文中の表記を真名に変えてますが、ちょっとした実験みたいなもんです。
戦陣ではない場所で過ごすのは、数ヶ月ぶりのことだった。
黄巾軍の大半には、青州への帰還を約束させてある。叛乱に参加していた農民たちが欲しているのは、安穏な暮らしだけだった。その程度の要求さえ、腐敗した役人には届かない。だから、誰しもが立ち上がることを選ばざるを得なくなった。
それらの要求に対し、いまはなにもしてやることができない。
だからというわけではないが、戦のためにかき集めた糧食だけは、ほとんど分け与えてやっている。青州にもどれば、黄巾軍はただの農民となる。そして、再び荒れた土地を耕さなくてはならないのである。ある意味、餞別と言っていいようなものだった。
ただし、いつかは青州を、自分の支配下とする時がやってくる。その時には、すべての民に平穏な暮らしを与えてみせる。不正に怒りの拳を突き上げるのではなく、日々の生活のために、汗を流して田畠の耕作に打ち込めるようにしてみせる。
そう約束し、曹操は陣を払った。
交渉にあたらせていた
どうして、今頃になって戻ってきた。そんな声もあったのだと、
結束を、捨てる必要はない。なにを大切にし、なにを信じるも勝手とする。もとより、人の心を縛り切ることなどできるはずがない、と曹操は思っているのだ。
そのうえで、暗い気持ちを発端とする叛乱の先には未来などないということを、人和は滔々と語って聞かせたのだという。
そこには、確かな愛情があった。降伏勧告というかたちで迫れば、戦は現在も続いていたことだろう。稟が最後まで補助役に徹してくれたことに対し、人和は謝意を述べていた。それだけ、胸に期するものがあったに違いない。無益な闘いに、終止符を打つ。そのけじめは、自分がつけるべきだとも人和は感じていたのかもしれない。
結局、和議を受け入れる証として、黄巾軍は五万の兵を差し出してきた。五万は全員が曹操の直属となり、それだけで軍団を形成することとなる。天下平定。その目的が達成されるまで、武器を置くことを許されない兵士たちだった。
青州兵。それが、曹操軍となった五万につけられた、新たな呼び名である。
「いかがでしょうか、一刀さま? このあたりなど、特に凝り固まっていて。んっ、んしょっ……」
「ああ、いい気持ちだ。それにしても、
「えへへっ……。お褒めくださり、ありがとうございます。ですが自分の技など、ほんとうに素人に毛が生えたようなものなんですよ? 氣の流れを読むことさえできれば、このくらい誰にもできるようになるはずですので」
閨。寝台の上でうつ伏せとなり、曹操は凪の指圧を受けていた。
肌に触れながらでないと意味がないらしく、上半身は裸である。指。探るような動きだった。腰のあたりで止まったかと思うと、いきなり強い力が込められた。普段であれば冗談のひとつも言っているのだろうが、凪は真剣そのものなのである。だから、茶化すようなことはしなかった。
「ぐっ、ううっ……。いまのは、なかなか効いたぞ、凪」
「そうではないかと、思っておりました。少しくらいなら平気ですが、滞った氣は時に悪さをしてしまうんです。一刀さまは、特に常人よりも強大な氣を持つお方ですから、たまにはその巡りをよくして差し上げたほうがよろしいかと。例えるならば、これは呼吸と同じです」
「そうか。くっ、ははっ……。ならば、遠慮せずに続けてくれて構わない。しばらく、俺の身体は凪にあずけよう」
「承知、いたしました。ならば自分も、一刀さまのご期待に応えられるよう、全力で参ります」
また、指が氣の滞りを探るように動いている。
突くべき点。それが眼に見えているのかと思ってしまうほど、凪は的確に指を押し込んでくる。
普段とは、まるで正反対の立場に追いやられているような感覚だった。凪に氣の滞りをほぐされていると、つい女のような声をあげそうになってしまうのである。凪は、どこかでこの状況を愉しんでいるのではないか。そう思いたくなるくらい、曹操は身体を好きなようにされていった。
「つぎは、仰向けになってくださいますか、一刀さま。あっ、どうかお気をつけください。ほぐしたばかりの箇所は、いきなり力を込めると危険ですので」
「凪に触れられていると、不思議な感じがしてならないのだ。もう少しで、眠ってしまうところだったのかもしれん」
「ふふっ。いいんですよ、眠られてしまっても。とにかく、全身を弛緩させていてください。そのほうが、指も入っていきやすくなりますので」
「そんなものか。はあっ……。んっ……、うぐっ」
凪の声に耳を傾けたまま、曹操はゆっくりと眼を閉じていった。
腕、さらには腿の付近を揉みほぐされているのか。大きな滞りは、あらかた消えてしまっているのだろう。だからか、痛みのようなものは、もうほとんどなかった。
「んっ、しょっ……? あっ、あわわっ。えと、これはどうすればっ……」
なにかに包まれているように、温かい。そんな心地よい感覚が、下腹部からじんわりと全身に拡がっていくようだった。
眠りが近づいてきたところで、凪は指の動きを止めてしまう。何事かあったのかと思い、曹操は口を開いた。
「なにか、問題でもあったのか? あと少しで、眠ってしまえそうだったのだが」
「い、いえ!? その、なにか問題があるというわけではないのです。むしろ、殿方といたしましては、健全な証と言いましょうか」
凪の恥ずかしそうな言い方で、曹操はようやく気がついた。
身体がなにを勘違いしたのか、指圧の心地よさで一点が大きく隆起してしまっているのである。もっとも、氣の滞っている箇所。凪の言葉を借りるのであれば、そう考えるのが自然なのか。
おそるおそるといった感じに、凪が勃起したそこに触れてくる。強い使命感。あるいは、自分を思ってくれての行動なのかもしれない。
眼を開けてみると、真っ赤に染まった顔がそこにはあった。近くにいる機会が多い反面、凪との関係はまだそこで止まったままだった。
「あ、あの、お辛いですよね、一刀さま? ここ、こんなに張り詰めてしまっているんですから……。もし、もしですよ? 自分のような者でもいい、とおっしゃっていただけるのならば、わたしはあなたさまに……」
真っ赤な顔をさらに赤く染めて、凪は決意の言葉を述べていった。
もちろん、断る理由などどこにもなかった。凪とも、いい加減主従を越えた関係を結んでも、いい頃合いなのである。そう思うと、眠りかかっていた感情が、急速に高揚していった。
身体を起こし、凪の指に触れてみる。温かいというより、熱いくらいになっていた。それだけ、緊張してしまっているのだろう。視線すら、合わせようとしてくれないくらいなのである。
「ここは、どこよりも敏感な場所だと聞いています。ですから、ずっと優しくほぐして差し上げるべきですよね?」
緊張に顔を引きつらせながらも、凪はふくらんだ男根にあてた指を上下させている。
薄い布。勃起した男根のかたちが、くっきりと浮き上がってしまっている。友人たちから、奉仕の方法については聞いているのかもしれない。
熱くなった手のひらが、反り返ったものを包み込んでくる。感じている刺激としては、それほど強いものではなかった。とはいえ、そこには凪の自分に対する愛情が込められているのだった。それを感じさせられて、嬉しくならないはずがない。
「いけないな、これは。奉仕までしてくれるとなっては、夜毎凪を呼びたくなってしまうではないか」
「わ、わたしでしたら、いつでも呼んでくださってかまいません。んっ、ふうっ……。一刀さまのここ、どんどん固くなって、ほぐすどころではありません。どう、なのでしょうか? 自分では、うまくできているのかわからないものですから」
「俺の反応を見ていれば、わかるだろう? 手の中の居心地がいいから、無粋にもそこを大きくしてしまっているのだよ」
「えへへ……。そう、なんですか? んしょ、んんっ……。上下に、緩急をつけて擦っていくのがいいんですよね? あんっ、ああっ……。ここ、血流がよくなっているのがわかります。これなら、氣が滞ることもないと言っていいのかもしれません」
「もっと、よく確かめてみてはもらいたいな。肌に触れながらでないと力を発揮しきれないと言ったのは、凪のほうであろう?」
「んっ、ああっ……。こ、ここに、指で触れてほしいのですね、一刀さまは。でしたら、自分も覚悟を決めることにいたします。い、いきますよ?」
「ああ、いつでもいいぞ。凪の持っている術を、すべて味わわせてもらおうではないか」
凪が、下腹部を隠している布に手をかける。
緊張が、こちらにまで伝わってくるようだった。ふるえる指先。先ほどまで見せていた自信は、すっかり潜んでしまっていた。けれど、なにごとも踏み出さなくてははじまらない。凪にとっては、これが最初の一歩なのだろう。
「はーいどうも。ご主君さま、ご機嫌はいかがでしょうかー」
地肌があらわになるまで、もう少し。
そう思っていた刹那、甘い緊張は場違いな大声によってかき消されていく。
「う、うひゃあっ!? どっ、どうして
「むむむ? 軍師である風がご主君さまのもとを訪れるのは、至極当然なのではないでしょうか? くふふっ。そういう凪ちゃんこそ、ご主君さまといけない遊びをされていたのではー?」
「い、いやっ、自分はただ、一刀さまのお身体を楽にして差し上げようとしていただけで」
「ほうほう、身体を楽に? ふむ、それで最後の仕上げとして、おちんちんさんを気持ちよくしてあげようとされていたんですねー? これは風としたことが、なんとも気の利かないことをしてしまったようです。申しわけないのですよ、凪ちゃん」
このあたりの傍若無人さにかけては、風の右に出る者などいないだろう。
ほんとうに用件があって訪れたのかもしれないが、凪は風の発する平坦な声色に振り回されっぱなしだった。興奮しきりだった身体も、段々と落ち着きをみせはじめている。
開け放たれた扉。その中央から、遅れてやってきたひとりが姿をあらわした。同じ軍師でも、常に飄々としいる風とは、雰囲気がまったく違っている。つんと立ち上がった猫耳頭巾。それが、虫の居所の悪さを示しているようだった。
「帰ってきて早々、馬鹿やってんじゃないわよ。凪も、こんな変態の要求に、いちいち付き合ってやらなくたっていいんだからね」
「むっ……。わたしは、べつに無理矢理従わされていたわけではないのだが……」
「ははっ。そうやって凪を困らせるものではない、
「うっさいわね。ったく、誰のせいでこうなったと思ってるのよ、誰の? それでアンタは、その盛りのついた汚らわしいものを、さっさと引っ込めたらどうなの? ほんと、これだから男ってやつは」
もともと体格の小さい桂花であるだけに、大きくなった腹がやけに目立ってしまっている。
これまで着用してきた衣服は、きつくなってきたのだろう。頭巾の意匠こそ同じだが、それ以外の部分は気分転換も兼ねて変化をつけているようだった。立ち上がり、曹操は唇をとがらせたままの桂花に近づいていった。
「それについては、間違いなく俺のせいだと言えよう。戦に出ている間、身体の調子は平気だったか? 気にはなっていても、書簡を寄越すと、余計に機嫌を悪くしてしまうのではないかと思えてな」
「ふんっ、なによそれ。下手な気遣いなんてされなくても、わたしは元気にやっていたっての。こっちは、子供じゃないんだから」
「……ン、違いない。桂花や風が後方で支えてくれていたから、俺は全力で闘うことができたのだ。
「あら、わかっているじゃない? だったら、文官の育成にもっと力を注ぐべきね。あの時だって、風が手一杯になっていたせいで、わたしが駆り出されることになったんだから」
「ふむ、桂花ちゃんのおっしゃることには、一理ありますねえ。風も、本質的に言うと忙しいのがあまり好きではありませんから。ご主君さまには、か弱い風を三食昼寝付きで、大事に養っていただきたいものです」
頭をかわいらしく横にかたむけて、風は要望をぶつけてくる。
確かに、言っていること自体は間違っていなかった。これまでは一郡の太守に過ぎなかったが、以降は兗州統治に本腰を入れる必要があるのだ。そのためにも広く人材を集め、実務を担うことのできる官僚を育てていかなくてはならないのだろう。
戦乱は土地を枯らし、人を遠ざけてしまうものだ。これからは、その真逆をやる。各地の平定を狙うためにも、まずは兗州を富ませることだった。
「それはそうと、少し散歩でもいたしませんか、ご主君さま? ちょっと、お見せしたいものもありまして」
「見せたいものとは、もしや
「くふふー。凪ちゃん、大正解なのですよー。ですがまあ、それは見てのお楽しみということで。参りましょうか、ご主君さま?」
「いいだろう。しばらく離れていただけに、俺も
着物をしかとまとい、曹操は出かける準備を整えていく。
すぐ後ろから、渋々といった様子の桂花がついてくる。実際、体調は落ち着いているのだろう。辛い部分がいまはないから、文句を言いつつも追いかけてくるのだ。
桂花のちょっとひんやりとした手を引いて、曹操は歩いていく。昼間の陽気が、どこか優しかった。