※この作品はR-18です。

恋姫異天記~曹操伝~   作:KKS

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十三 交差する思惑

 曹操軍が彭城周辺に現れ、愛紗(あいしゃ)たちの率いる守備部隊との戦闘を開始した。夏侯惇や馬超の攻めは熾烈だったが、劉備軍はうまく持ちこたえることができている。

 兵力をまばらに配置することは避け、なるべく一箇所に集中させる。分散していては、各個撃破、もしくは調略によっていいように扱われていたことだろう、と朱里(しゅり)は思う。作戦を任された自分や雛里(ひなり)がいくら考えを絞ったところで、実際に人が動かなければ意味をなさなくなってしまう。徐州の諸豪族たちを完全ではないとは言え、短期間でまとめあげた桃香(とうか)の手腕は評価されるべきものだった。手腕と言うより、やはりあの人の備える生来の大らかさが、不安に苦しむ徐州の者たちを安心させたのだろうか。

 空の器。朱里から見て、桃香の現状はそんなところだった。曹操のような飽くなき野心を抱えているわけではなく、ともすれば掴みどころがないと言っていい存在なのではないか。まだ何にも満たされていない器。しかし、その大きさだけが尋常ではないようにも感じられるのだ。中山靖王の末裔。桃香は冗談混じりに語っていたが、それも案外四方山話ではないのかもしれない、と朱里はふと思う時がある。

 前線から離れた劉備軍本営。陣中での処理を終え、朱里は出立の準備を整えていた。

 

美花(みーふぁ)さんから報告だよ。袁紹さんが、ついに動いてくれたみたいだって。頑張りが届いてよかったね、朱里ちゃん」

「うん、雛里ちゃん。袁紹さんは、ちょっと決断力に欠けるお人だって聞いていたから、強めに念を押したのがよかったのかも。(とう)さんから教えてもらった情報だけど、あの方は曹操さまのことをずっと気にかけている。だから、なんとか動いてくださるかも、とは思っていたのだけれど」

「味方、してくださるんだよね……? 袁紹さんの動き次第で、徐州はどうにもならなくなる。もし、逆に挟撃されるようなかたちになったら、私たちに打てる手なんてないよ」

 

 雛里が、ちょっと不安そうに俯いた。

 袁紹出馬。確かに、雛里の抱く恐怖もわからなくはなかった。ただ、領内を見た限り、袁紹はよく民心を得ているようだった。名門としての威光。それ以外にも、袁紹には面倒見の良さがあると燈は話していた。ああ見えて、意外と人格者としての一面があるのかもしれない。そんな袁紹が、徐州殺戮に加わることはあり得ないのではないか。朱里は、声をかけた時点でそう踏んでいた。

 

「ごめんね、雛里ちゃん。正直に話せば、私はどっちだっていいって思っているの」

「あわわっ……。それって、朱里ちゃん……?」

 

 雛里が、今度は驚いたように声を上げる。

 

「あっ、誤解させちゃったのならごめんね? だけど、袁紹さんが徐州側につかなくても、もしかしたらって考えることがあるんだ。あの方は、曹操さまの小さな頃からのご友人でしょう? 結局のところ、戦はなにも解決してはくれない。私は、そんな風に感じているの、雛里ちゃん」

「そっか……。うん、わかったよ、朱里ちゃん。実際に、袁紹さんと会ってきた朱里ちゃんがそう言うんだったら、私は信じるしかないんだもん。きっと、大丈夫……だよね?」

「えへへっ。ありがとう、雛里ちゃん。それじゃあ、私そろそろ行くね? 全体への指示、大変だろうけど頑張って」

「うん。私たちが徐州軍で働いていること、そろそろ向こうにも勘付かれている頃合いだと思うの。だから、朱里ちゃんも気をつけて」

 

 頷き合ってから、朱里は営舎を後にした。

 彭城近辺に構築した防衛網の効果もあって、徐州軍は攻撃を耐えられている。とはいえ、いつまでも防戦一方となれば気持ちの面でも辛くなってくる。それに、袁紹の到来までに、曹操軍の出足を一度くじいておく必要もあるのだろう。後方の撹乱を含めて、動いていい時期だと朱里は感じていた。

 

 

 想像していた以上に、徐州軍はよく防衛に努めている。前線の将でも、気負いの少ない(すい)香風(しゃんふー)は別として、この一戦に入れ込みすぎている春蘭(しゅんらん)などは、かなり苛立っているのではないか、と(えい)は危惧していた。

 徐州攻めに同行している者で軍師格なのは、(りん)と自分の二人だけだった。曹操が遠征に出かけている間、兗州内部に目配りする人間は必要になってくる。そうした意味でも、桂花(けいふぁ)(ふう)が留守居を命じられたのは順当な人事だった。

 彭城北部に陣を置いて、七日になる。徐州軍は、ここと郯を下邳で結び、徹底抗戦の構えをとっている。劉備を中心に据えたことで、全体の統制は取れるようになってきてもいる。ここでの戦に、あまり時間を取られている場合ではない。そのことを、曹操が理解していないはずがなかった。

 広く国中を見渡せば、自分たちの競う相手は徐州だけではないのだ。特に、南の孫堅の動きには注意を払うべきだった。

 

「少しいいですか、詠」

「ええ、どうぞ。それで、体調の方は平気なの、稟? あんまり無理したって、ためにならないと思うけど」

 

 営舎の中に稟を出迎えると、詠はその顔を覗き込んだ。

 風から聞かされていたが、急に鼻から血を吹き出す性質のせいもあって、稟の身体は頑健なものだとは言えなかった。行軍に邪魔な雪が消えたとはいえ、流れる空気にはまだまだ凍てつくような寒さが残されている。当人は否定していたが、その中での参陣で体調を崩していたとしてもおかしくはなかった。

 

「私のことなど、どうだっていいのです。それよりもこの数日、後方からの兵糧の供給に、やや滞りが見られます。そのことが、どうにも気になって」

「徐州軍が、何度か仕掛けてきているようね。だけど、まだこっちには余裕がある。対策は、しておくべきだとは思うけど」

 

 大軍の遠征には、それだけ多くの食糧が入り用になってくる。全体で百万を数えた青州黄巾軍も、最終的にはその枯渇によって負けを喫している。兵力とは、闇雲に増やせばいいものではなかった。

 彭城到達までに、手頃な空城をいくつか接収済みだった。自分たちの食糧は、その数箇所に小分けにして運び込んである。専用の部隊を配し、防備にも抜かりはないはずだった。その上で、稟は今の状況に違和感を持っているのか。詠には、まだその正体がわからなかった。

 

「この短期間で徐州軍、というより劉備軍は緻密な戦をするようになっています。関羽や張飛の武勇はわが君も認めているところですが、それとはなにかが違っている。劉備にも、軍師がついたと考えるべきでしょう」

 

 そこまで言って、稟が大きく咳き込んだ。思ったように、今は身体を休めるべきではないのか。手を当てた稟の額は、じんわりと熱くなっている。

 

「心配をかけてすみません、詠。ですが、私は本当に平気ですから」

「ったく……。悪いって思うのなら、今日一日はここでじっとしていなさいよね? 一刀殿への報告は、ボクがしておくから」

「んっ……。えっ、ええ。それでは、よろしくお願いします、詠」

 

 半ば押し切るようなかたちで、稟を胡床に座らせてしまう。

 無理をして苦しんでいる誰かを見ているのは、もうたくさんだった。鄄城にいる(ゆえ)の顔を、ちょっと思い出してしまう。前回豫州を旅した時とは、わけが違うのだ。この戦を終えるまで、自分たちは戻らない。その覚悟は、全員が出来ているはずだ。

 曹操を支える。月のためだと思ってはじめたことが、いつしかそうではなくなってしまっている。不思議な感覚だった。月以外の誰かに本気で仕え、気持ちが充実している。愛されて嬉しい、と素直に思えてしまう。

 天命。そんな言葉ひとつで、片付けたくはなかった。

 気持ちが切り替わったからか、稟は少し落ち着いたようだった。

 

「それで? 劉備につくような軍師。目星は、ついてるんでしょう?」

「諸葛亮孔明。私は、そう見てまず間違いないと思っています。確か、詠が豫州に行った際は家を留守にしていたそうですね。友人である鳳統も、一緒なのでしょうが」

「どこまで行っても、その名前が出てくるのね。諸葛亮か。一刀殿と、おかしな縁があるのかも」

「そう、なのかもしれません。桂花ではありませんが、あの時どうにかしておくべきだったのでしょう。わが君のかけたお優しさが、どのような物となって返ってくるのか。私にも、それはわかりかねます」

 

 劉備、関羽、そして諸葛亮。かつて紡いだ縁に、曹操は絡め取られようとしているのか。

 相手が陶謙だけなら、難しい戦ではなかった。それが劉備の台頭により、全てが変化しつつあるのだ。滞陣が長引けば、国許で不穏分子が生まれる可能性だって少なからずある。それが、乱世の宿命だった。

 

「邪魔をするぞ、詠。稟もこちらにいると聞いて、やって来た」

(せい)? 悪いけど、ボクのところにはお酒なんて置いてないからね。まっ、今はさすがにそこまでの余裕なんてないでしょうけど」

 

 立ち上がろうとする稟を、星が手で制している。不調であることは、以前から知っていたのだろう。かねてからの友人ならば、心配して当たり前だった。

 

「悪いがその通りでな、詠よ。今しがた、急使が飛び込んできたのだ。その者の話によると、なんでも後方の城がひとつ焼き払われたそうでな。それで、主が二人をお呼びになっているというわけだ」

「やってくれますね、あちらも。この分だと、休んでいるゆとりなどありはしないか。残念ですが、詠」

「うん、こうなったらしょうがないか。だけど、絶対に無理だけはしないこと。いいわね、稟」

「わかっていますよ。私だって、子供ではありませんから」

 

 集めていた兵糧を焼かれた。徐州軍は、元よりそのつもりで城を残しておいたのか。破却されていなかったことを、疑ってかかるべきだった。地の利は相手方にある。糧道については、もう一度考え直すしかなかった。

 

「それにしても、諸葛亮か」

 

 まとわりつくような感覚。肌に生じた粟を振り払おうと、全身を身震いさせた。この奇襲は、なにかの始まりなのではないか。この時の詠には、そう思えてならなかった。

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