※この作品はR-18です。

優しき日輪と鬼殺隊の美蝶   作:蓮紅

14 / 65
※キャプション必読・リクエストに関しての説明あり
*神崎アオイについてオリジナル設定あり。
・鬼滅の刃原作に関するネタバレあり。原作未読の方は閲覧注意。
・鬼滅の刃二次創作小説です。
・原作・キャラクターの性格・設定等改変の可能性大。一部キャラ崩壊注意。
・思い付き次第で何度も編集を繰り返す可能性大。お時間がある時で良いので、良ければ読み返してみて下さい。
・誤字脱字等のミス・内容の矛盾等の指摘は大歓迎。理不尽なクレームは受け付けません。
・コメント・メッセージは創作意欲の燃料になります。コメント・メッセージの返信は必ずさせて頂きますのでどしどし御投稿下さい。
・SS内容に関してはネタパクリと言う名の盗作を間違えてしないよう気を付けてますが、もし私が投稿した作品が既に別の作者様と内容が酷似していた場合、メッセージにて御連絡下さい。

※リクエストに関して
メッセージにてリクエスト内容を御連絡下さい。
以下規約参照
・100%受け付けられると保証された訳では御座いません。
・炭治郎×鬼滅女子のみ。
・作者は遅筆で怠惰癖あり。またリアルの都合や他SSの執筆で投稿が遅くなる可能性大。
・CP、全年齢かR作品か、ネタの内容を御記入下さい。ネタの内容が詳細で有れば有る程、筆が進むので御協力をお願い致します。


第拾肆話 藍蝶は日輪への秘めたる想いを告白す

東京府・某所

 

大正二年(一九一三年) 三月十一日(火)

時間帯:朝

天気:曇り

 

時刻はまだ昼に差し掛からない、昼前の出来事。一昨日から降っていた雨が止み、されどまだ分厚い雲が漂う大空の下、雨水で泥濘んだ街道をガラガラと車輪を転がす音を立て、時に泥を跳ねながら炭治郎は走っていた。

 

それから少しして街道の横に小休止出来る場所を見つけた炭治郎は、時間を掛けてゆっくりを足を止めて人力車を静止させる。

 

「はぁ……はぁ……はぁ。」

 

炭治郎が大粒の汗を流しながら、息を整えるために呼吸を繰り返していた。

 

「はぁ~~……っ。」

 

炭治郎は人力車の支木から手を離して、人力車に載せていた水筒を手に取りゴクゴクと喉を鳴らしながら中身の冷水を飲み干して行く。

 

「んっ……んんっ……ぷはぁ~……美味しい……。」

 

半分程飲み干した炭治郎は、生き返った様に息を吹き返して身体が冷えて行くのを感じた。

 

「……っ。」

 

炭治郎が水を飲んでいると、人力車に揺られて眠っていたしのぶが起床する。両腕を天に仰ぐに様に伸ばして背伸びをしてから、残っている眠気を飛ばすために片眼を擦る。因みにしのぶの隣の座席には、禰豆子が眠っている日除け箱が置いてあった。

 

「……お疲れさまです。炭治郎君。」

 

「おそようございます、しのぶさん。」

 

「……っっ。」

 

しのぶが炭治郎に挨拶をすると、炭治郎が苦笑しながら返答する。可笑しそうに笑う炭治郎を見て、しのぶは恥ずかしそうに頬を少し赤く染めた。

 

「ん、んんっ!……今更ですけど、おひささんから結構な物を貰っちゃいましたね。」

 

「ええ、俺もそう思います。」

 

しのぶが誤魔化す様にある話題を切り出すと、意図に気付いた炭治郎が苦笑しながら肯定した。

 

現在の炭治郎としのぶだが、しのぶは人力車の座席に座っており、その人力車を此処まで炭治郎が引っ張っていたのである。

 

この人力車だが、炭治郎が言う様にひさから手渡された貰い物だ。

 

黒と赤を基調とした落ち着いた意匠(デザイン)であり、車輪も木輪や鉄輪では無くゴムタイヤである。更に折畳式の屋根も、きちんと完備されていた。

 

三人乗りが可能な人力車の中では一番大きい物であり、積載荷重量は三百kgまで可能という上等な代物であった。

 

人力車の車両価格は一人乗り仕様で七十五円(百五十万円)以上、二人乗り仕様で最大九十円(百八十万円)前後、三人乗り仕様ともなれば安くても百円(二百万円)以上と非常に高額であった。

 

当然こんな最高級の上物を無償で提供すると言った話になった際、一悶着があったというのは最早言うまでも無い。

 

しかしそれでも結局、最後はひさの『このまま持っていても死蔵されるだけ。是非使って欲しい。』という言葉に炭治郎達が根負けして人力車を譲り受けて貰ったのだ。

 

当初はひさの使用人から人力車夫も用意されそうになったが、其処は固辞して炭治郎は鍛錬のためと称して人力車夫役を自ら買って出ていた。

 

『ご武運を。』

 

そう言って"切り火"をして厄除けをしてくれたひさに見送られながら、炭治郎は人力車を引いて出発していたのである。

 

「私達を乗せながらでは、やはり大変ではありませんか?」

 

「いや、重さが有った方が走り易かったりします。大変なのは止まる時と走り出す時だけですね。」

 

しのぶの気を遣った発言に、炭治郎はそう言って気にしない様に伝える。

 

炭治郎の発言は気遣いに関係無く、正しいものである。人力車は車両重量だけで百kg以上あるが、一度走り出してしまえば"慣性の法則"に従って重みが速度を維持してくれるのだ。

 

どちらかと言えば車線変更や停止時が難しいものであるため、本業の人力車夫は周囲を常に確認しながら最大でも時速八キロの速度に留めている。

 

余談だが、人力車は一八七〇年(明治三年)に和泉要助、高山幸助、鈴木徳次郎の三人が発明したと言われている。

 

駕篭より遥かに速度が有ってかつ馬よりも安価なこの交通手段は瞬く間に全国に広がり、最盛期の一八九六年(明治二十九年)には二十一万台もの人力車が稼働していたとの記録が残っている。

 

因みに二万人以上居たとされる駕篭かき達は、その大半が人力車夫に転職したと言われている。

 

その後は鉄道や馬車の登場によりその数は年々減少傾向になり、路面電車の普及で更に数が減少し、自転車や自動車の本格的な台頭が来てその地位を明け渡すまでは、人力車は国民の足となり続けるのである。

 

「しのぶさん。出発しますね。」

 

「ええ。蝶屋敷までお願いね、炭治郎君。」

 

「はいっ!」

 

小休止を終えた炭治郎は、再び蝶屋敷を目指して人力車を引き始めたのだった。

 

 

 

 

 

 

夢幻世界

 

 

多種多様な植物や花々が咲き乱れる楽園の如きこの地で、二人の女性が対峙していた。

一人は竹製の口枷を着けた美少女、竈門禰豆子だ。禰豆子は両手に握り拳を作ると、一気に対峙している女性に向かって駆け出した。

 

対峙している女性とは、胡蝶カナエの事である。炭治郎の第二の師匠にして恋人、また義姉に当たる美女だ。

 

正面に立つと、正拳突きを繰り出した。しかしあっさり避けられると、次々と鬼の身体能力に任せて攻撃を繰り出して行く。

 

攻撃されているカナエは涼しい顔のまま、舞う様に躱し、受け流して行く。禰豆子は思う様に行かない事に苛立ちを募らせながら、更に攻勢に出る。

 

しかしその苛立ちが逆に攻撃を大雑把でがむしゃらなものに変えて行くため、状況は悪化して行くばかりだ。そしてカナエは行動に出る。

 

カナエは再び繰り出された正拳突きをしゃがんで躱すと、そのまま足を前に出して禰豆子の姿勢を崩す。禰豆子が前に倒れ込むとそのまま突き出された腕を抱える様に掴んで一本背負いを喰らわせた。

投げ飛ばされた禰豆子は地面に叩き付けられる。その際に花々が散って花弁が舞う。

 

「むぅ〜〜〜〜っ。」

 

禰豆子は悔しそうに声を出しながらバッ! と勢い良く起き上がり、カナエに視線を向けた。

 

「禰豆子ちゃんは武術の心得がないからそれは仕方ないとして、鬼の身体能力に感けてるせいで攻撃が単調で読み易いのよね。」

 

カナエは、禰豆子に微笑みながらさらりと酷評した。何故、カナエと禰豆子が夢幻世界で鍛錬をしているのかと言うと、その理由はカナエにある。

 

日中の間はしのぶの隣で漂うか、夢幻世界に引き篭もっているかのどちらかであったが、炭治郎との邂逅がカナエの意識を変えた。

 

――もっと炭治郎(愛する夫)の力になってあげたい。

 

そう考えたカナエは思案した結果、日中寝て過ごしている禰豆子に目を付けた。もし禰豆子と夢幻世界で会う事に成功すれば、禰豆子を自分の手で鍛えて炭治郎に力添え出来ると考えたからだ。

 

自身の得た能力を手探り状態で使っているのが現状であり、もしかすると炭治郎にしか適用出来ない懸念が有ったが、杞憂に終わった。

カナエは自己紹介も程々に、禰豆子を説得して現在、体術の指導をするに至ったのである。

 

ちなみに、結婚などしていないのだから、当然正式な夫婦ではない。しかし、カナエの中では自身こそ竈門炭治郎の本当の妻。そう言う認識であった。

 

――あなた。あなたが起きている間は、私が義妹(禰豆子ちゃん)を頑張って強くして見せるわ。だからあなたも頑張ってね❤ それからあなたが寝た時は、その瞬間に私は真っ先に義妹(禰豆子ちゃん)夢幻世界(私達の愛の巣) から叩き出して、直ぐに会いに行きますからね❤

 

「……ふふっ❤」

 

カナエは脳裏に浮かべた炭治郎の顔を想像して笑みを零した後、再び禰豆子の指導を再開させた。

 

 

 

♦︎

 

 

 

東京府・蝶屋敷

 

大正二年(一九一三年) 三月十一日(火)

時間帯:朝

天気:曇り

 

 

アオイは走って蝶屋敷の門前へと向かう。なほは後から向かうとの事だ。

 

やっと炭治郎と会える。

 

見送って十日程しか経っていないが、アオイは再会の時間が無事に訪れた事に歓喜していた。しかし、同時に不安だった。

 

――どうか、炭治郎さんがしのぶ様との関係を進展させていません様に。

 

「……っ!…………ほっ。」

 

アオイは懸念が的中しない事を祈りながら走っていると、蝶屋敷の門前に到着した。門前前には、誰も居なかった。その事実に安堵と落胆がアオイに押し寄せる。

 

炭治郎の姿が見れなかった事への落胆と、今自分が懸念している事が少なくとも今、見なくて良いのだという安堵だ。しかし、その安堵も間も無く跡形も無く消し飛ぶ事になる。

 

「…………っ!?」

 

アオイは思わず両眼を見開いた。眼前の予想外の光景に理解が追い付かなかった。

 

炭治郎が人力車を率いて走っていたからだ。そして人力車にはしのぶが乗っていた。

 

「えっ?……ええっ?」

 

思わぬ光景を見てアオイが戸惑う中、炭治郎が人力車を止める。しのぶから日除け箱を受け取って背負い直してから、炭治郎はしのぶの手を優しく取って地上に降ろした。

 

「「……」」

 

「っ!?!?」

 

炭治郎としのぶが手を握った瞬間、視線が交わり頬を赤く染める。そんな二人を見て、アオイは一瞬にして二人の関係を察してしまう。

 

それから炭治郎がしのぶの手を握ったまま、愕然とした様子のアオイに声を掛ける。

 

「えっと、ただいま……アオイさん。」

 

「ただいま、アオイ……どうしたんですかぁ? そんな大口開けてぇ? 折角の美人が台無しですよ?……ふっ。」

 

「……っ!」

 

釈明に困った様に照れながら空いた片手で頭を掻く炭治郎、そして最後に優越感で一杯な様子のしのぶがアオイを鼻で嗤う。

 

アオイは如何にか声を荒げようとするのを必死で抑え、自身を落ち着かせようとする。その間にしのぶが炭治郎に話し掛けた。

 

「炭治郎君。早く禰豆子さんを部屋に連れて行って上げた方が良いのではありませんか? ちゃんとした寝台(ベッド)で寝れた方が、禰豆子さんにとっても良いでしょうからね。」

 

「そ、そうですねっ!……けど人力車はどうしたら……。」

 

しのぶの提案に肯定的だった炭治郎だが、人力車を放置出来ずに困り果てると、即座にしのぶが手を打った。

 

「この人力車はアオイに運んで貰いますよ。結構力持ちですからね。大丈夫ですから、任せて下さい。」

 

「えっと……分かりました。」

 

炭治郎はしのぶに其処まで言われて承諾する。

 

「俺は禰豆子を部屋に連れて行きます。」

 

「はい❤ 後で皆と一緒に食事にしましょうね❤」

 

「はいっ!」

 

炭治郎は元気良くしのぶにそう返答すると、禰豆子を部屋に連れて行くべくその場を去って行く。その後ろ姿をしのぶとアオイは見送って行った。

 

「「………………」」

 

その後に残った二人の間に気まずい沈黙が残る。しのぶは笑顔のままアオイを、アオイは睨み付ける様にしのぶを見ていた。そうしている間に、しのぶの方からアオイに向かって開口した。

 

「アオイ、後で……十三時頃になったら私の指定した場所に来て下さい。」

 

「十三時頃……ですか? その場所とは何処でしょうか?」

 

アオイの質問に対し、しのぶが答える。アオイは指定場所に蟀谷(こめかみ)をピクッと一瞬動かした。

 

「……分かりました。しのぶ様の仰る様に致します。」

 

「宜しい……ああ、一応言っておきますね。遅れる分には構いませんが、指定した時刻より早く来る事は許しません。分かりましたね?」

 

「わ、分かりました。しのぶ様がそう仰るなら……。」

 

しのぶの発言に怪訝そうに思いながらも、アオイは承諾した。それを受けてしのぶは機嫌を良くしてその場を去る。

 

一人残されたアオイは、放置された人力車を蝶屋敷の適当な場所に設置して屋敷に戻って行った。

 

そして三人が揃った食事の時は、食事の前に嘗ての継子達の敵討ちが成し遂げた事、その形見である髪飾りを取り戻した事を報告すると、皆が静かに涙を流して継子達の冥福を祈った。

 

その後は気持ちを切り替えて昼食を始めたが、アオイはしのぶの門前での言葉が気になったせいか、会話にもあまり参加せず食事の味も分からずに終わった。

 

 

 

♦︎

 

 

 

大正二年(一九一三年) 三月十一日(火)

時間帯:昼

天気:曇り

 

 

アオイは食後の小休止の後、後からしのぶに言われて普段着用している白衣を脱いで、鬼殺隊の隊服のみ着た上で十三時丁度に到着するようにしのぶが指定した場所に到着した。

その指定場所とは、機能回復訓練や鍛錬で使用される蝶屋敷の蝶道場だ。

アオイが蝶道場に入ると、其処にはしのぶが正座して待っていて、その周辺には適当に何十本もの木刀が散らばっていた。

 

「お待たせして申し訳ありません、しのぶ様。」

 

「いいえ、時間通りに良く来てくれましたね。アオイ。」

 

アオイは対面する様に一丈(三m)手前まで進み、しのぶと同様に正座する。するとしのぶがアオイに話し掛ける。

 

「聡明な貴女ならもう分かっているでしょうけれど、今から私と手合わせして貰います。」

 

「しのぶ様と手合わせ……それは構いませんが、理由を伺っても?」

 

何故、アオイはしのぶがこの様な真似をするのか理解出来ず、しのぶに質問する。

 

「何時もはハキハキと歯に衣着せぬ物言いをする貴女ですが、自分自身が関わる事には歯切れが悪くなる悪癖があるでしょう?……だからこちらの方が素直に本音を出せると思いましてね。」

 

「……本音を出せる? お言葉ですが、それはどう言う意味でしょうか?」

 

「自分でも分かっているでしょう? それか敢えて気付かぬ振りをしているのか……私が言えるのは、身体を動かした方が時には口で物事を言うより雄弁だと言っているんですよ。鬱憤晴らしにも、多少はなるでしょうしね。」

 

しのぶはそう言うと木刀を拾って構えて見せる。そしてアオイを嗤って挑発する。

 

「さぁ、何処からでも掛かっておいでなさいな? 本当なら、私だって貴女よりも炭治郎君のために時間を使いたいんですからね? さっさと其処らへんに転がっている木刀を適当に拾って準備なさいっ。」

 

「……だったらさっさと終わらせてあげますよ!? 私は今、機嫌が悪いんです! 何処ぞの蟲柱様のせいでねっ!!」

 

アオイはしのぶの挑発が自身に発破をかけるための方便である事は頭では理解し、重々承知しているのだが、感情を制御出来ずに激怒する。

乱暴に転がっている木刀を一本掴むと、ブンッ! と乱暴に一振りしてからしのぶに向けて構える。そんなアオイに対し、ふっと鼻で嗤う。

 

「すうぅぅぅぅぅっ…………シィッ!!」

 

「ッ!!」

 

 

カァン!

 

 

アオイが肺一杯を呼吸で満たすと、真っ直ぐしのぶに向かって突進して強烈な縦斬りの一太刀を浴びせた。それに対し、しのぶは木刀を横向きに構えてアオイの縦斬りを受け止める。

三つ数えた程度の静寂から、しのぶはニタァァァと嗤う。そのしのぶの嘲笑とも解釈出来る嗤いに、アオイの怒りの熱が更に上昇する。

 

「ちぃっ!」

 

アオイは舌打ちしてしのぶから間合いを取る。そして態勢を立て直してから、アオイは再度しのぶに切り込む。数度切り込み、全て最初の縦斬りの一太刀と同様に防がれると、遂に呼吸の剣技を使い始める。

 

 

「ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

 

 

アオイが使い始めたのは"水の呼吸"だった。水面斬(みなもぎ)りやねじれ(うず)滝壷(たきつぼ)と言った剣技を次々と繰り出すが、しのぶは受け止めたり、往なしたりと言った真似はせず全てひらりひらりと躱して行く。

羽織っているカナエの形見である蝶々の羽根を象った羽織も相まって、本当に蝶々が舞っている様である。

 

――相変わらず……カナエ様と一緒で、思わず見惚れて動きを止めてしまいそうになる……。

 

刹那とも言える一瞬だけ間だが、アオイはしのぶに見惚れてしまったため、頭を振り払って更に"水の呼吸"の剣技を繰り出す。

 

 

「ヒュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」

 

 

水の呼吸 玖ノ型 水流飛沫(すいりゅうしぶき)(らん)

 

 

水流飛沫(すいりゅうしぶき)(らん)は厳密に言うと剣技ではなく、歩法である。動作中の着地時間及び着地面積を最小限にし、縦横無尽に駆け巡る事を可能になり、特に足場の悪い場所での戦いに適している。

木刀が乱雑に散らばっている今の蝶道場において、実に適した選択である。

 

アオイは必要最小限の動きで散らばる木刀を避けながらしのぶに接敵し、その背後を取る。アオイは肩まで木刀を担ぐ様にして、思い切りしのぶに木刀を振り下ろす。

 

 

カァァン!

 

 

甲高い音と共に、アオイが後方へ吹き飛ばされる。アオイは空中で後方宙返りを一回華麗に決めて、地面に着地する。

アオイは顔を上げてしのぶを見る。しのぶは右手に持つ木刀を右肩にぽんぽんと当てて、呆れ果てた様子でアオイを見る。

 

「アオイ。貴女は何時まで"水の呼吸"を使うつもりなのですか? 只でさえ"水の呼吸"は貴女との相性が悪くて、適性が低いのは自分でも分かっているでしょう? この私にさえ弾かれる程度の精度しかないのよっ?」

 

しのぶはそう言ってアオイを窘める。するとしのぶは何か閃いた様に木刀を手に持ったまま手を叩いて一度拍手をした。

 

「ああっ! もしかして貴女、炭治郎君と御揃いの呼吸だから、"水の呼吸"を頑なに使っていたのかしら?……馬鹿な事をやっていないで、真面目にやって貰えます? 全く、使うなら()()()"花の呼吸"にして欲しいものですねぇ。」

 

「……っ! こっ……のっ!……でしたらお望み通りにやってあげますよっ!!」

 

しのぶに愚弄されたアオイは激怒して挑発通りに"花の呼吸"を使うために呼吸法を変える。

 

 

「「フゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!」」

 

 

アオイは"花の呼吸"の呼吸法を使ったが、アオイはある事実に気付いて、驚愕のあまり動きを止めてしまう。そしてそんなあからさまな隙を見逃す程、しのぶは優しくも甘くも無い。アオイは直ぐにその迂闊な行動を取った代償を間も無く支払う事になる。

 

 

花の呼吸 肆ノ型 紅花衣(べにはなごろも)

 

 

しのぶはアオイに向かって、大円を描くが如き斬撃を見舞う。アオイは咄嗟に受け止めたため、カァン! と甲高い音を後方へ吹き飛ばされる。アオイはそのまま足から地面に着地して、二丈(六m)程の距離を足で引き摺って止まる。アオイの木刀に一筋の亀裂がビシッ! と入った。

 

「っ!!……っっ!」

 

「吃驚してくれて何よりです。と言うか、私が"花の呼吸"を使うのがそんなに……意外なんでしょうね。私はこの"花の呼吸"を嫌っていましたから……いえ、嫌っていたのは呼吸法ではなく、私自身ですね。」

 

しのぶは語り始める。しかしそれはアオイではなく、()()()()に語り掛けているかの様にアオイは感じた。

 

「私は"花の呼吸"でも"水の呼吸"でも私の筋力では使ったところで鬼の手足を斬り落とすのがやっと……一番硬い頸の部分なんて斬り付けても弾かれてしまうか、最悪日輪刀(かたな)がへし折れてしまう……。」

 

しのぶはそう言うと悔しそうにぎゅっと木刀を強く握った。しのぶは語り続ける。

 

「だから私は"蟲の呼吸"を編み出した。毒で鬼を殺す力技に使う決断をした。でも本音を言えば、"蟲の呼吸"が一番嫌いで……私はカナエ姉さんと同じ"花の呼吸"を使って鬼と戦いたかった……カナエ姉さんが逝ってから私が仕方なく継子達に指導したけれど、本当は苦痛で仕方が無かった……。」

 

そう言ったしのぶにアオイは嘗て見たある光景を思い出す。それは生前いた継子の一人がしのぶに"蟲の呼吸"を指導して欲しいと頼み、それを聞いたしのぶが激怒してその継子に向かって怒号を浴びせたからだ。

その時はまだ生きていたカナエが間に入って取り成したおかげで、如何にかその場は治まったが、あの出来事以降は蝶屋敷では"蟲の呼吸"が禁句(タブー)になったのを良く覚えている。

あの当時、偶然その戦慄の現場を目撃した自分が動けなくなった程、しのぶの怒りは凄まじいものだった。

 

「……でもそれは昔の話っ! カナエ姉さんの事は今でも大切だし、敵討ちだって忘れていませんっ! 呼吸法だの鬼の頸が斬れないだの、そんな些細な事なんてもう気にもしていませんよっ!……だって私にはこの世で一番大切な人が……炭治郎君が出来ましたから……っ❤」

 

「っ!?」

 

アオイは驚愕してしのぶを見る。しのぶは顔を赤く染めながら、空いた左手を左頬に添えてうっとりとしていた。その幸せそうな表情は、アオイにとって不愉快極まりなかった。

 

「それは……どう言う意味なのですか……っ?」

 

アオイは射殺さんばかりに鋭い視線でしのぶを睨み付けたが、しのぶは微風を受けた程度の感覚でしかなく、涼しい顔のまま話を進める。

 

「分かってる癖に、敢えて言ってます? それともまさか……本当に意味が分からないと?」

 

「…………お聞きしたいのですが、しのぶ様は炭治郎さんとお付き合いされているのですか?」

 

今から約一週間程前に、自身が急病で倒れてしのぶが診察に来た時と同じ質問をするアオイ。アオイはその時と同様の返答が返って来る事を願った。しかし、その願いは一瞬にして崩壊する。

 

「ええっ、付き合っていますよ。私、胡蝶しのぶは竈門炭治郎君と正式にお付き合いしていますっ。」

 

「っ!?!?」

 

アオイは先程とは比較にならない程、驚愕してしのぶを見る。アオイは徐々に身体の全身が震えて痙攣を起こし始める。その両眼は憤怒や悲哀など、様々な感情が入り乱れていた。

 

「えぇ……うぇっ……はぁ……っ?」

 

もはや、言葉にならない声を出してしのぶを見つめるアオイ。そんなアオイに対して、しのぶは容赦なく続けて語り始める。

 

「んっ? 何処まで進んだか? とでも言いたいでしょうか?……でしたら答えてあげますよ。それはもう、お互いの全身を裸で見せ合い、交わりましたよ❤ 私の身体も、炭治郎君の身体も、お互いに見せてない部分などありませんっ。」

 

「っ!?…………うぅっ……っ!」

 

しのぶの告白を受けて、アオイはその光景を想像したのか、顔を赤面させて小さな唸り声を上げる。それをしのぶは聞いたか聞いていないのか不明だが、鼻で嗤って語り続ける。

 

「私から炭治郎君を押し倒したから、結ばれたと言うには少々強引なやり方でした。それでも炭治郎は責任を取る、死が二人を分かつまで一緒に生きて欲しい、俺の妻になって下さいと私に言ってくれたんです。」

 

「んなっ……つ、妻っ!? と言うか……お、押し倒したぁ!?」

 

しのぶの思わぬ発言に、アオイは驚愕と当惑の混じった声を上げる。しかし、徐々にその顔を染める赤色は憤怒の色へと変化する。

そして明確な怒りへと変貌した。

 

「そ……そんなのっ! ただ単に炭治郎さんの責任感が強い性格に付け込んだ既成事実じゃないのっ!? 誇って言ってんじゃないわよっ! このアバズレっ!!」

 

「……あ”っ? 誰が……アバズレですって?……っ!」

 

「貴女以外に誰が居るのよっ! この……アバズレっ!! 淫売!!」

 

「っ! こ……のっ……っ!……ふうぅぅ……ふうぅぅ……落ち着け、感情を制御出来ないのは未熟者だ……ふうぅぅ……ふうぅぅ……。」

 

しのぶはアオイの敬語を忘れる程の怒りから来る罵詈雑言に対して、理性を失って激昂しそうになる。しかし、何か()()()()を思い出したのか、自分を落ち着かせようと深呼吸して感情を沈める。

 

「今直ぐ土下座して謝るなら、許してやっても良いわよっ?……アオイっ!」

 

「誰がっ!!」

 

 

ダァン! 

 

 

カァン! カァン! カァン! カァン! ピシィッ!

 

カァン! カァン! バキッ! ヒュン! カァァン!

 

バキッ! ヒュン! ヒュン! カァン! カァンッ!

 

 

アオイとしのぶの打ち合いは続く。互いの木刀に罅が入り、そして折れる。

折れた木刀の残骸を相手に向かって投げ捨て、その間に散らばっている真新しい木刀を適当に拾って打ち合いを続ける。

 

しのぶは"花の呼吸"だけでは不利と判断して、"蟲の呼吸"の刺突技も使用し始める。

 

 

蟲の呼吸 蜻蛉(せいれい)(まい) 複眼六角(ふくがんろっかく)

 

 

神速の速さから繰り出される六連連続の刺突撃が繰り出される。その刺突痕は蜻蛉の複眼の如く。

これが専用の日輪刀から繰り出された刺突技ならば、一瞬にして六ヶ所から大量の猛毒が注入されその猛毒が鬼を死へと苦しみと共に導くであろう。

しかし、アオイもまた案山子ではない。瞬時にしのぶを迎撃する。

 

 

花の呼吸 伍ノ型 (あだ)芍薬(しゃくやく)

 

 

アオイはしのぶの六連連続の刺突撃に対し、アオイは九連連続の斬撃で迎え撃つ。その斬撃痕は芍薬の花の如く。

 

 

バキッ!!

 

 

互いの刺突技と斬撃を相殺すると、木刀が耐え切れず大音を立ててほぼ同時にへし折れる。するとしのぶとアオイは間髪入れず木刀の残骸を放り投げる。

 

放り投げられた木刀の残骸は放射線を描いて真っ直ぐ飛んで行き、互いの木刀の残骸に当たって弾ける。

 

二人は放り投げた瞬間に、新たな木刀を探し出す。しのぶとアオイの周辺には砕けた木刀の残骸ばかりが無数に転がっていたが、どうにか二人して無傷の木刀を拾って、ほぼ同時に構える。

 

しのぶとアオイは決して短くない時間を打ち合っていたためか、息が切れ掛かりまた大量の汗を掻いていた。しかし、まだ互いに一撃も浴びていない。

 

「はぁぁぁ、はぁぁぁ、貴女も、はぁぁぁ、しつこい、ですね。アオイっ。」

 

「ふぅぅぅ、ふぅぅぅ、それは、ふぅぅぅ、お互い様、です。しのぶ様っ。」

 

二人は息を整えると、ほぼ同時に木刀を振り上げ、そして互いの相手に向かって木刀を力強く振り下ろした。

 

 

カァン!

 

 

甲高い音が再び蝶道場に鳴り響いた。

 

筋力差で言えばしのぶより頭半分、身長が高いアオイの方が多い筈だ。

しかし均衡を保ち、鍔迫り合いを繰り広げている。しのぶとアオイは互いの瞳が鏡の如く、自身を認識出来る程の距離に近付いた。その状況の中、しのぶがアオイに向かって開口する。

 

「アオイ。私と炭治郎君が愛し合っているのがどうして許せないのか、貴女は自分でも分かってる?」

 

「……っ! それは……っ!」

 

良い澱むアオイに対し、しのぶは余裕の笑みを浮かべて先に答えた。

 

「貴女が私を許せないのは、大好きな炭治郎君を私に盗られたからよね? 違う? 私に炭治郎君をどう思ってるか、言ってみなさいな? ああっ! 嫌なら別に良いのよ? 好きな人の事を素直に好きと言えない、腰抜けの臆病者に用なんてありませんから。」

 

「っ!…………ええっ、言わせて頂きますとも!!」

 

アオイはしのぶの挑発に一瞬、口を噤む。しかし、アオイは直ぐに自身の心中に秘めていた想いを声高々に宣言する決意をする。

 

「私、神崎アオイも! 竈門炭治郎さんの事が好きだからです!……いいえ! 心の底から! 炭治郎さんの事を愛しています!!」

 

「っ!……っ。」

 

しのぶはアオイの炭治郎への愛の告白に一瞬、身を竦ませるが、間一髪入れずアオイに問い詰める。しのぶは木刀に入れる力が増した。

 

「炭治郎君の、何が! 何処が好きなんです!? 好きだの愛してるだの、言うだけなら子供でも出来ますよ!」

 

「っ……全部、全部です! 炭治郎さんの太陽の様な優しく温かい笑顔も! 大海原の様な広くて深い器量さも! 涙脆くて感動屋なところも! 生真面目で恪勤精励(かっきんせいれい)なところも! ちょっと融通の利かない頑固なところも! 全部! 全部ひっくるめて私は! 炭治郎さんを愛します!」

 

アオイは木刀に力を込めてしのぶを押し込む。その際に木刀を振り上げてしのぶに叩き付ける。

しのぶは正面から受け止めたため、カァン! カァン! カァン! と甲高い音が蝶道場に鳴り響く。

その伴奏を伴いながら、アオイはしのぶに炭治郎の何を愛しているかを答えてみせた。状況は再び鍔迫り合いの均衡を保った状態に戻る。

 

「そうですか、奇遇ですね。私もそうです。」

 

しのぶはアオイの答えに対して、しのぶも答える。しのぶは語り続けた。

 

「……だからこそ、私も譲りません! 私も炭治郎君を心の底から愛しているんですっ! 炭治郎みたいな素晴らしい殿方はこの国、いやこの世に二人と居ないでしょうからっ! ()()()()()()()()()()()()、炭治郎君を誰かに譲渡する積もりはありません!」

 

「っ!」

 

アオイはしのぶの告白に一瞬、身を竦む。その隙を突いて、しのぶは渾身の力を木刀を握った両手に込めてアオイを押し込んだ。

アオイはしのぶに対抗出来ず、数歩下がってから距離を取って木刀を構え直す。しのぶもまた、木刀を構え直した。

しのぶは木刀を構えたまま、アオイに最後の質問をした。

 

「アオイ。貴女はつまり、私から炭治郎君を奪い盗る事も辞さない。と言う事ですよね?」

 

「っ!?」

 

しのぶの言葉に、アオイは目を見開いて驚愕する。また、アオイは動揺を隠せない。しかし、しのぶはアオイに構わず続けた。

 

「結ばれた経緯はどうあれ、私は炭治郎君と将来も約束した上で付き合っています……つまりはそういう事です。」

 

「わ、私は……私は……っ!」

 

「私は……なんです?」

 

言い澱むアオイに対し、しのぶは問い詰める。するとアオイは顔を俯かせた。

良く見ると、そのアオイの身体は小刻みに震えていた。

 

「……れる訳無い……。」

 

「アオイ?」

 

「わ、私がしのぶ様から炭治郎さんを奪い盗るなんて……そんな恩知らずな真似……出来る訳ないじゃないっ!!」

 

カラン、と木刀を落として膝を着いて座り込むアオイ。アオイはこの四年間、しのぶがどれ程苦しんで来たのかを知っている。大恩人からの恩を仇で返す様な真似は出来なかった。アオイは嗚咽を漏らしながら続けて言う。

 

「それに……そんな真似をしたら……ぐすっ……炭治郎さんに嫌われちゃう……うぅ……炭治郎さんに嫌われたら……私、もう生きて行けない…………。」

 

アオイにとって炭治郎にどう思われるかが最も重要だった。もし炭治郎に嫌われてしまったなら、アオイは自ら命を絶つだろう。それ程、アオイにとっては大変な事だった。

 

しかし、泣きじゃくるアオイに対し、しのぶは冷淡に言い放った。

 

「そう……それなら、潔く炭治郎君を諦める……と思っても良いのね?」

 

しのぶの発言にアオイは顔を上げ、目を見開いてしのぶを見る。すると更に大粒の涙がアオイの両眼から流れ落ちる。

 

「ううぅ、ううぅ~~~。いやぁ……やああぁぁ……諦め切れない……諦めたくないよぉ……うっく……ぐずっ……ひっく……。」

 

大粒の涙を流したまま頭を抱えて嫌々と頭から何かを振り払う様に頭を振るアオイ。駄々を捏ねる幼子の如きアオイに、しのぶは冷徹に問い詰めた。

 

「私から炭治郎(想い人)を奪い盗る勇気も度胸も無い……だけど潔く炭治郎(想い人)を諦める事も出来ない……なら、貴女はどうしたいと言うの?」

 

そんなアオイにしのぶは冷淡に言い放つ。アオイは涙を必死で拭いて深呼吸して何とか自身を落ち着かせようとする。何とか普通に喋れる程度までに立ち直ると、アオイは行動に出た。

 

「……っ! アオイ、それは何の真似かしら?」

 

しのぶは驚いた様子でアオイに問う。しのぶがそうなるのも無理は無かった。

アオイが土下座の姿勢で平身低頭の状態になったからだ。しのぶに問われてアオイは口を開いた。

 

「しのぶ様に……ご無理を承知でお願い申し上げます。わ、私を炭治郎さんのお傍に置いて頂けないでしょうか……。愛人でも妾でも……いいえ、身体だけの関係でも良いんですっ。……どうか……どうか、お願い致しますっ。」

 

「アオイ……。」

 

アオイは全身を震わせながら、しのぶに懇願した。しのぶと正面から敵対した挙句、炭治郎にも嫌われかねない略奪愛に走る勇気などある筈も無く、かと言って想い人である炭治郎を諦めて失恋を受け入れる勇気も無かった。

アオイが決断したのは、しのぶの許しを得て炭治郎の傍に置いて貰うと言う、第三の選択肢だった。しのぶの許可を得ても、炭治郎が受け入れてくれるか、と言う懸念もあるのだが、今のアオイに其処まで頭が回る余裕は無い。

震えながら待つアオイに待っていたのは、しのぶの返事ではなかった。

 

 

ギシッ!

 

 

アオイとしのぶの耳に入ったのは、人の足音だ。それを聞いて、アオイは驚いて顔を上げて周りを見回す。

しかし、周囲を見渡しても、自身を除いて蝶道場にはしのぶしか居なかった。

するとしのぶがくすっと笑って蝶道場の一角に向かって声を掛けた。

 

「私がよしと言うまで、動かないで欲しかったんですがね……炭治郎君。」

 

「っ!?」

 

アオイは驚愕と動揺をその美しい顔に貼り付けてしのぶと同じ方向へ視線を向ける。

すると何もない場所から突如、一人の男性が姿を徐々に現した。

その男性とはしのぶの最愛の恋人であり、アオイの最愛の想い人である竈門炭治郎だった。右手に目の紋様が描かれた符を持っており、何故か左手には全集中の呼吸・常中の訓練時に使用する初心者用の瓢箪を持っていた。

 

「た、炭治郎さん……何時から……其処に?」

 

アオイは震えた声で炭治郎に質問した。しかし、その質問に答えたのは炭治郎では無かった。

 

「最初からですよ。炭治郎君は私達のやり取りの一部始終を見て聞いてます……ああ、どうやって姿を隠していたのかとか、そう言う質問は無しでお願いしますよ? 二度手間になりますから、カナヲとかが揃った時にしますので。」

 

アオイの質問に淡々と答えたのはしのぶだった。しのぶは起き上がろうとするアオイの右肩に手を置いて、アオイの耳元に近付いて囁いた。

 

「逃げるな……。」

 

「っ!?」

 

威圧感に満ちたしのぶからの警告に、アオイは絶句して動かなくなる。しかし、次の言葉でまた事態が変わる。

 

「大丈夫。決して、貴女の悪い様には成らないから。勇気を出して、アオイ。」

 

「っ!!」

 

しのぶの言葉に、アオイは両眼を大きく見開いた。そして一度、両眼を瞑るとそのまま立ち上がり、ゆっくりと開眼してから炭治郎の方へと歩いて行った。炭治郎の前まで歩いて行くと、アオイは炭治郎の前で立ち止まった。

 

「アオイさん……そのっ。」

 

「炭治郎さん……もうお聞きかもしれませんが……私は……私は貴方の事が好きです。」

 

アオイは炭治郎の両眼をしっかり見詰めて、自身の想いを告白した。

アオイの心中は不思議と不安は無い。むしろ、やっと自身が心中に抱いて居た想いを吐露出来てスッキリとした満足感が有った。しのぶの激励もまた、アオイの心中を安定させるのに役立っていた。

 

「っ……アオイさん……俺は……俺はしのぶさんとお付き合いさせて貰っていて……将来の約束もしたんだ……だから……だから俺っ……。」

 

ごめん、とそう炭治郎は言おうとした。しかし、咽喉につっかえ棒でも刺さったかの如く、その拒絶の三文字が自身の咽喉を通らず声にする事が出来ない。

自身に困惑を隠せない炭治郎に対し、しのぶが炭治郎に声を掛けた。

 

「炭治郎君、どうしたんですか?」

 

「しのぶさん……っ。」

 

「……もしかして、ごめん、とご自分の口から言えないとか?」

 

「っ!……その……しのぶさんのために……アオイさんのためにもそう言わなきゃいけないって、分かっているんです……でも、どうしても口から出なくて……ごめんなさいっ。」

 

しのぶに申し訳なさそうに罪悪感いっぱいの様子で、しのぶに謝罪する炭治郎。しかし、しのぶは笑顔で炭治郎に接近して行く。

 

「炭治郎君っ。私は別に怒っている訳はないんですよ。むしろ、どうしてそうなってしまうのか、理解するために私は炭治郎君にお手伝いしようと思うんです。」

 

「お手伝い……?」

 

アオイが怪訝そうに、しのぶを見詰める。しのぶは気にせず、炭治郎に話し続ける。

 

「炭治郎君は……右利きですよね? では、その瓢箪を右手に持ち替えて下さい。」

 

「は、はい。」

 

炭治郎はしのぶに言われたまま、右手の符と左手の瓢箪を持ち替えた。

 

「では、瓢箪をしっかり握って下さい……実験を始めますね?」

 

「はい、しのぶさん。」

 

炭治郎の実験の準備が完了したと見て、しのぶは実験を始めた。

 

「では、炭治郎君。想像してみて下さい。貴方がアオイか、もしくはカナヲと一緒にいるところをです。

そして貴方がアオイとカナヲに会って挨拶しているところを、

仕事の手伝いをしているところを、

お話をしているところを、

一緒に食事をしているところを、

笑い合っているところを、

訓練をしているところを、

合同任務に行っているところを

……どうです? 想像出来ましたか?」

 

「はい、しました。」

 

「想像してどう思いました?」

 

「想像して……日常的な光景だと思いました。」

 

「分かりました。では……それを善逸か伊之助君、または冨岡さん、何なら他の誰でも良いので、他の男性を炭治郎君と置き換えて想像してみて下さい。どう思いましたか?」

 

「別に……普通の事だと思います。特に何か思ったりはしていません。」

 

炭治郎は実験に不思議に思いながら、しのぶの質問に答えた。するとしのぶは実験を続ける。

 

「では次からが本題です。炭治郎君、想像してみて下さい。貴方がアオイかカナヲに……

「好き」だと、「愛している」と告白されているところを、

炭治郎君がその告白に答えて両想いになったところを、

一緒にお風呂に入っているところを、

「好き」だと、「愛している」と愛を囁き、囁かれているところを、

熱い口付け(キス)を交わしているところを、

お互いに全裸(はだか)になって抱擁を交わしているところを、

お互いに全身を愛撫しているところを、

そして一つになっているところを……想像してみて下さい。」

 

「「っ!!」」

 

はぁぁぁ、としのぶが色っぽく吐息を吐いてから、炭治郎を見た。すると炭治郎だけでなく、アオイも顔を赤面させていた。しのぶは満足そうに二人の様子を見た。

 

「聞くまでも無く、嬉しそうですね……ではっ。」

 

「今の状況を、炭治郎君から善逸君か伊之助君、冨岡さんらと置き換えて想像してみて下さい。」

 

「「っ!?!?」」

 

しのぶの衝撃発言のせいで、炭治郎とアオイの赤かった顔が、一瞬にして引いて行く。アオイ至っては既に青褪め、自身の身体を抱き締めながら震えていた。また、炭治郎は気付いていないが、左手に持ち替えた符を蝶道場の床に落としていた。

 

「どうしました? 先程と同様、簡単な事です。想像するだけで良いんですよ? 善逸君か伊之助君、冨岡さんらと言った炭治郎君でない殿方がアオイかカナヲに、

熱い口付け(キス)を交わしているところを、ミシッ

お互いに全裸(はだか)になって抱擁を交わしているところを、ミシッ……ミシッ

お互いに全身を愛撫しているところを、ミシミシッ

そして一つになっているところを……「バキッ!!」おっと……っ。」

 

「キャッ!!」

 

何かが大きく砕けた音が蝶道場に鳴り響く。そして間も置かず、次々と何かが落ちる音が鳴った。

アオイは一瞬、大音に驚いて眼を瞑った。そして開眼して音の鳴った方を見ると、アオイは驚いた。

炭治郎の右手に有った瓢箪が、粉々に砕けていたからだ。砕けなかった大き目の破片はそのまま床に落ち、続けて粉々になった破片がパラパラと落ちて行く。右手には僅かばかりの瓢箪だった物の破片が掌に残っていたが、右手を開いたためその破片も床に落ちて行く。アオイは炭治郎の右手から視線を移した。

 

「っ!?」

 

其処でアオイは更に驚く事になる。炭治郎の左手から僅かだが、出血して血を流していた。炭治郎の左手の指の爪が、掌に食い込んでいる証拠であった。アオイは勿論、炭治郎の流血に驚いたが、それ以上に見て驚いたものが有った。

 

「フ――ッ!! フ――ッ!! フ――ッ!! フ――ッ!!」

 

それは炭治郎の形相である。普段は穏やかで菩薩の如き、優しい顔をしている炭治郎だが、今はその面影が見れない程の阿修羅の如き、憤怒の形相であった。両眼は血走って赤い亀裂が無数に走っており、顔中の血管が浮き出ていた。

炭治郎の恐ろしい形相を見て、流石のしのぶも見かねて声を掛けた。しのぶも此処まで炭治郎が豹変するとは思わず、困惑していた。

 

「炭治郎君、落ち着きなさい。現実でそんな事は起こっていませんからっ。落ち着いてっ。」

 

「フ――ッ!! フ――ッ!!…………ふううぅぅぅっ! ふうううぅぅぅぅぅ……っ!」

 

炭治郎はしのぶの声を聞いて、必死で落ち着かせようとした。暫くして、漸く落ち着いて何時もの穏やかな表情に戻る。炭治郎が落ち着いたのを見て、しのぶとアオイも安堵した。しのぶは再び、炭治郎に声を掛けた。

 

「其処まで怒れるなんて……そんなにアオイ達が伊之助君達のものになるのが許せなかったっ?」

 

「……はい…………たとえ想像であっても……"もしも"でしかなくても……俺は祝福する事も許す事も出来ませんでした…………っ。」

 

炭治郎は一度、溜め息を吐いてから言葉を続けた。

 

「出来れば今日は、善逸にも伊之助にも義勇さんにも会いたくないですね。もし会ってしまったら、問答無用で殴り掛かってしまいそうだっ。」

 

「まぁ……アオイ、良かったですねぇ? こぉぉぉんなにも、炭治郎君に想われてますよ?……ちょっと羨ましいです。」

 

アオイは炭治郎としのぶの言葉に、顔を赤面させて俯かせた。アオイに構わず、しのぶが「私も、同様に想ってくれますか?」と炭治郎に質問した。すると炭治郎はしのぶの質問に答えず、しのぶに近付いて優しく抱き締めた。

 

「っ❤!」

 

「当たり前です……俺はこんなにもしのぶさんを愛しているんですから……誰であろうと! たとえ神様だろうと! 俺は絶対にしのぶさんを渡したりなんかしませんっ!」

 

「~~っ❤!……嬉しい……です❤ 絶対に私を離さないで下さいね❤」

 

しのぶは炭治郎の愛の囁きに、うっとりとしながら炭治郎の胸に顔を埋めていた。抱擁を解くと、しのぶが背伸びして炭治郎の耳元に囁いた。

 

「私の事は良いですから、アオイにも直接言ってあげて下さい。女と言う生き物は、直接、愛する殿方に言われて行動に移して貰わないと、安心出来ないんですからっ。」

 

「はい、ありがとうございます……行ってきます。」

 

炭治郎はしのぶにそう言うと、アオイの下へ向かった。

アオイは顔を赤くしたまま、炭治郎に熱い視線を向ける。炭治郎はアオイから緊張と期待と興奮の匂いを感じ取った。

炭治郎はアオイの前に立つと、膝を着いて頭を垂れた。それは、麗しい姫君に傅く西洋の騎士の如く。

そして顔を上げ、視線を真っ直ぐアオイの青色掛かった瞳に定めてしっかりと見詰めた。

 

「俺は……竈門炭治郎は、神崎アオイさんの事が好きですっ……貴女が良ければ、俺の隣でこれからも一緒に生きてくれませんか?」

 

「――っっ❤❤!!!」

 

炭治郎の告白に、アオイは黙って炭治郎に向かって飛び込む様に強く抱き着いた。炭治郎は避けずに正面からアオイを受け止めたが、最後は床に尻餅を着いた。アオイの事はしっかりと抱き留めていたが。

アオイは炭治郎の首に腕を回して泣きながら一瞬、沈黙した。そしてアオイは開口する。

 

「はいっ!…………喜んでっ……喜んでっ❤!」

 

アオイは真珠のような大粒の涙を両眼から流しながら、その日一番の笑顔で炭治郎の告白に答えた。




あとがき
まず、十日に一回とか大口叩きながら半日以上掛かった事を心からお詫び致します。真に申し訳ございませんでした。

まず、ない頭を捻り脳味噌を絞った結果、このような形でしかアオイと炭治郎をくっつける方法が思い浮かびませんでした。

今後もそうなんですが、今後も些か強引は手段でヒロインをくっつけるかもしれません。
どうか御了承下さい。

次回はしのぶがアオイ達を認める理由から始まり、アオイの本番になります。そして次々回はカナヲ編です。更新はなるべく早く急ぎますが、気長にお待ち下さいませ。

今後とも宜しくお願い致します。

一部変更
第陸話 日輪は紫蝶の闇を祓う
カナエの経歴
またカナエさんが強く成ってしまった……。

登場人物の性器発言ってどう思います?

  • 有り(エロくなるからばっちこい)
  • 無し(日輪刀、鞘とオブラートに揶揄って)
  • 作者にお任せ
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