Bella Notte - 美しい夜 - 作:ウィル・オ・ウィスプ
#2 これは夢だと信じて疑わず、蓋をしただけ
トラファルガー・ロー。
もっと長い名前だった気がするけれど、熱の出ている身体では、いまいち思い出せない。
前世の記憶を生まれた時から持っていたせいか、それとも俺というイレギュラー故か、俺の口は簡単に違う話を交互にだったり一定にだったりと異常地味過ぎた。
その癖は父と母の二人だけだったので、二人は揃ってローは大好きな人に沢山お話したい優しい子なのだと嫌うことなく抱き締めてくれた。
眠る時、どんな物語が好きだったのかと聞かれれば似たような話や同じ話があると微笑んで、俺の知らない絵で描かれた本で読んでくれた。
妹含め、家族が大好きだった俺は、いつも色んなピエロの話をお願いした。このピエロは、トラファルガー・ローが命の大切さだったかを貰ったと話していた気がするけれど。
街を出る。雪の中、ふらふらと歩く俺の背中は白く埋もれていてよく見えないかもしれない。
振り返れば戦火が遡り、俺が気絶する前から聞こえていた悲鳴や怒号は殆ど響いて居なかった。ふらふら、ふらふら、と俺の声はオペオペの実を何度も呟いている。
眠いな、と思う。でもこの眠さは明らかに危険なサインだったから、落ちていた瓦礫の中から硝子を拾って、腕を刺す。
多少なりともスッキリした目を開けて、ふらりと海へ落ち。
そこは知らない場所だった。
知らない天井ではなく、本当に知らない場所。雪山ではないのだから、それは一目瞭然だろう。
振り返る。何も無い。
途方もなく歩き続けると、そこにはなんとあのオペオペの実がある。思わずヒェ、と喉から音を漏らした。
手に取って、顔を染める白を先程の硝子で写してそのまま落とした。キリキリ耳障りな音と同時に思い切って一齧り。
不味い、口の中から汁を零しかけて土っぽい匂いしかしない袖で抑えつつ、殆ど噛まずに飲み込む。
頭を撫でられる感触にはあ、と息を吐いて顔を上げるとそこは雪山だった。赤子のように毛布に包まれて、木の影に隠れている。
ぼんやりと顔を上げた。先程と変わらず。満月の夜が俺を照らしているものだから。
俺はあの後もう一度街に戻ってから新しく服を着替えた。
下に着るシャツと、ワイシャツ、ネクタイ。長ズボンと、パンツと医学書と、海兵に遭わないように願いながら体を縮めて母の持っていた宝石を箱事持ち出した。
結婚指輪は生憎と鉛だったので諦める。その代わり、ラミが産まれてきて間もない頃の写真を入れたロケットペンダントを首に下げた。
父親の旅行鞄を持ち出して、押し込んで行く。元々綺麗に畳まれていたから、一人だけなら苦労もない。
ただ、もし俺が選ばずに済むのなら。逢えたら良いのにな、と希望を抱く。
知り合いにも勿論大きな背丈の男がいるし、患者さんが来る時もあって大きな大きなサイズ。
下着と詰襟のシャツとセーターと、ズボンと、靴下と……確認しながら隙間隙間に押し込んで、父の使っていた診療鞄を持ち上げた瞬間に、ガタガタと足音が拡がって、飛び上がりそうになった。
急いで往診鞄の斜め掛けを首に通して、旅行鞄を持ち上げると絨毯のある部屋を選びながら音から離れた。
カーテンに隠れながらも外を確認。取り囲んでいる訳では無いから、外へ旅行鞄を放り投げると思い切って塀へと飛び降りて、雪に向かってもう一度、いや、小石サイズの瓦礫を拾い上げて放り投げる。
「るーむ?……しゃんぶるず」
小さく小さく告げた言葉が、力となって発動した。瞬間、その場と入れ替わった体に呆然として、俺の幻だろうと踏んでいたのに。
口の中に確かに歯に挟まる苦味があった。寒くて寒くて仕方がないけれど、今は夜。さっき見上げた満月のクソやろうに八つ当たりをして、俺はこの島から逃げ残る船があることを願いながら反対側の港町へと駆けだした。
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