪ろうとしなくていい」

 

 方天画戟を握り込む。

 小さくまとまっていく騎馬隊。するべきことは、駆け抜け、蹴散らすことだけだった。

 丘の頂上に出たのを見計らって、呂布は差し上げた方天画戟を横に寝かせた。まずは、眼下に布陣している敵軍を、逆落としに討つ。麾下の士気は、十分に高まっていた。

 加速する赤兎。砂塵を斬り裂いて、深紅の呂旗は戦場に雄々しくはためいている。

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